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浦和地方裁判所 昭和62年(行ウ)10号 判決 1988年12月12日

原告

有限会社エアジン

右代表者代表取締役

飯塚和夫

右訴訟代理人弁護士

伊東眞

被告

三郷市長木津三郎

右訴訟代理人弁護士

田原五郎

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和六二年二月六日付第三号をもってなした建築不同意決定を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

(本案前の答弁)

主文と同旨

(本案に対する答弁)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、旅館、ホテルの経営及び管理業務等を目的とする有限会社である。

2  原告は、三郷市彦川戸一丁目二九八番地三の土地(以下「本件土地」という。)上にホテル用建物(延べ床面積約2256.56平方メートル。以下「本件建築物」という。)の建築を計画し、昭和六一年九月二九日、被告に対し、「三郷市ラブホテルの建築規制に関する条例」(以下「本件条例」という。)四条一項に従い、本件建築物の建築に関する同意の申出を行った。

3  これに対し、被告は、同年二月六日付第三号をもって、本件建築物は「三郷市ホテル等審査会の答申に基づき検討した結果、条例に該当する施設であると判断する」との理由により原告の申出に対し同意しないことを決定した旨の通知を行い(以下「本件不同意決定」という。)、同通知は同年二月九日原告に到達した。

しかし、本件建築物は、本件条例が建築を禁止しているラブホテルに該当せず、したがって、本件不同意決定は違法である。

4  原告は、昭和六二年三月一七日、被告に対し、本件不同意決定について異議申立をしたが、被告は、申立の日から三か月を経過しても何らこれに応答しない。

よって、原告は、本件不同意決定の取消を求める。

二  本案前の主張

本件条例三条が規制区域内(都市計画法八条一項一号に規定する住居地域、近隣商業地域及び準工業地域並びに同法四三条一項六号に規定する土地の区域)におけるラブホテルの建築を禁止していることから、「三郷市ラブホテルの建築規制に関する条例施行規則」(以下「本件条例施行規則」という。)三条は、三郷市内においてホテル等の建築をしようとする者に対し、建築計画の申出があった建築物につき本件条例二条一号に規定するラブホテルに該当するか否かを判定し、その結果を通知することとしている。この通知は、当該建築物がラブホテルに該当すると判定された場合、その建築をしようとする者に当該計画の撤回ないし再考を促すことによって紛争を回避するという意図の下になされるにすぎず、それ自体は当該建築物の建築禁止という法的効果を伴うものではない。

したがって、本件不同意決定は、原告の権利義務に対し直接影響を与えるものではないから、抗告訴訟の対象たる行政処分に該当せず、本件訴えは不適法であって、却下されるべきである。

三  本案前の主張に対する原告の反論

本件条例は、市内においてホテル等の建築をしようとする者はあらかじめ市長宛に本件条例施行規則二条の定める申出書を提出しなければならないとし(四条)、この申出書を提出せず、または市長により不同意とされたにもかかわらずホテル等の建築を行った者に対しては、建築中止命令や罰則を加えうるものと規定している(五条、一六条)。

このように、市長に対するホテル等の建築の同意申出は、本件条例により制度化されたものであり、これに基づいて市長が行った不同意決定は、三郷市内の一定の地域にホテル等の建築を行おうとする者に対し罰則を伴う中止命令を発する権限を付与したもので、中止命令に先行する独立の行政処分というべきである。

四  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2及び4の各事実は認める。

2  同3のうち、本件建築物がラブホテルに該当しないとの部分は否認し、本件不同意決定が違法であるとの主張は争う。その余の事実は認める。

五  被告の主張

本件建築物は、次のような事実から、主として異性を同伴する客に休憩または宿泊させるものであり、また建物の形態が周辺の環境に調和せず、本件条例に規定するラブホテルに該当するというべきである。(本件条例二条一号ク)。

1(一)  原告は、昭和六一年九月二九日、被告に対し本件条例施行規則二条により本件建築物の建築計画書を提出したが、本件土地には、原告のほか有限会社バチカン及び有限会社シェラトン(以下「原告ら」という。)から、本件建築物(地上四階・地下一階。鉄筋コンクリート造)と同規模のホテルの建築計画書が提出されている。

