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熊本地方裁判所 昭和51年(行ウ)6号 判決 1980年3月27日

原告 佐藤孝 外一〇〇名

被告 建設大臣

訴訟代理人 上野至 中野昌治 中山章 上田八洲男 松下文俊 外一六名

主文

原告らの訴えをいずれも却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告が昭和五一年三月三〇日付け建設省告示第六八四号をもつてした川辺川ダムの建設に関する基本計画はこれを取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

(本案前の答弁)

主文同旨

(本案の答弁)

1 原告らの請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  原告らの請求の原因

1  本件基本計画

被告は、特定多目的ダム法四条により、昭和五一年三月三〇日付け建設省告示第六八四号をもつて、左記川辺川ダムの建設に関する基本計画(以下「本件基本計画」という。)を作成し告示した。

(一) 建設の目的

洪水調節、流水の正常な機能の維持、かんがい及び発電

(二) 位置及び名称

(1) 位置 球磨川水系川辺川

左岸 熊本県球磨郡相良村大字四浦字藤田

右岸 同県同郡同村同大字字堂迫

(2) 名称 川辺川ダム

(三) 規模及び型式

(1) 規模 堤高一〇七・五メートル

(2) 型式 アーチ式コンクリートダム

(四) 貯留量等

(1) 貯留量 総貯留量

一億三三〇〇万立方メートル

最高水位

標高二八〇メートル

有効貯留量

一億〇六〇〇万立方メートル

(2) 取水量等 省略

(五) ダム使用権の設定予定者

電源開発株式会社

(六) 建設に要する費用等

(1) 建設に要する費用の概算額 約三五〇億円

(2) 建設に要する費用の負担者等 省略

(七) 工期

昭和四二年度から昭和五六年度までの予定

2  本件基本計画の処分性

(一) ところで、本件基本計画は告示形式をとつており、いわゆる一般処分といわれるものである。しかしながら、形式的に一般処分であるというだけで抗告訴訟の対象になり得ない、ということはできない。複雑に肥大化した現代国家においては、行政機能は量的、質的に拡大し、種々の態様で国民生活を規律する。従来のごとく権力的行政によつて国民の権利が直接的に規制されるだけでなく、給付行政、行政指導、事実行為、行政計画等の行政機関の行為によつて国民個人の法益が事実上の支配を受ける。かかる行政機関の事実上の支配の下では、関係国民は当面現実にその行為に支配されざるを得ない。それ故、この行政の現実的支配力ある行為に対して国民の法益救済を行う必要が不可欠である。かかる場合に法益救済のため国民が出訴することを認められなければ、憲法三二条の裁判を受ける権利は画餅に帰する。この憲法三二条及び特別裁判所を禁止した憲法七六条二項の規定を受け、行政事件訴訟法は、訴訟事項について列記主義を採つていた旧制度を改め、概括主義を採用して国民に対し広く行政機関の行為に対する司法審査の機会を保障しているが、この法律の趣旨は前記のごとき国民の法益救済の出訴の保障を包含するものである。

つまり、行政事件訴訟法三条記載の抗告訴訟の対象たる行政庁の処分その他の公権力の行使に当たる行為とは、権力的に国民の権利を直接に規律する行為だけではなく、広く、行政機関ないしそれに準ずる者の行為が、公権力行使の実体を持たないが一定の行政目的のために国民個人の法益に対し継続的に事実上の支配力を及ぼす場合に、関係国民が抗告訴訟の対象とすることを欲しているものと解さざるを得ない。

本件基本計画は一般処分ではあるが、一般処分とはいつても広く一般国民を規制の対象とするものではなく、原告らの居住地を含む一定の地域を限つての個々の関係権利者に対する個別的な処分の性質を有するものである。本件基本計画によるダム完成に至るまでに、原告ら関係権利者は、土地収用又は土地収用を背後に控えることによつて強制される用地買収によつて、その所有土地、家屋等を喪失するという重大なる権利の侵害を受けるのである。かかる権利侵害は、それぞれ本件基本計画の事実上の法的効果によつて生ずるものであつて、この個人の権利を侵害する行政機関の行為に対して、これを抗告訴訟の対象として法的救済を許さざるを得ないのである。

