大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

甲府地方裁判所 昭和39年(ヨ)128号 判決 1966年9月13日

債権者 島田明

債務者 財団法人花園病院

主文

債務者が昭和三九年一一月二六日債権者に対してなした解雇の意思表示の効力を仮に停止する。

債権者のその余の申請を却下する。

申請費用は全部債務者の負担とする。

(注、無保証)

事実

第一、債権者訴訟代理人は、主文第一項同旨および「債務者は債権者が別紙目録記載の事業場に立ち入つて就労し、又は組合活動をすることを妨害してはならない。」との裁判を求め、申請の理由および債務者主張の解雇理由に対する答弁として次のとおり述べた。

(申請の理由)

一、債務者は、その肩書住所において従業員五七名を擁する精神科病院(以下単に病院という。)を経営するものであり債権者は債務者に雇傭され看護課第三病棟、主任看護人として勤務していたものである。

二、しかるに、債務者は昭和三九年一一月二六日債権者に対し就業規則第五一条第一号および第五号に該当する事由があるとして懲戒解雇の意思表示(以下本件解雇という)をなした。

三、しかしながら本件解雇は次の各理由によつて無効である。

1 本件解雇は債権者に債務者主張のような就業規則第五一条第一号および第五号に該当する事実がないから無効である。すなわち、本件解雇辞令には単に就業規則第五一条第一号および第五号に則り解雇する旨条項を形式的に記載されているのみであるが、右第五一条第一号は「前条各号の行為の情状が特に重いとき又は再反に及んだとき」と規定され、同第五〇条は第一号ないし第五号までの行為が規定され、同条第一号は更に第四九条所定の六項目にわたる各条項を引用している。従つて単に第五一条第一号とのみ記載したのでは右いずれの事由に該当するものか明白でなく、いやしくも債務者が債権者に対し解雇という終局的処分をなすにあたつては、解雇事由を明確に表示すべきであるのに債務者は前記のとおり解雇事由の特定明確な表示をなさなかつたのであつて、このことは債権者について解雇事由に該当する事実がないか又は本件解雇の真の原因が他にあることを示すものである。

2 仮に右懲戒事由のいずれかに該当する事実があるとしても本件解雇について債務者は就業規則第四八条第五号但書所定の行政官庁の認定を得ていないから本件解雇は無効である。

3 仮に右主張が理由がないとしても本件解雇は、以下述べるとおり債権者が労働組合の組合員であることおよび労働組合の正当な活動をなしたことを理由になされたものであつて、不当労働行為に該当するから無効である。すなわち、

(一) 債権者ら債務者病院の従業員三九名は昭和三九年七月一日花園病院労働組合(以下単に組合という)を結成し、債権者は組合の執行委員長に就任し、それ以来組合の中心的人物として左記組合活動に従事してきたものである。

(二) 組合は、昭和三九年一一月一四日債務者に対して年末手当三カ月分の支給、看護婦五名の欠員の補充、精勤手当一カ月金一、〇〇〇円の本給繰込みを求め、右要求事項につき同月二一日団体交渉(以下単に団交という)を開催するよう申し入れたところ、債務者は同月二〇日これを承諾し但し右二一日は支障があるから団交は二四日に開催したい旨回答したので、組合は二〇日正午これを了承したところ債務者はその直後債権者ら組合員七名を含む一一名の配置転換(以下本件配転という)を同月二四日から実施する旨文書で発表した。

(三) 従来病院における配転は四、五月頃行われるのが通例であつてその人員も多くて五、六名であつた。そして既に昭和三九年五月には六名の配転を行い、当時病院における従業員の定数不足は慢性化し、年度内における退職者の数もおおよそ一定していたから、たとえ薬剤師一名を新規採用したからといえ、同年一一月の時点で従来の慣行に反し本件配転のごとく多数の者を移動させる合理的必要性はなかつた。しかるに債務者はもつぱら組合の弾圧と組合員の組合活動を阻害しようとの意図から本件配転をなしたものであつて、非組合員四名の配転は右意図を隠蔽するためのものであつた。当時一八名の組合員のうち七名が本件配転の対象とされ、そのうち四名は執行委員長債権者、書記長斉藤道男、執行委員川崎松枝、同末木房子の組合の中核的役員であつて、しかも債権者については第三病棟主任から看護長室勤務の作業療法主任に配転するものであつて右看護長室は看護長および後記御用組合たる互助会会長が同室するため債権者と現場である第一ないし第三病棟で働く組合員との連絡を遮断させられる結果となり、また末木、土肥、斉藤その他の組合員についてもそれぞれその組合活動に支障を与える不利益なものであつたことによつても明白である。従つて、組合員七名に対する本件配転は、組合員であることおよび正当な組合活動をしたことの故に不利益な取扱いをなすものであつて不当労働行為に該当し無効であるが、組合は債務者の説明如何によつては多少の不満があつても本件配転に協力するつもりであつた。

