大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

熊本地方裁判所 昭和32年(わ)847号 判決 1958年9月11日

被告人 水本繁美 外三名

主文

被告人水本繁美を懲役壱年六月に、

被告人平塚信雄及び同牧野春男をそれぞれ懲役壱年に、

被告人関守善を懲役八月に、

各処する。

但し、本裁判確定の日から被告人水本繁美に対しては参年間、被告人平塚信雄及び同牧野春男に対してはいずれも弐年間、被告人関守善に対しては壱年間右各刑の執行を猶予する。

領置にかかる昭和三十二年一月三十日付上野平鹿一名義金額六十万円の偽造の請求書(証第十五号)、並びに農林漁業資金借入関係書類一綴(証第二十号)中、昭和三十一年十月二十七日付、熊本県熊飽事務所長浅香弘夫名義の出来型証明書(第一回)、同年十二月四日付同人名義の出来型証明書(第二回)、同三十二年一月三十日付同人名義の第三回工事進捗状況調書、同年三月二十九日付同人名義の第四回工事進捗状況調書、同年四月二十七日付同人名義の第五回工事進捗状況調書中の虚偽記載の部分は之を没収する。

訴訟費用中、証人志賀精一、同須藤盛久及び同金子義人に支給した分については、被告人水本繁美、同平塚信雄及び同牧野春男三名の連帯負担とし、証人片山英昭に支給した分については、被告人平塚信雄及び同牧野春男両名の連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人水本繁美、同平塚信雄及び同牧野春男は昭和二十七年十二月十四日設立認可された島崎土地改良区の理事(代表理事市原淳一は死亡)、被告人関守善は、熊本県熊飽事務所農地林務課に勤務し、上司の命をうけて災害復旧事業の国庫補助金関係事務並びに土地改良区の灌漑排水事業に関する事務を補助しているものであるが、同三十一年七月五日、島崎土地改良区は開畑溜池新設工事を総工費四百万円でなすため、受託金融機関を熊本県信用農業協同組合連合会(以下単に県信連と略称する)と定め、総工費の八割である三百二十万円を借用したい旨の借入申込書を県信連を通じて農林漁業金融公庫(以下単に公庫と略称する)に提出したので、同年十月十一日公庫から右金額の貸付決定があり、右土地改良区は、公庫に対し、農林漁業資金借用証書及び農林漁業資金借入に関する債務保証委託証書を差入れたため、右金額の一部乃至全部は県信連の公庫に対する貸付受入金口座に振り込まれたが、元来、右工事資金たる貸付受入金は、公庫と土地改良区間の特約条項として開畑溜池等の工事以外には費うことができず、且つ土地改良区は実際に開畑溜池工事に支出した金額の領収証、請求書並びに工事の進捗度を示す出来型証明書及び工事進捗状況調書等を県信連に対して提出し、県信連はそれに基いて出来高に応じて工事資金たる貸付受入金の払い出しをなす様資金の規正がなされていたのに拘らず、工事の進捗状況は実際の出来高より余計に進捗し又は実際に支出していない人夫賃を支出した様に装い、しかも、工事資金は特約以外の目的のため費消する目的で、

第一、被告人水本繁美、同平塚信雄及び同牧野春男は市原淳一と共謀の上、公庫から県信連を通じて、工事の出来高に応じて貸付を受ける際、上野平鹿一の印章を勝手に使用して領収書を作成の上、借受金名下に金員を騙取しようと企て、右上野平から同人の印章を借受け

(一)  同年十月二十五日頃、熊本市島崎町大字島崎一五七二番地の被告人水本方において、行使の目的を以て、勝手に右上野平の印章を領収書用紙、請求書用紙等に押捺した上

(1) 同月二十九日、被告人水本方において、右上野平が請負工事代内金として被告人牧野分としていずれも五万円領収した旨の同年七月九日付及び同年八月十二日付同人名義の領収書各一通、被告人平塚分として五万円領収した旨の同年七月九日付同人名義の領収書一通、被告人牧野及び市原分として五万円領収した旨の同年八月二十一日付同人名義の領収書一通、の各偽造を遂げ、同日同市草葉町二五番地県信連において融資係員金子義人に対し、いずれも真正に作成されたものの様に装つて熊本県熊飽事務所長浅香弘夫作成名義の内容虚偽の出来型証明書(第一回)その他の書類と共に一括して提出行使し、翌十月三十日、被告人水本方において、右上野平が請負工事代金七十七万円を請求する旨の同月二十日付同人名義の請求書一通の偽造を遂げ、同日県信連において、右金子に前同様提出して行使し、よつて同人をして右領収書、請求書及び出来型証明書が真正に作成されたものと誤信させ、よつて、即時同所において、現金出納係員和田キヨ子より現金百五十万円の交付を受けてこれを騙取し、

