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甲府地方裁判所 昭和55年(タ)3号 判決 1980年12月23日

原告 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 笠井治

被告 甲野春子

被告兼被告甲野春子法定代理人親権者母 甲野花子

右被告ら訴訟代理人弁護士 五味和彦

主文

一  被告甲野春子と原告の間に親子関係が存在しないことを確認する。

二  被告甲野花子は、原告に対し、一〇〇万円及びこれに対する昭和五五年三月一四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告の被告申野花子に対するその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第一申立

一  原告

1  主位的申立

(一) 主文第一、四項同旨

(二) 被告甲野花子(以下「花子」という。)は、原告に対し、二〇〇万円及びこれに対する昭和五五年三月一四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  予備的申立(主文第一項の申立につき)

(一) 被告甲野春子が原告の嫡出子であることを否認する。

二  被告ら

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二主張

一  請求原因

1  婚姻

原告と花子は、見合のうえ、昭和五三年七月一六日婚約し、同年一一月二六日結婚式を挙げて同棲し、同年一二月三日婚姻届をした。

2  春子の出生

花子は、結婚式より二〇六日目、婚姻届より一九九日目の昭和五四年六月二〇日、B病院において、被告甲野春子(以下「春子」という。)を出産し(生下時体重二六〇〇グラム)、春子は、同月二九日、原告父、花子を母として届出られた。

3  父子関係不存在

春子は、左記事実から明らかなとおり、花子と訴外乙山春夫(以下「春夫」という。)との間の子であって、原告との間に親子関係はない。

(一) 血液型

原告はAB型、花子はA型であるところ、春子はO型であって、原告と花子の間に春子が出生することは考えられず、一方春夫はO型であり、同人と花子の間に春子が出生することはありうる。

(二) カルテの記載

花子は、B病院に入院して出産したが、その婦人科入院診療録の昭和五四年七月五日の欄の「花子さんにTEL 自分たち夫婦の子供だと思っていたが、結婚前に関係した人の子供だと話す」旨の記載に明らかなとおり、花子は、右病院の看護婦に対し、電話で、原告との結婚前に関係した人の子供である旨述べている。

(三) 原告が疑問を表してからの花子らの対応

花子及びその両親は、原告が春子との父子関係につき疑問を表明した昭和五四年七月五日以後、春子が、春夫と花子の昭和五三年九月一〇日ごろの肉体関係によって懐妊した子供であることを一貫して認め、原告に謝罪しており、昭和五四年一〇月一五日に至って始めてこれを争う態度に変えたものである。

(四) 春夫も、原告に対し、昭和五四年七月一五日付の書簡をもって謝罪してきている。

(五) なお、被告らが、本項認否欄(四)において主張する脅迫の事実もなく、また同(五)において主張する一〇月一四日の性的交渉の事実も、その結果による妊娠であることを認めた事実もない。

4  花子の不法行為と原告の損害

花子は前記のとおり、原告との婚約成立後で結婚式を目前にした時期に春夫と性的交渉を持ち、これを秘匿して原告との婚姻生活に入り春夫の子を出生しながら、原告の子であると偽ってその旨届出をさせ、更に春子が原告の子でないことが判明した後も、原告が被告らの立場を慮って昭和五四年七月二四日家事調停の申立をし、なんとか家庭裁判所で穏便にこれを処理しようとし、その後も再三調停の機会を持ったのに、不誠実な態度に終始し、いずれもこれを不成立あるいは取下により終了させ、昭和五五年一月八日に原告と花子の不幸な婚姻関係も協議離婚届出により終了させるに至らしめたものである。

右花子の行為は、婚姻予約をし婚姻にまで発展させた一方当事者間の相手方に対する誠実に対処する義務を故意又は過失をもって怠ったといえ、原告に対する不法行為を構成するから、これにより原告の受けた損害を賠償すべき責任あるところ、右により原告の受けた精神的苦痛を金銭に評価すれば二〇〇万円を下らない。

5  よって、原告は、主位的に、春子との間で親子関係が存在しないことの確認と、花子に対し、不法行為に基づき右損害金二〇〇万円とこれに対する不法行為の後である昭和五五年三月一四日から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を、仮に、民法七七二条の嫡出推定が事実上の婚姻成立の日から二〇〇日後に生まれた子につき適用もしくは準用されるとした場合、予備的に春子が原告の嫡出子であることの否認を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(婚姻)、同2(春子の出生)記載の各事実は認める。

