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熊本地方裁判所 平成5年(行ウ)1号 判決 1997年4月14日

主文

一  別紙目録一記載の各土地と別紙目録二記載の各土地との交換契約に基づく土地所有権移転による損害賠償請求に係る原告らの訴えを却下する。

二  被告は、植木町に対し、金九六一万六二七〇円及びこれに対する平成五年一月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は、被告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、植木町に対し、金六五四六万円及びこれに対する平成五年一月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件事案の要旨

本件は、熊本県鹿本郡植木町(以下「植木町」という。)の住民である原告らが、植木町に代位して、植木町長であった被告に対し、被告が植木町長として、訴外右田トシコ(以下「右田」という。)との間に締結した右田所有土地と植木町所有土地との交換契約に基づく土地所有権移転及び交換差金の支出が、また、訴外友枝孝介及び同友枝佑二(以下「友枝ら」という。)との間に締結した友枝ら共有土地と植木町所有土地との交換契約に基づく土地所有権移転及び交換差金の支出がそれぞれ違法であるとして、右各土地所有権移転及び各交換差金の支出により植木町がそれぞれ受けた各損害の賠償請求及び民法所定遅延損害金(訴状送達日の翌日から起算)の支払請求をした事案である。

二  本件の事実関係(当事者間に争いがない事実並びに後記括弧内の証拠及び弁論の全趣旨により認定される事実)

1  原告らは植木町の住民であり、被告は平成元年九月から平成五年二月まで植木町長の職にあった者である(争いがない。)。

2  植木町は、平成元年ころから町役場庁舎新築を計画していたが、その進入道路としての町道植木―古閑線(以下「本件道路」という。)は、その当時、側溝を含めて幅員は約六メートルしかなく、そのため、日常的に渋滞や車の離合に支障を来すことがあったので、本件道路の拡幅整備を重要課題の一つとして道路五か年計画の一環に入れていた。そして、植木町がその用地として右田や友枝らから取得を計画した土地は、国道三号線から本件道路に入った両脇にあり、本件道路の拡幅整備には必要なものであった。そこで、植木町の担当者は、平成二年六月八日及び同月一二日、右田や友枝ら右用地の地権者らとの間で買取交渉をし、本件道路の拡幅整備の内容や境界の立会いについての説明は終了したが、右田や友枝らからは右買取に応じてもらえなかった。その後、植木町は、平成三年二月末ころ、不動産鑑定士西淨隆志(以下「西淨」という。)に対し、公共用地取得の参考にするため、互いに近接する、別紙目録一記載の各土地(以下「一の各土地」という。)の分筆前の土地である植木町所有の同所二三八番一の土地(以下「二三八番一の土地」という。)及び別紙目録二記載の各土地(以下「二の各土地」という。)の分筆前の土地である右田所有の同所二二七番一の土地(以下「二二七番一の土地」という。)及び同所二二八番一の土地(以下「二二八番一の土地」という。)、友枝ら共有の同町大字植木字東古屋敷一三四番四の土地(以下「一三四番四の土地」という。)などについて鑑定を依頼した。その結果、右西淨からは、同年三月三〇日ころ、右各土地の一平方メートル当たり単価を、二三八番一の土地は四万円、二二七番一の土地及び二二八番一の土地はいずれも四万五三〇〇円、一三四番四の土地は六万九八〇〇円と鑑定評価した平成三年三月一日付鑑定評価書(以下「西淨鑑定」という。)が提出された。そして、右用地交渉の担当者である植木町建設課長福田正(以下「福田」という。)らは、同年四月二三日、右田に対して二三八番一の土地の一部と二二七番一の土地及び二二八番一の土地の一部、友枝らに対して二三八番一の土地の一部と一三四番四の土地の一部についてそれぞれ不動産鑑定による等価交換面積を提示したが、右田や友枝らは、同月二五日、右提示を拒否するとともに、植木町が提供する二三八番一の土地は一平方メートル当たり三万円で評価するとともに、右田や友枝らが提供する二二七番一の土地、二二八番一の土地及び一三四番四の土地は一坪当たり五〇万円の評価をするように要求した。これに対し、福田らは、その後も種々の案を提示して交渉しようとしたが、右田や友枝らがいずれもの案を拒否して先に提示した自案に固執する一方、植木町では平成三年九月末に完成予定の町役場新庁舎の落成式を同年一〇月一八日に予定していたため、同年七月末か八月ころまでには右田や友枝らから二の各土地の取得と本件道路の拡幅整備工事の着手が必要であったことから、右田や友枝らの要求に応じざるを得ないものと判断し、同年七月一八日ころ、右田や友枝らとの間に、一平方メートル当たりの評価額を、二三八番一の土地は三万円、二二七番一の土地及び二二八番一の土地は八万二六〇〇円、一三四番四の土地は一二万七二七三円とすることで事実上合意した(甲一三ないし一五、二〇、二一、二五、二六、三〇、乙九、一三、一四の1、4及び7、証人西淨隆志、同福田正、同友枝佑二、同森勢剛、被告)。