(四) そこで組合は、債務者から本件配転に関して説明を求めるため同年一一月二一日債務者に対し本件配転について同月二三日団交を開催するよう要求し、同日ないし同月二三日の三日間予備交渉をなし組合の右意向を詳細に説明した。しかるに債務者は同月二三日配転は人事問題であつて債務者の専決事項であるとの形式的事由を挙げ不当にも団交拒否の解答をなした。

(五) そこで組合は、無効な配転命令に従うことができないのでやむなく同月二四日債権者ら組合員七名を従来の職場に就労させ、翌二五日山梨県地方労働委員会に対して右団交拒否の救済の申立をなし同委員会による円満な解決を期待し同月二六日午後二時債務者に対し、地労委での審理の推移および債務者の態度等により必要ある場合は一二月一〇日以降ストライキに突入する旨予告をなしたうえ本件配転命令を受理する旨通告した。

(六) しかるに債務者は同日午後三時右組合の配転受理の通告後、わずか一時間後に本件解雇を含む左記一〇名の組合員に対し懲戒処分に付する旨通告した。

懲戒処分者一覧表

氏名       組合役職   懲戒処分

島田明(債権者) 執行委員長  解雇処分

上田咲子     副執行委員長 譴責

斉藤道男     書記長    右同

川崎松枝     執行委員   三日間出勤停止

末木房子     右同     減給一五分の一

土肥悦子     右同     右同

渡辺弘三     右同     譴責

斉藤隅子     組合員    譴責

島田愛子     右同     右同

宮川隆      右同     右同

(七) 右一覧表によつて明白なごとく、右懲戒処分は組合の壊滅ないし弱体化を意図してなされたものであり、債権者は前述のとおり組合結成以来の執行委員長として組合活動の中心的人物であつたため特に他の者より極端に重い解雇処分に付されたのである。

(八) なお債務者が組合成立以来組合を敵視し、組合の執行委員長たる債権者を嫌悪していたことは次の事実によつて明白である。すなわち、

イ 債務者は組合結成後一週間足らずして自己のイニシアテイブにより急速に非組合員たる従業員をして互助会なる実質上の御用組合を結成させ組合に対抗させた。右互助会が御用組合として組合の切崩し弱体化を唯一の目的とするものであることは同会のかかげる目的が技術向上、福祉厚生、レクレーシヨン、労働条件の改善等であるにもかかわらず、殊更労働法により保障された労働組合の形成を避けたこと、しかも従来病院には同性格の葦の会なるものが存したにもかかわらず、組合結成直後屋上屋を重ねるがごとき互助会を結成したこと、その副会長に組合結成直後同様設けられた管理者側の諮問機関たる参与会役員である医師中沢敦子を就任させたことによつても明白である。

ロ 債務者は、組合結成後組合の切崩しを策し、その圧力により本件配転までに二一名の組合員を脱退させそのうち実に一九名を右互助会に入会させた。しかも更に債務者の圧力により組合員は激減し現在は七名となつた。

ハ 病院長、事務長ら債務者側管理者は組合は赤の手さきだと言明してはばからず、病院長は本件配転に関する組合の団交申入れに対し組合の代表者などと会う必要はない、個人的になら会つてもよろしいといつて反組合的態度を表明し、債権者の院長に対する態度は傲慢、無礼だといつて債権者に対し恣意的嫌悪の情を示した。

四、債権者は債務者より本件解雇にいたるまで、毎月金一八、〇〇〇円の給料を受けこれを唯一の糧として生活していたものであるが、債務者は本件解雇を有効と主張し右給料を支払わず、債権者の病院構内への出入就労を阻止し、組合活動を妨害しようとしているので債権者は債務者の被傭者として有する権利関係につき急迫な危険があるので、これら権利関係につき請求の趣旨記載のような仮の地位を定める仮処分を求める。

(債務者主張の解雇事由に対する認否)

債務者主張の解雇事由のうち、債権者が他の組合員と共に組合活動として昭和三九年一一月二四日から同月二六日午後五時まで本件配転による新職務に従事しないで旧勤務に就労したこと、債権者が同日午後二時ごろ組合の書記長と共に債務者に対し組合が同日午後五時より本件配転に従事する旨申し入れ、同時に組合は事情により一二月一〇日以降ストライキをなす旨予告したことは認めるが、その余の事実はすべて否認する。本件配転命令は前述のとおり違法な命令であるからこれに従わないからといつて業務命令違反または職場秩序違反として責任を問われる理由はなく、また債権者ら組合員が旧勤務に従事したことは組合の決定に基づく正当な行為であり何ら違法なものではない。

