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盛岡地方裁判所 昭和33年(行)17号 判決 1959年4月20日

原告 中島鉄郎

被告 岩手県知事

訴訟代理人 滝田薫 外二名

主文

原告の訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、被告知事が昭和二五年三月三一日岩手県商第一、一二〇号をもつて訴外鎌田耕一に対してなした盛岡市鍛治町五八番地、同上五九番地所在家屋番号第一〇番公衆浴場木造亜鉛メツキ鋼板葦建坪四四坪七合五勺についてその家賃の統制額を月額八〇〇円とすることを認可する旨の処分が無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、請求原因として、

請求趣旨記載の建物(登記簿上は木造木羽葺平家建居宅)はその敷地である二筆の宅地と共にもと訴外小原繁造の所有であつたが、昭和一三年頃原告は右小原からこれらを一括して賃料月一五円の定めで賃借し、以来右宅地上には建坪四坪の建物を建築所有する一方、右賃借建物を使用して湯屋営業を営んできたものである。

しかるに昭和二三年頃たまたま浴用井戸水の湧出不足から、原告が一時右営業を休んでいたところ、訴外鎌田耕一は右小原から前記宅地建物を譲受けたと称し、右建物のうち、道路に関する約三〇坪の部分を引揚者である弟耕二に使用する必要があるとて、同年四月原告を相手方とし盛岡簡易裁判所に対し右建物部分の明渡を求める調停申立をなした結果、同月二一日、原告が同日から二カ月以内に浴場を再開しないときまたは再開後一カ月以内に一〇日以上休業したときは、原告において右宅地建物全部を鎌田に明渡すこと、右建物の賃料は県の許可を得たうえ、改訂し、その支払期日を毎月末日とすること、などの条項により調停の成立をみた。

そこで鎌田はその後二年を経過した昭和二五年二月一一日右調停条項に基いてすると称して、ほしいままに地代家賃統制令第七条により、被告知事に対し停止統制額を増額することを認可するよう申請したところ、被告知事は同年三月三一日岩手県商第一、一二〇号をもつて同令第六条による認可統制額として前記家賃の統制額を月額八〇〇円と定め、かつその施行期日を同年二月一日とする旨の処分をなし、その頃その旨を記載した請求趣旨記載のような認可処分書を右申請人鎌田にあて送達したのである。

その後昭和二五年七月一一日に至り同年政令第二二五号をもつて地代家賃統制令の改正が行われ、公衆浴場に対する家賃の統制が廃止されるや、鎌田はさらに盛岡市長に対し右同日以降の前記建物の適正家賃の指示を求めて、右市長から、右適正家賃の月額は前記被告知事の定めた統制額八〇〇円を基準として、これに右建物の建築完成時期を勘案した家賃の認可統制額に対する修正率二・四三を乗じた一、九四四円であるとの指示を受けたうえ、以上の認可または指示に基き右建物の家賃は前記認可額または指示額まで増額されたものであると主張し、原告に対し、以上により計算した同年二月から七月までの家賃四、八〇〇円のうち四、二〇〇円、同年八月の家賃一、九四四円、以上合計六、一四四円を、同年九月末日を期限として支払うことを求め、かつ原告が右期限までに支払わないときは、前記宅地建物の賃貸借契約は解除とする旨を通告してきた。

しかし、被告知事の前記認可処分は後に述べる理由により無効であつて前記建物の賃料は敷地の分を含めてなお一五円であると信じていた原告は右通告をもつて過大無効の催告であるとみなし、これに応じなかつたところ、その後鎌田は催告期間が経過し右契約は全部解除されたと主張して、原告を相手取り盛岡地方裁判所に対し延滞家賃等の支払並に前記宅地建物明渡請求の訴を提起するに至り、右事件は同裁判所昭和二五年(ワ)第一八五号として審理された結果、右鎌田勝訴の判決が言渡され、これに対する原告の控訴上告も棄却されて、その確定をみた次第である。

しかしながら、前記認可処分には次に述べる瑕疵がある。

1、原告が昭和一三年に右宅地建物を賃借した当時の賃料一五円は地代家賃統制令第四条第一項にいう昭和二一年九月三〇日の指定期日にも増額されていなかつたから、右建物はこれをもつて家賃の停止統制額とするものであつた。したがつて、これを増額するには、被告知事はよろしくこのような停止統制額を増加するときの規定である同令第七条によるべきであつたにも拘らず、初めて家賃の額を契約しようとする場合に適用すべき同令第六条によつて前記認可統制額を定めたのは法規の適用を誤つたものであつて、違法である。

2、鎌田は、右申請にあたつて被告知事あてに認可申請書を提出し、これに、前記建物は同人において木羽葺屋根を亜鉛メツキ鋼板葺に替え、十畳間と六畳間を改造し、土台敷板を取替えたものである旨及び原告に対する賃貸物件は右建物のほかその内部の浴場設備土地その他一切を包含するから、これらすべてを対象とする賃料の認可を求める旨をそれぞれ記載したが、`右の修繕改造はすべて原告自ら行つたものであり、浴場設備と前記宅地上の建坪四坪の建物とはいずれも原告の所有に属し鎌田から賃借しているものではないから、以上の記載はともに事実に反するものである。これによつて見れば、鎌田は右申請書にことさら以上のような虚偽の事項を記載することにより県係官を欺罔し、被告知事をして錯誤に因り前記の処分をなさしめたものであり、右処分は錯誤または詐欺に因るものとして違法である。