3  そこで、被告は、植木町長として、同月二〇日、右合意した額に基づき、右田との間で、一つの各土地のうち(一)の土地(以下「(一)の土地」という。)と二の各土地のうち①の土地(以下「①の土地」という。)を等価交換する旨の交換契約、一の各土地のうち(二)の土地(以下「(二)の土地」という。)を九五二万七四〇〇円、二の各土地のうち②ないし④の土地(以下「②ないし④の土地」という。)を合計一三八七万二六七〇円と評価して交換し、その交換差金四三四万五二七〇円を植木町が右田に支払う旨の交換契約(以下「(二)の土地の交換契約」という。)、また、友枝らとの間で、一の各土地のうち(三)の土地(以下「(三)の土地」という。)を一一八八万五四〇〇円、二の各土地のうち⑤の土地(以下「⑤の土地」という。)を一七一五万六四〇〇円と評価して交換し、その交換差金五二七万一〇〇〇円を植木町が友枝らに支払う旨の交換契約(以下「(三)の土地の交換契約」という。)の各仮契約をそれぞれ締結し、同月二二日、右交換契約に関する植木町議会の議決(以下「本件議決」という。)を得ていずれも本契約(以下「本件各契約」という。)とした。そして、被告は、同年八月一三日、(一)の土地及び(二)の土地を右田に、(三)の土地を友枝らにそれぞれ引き渡した後、同年一〇月四日までに一の各土地と二の各土地についてそれぞれ本件各契約を登記原因とする所有権移転登記手続をし、同月三一日、右田及び友枝らに対する右各交換差金の支出(以下「本件支出」という。)をそれぞれ行った(争いがない。)。

4  被告は、本件議決に際し、一の各土地及び二の各土地の評価額についてあいまいな説明をしたり、鑑定書の開示を求める議員の要求に応じようとしなかった(争いがない。)。

5  原告らは、平成四年一〇月二九日、植木町監査委員に対し、被告に対する本件各契約に基づく土地所有権移転及び本件支出による損害賠償を求めて監査請求(以下「本件監査請求」という。)をしたが、右監査委員は、同年一二月二三日、特別の措置をとらない旨を原告らに通知した(争いがない。)。

6  植木町の「財産の交換、譲渡、無償貸与等に関する条例」(昭和三九年三月二七日条例第一〇号。以下「本件条例」という。)二条一項は、「普通財産は、次の各号に該当するときは、これを他の同一種類の財産と交換することができる。ただし、価格の差が、その高価なものの価格の六分の一をこえるときは、この限りではない。一、本町において公用又は公共用に供するため他人の所有する財産を必要とするき。二、国又は他の地方公共団体その他の公共団体において、公用又は公共用に供するため、町の普通財産を必要とするとき。」と規定している(争いがない。)。

三  争点

1  本件監査請求と地方自治法二四二条二項に定める監査請求期間の遵守の有無(本案前の主張)。

(被告の主張)