仮に債務者主張の事実があつたとしても就業規則所定の解雇処分は情状が特に重い場合に限るのであつて債権者の行為に対し他の懲戒処分によらないで本件解雇処分に付した点は就業規則の適用を誤つた無効なものであり極端に過酷なものといわなければならず解雇が行過ぎである以上、本件においては不当労働行為が成立する。

第二、債務者訴訟代理人は申請却下の裁判を求め申請の理由に対する答弁および本件解雇事由として次のとおり述べた。

(申請の理由に対する答弁)

一、申請理由一、二記載の事実はすべてこれを認める。(但し病院の従業員数は本件解雇により五六名となつた)

二、申請理由三冒頭記載の本件解雇が無効であるとの主張は争う。

1 同三の1記載の事実のうち本件解雇辞令に債権者主張のような記載のあること、就業規則第四九条ないし第五一条が債権者主張のような内容の規定であることは認めるがその余の事実は否認する。本件解雇は後述のとおり債権者が病院の従業員に対し組合員であると否とを問わず休業怠業等を強要し又はこれを教唆煽動したこと(同規則第五一条第五号に該当)および正当な事由なくして上司に反抗し命令を守らず職場の秩序を乱しその情状は重いこと(同規則第五一条第一号、第五〇条第一号第五号、第四九条第六号に該当)を理由とするものであつて右事実の存在は解雇当時から本件当事者に明白であつて解雇事由の特定性を欠くものではない。

2 同三の2記載の主張はすべて争う。すなわち、就業規則第四八条第五号但書の規定は労働基準法第二〇条第一項但書第三項を確認的に規定したものにすぎず、右所定の行政庁の認定は懲戒解雇の効力要件でないから債権者の主張はそれ自体失当である。

3 同三の3冒頭記載の本件解雇が不当労働行為に該当するとの点は争う。

同(一)記載の事実は組合結成当時の組合員数を除きこれを認めるが、その余の部分は不知。

同(二)記載の事実はすべてこれを認める。

同(三)記載の事実のうちかつて三、四月頃配転が行われたことがあること、昭和三九年五月に配転のあつたこと、本件配転の一因が薬剤師の新規採用にあること、本件配転当時の組合員数が一八名であること、本件配転の対象者のうち債権者らその主張の七名の組合員を含むこと、債権者の配転が第三病棟主任から作業療法主任に移るものであること、同人の勤務場所が看護長室であつて同室には看護長および互助会会長が同室することは認めるが、本件配転当時の組合員数は不知その余の事実はすべて否認する。すなわち、

債務者病院においては昭和三九年一月以降一〇月末まで四名の正準看護婦が退職し、同年八月二〇日から約三ケ月にわたり一名の正看護婦が病気欠勤したので病棟間の看護能力にアンバランスが生じたこと、前記のとおり薬剤師一名を採用したこと、正看護婦島田愛子が妊娠し母体保護の必要があつたこと、患者の社会復帰の促進と厚生省の作業療法の点数化にそなえて作業療法の主任を強化する必要のあつたことなどから従業員の一部の配転の必要性が生じ、病院長は従業員多数の要望もあつて看護長および医師等に配転計画の立案にあたらせていたが、次の一覧表記載のとおり病棟のチームワーク、個人的家庭的事情にも充分留意した成案を得たので債権者主張のとおりこれを発表するにいたつたものである。

配転成案一覧表

氏名    新配置    旧配置

大久保鶴雄 第三病棟主任 作業療法主任

島田明   作業療法主任 第三病棟主任

川崎松枝  第一病棟   第二病棟

島田愛子  第三〃    第二〃

斉藤隅子  第一〃    第二〃

斉藤道男  第一〃    第三〃

末木房子  第二〃    第一〃

平賀よ志子 第二病棟主任 外来

窪田きく江 第二〃    第一病棟

赤池美代子 第二〃    第三〃

石井忠三  第二〃    第一〃

以上のとおり本件配転は債務者病院の業務上の必要性と合理的理由に基づきなされたものであつて、それなりの必然性があつたもので決して債権者主張のごとく組合を弾圧し組合員の組合活動を妨害するためになされたものではない。

同(四)記載の事実のうち組合が債務者に対し本件配転につき同月二三日団交の開催を申し入れ、債務者との間にその主張の予備交渉をもつたことは認めるが、その余の事実は否認する。すなわち、

