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甲府家庭裁判所 昭和44年(家)1023号 審判 1970年2月28日

申立人 竹内隆(仮名) 昭三一・五・二三生

右法定代理人親権者父 牧野与一(仮名)

主文

本件申立を却下する。

理由

一、申立の趣旨および事件の実情

申立人は、申立人の氏を父の氏である牧野に変更することを許可するとの審判を求め、事件の実情としてつぎのとおり述べた。

申立人は昭和三一年五月二三日父牧野与一、母竹内たか子間に出生した婚外子である。申立人は出生以来父と同居し、小学校入学時から父の氏である牧野を称してきた。昭和四三年七月三〇日父の認知をうけ、昭和四四年六月一三日父母の協議により親権者を父と定められた。このように、父と同居し、父の監護教育を受けている申立人が、父と氏が異なるのは諸事につき不便であるから、申立人の氏を、父の氏である牧野に変更することの許可を求める。

二、当裁判所の判断

(一)  調査の結果によるとつぎの事実が明らかである。

(イ)  申立人の父は、○○市内でメリヤス、綿布の問屋を営業とし、妻信子との間に三人の女子を儲けたが、昭和二〇年の空襲で焼出され、本籍地の山梨県中巨摩郡○○町の実家に妻子と共に疎開し、その後は店舗を構えず、衣料品の行商等をしていた。申立人の母は、韓国人と婚姻中であつたが、昭和二一年頃から夫と離別し、山梨県○○○○市内の旅館の女中をしていた。申立人の父と母とは昭和二三年頃知り合つて関係を生じ、昭和二六年頃から○○市内で世帯を持つた。

(ロ)  申立人の父は、申立人の母と関係を生じた頃から妻信子のもとに帰らなくなり、爾来二〇年余の間妻とは全く交渉がない。その間妻子への仕送りを全然しないので、妻子は妻信子の内職による賃金で細々と生計を維持していたのに、申立人の父は、申立人の母以外の女性とも関係を生じ、その尻ぬぐいを妻信子にさせている。すなわち、申立人の父が妻子のもとに帰らなくなつてから若干の年月後に、某女が妻信子のもとに、申立人の父の子だという小学校一年の女の子と三歳の男の子を連れて来て置き去り、困つた妻信子は甲府家庭裁判所の家事相談室を訪れてその処置を相談した結果、上記子供達の母親とも話し合つて、上の女の子は母親に引き取つて貰い、下の男の子は他家に養子にやることにして解決したこともあつた。そのようなことも一つの原因となつて、二女徳子は婚期を失い、四五歳の今日に至つてもいまだ独身で過している。三女町子は昭和三八年一一月八日婚姻したが、その事実を申立人の父は全然知らないでいる。このような事情から、妻子の申立人の父に対する憎悪の感情は二〇年を経過した今日においても、なお生々しいものがある。

(ハ)  申立人の父は、妻信子との正式離婚を全然考えていない。むしろ、一生を誤つたと後悔しているので、妻さえ許してくれるなら、申立人の母と別れ、申立人を連れて妻のもとに戻りたいという希望を述べている。しかし、妻信子は申立人の父の言葉を全然信用していない。

(ニ)  申立人は、昭和三一年五月二三日出生し、爾来父母と同居し、事実上父の監護を受けてきたが、出生当時においては、母がいまだ韓国人と婚姻中であつたため、一応韓国籍を取得したものとして取り扱われ、母が昭和四〇年頃正式に離婚した後の昭和四二年三月二二日に出生届をし、ついで昭和四三年七月一五日付告示により帰化が認められ、同月三〇日父の認知を受け、昭和四四年六月一三日父母の協議により親権者を父と定められた。

