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神戸地方裁判所 平成4年(ワ)1773号の3 判決 1999年7月27日

兵庫県尼崎市<以下省略>

原告

右訴訟代理人弁護士

大搗幸男

亀井尚也

正木靖子

松重君予

東京都千代田区<以下省略>

被告

日興證券株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

山之内明美

宮﨑乾朗

右訴訟復代理人弁護士

松並良

主文

一  被告は、原告に対し、六四万七三五〇円及びこれに対する平成四年一一月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  第一項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、一三二万四七〇〇円及びうち一一七万四七〇〇円に対する平成四年一一月一四日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が被告従業員の勧誘によって行った新株引受権証券(以下「ワラント」という。)の取引により損失を受けたことにつき、主位的には、被告従業員の勧誘行為が被告の会社ぐるみの組織的詐欺行為であるとして民法七〇九条に基づき、予備的には、被告の従業員の右勧誘に違法があったとして民法七一五条に基づき、被告に対して損害賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  (当事者)

(一) 原告は、昭和二〇年生まれの男性で、○○大学を卒業後、個人で旅行関連の仕事に従事し、平成四年からは旅行代理店を経営する者であり、昭和六二年一二月から被告阿倍野支店において証券取引をするようになった。

(二) 被告は、有価証券の売買、その媒介、取次、代理、引受、売出、募集等を目的とし、右事項について大蔵大臣から免許を受けた株式会社である。

2  (原告のワラント取引)

原告は、平成三年五月二九日、原告の担当であった被告従業員B(以下「B」という。)からワラント取引の勧誘を受け、同日、日東電工ワラント36(以下「本件ワラント」という。)を代金一一七万四七〇〇円で購入したが、これを売却も権利行使もすることなく、権利行使期限である平成五年三月三日を徒過した。

二  争点

本件ワラント取引について、被告従業員の勧誘行為に違法があり、被告が民法七〇九条又は七一五条によりその損害賠償責任を負うか。

(原告の主張)

1 ワラント取引の危険性

ワラント取引には、価格変動が大きい、価格形成が不透明である、権利行使期間が存在している、為替リスクがある、権利内容が複雑・不明確であるなどの危険性がある。

2 被告ないし被告従業員であるBの勧誘行為の違法性

(一) 公序良俗違反

ワラント、特に外貨建ワラントは、その危険性に照らして、およそ一般投資家には不向きな欠陥商品である上、被告は、証券取引の知識・情報において、原告に対し圧倒的優位にある。それにもかかわらず、被告ないしBは、被告の企業利益を図るために、原告に対し本件ワラント取引を勧誘したのであるから、右勧誘行為は公序良俗に反する。

(二) 適合性原則違反

(1) 証券会社は、顧客に対して忠実義務及び善管注意義務を負っており、また、証券及び証券取引について豊富な知識、経験及び情報収集・分析能力を有し、顧客はこれを信頼して取引を行うのが通常であるから、顧客が能力、経験、資力等において当該取引に適合するか否かを慎重に審査した上で、顧客に適合する取引のみを勧誘すべき義務を負う(適合性原則。大蔵省証券局通達「投資者本位の営業姿勢の徹底について」《昭和四九年一二月二日蔵証第二二一一号、以下、同通達を「投資者本位通達」という。》)。そして、ワラント取引につき適合性が認められるのは、独自の情報収集能力や経験、リスクを負担できる資金力を有するプロの投資家及び機関投資家が自発的に取引を行う場合に限られ、一般投資家にはおよそ適合性はない。

(2) 原告は、当時ブームになっていたNTTの株式(以下「NTT株」という。)及び利付国債を自分で進んで購入した以外は、被告担当者に勧められるままに多少の取引を行っていた一般投資家にすぎず、投機的色彩の強い取引をする意向も能力もなく、被告担当者に勧められて購入した転換社債や投資信託についても株式に類するものという程度の認識しかなく、証券取引について十分な知識を有していなかった。また、原告の平成三年当時の収入は五、六〇〇万円にすぎず、証券投資に充てていた金額はせいぜい二、三〇〇万円程度であり、しかも、事業資金として使う予定の金員であった。このように、原告は、能力・意向・資力いずれの面から見てもワラント取引のような複雑でハイリスクな取引に耐えられるだけの適性を有する者でないことは明らかであった。さらに、被告の営業規定では、ワラント取引開始基準として、当該顧客の預り資産が五〇〇万円以上あること又は金融資産が合計一〇〇〇万円以上あることとされていたのに、本件ワラント取引勧誘当時の原告にかかる預り資産は約一〇〇万円の投資信託しかなく、Bは、原告が一〇〇〇万円以上の金融資産を有しているかどうか確認もしていないから、原告は被告のワラント取引基準を満たしていない。Bがこのような原告に本件ワラント取引の勧誘をしたことは、適合性原則に反し違法である。

(三) 説明義務違反

(1) 証券会社は、顧客に対して忠実義務と善管注意義務を負い、また、証券取引に関する豊富な知識、経験、情報収集・分析能力を有し、顧客はこれを信頼して取引を行うのが通常であるから、顧客の証券会社に対する信頼は十分に保護されなければならない。また、顧客の自主的判断を確保する前提として、顧客が当該商品の内容を十分に理解する必要がある。したがって、証券会社は、顧客に取引を勧誘するにあたり、信義則上、顧客の職業、年齢、資力、投資の経験・目的に照らして、顧客が当該取引の危険性について的確な認識を形成するに足りる情報を提供し、顧客がこれを理解したことを確認すべき注意義務を負うというべきである。証券取引法、大蔵省令、同通達、日本証券業協会(以下「協会」という。)制定の公正慣習規則は、それぞれ右説明義務の存在を前提に投資家保護に関する規定を設けているが、証券会社が右注意義務に違反して投資勧誘を行った場合は、そのような勧誘行為は私法上も違法というべきである。