本件配転は病棟間の移動にすぎず職種、賃金、勤労時間等の労働条件の基本的変更をきたすものではないので団交の対象事項とはなりえないものである。しかしながら債務者はあくまで慎重に考慮して組合からの団交に応ずることとし、組合側と予備交渉をもつたが、その交渉の過程において組合は山梨県労働組合総連合のオルグの参加を要求したので、債務者は本件配転は人事問題であるから第三者であるオルグをはずしてもらいたい、むしろオルグの参加しない予備交渉の過程で本件配転理由を説明したいと申し入れたところ組合は右予備交渉の段階で何等配転を拒否する正当な理由がないのに本件配転理由の説明をうけることを拒否しあくまで団交にオルグの参加を要求し、同月二三日午後五時三〇分頃組合はオルグをはずす条件として本件配転の撤回又は留保を申し入れるにいたり、双方意見の調整ができないまま組合は同月二四日から一方的に配転命令拒否という実力行使に入つたので事実上団交を行い得なかつたにすぎず、債務者側が団交を拒否したものではない。仮に債務者が団交を拒否したものであるとしても、それは組合が第三者であるオルグをはずしてもらいたいとの債務者のもつともな意向をしりぞけたものであるから右団交拒否は不当なものではない。

同(五)記載の事実のうち、組合が同月二四日本件配転命令の対象者たる組合員七名を右命令に違反して従来の職場に就労させたこと、組合が同月二六日債務者に対し一二月一〇日以降ストライキに入る旨および本件配転命令を受理する旨の通告をなしたことは認めるが、組合が地労委に対し申立をなした点は不知、その余は否認する。

同(六)記載の事実のうち、債務者が同月二六日債権者らその主張の組合員一〇名をその主張の懲戒処分に付したこと、右懲戒処分を受けた者のうち債権者および斉藤道男が、債権者主張の組合役員であることは認めるがその余の者がいかなる組合役員であるかは不知。

同(七)記載の事実のうち債権者が組合結成以来の執行委員長であつて組合活動の中心的人物であつたことは認めるが、その余は否認する。

同(八)記載の事実のうち、互助会が結成されたこと、互助会の目的が債権者主張のとおりであること、従来葦の会なるものがあつたこと、病院の諮問機関として参与会があること、組合結成後組合員の脱退者があつたこと、右脱退者のうち互助会に入会したものがあることは認めるが、互助会結成の日時、組合脱退者数、同脱退者のうち互助会に入会した者の人数、その後の組合員数はいずれも不知、その余の事実はすべて否認する。すなわち、

債務者病院では昭和三一年より従業員全員の参加した葦の会が結成され従業員の共済に関する事項と労働条件に関する苦情や要求がとりあげられていたが昭和三六年四月以降従業員全員による職員総会が結成され従来葦の会によつてとりあげられていた労働条件等の苦情処理は右職員総会が管掌することとなり、その総会で採択され主任会議で決議決定された事項は院長の決裁を経て実行に移されていたので従業員の労働条件に関する苦情や要望は債務者側に反映されていたので組合結成を必要とする理由は極めて薄弱であつたけれども、債務者は組合を嫌悪、弾圧、瓦解する意思を有していたものではない。

三、同四記載のうち、かつて債務者が債権者に支払つた毎月の給料がその主張の額(但し基本給である)であることは認めるが、その余の事実はすべて争う。

四、債務者は債権者の後記本件解雇理由一、二の行為は就業規則第五一条第一、五号に該当し、右三の情状重しとして本件解雇をなしたものであつて、右処分は相当であるから何ら無効ではない。

(本件解雇事由)

一、債権者は、

1 昭和三九年一一月二二日夜第二病棟において勤務中の看護婦井上和子(非組合員で本件配転対象者ではない)に対し、激越な言辞を用いて新配転に就くな、就けば考えがあるぞといつて配転命令拒否を強要し、更に看護婦中村桓子(非組合員で本件配転対象者ではない)を勧誘して我々と行動を共にしろと強要し、

2 同夜石井忠三に対し看護婦赤池美代子(本件配転対象者)を勧誘して命令を拒否して新勤務に絶対就かせないようにせよと申し向けて教唆し、よつて同石井をして右看護婦の新勤務拒否を強要させ、