なお、最終的な所有権等財産権の喪失に至らない本件基本計画公示の現段階においても、原告らは、計画実現による水没の必然性の下では、新事業、事業拡大のための投資、田畑、山林の開墾、家屋の新、増築等を行うことができず、更には代替地の購入、転業のための技術修得、投資等をせざるを得ず、現実に財産権、生存権に重大なる規制を受けている。この点からも原告らの法益に対する行政機関の事実上の支配力は存在し、出訴の必要性がある。

(二) 本件基本計画は、現段階において取消しを求め得る行政処分である。本件基本計画は、ダム建設の実行計画であり、起業者は、この基本計画をもとに事業認定、土地収用裁決へと手続を進めることになる。かかる場合に、違法な基本計画により法益侵害を受ける住民に対し、この段階で争うことを許さないで、後の処分があるまで傍観を強いることは、出訴権の不当な制限であるだけでなく、それ以後の行為はむだな手続の積み重ねになり、その挙げ句、後の処分が基本計画の違法を理由として取り消されれば、かえつて混乱を大きくすることになる。すなわち、紛争の根源的解決のために本件基本計画を争う必要性がある点で、争訟の成熟性は十分にある。

なお、建設省は、既に昭和四七年九月二六日建設省告示第一六三六号をもつて本件ダム予定地を河川予定地として河川法五六条一項に基づき指定処分をしており、他方、本件ダム建設のための建設用道路を建設し、水没予定住民と補償交渉さえも行つているのは公知の事実であり、本件基本計画をもとに、事業認定・収用決裁へと手続が進む蓋然性は極度に高い(事業認定の申請には、この基本計画書の添付が要件とされる。)。これらの手続が進めば、原告らはより強く財産権行使の制限を受け、あるいは財産権を収用され、ひいては生存権を脅かされることになる。この意味で、本件基本計画は単なる青写真ではなく実行計画であり、争訟の成熟性ないし具体的事件性を有するものである。

しかして、被告が請求の原因に対する認否及び主張2(一)で引用する最高裁昭和四一年二月二三日大法廷判決の事例である区画整理事業計画の場合と違つて、本件基本計画の場合、水没地区は右計画によつて完全に特定される。基本計画の後に、何らかの行政手続が必要とされ、右手続によつて初めて水没地域が明らかになるというものではない。水没地域が特定されると必然的に権利侵害地域も特定されるものである。本件基本計画は、水没地域の居住住民全員に一人の例外もなく被害を直接的にもたらし、原告らは、本件基本計画が取り消されることなくしては右被害を回避することはできない。

(三) また、右土地区画整理事業における利益侵害は、個別所有権等の侵害それのみである。しかるに、本件の場合は、単なる個別的所有権等の侵害にとどまらず生活全体の破壊という生存権に対する侵害であり、これは金銭の賠償では償うことのできないばかりでなく、事後的救済が不可能なものである。本件基本計画遂行によつて原告らは、父祖伝来の土地を奪われ、生活の基盤たる社会及び自然環境を根底から破壊され、これを五木村についていえば、全世帯数のうち約半数が水没させられ、かつ村の事業所の大半が集まり、三次産業の六五パーセントが集中し、官公署のほとんど及び主要耕地が集中している頭地地域をはじめ、主要部落が水没させられる。これは原告らにとつて生活の基盤であるところの村落共同体そのものが破壊されるものであり、単なる個別所有権の侵害にとどまるものでなく、原告らの生活総体の包括的破壊であり、生存権の侵害である。

(四) 以上のとおり、本件基本計画は実行計画であり、原告らは本件基本計画取消しによつて救済が図られるべきであり、また本件基本計画は原告らに具体的被害を及ぼしているのである。

(五) 更にまた、憲法三一条の適正手続の保障は、行政作用における告知、聴聞の機会も当然保障しているものであるところ、前述のごとき重大なる法益侵害を生ずる本件基本計画の作成、公示に当たり、関係住民に対する告知と聴聞の機会は全く与えられなかつた。告知と聴聞の機会を与えられないままに行政機関によつて生存権、財産権を侵害される原告ら住民に残された唯一の法的救済方法としては、行政訴訟における出訴だけである。かかる見地からも、本件基本計画は抗告訴訟の対象となる処分であるといわざるを得ない。