2  同3(父子関係不存在)

(一) 同項冒頭の事実は争う。春子は原告の子である。

(二) 同(一)(血液型)の事実は不知。仮に原告主張の各人の血液型がそのとおりだとしても、AB型の親からO型の子が出生することもありえ、父子関係がないと断定できない。

(三) 同(二)(カルテの記載)の事実中カルテの記載は不知。花子が看護婦に対し原告主張のようなことを言ったことはない。

(四) 同(三)(花子らの対応)の事実は否認し、同(四)の書簡の存在は認める。花子が原告に対し電話で「弟(春夫のこと)とでも誰とでも思ったらいいでしょう。」と答えたことがあり、この答も、原告主張の書簡も、いずれも、原告より被告の家族の生活が害されることを告げられ脅されたため、やむなくなしたことであり、真実を述べたものではなく、右事実があるからといって父子関係の存否に影響はない。

(五) なお、原告と花子は、結婚式の前に既に肉体関係を有し、原告も、昭和五三年一〇月一四日に花子と性的交渉を持った結果による妊娠であることを認めていたものである。

3  同4(不法行為と損害)の事実中、協議離婚届のなされたことを認め、その余の事実は否認する。

第三《証拠関係省略》

理由

第一  請求原因1(原告と花子の婚約、結婚式、婚姻届等)、同2(春子の出生とその届出等)記載の各事実は、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものであることが明らかであるから真正に成立したものと推認される《証拠省略》によりこれを認めることができる。

第二  請求原因3(父子関係の不存在)について

原告は春子との父子関係を否定し、一方春子はその存在を主張し、それぞれ請求原因3及びその認否欄記載のとおり主張するので以下この点につき検討する。

一  右第一において認定した事実に、《証拠省略》によれば次の各事実を認めることができ(る。)《証拠判断省略》

1  春子は、原告と花子の結婚式より二〇六日目、婚姻届より一九九日目の昭和五四年六月二〇日、花子を母として出生したが、生下時において、体重二六〇〇グラム、身長四六センチメートル、頭周囲三四センチメートル、胸囲三一・五センチメートル、毛髪二・三センチメートル、アプガルスコア一〇点であったこと。

2  本件関係者の血液型は左表のとおりであり、右システムにおいて、原告と春子の間に父子関係の存在は殆んど考えられないのに比し、春夫と春子の間においては、ABOシステムに限り父子関係が存しても矛盾は考えられないこと

関係者

原告

花子

春子

春夫

システム

ABO

A1B

A1

HP

HP1

HP2

HP2

不明

Gm

Gmaxgt

Gmag

Gmag

不明

3  花子が出産の為入院していたB病院のカルテの昭和五四年六月二一日の指示欄に「母A夫AB?児Oもう一度夫の血液型を聞くよう母に話しました 丙川」なる記載が、同月二二日の指示欄に「AM10:00夫の側に問題あり 最初はAB型と言ったが聞きなおした所B型でまちがいないとの事、こちらでは児のとり違え等の問題になっては困るので二回検査しているのですよと話し、絶対にB型で間違いないですねと念をおしました「ハイ」と答えました(戊印)」なる記載が、同月二三日の指示欄に「二二日AM30頃本人が新生児室へ来て“昼間主人の血液型をきかれたのですが、あの―B型ということにしておいて下さい”という。“じゃあ絶対B型ですね”というと“ハイ”といい自室へ帰る。」なる記載が、同月二八日欄の次の指示欄に「5/Ⅶ12:35記 甲野さんの御主人から電話あり、血液型が夫ABで母親がA型で子供がO型だがというTELあり、「病院では、検査を分娩時からあわなかったので再検し、O型であったが再検をするということでTELをする」戊Dとも相談の上で花子さんにTEL

自分達夫婦の子供だと思っていたが、結婚前に関係した人の子供だと話す、その点については、自分と夫と話しあいをするから、夫には話さないでおいてもらいたいと

中絶しようと思ったが、(受診したら五ヶ月といわれたが本人達は二、三ヶ月だと思っていたので)月数がすすんでいるのでしなかったと話す(戊押印)」なる記載がそれぞれ存し、花子あるいは原告と右病院の看護婦の間で、右記載のやりとりがされ、花子は、春子が出生してその血液型がO型であり、病院側において父子関係に疑問を持つようになると、原告をB型ということでとりつくろおうとし、七月五日に至って原告にも疑問を持たれるようになるや、原告との間の子でなく、中絶しようと思ったが月数が進んでできなかった(初診時に妊娠五ヶ月と言われたことは花子も供述する。)ことを右病院の看護婦に告げていること

