大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

熊本地方裁判所 昭和50年(ワ)551号 判決 1981年1月21日

原告

全日本郵政労働組合

右代表者中央執行委員長

福井秀政

右訴訟代理人弁護士

半田萬

春山九州男

被告

全逓信労働組合

右代表者中央執行委員長

石井平治

被告

全逓信労働組合九州郵政局支部

右代表者支部長

中川勉

被告

佐藤公介

右被告ら訴訟代理人弁護士

秋山泰雄

(ほか三名)

主文

一  原告の被告全逓信労働組合九州郵政局支部に対する請求を却下する。

二  被告全逓信労働組合および同佐藤公介は、原告に対し、各自金一〇万円および同金員に対する昭和四九年八月三一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告の被告全逓信労働組合および同佐藤公介に対するその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、原告と被告全逓信労働組合九州郵政局支部との間においては原告の負担とし、原告と被告全逓信労働組合および同佐藤公介との間においては、原告について生じた費用を一〇分し、その一を右被告両名の連帯負担とし、その余は各自負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自、原告に対し、金一〇〇万円およびこれに対する被告全逓信労働組合(以下、被告全逓ともいう。)ならびに被告佐藤公介(以下、被告佐藤ともいう。)はいずれも昭和四九年八月三一日から、被告全逓信労働組合九州郵政局支部(以下、被告支部ともいう。)は同年同月三〇日からそれぞれ支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告らは、連名して、原告に対し、別紙(一)記載の謝罪文を

(一) 縦二六センチメートル、横一八センチメートルの用紙に一二ポイント活字で印刷し、九州郵政局に在籍する全職員に交付し、かつ、

(二) 原告の発行する「全郵政新聞」の第一面に縦三段ぬき、横幅一五センチメートルで掲載せよ。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  被告支部の本案前の答弁

1  原告の同被告に対する請求を却下する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

三  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告および被告全逓は、いずれも全国の郵政事業に従事する職員をもって組織された法人格を有する労働組合である。被告支部は、被告全逓の下部組織で、九州郵政局に勤務する職員をもって構成された労働組合であり、法人格を有しないが、被告支部独自の規約と機関を備えた、いわゆる法人格なき社団である。被告佐藤は、昭和四九年五月二〇日当時被告支部の執行委員であり、教宣担当者の地位にあったものである。

2  被告支部は、昭和四九年当時組合機関紙として「噴煙」を発行していたところ、同年五月二〇日付「噴煙」第六〇号(縦二六センチメートル、横一八センチメートルの用紙に印刷されたもの、以下、本件「噴煙」ともいう。)には、別紙(二)記載の記事(以下、本件記事ともいう。)が横書きで掲載されて発行され、右同日午前八時ころから同八時三〇分ころまでの間、被告支部肩書地(略)所在の九州郵政局庁舎内において、被告支部職場委員ら数名により同郵政局勤務の職員全員を含む不特定多数の者に、合計約二〇〇部が配布された。

3  本件記載の文意は、昭和四九年二月三、四日に行われた原告の中央委員会において、同年開催の全国大会に提出する議案として、スト資金として金三〇億円を積立てる、そのため原告所属の各組合員より毎年ベースアップ額の一ケ月分に相当する金額を臨時徴収する旨の提案をすることが、審議され決定された、しかし、スト資金というのは単に名目だけで、実際は労働協約により企業を離籍して組合用務に専従することになった全国で二二名の組合役員の持ち逃げ等全く違法な用途に充てるための資金であることが明らかであるというものである。

しかしながら、右同日行われた中央委員会においては、当時の労働情勢等からみて、将来公共企業体等労働関係法が改正されて郵政労働者にスト権が付与されることが予想されるに至ったので、スト権が付与された場合に当然必要となるストライキ対策資金三〇億円をどのようにして確保するかということにつき、その方向づけが討議されただけであり、同年開催の全国大会に、原告所属の各組合員より毎年ベースアップ額の一ケ月分に相当する金額を臨時徴収する旨の提案をすることが決定された事実はなく、また、右スト資金を組合専従者の持ち逃げ資金とすべく画策したこともない。

したがって、本件記事は右の点において虚偽事実を内容とするものである。

4  以上のとおり、本件記事に記載された事実は虚偽事実であり、原告に対する誹謗中傷に外ならず、正当な組合活動の限度を越えるものであり、かかる記事を掲載した本件「噴煙」の発行配布行為は、原告に対する不法行為に該当する。