(2) 同年十二月四日、被告人水本方において、右上野平が工事代内金七十七万円を領収した旨の同年十月三十一日付同人名義の領収書一通、同人が請負工事代金七十七万円を請求する旨の同年十二月一日付同人名義の請求書一通の各偽造を遂げ、同日県信連において、右金子に対し前同様浅香弘夫作成名義の内容虚偽の出来型証明書(第二回)その他の書類と共に一括して提出行使し、前同様金子をしてその旨誤信させ、よつて翌五日同所において、右和田より現金六十万円の交付を受けてこれを騙取し、

(二)  同三十二年一月二十八日頃、被告人水本方において、行使の目的をもつて、勝手に右上野平の印章を領収書用紙、請求書用紙等に押捺した上

(1) 同月三十一日、被告人水本方において、右上野平が請負工事代内金六十万円を領収した旨の同三十一年十二月五日付同人名義の領収書一通、同人が請負工事代金六十万円を請求する旨の同三十二年一月三十日付同人名義の請求書一通の各偽造を遂げ、同日県信連において、融資係員片山英昭に対し、前同様浅香弘夫作成名義の内容虚偽の工事進捗状況調書(第三回)その他の書類と共に一括して提出行使し、前同様片山をしてその旨誤信させ、よつて即時同所において、右和田より現金四十六万円の交付をうけてこれを騙取し、

(2) 同年三月三十日、被告人水本方において、右上野平が請負工事代内金四十六万円を領収した旨の同年二月一日付同人名義の領収書一通、同人が十一万二千円領収した旨の同年三月二十四日付同人名義の領収書一通、同人が請負工事代金四十四万八千円を請求する旨の同月二十九日付同人名義の請求書一通の各偽造を遂げ、同日県信連において、右片山に対し、前同様浅香弘夫作成名義の内容虚偽の工事進捗状況調書(第四回)その他の書類と共に一括して提出行使し、前同様片山をしてその旨誤信させ、よつて即時同所において、右和田より現金三十四万六千円の交付を受けてこれを騙取し、

(3) 同年四月四日、被告人水本方において、右上野平が請負工事代内金十万八千円を領収した旨の同年三月二十五日付同人名義の領収書一通、同人が三十四万六千円領収した旨の同月三十一日付同人名義の領収書一通の各偽造を遂げ、同日県信連において、右片山に対し、前同様一括して提出行使し、前同様同人をしてその旨誤信させ、よつて、即時同所において右和田より現金十一万円の交付を受けてこれを騙取し、

(4) 同月二十七日、被告人水本方において、右上野平が請負工事代金として四万六千円請求する旨の同日付同人名義の請求書一通の偽造を遂げ、同日県信連において、右金子に対し、前同様浅香弘夫作成名義の内容虚偽の工事進捗状況調書(第五回)及び四月二十四日付の五万四千円を請求する旨の請求書と共に一括して提出行使し、前同様右金子をしてその旨誤信させ、よつて即時同所において、右和田より現金八万円の交付を受けてこれを騙取し、

第二、被告人関守善は、被告人水本等が前記の通り借受金名下に金員を騙取するものであることの情を知りながら

(一)  同年十月二十七日、同市南千反畑町熊本県熊飽事務所において、行使の目的をもつて、勝手に溜池構築九個のうち出来型数量は約二、五個、出来型歩合約二十七%であるのに、その出来型数量は四個完成、出来型歩合は五十六%、全工事の出来型歩合約三十%であるのに四十七・五%の出来型歩合である旨それぞれ虚偽の記載をし、もつてその職務に関し印章ある同日付熊本県熊飽事務所長浅香弘夫名義の虚偽の出来型証明書(第一回)を作成して、同月二十九日頃被告人水本等に交付し、よつて同人等の前記第一(一)(1)の犯行を容易ならしめてこれを幇助し、

(二)  同年十二月四日、前同所において、前同様、開畑工事一町二反三畝のうち出来型数量は約七反、出来型歩合は約五十七%であるのに、出来型数量は一町一反七畝三歩、出来型歩合は九十五%、溜池構築の出来型は従前通りであるのに、その出来型数量は四個完成、出来型歩合は五十六%、全工事の出来型歩合は約五十五%であるのに六十七%とそれぞれ虚偽の記載をし、もつてその職務に関し印章ある同日付右浅香弘夫名義の虚偽の出来型証明書(第二回)を作成して、同日頃被告人水本等に交付しよつて同人等の前記第一(一)(2)の犯行を容易ならしめてこれを幇助し、

