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熊本地方裁判所 昭和47年(ワ)331号 判決 1980年3月25日

原告

喜多有恒

被告

株式会社汎建築設計事務所

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の申立て

一  原告

1  原告に対し、被告株式会社汎建築設計事務所は金一七二万六〇〇〇円及び内金一五七万六〇〇〇円に対する昭和四七年七月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、被告田代長弘は金二二五万二五七六円及び内金二〇五万二五二六円に対する昭和四七年七月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告ら

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  事故の発生

原告が、昭和四四年七月一一日午後〇時二五分ごろ、熊本市城東町四番二八号先道路(以下「本件道路」という。)を上林町方面から花畑町方面へ、自動二輪車(以下「原告車」という。)を運転して進行中、被告田代長弘が普通乗用自動車(熊五の二四七八、以下「被告車」という。)を運転して、右道路を対向直進して来て原告の進路前を右折横断したため、原告車と被告車が衝突し、原告が路上に転倒した。

2  被告らの責任

(一) 被告株式会社汎建築設計事務所(以下「被告会社」という。)は、本件事故当時被告車を所有して運行の用に供していたから、自賠法三条本文により原告の被つた損害を賠償する責任がある。

(二) 被告田代は、前方不確認の過失に基づいて本件事故を発生させたから、民法七〇九条により原告の被つた損害を賠償する責任がある。

3  原告の損害

(一) 受傷及び後遺症の残存

原告は、本件事故により、第五腰椎亀裂骨折、左肩打撲左大腿打撲及びむちうち症の傷害を受け、昭和四五年六月一九日まで治療を受けたが治ゆせず、同年八月に左肩胛より左上肢に及ぶがん固な疼痛残存の症状が、同四六年五月に頸部疼痛残存の症状がいずれも固定した。

(二) 治療費 金六七万九二七六円

原告は、右傷害治療のため、事故当日から同年九月一六日まで六七日間(実五五日)児玉外科医院に通院、同月二二日から同年一一月一〇日まで五〇日間竹内病院に入院、同月一一日から同四五年六月一九日まで二二一日間(実二一九日)同病院に通院の治療をしたが、児玉外科医院の治療費は五万四七五二円、竹内病院の治療費は六二万四五二四円である。

(三) 諸雑費 金一万円

入院五〇日間一日当たり二〇〇円の入院諸雑費

(四) 逸失利益 金二一七万三三〇〇円

うち後遺症に帰因するもの 金一一七万六〇〇〇円

原告は、事故当時製菓卸小売業を営み、月平均六万八〇〇〇円を下回らない純利益を挙げていたところ、本件事故により事故当日から昭和四五年一〇月までの間廃業を余儀なくされ、同年一一月営業を再開したものの、後遺症のため労働能力が著しく減少し、月平均五万円の純利益を挙げ得るにとどまつたが、これは、後遺症の最終的固定時である昭和四六年五月から少なくとも四年間継続した。その計算式は(1)ないし(4)のとおりであり、後遺症に帰因するのは(3)と(4)である。

(1) 昭和四四年七月の二一日間

六万八〇〇〇円×2/3月=四万五三〇〇円

(2) 同年八月から同四五年七月(後遺症が最初に固定した時の前の月)まで

六万八〇〇〇円×一四月=九五万二〇〇〇円

(3) 同四五年八月(後遺症が最初に固定した月)から同年一〇月(営業再開の前の月)まで

六万八〇〇〇円×三月=二〇万四〇〇〇円

(4) 同年一一月(営業再開の月)から同五〇年四月(昭和四六年五月から四年後の月)まで

(六万八〇〇〇円-五万円)×五四月=九七万二〇〇〇円

(五) 慰藉料 金七〇万円

うち後遺症によるもの 金四〇万円

(六) 弁護士費用

被告会社に対し 金一五万円

被告田代に対し 金二〇万円

4  損害のてん補

原告は被告会社から自賠責保険金を含め金一五一万円の支払を受けた。

5  よつて、被告会社に対し3(四)、(五)のうち後遺症によるもの及び3(六)の合計額金一七二万六〇〇〇円及びそのうち弁護士費用を除いた金一五七万六〇〇〇円に対する本件事故の後の日である昭和四七年七月一八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、被告田代に対し3(二)ないし(六)の合計額から4の額を控除した金二二五万二五七六円及びそのうち弁護士費用を除いた二〇五万二五七六円に対する被告会社に対するのと同様の遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する被告らの認否

1  請求の原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。ただし、被告田代の過失が前方不確認にあるとはいえない。