5  本件「噴煙」は、被告佐藤が、被告支部の執行委員および教宣担当者としての地位に基づいて発行責任者となり、被告全逓ならびに被告支部の教宣活動の一環として前記のとおり発行配布したものである。

したがって、本件「噴煙」の発行配布行為により、被告佐藤のみならず被告全逓および同支部にも原告に対する不法行為が成立する。

6  原告は、虚偽事実が記載された本件「噴煙」が発行配布されたことにより、その名誉・信用を著しく毀損され、また組織の団結にも重大な悪影響を及ぼされ、これらの無形の損害を金銭に評価すれば金一〇〇万円が相当である。

7  本件「噴煙」の発行配布行為によって毀損された原告の名誉・信用を回復するためには、被告らが連名にて、別紙(一)記載の「謝罪文」を、縦二六センチメートル、横一八センチメートルの用紙に一二ポイント活字で印刷し、九州郵政局に在籍する全職員に交付し、また、原告の発行する組合機関紙である「全郵政新聞」第一面に縦三段ぬき、横幅一五センチメートルで別紙(一)記載の「謝罪文」を掲載することが必要である。

8  よって、原告は被告らに対し、民法七〇九条、七一〇条、四四条一項に基づき、連帯して、前記無形的損害金一〇〇万円およびこれに対するいずれも不法行為後の日(訴状送達の日の翌日)である被告全逓および被告佐藤については昭和四九年八月三一日から、被告支部については同年同月三〇日からそれぞれ支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払い、ならびに、同法七二三条に基づき、被告ら連名のうえ別紙(一)記載の謝罪文を、(1)縦二六センチメートル、横一八センチメートルの用紙に一二ポイント活字で印刷し、九州郵政局に在籍する全職員に交付し、かつ、(2)原告の発行する「全郵政新聞」の第一面に縦三段ぬき、横幅一五センチメートルで掲載することを求める。

二  被告支部の本案前の主張

被告支部は、独自の規約をもたず、単に被告全逓の運営の機関にすぎないから、いわゆる法人格なき社団には該当せず、当事者能力を有しない。したがって、被告支部に対する原告の請求は不適法であり、却下されるべきである。

三  請求原因に対する被告らの認否および反論

1  認否

(一) 請求原因1の事実中、被告支部が独自の規約と機関を備えた、いわゆる法人格なき社団であることは否認し、その余の事実は認める。

(二) 同2の事実中、被告支部が昭和四九年当時組合機関紙として「噴煙」を発行していたこと、同年五月二〇日付「噴煙」第六〇号(縦二六センチメートル、横一八センチメートルの用紙に印刷されたもの、本件「噴煙」)には、別紙(二)記載の記事(本件記事)が横書きで掲載されて発行されたことは認め、その余の事実は否認する。

(三) 同3の事実中、本件記事の文意が、昭和四九年二月三、四日に行われた原告の中央委員会において、同年開催の全国大会に提出する議案として、スト資金として金三〇億円を積立てる、そのため原告所属の各組合員より毎年ベースアップ額の一ケ月分に相当する金額を臨時徴収する旨の提案をすることが、審議され決定されたというものであることは認め、その余の事実は否認する。

(四) 同4の主張は争う。

(五) 同5、同6の各事実は否認する。

(六) 同7の主張は争う。

2  反論

(一) 昭和三七年四月郵政労働組合(執行委員長福井秀政)が結成され、同組合は昭和四〇年一〇月に全特定局従業員組合と合同して名称を全日本郵政労働組合(原告)と改めた。しかして、右郵政労働組合は、被告全逓の組合活動が「階級闘争主義」に基づいて指導されており、賃金問題などは公労委のあっせんによって解決すべきものであるのに、春闘と称して時間外労働協定の締結を拒否するなどの違法な闘争に訴え、その結果郵便遅配を引き起すような活動方針をとっており、これには賛成できないとして、ストライキを嫌悪して同被告から脱退した組合員らによって結成されたのであって、原告においても、右の基本的性格がそのまま受け継がれ、被告全逓の運動を「階級闘争主義」あるいは「違法闘争主義」と批判し、これに反対する方針をとっているものである。