(三)  昭和三十二年一月三十日、前同所において、前同様、開畑工事一町八反一畝十五歩のうち出来型数量は約一町、進捗度は約五十五%であるのに、その出来型数量は一町六反一畝、進捗度は八十八%、溜池構築五個のうち出来型数量は二、七個、進捗度は約五十四%であるのに、その出来型数量は四個、進捗度は七十八%、全工事の進捗度は約五十七%であるのに八十%とそれぞれ虚偽の記載をし、もつてその職務に関し印章ある同日付右浅香弘夫名義の虚偽の工事進捗状況調書(第三回)を作成して、同日頃被告人水本に交付し、よつて同人等の前記第一(二)(1)の犯行を容易ならしめてこれを幇助し、

(四)  同年三月二十九日、前同所において、前同様、開畑工事一町八反一畝十五歩のうち出来型数量は約一町二反、進捗度は六十六%であるのに出来型数量は一町七反六畝十五歩、進捗度は九十七%、溜池構築五個の出来型数量及び進捗度等は従前通りであるのに出来型数量は五個、進捗度は百%、全工事の進捗度は約七十%であるのに九十四%とそれぞれ虚偽の記載をし、もつてその職務に関し印章ある同日付右浅香弘夫名義の虚偽の工事進捗状況調書(第四回)を作成して、同日被告人水本に交付し、よつて、同人等の前記第一(二)(2)(3)の犯行を容易ならしめてこれを幇助し、

(五)  同年四月二十七日、前同所において、前同様、開畑工事等は殆んど進捗していないのに開畑工事の出来型数量は一町七反九畝十五歩、進捗度は九十八%、溜池構築五個、進捗度百%、全工事の進捗度九十六・五%とそれぞれ虚偽の記載をし、もつてその職務に関し印章ある同日付右浅香弘夫名義の虚偽の工事進捗状況調書(第五回)を作成して、同日被告人水本に交付し、よつて、同人等の前記第一(二)(4)の犯行を容易ならしめてこれを幇助し、

たものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、本件貸付金は、公庫の土地改良区に対する貸付決定がなされると同時に、両者間に消費貸借契約が成立し、県信連との関係においては現実に金員の授受は行われないが、しかし、その間民法上の占有改定類似の関係を生じ、従つて、県信連に対しては土地改良区が貸付金を預託した関係にあるから、右両者間にその貸付金の払い出しにあたつて若干の留保条項があつたにせよ、右貸付金の所有権は土地改良区に帰属する筋合である。それで、土地改良区が工事出来高に応じて県信連から払出しを受けるに際しても、右の基本的関係には何らの変動を齎らすものではないから、本件金員は、結局被告人等が自己所有の金員を県信連を通じて公庫から払出しを受けたにとどまり、その間何等違法の認識もなく、犯意の成立する余地は存在しないと主張する。

よつて案ずるに、前示各証拠を綜合すれば、本件金員の性質については、次の通り認定される。即ち、本件金員は公庫において貸付決定がなされただけでは、いまだその所有権の帰属につき変動を生じる筋合のものではない。蓋し、土地改良区から公庫に対し借用証書が提出されて始めて両者間に融資の契約は成立するが、右契約には特約条項として、「土地改良区はこの資金の使用については、公庫が貸付の目的以外に使用されるのを防止する為に指示する方法に従う」旨定められている。右特約条項は結局公庫県信連間の受託金融機関事務取扱要領第十三条の「受託者は貸付の実行の際、貸付金が貸付の目的以外に使用される事を防止するため、必要があるものと認めるときは、別に定める貸付金受入証書を借入者に交付して貸付金の全部又は一部を公庫勘定の貸付受入金として受入れる」旨、また同第十六条の「受託者は借入者から貸付金払い出しの請求があつたときは、貸付対象事業の進捗状況並に借入金の資金所要状況を勘案し、必要と認める金額を払い出す」旨の規定によるもので、右取扱要領も農林漁業金融公庫法、農林漁業金融公庫業務方法書等に基いて定められたものである。従つて、公庫としては右法第一条に掲げる目的を達成するため資金の貸付を行うべき立場にあるから、土地改良区は、県信連に対し、県信連は公庫に対し、それぞれ貸付受入金の口座を起し、原則として工事の出来高に応じて資金の払い出しをし、貸付の目的以外に使用されるのを防止して、右法の目的を達せんがため前掲特約がなされ、その資金は右特約により規制されていることが首肯し得られるところである。してみれば、本件貸付金に対する契約は前掲のように種々条件が附された契約関係にあつて、いわゆる特殊の混合契約であるといわなくてはならない。されば、本件貸付金は現実に出来高に応じて払い出しがなされて始めてその所有権は土地改良区に移転するものであると解するのが相当である。されば、公庫、県信連、土地改良区三者間の現実の金員の移転、預金口座乃至本件金員につき公庫の土地改良区に、または土地改良区の県信連に対する各利息を相殺する旨の契約があるとしても、公庫及び土地改良区間の契約が、前説示幾多の資金規制条項、資金払い出しについての留保条項を包括した上での契約がある以上、右事由は何等前叙認定の妨げとなるものではない。そこで、もし弁護人主張のように、本件貸付金が消費貸借契約に基くもので、その貸付金の所有権は貸付決定と同時に土地改良区に移転するものとすれば、その貸付金を工事以外の目的に使用し、或は出来高と無関係に払い出す事により、何ら労せずして莫大な金額を手中に入れ、それによつて金利を稼ぐ等不法な利得をし、本件貸付金が農林漁業の振興を目的とすることと背馳すること多言を要しないところである。さすれば、前叙弁護人の主張は、独自の見解によるもので、結局は犯意の否認にすぎず刑の減免事由たる事実にあたらないから採用するに由ない。