3 同月二三日、看護婦平賀よ志子(組合脱退者であつて、本件配転対象者)に対し、新勤務につくな、命令を拒否せよといつてこれを強要し、

4 翌二四日午後八時一〇分ごろ、看護婦川崎松枝(組合員であつて、本件配転対象者)に対し、新勤務の就労拒否をつゞけ旧勤務を絶対強行するよう煽動し、

二、債権者自身、二四日午前九時四〇分ごろ事務長室において事務長から院長の新勤務就労命令を伝えられ、看護長と共にその就労を勧告され、午前一〇時一〇分ごろ院長室において右事務長、看護長同席のうえ院長から新勤務に就いてもらえないかと説諭され、同日午後九時四〇分ごろ院長室で再び院長から就労の勧告を受けたが、頑としてこれに応ぜず右勧告の度に反抗の度を高め、二四日から二六日まで本件配転命令には従わず、新職務を放棄し旧職務に就労し、もつて正当の理由なく上司に反抗し命令を守らなかつた。

三、債権者は組合の書記長斉藤道男等と共謀し、組合規約に違反して組合大会の決議を経ず、労調法三七条所定の予告をする義務があるのにこれを怠り昭和三九年一一月二四日から二六日の三日間他の組合員八名を教唆煽動し、新配置就労拒否という同法違反の違法な争議行為を行わせ、よつて債務者の組合員に対する指揮命令を混乱させ病院の秩序を紊乱し、患者に対して悪影響を及ぼし債務者の病院業務に重大な障害を与えた。従つて債権者は組合の執行委員長として右組合の違法な争議行為について責任を負わなければならない。

もつとも、債権者は一一月二六日午後二時ごろ、組合の書記長斉藤と共に債務者に対し組合が同日午後五時より本件配転命令に服する旨申出たけれども、それと同時に債権者は組合大会の正式な決議を経ないことにより違法な無期限ストを十二月一〇日以降なす旨通告し、前記病院全体の業務の混乱や障害を惹起した点については一顧の反省もなさなかつた。

第三、疎明資料<省略>

理由

一、債務者が債権者主張の精神科病院を経営し、債権者がその主張のとおり債務者の被傭者として右病院に勤務していたこと、しかるに債務者が債権者に対し、その主張の日その主張のとおり本件解雇の意思表示をなしたことは、いずれも当事者間に争いがない。

二、当事者間に争いのない事実に、いずれも成立に争いのない乙第一一号証の一、二、第一八号証、第二一ないし二四号証、第三九号証、いずれも債権者本人尋問(第一回)によつて成立の認められる甲第一号証、および第四号証、その態容記載からその成立につき疎明ありと認め得る甲第六ないし九号証、証人山角司の証言により同人の作成部分について成立の認められる乙第一七号証の二、証人中沢敦子の証言によりその成立を認め得られる乙第三七号証の一、証人斎藤道男、同島田愛子、同渡辺弘三、同斎藤隅子、同横谷忠彦、同中沢敦子(第一、二回)、同渡辺晏行、同関昌能、同山角司、同平賀よ志子、同中村桓子、同石井忠三、同中田正昭、同大久保鶴雄の各証言(但し、証人中沢敦子、同渡辺晏行、同山角司の各証言、債権者本人尋問の結果中後記措信しない部分を除く)および債権者本人尋問(第一、二回)の結果を総合すれば次の事実が認められる。

(一)  組合結成から配置転換命令までの事情

債務者病院には従来従業員の親睦および福祉厚生を目的とする葦の会および主として業務連絡を目的とする職員総会があつて時折従業員の労働条件に関する不満をとりあげ、債務者側に申し入れることもあつたが、労働条件そのものの改善向上を目的とする労働組合がなかつたことから、これを不満とする債権者らが中心となつて昭和三九年七月一一日当時五七名の従業員中三九名が参加して組合を結成し、債権者は組合の執行委員長に就任し、本件解雇に至るまで債務者との間に数回の団交を持つた。しかしながら債務者は組合の結成を心よく思わず組合結成直後から病院の事務長、看護長等管理職をして個別的に組合員に対し殊更に組合結成の理由を訊ねたりし、これが一因となつて組合結成後間もない同月二六日ごろまでに早くも組合員一七名が脱退し、更にその後も脱退者が続出し、本件解雇当時組合員数は一八名となるにいたつた。

他方組合結成後間もない同月二一日には非組合員二五名により名目上は前記葦の会同様従業員の親睦を目的とするが、多分に債務者の意思にそう御用組合らしい性格を有する互助会(同会の副会長には病院長の諮問機関である参与会の代表者医師中沢敦子が就任)が結成され、同会は組合同様債務者との間に別個の団交を持ち組合と拮抗するにいたつた。

このような事情から組合員と非組合員の一部との間に融和を欠くこともあり、加えて看護職中に退職者又は病気姙娠者も出て、病院は業務の能率化の必要性を生じたので債務者は同年一一月二〇日債権者ら組合員七名を含む一一名の看護職員の勤務病棟の変更を内容とする本件配転を発表し、かつ右配転に伴い一部看護職員の勤務時間の変更をなし、同月二四日以降これを実施しようとし特に債権者は債務者病院から能力および勤務実績を高く評価され、第三病棟主任から病院が特に重点をおこうとする作業療法主任に抜擢された。