以上のとおり、被告全逓と原告とは相対立する労働組合であることから、これまでも双方とも相手方に対して厳しい批判を繰り返し行ってきたものであり、しかも後記のとおり、本件「噴煙」は、被告支部所属の組合員内部の教宣用として発行され、同組合員に対してのみ配布されたものであるから、本件記事は原告に対する許された非難の範囲内にあり、仮りに本件記事により原告の名誉・信用が毀損されたとしても、違法性がないといわなければならない。

(二) 仮りに、原告主張のとおり、第一五回中央委員会においては、スト資金三〇億円の徴収方法につき提案内容が決定されていなかったとしても、被告は同事実を知って本件「噴煙」を発行配布したものではない。また、原告の中央委員会の議案書および議事録によれば、昭和四八年一〇月二六、二七日に開催された第一四回中央委員会においては、スト資金三〇億円の徴収方法につき「一九七四年度以降毎年のベア差額一ケ月分の臨時徴収あるいは毎月一〇〇〇円の積立方式があるが、これについては今後の職場討議の集約結果をまって次期定期全国大会で決定する。」との提案がなされ、これにつき継続審議するとの結論となったところ、昭和四九年二月三、四日に開催された第一五回中央委員会においては、「スト権が確立しスト権を行使する場合の裏付け資金の確立は当然必要である、これについては第一四回中央委員会に提案したスト資金三〇億円の積立てについては今後職場討議を深めて次期定期全国大会において決定する。」との提案がなされ、これにつき承認がなされたことが明記されており、これらの記載から、被告らは、第一五回中央委員会における提案内容は第一四回中央委員会における提案内容と全く同一のものと受けとり、第一五回中央委員会においては第一四回中央委員会における積立方法に関する提案についても承認されたと理解したものである。したがって、仮りに右各中央委員会における決定が原告主張のとおりであって、この点に関する被告らの理解が誤っていたとしても、被告らが右の誤解を犯したことには過失がない。

(三) 昭和四九年五月一三日に開かれた被告支部執行委員会において、「噴煙」の配布等につき、

(1) 配布の日時、方法

イ 同年五月一四日から同年同月一八日までの間は、従来どおり毎日早朝出勤時に玄関で執行委員全員が一斉に出勤者全員に配布する。

ロ 同年同月二〇日から同年六月二二日までの間は、毎週火曜日、木曜日、土曜日には右イと同様の配布方法を採り、毎週月曜日、水曜日、金曜日には組合員を対象に担当執行委員が随時職場で配布する。

ハ 同年同月二四日から同年七月六日までの間は、毎日右イと同様の配布方法をとる。

ニ 同年同月七日に行われる参議院議員選挙を目途に早朝配布は中止する。

(2) 印刷部数

全員早朝配布の場合は五五〇枚。

組合員のみに職場で配布する場合は一一〇枚ないし一二〇枚。

(3) 編集方針、記事内容

一般向けの早朝配布と組合員向けの職場配布の場合とは記事内容を区別して書くこと。

と決定され、爾後同決定のとおり実行された。しかして、本件「噴煙」は昭和四九年五月二〇日(月曜日)に発行配布されたものであるから、組合員のみを対象とするものであり、現実の配布状況も、

(1) 土谷和光(被告支部書記長)において資材部を担当し、同日午前八時二〇分ころ、資材部の組合員中在室者に対しては手交し、不在者に対しては机の抽出しに入れて合計九枚を配布

(2) 被告佐藤において保険部を担当し、同日午後零時二〇分ころから保険部の組合員に対し右(1)と同様の方法により合計一一枚を配布

(3) 田辺巌(被告支部執行委員)において経理部を担当し、同日午後零時三〇分ころから経理部の組合員に対し右(1)と同様の方法により合計一七枚を配布

(4) 甲田弘志において秘書課および文書課を担当し、同日午後零時二〇分ころから秘書課および文書課の組合員に対し右(1)と同様の方法により合計二二枚を配布

したものである。以上のとおり、本件「噴煙」は、不特定多数の者を配布対象とするものでなく、被告支部所属組合員のみを配布対象とするものであり、配布部数も少く、組織内部の教宣活動というべきである。したがって、本件「噴煙」の配布は、原告の名誉・信用を著しく毀損し、あるいは組織の団結に重大な悪影響を及ぼす行為に該当せず、また違法性もないから、被告らには不法行為は成立しない。