3  原告らの地位

本件基本計画によれば、川辺川ダムの最高水位は標高二八〇メートルとされていること、及び、被告が昭和四七年九月二六日付け建設省公示一六三六号をもつて標高二八二メートル以下の地域について河川予定地指定処分をしたことによれば、標高二八二メートル以下の川辺川流域で川辺川ダム建設地の上流にある区域は、本件基本計画に係るダム建設が行われた後、河川区域となり、当然、水没区域となるところ、原告らは右区域に居住し、かつ、同区域に土地建物を所有又は賃借しているのであり、本件基本計画によつて権利侵害を受けているから、同計画取消しを求める法律上の利益を有する。

4  本件基本計画の違法性

本件基本計画は、以下に述べるような瑕疵があり違法であるから、取消しを免れない。

(一) 河川法一、二条違反

(1) 河川の管理は、河川について洪水等災害の発生を防止し、その適正な利用及び流水の正常な機能の維持を総合的に図るものでなければならないが、その中核をなすものは、災害発生の防止等、河川の安全の保持である。河川の安全性は人命に直結し、安全を無視した利水というのは、考えられない。河川法一、二条は、この趣旨を明定したものである。

(2) ところで、本件基本計画における川辺川ダムのような大規模ダムの建設は、その設置地点を中心として、上、下流地域に大きな影響を及ぼす。すなわち、上流部においては、湛水による大規模な人工湖が形成され、従来の河床、河川区域その他広範な地域に大きな変更をもたらし、下流部においては、流水が激減し渇水的状況を呈して、河川の正常な機能を喪失させるなど深刻な影響を及ぼす。また、ダム設置地点を誤ればダムの崩壊その他により一大人工洪水発生の危険、あるいはダム操作に起因する洪水の発生など甚大な被害をもたらす危険性がある。

したがつて、大規模ダム建設に当たつては、これらの危険の除去、対策が特に必要とされ、河川管理の基本原則たる安全性の保持が不可欠となる。この安全性の確保は、河川管理において、いかなる場合でも貫かれなければならないものである。

(3) 右安全性の確保は、本件の場合、球磨川水系全体の総合的観点から検討、確保されなければならない。しかるに、本件基本計画には、これらの検討、対策が全く欠如している。

(イ) 本件基本計画によれば、洪水調節は最大標高二八〇メートルから標高二五二・二メートルまでの容量八億四〇〇〇万立方メートルを利用して行い、川辺川ダム建設地点における計画高水流量を毎秒三五二〇立方メートルとし、そのうち毎秒三三二〇立方メートルの洪水調節を行うものとされている。

そして、本件ダムの洪水調節は、球磨川本流とその支流たる川辺川の合流地の下流人吉地点の基本計画高水(毎秒七〇〇〇立方メートル)と計画流量(毎秒四〇〇〇立方メートル)に照準が合わせられている。

(ロ) しかしながら球磨川本流の上流には既設の市房ダムのほかには洪水調節能力を有する施設はなく、建設省によれば市房ダム自体毎秒五〇〇立方メートル以上の調節は困難であるというのであるから、市房ダム上流部あるいは球磨川本流筋及び本件川辺川以外の支流筋の球磨郡に豪雨があれば、当然人吉市の計画流量以上の流量となり、本流筋のはん乱、洪水被害は免れ得ないことになる。

(ハ) 球磨川水系には、電源開発株式会社の瀬戸石ダムと熊本県営の荒瀬ダムがあり、これが人吉地点から下流の本流筋の流下能力の減退と河床上昇等の洪水を発生、激化させる治水上の障害物となつている。

もともと球磨川は、日本三大急流のひとつとして、河川の流下能力は優れたものがあり、人吉地点が今日のような洪水の危険にさらされることはなかつた。

ところが、昭和二九年熊本県が県営藤本発電所設営のため、球磨川本流に前記荒瀬ダムを、昭和三四年電源開発株式会社が同じく電発のための瀬戸石ダムを、それぞれ建設したため球磨川本流の様相は一変し、右両ダムが球磨川水系の洪水防除の障害となり、同水系の治水計画の大きなネツクとなつている。

右両ダムとも発電のための利水ダムであるために、常時満水状態にあり、それぞれ芦北地区、球磨郡神瀬地区、八代郡坂本地区に洪水被害を及ぼし、その都度、見舞金名目の補償金の支払で今日に至つているが、この両ダムによる本流貯留池内の堆砂による河床上昇と発電用水貯留による流下能力の減退は否めない事実である。

それと右両ダムの存在は、その区間における河道改修等の治水工事を不可能とし、人吉地点における計画高水毎秒七〇〇〇立方メートルに対し、計画流量毎秒四〇〇〇立方メートル据置の原因とすらなつている。そして、そのための、しわ寄せが川辺川ダムにおける本件基本計画の調節水量となつて表れてきている。