特に、ワラント取引を一般投資家に対して勧誘する場合には、その危険性につき極めて慎重に、かつ具体的に説明・確認が行われるべきである。仮にその説明がされたとしても、電話により説明を行った場合には、ワラントの新規性や非周知性からすると、一般投資家がその内容を理解することは不可能であり、説明義務を尽くしたとはいえない。

(2) Bの原告に対する本件ワラント取引の勧誘は、電話のみによるものであり、約定までにワラントについての説明書も交付していない上、Bは、原告に対し、ワラントについての危険性を全く説明せず、かえって、「日東電工の方に切り替えた方が早く元を取れますよ。これから絶対に上がるから。」などと株式の銘柄の切替えのごとき説明をし、「新株引受権」、「権利行使期間」、「権利行使価格」という言葉はおろか、「ワラント」という言葉すら使わなかった。そのために、原告は本件ワラント購入後に被告から送付されてきた「お取引明細書」(甲B一の3・4、以下「取引明細書」という。)等の書類を見ても、株式と類似のものとしか認識できなかった。

さらに、Bは、ワラント取引が相対取引であること、価格情報の入手方法、ポイントの意味、価格の計算方法等、価格の仕組みに関する説明をせず、本件ワラントが具体的にどうであるかについても全く説明しなかった。

(3) また、原告は、被告から平成三年九月三〇日付けで送付されてきた「新株引受権証券(ワラント)のお預り残高明細」(甲B三、以下「残高明細」という。)を見て、評価額が半減していたことから、Bに事情を尋ねたが、Bは「まだ期間があるから、そのうち上がりますわ。」と取り合わず、この時もワラントについて何ら説明はしなかった。

(四) 断定的判断の提供ないし利益保証約束による勧誘、不実表示による勧誘

(1) 証券会社は、一般投資家に対して投資を勧誘する際、投資家の適正な判断に資するため、証券取引の性格、仕組み、危険性等の重要事項について正確かつ適正な情報を提供しなければならず、断定的判断や虚偽の情報を提供したり、あるいは重要な事項を説明しない等投資家の投資判断を誤らせる行為をしてはならない(証券取引法《平成四年法律第七三号による改正前のもの。以下「平成四年改正前の証券取引法」という。また、同改正後の同法を「平成四年改正後の証券取引法」という。》五〇条一項一号、五号、証券会社の健全性の準則等に関する省令一条一号、協会制定の「証券従業員に関する規則」九条三項一号等)。

(2) Bは、原告に対し、電話で「下がっている株を持っているより、日東電工の方に切り替えた方が早く元を取れますよ。これから絶対に上がるから。」などと言い、確実に利益が得られるかのような説明をして本件ワラント取引を勧誘している点で、断定的判断の提供及び利益保証による勧誘に該当する。

また、Bは、ハイリスクであることをことさらに秘し、かつ「ワラント」という言葉も使わずに、単に株式ないし株式類似商品の預替えのような説明をしており、この点で重要な事項につき誤解を生じさせる表示に該当する。

3 被告の責任原因

(一) 被告は、ワラント取引の危険性を顧客に周知徹底させるよう従業員に指導しないばかりか、ワラント取引による手数料稼ぎを目的として従業員に対し厳しいノルマを課して、ワラントを有利なものとして積極的に一般投資家に売りさばくよう指導した。被告の従業員であるBはこれに従って前記違法な勧誘行為を行い、原告に損害を与えたのである。したがって、被告は、原告に対し、民法七〇九条により不法行為責任を負う。

(二) Bは、被告の従業員であり、同人の前記違法な勧誘行為は、被告の事業の執行につきされたものであるから、被告は、原告に対し、民法七一五条により使用者責任を負う。

4 損害額

原告は、被告ないしBの右不法行為により、一一七万四七〇〇円を出捐して本件ワラントを購入したから、右購入額が損害であり、また、本訴提起、追行のために弁護士費用一五万円の損害を被った。右合計額は一三二万四七〇〇円である。

(被告の主張)

1 違法性の判断について

(一) 投資家が証券投資を行うか、行う場合にどのような証券にどの位の金額を投資するかは、そのリスクの大小を問わず投資家自身が自由に決すべきものである。一方、一般に証券会社等が投資家に提供する情報や助言等は、政治・経済情勢等の不確定な要素を含む将来の見通しに依拠せざるを得ず、投資家としては、証券会社等の助言を重要な参考にするにしても、みずからが取引を行う以上、その適否をあくまでも投資家自身が自己の責任において決すべきものである(自己責任の原則)。自己責任の原則は、近代私法の基本原理である契約自由の原則に基づいたもので、あらゆる経済取引に通ずる原則である。そして、証券取引は多かれ少なかれ危険を伴うものであり、かえって、全く危険なく取引が行われることはあってはならないとされている(損失保証・補てんの禁止等)。

(二) 証券会社の顧客への投資勧誘については、投資家の自己責任を前提として、証券取引法等により適切な規制がされているが、それら公法上の取締法規違反が直ちに民法上の不法行為責任を帰結するものではない。不法行為の成否の判断にあたっては、自己責任の原則を前提として一連の勧誘行為を総合的に考慮し、それが取締法規のみならず社会通念上許容し得るものであるか否かについて、顧客の投資経験や財産基盤等に照らして個別具体的に判断されるべきである。

また、ワラント取引については、その危険性のみを過度に強調すべきではなく、ワラントが株式信用取引や商品先物取引に比べて少ない資金とリスク(リスクは投資額の限度に止まる。)でそれらと同程度の投資効率を期待できるハイリターン商品であることにも留意すべきである。

