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盛岡地方裁判所 昭和62年(ワ)325号 判決 1989年8月16日

原告

小西勝隆

右訴訟代理人弁護士

石橋乙秀

被告

株式会社ヒノヤタクシー

右代表者代表取締役

大野泰一

右訴訟代理人弁護士

大沢三郎

主文

一  原告が被告に対し雇用契約上の権利を有することを確認する。

二  被告は原告に対し七八二万七九六〇円及び平成元年八月からこの判決確定まで毎月二五日限り二六万〇九三二円の割合による金員を支払え。

三  原告の金員請求のうち、この判決確定後のものに係る訴えを却下する。

四  訴訟費用は被告の負担とする。

五  この判決の二項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  主文一、四項同旨

2  被告は原告に対し昭和六二年二月から毎月二五日限り二六万〇九三二円の割合による金員を支払え。

3  2項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は昭和五九年七月三〇日、タクシー運転手として被告に雇用された。被告は昭和六二年一月三〇日、同日限り原告を解雇する旨の意思表示をした(以下「本件解雇」という)。

2  昭和六一年は被告の従業員で組織し、原告も所属している全国自動車交通労働組合岩手地方本部盛岡支部ヒノヤ分会(以下「ヒノヤ分会」という)が長期のストライキを行ったので、原告の得べかりし給与額を計算する基準としてはふさわしくなく、その前年である昭和六〇年を基準とするのが相当である。同年の給与総額は三一三万一一八八円、月額二六万〇九三二円である。被告は毎月二五日に給与を支給している。

よって、原告は被告に対し雇用契約上の権利を有することの確認を求めるとともに、本件解雇後の給与として昭和六二年二月から毎月二五日限り二六万〇九三二円の割合による金員の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1のうち、原告が採用された日は否認し、その余の事実は認める。原告が採用されたのは昭和五九年八月四日である。

2  同2の事実は認め、主張は争う。

三  抗弁

1  原告は当初は雇用期間を一年間、身分は嘱託として採用され、以来契約が更新されてきた。

被告とヒノヤ分会は昭和六一年一二月三〇日、原告を含む嘱託一五名について、従前の嘱託雇用契約を解消し、雇用期間の定めのない正社員である乗務員として採用すること、右一五名を採用するに当たっては昭和六二年一月二一日から一か月間を試用期間とする旨の協定を締結した。被告は右協定に基づき、同日、原告を含む嘱託一五名を本社第一会議室に集め、被告の代表取締役である大野泰一から、従前の嘱託としての雇用契約を解消し、一か月間の試用期間を設けて乗務員として採用すること、試用期間中に一方的過失により事故を起こした場合等タクシー運転手として不適格と認められたときは試用期間を延長するか解雇することを告げ、原告ら右一五名はこれを承諾した。したがって、原告と被告間には同日、解約権留保付きの雇用契約が締結された。

なお、嘱託は隔日勤務ないしは夜間勤務に限られているが、乗務員は一三日を一サイクルとする勤務体系であるから、従前、嘱託として雇用されていた者であっても、試用期間を設ける必要があるのであり、また、一か月間の試用期間は原告の所属するヒノヤ分会との右協定に基づくものであるから、試用期間の設定は有効なものである。

2  原告は昭和六二年一月二六日午後一一時三〇分頃、岩手県紫波郡矢巾町赤林第五地割付近路上において営業車を運転中、路面が凍結し滑り易い状態であったにもかかわらず、時速五〇キロメートル以上の速度で交差点に進入して右折をしようとしたため、同車を滑走させ路肩を越えて田圃に転落横転させた。その際、同車は横向きに一回転した。この事故により同車は一〇万五三〇〇円相当の損傷が生じた。

なお、同車を含め、被告の全営業車は冬季には駆動輪二輪のみにスパイクタイヤを、他の二輪にはスノータイヤを装着し、四輪全部にはスパイクタイヤを装着しないこととしているが、このような扱いは道路交通法規に違反しないものであるばかりか、社会問題となっているスパイクタイヤ公害を軽減しようとの意図を有するもので非難されるいわれはない。

