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熊本地方裁判所 平成9年(ワ)997号 判決 2000年9月27日

熊本県<以下省略>

原告

右訴訟代理人弁護士

山崎吉男

東京都<以下省略>

被告

株式会社大和証券グループ本社(旧商号 大和証券株式会社)

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

浦野正幸

主文

一  被告は、原告に対し、金三九一八万九一〇七円及びこれに対する平成八年五月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金六六〇〇万円及びこれに対する平成八年五月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告熊本支店において証券取引を委託していた原告が、被告に対し、不法行為ないし債務不履行を理由に損害賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実等(証拠により認定した事実については、かっこ内にその証拠を掲記する。)

1  被告は、有価証券等についての自己売買、売買の委託・取次ぎ・代理、引受け、売出し、募集又は売出しの取扱いについて、証券取引法二八条に基づき免許を受けた会社である。

2  原告は、被告熊本支店において証券取引を委託していた者であり、妻がB、長女がC三女がD、長男がEという家族構成である。

(原告の家族関係について甲一六、原告本人)

3  被告熊本支店においては、原告名義の口座(以下「原告口座」という。)の外、B、C及びE名義の口座(以下、順に「B口座」、「C口座」及び「E口座」という。なお、これら口座と原告口座を併せて以下「本件各口座」という。)が開設され、本件各口座においては、別紙取引一覧表(1)から(4)までに記載の各取引(以下「本件取引」という。)がされた。なお、この取引を時系列で並べたものが、別紙取引経過表である。

(別紙取引一覧表(3)及び(4)のNo.6の買代金について乙一九、二一)

二  争点

1  本件取引において被告に違法行為があったか。

(一) 原告の主張

(1) 違法な一任勘定取引

原告は、被告熊本支店従業員Fや同支店のG支店長から、「一億くらい入れてもらえば一割で回します。」「年一割で回さんとつまらんですよ。」「一本(一億)くらい入れんですか。」「こちらがちゃんと運用しますから、心配いらんですよ。任せてください。」「任せて預けていれば、資産を年一割で運用します。」などと勧誘された。

原告は、FやG支店長の右発言を信用したため、本件取引のため資金を支出し続けたが、被告の右勧誘行為は、証券取引法で禁じられている違法な利益保証に該当し、その結果行われた本件取引は、①売買の別、②銘柄、③数量、④価格、⑤取引時期等すべての要素について原告からの指示がないままに行われた一任勘定取引であった。

こうした被告の右勧誘行為、短期間の頻繁な乗換え売買等である本件取引は、証券会社の営業としては極めて不当な行為であり、違法であると同時に、安全確実な取引を望んでいた原告との間の委任の本旨に反するもので、継続的不法行為ないし債務不履行に該当する。

(2) ワラント取引についての説明義務違反

原告は、ワラント取引について、被告から何らの説明も受けていない。

(3) 手数料稼ぎの回転売買及び過当取引

別紙取引経過表にあるとおり、昭和六二年一一月二四日から平成七年一一月三〇日までの約八年間に合計五七〇回以上、月平均約五・九六回の頻繁な取引が行われているところ、このうち、売ったその日に買うという乗換えが一二三回あり、その他にも、ほとんどの取引が、利益が出ていないのに、あるいはわずかしか利益が出ていないのに、極めて短期間で買って売るの繰り返しとなっている。このような取引が、被告の手数料稼ぎのための回転売買であることは明らかである。

また、原告は、本件取引以前には証券取引の経験に乏しく、また、脳梗塞のための入通院を繰り返すとともに、精神分裂病である妻の介護の負担もあり、本件取引のように頻繁な取引を行うような意思も能力も余裕もなかった。こうした原告の状況等に照らせば、本件取引は、被告の一方的誘導による過当取引であることは明らかである。

(二) 被告の主張

(1) 違法な一任勘定取引という主張について

被告熊本支店のFや当時の支店長が、原告に対し、「任せて預けていれば、資産を年一割で運用します。」と述べて取引を勧誘したことはない。この点に関する原告本人の供述は、信用することができない。

Fは、昭和六二年二月ころから同年一一月ころにかけて、投資信託の商品内容を原告に説明したが、投資信託は投資家から預かった資金を専門家が運用するもので、投資家はその運用の成果を享受できること、当時はその運用実績が年一割前後であったことから、原告は、このような投資信託の商品内容に関するFの説明を、その後の年月の経過(本訴提起時には、Fが原告の担当を離れてから約八年間が経過していた)や小脳梗塞の発症あるいは加齢などの影響によって、本件各口座での取引全体について年一割の利益を保証する旨説明したかのように記憶が変容し、そのため、年一割で運用するとの約束があったかのように思いこんでいるものと思われる。

原告は、本件取引に当たっては、当時の担当者に自ら指示をしており、また、担当者も、原告の指示を受けた上で本件取引をしており、本件取引は、一任勘定取引ではない。

(2) ワラント取引についての説明義務違反の主張について

原告は、本件取引が一任勘定取引であることを前提として、本件取引中のワラント取引について、原告は一切説明を受けていないと主張するが、右前提自体が失当である上、Fは、実際にワラント取引を始めるに当たって、原告方で原告と面談し、分離型ワラントのパンフレット(乙四五)を示したり、転換社債の商品内容と比較しながら、ワラントの商品内容やそのリスクを詳しく説明しており、また、Fの後任であるHも、平成二年三月一二日に間組ワラントを原告が購入するに当たり、原告に対し、ワラントが株式よりも値動きが大きいこと、行使期限を過ぎると価値がゼロになること、外貨建商品であるから為替リスクがあることなどを説明している。

ワラントの商品内容の説明義務としては、ワラントが、① 行使期間を徒過すると価値を失うこと、② 現物株式よりも値動きが大きいことの二点を説明する必要があり、かつ、それで足りると解されるところ、FやHは、いずれもこれらの点を説明しており、原告の説明義務違反の主張は理由がない。

(3) 手数料稼ぎの回転売買及び過当取引の主張について

Fの担当時期については、原告がFに対し、限られた資金の範囲内で原告の指示どおりに売買することを求め、そして、個々の取引では、購入後の値動きが思わしくないと、損失が膨らむのを嫌ってすぐに売却を指示して乗換えを求め、また、値上がりしている時にも利益の確定を急いだのであるから、このような原告の投資態度が、短期売買を増やし、取引回数を多くしたというべきである。