2 公序良俗違反・適合性原則違反について

(一) 適合性原則は、行政的取締法規上の原則であり、民法上のものではなく、同原則に反することが直ちに民法上の不法行為責任を構成するものではない。また、ワラント取引は、株式信用取引や商品先物取引に比べて少ない資金とリスクでこれらと同程度の投資効率を期待できる利点があるから、一般投資家にワラント取引を勧誘すること自体は何ら違法ではない。

(二) 原告は、被告以外にも大和證券及び山一証券とも取引実績があり、被告とは昭和六二年一二月から取引を開始しているが、みずから銘柄を選定して東京急行電鉄の株式(以下「東急株」という。)を購入し、その売却時には相場状況を的確に把握しており、同株式が名義書換中であったため、Bが信用取引である「つなぎ売り」の方法を説明したところ、これをすぐ理解して信用取引口座を設定した。

また、本件ワラントの購入は、投資信託である環境保全ポートフォリオ(以下「ポートフォリオ」という。)での損失を取り戻すという原告の意向でされ、かつ、原告は、本件ワラント購入時点で、約七八〇万円で購入したNTT株四株を保有し、その他国債、株式、投資信託に約四〇〇万円を投資して、合計一一〇〇万円以上の資金を証券投資に充てていたのであるから、右勧誘当時、原告はワラント取引を理解するだけの経験・能力を有していた。そして、原告は一〇〇万円位の資金で早い時期に利益を出せる商品を希望していたから、ワラント取引は原告の意向に合致していた。したがって、原告に対する本件ワラント取引の勧誘は何ら適合性原則に反するものではない。

3 説明義務違反について

(一) 原告の主張する説明義務違反は、その根拠を信義則に求めるのみであって、被告が右義務を負う理由が明らかでないから、説明義務違反の主張は失当である。

(二) 仮に、ワラント取引の勧誘に際して、信義則上、被告が説明義務を負うとしても、その内容・程度については、顧客の証券取引の経験・知識等を考慮して個別具体的に決しなければならない。そして、ワラントの損害賠償請求訴訟は、基本的に買付ワラントの価格の下落ないし権利消滅を前提に、買付代金から売却代金を控除した金額ないし買付代金相当額を損害としてその賠償を求めるものであるから、法的説明義務の内容は、損害の原因となり得る価格下落ないしは権利消滅の危険性と解するべきである。そうすると、①ワラント価格は基本的に株価に連動しかつ株価の数倍の値動きをすること、②ワラントは権利行使期限後は無価値になることのみが説明義務の内容となるのであり、それ以外の事情は損害賠償請求訴訟の原因としての説明義務の内容とはなり得ない。

(三) 原告は、前記のとおり相当の投資経験・知識を有していたところ、Bは、原告に対し、ワラントについて以下のとおり説明し、原告もワラントの特質や危険性を理解していたから、説明義務違反はない。

(1) Bは、平成三年五月二九日、原告の保有するポートフォリオの価格が下がっていることを連絡した際、原告から、その損失を取り戻すために何かないかとの問い合わせを受けたので、株式より少ない金額で購入できる本件ワラントの購入を提案した。その際、Bは、原告に対し、ワラントとは一定期間内に一定の価格で所定数の株式を買うことができる権利であること、ワラントの価格は基本的に株価と連動するが、株価以上に値動きの幅が大きいハイリスク・ハイリターンの商品であること、権利行使期間を過ぎれば無価値となること、外貨建ワラントは、為替相場の影響を受けること等を説明した。その上で、Bは、原告に対し、本件ワラントの権利行使価格・権利行使期限、権利行使価格の計算方法、直近のワラント価格と株価の推移等を説明したところ、原告も納得し、ポートフォリオを売却して本件ワラントを購入することになり、右ポートフォリオ売却代金と本件ワラント購入代金の差額二一万八一四四円を被告に振込入金した。

Bは、右約定に至った際、原告に対し、ワラント取引を始めるに際して確認書と約諾書を差し入れてもらう必要があり、右各書類をワラントの説明書と一緒に郵送するので、ワラントの説明書を読んだ上、署名押印して被告阿倍野支店に返送すること、ワラントは値動きの幅が大きく、権利行使期間もあるので、値上がりしたときは早めに売却した方がよいこと、本件ワラントの価格は新聞に掲載されないが、ワラント価格は株価に連動するから、新聞で日東電工の株価を確認しておくことなどを伝えた。

(2) 被告は、その直後、原告に対しワラントの特性や危険性、さらに外国為替の影響等について説明した「国内新株引受権証書(国内ワラント)取引説明書」・「外国新株引受権証書(外貨建ワラント)取引説明書」(乙八、以下「説明書」という。)、「国内新株引受権証券及び外国新株引受権証券の取引に関する確認書」(以下「確認書」という。)、「外国証券取引口座設定約諾書」(以下「約諾書」という。)を送付した。

被告は、原告に対し、本件ワラント買付約定日の翌日である平成三年五月三〇日には、銘柄名「ニットウデンコウワラント36」、「権利最終5・3・3」と明記した外国証券取引報告書(甲B五、以下「取引報告書」という。)を送付し、本件ワラント受渡日である平成三年六月三日に、説明書、確認書及び約諾書を再度送付すると共に、銘柄名「ニットウデンコウワラント36」、「権利最終5-3-3」と明記された取引明細書(甲B一の3・4)及び「外国証券、権利行使期限・・・5-3-3、以降無効」と明記された「預り証」(甲B一の5)を送付した。

