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浦和地方裁判所越谷支部 昭和29年(ワ)21号 判決 1955年11月25日

原告 田中庄栄

被告 馬場己之助

主文

別紙<省略>第一目録記載の建物及び第二目録記載の建物のうち(ヘ)と(ト)の建物が原告の所有であることを確認する。

被告は別紙第一目録記載の建物に対する昭和二八年七月二四日附浦和地方法務局草加出張所受附第九〇二号を以てなされた所有権取得登記の抹消登記手続を別紙第二目録記載の建物に対する同日同出張所受附第九〇三号を以てなされた所有権保存登記は同目録のうち(ヘ)と(ト)の建物については分筆の上その保存登記の抹消登記手続をなせ。

原告のその余の請求はこれを棄却する。

訴訟費用はこれを四分し、その一を原告、その三を被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「別紙第一目録記載の建物及び第二目録記載の建物のうち(ヘ)と(ト)の建物が原告の所有であることを確認する。被告は別紙第一目録記載の建物に対する昭和二八年七月二四日浦和地方法務局草加出張所受附第九〇二号を以てなされた所有権取得登記並びに別紙第二目録記載の建物に対する同日同出張所受附第九〇三号を以てなされた所有権保存登記の各抹消登記手続をなせ。訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求の原因として、

原告は別紙第一目録記載の建物(既登記のもの)及び第二目録記載の建物のうち(ヘ)と(ト)の各建物(未登記のもの)を数年以前新築し所有している。

ところが原告は被告から右不動産をいずれも一時被告の所有名義にしてもらい度いとの懇請を受けてこれを承諾し、昭和二八年七月二四日附売買契約の形式で右不動産の所有権を被告に譲渡する旨の契約の締結を仮装し、(一)別紙第一目録記載の建物については右売買契約を原因として同日浦和地方法務局草加出張所受附第九〇二号を以て原告から被告に所有権移転登記手続をなし、(二)別紙第二目録記載の(ヘ)と(ト)の建物は未登記であつたので、被告所有の同じく未登記であつた同目録記載の(イ)ないし(ホ)の建物と共に当初から被告の新築所有したものとして被告において同日同出張所受附第九〇三号を以て(イ)の建物を主として(ロ)ないし(ト)の建物を附属建物として所有権保存登記手続を了した。

しかし右所有権譲渡の契約は通謀虚偽表示であるから無効であつて、被告においてその所有権を取得することはない。従つて右各登記はいずれも登記原因を欠くものである。

もつとも第二目録記載の(イ)ないし(ホ)の各建物は当初から被告の所有であるが、前記の如く登記簿上原告所有の(ヘ)と(ト)の建物と一筆の建物として登記されておるのであるからその全部の登記について登記原因を欠くものである。

しかるに被告は現在においては右事実を争い抹消登記手続をなすことを承諾しないので本訴請求に及んだと陳述した。<立証省略>

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、

その理由として、

原告主張事実中別紙第一目録記載の建物及び第二目録記載の建物のうち(ヘ)と(ト)の建物が原告の所有であつたこと、同目録記載の(イ)ないし(ホ)の建物は元来被告の所有であつたので原告主張日時その主張のような登記をなしたことは認めるが仮装譲渡の点を否認する。被告は昭和二七年七月初旬頃原告の懇請によつて、原告からその所有の第一目録記載の建物及び第二目録記載の(ヘ)と(ト)の建物全部を代金八〇〇、〇〇〇円、代金は原告の必要に応じ遂次支払うこと、右代金支払完了後に所有権の移転登記等の登記手続をなすことの約定で買受け、代金支払ずみになつたので昭和二八年七月二四日原告主張の如き登記をなしたものである。右代金の分割支払方法は次の如くである。即ち、

(1)  昭和二七年七月一〇日金三五〇、〇〇〇円(但しミシン購入資金のため支払い)。

(2)  同年一二月二五日金一四、〇〇〇円(原告の訴外横内正司に対する債務の立替支払い)。

(3)  昭和二八年一月一〇日金六〇、〇〇〇円(原告の訴外株式会社埼玉銀行に対する債務の立替支払い)。

(4)  同年二月一七日金八、一九〇円(原告の滞納税金の立替支払い)。

(5)  同年三月二〇日金二一、〇〇〇円(原告の訴外横内正司に対する債務の立替支払い)。

(6)  同年二月頃まで金七六六、六〇〇円(売買契約締結後原告が被告に売渡した商品材料代金一、七〇九、四〇〇円から原告が右材料によつて製造した製品を買受けた製品代金九四二、八〇〇円を差引いた残額)