加えて、F担当期間中の取引状況をみると、Fは、二度にわたって冷却期間をおくことを原告に提案し、そして、据置期間があり、購入するとすぐには売却できないステップやクローズド型投資信託の購入を原告に勧めて、投資資金の流動性を徐々に減少させ、より多くの投資資金が安定的な投資に向かうよう配慮したのであって、このようなFの営業姿勢は、原告が主張するような「手数料稼ぎ目的」と相反するものである。

Hの担当時期については、F担当時期より取引回数が減少していることに加え、本件取引の状況を子細に検討すると、原告の健康状態や精神状態に合わせて取引状況が変化しており、Hが原告の意向を確認し尊重しながら取引していたことがうかがわれることなどに照らせば、H担当期間中の取引が、手数料稼ぎを目的とした過当取引でなかったことは明らかである。

Hの後任であるIの担当時期においては、もともと取引回数が多くない上、商品の種類も株式よりも外国債券や投資信託の方が多いこと、新規資金の入金はなく、取引規模もそれほど大きくないことなどの事実に照らせば、I担当期間中の取引が手数料稼ぎを目的とした過当取引であるといえないことは明らかである。

2  平成三年三月二八日に原告口座から出金された金二〇〇〇万円の使途

(一) 原告の主張

被告熊本支店の原告名義の顧客勘定元帳によれば、平成三年三月二八日、原告が金二〇〇〇万円を出金したことになっているが、原告は、これを受領しておらず、被告が横領したものである。

これに対する被告の反論は、原告が被告に内容証明郵便を送付してから約一年九か月後の平成一〇年六月一六日付け準備書面において唐突に主張されたものであり、全く信用性はない。

また、被告の主張に沿うHの証言についても、不自然、不合理な点が多く、信用できない。

(二) 被告の主張

平成三年三月二八日に原告口座から出金された金二〇〇〇万円については、次に述べる経緯で、同月一五日応募の投資信託(ダイナミックシフト91―3)の応募代金二〇〇〇万円の支払に充てられたものである。

すなわち、Hは、同月上旬ころ、「親戚から預かっている二〇〇〇万円を別にしておきたい。」との申入れを原告から受けたので、ちょうどこの三月から二〇〇〇万円を引き出せるようになったステップを換金し、それで新規発行の投資信託(ダイナミックシフト91―3)に応募することを提案したところ、原告もこれに同意し、同月八日ころ、ステップから二〇〇〇万円を引き出すための定期引出申込書(乙五〇)に署名押印するとともに、右投資信託二〇〇〇万円分に応募した。

ところが、同月一八日朝、翌日に原告口座で二〇〇〇万円の立替金が発生するとの立替金票が回ってきたことから、Hは、ステップの定期引出の受渡日が毎月二八日で、原告が応募した投資信託の受渡日(三月一九日)に間に合わないことに気付き、電話で原告にそのことを説明したが、原告から「何とかならないか。」と言われたので、いったん電話を切った。その後、支店長に事情を説明して善後策を相談した結果、熊本支店の各役席が所持するカードで住友銀行から資金を借り入れ、その資金で右投資信託の購入代金を一時的に立て替えて原告の要望にこたえるとの方針になったため、右一八日午後、あらかじめ電話で面談の約束を得た上、原告方を訪問し、「ステップの引出しが間に合わないので、当面はこちらで資金を融通する。二八日にステップの引出しができるようになれば、すぐに原告口座から二〇〇〇万円を引き出して、立て替えた分と相殺する。」との方法を原告に説明して、このような方法で当初の予定どおりに取引することでいいかどうか原告の意思を確認したところ、原告はこれを了解し、請求金額欄に二〇〇〇万円と記入した上で出金伝票(乙三〇)に署名捺印した。

そこで、Hは熊本支店の各役席に協力を依頼し、翌三月一九日、原告口座への二〇〇〇万円の入金伝票(乙五二)を自ら作成するとともに、Jから一〇〇〇万円、Kから八〇〇万円、Lから二〇〇万円を借り受け(乙五三の1から3まで)、その現金を右入金伝票と一緒に事務方へ回して、原告口座へ現金二〇〇〇万円を入金した。

その後、三月二八日にステップの引出しができるようになったので、Hは、先に原告が作成した出金伝票(乙三〇)を使って原告口座から現金二〇〇〇万円を出金し、その現金で、右Jら三名から借り受けた二〇〇〇万円を返済した。

こうして、平成三年三月一五日に原告口座で投資信託(ダイナミックシフト91―3)二〇〇〇万円分を購入したが、翌四年一月下旬ころ、原告から、同投資信託を別の口座で管理したいとの申入れがあり、新たにM名義の取引口座を開設することになったので、Hは、口座開設のための書類を原告宛に郵送するとともに、右投資信託を原告口座から出庫するための準備をしたところ、同月二七日ころ、M名義の総合取引申込書(乙一六)が送り返されてきたため、同月二九日、店頭で、原告から証券引出請求書(乙二九)に署名押印してもらって、右投資信託二〇〇〇万円分を出庫し、これをM口座へ入庫した。

3  原告の損害額

(一) 原告の主張

原告の損害額は、次の(1)及び(2)の合計金六九四二万四六七九円であり、このうち金六六〇〇万円及びこれに対する平成八年五月七日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を本訴で請求する。

なお、被告は、原告の家族名義の口座における取引に係る損失について、これらは原告の損失ではない旨主張するが、右家族名義口座は原告の借名口座であり、その損失は原告に帰属するものである。また、購入後未売却の証券については、仮に被告がこれを原告に渡せば損益相殺の問題が生ずるものの、引渡しのない現段階においては、その購入金額が損失となるべきものである。

(1) 原告の差引出捐額合計金六三四二万四六七九円

(ア) 昭和六三年二月一四日までの入金額合計金二一三六万五二八〇円

① 原告名義口座 金九八七万一五八〇円

② B名義口座 金五四九万七九〇〇円

③ E名義口座 金二九九万七九〇〇円

④ C名義口座 金二九九万七九〇〇円

(イ) 昭和六三年二月一四日までの出金額合計金五六二万五一六七円

① 原告名義口座 金四九九万九〇四三円

② B名義口座 金六〇万八七〇八円

③ E名義口座 金八七〇八円

④ C名義口座 金八七〇八円

(ウ) 昭和六三年二月一五日からの入金額合計金六七五〇万八六八一円

① 原告名義口座 金六〇九二万四一八一円

② B名義口座 金三五〇万円

③ E名義口座 金三〇八万四五〇〇円

④ C名義口座 金〇円

(エ) 平成五年一月二六日の銀行振込額金二一七万六一一五円

(オ) M口座に移されて平成五年四月九日に売却されたダイナミックシフトの売却代金一七六四万八〇〇〇円

(カ) 以上合計金六三四二万四六七九円(=(ア)-(イ)+(ウ)-(エ)-(オ))