原告らは、三郷市ホテル等審査会において、本件建築物を含むホテル建築計画はホテル計画株式会社(以下「訴外会社」という。)の企画・設計・経営指導の下に申請されたもので、三郷インターチェンジを中心とした市外の自動車利用客を見込んだビジネスホテルを計画したものであり、ラブホテルではない旨説明した。

(二)  しかし、市においては、本件土地上に建てられるビジネスホテルを利用するような会社・事業所はほとんど考えられず、仮にあったとしても、企業の数及び規模からホテルの経営上採算は取れない。

(1) 三郷市の工業関係の企業数は約一五〇〇社、生産出荷額は約二一〇〇億円であり、そのうち、資本金一〇〇〇万円以上の企業は約一一〇社、従業員三〇人以上の企業は三四社にすぎず、また、商業関係についても、企業数は約一〇五〇店舗、販売額約九〇〇億円であり、従業員数三〇人以上の店舗は一七店にすぎない。このように、商工業とも小・零細企業や店舗が多く、全市に点在している状況にある(昭和六〇年現在)。

三郷市生活環境課が、昭和六二年、市内の資本金一〇〇〇万円以上の企業一〇七社について宿泊が必要な顧客の有無を調査したところ、そのような顧客があると回答した企業は一六社、延べ年間約七五〇人であったが、これらの顧客の宿泊地は、隣接する松戸市、東京都内がほとんどで、三郷市内での宿泊は三社、延べ約四〇人にすぎないという結果であった。

(2) 次に、三郷市民の冠婚葬祭時の宿泊施設利用についてみると、最近の冠婚葬祭件数は年平均約一一〇〇件(死亡人数約三五〇人、結婚件数約七五〇組)で、単純に平均しても一日三件にすぎない。これらの出席者のうち宿泊する人は、一般に主催者宅等に泊まる傾向にあり、そのための施設建設という要望は市にも寄せられていない。

(3) また、三郷市内のホテル・旅館は七軒(客室数合計九七室。うち和室二六室、洋室七一室)、収容人数合計一九三人であるが(昭和六三年二月現在)、この他に三郷市近隣の市・町、草加・越谷・吉川の各保健所管内には約八〇軒のホテル・旅館があることから、これらの間の競争の激しさは容易に想像しうるものである。

(三)  宿泊施設の利用者は、一般的に目的地の近くの宿泊施設を利用するものであるが、このニーズに乏しい三郷市に本件建築物のようなホテルを建てることは、都心や近隣の市街地から比較的離れているため人目を避けることができ、高速道路網とインターチェンジの利用により時間的利便が得られ、短時間休憩に利用できることから、主として異性を同伴する客が利用する施設となるおそれが十分にある。まして、原告らの計画によれば隣接して三軒のホテルが建つことになるのであるから、企業としての採算・投資効果の面から、客の利用率・回転率を高めるための経営を考えることになり、その間に激しい競争が行われ、顧客に対するサービス面での競合から宣伝広告等の内容が派手になっていくことは当然予想されるところである。

したがって、本件建築物が主として異性同伴客を対象とするラブホテルとなる蓋然性は、極めて高いといわざるをえない。

2(一)  本件土地は、三郷市の北西部に位置し、JR武蔵野線三郷駅から西約3.0キロメートル、同新三郷駅から南西約1.7キロメートル、三郷インターチェンジから北西約1.4キロメートルの地点にある。

本件土地のある二郷半用水路の西側の地域は、昭和四〇年代前半から、建売住宅等のミニ開発によって住宅戸数及び人口の増加がみられ、同四五年一二月には住居地域に指定されている。市は、同六一年一二月策定の三郷市総合計画の基本計画により、この地域を中心に規制誘導による優良住宅地の形成を目指して計画を進めている段階にあり、また、本件土地の東側は市街化調整区域であって、約一〇ヘクタールの農地・遊休地の間に工場・倉庫等が散在していることから、三郷インターチェンジの完成により、昭和六〇年一月からこの地域をミニ工業団地とする計画を進めている。

(二)  次に、本件土地を中心とする半径五〇〇メートル内の建築物の設置状況及び用途をみると、二階建の和風ないし和洋折衷の木造住宅が大部分を占め、これが本件土地を包み込む形で立ち並んでおり、三階以上の建物は二郷半用水路東側の工業用地に工場等三棟、本件土地北方に住宅一棟が建っているにすぎない状況にある。