(ニ) 以上のような点からすれば、球磨川水系の治水の基本は、八代地点から人吉地点までの間の前記発電ダムと治水との関係、人吉地点より球磨川本流筋上流部の治水計画を本件川辺川とともに再検討し、球磨川水系全体の一貫した治水総合体系を確立実施することが必要であり、単に川辺川ダムのみに頼る本件基本計画では、到底治水効果は挙げ得ないものである。

右の観点よりすれば、川辺川ダムが当初の治水専用の洪水調節ダムから、かんがい、発電を結合した多目的ダムに変更された本件基本計画は、これを取り消し、当初の計画どおり、治水専用の洪水調節ダムとして再検討すべきである。

それと同時に、球磨川本流の前記瀬戸石、荒瀬の二つの発電ダムに洪水調節能力をもたせ、あるいは荒瀬ダムを完全に治水のための洪水調節のための専用ダムに変え、川辺川ダムも、かんがいと発電を除外し、洪水調節専用施設とすべきである。

更に、川辺川ダムを本件基本計画にあるような固定壁のダムとせず、高水圧に耐える洪水調節専用水門を備えたダムとし、渇水期は水門を開いて自然流下せしめ、洪水期には必要に応じて流量を調節する必要がある。

(ホ) 右のような諸点を考慮していない本件基本計画に係る川辺川ダムは、洪水調節機能は全くなく、かえつて新たな人工的洪水被害を発生させる危険性が大である。

洪水の防除その他の安全性が確保されないダムに、更に本件基本計画のように、かんがいと発電の二つの目的を加えることは、それ自体無意味であるばかりでなく、ますますへい害のみを助長するものである。かんがいと発電が加われば、いうまでもなく、ダムの規模もそれだけ大きくなり、ダムは固定壁でなければならなくなる。更に利水ダムは、より多くの水を貯留することを要請し、他方、治水ダムは水を最大限貯留しないことが要求されるところ、前記二つの利水目的が付加されているため、本件川辺川ダムの治水効果は全く減殺されてしまう結果となつているのである。

本件川辺川ダムにおける、かんがい計画あるいは発電計画は、その両者とも川辺川ダムに付加されなければならない理由ないしは必要性は全くない。かんがいについては、ほかに専用施設を求めれば、それで事足りることであり、かつその方法は可能である。また発電にしても、たかだか最大出力二万六五〇〇キロワツト程度のものは、ほかにこれを求めることができるし、前記危険性を犯してまで本件川辺川ダムにこれを求める必要性ないし理由は全くない。今日の揚水発電あるいは火力発電等に対比すれば、川辺川ダムをあえて多目的ダムとして発電する必要性は全くない。

したがつて、本件においては、何よりも現在必要かつ緊急な球磨川の治水対策事業を最優先させ、この治水事業により、洪水被害等を最少限に止め、これを防除し、川辺川を含む球磨川水系の安全を確保すべきである。

(4) 川辺川ダムの危険性

本件基本計画による川辺川ダムには、次のような危険性がある。

(イ) 堆砂による危険性

ダム建設は、必然的に貯水池内の堆砂現象を生起させる。すなわち、ダムが建設されると上流からの砂礫の送流がダムによつてせき止められ、貯水池内に順次堆積されて行くのである。この堆砂現象は、洪水吐水門がダムの上部だけでなく下部にもある洪水調節用ダムでは、貯水池の全面にわたり堆砂し、次第にその高さを増して下部洪水吐水門の付近まで上昇する。一方、本件川辺川ダムのごとく洪水吐水門がダムの上部にのみある発電その他の利水目的を有するダムでは、堆砂はまず貯水池の背水端から始まり、次第に下流へ発達するとともに背水端から上流へも伸びて、やがてダム上部の洪水吐水門まで堆積するのが一般である。

ところで、後に述べるように貯水池となる五木村及び上流一帯は地質的に土砂礫の多い地域であり、基本計画においても他のダムと比べてかなり多量の堆砂容量が考慮されているようである。

そうすると、川辺川ダムの背水端にある竹ノ川、宮園付近においては川辺川ダムが多目的ダムであつて、洪水吐水門が上部にしかなく、土砂礫の量が多いことから急速に進展することは明らかである。