四  被告ら主張の抗弁

官公労働者のスト権奪還闘争により、昭和四九年二月当時の時点では官公労働者のスト権が回復される見込が大きくなったところ、被告らが請求原因に対する反論で主張したとおり、原告は、ストライキを嫌悪する組合員らによって結成されたものであることから、将来スト権が回復されたとしても到底ストライキを行える実情になく、現に、同年六月二日から同年同月六日までの間に開催された原告の第一〇回定期全国大会においてもストライキに反対する意見が続出した。かかる状況の下で原告がスト資金の名目で三〇億円の徴収を図ったのは、スト権回復後は原告から多数の組合員が離脱し組織が弱体化することを見込み、そのような事態に至った場合の二二名の組合専従者の退職金なり生活資金の確保を目的とするものであった。したがって、被告が原告の右真の目的を評して本件記事のごとく「組専従者の持ち逃げ資金」と表現したことは、その内容が真実であったといわなければならず、被告らには原告の請求に応ずべき義務がない。

第三証拠(略)

理由

一  原告および被告全逓はいずれも全国の郵政事業に従事する職員をもって組織された法人格を有する労働組合であること、被告支部は被告全逓の下部組織で九州郵政局に勤務する職員をもって構成された労働組合であり、法人格を有しないこと、被告佐藤は昭和四九年五月二〇日当時被告支部の執行委員であり、教宣担当者の地位にあったことはいずれも当事者間に争いがない。

そこで、先ず被告支部の本案前の主張の当否につき判断するに、成立に争いがない(証拠略)の全趣旨によれば、

被告全逓が定めた規約(全逓信労働組合規約)には、組合の目的、法人性、組織構成、機関、役員、組合員の加入・脱退、会計等が定められている外左記条項が定められていること、

第六条 この組合は次の組織で構成する。

一、中央本部 二、地方本部 三、地区本部 四、支部

第十条 支部は議決執行の機関で、その設置は地区本部できめる。

被告全逓の構成員として組織された全逓信労働組合熊本県地区本部が定めた規約には、同被告の規約と同じく組合の目的、法人性、組織構成、機関、役員、組合員の加入・脱退、会計等が定められている外左記条項が定められていること、

第六条 この組合は地区本部、支部をもって構成する。

2 支部の設置は別表のとおりとする。

別表 規約第六条第二項の支部は左のとおりとする。

九州郵政局支部、……

第二十条 支部大会、支部委員会、支部執行委員会等の運営は、別に定める支部運営規則による。

右熊本県地区本部規約第二十条をうけて同地区本部が定めた支部運営規則には、支部大会、支部執行委員会、役員に関する規定だけが定められており、同規則に明記していない事項は地区本部の規約、規定、規則を準用すると定められ、さらに、この規則は地区決議機関の承認がなければ改廃できないと定められていること、被告支部においても同被告自らが定めた規約を有せず、右支部運営規則によって運営されていることがそれぞれ認められる。しからば、以上のとおり、被告支部は被告全逓の下部組織である熊本県地区本部(法人)の下部組織として位置づけられ、支部自らが定めた規約を有せず、支部運営の基礎となる同地区本部制定の支部運営規則にも組合の目的、組織構成、機関、組合員の加入・脱退、会計等社団運営にとって重要な事項につき直接定められておらず、結局これらの事項については上部組織たる同地区本部規約によらざるをえず、さらに同地区本部の承認がなければ支部運営規則の改廃すらできないような状況に鑑みれば、被告支部はいわゆる法人格なき社団に該当しないことは勿論、民事訴訟法四六条所定の当事者能力をも有しないといわなければならない。

したがって、原告の本訴請求のうち被告支部に対する請求部分は不適法であり却下せざるをえないといわなければならない。

二  被告支部は、昭和四九年当時組合機関紙として「噴煙」を発行していたところ、同年五月二〇日付「噴煙」第六〇号(本件「噴煙」)(縦二六センチメートル、横一八センチメートルの用紙に印刷されたもの)に、別紙(二)記載の記事(本件記事)が横書で掲載されて発行されたことは、当事者間に争いがない。