3  右2に記載した他、原告は嘱託として雇用されている間、営業者を運転中、次のとおり事故を起こしている。

(一) 昭和六〇年五月一日午後一時五分頃、盛岡市菜園一丁目所在の川徳デパート前の路上を進行中、後進車の動静を注意せずに自車を右に寄せて後進車の進路上に進出したため、後進車と衝突させた。この事故により自車に五万八六〇〇円相当の、後進車に六万五五九〇円相当の損傷が生じた。

(二) 昭和六一年一月二日午前七時三〇分頃、同市中央通一丁目八番一八号所在の被告会社本社前路上において、営業車を車庫に入れようと後方を確認しないまま後進したため、路端の街路灯柱に同車後部を衝突させた。この事故により同車に二万六三〇〇円相当の損傷が生じた。

(三) 同日午前一〇時五〇分頃、同市山岸四丁目三番一号付近の交差点に進入した際、左方から同交差点に進入してきた車両を発見したが、これに対する判断を誤り急停止したため、スリップしながら進行してきた相手車に自車左側面を衝突させた。この事故により自車に五万九〇〇〇円相当の損傷が生じた。これについては、相手方八割、原告二割の過失割合により処理された。

(四) 同年七月一八日午後一時一五分頃、岩手県岩手郡玉山村好摩地内農道を進行中、路上の石に自車左ドアを接触させた。この事故により同車に二万三五〇〇円相当の損傷が生じた。

(五) 同年一一月一〇日午前七時二〇分頃、盛岡市大通三丁目三番五〇号付近の交差点を右折する際、横断歩道上の歩行者の有無、動静を確認することなく右折したため、横断歩道上を歩行していた者を発見するのが遅れ急停止したが間に合わず、自車左側部分を右歩行者に接触させて転倒させた。この事故については、原告が全部の事後処理をした。

4  右2、3記載の事故は原告がタクシー運転手として不適格であことを示すものである。被告は右1記載の解約権に基づき原告を解雇したものである。

仮に、右1の事実が認められないとしても、右2、3記載のとおり事故を多発させている原告がタクシー運転手として不適格であることは明らかであるから、原告との雇用関係を維持することは相当でなく、本件解雇は有効である。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1のうち、原告が当初は嘱託として雇用されたこと、被告とヒノヤ分会が昭和六一年一二月三〇日、原告を含む嘱託一五名について、従前の嘱託雇用契約を解消し、雇用期間の定めのない正社員である乗務員として採用すること、右一五名を採用するに当たっては昭和六二年一月二一日から一か月間を試用期間とする旨の協定を締結したことは認め、その余の事実は否認する。もっとも、被告とヒノヤ分会は右試用期間が経過した後、右一五名を無条件に本採用することで合意しており、右試用期間は本来の意味での試用期間ではない。このことは、本来の試用期間中の歩合給が営業収入の四六パーセントであるのに対し、右一五名の試用期間中の歩合給が一般の乗務員と同率の四八・五パーセントであることからも明らかである。

2  同2のうち、記載の日時に記載の事故が起きたことは認めるが、車が一回転したことは否認し、その原因は争う。原告は時速四〇キロメートルの速度で交差点に進入したが、同車には駆動輪のみに古いスパイクタイヤが装着されていたのみで、四輪全部にスパイクタイヤが装着されていなかったために滑走し、田圃に転落したのである。被告以外の盛岡市内のタクシー会社は四輪ともにスパイクタイヤを装着しているが、被告はスパイクタイヤ公害を防止する目的ではなく、単に価格が高いスパイクタイヤをなるべく使わないという利益第一主義から駆動輪のみにスパイクタイヤを装着しているのであり、右事故は被告の利益第一主義により生じたものであり、原告に責任はない。

3(一)  同3(一)のうち、記載の日時に事故が起きたことは認めるが、その余の事実は否認する。右事故は歩行者が左側から急に道路横断のためにでてきたため、これを避けるために右ハンドルを切ったため、後進車に追突されたもので、後進車の過失の方が大きいのである。

(二)  同(二)のうち、損害額は知らず、その余の事実は認める。

(三)  同(三)のうち、記載の日時に事故があったことは認め、その余の事実は否認する。原告が進行していた道路は明らかに幅員が広い優先道路であり、相手方がスリップして原告運転者に衝突しそうになったために、原告は急停止したのであって、原告に判断の誤りがあったのではない。