4  春夫は、花子の実弟で、昭和五三年九月ころC大学工学部の大学院の入試を終えて名古屋方面より山梨県の実家に一週間程帰省し、花子と同居していたこと

春夫は、昭和五四年七月一六日D局発信の速達便をもって原告に対し「申し訳ありません 今の私にはこの言葉以外に申し上げる言葉はありません。姉には何の罪もありません どうかお許し下さい。」なる文面の書簡を送っていること

5  花子は、昭和五四年七月五日、春子との血液型の矛盾に疑問を持った原告より電話で詰問されて、春夫が昭和五三年九月一〇日ころ花子の部屋に来ていたずらをし、性交渉のあったことを認めたこと

以上の各事実を認めることができる。

二  右一に認定した事実を総合すれば、原告と春子との間に父子関係は存在しないものと十分推認できる。

三  ここで被告らが、右認定した事実を否定するため主張し、かつ、花子が供述する諸点について検討しておく。

1  まず、血液型の矛盾であるが、鑑定の結果及び証人中島八良の証言によれば、同人は鑑定に際し、ABO型においては、シスAB型及びボンベイ型の可能性、HP型においてはHP0型の可能性、Gm型においては春子の免疫グロブリンGの未発達の可能性あるいはGmagとGmaxtハプロタイプの可能性を、原告の両親の血液検査を加えて慎重に検討して結論を出し、誤りを最高に見ても一〇〇〇分の一以上に出ない相当精度の高い鑑定結果であることが認められ、簡易な血液型検査による「AB型」の親から「O型」の子が生まれうる誤った判断の可能性をもって右結論を左右することはできない。

2  次にB病院のカルテの記載であるが、原被告らの紛争に利害関係のない同病院の看護婦がカルテに殊更に虚偽の記載をするとは考えられず、かえって、新生児のとりちがえを恐れていたと思われる右看護婦らが、再三花子に血液型をたしかめ、その都度これを正確にカルテに記載しておいたと考えられる面もあり、この点を曖昧にし、あるいは全く否定する花子の供述は採用できない。

3  春夫の書簡について、被告らは原告からの脅迫によるもので真意を記したものではない旨主張し、花子もこれに沿う供述をするが、花子の供述のみでこれを認めるに至らず、被告らがその間接証拠として援用する乙第二号証(メモ)にしても、妻の出産した子が自己以外の結婚前に関係した、それも妻の実弟との間の子である疑いを持った夫が、妻やその家族に対し、右を認める内容の文書を要求し、そのためのメモを交付することが脅迫になるとも考えられず、他に、右書簡が脅迫によるものであることを認めるに足る証拠はない。仮に、多少手荒な言辞をもって要求されたとしても近親相姦を認めるかの如き文書を真実に反して作成することも通常考えられず、この点についての被告らの主張も首肯できない。

4  更に、原告が春子の血液型を知って親子関係に疑問を持った昭和五四年七月五日の電話による花子と原告とのやりとりにつき、春子は、原告より、「俺の子ではない。お前が言わないなら付き合った奴を徹底的に調べる。」等と詰問されて、「弟でも誰とでも思ったら良いでしょう。」と述べた旨供述するが、詰問されたとしても、被告ら主張の如く、春夫との関係が全くなしに「弟でも……」という発言が突然出てくることは考えられず、弟の春夫のことが話題に出たことで双方の供述が一致することと、同日に花子が病院の看護婦に対し、「結婚前に関係した人の子供だ。その点について自分と夫と話す」旨述べていることを併せ考えれば、原告の、花子が春夫と性交渉のあったことを認めたとする供述の方が信用できるものといえ、この点についても花子の供述は採用できない。

5  また、原告と花子との間で結婚式前から性交渉のあったことは双方の供述が一致するが、その時期につき花子は、昭和五三年九月二三日から数回とし、原告は、一一月一八日が始めてであると供述し、また、花子は一〇月一四日の性交渉の結果による懐妊であることを原告が認めた旨供述するに比し、原告は全くこれを否定し、これらの点について、いずれが真実かこれのみでは判らない。しかし、仮に、花子が供述する時期に、原告との間で性交渉があったとしても、前記血液型その他の点を考慮すれば前記結論を覆すに至らないものといえよう。

