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浦和地方裁判所 昭和52年(ワ)961号 判決 1981年1月30日

原告

池内昭男

原告

池内敦子

右両名訟訴代理人

山根晃

被告

春日部市

右代表者市長

田中俊治

右訟訴代理人

坂巻幸次

主文

被告は原告らに対しそれぞれ金七六二万〇、〇六九円及び右各金員に対する昭和五二年一二月一五日から各完済に至るまで各年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その二を被告の、その一を原告らの負担とする。

この判決の第一項は、原告らにおいてそれぞれ金二〇〇万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一本件事故の発生

原告らが夫婦であり、武里団地に住んでいて、昭和四八年四月二一日生まれの二女玲子をもうけていたこと、玲子が、昭和五一年六月二日武里団地内の中央公園の北側を東西に流れる本件水路に転落して水中に没し、専門医による蘇生術を受けたものの、同日春日部市立病院において溺死により死亡したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

そして、<証拠>によれば、次の事実を認めることができる。

(一)  武里団地の住民は本件事故当時六六〇戸(他に空地二八戸分)であり、中央公園は四辺形をなし、北側が本件水路により、西側、南側及び東側が団地内の道路によつて囲まれている。原告らの居宅は、中央公園の南西隅部分と道路を隔てて対面し、一団の集落の南東隅の角地に所在する。原告方の西隣りに訴外大庭美智代方居宅があり、原告方の一戸置いて北隣りに訴外岡馬洋子方居宅があつた。大庭方は中央公園に面していないが、岡馬方は道路を隔てて中央公園に面していた。

(二)  原告敦子は、昭和五一年六月二日午前九時三〇分ころ、玲子を連れて隣家の大庭方に家事等の手伝いに出掛けた。大庭方では美智代の夫が勤務先の名古屋市に単身で赴任しており、美智代が独りで暮らしていたが、美智代は病気で暫く入院し治療を受けた後、同年五月末ころに退院し、自宅で安静を保ちながら療養生活を送つていた。原告敦子は、日ごろ玲子とともに美智代に世話になつていたので、御礼をするのはこの機会とばかりに、大庭方に出掛けて、蒲団を乾したり、掃除をしたり、買物をしたりして手助けをしていた。

(三)  岡馬洋子の二男竜昭は、昭和四八年五月生まれで、玲子と同じ年齢であり、近所には他に同年齢の子供がいなかつたので、竜昭と玲子は、互いに一番親しい遊び友達になつていた。玲子は、昭和五一年六月二日朝、竜昭を誘いに行つたが、竜昭が起きたばかりであつたので、母と二人で大庭方に行き、遊んでいた。竜昭は、同日午前一〇時ころ、大庭方にやつて来て、玲子と遊んでいたが、余り騒がしくなつたので、原告敦子は、病み上がりの美智代の身を案じ、玲子と竜昭に対し、『公園で遊びなさい』と言つて、二人を大庭方から出してやつた。

竜昭と玲子は岡馬方に行き洋子から水をもらつて飲んだ後、同日午前一〇時一〇分ころ、岡馬方から外に出た。その際洋子は、竜昭と玲子に対し、「公園で遊んでおいで。」と言い付けた。

(四)  竜昭が同日午前一〇時三〇分ころ、独りで帰つて来たので、洋子が、「玲子ちやんはどうしたの。」と聞くと、竜昭は、「落つこちちやつたよ。」と答えた。洋子は、直ちに竜昭の案内で中央公園北側の本件水路に駆け付け、水路の水中に沈んでいた玲子を発見するや、たまたま通り掛かつた自動車運転者と一緒になつて玲子を水中から引き上げた。玲子は、中央公園の北西隅付近にある本件橋の東端から東方約8.5メートル地点の本件水路内に沈んでいた。洋子は、直ちに玲子が本件水路に転落したことを原告敦子に知らせた。玲子は、間もなく近所の小島小児科医院に運び込まれ、医師の診察を受けたが、「ここでは手当てができない。」と言われ、そのころやつて来た救急車で、同日午前一一時ころ、春日部市大字粕壁四二三〇番地所在春日部市立病院に収容され、専門医による蘇生術を受けた。しかし、その効なく、玲子は、同日午後七時四五分、同病院で死亡した。