そして居住地域が堤防や河床より低い宮園地区がまず第一に川辺川ダム建設によつて洪水の危険にさらされることになるのである。

この洪水の危険は川辺川ダムの上流の五木村上荒地に熊本県が計画している五木ダムの完成によつて更に大きくなる。すなわち、穴あきダムである五木ダムの放流水は、五木ダム下流の河床を洗掘し、上荒地、八重、下荒地付近に堆積している土砂を下流に送流させ、結局前記川辺川ダムの堆砂と合わせて五木ダムと川辺川ダムに狭撃される竹の川、宮園付近に水害発生の危険性を増大させることとなるのである。

これらの現象は、竹ノ川付近のみに限らず小川、下梶原川の沿岸、あるいは、宮目木川口に対しても影響を及ぼすものであり、ダム上流部に生活する住民の生命と財産とを脅かすことになる。

(ロ) 放水による危険性

ダムが建設されると、ダムが土砂礫の流出をせき止めるので下流に対する土砂礫の供給を断たれ、加えてダム上部の洪水吐水門からの放流水によつてダム地点下流の侵食作用が激しくなる。そのため河床が洗掘され変動するとともに土砂礫が河水の揚流力によつて送流され下流における堆積、河床の上昇をもたらすことになる。

川辺川ダムにおいては、これらの作用により、相良村の初神地区で、水位が低下して農業用水の取水が困難なものとなり、河床が低下して、護岸の崩壊や橋脚の露出などの災害が発生し、更に伏流水、地下水位の低下という深刻な影響をもたらすことになる。また下流の人吉方面では土砂礫の堆積が進展し、従来にもまして水害発生の危険性を招くことになる。

(ハ) 地質とダム設置の危険性

(ダムサイトの地質に関し)

川辺川ダム建設予定地の左岸相良村大字四浦字藤田、右岸相良村大字四浦字堂迫のダムサイトの地点は、いずれにも多数の断属破砕帯があつて、地質的に極めて劣悪なものである。ダムサイト地点には五〇本以上の断層があり、破砕帯は大きなものであつて、その他の地質も砂岩、粘板岩、砂岩粘板岩互層からなつており、その安全性はいまだ十分に確認されていない。ダムサイト地点の地質について安全性が確認されないままにダム建設がなされれば、いずれダムの決壊を招き、ひいてはダム下流域全体に大災害を発生させる結果ともなる。

(貯水池の地質に関し)

川辺川ダム貯水池の大半は五木村であるが、五木村の地質は北部は西南日本外帯秩父累帯(古生層)に属し、南部は四万十帯(中生層)に属している。しかして、この二つの地層の境界に平行して断層や断層帯があり、その基盤となつている主要な岩石は、砂岩頁岩、チヤート、石灰岩及び輝緑凝灰岩である。右断層や断層帯は球磨村の方向に走つており、石灰岩層は貯水池内に鍾乳洞等のあることを予想させる。

かかる地質であるが故に、川辺川ダムの建設と河水の貯留により断層帯を通して大漏水事故を発生させるおそれがあり、その危険性は無視することができない。また、岩層の変形や風化変質しやすい地質である秩父累帯の場合、ダム貯水池周辺に地すべり等の危険性も有しており、これらの安全性を確認することなく安易にダム建設がなされてはならない。

(5) 以上のように本件川辺川ダムは、洪水調節機能はなく、かえつて洪水被害を発生助長するばかりでなく、更に極めて危険性があるものであるから、これを建設する本件基本計画は、河川管理において最少限貫かれなければならない河川の安全保持に反し、河川法一、二条に違反するもので、取り消さるべきものである。

(二) 仮に河川法一、二条を抜きにしても、危険性の多い大規模ダムは、それ自体建設は許されず、この点からも違法である。

(三) 憲法違反

(1) 本件基本計画が実行されると、相良村では一四一五世帯中六〇世帯、土地九四九三ヘクタール中六六・六ヘクタールが水没し、五木村では一〇一九世帯中四三七世帯、土地では二万五二〇五ヘクタール中三二四・四ヘクタールが水没する。

特に五木村では公共施設、商店、耕地が集中している中心部が水没し村はダムにより壊滅する。

水没予定者は、その生存のため不可欠の手段たる土地、家屋、田畑、山林等を失い、直接水没しない世帯でも、ダム建設による村の経済構造、生活環境、勤労手段等の破壊等により、その生活の基盤を失う。