3  同3(一)の事実中、原告の受傷のうちむちうち症を除く部分は認めるが、むちうち症の受傷と後遺症の点は不知。

同(二)ないし(四)の事実中、児玉外科医院の治療費は認めるが、その余は不知。

同(五)、(六)の損害は争う。

4  同4の事実は認める。

三  被告らの抗弁

1  調停成立及び債務免除

(一) 原告と被告会社との間には、本件損害賠償請求権につき、昭和四五年六月一九日、熊本簡易裁判所において、次の(1)ないし(4)の条項を内容とする調停が成立し、また、この際、原告は被告田代の代理人古賀武治に対して本件損害賠償債務の免除をした。

(1) 被告会社は、原告に対し、金一四〇万円の支払義務があることを認め、これを次のとおり支払う。

(イ) 内金五〇万円は、自賠法に基づいて既に支給された保険金をもつて、これに充当する。

(ロ) 残金九〇万円を、昭和四五年七月一〇日限り、三菱銀行熊本支店の原告の預金口座に振り込んで支払う。

(2) 原告に対し、本件事故による後遺障害が認定された場合は、自賠法に基づくその等級によつて支給される保険金は、原告において受領するものとする。

(3) 原告は被告会社に対し、本件事故に関しては将来一切財産上の請求をしない。

(4) 調停費用は各自弁とする。

(二) 右調停成立時には、原告が本訴において主張する後遺症の発生が十分に予想されたので、右後遺症による損害も含めて調停が成立し、被告田代に対する免除がなされたものである。

2  過失相殺

本件道路の東側にはホテル・キヤツスルの駐車場があり、本件道路から右駐車場に出入りする車が多いのであるところ、被告田代も本件道路を北に向かい上林町方向へ走つて来て右駐車場に進入するため、本件事故現場付近で本件道路を右折しようとして右折の合図をし中央線に沿つて一時停止をしたのであるが、この際、前方(北方)約五七メートルのところで本件道路と交差している道路の右方部分から原告車が左折して本件道路に進入して来るのを認めた。被告田代は、原告車と駐車場入口までの距離、被告車と駐車場入口までの距離を比較して、被告車が安全に駐車場に進入できると判断し、右折横断を開始した。一方、原告は、左折して本件道路に進入した際、右折の合図をし、駐車場への進入を開始しようとしている被告車を発見した。このような場合で、しかも、この時点において原告車と本件事故現場までの距離がかなりあつたのであるから、原告としては、被告車の動向に十分に注意し、被告車が右進入を開始したら、徐行するなりして、衝突を避けるべきであつたのに、被告車が原告車に進路を譲つてくれるものと軽信して、時速四〇キロメートルの速度のまま、漫然と進行を続けたため、右進入を終わろうとしていた被告車の左後部に原告車の前部を衝突させたものである。よつて、原告にも過失があり、過失相殺がなされるべきである。

3  消滅時効

請求の原因3(二)の治療費中、児玉外科医院分五万四七五二円及び竹内病院分のうち五五万四〇〇二円は、当裁判所昭和五一年二月七日受付の訴状訂正申立書で初めて請求され、この時には原告が右損害及び加害者たる被告田代を知つてから三年を経過していたから、右損害についての請求権は時効消滅した。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1(一)の事実中、被告ら主張の調停が成立したことは認めるが、被告田代に対する免除の事実は否認する。

同(二)の事実は否認する。

2  同2の事実中、本件道路の東側にホテル・キヤツスルの駐車場があり、本件道路から右駐車場に出入りする車が多いことは認めるが、その余の事実は否認する。

3  同3のうち、時効消滅の効果は争うが、その余の事実は認める。

五  再抗弁

原告は被告らに対する本訴を昭和四七年七月一〇日提起したのであるが、これは一部請求の趣旨を明示してなしたものではなく、全損害を請求する趣旨で、当時判明した損害を右訴え提起に当たつてまず請求したから、これによつて、原告の損害の全体について時効中断の効果が生じた。

六  再抗弁に対する被告らの認否

本訴の提起は認めるが、その余は争う。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求の原因1の事実(事故の発生)は当事者間に争いがなく、また、被告田代の過失態様には争いがあるものの、請求の原因2の事実(被告会社が被告車を所有して運行の用に供していたこと及び被告田代が過失により事故を発生させたこと)も当事者間に争いがない。

