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熊本地方裁判所 昭和38年(ワ)481号 判決 1966年11月17日

原告 碓井隆寅 外一名

被告 碓井政登

主文

被告は、別紙目録記載の各不動産につき、原告碓井隆寅に対し、七七五九分の二四一六の共有特分の、原告碓井常祐に対し、七七五九分の二七八六の持分の各移転登記手続をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

(当事者双方の申立)

一  原告

主文と同旨の判決を求める。

二  被告

「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求める。

(原告らの請求原因)

一  被告は、父訴外碓井格平と母碓井登代との間の長男、原告碓井隆寅はその七男、原告碓井常祐はその四男である訴外碓井政光の長男である。

二  別紙目録第一記載の各土地(以下「本件土地」と略称する)はもと右訴外格平の所有であつたが、同人は大正一三年七月一〇日死亡し、被告が家督相続により右土地の所有権を取得した。そして終戦後右土地は土地区画整理事業の対象となり、昭和三二年三月五日右施行者である熊本市長から土地区画整理法第九八条第一項により別紙目録第二記載の土地(以下「本件仮換地」と称する)にとび換地として仮換地指定処分がなされ、同法第九九条第二項による使用収益開始日を同月一〇日と指定された。

三  それよりさき、昭和二四年四月頃右仮換地指定の内示があると、まず原告隆寅が右仮換地の場所に移り住んで遊戯場を経営し、次いで同二九年一二月訴外政光が右土地に移り住み果物、菓子商をはじめ、その後、前記昭和三二年三月に仮換地の指定がなされ、同年一一月に従前の本件土地について強制立退が行われたため、被告と母親の訴外登代が本件仮換地に移り住むようになつた。

四  その際、右仮換地は被告名義で指定がなされたのであるが、右の場所に仮換地を指定して貰うについては原告隆寅および訴外政光が奔走して施行者側と接渉したことに負うところが多かつたので、昭和三二年一〇月頃、被告らが本件仮換地に移り住むにさきだつて、訴外登代、被告、訴外政光、原告隆寅が集つて話し合い、結局右仮換地を被告、訴外政光、原告隆寅の三人で分割してしまう旨、すなわち被告が自己名義の右仮換地の一部をそれぞれ訴外政光と原告隆寅に贈与する旨の合意が成立し、現地において各自の所有使用する部分を確定したうえそれぞれ各自の部分を占有使用するにいたつた。その確定した本件仮換地上の区分は別紙図面のとおりである。

五  その後、訴外政光は昭和三四年一〇月一八日死亡したが、原告常祐以外の相続人は同三五年三月一〇日すべてその相続分を原告常祐に贈与したので右政光の遺産は、原告常祐において単独で承継するにいたつた。

六  その後、昭和三八年四月原告隆寅が右仮換地の自己の占有部分上の自己所有の建物を取り壊して新しく鉄筋の建物を建築しようとしたところ、被告は右土地は全部自己所有の土地であるとして前記第三項記載の贈与の合意があつたことを否定して右建築に異議を申立てるので、原告隆寅および、同様の立場にある原告常祐は被告に対し右贈与による所有権移転登記を求めるのであるが、直接本件仮換地について登記をすることは不能であるから従前の本件土地について本件仮換地上の各自の占有部分(すなわち贈与をうけた部分)の面積の割合による共有持分権の移転登記手続を求めるものである。

(被告の答弁および抗弁)

一  答弁

(一)  請求原因第一、二、三、六項の事実は認める。

(二)  同第四項の贈与の合意がなされたことは否認する。ただし、原告両名がそれぞれ原告ら主張の部分を占有していることは認めるが、これは被告が兄弟のよしみで無償で原告らに使用させているにすぎない。

二  抗弁

仮りに原告主張のような贈与契約がなされているとしても書面によらない贈与であるから昭和三八年一一月一五日本件第一回口頭弁論期日において右契約の取消の意思表示をしたので無効である。

(証拠)<省略>

理由

一  当事者間に争いのない事実は次のとおりである。

(一)  本件土地はもと訴外碓井格平の所有であつたが、同人は大正一三年七月一〇日死亡し、被告が家督相続により右土地の所有権を取得した。そして終戦後右土地は土地区画整理事業の対象となり、昭和三二年三月五日右施行者である熊本市長から土地区画整理法第九八条第一項により本件仮換地にいわゆるとび換地として仮換地指定処分がなされ、同時に同法第九九条第二項による使用収益開始日を同月一〇日と指定された。