(三)  さらに、本件土地は三郷市立彦成小学校・同北中学校の学区内にあり、その周辺道路は同北中学校の通学路に指定されているほか、埼玉県立三郷高校・同三郷北高校・同三郷工業技術高校・同吉川高校の各生徒の通学路にも利用されている主要な生活道路である。

(四)  このような場所に本件建築物を建てることは、際立って奇異な建物として関心を呼ぶことになり、本件土地周辺の生活環境を著しく損なうばかりか、青少年の育成に有害ないし著しい悪影響を与えるものであり、その周辺の環境に調和しない。

3  以上のように、本件建築物は本件条例二条一号クによりラブホテルに該当するものであるから、本件不同意決定は適法であるばかりではなく、市民の良好な居住環境の保持と青少年の健全な教育環境の保護とを目的とする本件条例一条の趣旨にも適合するものである。

六  被告の主張に対する原告の認否

1  被告の主張1冒頭の主張は争う。同1(一)のうち、原告が昭和六一年九月二九日に本件建築物の建築計画書を提出したこと、本件建築物の構造及び原告らが審査会において説明した内容は認める。有限会社バチカン及び有限会社シェラトンから本件建築物と同規模のホテル建築計画書が提出されていたことは不知。同(二)(1)ないし(3)の各事実は不知。同(三)の主張は争う。

2  同2(一)のうち、本件土地の位置は認め、その余の事実は不知。同(三)の事実は不知。同(四)の主張は争う。

3  同3の主張は争う。

七  被告の主張に対する原告の反論

1  被告は、三郷市の現状からみて、本件土地上にビジネスホテルを建てても採算を取ることは不可能であり、主として異性同伴客が利用する施設となる蓋然性が極めて高いということから、本件建築物が本件条例二条一項本文の要件に該当すると主張する。

しかし、本件条例は「主として、異性を同伴する客に休憩又は宿泊させる」施設の建築を規制するものであって、ホテルの将来の営業形態を規制するものではない。このことは、市長の発する中止命令(同条例五条)がラブホテルの建築を対象とし、その営業を対象としていないことからも明らかである。

したがって、被告は、申出のあった建築物が「主として、異性を同伴する客に休憩又は宿泊させる」ものかどうかのみを判定すべきであって、将来その建築物を利用してラブホテル営業がなされるものと勝手に想定し、判定することは許されない。本件不同意決定は、条例によって与えられた権限を不当に拡大適用したものであり、明らかに理由がないというべきである。

2  次に、被告は、本件不同意決定の理由として、本件建築物の形態が周辺の環境に調和しないと主張するが、これは明らかに誤ったものである。

被告は、本件土地周辺は二階建て木造住宅が大部分を占めるため、地上四階・地下一階の本件建築物はその周辺の環境に調和しないと主張するが、本件条例の制定目的からすれば、同条例二条一号クに該当する場合とは、一般のラブホテルにみられるけばけばしく、かつグロテスクな建物形態を指すことは明らかである。

しかるに、被告は、本件建築物の意匠・屋外広告物・屋外照明設備等が周辺の環境と調和しないとするのではなく、単にその形態が調和しないとするのみで、具体的にどの部分が周辺の住環境に調和しないのかを指摘しない。しかも、本件建築物と一般のビジネスホテル用の建物との間には何ら特異な相違点はないのであるから、被告の主張に従えば、およそ地上四階・地下一階の鉄筋コンクリート造の建物である限り、ホテル用の建物ばかりではなく公共用建物であってもすべて周辺の環境と調和しないことになるが、これが誤りであることは明らかである。

3  よって、本件不同意決定は、違法であるから取り消されるべきである。

第三  証拠<省略>

理由

一本件訴えの適法性について

1(一)  まず、原告が本件土地上に本件建築物の建築を計画し、昭和六一年九月二九日、本件条例四条一項に則って本件建築物の建築に関する同意の申出を行ったこと、これに対して被告が、同年二月六日付第三号により、本件建築物は「三郷市ホテル等審査会の答申に基づき検討した結果、条例に該当する施設であると判断する」との理由によって原告の申出に同意しないことを決定した旨の通知を行い、同通知は、同年二月九日原告に到達したことは、いずれも当事者間に争いがない。

