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熊本地方裁判所 昭和41年(行ク)7号 決定 1966年9月14日

申請人 室原知幸 外一名

被申請人 熊本県知事

訴訟代理人 斉藤健 外四名

主文

本件申立を却下する。

理由

申請人らの申立の趣旨及び理由は、別紙執行停止決定申請書及び申請の理由補充書記載のとおりであり、被申請人は別紙意見書記載のとおり意見を述べた。

被申請人が、申請外起業者建設大臣の請求により行政代執行法の定めるところに従い、右起業者申請にかかる筑後川総合開発に伴う松原下筌両ダム工事用仮設備事業に関する収用裁決(熊本県収用委員会昭和四一年一月二九日付熊収第九号)により収用された土地(以下本件収用地という)上の物件の移転義務の代執行(以下本件代執行という)をなすべく、昭和四一年八月一一日付代執行令書(熊本県達第一一五号)をもつて代執行をする旨の通知をなし、右通知が同月一四日申請人らに到達したことは当事者間に争いがない。申請人らが右代執行令書の一部取消の訴訟を適法に当裁判所に提起していることは記録上明かである。

申請人らが現に本件収用地について、物権的効力を有する送水権を有するかどうかについては当事者間に争があるけれども、本件においてはこの点についての判断をしばらくおき、まず代執行により回復困難な損害を避けるための緊急の必要性があるかどうかについて判断する。けだし仮りに申請人らにその主張するような権利があるとしても、右記の如き必要性が肯定されない限り本件執行停止の申請は結局却下を免れないからである。

本件収用地内の配水管が、収用地外の熊本県阿蘇郡小国町大字黒渕字鳥穴五八二七の六の土地内の水源(以下穴井水源という)及び同所字天鶴五八二六の一の土地内の水源(以下室原水源という)の湧水を申請人らが自宅における食水その他家事用水として使用するための引水施設として設置されたものであることは当事者間に争いがない。申請人らは、右配水管が本件代執行によつて撤去されるときは、その日の生活にも事欠くことになることは明かであり、社会通念上よりするも回復困難な損害を避けるため緊急の必要がある場合に該当すると主張するが、執行停止の要件としての回復困難な損害にあたるかどうかの判断は、当該行政行為によつて申請人らが受忍すべき不利益と執行停止によつて生ずる行政停廃等による公益の阻害とを比較関連してなすべきである。

疏甲第三号証によれば、室原水源の湧水は、右水源地より標高の低い、収用地外の適当な地点に用水管を移転して、送水することも可能であることが認められる。又疏乙第一九号証、第二〇号証、第二八号証、第三〇号証によれば申請人室原知彦はその所有地(申請人室原知彦が所謂熊の戸水源地を所有していることは当事者間に争がない。)にある所謂熊の戸水源から多量の水を引水しており、その水質は飲用に通していることが認められる。そして申請人室原知幸は、右知彦の実兄であつて、知彦と共同して穴井水源及び室原水源の湧水を利用している問柄であることは当事者間に争いがないので、知彦から右水源の流水使用権を容易に取得し得る地位にあり且つ引水の方法も疏乙第一九号証、第二八号証によれば配水管を適当に接続するなどして容易に引水できる状況にあることが認められる。したがつて本件代執行によつて、申請人らは穴井水源からの引水は断たれることになるが室原水源及び熊の戸水源からの引水施設を講じれば、その水量、水質の上でも、食水その他家事用水として充分利用することができ、日常生活にそれ程さし迫つた不利益を蒙るとも認められない。

疏乙第二六号証、箪三号証によれば、本件収用地はコンクリート打設のためのケーブルクレーン設置場所であつて、右設置のためには多量の掘さくを行う必要があるが、本伴収用地内に前記配水管が敷設されているので、配水管が撤去されなければ右掘さく及びケーブルクレーン設置工事が極めて困難となることが認められ、ひいては公共事業である下筌ダム建設そのものが困難となり、公共の利益に重大な影響を及ぼすことになる。

以上の認定によれば本件配水管の撤去によつて、申請人らは若干の損害を蒙ることにはなるが、下筌ダム建設による公共の利益を犠牲にしてまでなお救済に値する程度の損害とはいえない。そうすると本件配水管撒去の代執行によつて、申請人らの蒙る損害は社会通念上回復の困難な損害であるとの申請人らの主張は理由がないものといわねばならない。

以上のとおり、本件申立は爾余の点について判断するまでもなく、理由がないからこれを却下し主文のとおり決定する。

(裁判官 弥富春吉 内園盛久 川畑耕平)

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