そこで、本件「噴煙」の配布対象および配布状況等につき判断するに、(証拠略)の結果によれば、被告支部では、昭和四七年五月一三日執行委員会が開催され、同執行委員会において、同年三月二五日以来日刊紙として発行し、毎日早朝九州郵政局所属の職員全員に配布していた「噴煙」につき、春闘も一段落して職員全員に対する毎日早朝配布の必要性が少なくなり、また職員全員に対する毎日早朝配布には労力上無理が伴うことから、「噴煙」の配布方法等につき協議がなされ、以下のとおり決定されたこと、

1  配布の日時、方法

(一)  昭和四九年五月一四日から同年同月一八日までの間は、従来どおり毎日早朝出勤時に玄関で執行委員が中心となって一斉に出勤者全員に配布する。

(二)  同年同月二〇日から同年六月二二日までの間は、毎週火曜日、木曜日、土曜日には右(一)と同様の配布方法をとり、毎週月曜日、水曜日、金曜日には組合員のみを配布対象として担当執行委員が随時職場で配布する。

(三)  同年同月二四日から同年七月六日までの間は、毎日右(一)と同様の配布方法をとる。

(四)  同年同月七日に行われる参議院議員選挙を目途に早朝配布は中止する。

2  印刷部数

職員全員に対する毎日早朝配布の場合は五五〇部。

組合員のみに職場で配布する場合は一一〇部ないし一二〇部。

右執行委員会の決定は、爾後実行され、本件「噴煙」は、昭和四九年五月二〇日の月曜日に配布されたものであるところから、右配布方針にしたがい、被告支部所属の組合員のみを配布対象として約一二〇部発行され、秘書課、文書課、保険部、経理部、資材部等に勤務する組合員らに対し、当該部課勤務の執行委員が中心となって午前八時過ころあるいは午後零時過ころ各職場において在室者には手交し、不在者には机の抽出の中に入れ、あるいは机の上に置く等の方法により配布されたことがそれぞれ認められ、本件「噴煙」が昭和四九年五月二〇日午前八時ころから同八時三〇分ころまでの間九州郵政局庁舎内において被告支部職場委員ら数名により同郵政局職員全員を含む不特定多数の者に合計約二〇〇部が配布されたとの原告の主張については、これを認めるに足る証拠がない(<人証判断略>。しかして、配布部数についてはこれを確定するに足りる証拠はないが、<人証略>によれば、本件「噴煙」が配布された当時被告支部所属の組合員は一〇四名であったこと、本件「噴煙」は人事課、郵務課等に勤務する組合員らには配布されなかったことが認められることから、配布部数は一〇四部未満であったものと推認される。)。

三  そこで、次に、本件記事の内容が、原告の名誉・信用を毀損し、あるいは組織の団結に悪影響を及ぼすものであったか否かについて検討する。

1  本件記事の文意は「全郵政は本年の全国大会にスト資金30億の積立てを毎年のベア1ケ月分の臨徴でおこなう提案を2月3~4日の中央委員会で決定した」との部分(以下、前段記事部分ともいう。)と、「これは明らかに企業離席した2組専従者の持ち逃げ資金である」との部分(以下、後段記事部分ともいう。)とに二分できるものである。

したがって、先ず前段記事部分について考察するに、同記事部分の表現方法ないし用語そのものが原告の名誉・信用を毀損し、あるいは組織の団結に悪影響を及ぼすものとは到底いえない。しかしながら、表現方法ないし用語そのものが相当なものであっても、そこに示された意味内容が発表された時期等の具体的状況とあいまって相手方の名誉・信用を毀損し、あるいは組織の団結に悪影響を及ぼす場合がありうることも否定することができない。そこで、本件について前段記事部分の意味内容が具体的状況とあいまって右のごとき場合に該当するか否かについて検討するに、いずれも成立に争いがない(証拠略)によれば、

昭和四八年一〇月二六、二七日に開催された原告の第一四回中央委員会において、次年度定期全国大会に提案すべきスト資金積立の具体案につき、左記内容等を骨子とする案について今後職場討議を深めて次期定期全国大会で決定することとする議案が提出され、採択されたこと、

1 スト資金として一九七四年度以降一九七九年度までの五ケ年間に最低三〇億円の資金を積立てる。

2  最低三〇億円の積立方法は、一九七四年度以降毎年のベア差額一ケ月分の臨時徴収あるいは毎月一〇〇〇円の積立方式があるが、これについては今後の職場討議の集約結果をまって次期定期全国大会で決定する。