(2) 弁護士費用の内金六〇〇万円

(二) 被告の主張

原告の主張(1)の(ア)から(ウ)までの入出金額については、積算根拠が明らかでなく、信用できない。

また、原告の家族名義の口座における取引については、各名義人の取引であり、原告は、各名義人の代理人ないし使者にすぎないから、これらの口座における損失が原告の損失になることはない。さらに、原告は、購入後未売却の証券について、その購入金額全額を損失としているが、一方で購入した証券を資産として所有しながら、他方でその購入金額を損失として計上するのは極めて不合理であり、被告がこれら証券を原告に引き渡していないのも、原告が所定の受渡し手続を履行していないからに過ぎず、被告が領得しているものではない。

4  消滅時効の成否

(一) 被告の主張

(1) 原告の不法行為に基づく損害賠償請求については、本訴提起日が平成九年九月一九日であることから、平成六年九月一八日以前の売却によって発生した損失に係る損害賠償請求権は、時効によって消滅している。被告は、本訴第一回弁論準備手続において、右時効を援用する旨の意思表示をした。

(2) 右消滅時効の主張について敷衍すれば、次のとおりである。

(ア) 本訴において、原告は、本件取引の担当者(F、H、I)の行為が不法行為を構成するとして、被告に対し使用者責任に基づく損害賠償を請求しているところ、不法行為責任は、共同不法行為でない限り、行為者ごとにその成否を個別に判断するものであるから、複数の被用者の行為に基づく使用者責任の場合も、それらの被用者の行為が共同不法行為を構成するものでない限り、被用者ごとに不法行為責任の有無を判断し、それを前提として使用者責任の有無を判断すべきである。

本件の場合、F、H及びIは、担当時期がいずれも異なることから明らかなように、別個独立に営業活動をしたのであって、共同して営業活動をしたのではない。それゆえ、これらの担当者の不法行為責任は、各担当者の担当期間中の取引による損害に対して判断すべきであり、他の担当者が担当した取引による損害についてまで不法行為責任を負うことは理論上あり得ない。

このように、証券取引においては、担当者ごとに不法行為の成否を判断すべきであり、かつ、取引全体の違法性が問題となる場合でも、その取引は当該担当者の担当期間中の取引に限るべきである。したがって、F、H及びIの各担当期間中の取引による損害はそれぞれ別個の損害として評価し、消滅時効の起算点も個別に認定すべきであると思料する。

(イ) 本件損害賠償請求権の消滅時効について

民法七二四条によると、不法行為による損害賠償請求権の消滅時効は、被害者が「損害及び加害者を知りたる時より」時効期間を起算することになっているところ、そこでいう「損害を知った」とは、他人の不法行為によって損害が発生したことを知ることを意味し、その損害の程度や金額を正確・具体的に知ることまでは必要がないと解されている。

ところで、原告は、本訴において、年一割で資産を運用するとの勧誘を受け、それを信じて担当者に取引を任せていたにもかかわらず、預かり資産が減少したとして、各担当者の不法行為責任を主張しており、これによると、証券取引による損失の発生が続き、預かり資産が減少したことを認識できれば、右不法行為責任を担当者に追及することができたものと認められる。

それゆえ、原告が右認識を有した時をもって「損害を知った」と解すべきであり、また、この場合に担当者を加害者として主張すべきことは誰の目にも明らかであるから、同時に、加害者も知ったことになり、消滅時効は進行すると解される。

しかるところ、原告は、F担当期間中には、購入後の値動きが思わしくないと、損金が膨らむのを嫌ってすぐに売却や乗換えを指示していたこと、また、H担当期間中には、個々の取引の損益状況以外に、預かり資産の残高とその評価損益及び引継後の取引による全体の損益などについても説明を受けていたこと、そして、本件各口座では、F及びHが担当する間に、いったん取引が中断し、新規資金の入金によって再開されるとの経過がいずれも認められることなどの状況に照らせば、原告は、少なくとも、本件各口座での取引がうまくいっておらず、年一割の利益が得られていないばかりか、損失が発生して預かり資産が減少していることを十分に認識していたものと認められる。その上で、このまま取引を続けることによって損失を回復する方が良いと判断して取引を継続したが、平成七年一一月ころ、預かり資産の残高が一〇〇〇万円くらいまで減っていると聞いて態度を豹変したものと思われる。

このような状況に照らせば、遅くとも、F担当期間中の取引による損害については同人が本件取引の担当を離れた平成元年七月初めころから、H担当期間中の取引による損害については同人が本件取引の担当を離れた平成六年七月初めころから、それぞれ時効期間が進行し、本訴が提起された平成九年九月までには三年間の時効期間が経過して、消滅時効が完成したことは明らかである。

(二) 原告の主張

被告の不法行為は継続的なものであり、かつ、原告が損害を知ったのはIに預かり残高を問い合わせた平成七年一〇月下旬ころであるから、被告の消滅時効の主張は、理由がない。

第三当裁判所の判断

一  争点1(本件取引の違法性)について

1  まず、各項末尾挙示の証拠及び弁論の全趣旨によれば、本件取引に関して、次の事実を認めることができる。

(一) 原告は、もともと野村證券株式会社(以下「野村証券」という。)熊本支店で証券取引をしていたが、外務員が頻繁に買い替えの勧誘をし、それに従っていたところ、次第に手数料を取られるだけで損をしているような感覚となり、昭和五七年一一月、当時同社に保護預かりとなっていた九州電力株五〇〇〇株、沖電気株五〇〇〇株及び三菱商事株二〇〇〇株を引き出した。そして、同月一〇日、被告熊本支店に原告口座を開設し、右のうち沖電気株五〇〇〇株を被告熊本支店に入庫して、その売却を委託した。その結果、金二〇四万四七二〇円が原告口座に入金されたが、そのうち、金一〇〇万円で積立Gコース(中期国債ファンド)が買い付けられ、残金は、出金された。

