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神戸地方裁判所 平成4年(ワ)1331号 判決 1994年6月27日

フランス国

五一二〇〇 エペルネー アベニュー ド シャンパーニュ 二〇番

原告

シャンパーニュ モエ エシャンドン

右代表者

イヴ ベナール

右訴訟代理人弁護士

田中克郎

松尾栄蔵

伊藤亮介

宮川美津子

石原修

水戸重之

高市成公

千葉尚路

中村勝彦

兵庫県西宮市鳴尾浜一丁目六番一〇号

被告

株式会社マリンドール

右代表者代表取締役

村尾哲雄

右訴訟代理人弁護士

西村登

主文

一  被告は、別紙物件目録一記載の商品を輸入、販売又は頒布してはならない。

二  被告は、その所有する前項記載の商品を廃棄せよ。

三  被告は、原告に対して、金六七五万六三八六円及びこれに対する平成四年九月二日から支払い済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

四  原告のその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用は、これを四分し、その三を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

六  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文第一、二項と同旨。

2  被告は、原告に対して一一〇〇万一八九〇円及びこれに対する平成四年九月二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、フランス国の法律に基づき設立された法人であり、シャンパンワイン等の酒類の製造販売を行っている。

2  原告は、日本において左記の登録各商標権(以下「本件各商標権」といい、その商標を「本件各商標」という。)を有しており、その登録商標は別紙標章目録記載のとおりである。

(一) 登録番号 第一四五二九九一号

登録年月日 昭和五六年一月三〇日

商品の区分及び指定商品 平成三年政令第二九九号による改正前の商標法施行令別表第二八類(以下「旧二八類」という。)

酒類

(以下「本件商標(一)」という。)

(二) 登録番号 第一六五一三二九号

登録年月日 昭和五九年一月二六日

商品の区分及び指定商品 旧二八類 酒類(薬用酒を除く)

(以下「本件商標(二)」という。)

(三) 登録番号 第〇六三二四四四号

登録年月日 昭和三八年一二月一九日

商品の区分及び指定商品 旧二八類 ぶどう酒、発泡ぶどう

酒、その他の酒類

(以下「本件商標(三)」という。)

3  被告は別紙物件目録一記載の商品(以下「被告商品」という。)を輸入・販売している。

4  被告商品には、本件各商標と酷似する標章が付せられており、また、原告の製造・販売するシャンパンワイン「ドン ペリニヨン ロゼ ヴィンテージ 一九八二年」 (以下「原告商品」という。)のボトル、フロントラベル、コルクを止めるワイヤーキャップ等は別紙物件目録二記載のとおりのものであるのに対し、被告商品のそれらは別紙物件目録一記載のとおりのものであって、被告商品は、原告商品のボトルの形態及びフロント・ラベルのデザインをそっくり模倣した偽造品である。

5  商標権侵害

商標権者は、指定商品について登録商標を使用する権利を専有し(商標法二五条)、さらに、指定商品についての登録商標に類似する商標の使用は当該商標権を侵害するものとみなされる(同法三七条一号)。

したがって、被告が本件各商標と酷似する商標を付した被告商品を輸入、販売する行為は、原告の本件各商標権を侵害する行為である。

6  不正競争行為

(一) 本件各商標等の周知性

原告は一七四三年に設立され、一九九〇年一月現在八六〇〇万本のストック(モエ エ シャンドングループに属するメーカーのストックを合わせると一億六〇〇万本に及ぶ)を有する質・量ともに世界一のシャンパンワインメーカーである。

原告商品を始めとする原告の商品は、世界の一流品を集めた書籍に最大級の賛辞とともに紹介されているのを始め、様々な出版物に取り上げられており、本件各商標並びに原告商品のボトルの形態及びフロント・ラベルのデザインは需要者、取引者はもとより一般において原告の商品表示として著名である。

(二) 混同の存在

被告が本件各商標と酷似する商標を使用し、かつ、原告商品と酷似する形態のボトル及びフロント・ラベルを使用した被告商品を輸入販売する行為は、一般消費者をして被告商品を原告の製造・販売する原告商品と誤認・混同させるおそれが強い。

(三) 営業上の利益を害されるおそれ

原告は、常に最高の品質をめざして商品を製造し、商品の品質保全及び商標に付随するグッドウイルの保護を図っている。

しかるに、原告と何らの関係のない第三者が偽造した商品に原告の商品たることを示す表示を使用することにより、出所に関する誤認混同を一般消費者に生ぜしめてしまい、原告の取引上の信用が害されるのみならず、本件各商標の著名表示としての価値が希釈化される。