しかしながら、その後昭和四九年二月三、四日に開催された原告の第一五回中央委員会においては、スト資金積立につき「スト権が確立し、スト権を行使する場合の裏付け資金の確立は当然必要である。これについては、第一四回中央委員会に提案したスト資金三〇億円の積立について、今後職場討議を深めて次期定期全国大会において決定する。」旨の提案がなされ、採択されたが、右提案の趣旨は、スト資金として三〇億円を積立てるか否かにつき今後職場討議を深めて次期定期全国大会において決定するというものであって、第一四回中央委員会で提案された前記2の積立方法についての提案を含まないものであったことがそれぞれ認められる。

しからば、前段記事部分はその記載内容が真実に反しているといわなければならず、かかる内容の記事を掲載した本件「噴煙」の発行配布が発表された時期等の具体的状況とあいまって原告の名誉・信用を毀損し、あるいは原告の組織の団結に悪影響を及ぼす行為となるか否かが問題となるところ、前記(証拠略)によれば、

原告は、機関紙として「全郵政新聞」を発行しているところ、昭和四八年一〇月五日付全郵政新聞には、第一四回中央委員会で討議する議案が発表されたので職場討議を深められたいとの呼びかけが掲載されるとともに、議案の一つとして、第一四回中央委員会で提案された前記2の積立方法についての提案と同一内容の議案が明記されていたこと、右「全郵政新聞」が発行されたことから、原告内部において執行委員等の指導により右積立方法についての討議が活発に重ねられてきていたが、第一五回中央委員会が開催された時期においても、未だに、積立方法の具体案を決定できる状況には至っていなかったこと、第一五回中央委員会が行われた後も積立方法についての討議が継続され、結局、中央委員会より、前記2の積立方法とは全く異なる積立方法であるところの、一九七四年度については組合員一人当り金三〇〇〇円の特別組合費を徴収し、一九七五年度以降については毎月定額の徴収をすることを原則とし、その具体案は第一一回定期全国大会に提案決定する旨の議案が、第一〇回定期全国大会(昭和四九年六月二日から六日までの間開催)に提案され討議された結果、スト資金として三〇億円を積立てること、その積立方法は、昭和五〇年七月一日以降組合員一人当り毎月金二〇〇円を徴収することとすることが決定されたこと、原告と被告全逓とは活動方針等において対立する労働組合の関係にあり、本件「噴煙」が発行された当時も、相互に相手方の組織を弱体化させ、自らの組織の拡充を図るべく教宣活動を活発に行っており、各組織末端の組合員でもこのような状況は知悉していたことがそれぞれ認められる。しかして、以上認定した各事実によれば、原告所属の組合員は、執行委員等からの説明等により、スト資金の積立方法についての前記のごとき討議の推移を充分に知悉していたことが推認され、同事実と本件「噴煙」が原告と対立する労働組合の関係にある被告支部の機関紙であることとを併せ考えると、本件「噴煙」発行当時本件「噴煙」に前段記事部分程度の記載がなされただけで原告所属の組合員等がこれを無批判的に信用する状況にはなかったと認められ、対外的にも、原告自身、全郵政新聞で前記2の積立方法につき職場討議を重ねる旨明言しており、秘密裡に討議を重ねる方針をとっていないことでもあることから、本件「噴煙」に前段記事部分程度の記載がなされただけで原告の名誉・信用が毀損されたものとは到底考えられず、また、第一〇回定期全国大会における中央委員会の提案内容および決定内容に鑑みれば、本件「噴煙」の発行配布が同「噴煙」発行後の原告のスト資金の積立および積立方法の討議ならびに決定等に何ら影響を及ぼしていないことが推認される。しからば、右の認定および判断を基礎とし、これに、前に認定したとおり本件「噴煙」の配布対象が被告支部所属の組合員のみに止められ、発行部数も約一二〇部程度で配布部数も一〇四部未満であったことを併せ考えれば、本件「噴煙」に前段記事部分が掲載されたことをもって、原告の名誉・信用を毀損し、あるいは原告の組織の団結に悪影響を及ぼしたものとは到底認めることはできず、他に同事実を認めるに足りる証拠はない。