しかし、原告から確認書及び約諾書が返送されなかったため、被告は、同年六月七日ころ、原告に対し、再々度、説明書、確認書及び約諾書を送付した。結局、原告は、同月一〇日ころ、被告阿倍野支店の店頭で署名押印した確認書及び約諾書を差し入れたが、そのときもBは説明書を示しながら、再度、ワラント取引の説明をした。

なお、被告は、ワラントを保有する顧客には、一年に一回、説明書を交付し、原告にも、本件ワラント購入後の平成四年五月に再交付している。

(3) Bは、原告が本件ワラントを購入した後約一か月の間、原告に対し、本件ワラントの価格の推移や評価額を伝えていたが、その間、原告は価格の低下を気にすることはあっても、ワラントについて説明がない、あるいは、商品の性格を知らなかった等の苦情を述べたことはない。

(4) 被告は、平成三年九月末から半年ごとに、ワラントを保有する顧客に対し、ワラントの時価や評価額、権利行使最終日、権利行使期間終了によりワラントが無価値となること等が記載された「新株引受権証券(ワラント)のお預り残高明細」(乙一一の1・2は、その例)を送付しているほか、権利行使期間満了の一年前から三か月おきに権利行使最終日、権利行使期間終了によりワラントが無価値となること等が記載された「新株引受権証券(ワラント)の権利行使期日のご案内」(乙一二は、その例)を送付している。しかし、このような書面が送られるようになった後にも、原告から、被告に対し、ワラントについての苦情はなかった。

(5) 原告は、被告から送付された残高明細を見て、本件ワラントの評価額が購入時の約半額になっていることを知り、Bにその処分について相談した結果、権利行使期限まで様子を見た上、売却の時機を待つこととしたのであり、権利行使期間を過ぎれば価値を失うことを理解していた。

4 損害について

原告は、遅くとも平成三年九月ころには、説明書及び残高明細により、ワラントの性質及び危険性について理解しており、その後は自己の判断で売却しなかったのである。したがって、仮にBに説明義務違反があったとしても、原告がワラント取引のリスクを理解した当時の本件ワラントの評価額である五八万一二一八円の損失については、右義務違反との間に因果関係は存在しない。

第三判断

一  ワラントの特質について

証拠(甲一九、二〇、二八、四一、四四、四七の1ないし13、乙一ないし五、六の1・2、七ないし一〇、一一の1・2、一二、一三の1・2)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。

1  ワラントは、昭和五六年商法改正により認められた新株引受権付社債のうち、分離型新株引受権社債(ワラント債)から分離された新株引受権ないしこれを表章する証券であって、その権利を行使して発行会社の株式を取得するための期間(権利行使期間)と価格(権利行使価格)が当初から定められている。

2  そのため、ワラント取引は、転換社債や株式の現物取引等と比べ、次のような特質・危険性を有している。

(一) 権利行使期間が定められていることからの制約

ワラントは、権利行使期間が定められており、その期間を経過してしまうと、その権利行使ができなくなって、ワラントは経済的に無価値となる(もっとも、その場合に被る損失は、当該ワラントの購入代金額に止まる。)。のみならず、ワラントの発行会社の株価が権利行使価格を下回っているときに新株引受権を行使することは経済的合理性がないから、株価が権利行使価格を下回っているようなワラントは、権利行使残期間が短くなれば、その間の株価上昇期待分が少なくなるため評価が下がって取引されにくくなり、権利行使期間満了前でも無価値になることもある。わが国で取引されている国内企業のワラントは権利行使期間が四年と比較的短いものが大部分を占めるが、株価が権利行使価格を下回り、かつ、権利行使残期間が二年を切るようになった銘柄は、取引される割合が大きく低下する傾向がある。

(二) 価格変動の大きさと価格変動予測の困難性

ワラントの権利行使価格は、ワラント債発行の条件を決定する際の株価に一定割合を上乗せした価格で定められるが、そのようなワラントが投資の対象となるのは、将来、新株引受権の行使により時価より低い権利行使価格で株式を取得し、その株式を時価で売却して差益を取得することができる場合があることによるのであるから、ワラントの投資価値は、将来、株価が権利行使価格より値上がりする見通しを前提として成り立つことになる。

ワラントの理論価格(パリティ)は、株価と権利行使価格との差額に引き受けることができる株式数を乗じて得られるが、現実のワラントの市場価格は、この理論価格と、株価上昇の期待度や株価の変動性の大小、権利行使期間の長短、流通性の大小等の複雑な要因を内包する価格要素(プレミアム)とによって形成され変動する。しかも、外貨建ワラント取引については、証券取引所に上場されず、店頭市場における相対取引により取引されることもあって、一般の個人投資家がその価格形成過程を的確に把握することは容易ではない。

そして、ワラントの市場価格は、基本的にはワラント発行会社の株価に連動して変動するが、株式の値動きに比べてその数倍の幅で上下することがあるので(ギアリング効果)、株式投資より少額の投資でより大きな利益を得ることも、また、より大きな損失を受けることもある。もっとも、右の株価との連動性やギアリング効果は、理論価格については明確に認められるが、プレミアムについては必ずしも明確なものではない。したがって、特に、ワラント価格に占めるプレミアム部分が大きいワラントの値動きは、株価の変動と比べてより複雑になる傾向があり、その予測はさらに困難なものとなる。