しかも、このダム建設によつて、水没地域を含む村民は、ただ犠牲のみを強いられ、何等の利益をも享受しない。

(2) しかるに前述のごとく本件基本計画による川辺川ダムは洪水調節機能はなく、かえつて災害を発生助長する極めて危険なものである。

利水についても、他の方法で十分達せられるのであつて、その目的を加えたことによつて前述の治水機能をも阻害させる性質を有している。

かかる川辺川ダム建設により、多数住民は生存手段たる財産は失い村落は破壊されて、生存さえ脅かされる。

したがつて、このようなダムを建設せんとする本件基本計画は憲法二五条、二九条に違反するものであり、この点からも右基本計画は取り消されるべきである。

(3) 仮に本件基本計画による川辺川ダムに何がしかの洪水調節等の機能があるとしても、本件ダムによる効果は、他の方法で達成し得るものであるから前述のような、一村破壊多数住民の生存をも奪うような甚大な犠牲を強いてまで建設することは許されない。

憲法の保障する生活の手段としての財産権及び生存権は最大限尊重確保されなければならないのであるから、この点からも本件基本計画は憲法の前記各条項に違反し、違法であり取消しを免れないものである。

5  よつて、請求の趣旨記載のとおりの裁判を求める。

二  請求の原因に対する被告の認否及び本案前の主張

1  請求の原因1の事実は認める。

2  本件基本計画は抗告訴訟の対象となる行政処分に当たらないから、原告らの本件訴えはいずれも不適法である。

(一) 特定多目的ダム法四条一項の規定に基づいて被告が作成する多目的ダム建設に関する基本計画は、いわゆる行政計画の一つである。現代の行政が、その目的達成のための手段として非権力的な行政活動をはじめ、多種多様な手段、方法を縦横に駆使することによつて、その展開を図り、これを推進するものであるところからすれば、行政計画については、法規も行政行為も、その他の非権力的行政手段や融資措置、公共事業等をも、手段となり得るものをすべて駆使して目的を達成しようとするところに計画の特色があるともいえるのである。そして、行政計画が争訟の対象となり得るか否かは、具体的な計画の内容・性格等によるべきであり、そもそも行政計画の争訟適格性が問題となるのは、それが、国民の従前の権利状態に対して個別、具体的な変動を与える等の対外的な効果を生じる場合についてなのであり、何ら右のような法的な影響を生じることのないマスタープランやガイドラインあるいは準備計画・目標計画であるにすぎない基本計画に対する行政争訟を肯定することは一般に困難であるといわなければならない。結局、国民の個別、具体的な権利、利益に対してなされる行政庁の違法な侵害から国民の個別、具体的な権利、利益を保護することを目的とする行政訴訟制度の下において、国民の個別、具体的な権利、利益に何らの法的影響を及ぼさないような行政計画に対して行政訴訟の提起を認めることは、立法論としてはともかく解釈論としては到底是認できないところであり、最高裁昭和四一年二月二三日大法廷判決(民集二〇巻二号二七一頁)は、公示されることによつていわゆる形質変更禁止等の効力を生ずる土地区画整理事業計画についてさえ、これを独立に行政訴訟の対象とはなり得ないものとしたのである。

(二) 特定多目的ダム法は、多目的ダムの建設を被告の一元的権限に係らしめた上、多目的ダムの建設に当たつては、関係行政機関の意見を反映させるとともに、ダム建設完了後においてダムを利用する電気事業者、水道事業者等の利害関係者の権利・利益をあらかじめ調整してダム使用権の設定予定者及びダム建設に要する費用の分担を取り決め、これらの結果を基本計画に定めることによつて、多目的ダムの建設計画そのものをより適切、妥当なものとし、もつて多目的ダム建設事業の円滑な実施を図ることを目的として制定されたものである。

したがつて、多目的ダム建設に関する基本計画にあつては、単に「建設の目的」、「位置及び名称」、「規模及び型式」、「貯留量、取水量及び放流量並びに貯留量の用途別配分に関する事項」、「ダム使用権の設定予定者」、「建設に要する費用及びその負担に関する事項」、「工期」及び「その他建設に関する基本的事項」について定めるものとされているにすぎないのであり(特定多目的ダム法四条二項各号参照)、右の基本計画は特定個人に向らけれた具体的な処分とは著しく趣きを異にし、その作成又は公示により、同法又はその他の法令の規定によつて私人の権利、利益が直接規制されるような効果を生じさせるものではないのである。