3、前記宅地建物については、鎌田はこれを小原から譲渡を受けたものとしてその旨の登記を経由しているけれども、事実は鎌田は単に名目上の譲受人に過ぎず、小原からの真の譲受人すなわち原告に対する真の貸主は訴外長内貞忠である。長内は右物件を譲受けると、これを、賃借中の原告から取上げようと図り、その手段に利用するため、住居にこと欠く親族を身辺にかかえていた鎌田に対し、右建物の名目上の譲受人、すなわちその名目上の貸主の地位を与えたものに過ぎない。故に、前記処分はその対象建物の貸主でない者の申請によつてなされたものであるから、正当な申請人の申請に基かないものとして違法である。

4、被告知事は前記処分において、その処分書中に処分実施の日を昭和二五年二月一日とする旨を定めているが、右処分書の発行日付は同年三月三一日であり、右文書が申請人の鎌田に送達されたのもその頃のことである。してみると、右処分はその効力を処分の日以前にしらせるものであるから、違法である。

5、鎌田は被告知事に対し前記増額認可の申請書を提出するに当り、便宜地代家賃統制令第一四条所定の家賃届の用紙を用いてこれを作成したものであるところ、前記認可事務の担当係員はほしいままに右書面中「現在の家賃」の欄に記載された「金拾五円」という文字を抹消してこれを「金八百円也」と改ざんし、また、前記認可処分書には、亜鉛メツキ鋼板葺の構造を有する前記建物をことさら亜鉛メツキ銅板葺である旨虚偽の表示をしている。以上のような処分事務担当係員の行為は右係員が申請人と通謀し、前記のような不当に高額な統制額の決定を正当化するために施した作為にほかならないから、このような不当な作為に基く右処分は違法である。

以上のような前記処分の瑕疵はいずれも重大かつ明白であるから、右処分は無効である。よつて請求趣旨記載の裁判を求める。

以上のとおり述べ、被告の答弁に対し、鎌田が岩手県知事に対し地代家賃統制令第一四条所定の家賃届を提出しなかつたことは認めると述べ、

立証<省略>

被告指定代理人らはまず本案前の答弁として主文同旨の判決を求め、

原告は本訴において被告知事が訴外鎌田耕一に対してなした家賃認可処分の無効であることの確認を求めているが、右の行政処分はすでに、右鎌田より原告を被告として提起された盛岡地方裁判所昭和二五年(ワ)第一八五号家屋宅地明渡並に家賃損害金請求事件において先決問題としてその効力の有無が判断され、右処分は適法有効なものと認定されたうえ、これに基き右当事者間の賃貸借関係は終了したものとして、右鎌田勝訴の判決がくだされて確定し、これに基く前記建物の明渡執行もすでに終了している。したがつて、右当事者間には前記賃貸借をめぐるなんらの法律関係も残存しないから、今更原告が右処分の無効確認を訴求する訴の利益がない。

次に本案について原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、

答弁として、

被告知事が原告主張の日時、地代家賃統制令第六条によりその主張のような公衆浴場用の建物について、訴外鎌田耕一の申請に基いて昭和二五年三月三一日岩手県商第一、一二〇号をもつてその主張のような内容の家賃の認可統制額を定める処分をなし、その頃右申請人にその旨の処分書を送達したこと、右鎌田が被告知事あてに提出した認可申請書中、その建物の構造欄に「亜鉛メツキ銅板葺」その家賃の欄に当初「金拾五円」とそれぞれ記載し、また右書面に浴場設備その他一切を含めての家賃の認可を求める旨を記したこと、右の「金拾五円」と記入された文字が後に抹消されて「金八百円」と訂正されていること、原告主張のような訴訟についてその主張のような内容の確定判決が存することはいずれも認める。前記建物と二筆の宅地について従前の権利関係、鎌田と原告の間の右宅地建物をめぐる紛争の経緯は知らない。その他の原告主張事実は否認する。