(二)  配置転換命令に対する紛争の事情

しかるに債権者ら本件配転を受けた組合員は一名を除き本件配転に対し組合員に対する不利益扱いであるとの不満を持ち、これに他の組合員も同調し、同日夜債権者方に集合し、更に翌二一日正午から病院内において組合員一四名が参加した組合員の会合を開催して協議し、その結果組合は債務者に対し同月二三日午後五時から院長室において組合三役および県労連役員二名を組合側交渉委員として団交を開催するよう申し入れることとし、若し債務者が右団交に応じない場合又は交渉が妥結しない場合には組合員は本件配転命令に従わず従来の勤務態勢を維持することを定め、(争議行為の開始として組合規定に基づいて決定したものか否かは不明である)債権者らは同日午後三時ごろ債務者に対し、右組合の意向を文書で通告した。これに対し債務者側は同日理事会を開催し、本件配転命令の変更取消はしないが、組合の団交申入には応ずること、たゞし団交事項が人事問題であるとの理由で県労連役員二名が組合側の交渉委員として参加することには反対し、かつ団交拒否又は不調の場合組合員が本件配転命令に従わないとの組合側団交申入書の附記事項を撤回させるよう希望し、右二点につき庶務主任らをして組合側と予備交渉をさせることを決定した。そこで債務者病院庶務主任又は事務長は、同日から同月二三日にかけて、債権者ら組合役員との間に予備交渉をもち、右理事会の意向を組合側に伝え折衝したが、結局前記二点について妥結をみるにいたらなかつた。

組合側の交渉委員たる債権者、書記長および県労連役員一名は団交予定日時である同日午後五時過ぎころ、病院に出頭して団交開催を申出たが債務者は前記二点の要求を主張するのみで組合の団交申出に応じなかつた。

(三)  配置転換命令拒否によつて生じた事態

そこで組合側は前記組合会合の決定に基づき、本件配転の実施日である同月二四日以降本件配転命令には従わず、従前の配置場所において、旧勤務時間割に従つて勤務することとし本件配転対象者たる組合員のうち債権者、末木房子、斎藤道男、島田愛子、斎藤隅子、川崎松枝は右命令に従わず、旧職場に止り、また本件配転命令にともない就業時間を変更された他の組合員もこれに応ぜず、いずれも右命令以前の旧勤務時間割による勤務に従つた。そのためそれぞれの職場において別表勤務一覧表記載のような勤務者の重複、欠員等が生じ、その間債権者は病院長および事務長の勧告にも拘らず二四日から二六日にかけて本件配転命令に従わないで旧勤務に従事した外、二三日平賀よ志子、石井忠三、赤池美代子その他の一部非組合員に対し組合側が本件配転に納得できないので、その命令に従わないから協力して欲しい旨説得し、組合員に対して前記組合の決定に基づき配転命令拒否、新職務就労拒否を指揮したこと、そして二四日から二六日までの右組合側の命令拒否により病院側の指揮命令系統は混乱し、あるいは不徹底となり病院側の意図した積極的治療行為を中止するなど、病院の看護業務の能率を低下し、証人中沢敦子(第一回)の証言によつて成立の認められる乙第一六号証および同証人(第一、二回)の証言によると作業主任の職務を担任するものがなくなり同月二四日以降作業療法の中止により、同療法の対象となつている患者四八名中の大部分の者が作業療法としての外部作業ができず看護人の生活指導の不充分さから落ちつかなくなり、特に数名の患者は同日ごろから病症が悪化しなかにはインシユリン療法が受けられなかつた事情が認められるが、その他具体的な患者の病症悪化現象を認めるに足る証拠はない。(二六日以降の患者の病症についての証拠は認められるが、これは本件解雇事由との関連性の点で除外するのを相当と解する。)債権者は同月二六日書記長と共に組合大会でスト権を確立したものでないのに組合側の勢力誇示のため債務者側の態度如何によつては一二月一〇日以降ストライキをする旨債務者に通告したが、外に本件解雇にいたるまで特に障害となる的確な疎明資料は存在しない。