(法令の適用)

被告人水本繁美、同平塚信雄、同牧野春男の判示第一(一)(1)(2)(二)(1)(2)(3)(4)の所為中、私文書偽造の点は各刑法第六十条、第百五十九条第一項前段に、同行使の点は各同法第六十条第百六十一条第一項第百五十九条第一項前段に、虚偽公文書行使の点(判示第一(二)(3)を除く)は各同法第六十条第百五十八条第一項第百五十六条第百五十五条第一項に、詐欺の点は各同法第六十条第二百四十六条第一項に該当するところ、偽造私文書、虚偽公文書一括行使の点は一所為数法の関係にあり、しかして私文書偽造及び同行使並に偽造私文書行使及び虚偽公文書行使と詐欺との間には、それぞれ犯罪の手段結果の関係にあるから、同法第五十四条第一項前段、後段、第十条によりいずれも重い虚偽公文書行使の罪(但し、判示第一(二)(3)については重い詐欺の罪について定めてある刑による)について定めてある刑に従い、以上の所為は同法第四十五条前段の併合罪であるから、同法第四十七条、第十条により犯情の最も重い判示第一(一)(1)の虚偽公文書行使の罪について定めてある刑に法定の加重をし、被告人関守善の判示第二(一)(二)(三)(四)所為中、虚偽公文書作成の点は各刑法第百五十六条前段、第百五十五条第一項に、虚偽公文書行使幇助の点は各同法第百五十八条第一項第百五十六条第百五十五条第一項第六十二条第一項に、詐欺幇助の点は各同法第二百四十六条第一項第六十二条第一項に該当するところ、右各幇助は従犯であるから、同法第六十三条、第六十八条第三号により、いずれも法定の減軽をし、しかして虚偽公文書作成、同行使幇助と詐欺幇助とは、それぞれ犯罪の手段、結果の関係にたつので、同法第五十四条第一項後段第十条によりいずれも重い虚偽公文書作成の罪について定めてある刑に従い、以上の所為は同法第四十五条前段の併合罪の関係にあるから、同法第四十七条、第十条により犯情の最も重い判示第二(一)の虚偽公文書作成の罪について定めてある刑に法定の加重をし、なお被告人関守善に対しては犯罪の情状憫諒すべきものがあると認められるので、同法第六十六条、第六十八条第三号、第七十一条により酌量減軽し、以上各所定刑期の範囲内で、被告人水本繁美を懲役壱年六月に、被告人平塚信雄及び同牧野春男をそれぞれ懲役壱年、被告人関守善を懲役八月に各処し、いずれも情状刑の執行を猶予するのを相当と認め、同法第二十五条第一項により、本裁判確定の日から被告人水本繁美に対しては参年間、被告人平塚信雄及び同牧野春男に対してはいずれも弐年間、被告人関守善に対しては壱年間右各刑の執行を猶予し、領置にかかる請求書用紙(証第十五号)中、上野平鹿一名義の請求書は、判示第一(二)(1)の私文書偽造の犯罪行為より生じたものであり、農林漁業資金借入関係書類一綴(証第二十号)中、出来型証明書(第一回)は判示第一(一)(1)の、出来型証明書(第二回)は判示第一(一)(2)の、第三回工事進捗状況調書は判示第一(二)(1)の、第四回工事進捗状況調書は判示第一(二)(2)の、第五回工事進捗状況調書は判示第一(二)(4)の各虚偽公文書行使罪の組成物件であり、しかして、右各証明書並びに各調書中の虚偽記載部分は何人の所有をも許さないものであるから、同法第十九条によりいずれもこれを没収し、訴訟費用は、刑事訴訟法第百八十一条第百八十二条を適用して、主文第四項掲記の通りその負担を定める。

よつて主文の通り判決する。

(裁判官 山下辰夫 衛藤善人 小林優)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例