したがって、原告は、不正競争防止法第三条(平成五年法律第四七号による改正前の不正競争防止法第一条)にいう、被告の行為により営業上の利益を害されるおそれのある者である。

7  被告の故意、過失

(一) 被告商品の特徴は別紙物件目録一記載のとおりであるのに対し、原告商品は別紙物件目録二記載のとおりのものであり、両商品には各種の相違があるが、特に外観から被告商品が原告商品の偽造品であることが分かりやすいのは、次の点である。

(1) ボトルの色

原告商品のボトルの色は、グリーンと黄色の中間色で、半透明であるが、被告商品は、暗い色で透明感がない。

(2) コルクを止めるワイヤーキャップ

原告商品のコルクを止めるワイヤーキャップには、必ずピンクと赤の中間色で「CUVEE DOM PERIGNON」と印字されているのに対し、被告商品のそれには右のような印字はされていない。

(3) ラベルの接着性

原告商品は、ラベルを剥がそうとすると破れてしまうが、被告商品は裏糊付ラベルで容易に手で剥がせる。

右のような被告商品の特徴からすれば、輸入酒類販売の専門業者である被告において、被告商品が原告商品と異なる偽造品であると判断し、また、偽造品であるかもしれないと疑うことは容易にできた。

(二) 原告商品は、毎年大量生産される商品ではなく、高品質のぶどうができた年にだけ生産される希少価値の高い商品であり、多量の在庫が海外の市場にストックされることはあり得ない特別な商品である。つまり、原告商品は、取扱業者にはなかなか手に入りにくい恒常的に品薄の商品であり、通常の酒類輸入販売業者であれば、これを多量に保有し、その販売先を探しているという状況だけで偽造品であるとの疑いを抱くのが通常である。

(三) 被告商品はいわゆる並行輸入商品であるが、一般に洋酒を含む並行輸入商品の中には真正品だけではなく、偽造品がしばしば含まれていることは少なくない。偽造品が輸入され、日本国内に流通すると、真正品の製造業者の信用が大きく害されるとともに、輸入業者自身も信用を失うことになる。また、洋酒のように人体の健康に関連する商品の場合には、消費者の健康に害を与えることにもなりかねない。被告も、被告商品を含め並行輸入商品を輸入するに際して、それが真正品であるか否か検品する等して調査する義務を負っているというべきである。

本件においても、被告が被告商品を輸入した際に一本でも箱から取り出して、直接商品を確かめていれば、被告商品が原告商品と相違することに気付いたはずである。現に、被告商品と同種の偽造品について、輸入業者等が自ら検品することにより偽造品であると気付いた例があるのである。特に、被告は、平成二年一〇月ころ輸出業者を紹介されてその業者と新規に取引を開始した者であるから、その取引商品の真正を現品を検査して確認すべきであったというべきである。

(四) 偽造品の輸入に関し、税関の検査が万能でないことは経験則上明らかであり、通関後の偽造品が国内に頒布されるという事案が跡をたたないのが現実である。

(五) 以上の点からすれば、被告は、被告商品の販売に当たり、それが原告商品の偽造品であることを知っていたものであり、仮にそうでなかったとしても、それを知らなかったことについて過失があることは明らかである。

8  原告の損害

(一) 被告の経済的利益

(1) 被告商品の一本あたりの販売価格は三万六七六七円を下回らない。

(2) 被告商品の一本あたりの仕入価格は一万五三三二円を上回らない。

(3) 被告商品の一本あたりの利益額は二万一四三五円を下回らない。

(4) 被告は、小売業者に対し、被告商品をこれまで少なくとも二九四本以上販売した。

(5) 以上により、被告が被告商品の販売により得た利益は、六三〇万一八九〇円を下回らない。

(二) 信用損害

被告の被告商品輸入販売行為により、原告が多大な投資及び宣伝活動によって作り上げてきた原告商標のイメージ、識別力が低下し、一般消費者を吸引する力が著しく減殺した。

また、被告が粗悪な偽造品である被告商品を真正品として多数輸入、販売したことにより、原告商品の品質保証機能、商品としての高いプレステージが著しく低下させられた。

原告は、被告の右行為により、その信用を著しく傷つけられたものであり、これによる損害は少なくとも二五〇万円を下回らない。

(三) 弁護士費用

原告は、フランス法人であり、被告の商標権侵害行為、不正競争行為により、やむなく日本人弁護士を訴訟代理人として依頼せざるを得ず、また、本件は商標法及び不正競争防止法に関する高度な専門的知識を要する事案であり、かかる専門的知識を有する弁護士を雇用せざるを得なかった。