また、外貨建ワラントの場合は、売却する際の価格が為替変動の影響を受けるため、右に述べた価格予測困難性に加え為替変動のリスクが加わることになる。

(三) わが国では、当初、証券業界の自主規制により、分離型ワラント債の国内取引を禁止していたが、昭和六〇年一一月一日から解禁され、昭和六一年一月一日からは、国内企業が発行した外貨建ワラント債の国内取引も解禁された。その後、円高や株価の上昇に合わせて、外貨建ワラント債の発行及び流通市場が急速に拡大したが、市場整備が遅れ、上記のような価格予測の困難さなどが指摘されるようになった。そこで、協会は、平成元年四月一九日の理事会決議(「外国新株引受権証券の店頭気配発表及び投資勧誘について」)により、協会を通じて、同年五月一日から流通性の高い銘柄の気配値を電子情報通信機関及び新聞等によって、随時投資家に提供することとし、ワラント取引勧誘の際には、顧客に説明書を交付し、顧客から「外国新株引受権証券の取引に関する確認書」を徴求することとした。また、平成二年七月一八日の理事会決議(「外国新株引受権証券の売買、気配の発表等について」)により、同年九月二五日から、業者間取引は原則として日本相互証券株式会社に集中させ、売買の多い二〇〇強の主要銘柄の気配値を公表し、店頭での顧客との取引については業者間取引価格等を基準に一定の値幅制限を設けることとした。しかし、右の気配値はポイント数で表示され、これからワラント価格を算出するには複雑かつ専門的な計算が必要である。

二  本件ワラント取引の経緯等について

1  前記争いのない事実及び証拠(甲B一の1ないし8、二の1ないし6、三、四、五、六の2、七、八、乙B一の1・2、二、三、五、六、証人B、原告本人)並びに弁論の全趣旨によれば、本件ワラント取引の経緯等について以下の事実を認めることができる。これに反する原告本人の供述部分ないし陳述(甲B四)部分、証人Bの供述部分ないし陳述(乙B六)部分は、いずれも採用しない。

(一) 原告の証券取引経験等

(1) 原告は、昭和二〇年生まれの男性であり、○○大学経済学科を卒業後、六年間ほど自動車の営業の仕事をした後、昭和四八年ころから個人で旅館案内業を営み、その後、知人と共同して「a社」の商号で同様の事業を行い、平成三年当時の年収は五〇〇ないし六〇〇万円程度であった。

(2) 原告は、昭和六一年、山一証券阿倍野支店でNTT株一株を一一九万七〇〇〇円で購入したが、昭和六二年一二月、a社の共同経営者の紹介で被告阿倍野支店で証券取引を開始し、同月一四日、NTT株一株を二三六万五四〇〇円(手数料込み、以下同様とする。)で、昭和六三年一月二一日にNTT株二株を四三八万四〇六〇円で購入した。原告は、また、平成二年九月二五日には、当時、湾岸戦争の影響で株式市況も低迷していた中で、仕手性の強い東急株一〇〇〇株を一三八万五二七四円で購入した。原告は、さらに、平成二年一〇月一日には、旅行業者として供託すべき営業保証金に充てるためにみずから利付国債を二〇七万二五二九円で購入し、同月四日には、被告従業員のCから勧められて、大阪チタニウムの転換社債を九〇万九九八〇円で購入した。その後、同年一一月からBが原告の担当となったが、平成三年初めから相場が反発し、原告は、Bの勧めで、平成三年二月二六日、右東急株一〇〇〇株を一七一万四三八七円で、右大阪チタニウムの転換社債を九三万八八六一円でそれぞれ売却した。なお、右東急株を売却する際、名義書換中で手元に株券がなかったところ、Bは、そのような場合の株式売却の便法として信用取引の形式をとることを勧め、原告は、これに従って、有効期限三か月の信用取引口座を開設した上、右売却をした。

(二) 本件ワラント取引の経緯等

(1) Bは、東急株と大阪チタニウムの転換社債の売却代金を投資信託であるポートフォリオ購入資金として投資することを原告に勧めた。原告は、一旦は、右売却代金は事業資金として必要であるとしてこれを断ったものの、同年四月一〇日ころ、一〇〇万円位であれば、当面、事業資金として用いる予定はないとして、ポートフォリオを一〇〇万円分購入した。しかし、ポートフォリオは、購入後値下がりし、同年五月二九日時点で四万円強の評価損となった。

Bは、原告の相談により右損失を短期的に取り返す方法を考え、当初、日東電工の株式の購入を勧めようとしたが、そのためには一七〇万円強の資金が必要であり、一〇〇万円位を投資資金として予定していた原告の希望に沿わないことから、結局、一一〇万円程の資金で購入できる本件ワラントを勧めた。その際、Bは、原告に対し、電話で、ワラントは、一定期間内に一定の価格で所定数の株式を取得する権利であり、株価に比べて値動きが大きいこと、権利行使期限を過ぎれば価値がなくなること、外貨建てであるため為替の影響を受けること、また、本件ワラントの権利行使価額が一八四五円、権利行使期限が平成五年三月三日であること、当時の日東電工の株価は一七二〇円ほどであり、株価が一〇〇円くらい上がって一八三〇円くらいになっても、株式ではほとんど利益が出ないが、ワラントなら二〇万円の利益が出るとの趣旨を説明した。しかし、本件ワラントの理論価格はゼロで、そのポイントはすべてプレミアムであったこと(別紙計算書《甲B八と同内容のもの》参照)については触れず、また、そのために本件ワラントはギアリング効果は必ずしも期待できず、価格の変動は株価に比べてより複雑になる傾向があることまでは説明しなかった。

(2) 原告は、Bの勧誘に応じ、本件ワラントを一一七万四七〇〇円で購入することとし、右取引は平成三年五月二九日に実行された。その代金にはポートフォリオの売却代金九五万六五五六円を充当し、不足分は原告において振込入金した。