二  そこで、被告らの抗弁1(調停成立及び債務免除)について判断する。

1  まず、原告と被告会社との間の調停の成立につき検討するに、右両者間に、抗弁1(一)の(1)ないし(4)の各条項を内容とする調停が、昭和四五年六月一九日、熊本簡易裁判所において成立したことは当事者間に争いがない。右調停条項中には、本件事故による後遺障害が認定された場合には、原告においてこれに基づき支給される自賠責保険金を受領することと、原告は被告会社に対し、本件事故に関して将来一切財産上の請求をしないことが約定されているのであつて、これによると、右調停成立時において、後遺症による損害が予想されていたことを前提にして、この損害をも含めて本件事故によつて生ずる損害に関し、原告は被告会社に対して、調停条項に定める損害賠償債権以外の請求権を放棄した旨の調停が成立したものと認めざるを得ず、これに反する原告本人(第一回)の供述部分はにわかに措信できない。

したがつて、こと本訴請求に係る特定の後遺症による損害のみが、当事者において調停成立時に予想できなかつたとの特段の事情が認められない限り、右損害については、原告は被告会社に対し、本訴において新たに訴求することができないものというべきである。

しかして、原告主張の後遺症(左肩胛より左上肢に及ぶがん固な疼痛残存、頸部疼痛の各症状)について、右特段の事情があつたといえるかの点について検討するに、成立に争いのない甲第二及び乙第四号証によれば、昭和四五年八月九日の時点で、原告は左肩胛より左上肢に及ぶがん固な疼が痛残存していたと診断されたこと、及び、同四六年五月一八日に原告が頸部疼痛を訴え始めたことが認められるのであるが、これらの症状が前記調停成立時に予想できなかつたとの点を認めるに足る特段の証拠はなく、かえつて、右甲第二及び乙第四号証、成立に争いのない乙第一八号証並びに証人竹内節行の証言によれば、原告は本件事故直後、第五腰椎亀裂骨折及び左肩打撲等の傷害を受けた(この点は当事者間に争いがない。)が、左肩胛より左上肢に及ぶがん固な疼痛は昭和四五年八月九日以前から存していたこと、原告が昭和四六年五月一八日に訴え始めた頸部の疼痛はいわゆるむちうち後遺症であるが、原告が本件事故当時診断を受けた第五腰椎亀裂骨折及び左肩打撲は、いわゆるむちうち症と直接又は間接の因果関係又は関連性を有していること、また、右左肩胛より左上肢に及ぶがん固な疼痛は、いわゆるむちうち症を伴うものであること、以上の事実が認められるのであつて(これらに反する原告本人(第一回)の供述は採用できない。)、これらの事実に、原告主張の後遺症が診断された最初の時点が、前認定のように、昭和四五年八月九日であつて、前記調停成立から二か月も経過していないことを併せ考えると、原告主張の後遺症はいずれも、右調停成立時において、十分予想し得たものと認めることができる。

そうすると、原告と被告会社との間においては、原告主張の後遺症による損害をも含めて、本件事故による損害賠償請求権について調停が成立したというべきである。

2  次に、原告の被告田代に対する本件事故による損害賠償債務の免除について検討するに、成立に争いのない乙第一号証、証人川村末喜及び同倉光良範の各証言並びに被告田代長弘本人の供述によれば、原告は、被告会社と被告田代を相手方として熊本簡易裁判所に調停の申立てをしたが、昭和四五年六月一九日、前判示のとおり原告と被告会社との間で調停が成立した期日に被告田代が出頭しなかつたため、原告は、右期日に、被告田代に対する調停の申立てを取り下げたこと、一方、右期日には、被告会社が被告車につきいわゆる任意保険契約を結んでいた東京海上火災保険株式会社の代理店セントラルサービスの担当者古賀武治が被告会社の代理人として出頭し、同じく出頭した原告との間に前記調停が成立したこと、また、被告田代は被告会社の従業員であること、以上の事実が認められる。これらの事実によれば、被告会社との間で調停が成立したことによつて、原告は、被告田代に対する本件事故による損害賠償請求をするまでもないと考え、被告田代に対する調停の申立てを取り下げることによつて、同被告に対する本件事故に関する損害賠償請求権を放棄することとしたものと推認でき、また、被告会社の代理人である古賀武治は、被告会社の従業員である被告田代の代理人として、被告会社に対する原告の損害賠償請求権と同一の事実関係に基づく被告田代に対する原告の損害賠償請求権の放棄の意思表示を受領したものと解される。

したがつて、原告は、本件事故によつて被告田代に有していた損害賠償請求権を放棄したと認められる(なお、原告と被告会社との間での調停が、原告主張の後遺症による損害をも含めて成立した以上、被告田代に対する右放棄も、右後遺症による損害に関する請求権をも含めてなされたと認めるべきことはいうまでもない。)。

三  してみれば、当事者双方主張のその余の点につき判断するまでもなく、原告の被告らに対する本訴請求はいずれも失当として棄却すべく、民訴法八九条に従つて主文のとおり判決する。

(裁判官 塩月秀平)

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