(四)  同(四)のうち、損害額は知らず、その余の事実は認める。この事故は大型トラックとすれ違う際に停止していたところ、大雨で路肩が緩んでいたため路肩が傾いて生じた事故である。

(五)  同(五)のうち、記載の日時に事故が起きたことは認め、その余の事実は否認する。この事故は、横断歩道の信号が赤となったために原告が右折したところ、傘をさした歩行者が横断歩道の信号が点滅しているのにかかわらず無理に横断しようとし、横断の直前に赤信号となっているにもかかわらず横断したために生じたものであり、歩行者の過失が大きいものである。現に歩行者は自己の過失を十分認識し、治療費と休業補償のみで示談が成立し、また、この件について原告は行政処分も刑事処分も受けていない。

4  同4は争う。

原告は被告に嘱託として雇用された際に二か月の試用期間を経ており、タクシー運転手としての能力、人物評価は既になされているから、仮に、原告を乗務員として採用するに際し、試用期間が定められていても、その解雇に当たっては通常の解雇事由を必要とするものである。

そして、抗弁3(二)、(四)の事故は原告の一方的過失によるものであるが、事故の態様ははなはだ軽微なものであり、現に被告も始末書の提出を求めたのみでそれ以上の処分をしていない。同2の事故は右2記載のとおり、被告に責任があるものであり、その余の事故も相手方の過失が大きいものである。また、同3(五)の事故を除いては物損事故であり、同3(五)の事故も被害は軽いものである。原告は右各事故について、いずれも行政処分も刑事処分も受けていない。そして、原告はタクシー乗客に傷害を負わせたこともなく、タクシー運転手として不適格とはいえない。

五  再抗弁

1  被告には、ヒノヤ分会の他にヒノヤタクシー従業員組合(以下「第二組合」という)が存在している。

第二組合に属している野崎善悦は昭和六一年三月一二日、乗客を乗せて営業車を運転中、盛岡市中ノ橋通りのT字路から主要道路にでる際に安全確認を怠って、交差点に進入したため直進車と衝突し、乗客を負傷させる事故を起こした。この事故により野崎は三〇日の運転免許停止処分を受けた。野崎は以前にも運転免許停止処分を受けており、これで二度目であったが被告は何らの処分もしていない。

また、第二組合に属している多田順三は、昭和六三年一月一九日午前八時頃、乗客を乗せて営業車を運転中、盛岡工業高校前の雪道の交差点に進入して右折した際に、一時停止の標識があるのにこれを無視して進入したためスリップし、横転して道路外に落下し、乗客を負傷させる事故を起こした。多田はこの事故により一か月の運転免許停止処分を受けた。多田は以前にも運転免許停止処分を受けており、これで二度目であるなど事故が多いにもかかわらず、被告は何らの処分もしていない。

野崎、多田に対して何らの処分をしていないことに照らせば、本件解雇は重きに失するもので、解雇権の濫用に該当する。

2  被告は次のとおり、ヒノヤ分会の組合活動を嫌悪しており、本件解雇はヒノヤ分会に属する原告に対する不当労働行為に該当するもので、解雇権の濫用に該当する。

(一) 被告はヒノヤ分会が全国自動車交通労働組合連合会に加盟した昭和五八年四月からは、当時の労働協約が「組合は従業員をもって組織」し「嘱託は従業員でない」とされていたことから、新規採用をいずれも嘱託の名称で雇用し、ヒノヤ分会への加入を認めなかった。

(二) 被告は次のとおり、ヒノヤ分会に属する者の処分をしている。

(1) 嘱託であった佐々木昭二郎外一五名がヒノヤ分会に加盟したところ、昭和六〇年六月二四日付けで解雇された。

(2) 千坂實は上司に対する暴言と事故が多いという理由で昭和六一年四月五日解雇された。

(3) 民部田英夫は重大事故を起こしたという理由で同年六月七日解雇された。

(4) ヒノヤ分会副委員長である浅沼次男及び書記長である田山正志は被告の承認を得ないで就業時間中に組合活動をしたという理由で、浅沼は一〇日間、田山は七日間の出勤停止処分を受けた。