したがって、その弁護士費用としては少なくとも二二〇万円を下らない。

(四) 以上により、原告の損害は少なくとも一一〇〇万一八九〇円を下らない。

9  よって、原告は、被告に対して、商標権侵害及び不正競争防止法違反を理由として、被告商品の輸入、販売又は頒布の差止め及び被告商品の廃棄を求めるとともに、不法行為による損害賠償請求権に基づいて一一〇〇万一八九〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成四年九月二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3の事実は認める。

2  同4の事実のうち、被告商品が原告商品のボトルの形態及びフロントラベルのデザインを模倣した偽造品であることは認めるが、その余は知らない。

3  同5は争わない。

4  同6は否認する。但し、原告が世界一のシャンパンワインメーカーであることは認める。

5  同7は争う。

被告は、被告商品の輸入、販売に当たり、被告商品が原告商品の偽造品であることは知らなかったし、そのことにつき過失はなかった。その理由は以下のとおりである。

(一) 被告は、昭和六〇年輸入酒類販売の許可を受け、以来、酒類の輸入専門業者として数社の外国メーカーの代理店となり、国内においては酒類卸売業者に販路を拡張してきたものであるが、被告商品の輸入は、被告の専務取締役古賀が平成二年一〇月ころ、フランス人の知人であるミッシェル・ギャールから原告の代理店をしている者としてトラサール・アンド・カンパニーのフランソワ・マイヨールを紹介され、同氏から、本来はクェート、サウジアラビアに出荷することになっていたが湾岸戦争で出荷出来なくなったので原告商品を日本に売りたいとの商談を受けたことによるものである。被告は、条件が合えば輸入できる旨回答したが、その条件とは、フランスの輸出検査及び日本の輸入検査(厚生省の食品分析検査)の合格後に商品代金を送金するというものであり、同氏はこの条件を承諾したので被告は輸入を決定した。そして、フランスの輸出検査を経て空輸され、日本の輸入検査をすべて合格したので酒税、関税、消費税を納めて商品代金を支払った。

(二) 被告は、フランス及び日本政府の各当局の厳正な輸出入検査を経た商品であれば、その真正は最高に確保され、万一にも偽造品をつかまされるおそれはないと信じた。

しかも、原告は、世界一のシャンパンワインメーカーであり、その製品は世界中で愛飲せられているのであるから、当然不心得者による偽造品の出現及び防止に最大限配慮しているものと思われ、また、フランスも自国の世界に誇るシャンパンの輸出検査には、偽造品流出防止のため検査機能を最高に駆使しているはずである。さらに、日本における輸入申告に対する税関等(厚生省の食品分析検査を含む)検査も、コピー商品防止の国際的協調の立場からも厳しいチェックが行われているので、原告がフランス本国において当然なすであろう偽造品輸出防止活動の下におけるフランスの輸出検査及び日本の輸入検査を合格したシャンパンを、被告が真正な原告商品と信ずるのは当然である。

(三) 原告は、被告商品が外観から偽造品であることがわかりやすい点として、ボトルに透明感がないこと、ワイヤーキャップに印字がないこと、ラベルが裏糊付きで容易に手で剥がせること等の点をあげている。しかし、外観から容易に偽造品と見分けられるような代物であれば、もともと通用しないのであって、外観から見分けにくいからこそ騙されるのであり、原告が挙げている右の点も偽造品だけを見た場合は専門家でない限り真正品との区別は判断しにくく、真正品と並べて見比べて初めて気がつく特徴である。そのために原告側も被告商品が真正品か否かを判断するために鑑定人を必要としている。

したがって、被告が輸入専門業者であっても、被告商品を見て真正品と異なる偽造品であると判断し、また、偽造品であるかも知れないと疑うことは困難である。

(四) 以上のとおり、被告は、被告商品の輸入、販売に当たり、被告商品が原告商品の偽造品であることを知らず、そのことに過失はない。

6  同8について

(一) 同(一)の各事実は認める。但し、利益から諸経費一五パーセントを控除すべきである。

(二) 同(二)ないし(四)は争う。

弁護士費用につき、原告が商標権侵害を防止することは、原告の企業活動上の一部門であり、その費用は原告自らが負担すべき経費であって、被告に請求することができる損害には当たらない。