(四)  配置転換命令拒否に対する債務者側の態度

しかるに債務者は同月二五日理事会を開催し、新配置不就労者の処置について山角院長、中沢医師の報告を中心に審議し、和田理事から組合結成以来組合活動により病院の秩序が乱され、病院業務に甚だしく支障をきたしている事実に鑑みても断固たる処分が至当である旨発言あり、理事一同もこれを支持し、二六日の午後一時に債権者に対する解雇処分の辞令を交付する旨決定した。前記のとおり二六日債権者と書記長が院長に対しスト通告および二六日午後五時からの新勤務就労についての通告をなした際、院長は債権者に対しその答弁の如何によつては債権者らの処分の軽減又は免除に協力する意図をもつて新勤務に就労する意向となつたのは看護職という使命の反省をしたからであるのか、と質問したが、債権者からは戦術を誤つたに過ぎないからであるとの答を得たので山角院長は、外の理事三名に対し、債権者の右通告を伝え理事会は債権者に反省の色が認められないとして二五日の決議どおり処分を行う旨各理事の意見が一致し、同日午後三時過ぎごろ、債権者に対し同人につき就業規則第五一条第一、五号所定の事由に該当する行為があつてその情状が重いという理由で本件解雇通知をなした外債務者の業務命令に従わなかつた組合員を債権者主張のとおり懲戒処分に付した。

以上の事実が認められ右認定に反するいずれも証人中沢敦子(第一回)の証言により成立の認められる乙第一二号証、第一六号証、同証人(第二回)の証言によつて成立の認められる乙第一七号証の一、二の各記載の一部、証人中沢敦子(第一、二回)、同渡辺晏行、同山角司の各証言の一部、債権者本人尋問の結果の一部は前掲各証拠に照らして措信しない。

三、そこで債権者主張の無効事由について判断する。

まず債権者主張の就業規則第五一条第一号および第五号による本件解雇事由が本件具体的事実のもとに存在するか否かについて考察すると、債権者が昭和三九年一一月二二日から同月二四日まで非組合員一名、組合員二名に対し新勤務就労拒否を教唆、煽動、強要したとの点については、前記認定のとおり、債権者が同月二三日ごろ平賀よ志子、石井忠三、赤池美代子その他一部非組合員に対し、本件配転に従わないよう説得したことは認められるが、新勤務拒否について組合の活動としての限度を超え煽動、強要し、強要の教唆をなすに至つたと認めるに足りる疎明はない。

次に債権者が本件配転命令を同月二四日以降二六日まで拒否し、上司の命令に違反したことは前記認定のとおりである。債権者は本件配転命令はそれ自体不当労働行為であり無効であると主張するが、債務者が本件配転を計画したのは上段認定のとおり看護職員の退職病欠並びに薬剤師一名の雇入れ等の異動の必要性を生じ債務者病院の経営能率向上のために行われたものであり、その組合員と非組合員の異動者数異動場所を検討するも必しも組合員を不利益に扱つていると認めるべき疎明はなく、特に債権者についてはその優秀な看護能力を考慮し、病院が重点をおく作業療法の主任として債権者が適当であると認めたためであつて、本件配転命令により債権者の労働条件が不利になり、組合活動が困難となる等の債務者が債権者を不利益に取扱つたと認めるに足りる疎明もない。従つて債権者は債務者病院の従業員として本件配転命令に従うべきであつたのに、これを固辞し債務者の再三の説得にもかかわらず翻意せず、敢えて旧勤務に就労したことは、債務者の人事管理権を妨げ、上司の命令不遵守として就業規則第五一条第一号、第五〇条第五号所定の懲戒事由に該当するものといわなければならない。

第三の解雇事由秩序紊乱の点についても、前記認定のとおり債権者が同月二四日以降二六日まで新勤務就労を拒否し、他の組合員又は非組合員を説得したことにより、病院の指揮命令系統は混乱し、病院の看護業務は能率低下したことは前記認定のとおりであり、一応就業規則第五一条五号所定の該当事実が存在すると認めることができる。

そこで本件解雇がなお不当労働行為と認められるか否かについて判断するに、債権者はまず右配転拒否行為自体が本来正当な組合活動であると主張する。しかし仮に右の配転命令拒否が組合の正式決定に基づくものとしても、右の拒否行動は業務の正常な運営を阻害する争議行為と解すべきであり、争議行為である以上、本件事業場が公益事業である精神病院であることは当事者間に争いがなく、しかも債権者ら組合が労働関係調整法第三七条に定める予告をなしていないことは弁論の全趣旨から明らかである。したがつて債権者らの行為は違法なものであると解するのが相当である。(もつとも個々の場合更に責任の問題が別途生ずる場合のあることは格別である。)よつて他に責任阻却事由の認め難い本件においては債権者の正当行為であるとの主張には左袒できない。