(二)  以上の認定事実に基づき、本件申立が許容できるものかどうかを検討することとしよう。

(イ)  民法七九一条一項に規定する子の氏変更については、「氏の変更は身分上の権利関係になんらの影響をも及ぼすものでなく、氏は個人の呼称にすぎないから、呼称秩序をみだすことのないかぎり、第三者は異議をさしはさむことができず、家庭裁判所は、民法七九一条二項の形式的要件を具備しているかどうか、法律上の父子関係または母子関係があるかどうかを審査するだけで、それが認められれば、当然許可しなければならず、家庭裁判所に裁量権はない」と解する見解がある。なるほど、嫡出子の父母が離婚し、子が復氏した父または母の氏に変更しようとする場合、婚外子の父に婚姻関係がなく、子が父の氏に変更しようとする場合のように、子の氏の変更によつて何人も不利益を受けない場合なら、上記見解がそのまま妥当しよう。しかし、婚外子の父に婚姻関係が存在する場合には、妻および嫡出子の利益を損うこともあるので、一概に右見解を支持することができない。以下においては、専ら婚外子の父に婚姻関係がある場合の子の氏変更に焦点を合せて問題となる点を究明することとしよう。

(ロ)  まず、氏の身分性について考えてみよう。たしかに現行法においては氏は個人の呼称であることに相違はない。しかし、氏に身分性が全くないものともいえない。嫡出子は父母の氏を称するという規定(民法七九〇条一項)、養子は養親の氏を称するという規定(同法八一〇条)、嫡出でない子は母の氏を称するという規定(同法七九〇条二項)、夫婦同氏の規定(同法七五〇条)にみれば、氏は単に個人の呼称に止まらず、身分性をも有するものと解するのが正しいであろう(ただ、その身分性をあまり強調することは、新民法の建前から許されないこと、もとより当然である)。婚姻の際氏を改めた夫婦の一方が、婚姻を継続しながら、その父または母の氏に変更しようとしても許されず、養子が養親子関係を維持しながら、実親の氏に変更しようとしても許されないのは、夫または妻という身分、養子という身分と相容れないからである。それらの場合には氏の身分性がかなり強く表面に出るものといえる。婚外子の場合、その身分性の故に父の氏を称することができないというべきではない(この場合身分性は後退する)。しかし、婚外子といえども他人に不利益を押し付けてまで父の氏に変更することは許されないといわなければならない。であるから、婚外子がその氏を父の氏に変更することによつて、その父の妻および嫡出子の利益と衝突を起こす場合には、婚外子とその父の妻および嫡出子との利害を比較検討して、そのいずれを保護するのが民法および家事審判法の精神に適合するかによつて決定されることになろう。そのいずれとも決しかねる場合には、嫡出でない子は母の氏を称するという民法七九〇条二項が解決の指針となるべきである。

(ハ)  つぎに、子の氏の変更と身分上の権利関係ないし利害関係を検討しよう。なるほど、子の氏変更によつて婚外子が父と同籍するにいたつても、父の妻との間に旧民法の定めていたような嫡母庶子関係は生じないし、嫡出子との間にも父を同じくし、母を異にする兄弟姉妹である点に変更はない。しかし、法律上の権利関係に影響しないといつても、実際には、それまで平穏を保たれた家庭に風波が立つようになつたり、嫡出子の婚姻に支障ないし不利益を及ぼしたりすることがある。このことは現在のわが国の社会生活の実情に照して否定し得ないところである。妻や嫡出子がそのような不利益を避けようとすれば、どうしても子の氏変更に反対せざるを得ないであろう。そして、その反対は権利の主張とはいえないとしても一種の社会生活上の利益保持の主張にほかならず、これは法律上の保護(尊重すべきであるという意味における保護)に値するということができる。

なお、ここで夫婦の氏について一言しておく必要がある。夫婦は婚姻する際に定めるところにより、夫または妻の氏を称することになるが、一旦定まつた氏は、夫婦のものであり、夫のみのものではない。であるから、氏の変更・処分ともいうべき行為をする場合には夫婦が共同してなすべきものといえる。改氏(戸籍法一〇七条一項)については、改氏の許可を求めるについても、その届出をするについても、必らず夫婦が共同してなすべきことが定められている。婚姻外に出生した子に夫婦の氏を称させることは一種の氏の処分ともいえるから、夫婦双方の許容によつてそれができるものとするのが正しかつたのではあるまいか。しかし、現行法にはそのような規定がない。ともあれ、婚外子が変更しようとする父の氏は、同時に父の妻の氏でもある。それに対して妻が賛成したり反対したりすることができることは当然である。賛成は一種の利益放棄であり、反対は利益保持の主張である。その反対の場合の妻の意思は尊重されなければならないことも当然である。