そして<証拠>によれば、本件条例四条一項の届出を受けた市長が、当該建築物のラブホテル該当性を判定し、その結果を通知する場合の様式を定めた本件条例施行規則三条及び様式第二号の書式中には、「 年 月 日付けで提出された三郷市ホテル等建築計画申出書及び添付図書に記載の建築計画等については、三郷市ラブホテルの建築規制に関する条例施行規則第3条により、(同意する・同意しない)ことに決定したので通知する」との記載部分のあることが明らかである。

(二)  しかし、<証拠>によれば、本件条例は、市民の良好な居住環境の保持及び青少年の健全な教育環境の保護を図ることを目的として制定されたもので(本件条例一条)、同条例所定の規制区域内におけるラブホテルの建築を禁止すると共に(同条例三条)、市内にホテル等を建築しようとする者に対して所定の届出義務を課し(同四条一項、同施行規則二条)、右届出を受けた市長は、三郷市ホテル等審査会の諮問・答申に基づいて当該建築物のラブホテル該当性を判定し、その結果を通知することとし(本件条例四条二項、同施行規則三条)、当該建築物が本件条例にいわゆるラブホテルに該当すると判定され、かつ、その建築予定地が規制区域内にあるときは、市長は、当該建築をしようとする者に対し建築の中止を命ずることができ、さらに、中止命令に違反した者に対しては刑罰を科すこと(本件条例五条、一六条)等を規定しているが、本件条例及び同施行規則中には、市内にホテル等を建築する場合には市長の同意を得なければならないとする規定はないことが明らかである。したがって、右書式中の「(同意する・同意しない)」との記載は表現として必ずしも適切であるとはいい難いものの、その趣旨はホテル等の建築についての市長の同意・不同意を示すものではなく、単に当該建築物が本件条例所定のラブホテルに該当するとの判定結果を示すものにすぎないと解するのが相当である。

そうすると、原告が本件訴訟において取消を求めているのは、被告がなした本件建築物が本件条例にいうラブホテルに該当するとの判定及びその結果の通知(以下「本件判定及び通知」という。)をいうものと解せられる。

2(一)  そこで、本件判定及び通知が抗告訴訟の対象となる行政処分に該当するか否かを検討するに、前掲乙第八、第九号証によれば、本件条例は右判定及び通知の法的効果について何ら定めるところがなく、本件条例及び規則の関係規定からすると、規則が右判定及び通知の制度を設けた趣旨は、ホテル等の建築をしようとする者に対し、当該建築物が本件条例所定のラブホテルに該当することを知らせて、その計画について再考を促すことにあり、右判定及び通知は、これによって当該通知を受けた者に対し何らの具体的な法的効果を生ぜしめるものではないと解するのが相当である。

ところで、抗告訴訟の対象となる行政庁の処分とは、行政庁の公権力の行使として行われる行為のうち、これによって個人の法律上の地位ないし権利関係に対し、直接に何らかの影響を及ぼすものをいうと解すべきであるから、それ自体としては相手方の法律上の地位ないし権利関係に何ら直接的な影響を及ぼすことのない本件判定及び通知は、抗告訴訟の対象となる行政処分には該当しないというべきである。

(二)  この点について原告は、本件不同意決定(これが本件判定及び通知の趣旨と解すべきことは前記のとおり)は中止命令に先行する独立の行政処分である旨主張する。しかし、前示条例によれば、なるほど当該建築物がラブホテルに該当することは市長が当該建築物の建築の中止命令を発するための要件となってはいるものの、本件条例五条が「市長は、第3条の規定に違反し、規制区域においてラブホテルを建築しようとする者に対し、建築の中止を命ずることができる」と規定していることからすれば、市長は、当該建築物がラブホテルに該当すると判定した場合、その建築の中止を命じ得るにすぎず、当然に中止決定をすべく義務づけられているものではないと解される。したがって、右の判定及び通知によっては、未だ原告の法律上の地位ないし権利関係には何ら直接的な影響を及ぼすものとはいえないから、この点に関する原告の主張は採用することができない。

(三)  以上のとおりであるから、本件判定及びその結果の通知は、抗告訴訟の対象となる行政処分には該当しないといわなければならない。

二よって、本件不同意決定の取消を求める原告の本件抗告訴訟は、その余の点について判断するまでもなく不適法なものというべきであるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官小川英明 裁判官熱田康明 裁判官石川恭司)

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