(甲一、乙一八、二四、原告本人)

(二) 昭和六一年八月二六日、原告は、三菱商事株二〇〇〇株を被告熊本支店に入庫し、その売却を委託した。その結果、金二三九万八九六〇円が原告口座に入金されたが、これは、入金された日に全額銀行振込という形で出金された。

(乙一八、二四)

(三) 昭和六二年二月二日、原告は、被告熊本支店にB口座、C口座及びE口座をそれぞれ開設した。そして、中期国債一二〇〇万円分が購入され、その代金相当額として、本件各口座にそれぞれ二九九万七九〇〇円(合計金一一九九万一六〇〇円)が入金された。

なお、右家族名義の口座は、原告が名義を借りたものであり、名義人がこの口座に係る取引に関与することは一切なかった。

(乙一八から二一まで、証人F、原告本人)

(四) Fは、昭和三六年四月に被告(当時・大和証券株式会社)に入社してから、継続して営業業務を行っており、昭和六一年七月初めに被告熊本支店に赴任した。

Fが同支店に赴任したころ、原告口座にはほとんど預かり資産がなく、いわゆる休眠状態にあったことから、Fは、原告に対し、特に積極的な営業活動を行っていなかったが、昭和六二年二月に本件各口座に合計約一二〇〇万円の入金がされたことから、原告に対する営業活動を活発化させた。

なお、Fは、平成元年七月ころ、被告熊本支店から鹿児島支店に異動となったが、熊本支店在任中に、営業課長から次長に昇任した。

(乙四二、証人F)

(五) Fの後任として被告熊本支店における原告担当となったHは、昭和四五年四月に被告(当時・大和証券株式会社)に入社し、平成元年七月初めころに被告熊本支店に赴任した。その後、平成六年七月初めころに同支店から異動するまで、Hが原告の担当であった。

また、Hの後任であるIは、昭和五三年四月に被告(当時・大和証券株式会社)に入社し、平成六年七月に被告熊本支店に赴任した。

(乙四九、五四、証人H、同I)

2  次に、各項末尾挙示の証拠及び弁論の全趣旨によれば、原告の経歴、病歴、家族等について、次の事実を認めることができる。

(一) 原告(昭和三年○月○日生まれ)は、旧制中学に在学中の昭和一八年に飛行兵となり、終戦後、熊本に戻って農業を始めた。

その後、原告は、いったんは会社員になったものの、妻であるB(昭和三年○月○日生まれ)が精神分裂病に罹患し介護が必要な状況になったことから、昭和四二年ころには右会社を退職した。

退職後の原告は、相続した農地をスーパーに店舗用地として賃貸したり、中古アパートを取得してこれを賃貸したりと、専ら不動産賃料収入で生活している。

なお、原告の不動産資産は、田が約五反、畑が約一町、スーパーに賃貸している土地が約二反、アパート二棟(八〇坪)等である。

(甲一、原告本人)

(二) 原告とB夫婦の間には、四歳で死亡した次女を除き、長女C(昭和三五年○月○日生まれ)、三女D(昭和三七年○月○日生まれ)及び長男E(昭和四二年○月○日生まれ)の三人の子がいる。

右五人は、もともと全員同居していたが、Eは、高校卒業後の昭和六一年ころから福岡の専門学校に通うようになって別居するようになり、Cは、平成二年六月に結婚して別居するようになった。そして、以後は、原告、B及びDが同居しているが、Dは、仕事のため、平日の日中に在宅していることはまれである。

(甲一、一六、原告本人)

(三) Bは、精神分裂病であり、昭和五八年七月二五日からはa病院を受診するようになり、同月二九日から同年一一月二八日まで入院した外、平成七年一〇月までの間には、次の期間も入院していた。

① 昭和六一年四月二八日から同年五月二六日

② 昭和六一年六月一九日から同年一〇月二日

③ 昭和六三年一月一六日から同年三月七日

④ 昭和六三年四月一八日から同年八月八日

⑤ 平成四年四月二一日から同年六月七日

⑥ 平成七年三月一五日から同年五月一五日

また、退院期間中も、少なくとも一か月に一回、退院直後等多いときは二週間に一回程度の割合で通院していた。

(甲一七、一八)

(四) 昭和六三年五月二九日朝、原告の会話が不明瞭となり、意識障害が認められたため、原告は、b病院(以下「b病院」という。)を受診した。

右受診時の原告には、構音障害があり、問いかけにうなずくことはできても、発語することはできなかった。そして、診察の結果、小脳梗塞が認められたことから、そのままb病院に入院することとなり、原告には、ベッド上で安静にすることが指示された。

原告の症状はその後軽快し、同月三一日ころからは発語もスムースになってきた。そして、同年六月八日には、介助付きながら、トイレに自力で歩行していくことができるようになった。

その後も原告の症状は改善していったことから、原告の義理の弟が医師をしているc病院において以後の経過を観察すれば足りると診断され、同月一四日、原告は、b病院を退院してc病院に入院したが、そのc病院も、同月二〇日には退院して自宅に戻った。

(甲二、三の1、五、原告本人)

(五) c病院退院後、原告は、昭和六三年六月二四日にb病院に通院したが、その後しばらくは通院せず、また、同年七月一八日以降は指示された薬の服用を全くしていなかった。

同年八月後半ころから、原告には、店で買物をしたのにお金を払わずに帰ったり、工事に行って道具を忘れて帰るといった異常な行動が現れたことから、同年九月六日、再びb病院を受診した。そして、同日、原告の前頭葉機能テスト等が行われたが、原告は、平仮名の文章から「あ・い・う・え・お」の五文字を二分間で拾い上げるというテストでは、三五文字中一二文字しか拾い上げることができず、また、数字記憶テストでは、五桁の数字までしか記憶することができないなど、一定の記憶障害が認められた。

同月一二日には、CTやMRIによる検査が行われたが、特別な変化は認められず、以後、原告はしばらくb病院には通院しなくなった。

(甲二)

(六) 平成二年二月一八日から二六日まで、原告は、ヨーロッパ旅行に出掛け、また、同年五月二九日から六月二日までは、北海道旅行に出掛けた。

ところが、同年八月一日の起床後に吐き気が出るなどしてほぼ一日中臥床し、翌二日にb病院を受診した。そして、同月九日にもb病院で検査を受けるなどした結果、止めていた薬の内服を再開して様子を見ることとなった。