(3) Bは、右約定の際、原告に対し、ワラント価格は、新聞等に公表されていないが、株価と連動するので日東電工の株価をよく見ておくように伝えた。Bは、また、ワラント取引開始にあたって確認書及び外貨建のため約諾書の差入が必要であり、説明書とともに用紙を郵送するので署名押印して返送してほしい旨依頼し、そのころ、被告阿倍野支店から、取引報告書(甲B五)、説明書(乙八と同じもの)、確認書用紙(甲B一の7と同じもの)及び約諾書用紙(甲B一の6と同じもの)が原告に送付された。しかし、原告から確認書等が返送されなかったため、被告は、同年六月三日、預り証及び取引明細書を送付した際、再度、説明書及び確認書と約諾書の各用紙を同封して、その返送を求めたが、なお原告は確認書等を返送しなかったので、同月七日、被告は、再々度、説明書及び確認書と約諾書の各用紙を原告に送付した。

原告は、同月一〇日ころ、ようやく確認書及び約諾書の各用紙に署名押印をして被告阿倍野支店に持参した。その際、Bは、念のため、再度、ワラントの値動きが激しいこと、権利行使期限をすぎると価値がなくなることを説明した。

説明書は、二つの説明書が一冊にまとめられており、そのうち外国新株引受権証券取引説明書表紙の次の見開き左頁には「新株引受権証券(以下「ワラント」といいます。)とは、・・・一定期間内に一定の価格で一定数量の株式を買い取ることができる権利が付与された証券のことをいい、具体的には、新株引受権付社債(以下「ワラント債」といいます。)の発行後に、ワラントと社債券(エクスワラント)に分離された場合のワラントの部分を指します。」、「ワラントという商品は、その商品の性格や特徴が株式、債券、投資信託等、一般の有価証券とは異なったものとなっております。したがって、ワラント取引を行うに当たっては、本説明書の内容を十分に理解したうえで、ご自身の資力、投資経験及び投資目的に照らして行うことが肝要です。」と記載され、二頁及び三頁目は見開きで、ワラントのリスクについて分かり易く説明しており、二頁一行目には大きく太文字で「ワラントのリスクについて」と記載され、「1 ワラントは期限付の商品であり、権利行使期間が終了したときに、その価値を失うという性格を持つ証券です。」、「2 ワラントの価格は理論上、株価に連動しますが、その変動率は株式に比べて大きくなる傾向があります。」、「3 外国新株引受権証券(省略)に投資する際は、前記の留意点のほか、外国為替の影響を考慮に入れる必要があります。」という部分には赤の下線が施されている。

被告は、原告に対し、本件取引直後、「権利最終5・3・3」との記載がある取引報告書(甲B五)を送付し、平成三年六月三日には、「権利最終5-3-3」との記載がある取引明細書(甲B一の3・4)及び「外国証券、権利行使期限・・・5-3-3、以降無効」との記載がある預り証(甲B一の5)を送付している。

Bは、本件取引後、当初の一か月間は、一週間に一、二回の割合で、原告に対し、本件ワラントの価格の推移を連絡していたが、その後は価格が下落したことから、月に一回程度しか連絡しなかった。

原告は、平成三年九月三〇日付で、被告から送付された残高明細(甲B三)をみたところ、本件ワラントの評価額が五八万一二一八円と購入時から半減していたので、Bに電話をし、苦情を述べた。しかし、Bは、まだ日にちがあるから、そのうち上がる旨返答し、原告も売却の時機を待つこととした。原告は、その後、本訴を提起するまでに、本件ワラントについてBに質問したり、抗議したりすることはなく、結局、本件ワラントを売却しないまま権利行使期限を徒過した。

2  原告は、右認定に反し、Bは、本件ワラント勧誘の際に、株式の銘柄切替えのごときものであるとの説明をし、ワラントについての説明を何らしなかった旨主張し、原告本人もこれに沿う供述ないし陳述(甲B四)をする。しかしながら、原告本人の右供述部分は、それ自体曖昧である上、Bから株価と連動するという話は聞いた旨供述しているところ、そのことのみが唐突に話題に出ることは考え難く、その前提として右認定したようなワラントの特質の説明もあったと考えるのが自然である。また、本件ワラント取引約定後ではあるが、原告は、被告からワラントについて右認定したような説明のある説明書や権利行使期限の記載のある取引報告書、取引明細書、預り証等の送付を受けていたのである。それにもかかわらず、原告は、結局、権利行使期限を徒過するまで、被告ないしBに対する苦情として、本件ワラントがワラントとは知らなかった、あるいは、ワラントに権利行使期限があるとは知らなかった旨の苦情を述べていないのであり、Bはワラントについて何ら説明しなかったとの原告本人の右供述ないし陳述部分と整合しないといわざるを得ない。右にみたところに照らせば、原告本人の右供述ないし陳述部分は採用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

また、原告は、Bが、本件ワラントにつき、「絶対に上がる」と述べて断定的判断を提供した旨主張し、原告本人は、これに沿う供述ないし陳述をするが、証人Bの証言ないし陳述(乙B五)に照らして直ちに採用することはできず、Bがかかる発言をしたこと自体認めることはできない。

三  本件ワラント取引勧誘の違法性の有無について

1  公序良俗違反の主張について

ワラント、特に外貨建ワラントは、前記のようなハイリスクな商品であるが、他面、株式の現物取引に比べて、少額の投資で同等の投資効率を得ることができ、損失も投資金額に止まるという有利な面も有するのであり、商法によりその発行が認められており、一般投資家が外貨建ワラントを取得することを一般的に禁止する法令等も存しない。また、一般投資家がワラント取引の特質・危険性を理解することは、その知識・経験等に応じて可能であるから、被告ないしBがワラント取引を一般投資家を対象として勧誘すること自体が直ちに公序良俗に反するとまでいうことはできない。