しかし組合員について懲戒処分の行われた場合は解雇事由に該当する事実が存在する場合でもなお使用者において敢て懲戒解雇処分の挙に出た決定的原因が真実右の処分事由の存在のためか、または正当な組合活動をしたことかの観点より処分が不当労働行為であるか否かを判断すべきである。けだし組合活動をしたことが解雇の一部の動機となつていても、それを除いた他の原因が十分解雇を理由づけるものであれば、不当労働行為の要件としての差別待遇の意思があつたとはいえないに反したとい懲戒基準に該当する事実があつても使用者においてこれを黙過する場合もあるのであるから、非組合員ならば黙過される事情にあつたのに、組合員であるために敢て処分をなされるならばそこには差別待遇の意思の存することは明かだからである。(不当労働行為の制度が、組合に参劃した労働者個人の救済を介して、労働基本権そのものを保護しようとするものであることにかんがみ、解雇原因が競合する場合にも組合活動をしたことが解雇に対する決定的原因であるときは不当労働行為が成立すると解するのを相当とする。)

ところで証人山角司の証言、債権者本人尋問の結果並びに上段認定の事実によれば、債務者側理事の事実上の代表者である院長山角司は債権者の手腕力量を買い、本件配転についても債務者病院において将来益々重要視されるべき作業療法主任に債権者を抜擢しようとしていたこと、一一月二六日午後債権者らが配転命令拒否の行動をやめ、新配置に就く旨右院長に申出た際、院長は債権者に対し上段判示のとおり配転拒否行為に対する反省を求め、債権者において謝罪すれば理事会に計り処分の軽減又は免除に協力する意向を有していたこと、ところが債権者においてこれを拒否したので従前理事会において決定した処分方式に従つて債権者を懲戒解雇としたこと、証人山角司の証言によつて成立の認められる乙第一七号証の三によると一一月二五日開催された理事会において債権者らの処分問題について審議され和田理事から「この処分は組合結成以来の再々の警告にも拘らず勤務時間内の職場内に於ける組合活動が活発で病院秩序を乱し業務遂行に甚しく支障をきたしている事実に鑑みても断固たる処分が至当である」旨発言があり理事一同がこれを支持している事実、以上を認めることができる。

以上の事実と上段判示の組合結成後、互助会結成にいたる事情、本件配転命令に対する団交申入に対する債務者の態度等を総合してみると、まず債務者としては債権者に対し組合員の本件配転拒否行動について反省謝罪があれば、なお懲戒解雇処分には出ないで済ます事情にあつたものと推認することができ、それを敢えて懲戒解雇の処分に出たのは債権者の従前の組合活動に照し、将来の組合活動を嫌悪したものと解するほかない。そうだとすれば結局債権者に対する本件懲戒解雇処分は債権者の正当な組合活動を理由に不利益の取扱いをなしたことに帰すると同時に組合幹部の解雇による組合への支配介入となるものといわなければならない。

以上のとおりであるから、本件解雇の意思表示は他の点について判断するまでもなく、無効であるから、債権者は債務者に対しいまだ雇傭契約上の地位を有するものと認めることができる。

四、そして債権者が本件解雇当時債務者から受けていた基本給は一カ月金一八、〇〇〇円であることは当事者間に争いがなく、証人島田愛子の証言および債権者本人尋問(第一回)の結果によれば、債権者は右債務者からの給料の外には収入はなく、その家族は妻子および母であつて家族の収入は妻が毎月債務者から受ける給料金一八、〇〇〇円および母がその勤務する国立病院から毎月二万円を得ているに過ぎず、右収入では債権者家族全体の生活を維持することは困難であることは容易に推認しうるところであるから、債権者は少くとも債務者から前記給料の支払を求める必要性があるといわなければならず、従つて本件解雇の効力の停止を求める仮処分の申請は理由があるといわなければならない。

次に債権者は、右効力停止の外債務者病院内に立入り就労、組合活動の妨害禁止の仮処分を求めているが、原則的には雇傭契約の存在により被雇傭者が当然に使用者の事業場に立入又は就労を要求しうる権利を有するものではないと解すべきであり、本件においてその例外を認め得る事情はない。また本件解雇の効力が停止されれば債務者は債権者を従業員として取扱わなければならない筋合であるところ、債務者が債権者に対し他の理由により組合員としてなす組合活動を妨害する虞があるものとは認め難く、特段の事由の疎明のない本件においては効力の停止の仮処分の外に重ねて債務者に対し、債権者の組合活動の妨害を禁止する必要性は認められない。従つて右申請部分は理由がないので却下するのを相当とする。

五、よつて、債権者の本件解雇の効力停止を求める仮処分の申請を相当と認め、これを認容することとし、その余の申請は理由がないのでこれを却下することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条第九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小河八十次 清水嘉明 若林昌子)

(別紙省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例