地方自治法二四二条一項は、公金の支出、財産の取得、契約の締結を別個の財務会計上の行為として各別に監査請求、住民訴訟の対象として規定し、当該行為の違法性、損害の有無についても各別に問題となし得るのであるから、同条二項に定める監査請求期間も個々の財務会計上の行為ごとに判断すべきである。そこで、本件における財務会計上の行為をみるに、①平成三年七月二二日に本件議決を得て本件各契約が締結され、②同年一〇月四日までに一の各土地と二の各土地について本件各契約に基づく引渡し及び所有権移転登記手続がなされ、③同年一〇月三一日に本件支出がなされているのに対し、本件監査請求がされたのは平成四年一〇月二九日である。そうすると、本件監査請求のうち、本件各契約に基づく土地所有権移転による損害賠償については右①及び②の行為のあった日又は終わった日から一年を経過していることは明らかであるから、本件各契約に基づく土地所有権移転による損害賠償請求に係る原告らの訴えは、不適法として却下を免れない。

(原告らの主張)

本件のように、町長の違法な財産の処分、公金の支出を理由に損害賠償請求を行う地方自治法二四二条の二第一項四号請求の場合は、契約締結からその履行行為までを一体的に捉え、履行行為が完了したときをもって同法二四二条二項の監査請求期間の起算日とすべきである。なぜなら、契約の締結がなされてもその履行行為が完了しなければ町長が町に与えた損害は確定しないことになり、右損害が確定しない以上、住民は、町長に対する損害賠償請求を提起することができないのに対し、同項の監査請求期間の定めは、住民の権利行使期間を一年とすることにより早期に法的安定性を図ることを目的とするものであるが、住民の権利行使が可能でないのに期間が起算されることを容認する法意ではないと解されるからである。また、普通地方公共団体の長などの違法・不当な行為について、その存在を右行為後一年を経過した後になって初めて住民が知り得た場合にもすべて監査請求や住民訴訟ができないとしたのでは、住民による財務運営の民主的コントロールを意図した住民監査請求制度の利用を著しく阻害することになりかねないので、同項ただし書は、右一年を経過するまでに監査請求をしなかったことについて「正当な理由」がある場合には、例外的に監査請求をすることができるとしたものである。そうすると、本件における右監査請求期間の起算点は、住民である原告らに不可能を強いることはないという「正当な理由」の精神を及ぼして、被告による違法行為の外部的徴表としての本件支出をもって初めて原告らによる財務運営の民主的コントロールの契機となるというべきであるから、この時点をもって考えるべきである。特に、平成三年七月二二日の植木町議会において一の各土地及び二の各土地の正確な評価額は明らかにされなかったため、本件各契約の違法・不当性は原告らに対して明らかではなかったのであるから、本件支出に至るまでの間は、原告らが相当の注意力を持って調査したとしても客観的にみて本件各契約の違法性を知ることができなかったのである。

したがって、本件監査請求は、本件支出の日である平成三年一〇月三一日から一年以内の平成四年一〇月二九日になされている以上、全体として右監査請求期間制限の規定に反していないというべきである。

2  被告の本件各契約に基づく土地所有権移転及び本件支出による損害賠償義務の有無(本案の主張)。

(原告らの主張)

(一) 本件各契約の違法性

(1) 本件条例二条一項ただし書違反

本件条例二条一項は、交換の濫用による財政の紊乱を防止する目的で交換につき厳格な規制を定めているものであり、このような規制は、国有財産法二七条一項の規制と同趣旨であって、ほとんどすべての地方公共団体で行われているものである。そして、本件条例二条一項ただし書の文言からして、同項ただし書が定めるように価格の差が高価なものの六分の一を超えるときは、交換が許されないことは明らかである。ところで、本件各契約のうち、(二)の土地の交換契約では、(二)の土地の価格は九五二万七四〇〇円、②ないし④の土地の価格は一三八七万二六七〇円と評価されているので、右の価格差は四三四万五二七〇円となって明らかに高価なものの六分の一を超えており、また、(三)の土地の交換契約では、(三)の土地の価格は一一八八万五四〇〇円で、⑤の土地の価格は一七一五万六四〇〇円と評価されているので、右の価格差は五二七万一〇〇〇円となって明らかに高価なものの六分の一を超えている。したがって、本件各契約は、全体として評価額において既に同項ただし書の規制に反し、違法といわなければならない。