三  抗弁

(権利濫用)

1 平成三年四月ころ、原告商品の偽造品が出回っているとの噂を聞いた被告代表取締役村尾哲雄は、真正な原告商品と信じて輸入した被告商品の中から一本を念のため原告社長宛に発送し、その真偽の判定を依頼した。その結果、被告商品は真正な原告商品ではないことが判明したので、被告は直ちに売却先の問屋に対し返品を申し入れ、また、すでに問屋から各地の小売店に売られた分はその小売店の店頭で購入するなどして回収に全力を傾けた。

2 しかし、平成四年八月二九日の神戸新聞朝刊の「偽ドン・ペリ出回る、製造元、西宮の輸入業者を提訴」の記事が掲載され、被告の信用は一気に失墜した。以来、被告の営業は壊滅状態で再起不能に近い。右記事は、新聞記者が取材したのか、あるいは新聞社に持ち込まれたものか不明であるが、ニュース・ソースは消去法により原告側以外には考えられない。右記事により被告が受けた衝撃は本件訴訟で敗訴になるよりも遙に大きい。世界一のシャンパンワインメーカーである原告の本来の目的は僅かな賠償金を取ることではなく、一罰百戒今後の見せしめとして被告を対象としたものである。原告はその目的を達したのであるから、すでに死に体となっている被告から更に賠償金を取るのは正当な権利行使とはいえない。

四  抗弁に対する認否

抗弁(権利濫用の主張)は否認する。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1ないし3及び5の各事実並びに4の事実のうち被告商品が原告商品のボトルの形態及びフロントラベルのデザインを模倣した偽造品であることは当事者間に争いがない。

二  被告の不正競争行為

1  甲第四六号証(その「被告商品」と記載された写真が被告商品を撮影した写真であることに争いがなく、「原告商品」と記載された写真が原告商品を撮影した写真であることは弁論の全趣旨により認められる。)によれば、被告商品には、<1>その上部に「MOET et CHANDON」、<2>中央部に「Dom Perignon」と横書きしたフロント・ラベルが貼付されており、右<1>部分は本件商標(三)に、右<2>部分は本件商標(三)に類似することは明らかであり、右<1>部分は「モエ エ シャンドン」の呼称を生じるものと認められるから、これが本件商標(二)と類似することも明らかである。

また、右甲第四六号証、証人井上三憲の証言により原本の存在及びそれが真正に成立したものと認められる甲第八号証及び同証言によれば、被告商品と原告商品の各ボトルの色、ボトル底部の表示、フロントラベル等はそれぞれ別紙物件目録一と同二各記載のとおりのもので、相違点があるが、ボトルの形態及びフロントラベルのデザインが極めて似ていることが認められる。

2  一方、原本の存在及び成立に争いのない甲第一〇号証ないし第二二号証によれば、本件各商標が原告商品の商品表示として世界的に著名であり、周知性を有していることが認められる。

3  したがって、被告が本件各商標と類似する商標を使用し、また、原告商品と類似する形態のボトル及びフロント・ラベルを使用した被告商品を輸入販売する行為は、一般消費者をして被告商品を原告の製造・販売する原告商品と誤認混同させるおそれが強く、これにより原告の営業上の利益が害されるおそれのあることは明らかであり、被告の行為は不正競争防止法二条一項一号(平成五年法律第四七号による改正前の一条一項一号)に該当する行為ということができる。

三  被告商品が偽造品であることについての被告の故意、過失の有無

1  成立に争いのない甲第二四号証の一、二、第二六号証、第二七号証ないし第三〇号証の各一、二、第四四号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第四五号証、証人井上三憲の証言及び被告代表者尋問の結果によれば、以下の事実を認めることができる。

(一)  被告は、昭和六〇年設立され、輸入酒類販売の許可を受けて、フランスのコニャックメーカー二社、ワインメーカー五社の日本における総代理店をしていた会社であるが、平成二年一〇月ころ、被告の専務取締役の古賀の知人であるフランス人から、原告の代理店で、主にクエート、サウジアラビア方面への輸出をしているというフランソワ・マイヨールなる人物を紹介され、その者から、「本来クエート、サウジアラビア方面へ輸出することになっていた商品が湾岸戦争のために輸出できなくなり、ノルマが達成できなくなるので買ってもらえないか。」との話を受け、被告商品を、いずれも通関手続、厚生省の食品検査手続を経て、同年一二月ころ二〇〇本以上、平成三年二月七二六本をそれぞれ輸入した。