なお、右の基本計画が公示されるべきものとされている(特定多目的ダム法四条五項)理由は、これを広く国民に知らせてその協力を求めるためであつて、右の公示は俗にいわゆる「お知らせ」にすぎないわけである。

これを要するに、多目的ダム建設に関する基本計画は、土地収用法のようにいわば手続の自己完結性を有する法律並びに土地区画整理法、河川法及び都市計画法のように土地収用法と直結して手続の展開と完結とを自己の内において行うこととしている法律とは全くその構造を異にした法律、すなわち右の意味の自己完結性を有しない法律であるところの特定多目的ダム法によつて作成を義務付けられているものであつて、多目的ダムという、一般のダムとは異なる特殊のダムの建設に関するいわゆるガイドラインあるいは目標ないしは方向の定立をその本質とするものであることが明らかであるといわなければならない。

3  請求の原因3の事実中、原告らの一部が原告らの主張する場所に居住し、土地建物を所有又は賃借していることは認めるが、その余は不知。なお、原告らが本件基本計画取消しにつき法律上の利益を有することは争う。

4  同4の主張は争う。

第三証拠<省略>

理由

一  請求の原因1の事実は当事者間に争いがない。

ここで、本件基本計画が抗告訴訟の対象となる行政処分かどうかが問題となるので検討する。

1  まず、多目的ダムが建設されるまでにつき実定法で定められている手続について概観する。

(一)  多目的ダムとは、特定多目的ダム法(以下「特ダム法」という。)二条一項で定義されているとおり、第一に、被告が河川法九条一項の規定により自ら新築するダムであり、第二に、これによる流水の貯留を利用して流水が発電、水道又は工業用水道の用(特定用途)に供されるものとされている。定義の第一の点によつて導き出される河川法九条一項は、一級河川の管理は被告が行う旨規定しているので、この規定と右定義の第一の点を併せると、多目的ダムは、建設大臣が一級河川の管理の一態様として自ら新築するものとされていることになる。そして、被告は、一級河川の河川管理者(河川法七条)として、同法一六条により、計画高水流量その他当該河川の河川工事の実施についての基本となるべき事項(工事実施基本計画)を定めなければならない。なお、一級河川とは、国土保全上又は国民経済上特に重要な水系で政令で指定したものに係る河川で被告が指定したものである(同法四条一項)。したがつて、多目的ダムの新築は、一級河川の管理の一態様として、工事実施基本計画に織り込まれることも可能であるというべきことになる。しかして、多目的ダムの新築に当たつては、多目的ダムの前記定義の第二にあるとおり複数の特定用途に供されるため、ダム使用権(特ダム法二条二項)を設定させることとし(同法一七条)、ダム使用権の設定予定者(同法五条)などに多目的ダムの建設に要する費用の一部を負担させることができる旨規定され(同法七条ないし一〇条)、更に、被告は、建設の目的、位置及び名称、ダム使用権の設定予定者、建設に要する費用及びその負担に関する事項などを定めた多目的ダム建設に関する基本計画を作成し公示しなければならない旨定められている。

(二)  これらを川辺川ダムについてみれば、河川法四条一項に基づき、昭和四一年三月二八日、河川法第四条第一項の水系及び一級河川を指定する政令の一部を改正する政令(政令第五〇号)で、球磨川水系及び一級河川としての川辺川が指定され、同法一六条一項に基づき、昭和四一年七月二〇日建設大臣決定をもつて球磨川水系工事実施基本計画が定められ、これには、川辺川の多目的ダムを建設する旨を盛り込んだ「河川の総合的な保全と利用に関する基本方針」が定められている(この工事実施基本計画の制定及び内容は原本の存在及び成立に争いのない乙第二号証によつて認められる。)。そして、これにより、特にダム法四条に基づき、前記一で判示したとおり、本件基本計画が作成、公示されたということになる。

(三)  また、多目的ダム建設に伴う水没地域等の用地取得等については、これに特有のものとしての規定はないので、国の任意取得、又は、土地収用法による事業(同法三条二号)の認定を経た収用等の一般的な公共事業の場合における方法、手続によることとなる。

2  ところで、抗告訴訟の対象となる行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為とは、行政庁が行う行為のうち、その行為によつて、直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいうと解すべきであるので、この観点から本件基本計画について検討することとする。