右合計金一、二一九、七九〇円となり過払となつておる。

従つて、第一、二目録記載の建物はいずれも被告の所有であつて原告の本訴請求は失当であると述べた。<立証省略>

理由

別紙第一目録記載の建物及び第二目録記載の建物のうち(ヘ)と(ト)の建物がいずれも原告の所有であつたこと、第一目録記載の建物につき昭和二八年七月二四日附売買契約を原因とする原告主張の如き所有権移転登記手続をなしたこと、第二目録記載の建物のうち(ヘ)と(ト)の建物が被告所有の同目録記載の(イ)ないし(ホ)の建物((イ)の建物を主たる建物として(ロ)ないし(ト)の建物をその附属建物として)と一筆の建物として被告所有名義で原告主張の如き保存登記手続をなしたこと、第二目録記載の(ヘ)と(ト)の建物について被告の所有権取得の原因が第一目録記載の建物と一括してなされた売買によるものであることは当事者間に争がなく、第二目録記載の建物を保存登記をなした理由が右(ヘ)と(ト)の建物が未登記の建物であつたことによることは被告の明かに争わないところであるから自白したとみなすべきである。

原告は原告が被告との間になした前記売買契約は通謀虚偽表示であると主張するので考察する。

成立に争のない甲第一、二号(乙第二号証の一、二)、乙第三号証の一ないし七印影の真正なることについて当事者間に争がないのでその余の部分も真正に成立したと認める甲第三号証(乙第一号証も証人斎藤省三郎の証言と原告本人尋問の結果と対比すると甲第三号証の成立を否定するに足りない)と証人斎藤省三郎、同斎藤正明、同関喜市、同今西春之の各証言と原告の本人尋問の結果(第一、二回)の一部(後記認定に反する部分を除く)を綜合すると、被告は古せんいの漂白を業としていたが、昭和二七年六、七月頃原告と謀り埼玉県北足立郡谷塚町(現在草加町に合併す)大字瀬崎一一三五番地宅地上に存する原告所有の別紙目録記載の建物を原告が現物出資し、同所において原、被告共同して新に会社を設立し、右事業を共同で営むことを計画し、被告において右宅地の外その隣接地を訴外関喜市より買受けることとし、その一部事業を開始し、昭和二八年七月頃右買受代金の支払を了してその登記手続も終えたが、当時訴外日興信用金庫から多額の右事業の資金を借り受けるため、右の土地及び原告所有の前記建物を含めてその地上の建物を担保として提供する必要があつたので原告にその所有建物を形式上被告の所有名義となされ度い旨懇請し、原告も将来共同事業のため新設会社に現物出資する予定のものであつたのでこれを諒承し昭和二八年七月二四日売買契約を仮装し前記の各登記手続をなしたことを認めることができる。(甲第三号証には「将来株式会社設立までの暫定措置」としての登記手続と記載されているけれどもこれは単に会社設立の場合にはその見積価格を以て現物出資するものであることの予定のあることを記載したに止まつて、それまでの間被告に信託的に所有権を譲渡する趣旨の契約がなされたものとまで解することはできない)。

被告は昭和二七年七月初旬頃右建物全部を代金八〇〇、〇〇〇円、代金は原告の必要に応じて遂次支払い、右代金支払完了後に登記手続をなすことの約定で買受け、右代金の支払を完了したので前記各登記手続をなしたものであると争うけれども、これに副う被告本人尋問の結果は前掲の各証拠に対比して措信できないし、被告が原告に対し(1) ミシン購入代金を貸与したこと、(2) 埼玉銀行に対する本件不動産に対する競売事件の示談金を訴外今西春之に交付したこと、(3) 訴外横内正司に対する原告の債務を立替支払つておること、(4) 原告の滞納税金を同様立替支払つておることは乙第四、五号証、証人今西春之、同斎藤正明の各証言、原被告本人尋問の結果(被告本人尋問の結果中前記措信しない部分を除く)によつて認められるけれども右各証拠によつてはこれを以て売買代金の一部支払いとしてなされたものであることは認められず、殊に被告主張の商品売掛代金の如きは、(代物弁済ではなく)対当額の相殺契約をなすとか被告において相殺の意思表示をなすのでなければ代金に対する支払いとなし得ないものであつて、この点について被告は何等の主張せず、これを肯認するに足る証拠もない。又八〇〇、〇〇〇円なる金額は甲第三号証の作成に当つてはじめて出た金額であることが窺われるのであつて、このことからも被告主張の如き売買契約がなされ、代金支払ずみとなつておりそれによつて登記手続をなしたものであると認めるに由ない。又乙第六号証の一、二も原告本人尋問の結果に対比すると被告主張事実を認めるに足りないし(殊に被告は代金支払ずみの上登記手続をする約定であつたと主張するのに却つて代金が支払われていないことを証するものである)乙第三号証の一ないし七も(被告が本件建物の宅地及び隣接地の所有権を取得したのは前記認定のような事情によるのであり)未だ右認定を覆す証拠とはならない。従つて前記売買契約は無効であり第一目録記載の建物が依然として原告の所有であつて被告は第一目録記載の建物についてなされた所有権取得登記の抹消登記手続をなす義務があることは明かである。

第二目録記載の(ヘ)と(ト)の建物については、被告所有の(イ)ないし(ホ)の建物と一筆の建物として登記せられているのであつて、わが民法は一物一権主義を原則としているところであるけれども一筆の土地の一部一筆の建物の一部(独立性が認められる限り)についても物権が成立し得ることは通説判例の認めるところであつて、もともと原告の所有に属する建物たる(ヘ)と(ト)の建物について被告所有の(イ)ないし(ホ)の建物と共に((イ)の建物を主たる建物として)一筆の建物として保存登記をなしたことによつて右(ヘ)と(ト)の建物に対する原告の所有権が失われるとか共有になるものではなく、前記売買契約は無効であるからこれ亦依然として原告の所有であると解すべきである。