のみならず、交換に供する財産の評価が恣意的であれば、本件条例による規制が全く無意味になってしまうおそれがあるから、右ただし書にいう財産の「価格」が適正なものでなければならないことはいうまでもない。したがって、本件のように交換に供する財産が不動産のように評価が容易でない場合は、不動産鑑定士等の専門家による適正な評価額に基づき右規制に反するか否かが検討されなければならない。ところが、本件では西淨鑑定があるにもかかわらず、被告は、何らの根拠もなしに西淨鑑定を無視して、一の各土地を西淨鑑定より不当に低額に評価する一方、二の各土地を西淨鑑定より不当に高額に評価して本件各契約を締結しているのであるから、極めて恣意的というほかない。このような被告の行為が本件条例による規制に反しないというのなら、本件条例が目的とした財政の紊乱防止は単なる「お題目」に過ぎないことになる。そして、西淨は、その鑑定に際し、被告から本件各契約のための鑑定であることは全く知らされていなかったため、公共用地損失補償基準に基づいたばかりでなく、本件道路が拡幅されるにもかかわらず旧来の道路条件でもって評価した上、二三八番一の土地については広大ということで減額評価さえしているのである。したがって、本件における一の各土地の適正な評価額は、少なくとも西淨鑑定のうち二二七番一の土地及び二二八番一の土地の鑑定評価額である一平方メートル当たり四万五三〇〇円を下回ることはあり得ないというべきであり、また、二の各土地の適正な評価額は西淨鑑定のとおりと考えてよいと思われるので、この評価額からしても、本件各契約が同項ただし書に反して違法であることは明らかである。

(2) 本件各契約と本件議決との関係

植木町議会が本件条例に従わなければならないのは当然である。地方自治法二三七条が「条例又は議会の議決」による場合でなければ交換してはならない旨規定しているのは、条例がある場合でも議会の議決を経ればよいという意味ではなく、条例に定めがない場合あるいは条例で許容されている場合は議会の議決を経ればよいと解釈すべきである。そうでなければ、議会は条例改正の手続を経ないまま条例に違反する決議をすることが可能となり、条例で禁止した意味が全くなくなるからである。本件条例は、国有財産法二七条一項と同様の趣旨で定められているのであるから、これを町議会の議決でいかような交換契約もできるということになれば、右趣旨の達成は完全に没却されてしまうことになる。したがって、本件条例二条一項ただし書に違反してなされた本件議決は違法であり、ひいては、本件議決に基づく本件各契約も違法といわなければならない。

また、本件各契約を締結するに際して本件議決を経ていることをもってしても、本件各契約の違法性が阻却されるものでないことは明らかである。特に、本件議決に際し、本件各契約が本件条例による規制に反することについては全く審議されていないし、被告は、議員からの一の各土地及び二の各土地の鑑定価格について提示要求を拒む一方、あいまいな答弁に終始して議会に対する必要な情報を提供しなかったのであるから、本件議決には重大な瑕疵があり、到底本件各契約の違法性を阻却するものではない。

(3) 本件各契約と被告の裁量権

被告は、植木町長として、本件各契約に基づく交換の必要性、価格の判断につき一定の裁量権を有するというべきであるが、その裁量権を逸脱又は濫用し、著しく高額に財産を取得する契約を締結して植木町に損害を与えた場合には、誠実な管理執行義務を定めた地方自治法一三八条の二に違反し、その行為は違法と評価されて民法上の不法行為の要件に従い損害賠償責任を負うと解すべきである。本件においては、前記のように被告が裁量権を著しく逸脱又は濫用していることは明白である。また、本件各契約に際して本件議決を経ていることが被告の右行為の違法性を阻却したり、過失を否定するものでないことはいうまでもない。