ところで、以上にみてきた妻や嫡出子の反対を単なる感情の問題にすぎないとして、顧慮する必要がないという見解もある。しかし、妻や嫡出子の反対が感情の問題にすぎないとすれば、婚外子が父の氏に変更しようとすることも、法律関係になんら影響のない感情の問題といわなければならない。

(ニ)  つぎに、家庭裁判所の裁量権について考えてみよう。民法七九一条一項が子の氏変更を単なる入籍の届出だけによらしめず、家庭裁判所の許可を要するものとした所以のものは、実質的審査権を有する家庭裁判所により慎重な審理をしたうえで真実を発見し、正確にして公平な判断を期待するがためであると考えられる。それ故、家庭裁判所は、父と子との間に法律上の親子関係があるか否か、同条二項の要件を備えているか否か、氏の変更が呼称秩序をみだすかどうかという点に留まらず、子の氏変更に反対する妻や嫡出子があるときは、さらに進んで、婚外子の側と妻および嫡出子の側における諸事情を吟味し、子の氏変更に反対する妻や嫡出子の保護よりも、婚外子の保護を優先せしめるべきであると認められるとき以外は、婚外子が子の氏変更の要件を備えていたとしても、その申立を排斥しうるものというべきである。

(ホ)  本件をみるに、申立人は出生以来父と同居し、事実上その監護をうけて成長し、現在父の親権に服しているのであるから、申立人がその氏を父の氏に変更する必要性は認められる。そして、そのことが申立人の福祉にも適合するものと思われる。しかし、前記認定のように、申立人の父は二〇年間も妻と嫡出子を置き去りにした上、全然これを顧みることなく放置し、その間女性関係から生じた紛争の尻ぬぐいを妻にさせ、二女徳子の婚期を失わせたものである。そのため、妻と娘達の申立人の父に対する憎悪の感情は二〇年を経た今日においてもなお生々しいものがある。およそ二〇年間も夫婦間に心身の交流がなければ、婚姻は戸籍上にその形骸をとどめるにすぎず、夫婦は実質上他人同然となり、いかなる感情も湧かない状態になるのが通常であるのに、本件においては、妻の夫に対する憎悪感情に真新らしい生々しさを感じさせる。それだけに、申立人の父がその妻に与えた有形無形の苦労が窺い知れる。その妻の辛苦の様子をつぶさに見分してきた嫡出の娘達が妻と同じ感情を持つに至つたのも当然である。この妻や嫡出の娘達が、自分達に残された最後の平和の砦ともたのむ戸籍に申立人を入籍させることは、自分達の最後の平和すらも破壊されてしまうと感じるのも無理のないことである。このような感情から出発しているとはいえ、妻や嫡出子が申立人の本件氏の変更に反対することは、前記のように社会生活上の利益の主張であり、このことは本件審判においても充分尊重されなければならない。さらに、本件では申立人の父が申立人を連れて妻のもとに戻りたい希望を持つていること前記のとおりであるから、これ以上妻や嫡出子側の憎悪感情をあおらない方が申立人の父(ひいては申立人自身)にとつても得策であるという事情もある。

以上に説示したところにより、本件申立はこれを認容することが申立人の利益であり、その福祉に沿うことが明らかであるが、反面申立人の父の妻や嫡出子の社会生活上の利益を著るしく損うこともまた明らかである。そして、妻や嫡出子の失う利益は、申立人の得る利益より軽いものとは到底みることができない。婚姻が破綻して長い年月を経ていることを考慮しても、両者の利益に差等をつけ難い。このような場合は、前記のように、嫡出でない子は母の氏を称するという民法七九〇条二項の規定にかえり、申立を認容すべきでないと考えられるから、本件申立はこれを却下することとし、主文のとおり審判する。

(家事審判官 田中加藤男)

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