従つて又、被告は原告が第二目録記載の建物のうち(ヘ)と(ト)の建物の部分については自己の所有名義としてなした保存登記の抹消登記手続をなす請求権を有するものと解するのが相当である。

しかしながら登記手続の面から(ヘ)と(ト)の建物は被告所有の(イ)ないし(ホ)の建物と一筆の建物として保存登記がなされているのであるからこの部分についてのみの抹消登記手続をなし得るかどうか考量する必要がある(この点については保存登記全部を抹消登記手続をすべしとの見解――全部抹消説、(ヘ)と(ト)の部分のみの抹消登記手続をすべしとの見解――一部抹消説、一部抹消の趣旨において不動産登記法第六三条、第六三条の二、第六四条等によつて認められる更正登記手続を請求すべしとの見解又は更正登記申請は登記名義者すなわち登記権利義務者たるの関係が登記簿上形式的に表示されうる者のみなし得るのであつて右の者以外の者には更正登記の申請は認められず、又所有権の帰属の問題を更正登記によつて訂正し得るかどうかも疑問である。

従つて右の方法によるに代えて所有権確認判決を以て不動産登記法第四六条の二の代位原因を証する書面として代位により保存登記を更正する代位登記をすることができるとの見解――更正登記説等が考えられる。但し更正登記説は本件訴訟の判断の外にある)。この点について原告は第二目録記載の不動産全部について登記原因を欠くものとして抹消登記手続を求める。

前記認定の通り右目録中の(ヘ)と(ト)の建物は原告の所有に属するが、(イ)ないし(ホ)と一筆登記されているが、後者の建物は被告の所有なのであるから(殊に主たる建物である(イ)も)前記被告のなした保存登記により建物全部が一筆となつているという一事によつて、被告が正当権限を有する建物の部分についてまで登記原因を欠いて無効であると判断することはできない。原告においても右(ヘ)と(ト)の建物についてのみ抹消登記がされれば目的を達するのであるが、原告は数個の建物であつても一筆登記されている場合は登記は不可分であるから(登記簿上は一物一権として形式的に取扱われる。なお不動産登記法第六六条は異なる場合の規定)一部抹消することは法律上不可能であるとの考慮の下に全部の抹消を求めているに過ぎないと思われる。しかし必ずしも法律上不可能とはいい得ないのである。すなわち右(ヘ)と(ト)の建物を分割の上抹消登記手続をなすべき旨の判決が確定すれば被告において任意分割しなくとも原告は債権者代位権を行使し右判決正本を不動産登記法第四六条の二の代位原因を証する書面として被告に代位してその部分の分割の申告及びその登記をすることができるのである(不動産登記法第九一条、第九二条の二、家屋台帳法第一七条、第二二条、土地台帳法第四一条の二参照。なお原告は被告に対し分筆又は分割登記請求権を有するものと認めることはできない。何となれば登記請求権の認められるのは登記権利者がこれを行使した結果が登記簿上に形式上も表示される場合に限るのであつて分筆分割の登記の申請をなし得るのは所有権の登記名義人に限られ登記名義人以外の者は表示されないからである。従つて原告が分割手続をするには被告に代位して登記申請をする外はない)。

右の如き方法によつて原告がその目的を達することができる以上右保存登記全部を登記原因を欠くものとして無効と断する登記法上の必要もない。

されば被告は第二目録記載の建物のうち(ヘ)と(ト)について分割(分筆)の上その保存登記の抹消登記手続をなすべきものであつてこの限度において原告の請求を正当として認容し、その余の部分についてまで消抹登記手続を求める部分の請求は失当として棄却すべきである(但しこの認容判決によつて抹消登記手続の執行がたゞちになされ得るかどうかは抹消せらるべき登記につき不動産登記法第一四六条第一項の利害関係を有する第三者が存在するか否かにもかかつているのである。大正四年一二月一七日判決参照。しかしこのことは執行の問題であつて、本件認容判決の妨げとはならない)。

もつとも原告は保存登記全部の抹消登記手続を求めているのにその一部につき「分割(分筆)の上」抹消登記手続をなすべき旨の判決をすることが許されるかどうか多少の疑問があるが、むしろ「分割(分筆)の上」と判決において明示せず一部の抹消登記手続をなすべしと判決すれば債権者代位権の行使として右判決正本を以て前記代位原因を証する書面として代位による分筆分割の申告及び登記の申請をなし得るのであろうと思われるのであるが、右の原因を証する書面たり得るものであることを明かならしむる意味においてこれを明示するのが相当であるとするに過ぎない(前述の通り分割登記請求権は認められず従つてかかる請求権を認容する趣旨の判決ではない)からかかる判決を以て申立てざる事項について判決したことにはならない(最高裁判所昭和三〇年六月二〇日判決大審院大正一〇年三月九日判決参照)

よつて民事訴訟法第九二条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 浅賀栄)

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