(4) 本件各契約の有効と本件支出の違法

被告は、本件各契約は違法ではあっても有効であるから、本件各契約の違法は本件支出の違法事由とはならない旨主張する。しかし、仮に本件各契約が有効だとしても、植木町は被告が締結した違法な本件各契約に基づき土地所有権を移転し、本件支出をして損害を被ったのであるから、本件各契約の有効性の問題と本件各契約に基づく土地所有権移転及び本件支出による損害賠償の違法性の問題とは別次元の問題と解すべきである。

(二) 損害額

以上のとおり、被告は、本件各契約が違法であるにもかかわらず、故意又は過失により違法な本件各契約を締結して植木町に財産的損害を与えたものである。すなわち、一の各土地及び二の各土地の適正な評価額は、(一)及び(二)の土地については六四九五万円、(三)の土地については三五九九万円が相当であるところ、被告は、本件各契約において、(一)及び(二)の土地については二三六〇万円、(三)の土地については一一八八万円と著しく低額に評価して各土地所有権を移転した上、交換差金として合計九六一万六二七〇円の本件支出をしたものであるから、(一)及び(二)の土地に関して合計四一三五万円(交換差金四三四万五二七〇円を含む。)、(三)の土地に関して二四一一万円(交換差金五二七万一〇〇〇円を含む。)の損害を植木町に与えたものである。

(被告の主張)

(一) 本件条例二条一項ただし書違反

同項ただし書が定める六分の一の規制を超える交換契約を締結する場合には、植木町議会の議決が必要となるから、右議決がないときは当然に違法となるが、右議決があるときは右規制は解除され、右交換契約は適法というべきである。そうすると、本件においては、本件各契約締結に際して本件議決がなされているから、本件各契約について同項ただし書違反の問題は生じないことになる。

(二) 本件各契約と本件議決との関係

被告が本件議決に際して西淨鑑定の提示を拒んだのは、植木町では従来からこれを公表しないのが慣例であり、各普通地方公共団体においてもこれが慣例となっていたからである。そして、これを公表しなければならない法的根拠は存しない。したがって、右提示を拒んだからといって本件議決に瑕疵があるとはいえないし、また、本件議決の際の被告らの答弁があいまいであったことは否めないが、これをもって本件議決に重大な瑕疵があるということはできない。

(三) 本件各契約と被告の裁量権

一般に普通地方公共団体が財産を購入する場合、その対価について記載した法令の定めはないから、その長による財産購入契約の締結は裁量行為というべきであり、その長が右裁量権を濫用又は逸脱して著しく高価な価額で契約を締結した場合には違法というのが相当である。そうすると、本件各契約は、被告が次のような事情のもとに締結したものであるから、いずれも右裁量権の範囲内に属するものであり、これを濫用又は逸脱したものということはできない。

(1) 本件各契約は、本件道路の拡幅整備のためには必要な用地を確保するためのものであり、そのためには二の各土地を取得する以外には方法がなかった。

(2) 植木町では町役場庁舎の完成が平成三年九月末と予定され、この日までに本件道路拡幅整備工事の用地取得と右工事完了が必要とされていたので、同年七月末ころまでには本件各契約の締結が必要であった。

(3) 本件各契約が締結された平成三年ころは、いわゆるバブルの最盛期で土地の取引価額は極めて高い実情にあった。したがって、一の各土地と二の各土地についての西淨鑑定の評価額は、その実勢価額とは顕著に異なっていた。しかも、右田ら地権者側には二の各土地を植木町に譲渡しなければならない法律上の義務はない上、これを換価して金を得るなど差し迫った経済的必要性はなかったのに対し、植木町はこれを是非にも取得しなければならない立場にあった。

(4) なお、本件において土地収用法を適用しなかったのは、①この適用には、一年ないし二年の期間を要し、平成三年九月末日庁舎完成を控え、これまでにこの適用により確実にこの土地を取得することは不可能と判断されたこと、②町村の段階で単に道路改良工事程度で土地収用法を適用した例は担当者間の知る範囲では存在しないと判断したこと、③町村段階では地方の特色ある中で住民との信頼関係をより重視する必要があり、強制的な収用は適当でないと判断されたこと、④交渉の相手方も価格はともかく売却には応ずる姿勢を示していたのであり、強制的な土地収用法の適用は適当でないと判断したことによる。