(二)  被告は、右輸入後、取引先の問屋に卸すなどして被告商品を販売していたが、平成三年四月ころ、取引先から原告商品の偽造品が出回っているとの噂を耳にした。被告は、その後の同年七月五日付で、原告の社長宛に、「友人からドン・ペリニョン・ロゼの一九八二年ものを贈り物として貰ったが、別の友人からそれは偽造品のようだと言われたので、真正品かどうか判断してほしい。」旨の内容の手紙を付けて被告商品を郵送した。

(三)  原告において被告商品を鑑定した結果それが偽造品であると判明したことから、平成三年八月一日、原告の日本における輸入総代理店であるジャーディンワインズアンドスピリッツ株式会社の社員井上三憲が被告を訪れ、被告代表者に対し、被告商品は偽造品である旨告げた。

(四)  被告は、右井上三憲の訪問を受ける前後から、販売した被告商品の一部回収にかかった。また、原告の申請に基づき、同年一一月一四日、被告を債務者とする被告占有の被告商品の執行官保管等を命ずる仮処分決定が神戸地方裁判所によりなされ、被告は六九〇本の被告商品につき右仮処分を執行された。

(五)  原告商品は、毎年大量生産される商品ではなく、高品質のぶどうができた年だけ生産される希少価値の高い商品で、取扱い業者においても入手することが難しい商品である。

また、原告商品を含む原告の製品については、ジャーディンワインズアンドスピリッツ株式会社が日本における総代理店となっていた。したがって、被告商品は、右総代理店を通さずに、フランスの業者からの輸入としてなされた、いわゆる並行輸入商品であった。

2  被告の故意の有無について

右認定の、被告代表者は、原告商品の偽造品が出回っているとの噂を耳にした後、販売済みの被告商品の回収にかかり、また、被告商品を原告に送付して偽造品であるか否かの判断を依頼していること等の事実からすれば、原告商品と被告商品の相違点や原告商品の希少性等を考慮しても、被告が、被告商品の輸入、販売に当たり、被告商品が偽造品であることを認識していたとまでは認め難く、他に被告が右認識を有していたことを認めるに足る証拠はない。

3  被告の過失の有無について

(一)  いわゆる並行輸入商品の中には偽造品がしばしば含まれていることがあるから、並行輸入商品である著名商標商品を輸入する業者としては、その輸入に当たり、その商品が真正品かどうかを厳重に検品する等して調査すべき注意義務があるものというべきである。

しかるところ、被告商品と原告商品とでは、ボトル、フロントラベル、コルクを止めるワイヤーキャップ、その他の点で前記認定のとおりの相違があり、また、被告は洋酒の輸入専門業者であることからすれば、被告において、原告の日本における総代理店であるジャーディンワインズアンドスピリッツ株式会社から原告商品を入手するなどして被告商品を原告商品と比較調査すれば、前記の相違を知ることはそれほど困難なことではなかったと考えられ、被告において、被告商品が偽造品であると判断し、又はそれを疑うことは十分可能であったものと推認できる。現に、証人井上三憲の証言によれば、平成三年四月ころ、被告商品と同じ商品を並行輸入した業者の中に、右輸入商品を検品してそれが原告商品の偽造品であることを知り、輸入を中止した者があったことが認められる。

他方、被告が被告商品を輸入するに至った経緯は前記認定のとおりであり、被告代表者尋問の結果によれば、被告はフランソワ・マイヨールとは本件被告商品の取引が初めての取引であり、しかも、被告代表者は、右フランソワ・マイヨールの被告商品の販売理由の説明に不自然なところも感じていたことが認められるところ、右フランソワ・マイヨールがフランスにおける原告の代理店あるいはその関係者であることを認めるべき証拠はない。

しかるに、被告が、被告商品の輸入販売に当たり、右フランソワ・マイヨールにつき原告の代理店ないしはその関係者かどうかを調査した形跡はなく、また、被告商品につき原告商品と比較するなどして検品調査した形跡もない。