被告知事は、右建物について、その所有者でまた原告に対する貸主でもある鎌田から、家賃の統制額決定の申請を受理して調査したところ、これについては地代家賃統制令第一四条に基く家賃届が所定の届出期日までに提出されておらず、したがつて同令第四条の家賃の停止統制額を欠く場合であつたこと、及び鎌田から提出された右申請書は家賃届の用紙を用いてあつたが、その記載中、いずれも右同人により、「家賃届」とあるのは「家賃認可申請書」と訂正され、「現在の家賃」の欄にはいつたん金拾五円と記入されたのち右記載が抹消され「金八百円也」と書直されていたので、右の八〇〇円という記載も現在の家賃額を記したものではなく、前記政令第六条第一項に規定される地代家賃の認可統制額指定の申請人が申請書に添えて提出することを要求される同令施行規則第二条所定の家賃調書様式中の「定めようとする家賃」に該当する記載であると解されたので以上をそう合して結局右申請は前記同令第六条による家賃統制額の認可を求めるものであると判断し、右規定により処理したものである。右処分において家賃統制額を八〇〇円と定めたのは昭和二三年物価庁通牒第七三〇号所定の基準により、右建物を通常の木造家屋と見、右通牒にいう純家賃、地代、火災保険料の各相当額(いずれも月額)の合計額により算出したものであるから、浴場設備や前記原告所有の建物などは右統制額の決定にはなんらの影響も及ぼしてはいない。

その他前記処分には原告主張のような瑕疵はないから、原告の請求は失当である。と述べ

立証<省略>

理由

まず本案前の答弁について判断する。

訴外鎌田耕一が原告となり、本件原告を被告とする盛岡地方裁判所昭和二五年(ワ)第一八五号家屋宅地明渡並に家賃損害金請求事件について昭和二九年一二月二二日右訴外人勝訴の判決が言渡され、原告よりした控訴上告棄却されて右判決の確定したことは当事者間に争がない。

そこで右確定判決の既判力の範囲を検討すると、成立に争のない甲第一三号証乙第四号証によると、訴外鎌田耕一は原告に対し右訴外人所有に属する原告主張のような公衆浴場用建物一棟をその敷地である二筆の宅地と共に一括して一カ月一五円の賃料で賃貸していたところ、昭和二五年三月三一日被告知事から右建物の家賃統制額を、同年二月一日を実施期日として月額八〇〇円と定める旨の認可を受け、さらに、同年七月一一日地代家賃統制令改正による公衆浴場に対する家賃統制解除後には、盛岡市長から、右建物の適正賃料を、右統制額を基準としてその二・四三倍の一、九四四円とする旨の指示を得、これに基き前記賃料を右各金額まで増額したものとして、同年九月二五日原告に対し、以上の金額をそれぞれの該当期間の月額資料として計算した同年二月から同年八月までの賃料合計六、七四四円のうち六、一四四円について同年九月末日までに右金員を訴外人に支払わないときは右賃貸借契約は解除となる旨の支払の催告と条件付契約解除の意思表示をしたが、被告が応じなかつたから、右契約は解除されたことを主張し、右宅地建物の明渡、延滞家賃並に同年一〇月一日から明渡済みまで一カ月一、九四四円の割合による損害金を求めたことが明らかであつて、これに対し、前記判決は右認可指示にかかる各金額が前記建物の賃料として相当で訴外人によりなされた前記賃料の増額が有効であることを前提に、訴外人の右契約解除の意思表示が適法に効力を生じたことを認定したうえ、右宅地建物の明渡及び請求にかかる損害金の全部と同じく延滞賃料の一部六、六二八円の各支払を命じ、その余を棄却したものである。

してみると、前記確定判決は右認容された限度における賃料、損害金の各債権及び宅地建物明渡請求権の存在を確定し、その限度において既判力を有するものと解される。

そうだとすれば、原告が訴外鎌田や、成立に争のない甲第八号証、第三〇号証の七により認められる右同人から右事件の口頭弁論終結後である昭和三二年四月三〇日前記宅地建物の譲渡を受けて原告に対する右各物件の明渡請求権を承継したことを認め得る訴外東根清蔵に対しては、たとい本訴において本件処分の無効であることが確認され、その結果鎌田によりなされた前記賃料増額、契約解除の各意思表示が当初から無効であつたことに帰着しても、すでに右確定判快によりその存在を確定された前記各権利の不存在を主張し、これに基き右訴外人らに対し不当利得返還、損害賠償等の請求をなすことは右確定判決の既判力にてい触し、許されず、さればといつて、原告主張のような本件処分の各無効事由が前記事件の口頭弁論終結後に生じたものでないことその主張自体から明白である以上、これをもつて右確定判決に対する請求異議の事由とする余地もないわけである。

なお右建物が当時公衆浴場の用に供されていたものであることは当事者間に争のないところ、公衆浴場については昭和二五年政令第二二五号をもつて同年七月一一日以降から地代家賃統制令を適用しない旨定められ、右同日から家賃の統制を解除されたのであるから、これにより右政令に基く本件処分はその後これに付せられた同令所定のすべての効果を喪失したものであることが明白である。

はたしてそうだとすれば、行政処分の無効確認の訴の原告は、行政処分により権利を侵害されたとし、その救済を求めるものであり、右行政処分無効確認の勝訴判決の確定により救済さるべきものがある場合でなければならないところ、原告は前記別件の確定判決の既判力の結果結局もしかりに本件認可処分に無効の瑕疵があるとしても、すでに救済さるべきものがないものといわなければならない。

以上の次第であるから、本件訴は訴の利益を欠き不適法のものとして却下を免れない。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 村上武 須藤貢 山下進)

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