2  適合性原則違反の主張について

(一) 先にみたようなワラントの特質、危険性に鑑みれば、被告は、顧客の意向、資力、投資経験、判断能力に照らして、ワラント取引の仕組みや危険性を十分理解できないような不適格者に対しては取引に参入させないよう配慮すべき義務があるというべきである。平成四年改正後の証券取引法五四条一項一号は、顧客の知識・経験及び財産の状況に照らして不適当と認められる勧誘は行ってはならないとし、また、投資者本位通達は、投資者の意向、投資経験及び資力等に最も適合した投資が行われるよう十分配慮すべきとし、協会もこれを承けて公正慣習規則九号においてこれを具体化する規定を設けている。

(二) 前記認定のとおり、原告は、昭和二〇年生まれの男性で、大学では経済学を学び、本件ワラント取引当時は個人で旅行案内の事業を営んで、五、六〇〇万円程度の年収を得ており、昭和六一年ころから株式等の取引をしていたものである。そして、その取引回数は多くはないものの、みずからの判断で合計約七八〇万円もの資金を投じてNTT株を購入したり、仕手性の強い株式の取引で利益も得たりしており、取引額も一〇〇万円単位の少なからぬ金額で、本件ワラント取引当時の投資金額は、合計一〇〇〇万円を超えていたのである。

そうすると、原告は、従前、信用取引や先物取引等の投機的色彩の強い取引経験はなく、証券取引を特に積極的に行っていたとはいえないが、その投資資産は、累計すれば一〇〇〇万円を超えており、自主的な判断に基づく相応の証券取引経験はあり、企業家として経済についての知識も人並み以上にあったといえる。したがって、原告は、ワラント取引についても、その特性や危険性を理解する能力、経験を有していたと認めることができる。原告が本件ワラント購入に充てた資金は、もともと原告が事業資金として予定していたものであるが、原告は、一〇〇万円位であれば当面不要ということで、短期的な利益の取得を意図してBの勧めによりポートフォリオを購入したものであり、Bがその損失を取り返すべくさらにワラント取引を勧めたとしても、原告の投資意向に必ずしも反していたとはいえない。したがって、Bが原告にワラント取引を勧誘したことが適合性原則に違反するとまではいえない。

3  説明義務違反について

(一) 一般に、証券取引においては、投資家自身が、諸般の事情を考慮し、みずからの責任において、当該取引の危険性の有無、程度、自己の有する資産等をも勘案して当該取引への参加を判断すべきであり、このことは、ワラント取引においても妥当する。しかし、証券会社は、証券取引に関する知識・経験や情報収集・分析能力において一般投資家に対し圧倒的優位にあるのであり、それゆえ一般の投資家も証券会社を信頼し、その提供する情報、推奨等に基づいて証券市場に参入し、証券取引を行っているのが現状である。そのため、右証券会社の提供する情報、助言等を信頼して証券取引を行う投資家の保護を図る必要があるところ、平成四年改正後の証券取引法四九条の二は、「証券会社…及び使用人は、顧客に対して誠実かつ公正に、その業務を遂行しなければならない。」と規定し、また、同法五〇条一項一号(平成四年改正前の証券取引法も同じ)は、有価証券の取引等に関連し、有価証券の価格等が騰貴し又は下落することの断定的判断を提供して勧誘する行為を禁止し、さらに、同項六号(平成四年改正前の証券取引法においては同項五号)の規定をうけた「証券会社の健全性の準則等に関する省令」二条一号は、有価証券の取引等に関し「虚偽の表示をし又は重要な事項につき誤解を生ぜしめるべき表示をする行為」を禁止している。また、協会は、同様の趣旨から、証券取引に関する自主規制として、「協会員の投資勧誘、顧客管理等に関する規則」等を定めてその遵守を会員に義務付けているのである。

以上のことからすれば、証券会社及びその従業員は、投資家に対し証券取引を勧誘するにあたっては、投資家の職業、年齢、証券取引に関する知識、経験、資力等に応じて、当該証券取引による利益や危険性に関する的確な情報の提供や説明を行い、投資家がこれについての正しい理解を形成した上で、自主的な判断に基づいて当該取引を行うか否かを決することができるように配慮すべき信義則上の義務を負うものというべきである。そして、証券会社及びその従業員が右義務に違反して取引勧誘を行ったために投資家が損害を被ったときは不法行為責任を免れないものというべきである。

(二) そこで、以下、これを本件について検討する。

(1) 先にみたように、原告は、従前一応の証券取引経験と知識を有していたものであるが、信用取引や先物取引のような投機性の強い取引の経験はなかった。また、平成三年当時はワラントの市場が公的に整備されはじめて間がなく、その具体的内容が一般に周知されているとまではいえない状況であったことを考慮すれば、Bは、本件ワラント取引を原告に勧誘するにあたり、まず、ワラント取引の一般的特色を、株式の現物取引との対比において、的確に説明しなければならなかったというべきである。

すなわち、ワラントは、一定期間内に一定価格で一定数の新株を購入できる権利を有する証券であること、基本的には、株価が権利行使価格を上回る見通しがある場合にのみ投資の意味があること、権利行使期間を徒過するとワラントの権利行使ができなくなり無価値になる上、権利行使期間経過前であっても、株価が権利行使価格を下回っているような場合には、権利行使残期間が少なくなったワラントは売却が困難となること、さらに、ワラント価格は基本的には株価に連動して変動するものの、その変動幅は株価の変動幅と比べて格段に大きい場合がある(ギアリング効果)一方、ギアリング効果が明確に働くのは理論価格についてであって、プレミアムについては必ずしも働かないこと(その意味でハイリターンとはいえないことがあること)について、原告の理解を得るに十分な説明をすべきであった。