右の諸点を考慮すれば、被告は、被告商品の輸入販売に当たり、並行輸入業者として通常要求される注意義務を尽くさなかったもので、過失があったというべきである。(なお、原告の商標権に対する被告の侵害行為については、被告に過失があったものと推定される〔商標法三九条、特許法一〇三条〕。)

(二)(1)  被告は、被告商品は、フランスの輸出検査及び日本の輸入検査(厚生省の食品分析検査を含む。)に合格することを条件としており、右両検査に合格したのであるから、被告が被告商品を真正な原告商品と信じるのは当然であり、この点からも被告に過失はないと主張する。

証人井上三憲の証言によれば、フランスや日本の税関は、輸出入のルートが疑わしい場合であるとか証拠に基づき偽造品であることが明らかな場合にのみなしうる不正商品輸入の差止請求がなされている品物等を除いて具体的な検査をしておらず、また、輸入品についての厚生省の食品分析検査は、商品が人体に害があるかないかを調べるものであって、真正品であるか偽造品であるかという認定を行うものではないことが認められる。

右のとおり、フランスの輸出検査や日本の輸入検査は、輸出品や輸入品の安全性や関税を適正に徴収すること等を主たる目的としてなされるものであり、両検査が偽造品等の流出を防止する機能を果たしているとはいえ、原則的には偽造品か否かということについての具体的な検査は行われていないから、右両検査に合格したことが偽造品でないことを強く推認させるものとまではいうことができない。

(2)  また、原告が世界一のシャンパンワインメーカーであり偽造品の出現及び防止に最大限配慮していたとしても、一会社として偽造品の流出を完全に防止することができないことは明らかであるし、被告代表者尋問の結果によれば、被告代表者は、正規の通関手続を経ている輸入商品であるにもかかわらず、後に偽造品であることが判明したという事例があることを認識していたことが認められる。したがって、被告商品がフランスの輸出検査及び日本の輸入検査に合格したことから、被告が被告商品を真正品と信じたとしても、被告に過失がなかったとまでいうことはできない。

(3)  さらに、被告は、外観から容易に偽造品と見分けられるような商品であれば、もともと通用しないし、原告が挙げる被告商品の特徴も真正品と並べて見比べてみて初めて気付くものであり、それゆえ原告も被告商品が真正品か否かを判断するために鑑定人を必要としているのであるから、被告商品が偽造品であることは外観から容易に判別し得ず、被告商品を真正品と信じたことにつき被告に過失はないと主張する。

しかし、証人井上三憲の証言によれば、原告が鑑定人に被告商品の鑑定を依頼したのは、原告において被告商品が偽造品であるか否かの判断が困難だったからではなく、特約店に確認書という文書で回答しなければならないことから正確に細かく調べる必要があったということに基づいてなされたものであることが認められる。そして、被告商品と原告商品の現物とを比較調査すれば、両商品の相違に気付くことがそれほど困難なことでないことは、前記認定のとおりである。

したがって、被告の主張は採用できない。

四  原告の損害

1  被告の経済的利益

被告商品の一本あたりの販売価格が三万六七六七円を下回らないこと、被告商品の一本あたりの仕入価格が一万五三三二円を上回らないこと、被告が小売業者に対し被告商品を少なくとも二九四本販売したことは、いずれも当事者間に争いがない。

他方、弁論の全趣旨によれば、被告商品一本当たり、諸経費(税を含む)として売上利益の一五パーセント程度を要するものと認められる。

そうすると、被告商品一本あたりの利益額は、一本あたりの販売価格から一本あたりの仕入価格を控除した額から、右諸経費相当額を控除した一万八二一九円を下回らないものと認められる。

したがって、被告が被告商品の販売により得た利益額は、被告が販売したと認められる二九四本に一万八二一九円を乗じた五三五万六三八六円であると認められる。

そして、商標法三八条一項により原告は右被告の利益金額と同額の損害を受けたと推定されるし、不正競争防止法二条一項一号(平成五年法律第四七号による改正前の一条一項一号)に該当する前記被告行為により、原告は右利益金額と同額の損害を受けたものと推認するのが相当である。

2  信用損害金

証人井上三憲の証言によれば、原告が販売している真正品は一九八〇年の商品で、長い間熟成させたものであるのに対し、偽造品である被告商品は普通のワインに炭酸を加えて造ったもので、原告商品と比べて泡粒が大きく、味も落ち、外観も粗末なものであることが認められる。