第三  請求原因4(不法行為)について

一  前記認定の諸事実に、《証拠省略》を総合すれば、花子は、原告と昭和五三年五月二〇日ごろ見合のうえ、同年七月一六日結納を交して婚約し、同年一一月二六日結婚式を挙げて同棲し、同年一二月三日婚姻届出をして法的にも夫婦となったものであるところ、右婚約成立後結婚式を前にした昭和五三年九月一〇日ころ、実弟の春夫と性的交渉を持ち、妊娠の可能性があり、現に結婚式前にあるはずの月経がなかったのであるからその可能性を認識しえたのにこれらの事実を秘匿したまま何らの対処もせず原告との結婚式を挙げ、婚姻届出をして婚姻生活に入り、昭和五四年一月三一日医師の診察を受け、妊娠五ヶ月であり、出産予定日が同年七月五日であることを告げられ、その結果、春夫の子である可能性を認識しえた後もこれらを原告に告げないばかりか何らの方策も講ぜず、更に、出生した子の血液型からこれが原告の子でない疑が極めて強くなっても、これを原告に告げず、病院から原告に知れるのを防ごうとし、更に、原告に疑問を持たれ、春夫との関係の存在を原告に告げた後も、原告が親子関係の処理につき再三調停の機会を与え、穏便に処理しようとしたのに、出頭しない等誠実に対処せず、結局協議離婚の届出により原告との婚姻生活を解消させるに至らしめた事実を認めることができ(る。)《証拠判断省略》

右春夫と花子との性的交渉の経緯であるが、原告は《証拠省略》において、両名の関係は前記認定に止まらず、可成以前から継続して情を通じていたものであるかの如く陳述するが、右は推測にすぎず、花子と原告との昭和五四年七月五日の電話のやりとり及び春夫が当時C方面に居住していたこと等の前記認定事実に照らせば、右陳述書のみでは同事実を認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。《証拠省略》と前記認定の昭和五四年七月五日の原告と花子との電話のやりとり等の事実及び弁論の全趣旨を総合すれば、春夫が夜間に花子の部屋を訪れ、情交を求め、花子がこれに応じたものと推認でき、《証拠省略》によれば、当時花子の居住していた家には、その両親も同居していたのであり、春夫は花子の実弟で大学院入試中の成年者なのであるから、特段の事情なき限り、花子において強くこれを拒否すれば誤りを未然に防止することも可能であったものと推認できる。

なお、右認定と矛盾するかの如きものとして九月二八日から五日間生理があった旨の《証拠省略》があるが、原告の指摘する如く着床出血を誤った可能性も考えられるし、前記認定の如き花子の病院に対する血液型に関する対応に鑑みれば、九月二八日ごろ生理があった旨の申述自体に疑問もないわけではなく、右各証拠の存在によって前記認定を覆すことはできず、また、前記認定とする部分につき花子本人の供述は、前記第二の一において認定した事実及び同三において検討した諸点に照らしこれを採用できない。

二  そこで、本件不法行為の成否につき検討する。

1  婚姻予約(婚約)をした当事者は、互に最終的な婚姻意思形成に向って誠実に交際し、全とうな婚姻関係を成立させるために努力する義務を負っていると考えられる。

まず、互に貞操を守る義務を負いその違反が離婚原因ともなる婚姻関係の成立を目指す当事者間であるから、婚姻関係における場合程強い内容のものではないにしても、両当事者の互に貞操を維持する義務いわゆる守操義務も右義務の一内容となろう。

更に、婚姻は、精神的・肉体的・経済的結合体として終生共同生活を営むことを予定した強度の身分上の結合であり、その一方的解消には多くの法的(民法七七〇条等)・社会的・経済的制約を伴っているものであるから、婚約の段階では、婚姻関係に入ることを予約しながらも、なお右強度の結合体たる婚姻関係に入るか、婚約を解消して右結合体に入ることを中止するか、すなわち最終的な婚姻意思の確定につき双方当事者の慎重な判断を期待するとともに、当事者の自由意思を尊重してその決定を当事者の任意に委ね、一方当事者より相手方に対し婚姻関係に入ることを請求することは許されないものとされている(これは、婚約を解消した場合に、解消に至ったにつき責に帰すべき事由のある、換言すれば正当事由なく解消した当事者が相手方に生じた損害を賠償すべき責任を免れないことと何ら矛盾するものではない。)。また、一方では、一旦婚姻関係に入っても、その一方的な解消に制約の伴なうことは前述のとおりであるが、当事者の一方が相手方を欺罔して婚姻関係に入った場合には詐欺による婚姻として相手方はこれを取消しうるものとされ(民法七四七条一項)、告知すべき事項を告知せず、相手方の誤信を利用するいわゆる不作為による欺罔の場合も詐欺になると考えられている。