(一)  特ダム法四条の基本計画は、多目的ダムを新築するに当たつて、作成公示が法律上義務づけられていること、同法同条二項で右基本計画に定めるべきものとされている貯留量によつてダムの最高水位が決定されることがあり、現に本件基本計画においても、貯留量の事項欄に最高水位標高二八〇メートルと定められているのは前判示のとおりであること、この最高水位と、同じく基本計画で定められるべきものとされているダムの位置とを併せれば、ダム建設による水没地域はおおむね特定されること、以上の事情を踏まえれば、右基本計画が、ダムの水没地に居住しそこにある土地建物を所有している者の生活条件に大きな影響を及ぼすことは否定できない。

(二)  しかし、本件基本計画の行政処分性を考えるには、特ダム法四条に係る基本計画が作成、公示されるべきものとされている趣旨、目的について、同法のそのほかの規定を総合して検討しなければならない。

同法一条によれば、同法の目的は、多目的ダムの建設及び管理に関し河川法の特例を定めるとともに、ダム使用権を創設し、もつて多目的ダムの効用を速やかに、かつ、十分に発揮させることと規定されていること、前判示のとおり、河川管理者である被告が多目的ダムを建設するのであるが、ダムによる流水の貯留を確保できる電気事業者、水道事業者等のダム使用権者の設定、ダム使用権の性質(物権とみなされること)等について、同法において規定されていること(同法第三章)、前判示のとおり、同法においては、ダム使用権の設定予定者等が多目的ダムの建設に要する費用の一部を負担しなければならない旨規定されていること、同法第四章多目的ダムの管理においても、ダムの操作についてダム使用権者の権利を損わないよう配慮されていること、以上の点を総合すると、同法は、ダム使用権者の権利義務の調整をその大きな柱としていることがうかがえるのである。そして、同法四条の基本計画に定めるべき事項にも、貯留量、取水量及び放水量並びに貯留量の用途別配分に関する事項、ダム使用権の設定予定者、建設に要する費用及びその負担に関する事項等、ダム使用権の設定予定者、ひいてはダム使用権者の利害に係る事項が盛り込まれるべきものとされており、同条四項においては、被告が基本計画を作成し、変更し、又は廃止しようとするときは、あらかじめ、定められたダム使用権の設定予定者の意見をきかなければならない旨規定されている。

以上みてきた同法の各規定に、同法四条四項において、被告が基本計画を作成し、変更し、又は廃止しようとするときは、あらかじめ、関係行政機関の長に協議するとともに、関係都道府県知事の意見をきかなければならないと規定されていることを併せ考えれば、同法四条の基本計画は、多目的ダム建設事業を具体的に開始するに当たつては、多目的ダム建設が被告のみならず各種行政機関、関係都道府県及びダム使用権の設定予定者の利害に極めて重大な影響をもたらすことにかんがみ、右事業の計画段階において、右各種行政機関等との調整を図り、事業の効率的な推進がなされるようその作成が義務づけられたものと解されるのである。

しかして、同法四条において、関係都道府県知事が基本計画について意見を述べようとするときは、当該都道府県の議会の議決を経なければならない旨規定されているのは、多目的ダムの建設によつて、多数の土地建物の水没の事態が生じることがあり、関係住民の生活条件に大きな影響がもたらされるため、基本計画作成に当たり関係住民の意思が右手続によつて反映されるよう配慮したものと解され、同条五項において、被告が基本計画を作成し、変更し、又は廃止したときに、速やかにその旨を公示しなければならない旨規定されているのは、多目的ダム建設が一級河川管理の一環として行われ、国の重要な施策であり、かつ、関係住民に大きな影響をもたらすため、国民一般にこれを周知させることとしたのにすぎないものと解される。

(三)  右(二)において判示した特ダム法四条の基本計画の作成、公示の趣旨、目的と併せて、右基本計画の作成、公示自体によつて直接国民の権利義務に影響を及ぼす旨の実定法上の規定は何ら存在しないことにかんがみれば、右基本計画は、特定の国民に対してなされた具体的な行政処分ということができず、直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものということもできない。

3  したがつて、本件基本計画は、抗告訴訟の対象となる行政処分に当たらないものと解すべきである。

三  してみれば、本件基本計画の取消しを求める原告らの訴えはいずれも不適法であるから、却下することとし、民訴法八九条、九三条一項本文に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 堀口武彦 塩月秀平 加登屋健治)

原告目録<省略>

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