このような品質の劣る被告商品が日本国内において販売されることによって、最高級シャンパンとして世界的に著名な原告商品の信用が低下し、原告が前記財産上の損害の賠償のみでは償いきれない無形の侵害を被ったことは明らかである。

そして、被告商品の販売数、その他前記認定の諸般の事情を総合考慮すると、右原告の信用毀損による損害は八〇万円と認めるのが相当である。

3  弁護士費用

原告が本件訴訟提起・追行を日本の弁護士である原告訴訟代理人らに委任したことは弁論の全趣旨により明らかであり、被告の行為の態様、本件事案の内容、審理経過、認容額等に照らすと、被告の商標権侵害行為及び不正競争行為と相当因果関係のある原告の損害となるべき弁護士費用は六〇万円と認めるのが相当である。

五  抗弁(権利濫用)について

被告代表者が原告商品の偽造品が出回っているとの噂を耳にして原告に被告商品の真偽の判定を依頼し、その前後から販売済みの被告商品の回収を図ったことは前記認定のとおりであり、また、被告代表者尋問の結果及びこれにより真正に成立したものと認められる乙第一号証によれば、被告主張の新聞記事が掲載され、これにより被告の営業が大きな打撃を受けたことが認められるが、右記事のニュースソースが原告であることや原告の本訴の提起が今後の見せしめを目的としたものであること等を認めるに足りる証拠はない。

したがって、原告の本訴損害賠償請求が権利の濫用に当たるものということはできない。

六  以上によれば、原告の本訴請求のうち、商標権及び不正競争防止法に基づく差止請求はいずれも理由があるから認容し、不法行為に基づく損害賠償請求は、六七五万六三八六円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成四年九月二日から支払い済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容するが、その余は理由がないから棄却し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹中省吾 裁判官 石井浩 裁判官 影浦直人)

別紙物件目録一

商品名 「ドン ペリニヨン ロゼ ヴィンテージ 一九八二年」

外観 添付写真の通り

ボトルの色は暗く、透明感がない。

ボトル底部に「VETRO BREV 90mm」の表示がある。

ボトル底部の中央部に左記ボトルマーク

<省略>

フロント・ラベルの星印の中に縞模様がほとんど見られず、「MOET et CHANDON」の文字が黒色である。

フロント・ラベルは裏糊付きラベルで容易に剥せる。

<省略>

<省略>

<省略>

<省略>

<省略>

別紙

物件目録二

商品名 「ドン ペリニオン ロゼ ヴィンテージ 一九八〇年」

外観 添付写真のとおり

ボトルの色は、グリーンと黄色の中間色で、半透明である。

ボトルの底凹部の側面に「75 CL 70mm」の表示がある。

ボトル底部に左記のボトルマーク

フロント・ラベルの星印が横縞模様で作成されており、「MOET et CHANDON」の文字に縞模様がある。

フロント・ラベルは通常ラベルで、手で剥がそうとすると破れてしまう。

コルクを止めるワイヤーキャップに、ピンクと赤の中間色で「CUVEE DOM PERIGNON」と印字されている。

別紙標章目録

(一)

商業出願公告 昭55-9008

公告 昭55.3.18

商願 昭48-42189

出願 昭48.3.12

出願人 シヤンパーニユ・モエ・エ・シヤンドン フランス国マルヌ・エベルネ・アヴエニユー・ド・シヤンパーニユ20号

代理人 弁理士 浅村詰 外2名

指定商品 28 酒類

<省略>

(二)

商標出願公告 昭57-75297

公告 昭57(1982)12月1日

商願 昭55-68054

出願 昭55(1980)8月21日

連台商標 1452991

出願人 シヤンパーニユ・モエ・エ・シヤンドン フランス国マルヌ エベルネ アヴエニユー・ド・シヤンパーニユ 20号

代理人 弁理士 田中克郎

指定商品 28 酒類(薬用酒を除く)

<省略>

(三)

商標出願公告 昭38-15901

公告 昭38.7.25

出願 昭37.9.22 商願 昭37-30382

出願人 メーゾン、モエ、エ、シヤンドン、フオンデ、アン、デイスセツトサン、カラント、トロワ フランス国マルヌ、エベルネー、アベニユー ド、シヤムバーニユ20 代表者 コムト、エール、ジド、ボギユエ、

代理人弁理士 浅村成久 外3名

指定商品 28

ぶどう酒、発泡ぶどう酒、その他の酒類

<省略>

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