(5) 扇田良作は上司の許可なくタクシー運転代行をしたという理由で昭和六二年九月四日解雇された。

前記1記載のとおり、ヒノヤ分会に属していない野崎、多田は人身事故を起こしているのに解雇されていないが、ヒノヤ分会に属している者は解雇されている。

また、扇田良作は配車係に確認してタクシー運転代行をし、料金も売上に計上しているのであるから、解雇事由はない。他方、第二組合に属している藤原善視は昭和六〇年二月頃、タクシー運転代行を行いその料金を着服したにもかかわらず、何らの処分も受けていない。

(三) 第二組合はヒノヤ分会が結成された後に結成されたものであるが、当時の被告のハイヤー部長であった小田實が管理職の地位を解かれて第二組合に加入してヒノヤ分会に属する組合員を勧誘した。

(四) 被告は次のとおり、収入の点でもヒノヤ分会と第二組合を差別している。

(1) 観光ハイヤー業務は通常の業務と比べて営業収入が多く、給与も多くなるものであるが、被告は第二組合に属する者及び非組合員のみをこれに充て、ヒノヤ分会に属する者にはこれをさせていない。

(2) 長距離の注文も営業収入が上がるものであるが、被告は配車係を通じて長距離の注文については第二組合員を配車している。

(3) 第二組合に属する乗務員の歩合給は五一パーセントであるのに対し、ヒノヤ分会に属する者の歩合給は四八・五パーセントである。また、非乗務員についても、第二組合に属する者の昭和六二年度夏期手当は一・〇五カ月分であったが、ヒノヤ分会に属する者は一・〇二カ月分であった。

(五) 昭和六一年にヒノヤ分会がストライキをした後、新車は第二組合に属する者のみに配車し、ヒノヤ分会に属する者には古い車両のみを配車している。また、第二組合に属する者は殆ど毎日同じ車両に乗車できるが、ヒノヤ分会に属する者は殆ど毎日異なった車両が配車されている。

(六) ヒノヤ分会に属する者には上着のみが貸与されているが、第二組合に属する者には上着のみならず、ワイシャツも貸与している。また、第二組合の社内旅行、新年会には被告も費用をだしているが、ヒノヤ分会には出されていない。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1のうち、記載の日時に野崎と多田が事故を起こしたこと、野崎がこの事故により運転免許停止処分を受けたこと、多田の起こした事故により乗客が負傷したことは認め、野崎が以前にも運転免許停止処分を受けたことは知らず、その余の事実は否認する。

野崎の事故は初めてのものであり、タクシー運転手としての適性がないとは認められなかったので処分をしなかった。

多田の起こした事故は、交差点手前で一旦停止し、時速一〇キロメートルで交差点に進入したところ、左方から自動車が交差点に進入してくるのを認めた多田が衝突の危険を感じて急制動したが、スリップして停止させることができずに相手方車両に接触し、その衝撃で運転の自由を失い自車を道路外に外れたりんご畑に乗入れさせたものである。なお、多田は昭和五六年九月多年に渡る無事故無違反を理由に財団法人全日本交通安全協会から表彰されている。

2(一)  同2(一)の事実は認める。

(二)  同(二)(1)ないし(5)の事実は認め、その余の事実は否認し、主張は争う。

佐々木昭二郎外一五名を解雇したのは、同人らが昭和六〇年四月、被告に対しヒノヤ分会に加入したので、雇用契約上の労働条件が嘱託ではなく乗務員と同等になったと通告してきたので、被告は同人らが自ら嘱託としての雇用契約を破棄したものと理解したためである。

千坂に対する解雇は、同人が事故を多発させタクシー運転手としての適性に欠けると判断されたこと、事故について反省悔悟がないばかりか、注意した上司を侮辱し、会社の信用を失墜さる言動をとったためにしたものである。

民部田に対する解雇は、同人が事故を頻発せしめ、タクシー運転手としての適性に欠けると判断したためである。

浅沼、田山に対する処分は、同人らが被告の承諾を得ることなく就業時間内にヒノヤ分会の執行委員会に出席して組合活動をしたためである。

扇田に対する解雇は、同人の営業収入が著しく少なく、将来の向上が期待できないこと、被告の承諾をうることなく、タクシー運転代行をし、正常な納金をしなかったためである。なお、藤原が運転代行料金を着服したことはない。