その後、原告に特に異常はなく、原告は、同年一〇月一五日から一六日にかけて、天草方面に旅行に出掛けた。

(甲二、五、六、一二)

(七) 平成三年八月一四日、原告は、いすから転落して後頭部を打ったことから吐き気や頭重感といった症状が出るようになった。そこで、同月一六日にb病院を受診し、同月一七日、同月一九日、同月二七日及び同月二九日も受診したが、症状の改善が見られず、逆に、回転性めまいといった症状も出たことから、同日、b病院に入院することとなった。

このときの原告の診断名は、椎骨脳底動脈血行不全であり、薬物療法の結果、自力歩行も可能となり、同年九月一〇日、退院した。

その後、原告の症状は軽快することもあったが、めまい発作を起こすことも何度かあり、特に、平成四年四月以降は再び症状が重くなり、同月二九日にはめまいや吐き気が治まらず、一晩b病院に入院した。

このように、原告の症状が一向に完治しないことから、原告は、同年五月二日から九日まで、精密検査のためにb病院に入院した。しかし、特別な所見が認められなかったことから、内科的治療を続行することとされた。

(甲二、三の2及び3)

(八) 平成四年六月四日、原告は、引き込まれるようなめまいを感じ、また、体を動かすと嘔吐したり、めまいが強くなることから、b病院を受診し、そのまま入院した。

検査の結果、慢性硬膜下血腫が認められたことから、同月五日、穿頭ドレナージを施行して右血腫を除去した。しかし、血腫の再発が認められたため、同年七月一日、開頭血腫除去術を施行して、再び血腫を除去した。

右開頭手術後、同月八日ころから原告の症状が軽快し、原告は、同月一八日に退院した。

その後、体がカーッと熱くなる発作等が出ることはあったが、基本的に以前のような症状が出ることはなくなった。そして、平成五年三月一五日から二〇日までは東京、日光方面に旅行し、また、平成六年一〇月二〇日から二七日まではアメリカ旅行をした。

(甲二、三の4、五、六、一〇、一二)

3  被告は、本件取引については、すべて原告の承諾をとっている旨主張し、証人F、同H及び同Iも、右主張に沿った証言をしている。そこで、まず、これらの証言の信用性について検討する。

(一) 証人Fの証言について

前記認定のとおり、原告は、昭和六三年五月二九日にb病院に入院し同年六月一四日にc病院に転院した上、同月二〇日に退院している。

この間の同月二日以降、別紙取引経過表及び別紙取引一覧表(1)記載のとおり、原告口座において取引が行われているところ、これらの取引について、被告は、体調のよくなった原告が自ら被告熊本支店に電話して注文したものである旨主張している。

しかし、前記認定のとおり、この入院期間中において原告が歩行可能となったのは同月八日以降であり、しかも、同日の時点ではなお介助を要していたというのであるから、少なくとも、同月二日から同月八日までに約定された取引について原告が自ら電話して注文したと認める余地はない。そして、Fが証言するように、原告が、株について随分詳しく、Fから電話するのと同じくらい自らFに電話をし、損が膨らむのを嫌い、逆に利益確定を急ぐように取引の注文をしていたというほど主体的な投資態度をとっていたとすれば、当然、被告から送付される書類にもすべて目を通していたものと考えられるところ、右入院期間中の取引について原告が苦情や問い合わせをしたことを認めるに足りる証拠はなく、かえって、Fが原告が入院したことを聞いていない旨証言していることに照らせば、そのような苦情等はなかったものと認められる。そうすると、原告は、被告から送付される書類にすべて目を通していたとはいえず、その前提となるFが証言するような投資態度についても、認めることはできないというべきである。

そもそも、Fは、原告の株についての知識について、何ら合理的な根拠もないのに、「よく株のことご存じ」(同人の証言調書二三項)、「株については随分お詳しいんだというふうに、私は認識しておりました」(同二四項)という証言したり、昭和六三年六月から一二月まで及び平成元年五月一七日からFが異動となる同年七月まで、原告口座での取引を中断したのは、自分が提案して冷却期間を置いた旨証言しながら、前者の期間にはB口座において、後者の期間にはB口座及びE口座において、それぞれ取引がされていたり、昭和六三年二月に投資信託購入分の約三〇〇〇万円の外に、転換社債や株式を購入するための資金を入金してもらうに当たり、「資金限定」(同五六項)、「とにかく、資金は増やさないんだと、あくまでもこの範囲内での運用ということ」(同九七項)と証言しながら、実際には、その後も入金が続いており、かつ、その理由については分からないとしか証言できていない(同三八八項)など、その証言には、不自然、不合理な部分が多い。

右事情等を総合すれば、争点に関する部分に係るFの証言については、信用することができないというべきである。

(二) 証人Hの証言について

前記認定のとおり、Hが被告熊本支店に勤務して原告の担当となっていたのは、平成元年七月ころから平成六年七月ころまでの約五年間に及び、この間、原告は、平成四年四月二九日から三〇日にかけてのものを除き、計三回、b病院に入院し、平成四年六月五日及び七月一日には、頭部の手術を受けているのである。また、平成三年八月にいすから転落して体調を崩してから右手術を受けるまで、原告の体調は、一時的によくなることはあっても、めまい発作が何度も起きるなど基本的にすぐれなかったのである。他方、別紙取引経過表記載のとおり、右原告の体調がすぐれない間も被告との取引は行われていたところである。

ところが、Hは、原告の入院の件について、以前脳梗塞で倒れたことがあり、その検査のために入院するとの連絡を受けたことはあるが、検査入院以外の入院については、記憶がない旨証言している。しかし、右に述べたような前記認定のH担当期間中の原告の症状、入院の経緯、治療内容等に照らし、本件取引についてきちんと連絡を取り合っていながら検査入院以外の入院について知らないというのは、極めて不自然、不合理である。被告は、原告の体調ないし病状に合わせて被告との取引規模や回数が増減している旨主張するが、そうであるとすれば、なおさら、Hが原告の体調不良、入院、手術について記憶がないということは理解し難いというべきである。

また、H証言については、平成三年三月二八日の原告口座からの金二〇〇〇万円出金に関する部分についても、後述するとおり不自然、不合理である。

右事情等を総合すれば、争点に関する部分に係るHの証言については、信用することができないというべきである。

なお、被告は、原告の旅行期間中等における取引について説明したHの陳述書(乙四九)の記載や証言が、本件各口座の取引内容に極めてよく符合しているとして、H証言に信用性のあることを強調するが、右記載や証言は、当時の相場動向や資料に基づいてHが「思い出した」ないし「確認した」というものであり、客観的な資料と符合することはむしろ当然であって、H証言の信用性を担保するものとはいえない。