(四) 本件各契約の有効と本件支出の違法

仮に本件各契約に原告ら主張のような違法があるとしても、本件各契約は私法上の契約としては有効であることは明らかであるから、植木町はその履行として交換差金の支払義務を免れないことになり、ひいては、原告ら主張の本件各契約の違法性は、その履行行為としての本件支出の違法事由を構成しないことになる。

第三  争点に対する判断

一  争点1(本案前の主張)について

>地方自治法二四二条の二に規定する住民訴訟を提起するには、適法な監査請求を経ていることが必要であるが、同法二四二条二項は、監査請求期間について「当該行為のあった日又は終わった日から一年を経過したときは、これをすることはできない。ただし、正当な理由があるときは、この限りではない。」と定めている。このように監査請求期間について制限が設けられているのは、監査請求の対象となる行為は普通地方公共団体の機関や職員の行為であるから、これをいつまでも争い得る状態にしておくことは法律関係の画一的な安定のために適当でないから、なるべく早期に右行為を確定させようという理由によるものであり、右の「当該行為」とは同条一項に規定された四種類の行為を、また、当該行為の「終わった日」とは当該行為又はその効力が相当期間継続するものについては当該行為又はその効力が終了した日を指すものと解されている。したがって、同項の監査請求期間の遵守の有無は、監査請求の対象とされている各個の財務会計上の行為ごとに判断するのが相当である。そこで、本件をみるに、前説示の本件の事実関係からすると、本件監査請求期間の起算日である「当該行為のあった日又は終わった日」とは、その損害賠償請求の根拠となった財務会計上の行為ごとに、すなわち、本件各契約に基づく土地所有権移転による損害賠償については遅くとも平成三年一〇月四日を、また、本件支出による損害賠償については同月三一日を指すことになる。そうすると、本件監査請求の日が平成四年一〇月二九日であることは前説示のとおりであるから、本件監査請求のうち、本件各契約に基づく土地所有権移転による損害賠償に関する部分は右監査請求期間の制限に反することになるが、本件支出による損害賠償に関する部分は未だ右制限に反していないことになる。なお、契約に基づく公金支出等の履行行為が違法・不当であるとして監査請求をする場合に、右契約締結の違法・不当を理由とするときは、当該契約の締結日から一年以内に監査請求をしなければならないとの見解がある。しかし、右のように解すると、未だ履行行為による損害が発生していない場合にも監査請求を強いられることになり、その結果は極めて不当といわざるをえない。そこで、本件のように違法な公金支出を理由とする損害賠償請求事案においては、損害発生日すなわち違法な公金支出をした日から監査請求期間を起算すべきであり、その基礎である契約の違法性についても審理することは許されるものといわなければならない。したがって、原告らから同項ただし書の「正当な理由」について何らの主張、立証もない本件では、本件各契約に基づく土地所有権移転による損害賠償請求に係る原告らの訴えは、不適法として却下を免れないが、本件支出による損害賠償請求に係る原告らの訴えは、適法ということになる。

これに対し、原告は、本件においては本件各契約の締結から履行行為の完了までを一体として捉えるべきであるから、本件監査請求は全体として右監査請求期間制限の規定に反していないというべきである旨主張する。しかし、同項本文に規定する「当該行為のあった日又は終わった日」については右説示のように各個の財務会計上の行為ごとに判断すべきであるから、これと異なる原告の主張は、独自の見解であって到底採用できない。

二  争点2(本案の主張)について

争点1についての前説示のとおり、本件の本案では本件支出による損害賠償請求の可否について判断することになるので、本件各契約のうち判断の対象となるのは、本件支出の基礎となった(二)の土地の交換契約及び(三)の土地の交換契約ということになる。