以上のとおり、抗弁2記載の処分はいずれも理由のあるものである。

(三)  同(三)は否認する。

(四)(1)  同(四)(1)については、観光ハイヤー要員は多くの場合、ヒノヤ分会に所属している者から選任されないことは認めるが、正当な理由に基づくものであり主張は争う。即ち、被告における観光ハイヤー業務は主として観光ハイヤー部に属する者及び観光ハイヤー要員が選任基準に則り選任された者が当たることになっている。そして、右基準に則り選任される者について、第二組合とは合意ができているが、ヒノヤ分会とは合意ができていないためである。

(2) 同(2)の事実は否認する。

(3) 同(3)の事実は認め、主張は争う。ヒノヤ分会に属する者と第二組合に属する者の給与、夏期手当等を算定する条件が異なっているためで、ヒノヤ分会に属する者に適用される条件はヒノヤ分会との協定に基づくものであり、違法なものではない。

(五)  同(五)の事実は否認する。

(六)  同(六)のうち、上着、ワイシャツの貸与に関する事実は認め、その余の事実は否認する。ワイシャツの貸与については第二組合からその申入があったので貸与しているが、ヒノヤ分会からはその申入がなかったので貸与していないだけである。

理由

一  原告が昭和五九年七月末頃(ただし、具体的な日については争いがあるが、以下の判断には差異は生じない)、雇用期間を一年間、嘱託の身分で被告にタクシー運転手として雇用され、以来契約が更新されたこと、昭和六二年一月二一日から当初の一か月間は試用期間ということで原告を雇用期間の定めのない正社員である乗務員として採用することとなったこと、被告が同月三〇日限りで原告を解雇する旨の意思表示をしたこと(本件解雇)は当事者間に争いがない。

二  試用期間の定めについて

雇用の開始に当たり、試用期間を設けることは当然に許されることである。しかし、雇用が継続中に試用期間を設けることは、試用という文言それ自体の趣旨から、原則として許されないものと解すべきである。このことは、労働者の合意があっても同様である。ただ、タクシー運転手として雇用されていたものが一般の事務員となり、あるいはその逆の場合のように新たに雇用したと同視できるような例外的な場合に限り、雇用途中の試用期間の設定が許されるものというべきである。

原告は昭和五九年七月頃タクシー運転手として雇用され、雇用期間が中断されることなく、昭和六二年一月二一日以降もタクシー運転手として被告に雇用されることとなっていたのであるから、乗務員として採用されるにあたって、仮に、原告、被告間に試用期間を設ける旨の合意をしたとしても、その合意は無効なものというほかない。

被告は嘱託と乗務員では勤務時間割が異なるから、試用期間を設ける必要がある旨主張する。しかし、勤務時間割が変わることにより試用期間を設ける必要性が生じるというのであれば、労使交渉、その他により勤務時間割が変われば使用者は試用期間を設けることができ、その結果、労働者を容易に解雇することができるという結論にならざるを得ない。使用者は解雇したい労働者がいる場合には、勤務時間割を変更することにより容易に当該労働者を解雇できることとなる。このような結論が不当であることは明らかである。また、証人大野尚彦の証言に弁論の全趣旨を総合すれば、嘱託である間の原告の勤務時間割は一二日を一サイクルとするものであること、乗務員のそれは一三日を一サイクルとするものであることが認められる。右認定事実によれば、嘱託としての勤務時間割と乗務員としてのそれとの間にはさほどの差異がないことが窺われ、具体的にも試用期間を設ける必要性を認めることはできない。被告の主張は到底採用できない。

その余の点について判断するまでもなく、本件解雇は試用期間中の解雇としてではなく、通常の解雇としてその有効性を判断すべきものである。

三  解雇事由の有無

1  抗弁2記載の事故(以下1においては「本件事故」といい、それ以外では「2の事故」という)について

(一)  本件事故が起きたことそれ自体は当事者間に争いがない。(証拠略)に弁論の全趣旨を総合すれば、原告は駆動輪二輪にスパイクタイヤ、他の二輪にスタッドレスタイヤを装着した空車状態の営業車を運転して、本件事故現場のT字路に時速約四〇キロメートルの速さで進入して右折しようとしたが、路面がアイスバーン状態であったためにスリップし、そのために路外の田に落ち、路面にタイヤをつけた状態で「天地が逆さまになることなく)一回転したこと、これにより右車に一〇万五三〇〇円相当の損害が生じたことが認められる。