したがって、本件記事中前段記事部分をとり上げて原告に対する不法行為であるとする原告の主張は理由がないといわなければならない。

2  次に、本件「噴煙」に後段記事部分が掲載されて発行配布されたことが、原告の名誉・信用を毀損し、あるいは原告の組織の団結に悪影響を及ぼしたか否かについて判断するに、後段記事部分は「持ち逃げ」資金という用語を使用しているところ、「持ち逃げ」という語彙は、社会通念上いわゆる「横領行為」を指すものと解され、したがって、後段記事部分は、「積立てられるスト資金三〇億円は、単に名目上スト資金とされているだけで、実際は、企業を離籍している原告組合専従者によって横領される金員である。」との文意を表わすものであることが明らかである。しからば、かかる表現方法をとることは、原告にとって不名誉な事実を摘示されることになり、前記のとおり原告と被告全逓が対立する関係にあり、本件「噴煙」が発行された当時も、相互に相手方の組織を弱体化させ、自らの組織の拡充を図るべく教宣活動を活発に行っていたとしても、組合活動として社会的に許容されるところの教宣活動の範囲を逸脱した違法な行為であるといわなければならない。

したがって、かかる記事を掲載した本件「噴煙」の発行配布行為は、原告の名誉・信用を毀損する不法行為に該当すると認めるのが相当である。

しかしながら、後段記事部分の記載内容は、前後の文章と併せてもやや具体性に乏しい表現に止められており、また、前記のとおり、本件「噴煙」が、原告と対立する労働組合である被告支部の機関紙であり、しかも、被告支部所属の組合員のみを配布対象とし、発行部数が約一二〇部程度で、配布部数が一〇四部未満に止まるものであったこと、本件「噴煙」の発行配布が同「噴煙」発行後の原告のスト資金の積立および積立方法の討議ならびに決定等に特段の悪影響を及ぼしたものとは認められないことを斟酌すれば、本件「噴煙」の発行配布により原告の組織の団結に悪影響を及ぼしたものとは到底認められず、単に原告の名誉・信用を毀損する行為に該当するにすぎないと認められ、しかも右名誉毀損行為の違法性も軽微な程度に止まるものといわなければならない。

なお、被告全逓および同佐藤は、本件「噴煙」は不特定多数の者を配布対象とするものでなく、被告支部所属の組合員のみを配布対象とし、配布部数も少なく、いわば組織内部の教宣活動というべきであるから、原告の名誉を毀損する行為に該当せず、また違法性もないと主張するので付言するに、名誉毀損行為は、それが不特定多数の者に告げられることを成立要件とするものではなく、少数の特定人に対して告げられた場合においても成立し違法性を具備するものと解するのが相当であるから、右被告らの主張は採用できない。

3  被告全逓および同佐藤主張の抗弁について判断するに、(人証略)において右被告らの主張に副う供述をなしている。

しかしながら、他方、前記(証拠略)によれば、

原告においては、組合結成以来、全国の郵政事務に従事する公務員の争議行為については、公共企業体等労働関係法一七条によりこれを禁止されているとの立場をとり、争議行為を行なっていなかったが、昭和四八年ころには、諸般の情勢から将来は右条項が改廃され合法的な争議行為が認められるとの展望をもつに至り、その後は争議権の回復をスローガンとして強調するとともに、争議権が回復された場合直ちにこれに対応できるようスト資金の積立および積立方法等の議題につき職場討議等を重ね、昭和四八年六月一八日ないし同年同月二一日の間開催された第九回定期全国大会、前記第一四、第一五回中央委員会、第一〇回定期全国大会においても右議題につき活発な議論が行われ、その結果前記のとおり第一〇回定期全国大会においてスト資金三〇億円の積立および積立方法の決定がなされたこと、中央委員会は、スト権確立およびスト権行使の手続等に関する議案を第一〇回定期全国大会に提案したこと、原告の日常活動に要する財政は一般会計に組み込まれているところ、スト資金はこれとは別枠の特別会計に組み込まれ、会計上は相互の流用はないこととされていることがそれぞれ認められるのであって、右各事実に照せば、被告の主張に副う前記各証人の各供述部分はたやすく措信し難く、他に右被告ら主張の抗弁事実を認めるに足りる証拠はないから、同抗弁は理由がない。