(三) 証人Iの証言について

前記認定のとおり、原告は、平成六年一〇月二〇日から同月二七日までアメリカ旅行に出掛けているところ、この間の同月二四日に、B口座で大東建託株が売却されている。この点について、Iは、海外旅行に行くと聞いており、旅行に行く前に原告とあらかじめ打ち合わせた内容に従って売却したものである旨証言しているが、その証言する打合せ内容は、成行か指値かの確認もせず(同人の証言調書一四六項)、税金の申告方法についても確認していない(同一五四項)という不完全なものである。また、Iは、当初、「二、三日後にアメリカ旅行に行かれるということを知りました」(同四四項)、「二、三日後にアメリカに行かれるということでしたんで」「約一、二週間の旅行ということなんで」(いずれも同一一七項)と、行き先や期間についても聞いた旨の証言をしていながら、反対尋問においては、海外旅行に行くとは聞いたがそれ以外は聞いていないと証言しており(同一六〇項)、「ほとんどありません」(同四五項)という事態に関する証言としては、不自然に変遷しているというべきである。

さらに、Iは、原告が突然怒り出した時期について、一貫して平成七年一〇月下旬ころとしており(乙五四・三項、同人の証言調書五、一一、五六、五八等)、しかも、そのきっかけは新月次報告書の申込書を郵送したことで、その送付時期は同月前後である旨も明確に証言している(同一八四項から一九七項まで)にもかかわらず、原告口座及びB口座においては、同月二四日から同年一一月一三日まで取引が行われている(別紙取引経過表五六六番から五七二番まで)。この点について、被告は、最終準備書面(四)で、Iの記憶違いである旨主張し、電話で原告に残高を知らせたのが同月初めころ、顧客勘定元帳を原告方へ持参したのが同月一三日以降ではなかったかと推認されるとするが(なお、平成一〇年一月二九日付け被告準備書面第一、二8においては、「平成七年一〇月末頃、原告からIに対し残高の問い合わせがあったことは認める」と記載されている。)、Iの右証言内容に照らし、単純な記憶違いと言い切ることはできない。

右事情等を総合すれば、I証言についても、争点に関する部分に係る証言については、信用することができないというべきである。

(四) 小括

以上のとおり、本件取引についてはすべて原告の承諾ないし指示を得ていた旨の被告の主張を裏付ける証人らの証言は、いずれも信用することができない。

4  右を前提として、原告と被告熊本支店との間で本件取引が始まった経緯について検討する。

原告は、被告熊本支店のF営業課長(当時)及びG支店長(当時)から、一億円入れてくれれば年一割で回す旨の話があり、それを信じて、一億円に近いお金を被告に入金した旨の供述をするが、被告も指摘するとおり、顧客勘定元帳(乙一八から二一まで)上は、実際の入金額は原告に有利に計算した場合でも約八〇〇〇万円にしかならず、出金額もあることなども考慮すれば、原告の右供述を直ちに採用することはできない。

ところで、前記認定のとおり、原告は、被告と取引を開始する前、野村証券と取引をしていたものの、同社の外務員の頻繁な買い替えの勧誘に従っていたところ、次第に手数料を取られるだけで損をしているような感覚となって、同社との取引を中止し、被告熊本支店に口座を開設したというのである。このような原告が、突如、約三〇〇〇万円の資金を入金して投資信託を購入するとともに、株式等への投資を再開したのであるが、昭和六三年二月二二日に転換社債を購入して以降約四か月間(別紙取引一覧表(1)の六八番の取引まで)に売買とも行われた取引内容は、購入から売却までの期間が短いもので一日、長いものでも三八日で、ほとんどが一〇日未満で売却されており、損益についても、利益が出たのは、伊藤萬の転換社債(同八、九番)、モスフードサービスの株式(同一四、一五番)、エスエス製薬の転換社債(同二四、二五番)、肥後銀行の転換社債及び株式(同二八番から三四番まで)並びに丸紅の転換社債(同六七、六八番)のみであり、残りの一四回の売買ではすべて損失となっている。しかも、右利益が出たという取引も、モスフードサービスのみは約一六五万円と一〇〇万円を超えているが、その余は、最高で肥後銀行の株式による一三万五六八九円で、エスエス製薬と丸紅の転換社債では利益額は一万円にも満たない。

これらの取引について、原告が自らの意思で行っていたと認めることは、前述の野村証券との取引を原告が止めた経緯及び買い銘柄は自分が勧めたというFの証言(同人の証言調書一一三項)に照らし、極めて困難というほかない。

こうした点に加え、前記のとおり、Fの担当期間中には明らかに原告の承諾を得ずに行われた取引があり、そのことをFが殊更に否定していることなどの事情も考慮すれば、原告が右取引を始めるに当たっては、一任取引の要請及び一定の利益保証があったと考えるのが自然であり、この点に関する原告の供述は、病気や時間の経過、年齢等による記憶の減退等を考慮する必要はあるものの、基本的には信用することができるというべきである。

被告は、原告の供述は、利益保証の話があった時期やその際の具体的状況等について曖昧であり、また、原告自身、実際に年一割で回っていることを確認したことがないことを挙げ、原告供述の信用性を否定するが、前者については、原告の病歴、年齢、時間の経過等に照らし、必ずしも不自然ということはできず、後者については、原告が相当の資産家であること、被告に入金したのが生活資金等金額を正確に把握する必要のある性格の資金ではなく、余剰資金と認められることなどを考慮すれば、やはり不自然ということはできない。

5  右のとおり、Fの担当期間中の取引は一定の利益保証を伴った一任取引であったと認められるところ、担当者がHに交代した後、その取引の性質が変わったことを認めるに足りる証拠はない。被告は、H担当期間中の取引内容は、原告が入院ないし体調不良の時期には取引が全くないか大きく減少しており、Hが原告の意向を確認しながら取引をしていたことが認められる旨主張するが、この主張を採用することができないことは前述のとおりであり、また、仮に、Hの担当期間中から適法・適正な勧誘が行われるようになったというのであれば、当然、Fの担当期間中の取引ないしFとの取引方法に関する合意について原告から質問ないし疑問が出されるはずであるのに、そのような問い合わせがあったことはH自身も証言していない。