右各証言中には、右車が天地が逆さまとなって一回転したかのごとき部分がある。しかし、我国の自動車の板金の状態から考えて、そのような事態が生じたのであれば天井部分に必ず痕跡が残る筈である。ところが、被告においてそのような立証をすることは容易であるにも拘らず、その旨の立証は全くないから、そのような事態は生じなかったものと認められ、右証言中の部分は原告の過失を大きくみせようとの意図の下になされた虚偽のものと考えられ信用できない。

本件事故により原告が行政処分、刑事処分を受けたことを窺わせる証拠はない。また、右熊谷証言によれば、本件事故現場において、被告の雇用するタクシー運転手が数回にわたり本件事故と同様の事故を起こしていることが認められる。

(二)  本件事故は原告の一方的過失により生じたものであり、これを不問に付することはできない。しかし、本件事故は物損事故であること、行政処分も刑事処分も受けていないことに照らせば、軽微なものということができる。また、本件事故現場において、同様の事故が数回あったことに照らせば、本件事故をもって原告の運転能力に問題があるということはできないものというべきである。

ところで、原告は四輪ともスパイクタイヤであれば、本件事故は起こらなかった旨主張している。スパイクタイヤの是非については種々の議論があることは周知のとおりである。しかし、我国よりも気象条件の悪いヨーロッパ諸国においてスパイクタイヤを禁止している国があり、これらの国においてスパイクタイヤ復活論がないことに鑑みれば、スパイクタイヤでなければならないという議論は成り立ち難いものと思われる。結局は運転方法の問題に帰着するものと当裁判所は考える。また、(証拠略)によれば、本件事故現場付近は平坦であることが認められる。山間部や傾斜地ならいざ知らず、このような平坦地においては安全運転をしている限り、四輪がスパイクタイヤでなく、駆動輪のみをスパイクタイヤとしてもスリップが起こるとは考え難い。原告の主張は自己の非を棚に挙げて、その責任を他に転化するもので到底支持し難い。なお、原告が心底そのように考えているのであれば、本件事故についての原告の反省はないというほかなく、今後も同種の事故を繰り返す危険性は払拭し難いところである。当裁判所としては、原告の右主張が訴訟上の戦術としてされたに過ぎないものであると信じたい。

(三)  被告の雇用するタクシー運転手である多田順三が昭和六三年一日一九日、乗客を乗せて営業車を運転して雪道の交差点に進入して右折した際に右車をスリップさせ、その結果、乗客が負傷したことは当事者間に争いがない。

被告は、多田は交差点の手前で一旦停止した後、時速一〇キロメートルで交差点に進入したところ、左方からの直進車を認めて急制動したためにスリップした旨主張している。時速一〇キロメートルの速度で制動したためにスリップするというのであれば、その運転能力は極めて劣っていると評価するほかない。(証拠略)によれば、多田は昭和五六年九月二五日、多年にわたる安全運転により財団法人全日本交通安全協会から表彰されたことが認められる。この事実から、多田の運転能力はかなり高いものと認められる。したがって、右事故は被告主張の経緯により生じたものとは考えられない。相当程度の高速で交差点に進入し、相手方車両を発見して急制動をしたためにスリップしたものと認めるのが相当である。

右大野証言によれば、右事故については被告が相手方の損害を全額賠償したことが認められる。したがって、右事故は多田の一方的過失に基づくものと認められる(このこともまた、多田が高速で交差点に進入したことを裏付けるものである)。また、右証言によれば、被告は右事故について多田を二日程度乗務停止としたがそれ以外の処分はしなかったこと、通常このような運転者の過失が大きい事故の場合にはその精神的動揺を考慮して、被告では処分としてではなく二日程度の乗務停止をおこなっていることが認められる。

右事故と本件事故を比べた場合、冬季において交差点を右折するために相当の高速で進入してスリップしたこと、いずれも運転者の一方的過失に基づくものである点において差異がないものということができる。しかし、乗客を安全に目的地に運ぶというタクシー業務の特性に鑑みれば、多田の事故は乗客を負傷させた点で、本件事故とは比べものにならない程重いものというべきである。したがって、本件事故それ自体では、多田に対する処遇(処分なし)以上の処分を受けるいわれはないものというべきである。