1  (二)の土地の交換契約及び(三)の土地の交換契約の違法性の有無について

(一) 本件条例二条一項ただし書違反について

地方自治法二三七条二項は、普通地方公共団体の財産は「条例又は議会の議決による場合でなければ、これを交換し、出資の目的とし、若しくは支払手段として使用し、又は適正な対価なくしてこれを譲渡し、若しくは貸し付けてはならない」旨規定しているが、その趣旨は、これらの行為が無制限に許されるとすれば、同法二一〇条が定める総計予算主義の原則を無視することになり、ひいては普通地方公共団体の健全な財政運営が期待できなくなるからであると解されている。したがって、同項>に違反してなされた行為は、単に違法であるばかりでなく、右趣旨からして無効といわなければならない。そして、本件では、同項にいう条例として本件条例が定められているのであるから、本件条例二条一項ただし書が規定する、価格の差が高価なものの六分の一を超える交換は、同項ただし書に違反するばかりでなく、同法二三七条二項にも違反するというべきである。なお、本件条例二条一項ただし書と同趣旨の規定である国有財産法二七条一項ただし書について、証拠(甲一九の一、二)によれば、交換対象物の交換差額が高価物の四分の一を超える場合に交換差額を支払うことで交換契約を国が締結することは認められておらず、また、その先例もないことが認められ、この事実は、右解釈を支持するものということができる。そこで、前説示の本件の事実関係からすると、(二)の土地の交換契約においては、(二)の土地の価格を九五二万七四〇〇円、②ないし④の土地の価格を合計一三八七万二六七〇円と評価して交換されているので、その価格差は四三四万五二七〇円であり、また、(三)の土地の交換契約においては、(三)の土地の価格を一一八八万五四〇〇円、⑤の土地の価格を一七一五万六四〇〇円と評価して交換されているので、その価格差は五二七万一〇〇〇円であり、いずれもその価格差が高価なものの六分の一を超えているから、(二)の土地の交換契約及び(三)の土地の交換契約は、いずれも本件条例二条一項ただし書、さらには地方自治法二三七条二項に違反する無効なものといわなければならず、ひいては、原告ら主張のように右各価格評価の是非を問うまでもなく、この違法な(二)の土地の交換契約に基づく右田に対する四三四万五二七〇円及び(三)の土地の交換契約に基づく友枝らに対する合計五二七万一〇〇〇円の本件支出は、いずれも違法な公金支出といわなければならない。

(二) 本件議決との関係について

(1) 被告は、本件条例二条一項ただし書が定める価格差が高価なものの六分の一を超える交換契約を締結する場合には、植木町議会の議決が必要となるから、右議決があるときは右規制は解除され、右交換契約は適法というべきであるところ、本件では、本件議決がされているので、(二)の土地の交換契約及び(三)の土地の交換契約について同項ただし書違反の問題は生じない旨主張する。

しかし、普通地方公共団体の議会の議決すべき事項について、地方自治法九六条一項六号が「条例で定める場合を除くほか、財産を交換し、出資の目的とし、若しくは支払手段として使用、又は適正な対価なくしてこれを譲渡し、若しくは貸し付けること。」と定めていることからすると、同法二三七条二項の「議会の議決」とは、条例で定める場合を除いたときに必要であるにすぎないものと解するのが相当であり、右条例が定められている場合には、議会が右条例の定めに従って議決を行わなければならないことは事理の性質上当然であるから、右条例に違反する議決は、何ら同項の議決としての効力はないといわなければならない。そこで、前説示の本件の事実関係からすると、本件議決は明らかに本件条例二条一項ただし書に違反しているものであるから、本件議決でもって被告主張のように同項ただし書が定める規制が解除され、その結果、その規制に違反する(二)の土地の交換契約及び(三)の土地の交換契約は適法なものとなると解することは相当ではない。被告の右主張は、地方自治法の右各規定や本件条例が総計予算主義の原則ひいては普通地方公共団体の健全な財政運営を確保するという重要な目的をもって規定されていることを正解しない議論というべきである。また、同法一三八条の二や一七六条の規定が、普通地方公共団体の長に条例に基づく事務を自らの判断と責任において誠実に管理し及び執行する義務や議会の議決が条例に違反すると認めるときは一定の措置を採る義務ないし権限を認めていることに鑑みても、本件において、本件議決があることの一事をもって(二)の土地の交換契約及び(三)の土地の交換契約の締結の違法性が阻却され、被告の植木町に対する不法行為責任が免れると解することは相当ではない。いずれにしても、被告の右主張は、到底採用できない。