さらに、担当者がIに交代した後については、原告自身、勧誘方法が変わり頻繁に電話が来るようになった旨供述しているところであるが、F及びHの担当期間中の六年以上にわたり一任取引が続けられてきたことや、争点に係るI証言が信用できないことなどに照らせば、Iによる個別銘柄についての勧誘も、原告が被告に利益を保証してもらって取引を一任するという取引の基本的性格を変えるものということまではできない(なお、Iは、原告に取引を勧めたものについて、断られたものがある旨の証言はしていない。)。

6  以上述べたところを総合すれば、本件取引は、利益保証を伴う一任取引として継続されてきたものであり、本件取引が開始された経緯、取引期間、取引内容、取引頻度等別紙取引経過表ないし取引一覧表(1)から(4)までに記載された取引経過等を考慮すれば、全体として違法な取引というべきである。

二  争点2(平成三年三月二八日の二〇〇〇万円の出金)について

1  被告は、平成三年三月二八日に原告口座から出金された金二〇〇〇万円については、同月一五日応募の投資信託(ダイナミックシフト91―3)の応募代金二〇〇〇万円の支払に充てられたものである旨主張し、証人Hは、これに沿う証言をしている。すなわち、Hは、平成三年三月になって、原告から、親戚から預かっている二〇〇〇万円を別にしたい旨の申出があったことから、ステップを換金して二〇〇〇万円を調達し、その資金で投資信託に応募することとなり、同月八日ころに定期引出申込書(乙五〇)に原告の署名押印をもらったが、応募した投資信託の受渡日である同月一九日の前日になって、ステップの換金が毎月二八日にしかできないことが分かったため、急きょ原告に電話して、最終的にHの同僚に一時立て替えてもらうこととなり、その立替金で右投資信託を購入するとともに、同月二八日に換金されたステップの二〇〇〇万円については、立て替えてもらった同僚に返済した旨証言している。

2  しかし、平成三年三月八日ころに定期引出申込書(乙五〇)に原告の署名押印をもらいながら、同月一八日になるまで、ステップの換金ができていないことに気付かなかったこと自体、極めて不自然であるし、ステップの換金が毎月二八日にしかできないことは、右定期引出申込書自体に明記されているとともに、同種のステップのパンフレット(乙五一)にも同様に明記されていることであって、昭和四五年四月に被告に入社して営業の経験を重ねてきたHが知らなかったとは考え難い。

また、本件のように個人が一時資金を立て替えるというのは、Hの経験上この件のみである(同人の尋問調書五〇七項)という異常な事態であるが、そこまで無理をして原告が同月一九日に投資信託を購入しなければならなかった理由も曖昧である。Hは、親戚から預かった分を別にしたいと要請された旨証言するのであるが、この時期に、どうしても別にしなければならない理由については聞いていないとしており(同三四五、三四六項)、具体的理由も聴かずにこのように異常な対応をしたことの合理的な説明はされていない。

さらに、Hは、このときに立て替えてもらった人の名前はすぐには思い出さなかったとも証言しているが、経験した回数も一度だけというのであり、同僚三人に合計二〇〇〇万円を個人的に立て替えてもらうという内容においても異常な経験であるとともに、被告の主張によれば、立て替えた同僚には最大で四万円を超える利息を負担させているというにもかかわらず、立て替えてもらった人の名前を忘れるということは、時間の経過を考慮したとしても、不自然である(そもそも、Hは、会社から事情を聴かれたときは立て替えてもらったことを覚えておらず、被告代理人から聴かれて初めて思い出したとも証言しており(同四五〇、四五一項)、そうであれば、なおさら不自然というべきである。)。

3  被告は、Hの同僚が立て替えた二〇〇〇万円の原資についての証拠として乙第五三号証の1から3までを提出する。

しかし、右証拠では、その口座において、平成三年三月一九日に合計二〇〇〇万円が貸し付けられるとともに、同額が出金されていることは認められるものの、右証拠だけでは、これら口座の性格も明らかとはいえず、右合計金二〇〇〇万円が被告の主張する立替金として利用されたことまでを認めることはできない。

4  なお、被告は、平成三年三月一九日に応募された投資信託の購入代金について、逆に原告自身で出捐した証拠はない旨主張するが、顧客勘定元帳には入金が明記されており、かつ、被告において立て替えたことの証明がない以上は、原告が出捐した金員が入金されたものと推認されるというべきであり、特にこの時期における原告の預貯金引出等の事実が証明されていないとしても、前記認定の原告の資産内容等に照らせば、そのことが右推認を覆すものではないというべきである。

また、被告は、原告は自ら、出金伝票(乙三〇)に二〇〇〇万円という金額を記載し、かつ、署名押印していることを挙げ、被告主張が誤りであれば、原告がこのような出金伝票を記載して疑問に思わないというのは不自然である旨主張するが、右出金伝票の日付欄は原告が記入したものではなく、原告がこの出金伝票に記入したのがいつであるかは明らかとはいえない上、本件取引が一任取引であることに照らせば、被告から記載を求められた書類に原告がその意味を理解しないまま署名押印したことも十分あり得るといえ、被告の右主張は、採用することはできない。

5  以上述べたところを総合すれば、平成三年三月二八日に原告口座から出金されたこととなっている金二〇〇〇万円については、原告に支払われておらず、また、原告のために費消されたこともないと認めることができる。

三  争点3(原告の損害)について

1  原告は、顧客勘定元帳に記載されている出金のうち、昭和六三年二月一五日以降のものについては、平成五年一月二六日に原告口座、B口座及びE口座から引き出した合計金二一七万六一一五円の出金しか認めない旨主張する。

この点については、損益相殺の問題として被告に主張立証責任があるところ、証拠(乙一八から二一まで)によれば、顧客勘定元帳における本件各口座の入出金状況は、別紙入出金一覧表記載のとおりと認められる。これによると、原告が投資信託を購入し始めた昭和六二年一一月以前の出金は、原告が持っていた株券の売却代金を出金したときを除き、一万円未満の端数が付く金額であったことはないのに、それ以後の出金は、一円単位の端数の付いた金額であることが多く、また、一万円未満という少額の出金もある。