右の諸点を総合考慮するとき、婚約した当事者は、互の婚姻意思形成につき相互に可能な資料を提供する等してこれに協力することを要求されているといえ、婚約中に一方当事者に生じた出来事であって相手方の婚姻意思形成に重要な影響を及ぼすと思料される事実、換言すれば相手方が婚約を解消する蓋然性の強いと社会通念上考えられる事実については、相手方が右事実の不存在を信じ、あるいは期待しているのが通常と考えられるから、右一方当事者は特段の事情なき限りこれを相手方に告知することにより右錯誤あるいはこれに近い状態を解消するか、告知を期待できないような特段の事情の存するときでも、婚約解消を含め右一方当事者に生じた事情に対し、可能な限り対応策を講ずる等の義務を有するものと考えられ、これも本項冒頭記載の義務の一つの内容と言えよう(以下、これらの義務を「誠実義務」という。)。

2  次に、婚姻関係に入った当事者(事実上の婚姻生活に入りながら未だ婚姻届出に至らない内縁の場合もこれに準ずるものと言える。)は、精神的・肉体的・経済的な強度の身分上の結合体としての全き婚姻関係を形成し、維持するよう誠実に協力し、対処する義務(民法七五二条)を負うのであるから、自らの責任において婚姻関係の破綻に至るおそれのある行為を慎むべき義務あることは勿論、婚姻関係の形成・維持に重大な影響を与えるおそれのある事実の生じたときは、特段の事情なき限り互にこれを相手方に告知し、協力してこれに対処することによって婚姻関係を維持・発展させるよう努めるか、告知を期待できないような特段の事情の存する場合にも、可能な限り婚姻関係の破綻に至らない方策をとるよう努力すべく、右努力むなしく右事由が破綻原因となる場合にも、互に誠実に対処する義務を負っていると解される(以下これらの義務を「協力義務」という。)。

3  ここで、前記認定の事実を前提として、花子の右記の諸義務違反の存否につき判断する。

まず、婚約後結婚を前にして春夫と性的交渉を持った点、結婚式、更には婚姻届出前に右性的交渉の結果の妊娠の可能性を認識しあるいは認識しえたのにこれを告げないばかりか、何らの対策もとらずに原告との婚姻生活に入った点で誠実義務に反し、また、婚姻後妊娠を医師に指摘され、春夫の子である可能性を認識し、あるいは認識しえたのに、これを夫たる原告に告げないばかりか何らかの対策を講ずる努力もせず、出生した子が原告の子でないことが相当確実視されるに至ってもなお原告に告げず、病院を通じてこれが原告に知れるのを防ごうとしたりし、更に、原告に春夫との関係等を告げた後も、生まれた子の扱いや婚姻関係の検討につき誠実に対処しない点で協力義務に反したものと言わざるをえず、花子は前記諸義務の履行を故意か少くとも過失をもって怠り、原告の婚約者あるいは配偶者としての地位を侵害したものと判断できる。

4  してみれば、この点で花子に不法行為の成立することが明らかである。

三  次いで、右不法行為により被った原告の損害について案ずるに、前記認定の原告と花子の見合から婚姻更に離婚に至る経過、花子の義務違反の態様等、本件に表われた諸般の事情を考慮すれば、花子の不法行為により原告は相当程度の精神的苦痛を受けたことが認められ、これを慰謝するには一〇〇万円をもって相当としよう。

第四  結論

以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、春子との間の親子関係の不存在確認及び花子に対して一〇〇万円の損害賠償とこれに対する右不法行為の後である昭和五五年三月一四日から完済に至るまで民事法定利率五分の割合による損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の花子に対する請求は失当として棄却することとし、民事訴訟法八九条、九二条、九三条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 田村洋三)

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