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熊本家庭裁判所 昭和61年(家)725号 審判 1986年12月17日

申立人 ジョングラントデービス 外1名

未成年者 福山勝彦

主文

申立人両名が未成年者福山勝彦を養子とすることを許可する。

理由

1  申立人両名は、主文同旨の審判を求め、その理由として、同人らには子供が生まれず、申立人メアリーは長年日本に生活したことがあるなどと述べた。

2  本件はいわゆる渉外養子縁組であるところ、養子となるべき未成年者は上記の通り熊本市内に住所を有するものであるから、本件について当裁判所が国際的にも国内的にも裁判管轄権を有することは明らかである。

3  そこで、本件養子縁組の準拠法についてみるに、法例19条1項によれば、渉外養子縁組の要件は各当事者につきその本国法によるとされているので、養父母については法例27条3項により申立人両名の属する地方であるペンシルバニアの州法が、養子については未成年者の本国法である日本法がそれぞれ適用されることになる。

ところで、ペンシルバニア州養子法2901条が養子決定の時期を制限していることや、同州が日本法に基づき適法に成立した養子縁組許可審判を承認すると考えられることなどに加えアメリカ合衆国諸州の国際私法原則によると、養子または養親の住所のある国が養子決定の管轄権を有し、その準拠法は法廷地法であるとされ、後記4、(5)に認定する事実によれば、養子となるべき未成年者はペンシルバニア州法上熊本市内に住所を有し、ひいては日本に管轄権があり、法廷地法として日本法が適用されることになると考えることも可能であるから、法例29条の反致が成立すると解するのが相当であり、結局のところ日本法を適用すべきことになる。

そうすると、本件養子縁組については、養親子いずれの側も準拠法として日本民法が適用されるところ、本件は民法798条に基づく申立として適法である。

4  そこで、検討するに、申立人両名の出生証明書及び結婚証明書、申立人ジョン作成の当裁判所宛の手紙、ラカワナ郡カトリツクソーシヤルサーヴイス所属ケースワーカー○○○・○○○○○○○○作成の申立人両名に対する家庭調査書(写し)、写真6葉、戸籍謄本、熊本児童相談所の児童記録票(写)、○○○○○ホーム・フエースシート(写)、当家庭裁判所所属調査官○○○○作成の調査報告書並びに社会福祉法人○○○園長○○○○、未成年者の実母福山久美、及び申立人両名に対する当裁判所の各審問の結果を総合すると次の事実が認められる。

(1)  申立人メアリーは、昭和31年(1956年)ペンシルバニア州において、ルーテル教会の宣教師である父エドワードと母スーザンの3女として生まれた。満2歳のころ母と共に来日し、母の指導により小学校5年まで通信教育を受け、その後神戸市にある○○○○○○学校の小学校6年に編入され、そこで高校を卒業した。

高校を卒業した昭和49年(1974年)に渡米し、同年9月ペンシルバニア州の○○○○○○大学に入学し、教育学を専攻した。在学中、夫のジヨンと親しくなり、大学卒業後の昭和53年(1978年)8月結婚した。卒業後、教師をしたり、夫の仕事先で働いたりしたが、昭和57年(1982年)9月からミドルスクールの教師となり現在に至つている。

(2)  申立人ジヨンは、工業機器製造会社オーナーで管理職を兼任している父の次男として、昭和31年(1956年)7月19日ペンシルバニア州で生まれ、同地の小、中、高等学校を卒業し、昭和49年(1974年)上記○○○○○○大学に入学し、教育学を専攻した。大学卒業後、一時教職に就いたが、父の会社に就職し、経理とデータ管理の業務に従事している。

(3)  申立人両名は、結婚後2年程しても子供が出来なかつたので、昭和55年(1980年)不妊の原因を調べるために医学的検査を受けたところ、昭和58年(1983年)になつて、ジヨンの欠陥のため妊娠は不可能であると診断された。

以来、両名は養子縁組のことを考えるようになり、アメリカ国内で実現可能性を種々考えたが極めて困難であることが分かり、日本に長年居住しているメアリーの父母に相談した。同女の母は、両名に対し、ルーテル教会の関係で親交を結んでいた養護施設○○園を紹介し、昭和61年5月、両名が○○園に依頼書を出したことにより本件養子縁組の話しが具体化した。

(4)  前示カトリツクソーシヤルサーヴイス所属のケースワーカーは、本件養子縁組許可申立事件係属に先立ち、本年8月ころ申立人両名の養親としての適格性について家庭調査を実施し、その詳細な報告書を○○園に寄せている。

同報告書によれば、申立人両名は医師により、いずれも健康と診断されており、住居はストラズバーグの南6マイルにある二階建の家で、部屋数は充分あり、家具は快適に整えられており、家の中は清潔に保たれている。家屋は

96、000の物件をローンで購入したものであり、現在の残額約

68,000、月々の返済額

720である。メアリーの年収は約

20,000であり、ジヨンの年収は約

30,000である。申立人両名の貯蓄は約

5,000有り、いずれも相当額の生命保険に加入している。

また、同報告書は、申立人両名は立派な若い夫婦で、メアリーの日本との関わりや、日本人に対する高い評価、ジヨンにもそれが波及していることなどの諸事情から、日本人の子供と養子縁組をするにつき適格性があると判断して、3歳以下の日本人の子供をこの家族に受け入れさせることを推薦している。

当裁判所の申立人両名にたいする調査・審問の結果等によつても、申立人両名が未成年者を養子として迎えいれ、日本人としての出自を尊重しつつ、その能力を総ての面にわたつて育むべく、最大の努力を払う決意及び能力を持つている事がみとめられる。

(5)  未成年者は、昭和59年(1984年)熊本市内で出生した日本人であるが、実母は同内で建設業を営む妻子ある男性と同棲するなどして未成年者を身ごもつたものである。身ごもつた当初、男から妻とは離婚した旨虚偽を告げられていたので、真実を知つた時には中絶の時期を失していた結果、やむなく未成年者を出産した。

男は妻の強い反対に会つて未成年者を認知することが不可能であり、かつその意志もなく、未成年者は出生後間もなく実母側から男の側に移され、男の手を介して熊本中央児童相談所に引き取られ、更に出生の10日後には○○園に引き取られた。

親権者である実母の父は未成年者の同居を峻拒しており、同女としても病弱なため親元で生活している身であり、自ら未成年者を養育していくことは到底不可能と考えて、未成年者が申立人両名の養子となつて渡米することを承諾している。

5 以上の事実によれば、本件養子縁組には日本民法上何等障害となるべき事由もなく、かつ未成年者の福祉にもかなうものというべきであるから、本件申立は相当であり認容すべきである。

よつて、主文のとおり審判する。

(家事審判官 平井治彦)

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