2  抗弁3(一)記載の事故(以下2においては「本件事故」といい、その他では「3(一)の事故」という)について

(一)  本件事故が起きたことそれ自体は当事者間に争いがない。争いのない事実に(証拠略)によれば、原告は営業車を運転中、前方左方歩道より歩行者が道路横断のために突然道路に飛び出してきたのでこれを避けるために、後続車の動静を充分に注意することなく右よりの車線に自車を進出させたために、後続車と衝突し、その結果、自車に五万八六〇〇円相当の、後続車に六万五五九〇円相当の損害が生じたこと、本件事故は原告の過失八割、後続車の運転者の過失二割として処理されたこと、被告は本件事故について原告から始末書を提出させていないことが認められる。また、本件事故により原告が行政処分、刑事処分を受けたことを窺わせる証拠はない。

(二)  本件事故は歩行者が突然飛び出してきた点において、原告に同情すべき点があること、相手方にも若干の過失があること、物損しか生じていないこと、行政処分も刑事処分も受けていないことに照らせば、軽微なものというべきである。そして、始末書を提出させていない点に鑑みれば、被告もこれを軽微なものとしていたものと認められる。

3  抗弁3(二)記載の事故(以下3においては「本件事故」といい、その他においては「3(二)の事故」という)について

(一)  本件事故が起きたことそれ自体は当事者間に争いがない。(証拠略)によれば、被告が後方を充分に確認しないまま後退したために本件事故が発生したこと、これにより二万六三〇〇円相当の損害が生じたこと、被告は本件事故について原告から始末書を提出させたことが認められる。また、本件事故により原告が行政処分、刑事処分を受けたことを窺わせる証拠はない。

(二)  本件事故は原告の一方的過失によるものである点において軽視することはできないが、生じた結果が物損に過ぎないこと、行政処分も刑事処分も受けていないことから、軽微なものというべきである。

4  抗弁3(三)記載の事故(以下4においては「本件事故」といい、その他においては「3(三)の事故」という)について

(一)  本件事故が起きたことそれ自体は当事者間に争いがない。(証拠略)によれば、原告が凍結した路面を徐行しながら営業車を運転して交差点に進入したところ、左方からスリップしながら交差点に進入してくる自動車を発見したため、急停止をしたところ相手方が衝突したこと、本件事故により右営業車に五万九〇〇〇円相当の損害が生じたこと、本件事故は原告の過失割合二割、相手方の過失割合八割で処理されたこと、被告は本件事故について原告から始末書を提出させていないことが認められる。また、本件事故により原告が行政処分、刑事処分を受けたことを窺わせる証拠はない。

(二)  本件事故については、原告が急停止することなく、速度を上げ、あるいは急ハンドルを切ること等により防げた可能性は否定できない。しかし、路面が凍結していたことに照らせば、これらの措置を取ることによりスリップして別個の事故を発生させた可能性も否定できない。したがって、原告が急停止をしたこと自体は強く非難することはできないものというべきである。そして、本件事故については相手方の過失が大きいこと、物損しか生じていないこと、行政処分も刑事処分も受けていないことに照らせば、極めて軽微なものというべきである。そして、始末書を提出させていない点に鑑みれば、被告もこれを軽微なものとしていたものと認められる。

5  抗弁3(四)記載の事故(以下5においては「本件事故」といい、その他においては「3(四)の事故」という)について

(一)  損害額を除き抗弁3(四)記載の事実は当事者間に争いがない。(証拠略)によれば、本件事故により二万三五〇〇円相当の損害が生じたこと、被告は本件事故について原告から始末書を提出させたことが認められる。また、本件事故により原告が行政処分、刑事処分を受けたことを窺わせる証拠はない。

(二)  本件事故は原告の一方的過失によるものである点において軽視することはできないが、生じた結果が物損に過ぎないこと、行政処分も刑事処分も受けていないことから、軽微なものというべきである。

6  抗弁3(五)記載の事故(以下6においては「本件事故」といい、その他においては「3(五)の事故」という)について

(一)  本件事故が起きたことそれ自体は当事者間に争いがない。(証拠略)に弁論の全趣旨を総合すれば、原告が営業車を運転して青信号に従い交差点を右折したところ、歩行者用の信号が点滅していることから急いで横断歩道を渡ろうとした傘を差した歩行者が横断直前に歩行者用信号が赤になったにも拘らず、安全を確認することなく横断したために本件事故が発生したこと、歩行者は負傷したが極めて軽かったこと、昭和六一年一一月一八日に本件事故についての実況見分が行われたが、被告は本件事故は極めて軽微なものと判断してこれに立ち会わなかったこと、その翌日、原告と右歩行者間に示談が成立したが、本件事故については被告は何らの交渉も金銭支出もしていないこと、被告は本件事故について原告から始末書を提出させていないこと、本件事故について原告は行政処分も刑事処分も受けていないことが認められる。