(二)  それよりさき、右仮換地指定の内示があると、まず原告隆寅が右仮換地に移り住んで遊戯場の経営をはじめ、次いで同二九年一二月訴外政光が右仮換地に移り住んで果物菓子商をはじめ、その後同三二年三月に前記仮換地がなされ、同年一一月に従前の本件土地について強制立退が行われたため、被告と母の訴外登代が右仮換地に移住してきて、右原告隆寅、訴外政光、および被告が別紙図面どおりの区分に従つて右仮換地を占有使用している。

二  そこで、原告ら主張の贈与契約の事実があつたかどうかについて判断するに、証人碓井登代、同碓井政勝、同碓井イクミの各証言、原告両名の各本人尋問の結果を総合すれば次の事実が認められる。

すなわち、被告および訴外登代が本件仮換地に移住する直前である昭和三二年一〇月頃、右登代の部屋に同人および被告、訴外政光、原告隆寅が集つて協議した結果、本件土地について仮換地を繁華街である現在の場所に指定してもらうことができたのは右訴外政光と原告隆寅が奔走して施行者側と接渉したことに負うところが多かつたことから登代の発意にもとづき本件仮換地を被告、訴外政光、原告隆寅の三名で分割して所有すること、すなわち、被告政登が本件仮換地の一部をそれぞれ訴外政光と原告隆寅に贈与する旨の合意が成立し(本来、仮換地の指定があつただけではたんにその土地について使用収益する権能を取得するにすぎず、いまだ所有権までも取得するものではないにもかかわらず、右三名および訴外登代は本件仮換地について被告に所有権があるものと誤解していたため右のような合意が成立したものである。なお、公文書として真正に成立したと認められる乙第一号証と成立に争いのない同第二号証によると、被告は高血圧症兼脳動脈硬化症のため記銘、記憶力減弱、計算能力低下、指南力障害等があり、更に感情の鈍麻もあつて、昭和三八年六月二六日熊本家庭裁判所において心神耗弱を理由に準禁治産の宣告をうけたことが、認められ、証人碓井ユリの証言の一部によると被告は昭和一六年六月右ユリと結婚する以前から智能の程度が普通人よりいくらか劣つていたことが認められるけれども、前認定の贈与契約当時被告が契約能力を疑わしめるがごとき状況にあつたことを認めるに足る証拠はないので、右禁治産宣告の事実は前記贈与契約成立の妨げとはならない。)右合意に従つて、現地の上で各自の所有とすべき部分を、原告隆寅は当時食堂を経営して使用占有していた地域である北側、被告は真中、政光は南側の地域と確定し、そのため政光は当時中央部分に建てていた同人所有の果物商店舗を収去して同部分を被告に引き渡したうえ、それぞれその分割部分を占有するにいたつたのであり、その各自の所有と定めた部分の区分は別紙図面のとおりである。もつとも、その後昭和三八年四月頃原告隆寅が旧建物を取りこわして現在の軽量鉄骨造の建物を新築しようとした際ユリの長男真一ら(被告の子ではない)から建築について異議の申出があつたが、被告自身には格別反対はなく、そのことを明確にするため被告から承諾書(甲第四号証)を徴した。

右認定に反する証人碓井角六、同碓井ユリ、同碓井真一の各証言は前記各証拠に照らし措信しがたく、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

三  ところで、土地区画整理法による仮換地の指定の段階においては、従前の土地の所有者は仮換地の所有権を取得するものではなく、したがつて、被告は本件仮換地の所有権は取得していないものであるにもかかわらず、前項で認定したとおり右仮換地を自己の所有としてその一部を訴外政光と原告隆寅に贈与する旨の契約をしているので、そのことによつてどのような法律上の効果を生ずるかについて考察する。

一般に仮換地処分の効力は、従前の土地について権原に基づき使用収益しうる者に対し、その従前の土地について使用収益する権能が停止され、同時に仮換地について、従前の土地に対して有する権利の内容である使用収益と同じ使用収益をすることができることにあるとされている(土地区画整理法第九九条第一項)。これを従前の土地の所有権者の場合についていえば、従前の土地について有する所有権そのものは依然として従前の土地に残るが、その内容である使用収益権能のみが仮換地の上に行使しうることになると解せられる。