四  被告支部は、被告全逓の下部組織で九州郵政局に勤務する職員をもって構成された労働組合であり、昭和四九年当時組合機関紙として「噴煙」を発行していたこと、被告佐藤は同年五月二〇日当時被告支部の執行委員であり、教宣担当者の地位にあったことはいずれも前記のとおりであり、前記(証拠略)によれば、「噴煙」は、本件「噴煙」も含めてすべて被告支部教宣部の発行にかかるものであり、本件「噴煙」紙上にもその旨明記されていたこと、被告佐藤は昭和四九年五月二〇日当時右教宣部長の地位にあったこと、右の当時、「噴煙」の取材、執筆、編集、発行は、被告佐藤、当時の被告支部書記長土谷和光、当時の被告支部執行委員甲田弘志の三名が中心となり、主として右三名の合議により行っており、本件「噴煙」の本件記事についても、発行二日前の同年同月一八日に右三名で合議のうえ文面をまとめて執筆編集し、発行したものであることがそれぞれ認められ、いずれも右認定を覆えすに足りる証拠はない。

しかして、右事実によれば、被告佐藤は、本件「噴煙」の執筆、編集、発行に携わり、また発行責任者の地位にあったと認められることから、原告に対し、本件記事により原告が蒙った名誉毀損につき、民法七〇九条に基づく責任を負うべきであり、被告全逓は、本件「噴煙」の執筆、編集、発行に携わった前記被告佐藤ら三名の使用者と認められることから、本件記事により原告が蒙った名誉毀損につき、民法七一五条一項に基づく責任を負うべきであるといわなければならない(なお、原告は、被告全逓の責任につき民法四四条一項に基づく責任を追及しているが、前記(証拠略)によれば、同被告の代表機関は中央執行委員長と認められるところ、中央執行委員長が本件「噴煙」の発行等に関わったことを認めるに足りる証拠はないから、同被告に同条に基づく責任を認めることは相当でないが、原告は民法七一五条一項該当の事実も主張しているものと認められ、同条に基づく責任を認めることは相当である。)。

五  しかして、原告は、本件記事を掲載した本件「噴煙」の発行配布行為により名誉権を侵害されて無形の損害を蒙ったものと認められるところ、前記名誉毀損行為の態様、違法性の強弱その他諸般の事情を斟酌すれば、右無形損害に対する賠償としては金一〇万円が相当と認められる。

なお、原告は、本件において、九州郵政局に在籍する全職員に対する別紙(一)記載の謝罪文の交付および原告発行の前記「全郵政新聞」への同謝罪文の掲載を求めているが、前記の理由により名誉毀損行為の違法性は軽微なものと認められ、また、本件「噴煙」発行後原告の第一〇回定期全国大会においてスト資金三〇億円の積立およびその積立方法が特段の支障なく決定されていることなどを考慮すれば、原告が本件名誉毀損行為によって蒙った損害を填補するには、前記金一〇万円の賠償金の支払を命ずることで十分であって、そのうえさらに原告の名誉を回復するため原告の右請求を認容する必要性は存しないといわなければならない。

六  よって、原告の本訴請求中被告支部に対する請求は不適法であるから、これを却下し、被告全逓および同佐藤に対する請求は、同被告らに対し金一〇万円およびこれに対する不法行為後の日(訴状送達の日の翌日)である昭和四九年八月三一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、右部分は正当として認容し、その余の部分は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条一項を適用し、仮執行の宣言は相当でないのでこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 金澤英一 裁判官 吉村俊一 裁判官 小林和明)

別紙(一) 謝罪文

当組合九州郵政局支部で発行する当組合の機関紙「噴煙」の昭和四九年五月二〇日付第六〇号において、同年二月三日と四日に行われた貴組合中央委員会でスト資金としてベア一ケ月分の臨徴をすることが決定されたが、右は貴組合専従者の持ち逃げ資金であるという事実無根の内容の記事を掲載し貴組合の名与を(ママ)棄損したことはまことに申し訳けなく、ここに深くお詫びいたします。

昭和 年 月 日

全逓信労働組合

中央執行委員長 石井平治

全逓信労働組合九州郵政局支部

支部長 中川勉

佐藤公介

全日本郵政労働組合殿

別紙(二)

全郵政よどこへいく

全郵政は本年の全国大会にスト資金30億の積立てを毎年のベア1ケ月分の臨徴でおこなう提案を2月3~4日の中央委員会で決定したが、これは明らかに企業離席した2組専従者の持ち逃げ資金である。(以下省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例