(2) また、被告は、本件議決に際して西淨鑑定の提示を拒んだのは植木町の従来の慣例、さらには他の普通地方公共団体の慣例に従ったものであり、これを公表すべき法的根拠は存在しないから、本件議決には重大な瑕疵はない旨主張する。

しかし、地方自治法九六条一項六号や二三七条二項の規定に基づき交換契約について議会の議決のための審議がされるに際し、普通地方公共団体の長が議会に対して当該交換契約の書面や当該物件の評価額に関する鑑定書などの交換の是非を判断するに必要不可欠な資料を提出する義務や議員の質問に対して誠実に答弁すべき義務を負っていることは、総計予算主義の原則ひいては普通地方公共団体における健全な財政運営の確保を目的としている右各規定や同法一三八条の二の規定から当然に導き出されるものといわなければならない。そして、この立場から本件議決の際の審議状況をみるに、前説示の本件の事実関係4の事実及び証拠(甲一五、三三、証人福田正、同野田学、同森勢剛、被告)によれば、植木町議会は、本件議決の審議において、(二)の土地の交換契約及び(三)の土地の交換契約と本件条例二条一項ただし書との関係について一切審議していないし、被告も右関係について当時明確に意識していなかったこと、被告は、本件議決の審議の際、植木町議会に対し、右各交換契約の仮契約書や一の各土地及び二の各土地に関する西淨鑑定の鑑定書を全く提出しなかったばかりでなく、出席議員からの度重なる鑑定価格や計算根拠の提示要求に対してもこれに応じなかったこと、また、福田も、右要求に対し、「現在議会に提案しております単価よりも一割三歩程度安いのが評価額」と、あるいは、「町の分につきましても、同じく二割程度の鑑定価格よりも安い単価になって交渉いたしました。町有分につきましては鑑定価格は九万九〇〇〇円を上回っている」と答弁するのみであったことが認められ、この認定に反する証拠はない。この事実からすると、本件議決において、被告は、右に述べた義務を全く尽くしていなかったというべきであり、ひいては、本件議決には重大な瑕疵があるといわざるを得ない。これに対し、被告は、右鑑定書を提出しなかったり、提示要求に応じなかったのは、従来からこれを公表しないのが慣例であり、これに従ったものである旨弁解するが、仮に右慣例が認められるとしても、それが地方自治法の右規定や本件条例の規定の趣旨に悖るものであることは多言を要しないところであり、被告の右弁解は全く是認できないというべきである。したがって、本件議決は、同法九六条一項六号や二三七条二項にいう「議会の議決」には該当しないといわなければならない。

(三) まとめ

以上のとおり、(二)の土地の交換契約及び(三)の土地の交換契約は、違法かつ無効なものであり、本件議決でもって右違法性が阻却されるものでもない。したがって、前説示の本件の事実関係から明らかなように、被告は、違法かつ無効な右各契約に基づき違法な公金支出である本件支出に及んで植木町に財産的損害を与えたというべきであるから、本件のその余の争点について判断するまでもなく、植木町に対して右損害の賠償義務を負っていることになる。

2  損害額について

前説示の本件の事実関係のとおり、被告による違法な公金支出である本件支出額は合計九六一万六二七〇円であるから、右同額をこれによって植木町が被った損害として被告に賠償させるのが相当である。

三  結論

以上のとおり、本件各契約に基づく土地所有権移転による損害賠償請求に係る原告らの訴えはこれを不適法として却下し、(二)の土地の交換契約及び(三)の土地の交換契約に基づく本件支出による損害賠償請求及び民法所定の遅延損害金(本件記録上本訴状送達日の翌日が平成五年一月二七日であることは、明らかである。)の支払請求は理由があるのでこれを認容する。

なお、仮執行の宣言は不相当であるから、これを付さないことにする。

別紙<省略>

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