また、その上で、Bが推奨する具体的ワラントについての権利行使期間、権利行使価格及び当該ワラントの理論価格とプレミアムの関係等、その具体的特質について明確な説明をすることが求められていたというべきである。

(2) Bの説明について

① 前記認定したところによれば、Bは、本件ワラントを勧誘する際、ワラントの特質、危険性につき一応の説明をしているが、主としては、株とワラントの値動きの対比について述べたものであった。そして、Bは、株価が一〇〇円上がった場合に株式だとほとんど利益が出ないが、ワラントだと二〇万円の利益が出ると説明したのであるが、株価が下がった場合の説明はせず、また、本件ワラントは理論価格はゼロであり、ギアリング効果は必ずしも期待できないこと、ポイントはプレミアムのみであり、プレミアムの価格の変動は株価の変動に比べて複雑で予想が困難であることなどは説明しなかった。

さらに、右説明は電話による口頭でのものであり、説明書の交付も取引実行後にされたものであった。

② 以上のとおり、Bの本件ワラントの勧誘は、電話による口頭のものであって、ワラントのような複雑な商品の説明方法としては適切を欠く上、内容的にも株価が上がった場合という利益面の強調に傾いており、本件ワラントの具体的な特質については説明しておらず、権利行使期限経過前でもワラントが無価値になる危険性や価格変動予測の困難さに原告の目を向けさせ、自主的な投資判断に資するに十分な程度にワラントの複雑な仕組みや危険性について説明したものとは認め難い。

(三) 以上みたところによれば、Bは、原告に本件ワラント取引の勧誘をするにあたって、証券会社の従業員として尽くすべき説明義務に違反し、その結果、原告はワラント取引の危険性に対する十分な理解を欠いたまま、本件ワラント取引を行ったといえ、右勧誘行為は不法行為を構成するというべきである。

したがって、原告の主張するその余の違反行為を論ずるまでもなく(なお、前記認定したところによれば、Bの勧誘行為が、不法行為に該当する程度の断定的判断を提供したもの、あるいは虚偽の内容を表示したものということはできない。)、Bの本件ワラント取引の勧誘は不法行為を構成するものであり、被告は、民法七一五条に基づき、右不法行為により原告に生じた損害を賠償する責任を負う。

4  なお、原告は、本件ワラント取引の勧誘について、会社ぐるみの組織的詐欺行為であると主張するが、被告が会社組織としてワラント取引につき違法な勧誘行為をしていたことを認めるに足りる証拠はない。

四  原告の損害について

1  原告に生じた損害

前記認定、判断したところによれば、原告は、Bの違法な勧誘により、本件ワラントを購入し、権利行使期間の徒過により、右購入代金である一一七万四七〇〇円の損害を被ったといえる。

被告は、原告は少なくとも平成三年九月にはワラントの危険性を認識しながら、みずからの判断で売却しなかったから、それ以降の損失はBの行為と因果関係がないと主張する。しかし、Bが本件ワラントを原告に勧誘するにあたって、本件ワラントの特質をその危険性と関連づけて的確に説明しなかったことは前記のとおりである。そして、原告が平成三年九月時点で説明書に目を通し、ワラントは権利行使期間経過後は無価値となり、価格変動が大きいなどの特質をある程度理解したとしても、その価格形成要因等を的確に理解し得たとまで認めるのは困難であり、右時点で、Bの判断とは独立に自己責任において本件ワラント処理を行うまでの判断力を有するに至ったものと推測することもできないから、被告の右主張は採用することができない。なお、被告の右主張が、原告は、ワラントの危険性を認識した以降は、本件ワラントを売却して損失拡大を防止すべきであったのに、これを怠ったから、損害発生について過失があるとの主張を含むものとしても、当時、原告から相談を受けたBは、様子をみることを助言したのみであり、平成三年九月三〇日当時の株価は一六八〇円であって(乙一〇の3)、権利行使価格を大きく下回り、権利行使期限(平成五年三月三日)まで約一年半の期間を残していたこと、その後は、株価がさらに低迷を続けたところ、Bがその後に本件ワラントの処分を勧めたことは証拠上窺われないことを考慮すれば、原告が当時、本件ワラントを売却しなかったことをもって、損失拡大について過失があるとまでいうことは困難である。

2  過失相殺

原告は、一方、前記のとおり、株式及びそれ以外の証券取引の経験があり、ワラント取引の危険性についても認識・理解するだけの能力を有していたのである。そして、Bから、本件ワラント取引勧誘にあたってワラントの意味や特質について一応の説明を受けており、その直前には投資信託においてすら損失を被っていたのだから、未知の商品について不慮の損失を被る危険性のあることを予測し、約定までにBにさらに詳細な説明を求めるなどの努力をすべきであったのに、これを怠り、安易に本件ワラント取引を行ったものであって、前記損害の発生を招来した点に相当の過失があったものといわざるを得ない。なお、原告が本件ワラントを売却しなかったことをもって過失とまで認めることはできないことは前記のとおりである。そして、前記認定した事実経過、その他本件に顕れた諸般の事情を考慮すれば、原告の過失割合を五割として、これを前記損害額から控除するのが相当というべきである。

したがって、右過失相殺後の原告の損害額は五八万七三五〇円となる。

3  弁護士費用

本件認容額、本件事案の内容等を考慮すると、原告の本件訴訟に関する弁護士費用のうち、本件不法行為と相当因果関係にあるのは六万円と認めるのが相当である。

五  結論

よって、原告の本訴請求は、被告に対して、民法七一五条に基づき損害金合計六四万七三五〇円及びこれに対する平成四年一一月一四日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条、六四条を、仮執行宣言につき同法二五九条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 赤西芳文 裁判官 甲斐野正行 裁判官 大山徹)

<以下省略>

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