右伊藤証言中には、歩行者は四〇日の重症を負い、原告は示談金として三〇万円を支払ったとする部分がある。しかし、歩行者がそのような重症を負ったのであれば、当然、原告は行政処分及び刑事処分を受けた筈である。しかし、原告が行政処分も刑事処分も受けていないことは右のとおりである。また、原告が右のような大金を負担するとも考え難い。右証言部分は虚偽のものというほかない。

(二)  本件事故は人身事故であるにも拘らず、原告は行政処分も刑事処分も受けていないことに照らせば、負傷の程度は極めて軽いうえ、その責任の殆どは歩行者にあり、原告の過失は極めて小さいものと認められる。したがって、本件事故は人身事故ではあるが、極めて軽微なもので、これをもって原告のタクシー運転手としての能力を云々することはできないというべきである。また、人身事故であるにも拘らず実況見分に立ち会わず、歩行者と示談交渉せず、原告から始末書も提出させなかったことから、被告は本件事故が取り上げるに足りない軽微なものと判断していたものと認められる。

7  以上のとおり、原告は被告に雇用された昭和五九年七月頃からの約二年六か月間に合計六回の事故を起こしている。この回数は決して少ないとはいえないものである。この点で原告のタクシー運転手としての能力が万全のものとはいえないということはできないわけではない。しかし、この回数は決して多いということもできないものである。しかも、2、3の(一)ないし(四)の事故はいずれも物損事故であること、3(五)の事故は人身事故ではあるが被害の程度は小さいうえ、専ら被害者に責任があること、右各事故について原告はいずれも行政処分も刑事処分も受けていないこと等、軽微な事故ばかりであることに照らせば、これらを理由に原告を企業外に放り出すことになる解雇事由となりえないことは明らかというべきである。したがって、本件解雇が不当労働行為に該当するか否か等、その余の点を判断するまでもなく、本件解雇は無効である。

また、右6(一)記載の被告の管理職である伊藤証人の虚偽の供述は、被告において原告には解雇事由がないと認識しているからこそなされたものと理解できる。このことからも本件解雇には理由がないことが裏付けられているものというべきである。

四  金銭請求について

原告は乗務員として採用された直後に解雇されており、その受けるべき給与を判断するに相応しい資料はないということができる。しかし、臨時社員である嘱託よりも正社員である乗務員の方がボーナス等をも含めてより多額の収入を得ることができるものと認めるのが相当である。したがって、原告は乗務員として少なくとも、嘱託当時と同額の給与を得ることができるものというべきである。

この見地に立って、原告が受け取るべき給与について判断する。請求原因2記載の事実は当事者間に争いがない。昭和六一年にはヒノヤ分会が長期のストライキを行っているから、同年を基準に原告の乗務員としての給与を判断することは相応しくないものというべきである。そうすると、昭和六〇年における原告の給与総額三一三万一一八八円を一二で除した二六万〇九三二円をもって、原告が受け取るべき給与と認めるのが相当である。

ところで、賃金請求のうち、本件口頭弁論終結の日以降の分は将来請求に該当するものである。そのうち、本判決確定までの分については被告において原告との雇用関係を争っていることから、これを認めるべき必要性があるものと認められる。しかし、本判決が確定した後においては、被告が原告との雇用関係を争うものとは直ちに判断できないから、その必要性があると認めることはできない。

なお、右二六万〇九三二円を基準に計算すれば、平成元年七月二五日までに原告に支払われるべき給与は七八二万七九六〇円となる。

五  以上によれば、原告の請求は主文一、二項の限度で理由があるから認容し、その余の部分、即ち金銭請求のうち本判決確定後のものに係る部分は民事訴訟法二二六条により不適法なものであるから却下し、訴訟費用は同法八九条、九二条但書を、仮執行宣言は同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 加藤就一)

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