そして、前記一及び二で認定判断した本件の経緯や、出金伝票(乙三七の6及び8から10まで)の金額欄を原告が記入したことを認めるに足りる証拠はないことなどに照らせば、少なくとも一〇〇〇円未満の端数の付いた金額の現金による出金については、特段の事情のない限り、原告が受領したと認めることは困難であるというべきところ、原告が損益相殺を認める昭和六二年一二月二五日の合計金三万一四八七円を除き、右特段の事情は認められない。

他方、本件取引継続中、平成五年一月二六日以外にも出金したことは原告も自認していること、現金を受け取った記憶はない旨の原告の供述は信用することができないことなどに照らせば、原告口座における平成二年一二月一二日の金二〇〇万円、B口座における昭和六三年三月一五日の金一一〇万円及び同年九月一三日の金一五〇万円、E口座における平成四年八月四日の金九万二〇〇〇円、C口座における平成三年二月五日の金四一万円の合計金五一〇万二〇〇〇円については、原告が受領したと認めることができる。

2  次に、本件各口座に残っている証券等について、被告は、定められた受渡し手続を原告が履行しさえすれば引渡し等に応ずる旨主張するが、証券及び投資信託については、その現在価値を認めることのできる証拠はなく、また、残預託金については、現実に支払又は供託がされない限り、原告の損害から控除することはできないというべきであるから、いずれについても、原告の損害から控除することはできない。

3  原告は、原告が金二〇〇〇万円で購入し、その後、M口座に移され平成五年四月九日に金一七六四万八〇〇〇円で売却された投資信託(ダイナミックシフト91―3)について、右売却代金を原告の損害から差し引くべきである旨主張する。

ところで、証拠(乙一六、二三、二八、原告本人)によれば、原告は、弟の妻であるMの弟のNから金二〇〇〇万円を借り受けて被告に入金していたが、この金二〇〇〇万円を原告の資金と明確に区分したいと考え、Hにその旨依頼したところ、平成四年一月にM名義の口座が被告熊本支店に開設され、同月二九日に原告口座にあった投資信託(ダイナミックシフト91―3)が右M口座に移された後、平成五年四月九日に金一七六四万八〇〇〇円で右投資信託が売却されたことが認められる。この点に関して、原告の陳述書(甲一)には「証券二〇〇〇万円分」を移すようHに依頼した旨の記載があることなどを考慮すれば、M口座に移されるものは価格の変動があるものとされていたと認められ、右口座移管後の価値の下落についてはMにおいて負担することになっていたというべきである。そうすると、右売却代金を原告の損害から控除するとすることは相当とはいえず、他に特段の主張立証がない以上、金二〇〇〇万円を原告の損害から控除するのが相当と認められる。

4  なお、本件取引は、無断売買ではなく、原告の包括的な委任による一任取引であり、その計算は原告に帰属するというべきであるとともに、被告の不法行為となる取引は、昭和六二年一一月二四日の投資信託の購入以降のものである。

そうすると、原告の損害は、右同日以降の本件取引による損失額に平成三年三月二八日に原告口座から出金されたこととなっている金二〇〇〇万円を加えたものから、昭和六二年一一月二四日以降出金したことが認められる金額及び右3で述べた金二〇〇〇万円を控除した金額となるといえる(なお、後述する過失相殺による減額及び弁護士費用の加算がある。)。

5  以上を前提として、原告の損害を検討する。

(一) 本件取引による損失 金四九七四万四八七一円

別紙取引経過表損益合計欄の合計欄記載のとおりである。

(二) 平成三年三月二八日に原告口座から出金された額 金二〇〇〇万円

前記二認定判断のとおり、この金二〇〇〇万円については、原告に無断で原告口座から出金されており、被告は、右無断出金を否定していることから、原告の損害ということができる。

(三) 昭和六二年一一月二五日以降の出金額 金五一三万三四八七円

前記二及び右1認定判断のとおりである。なお、この出金額については、損益相殺として過失相殺後の原告の損害額から控除すべきであるとする考え方もあり得ようが、本件における右出金は、長期にわたる本件取引の過程で被告の不法行為に気付かないまま原告が手続をしたものであり、本件取引の一環という要素が強いことから、過失相殺前の損害額から控除するのが相当と考えられる。

(四) M口座に移した投資信託分 金二〇〇〇万円

右3認定判断のとおりである。なお、この投資信託分についても、右3と同旨の理由により、過失相殺前の損害額から控除するのが相当と考えられる。

(五) 過失相殺前の原告の損害 金四四六一万一三八四円

以上によれば、過失相殺前の原告の損害額は、金四四六一万一三八四円(=(一)+(二)-((三)+(四)))となる。

(六) 過失相殺

原告は、株式投資の経験が全くないわけではなく、野村証券での取引では損失を経験していること、昭和六二年一一月に本件取引が開始されてから、紛争が生じた平成七年一〇月までの間には、いわゆる証券不祥事の発覚により証券会社のする利益保証等が社会問題化したこともあるのに、この間、原告が残高を確認することもなく本件取引を継続したこと、その他本件に現れた一切の事情を考慮すれば、原告の損害額については、二割を過失相殺により減額するのが相当と認められる。

そうすると、過失相殺後の原告の損害額は、金三五六八万九一〇七円(円未満切捨て)となる。

(七) 弁護士費用 金三五〇万円

弁護士費用については、金三五〇万円について相当因果関係のある損害と認められる。

(八) 以上によれば、原告の合計損害額は、金三九一八万九一〇七円となる。

四  争点4(消滅時効の成否)について

証拠(証人H、原告本人)によれば、原告には売買報告書が送付されていたことは認められるが、これにより、その時点の残高が分かるものではなく、また、その取引による損益が分かるものでもない。そして、前記一認定判断の本件取引の内容、証人F、同H及び同Iの各証言の信用性などに照らせば、平成七年一〇月以前に原告が本件取引による損失を知ったことを認めるに足りる証拠はないというべきである。

そうすると、被告主張のとおり、担当者ごとに消滅時効が進行するものと解したとしても、その起算点は早くても同月中のことであり、平成九年九月に本訴が提起されたことにより、消滅時効は中断したものというべきである。

五  結論

以上の次第で、原告の請求は、不法行為に基づく損害賠償として、金三九一八万九一〇七円及びこれに対する不法行為日の後である平成八年五月七日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり(なお、債務不履行に基づく損害賠償としても、右認容範囲を超える請求を認めることはできない。)、また、仮執行宣言については、相当でないので付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判官 伊藤正晴)

<以下省略>

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