しかし、多くの場合、従前の土地の所有権者は右のように所有権から使用収益権能のみが分離されるというような専門的な法律知識を有しないため、仮換地の指定がなされると当然、仮りにではあつても、その仮換地について所有権が与えられたものと考え、その仮換地を他に贈与あるいは売買することが往々にしてあるのである。しかし右のような仮換地の贈与は、贈与する者が仮換地について所有権を有しないから無効であるとか、他人の土地の贈与と解すべきものではないと考える。すなわち、従前の土地の所有権者は仮換地については少くとも所有権の内容である使用収益権能を有しておるとともに従前の土地の所有権を有しているのであるから、右仮換地の贈与契約についても、その意思解釈として、その仮換地上の使用収益権能に対応する従前の土地の所有権が贈与されたものと解するのが相当である。そのことは仮換地の一部を分割したうえ贈与する契約の場合でも同様であり、その場合は、仮換地上使用収益権能の一部分とこれに対応する従前の土地の所有権の一部がともに贈与されることとなる。もつともこの場合仮換地上の使用収益権能の一部についてはその契約で特定されているがこれに対応し、その基礎となつている従前の土地所有権の一部についてはその目的物についての特定がなされていないので、そのような贈与は効力を生じないのではないか(不特定な物の上には所有権は成立しえないから)と一応考えられないではないが、仮換地上の使用収益権能についてはその一部についてその目的物の特定がなされているのであるから、観念的にはその使用収益権能に対応する従前の土地所有権というものが考えられるのであり、それは本来、従前の土地のどの部分かに特定さるべきものであり、ただ現実にはそれがどの部分であるか不明であるにすぎないものと考えられ、それは潜在的には特定されているがたゞそれが現実化していないものであると考えられる。従つて将来仮換地がそのまゝ本換地に指定された場合はその使用収益権能の一部に対応する所有権も現実に特定されることとなるのである。そして、右のように現実に特定されるにいたらない従前の土地についての所有権の一部はこれを従前の土地所有権についての共有持分として把握すべきものと解するのが相当である。

従つて、本件においても前記第二項において認定した贈与契約を右のように解するときは、被告は右契約により別紙図面の区分による本件仮換地上の使用収益権能に対応する従前の本件土地所有権についての共有持分権をそれぞれ原告隆寅と訴外政光に贈与したこととなる。そしてその共有持分の割合については、本件仮換地の一部分がとくに他の部分に比較して価値の上で差異がある等の事実を認めるに足る証拠がないので、それは仮換地の全部をまつたく等価値のものとして分割したものと認め、本件仮換地を区分した各部分の面積に応じた比率によつて右の共有持分の割合を定めるのが相当である。従つて、原告隆寅は従前の本件土地について七七五九分の二四一六の共有持分を、訴外政光は同じくその七七五九分の二七八六の共有持分をそれぞれ贈与により取得したこととなる。

これに対し、被告はかりに原告主張の贈与契約があつたとしても、それは書面によらないものであるから、昭和三八年一一月一五日の本件第一回口頭弁論期日において取り消す旨主張するので、右抗弁について判断するに、なるほど、右の贈与が書面にもとづくものであることを認めるに足る証拠はないのであるが、前認定の事実関係からすると、本件贈与目的物についてはすでにその履行を終つたものと認めるのが相当であるから、被告の右の抗弁は採用できない。

四  次に、原告らは訴外政光が昭和三四年一〇月一八日死亡し、原告常祐以外の相続人は同三五年三月一〇日すべての相続分を原告常祐に贈与したので、原告常祐は右訴外政光の遺産を単独で承継したものであると主張し、被告は明らかにこれを争わないから、民事訴訟法第一四〇条第一項によつて右事実を自白したものとみなす。従つて、原告常祐は訴外政光が被告に対して有していた前記契約上の権利をすべて承継したものである。

五  以上認定したところを総合すれば、被告は前記贈与契約に基づき本件土地について、原告隆寅に対し七七五九分の二四一六の割合による共有持分の、原告常祐に対し七七五九分の二七八六の割合による共有持分の各移転登記手続をする義務があることになるので、原告らの本訴請求はいずれも理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 後藤寛治 高橋金次郎 綱脇和久)

別紙

目録

第一

熊本市花畑町六番

一 宅地四二坪四合六勺(一四〇・三六平方メートル)

同市同町七番

一 宅地四一坪七勺(一三五・七六平方メートル)

第二

熊本市新市街一番一〇号

一 宅地七七坪五合九勺(二五六・四九平方メートル)

(なお、右土地は「同市花畑町九〇番地」、「同市下追廻田畑町一九番地」、「同町一三番一号」などと呼称されていたことがある)

別紙 図面<省略>

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