以上のとおり認定することができる。

一本件水路施設の設置管理の瑕疵について

1  設置管理の現況

(一)  武里団地は、東急不動産が宅地を造成し、住宅を建築してこれを一般人に分譲したものであること、東急不動産は、宅地造成に伴い規制に従い、中央公園、本件水路及びこれに付帯する設備等を造成し設置したこと、被告は、昭和四五年四月ころ東急不動産から中央公園、本件水路及びこれに付帯する設備等の譲渡を受け、以来本件水路を公の営造物として所有管理してきたこと、本件水路は、中央公園とその北側を東西に通ずる幅員八メートル、アスファルト舗製の本件市道との中間に、市道に沿つて直線状に設置されたものであり、武里団地内を東西に貫流していること、本件水路の構造は、南北の両側壁面をコンクリート壁とし、水底部をコンクリート板とするものであつて、本件事故当時両側壁面のコンクリート壁の上部に幅約一五センチメートルのコンクリート製支梁が約一メートル間隔で設けられていて、蓋は掛けられていなかつたこと、本件事故当時水底部には厚さ約五〇センチメートルに達する泥が堆積していたこと、本件市道の南側路端には本件水路に沿つて鉄製の本件防護柵が設置されていたこと、本件防護柵の構造は、三メートル間隔で連続して路上に設置された鉄製支柱の間に、横約2.90メートル、縦(上下幅)四九センチメートルの鉄板枠(幅員数センチメートル)内に一面に張つた金網を、路上二七センチメートルの位置から路上七六センチメートルの位置の箇所になるように、金具で両端の支柱に取り付けられ、それが連続して設置されたものであつて、その金網の下方と路面との間に高さ二七センチメートル、横約三メートルの透き間が生じていたこと、本件市道から中央公園の西側の団地内道路に通ずる箇所にはコンクリート製の本件橋が設置され、本件事故当時橋上の両端(東端と西端)に高さ三〇センチメートル、幅二五センチメートルのコンクリート製地覆が欄干の代替物として設置されていたこと、以上の事実は当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、次の事実が認められる。

本件水路は、もと農業用の灌漑用水を確保するために設けられていた自然用水路であつたが、これを東急不動産が宅地造成の際改修して、コンクリート製水路としたものであり、本件水路の幅員は1.80メートル、深さは1.80メートルであつた。本件防護柵は、訴外日鉄建材株式会社の製造に係る規格品であつて、「日鉄ペーブフェンス」と呼称されているものである。中央公園の北側境界付近には、本件事故当時すでに本件水路に沿つて高さ約1.80メートルの金網を約1.80メートル間隔で設けた鉄製支柱に固定して張り巡らせた防護柵が設置されていた。本件水路・本件市道南側の本件防護柵・中央公園北側の金網製防護柵・本件橋上の地覆は、いずれも東急不動産が武里団地を造成した時に設置したものであるが、被告は、右の設置工事をするにつき行政上の指導をした。

以上の事実を認めることができ、これを左右する証拠はない。

(二)  <証拠>を総合すると次の事実が認められる。

中央公園は、武里団地住民など付近住民の憩いの場所であるが、学童・幼児なども常時相当数遊んでいた。本件市道は、西方が春日部市立備後小学校に通じ、通学路にもなつていたが、武里団地には御用聞きの自動車等がしばしば乗り入れており、その交通量は少なくなかつた。

本件水路には鮒などの小魚が生息していたので、子供らは、本件水路で魚釣りなどをし、本件水路付近でよく遊んでいたが、その子供らが本件水路に転落する事故が屡々発生していた。本件水路は、両側壁面がコンクリー卜壁であり、上部に幅約一五センチメートルのコンクリート製支梁が約一メートル間隔で設置されていたに過ぎなかつたので、子供、ことに幼児が本件水路に転落した場合自力で水路からはい上がることは不可能な状態になつていた。これまで本件水路に転落した子供らは、その都度発見者の協力を得て、いずれも水路から引き上げられ、大事に至らずにすんでいた。

以上の事実を認めることができる。

2  本件事故の情況

(一)  <証拠>によれば、中央公園の西側に本件市道から南方へ向け武里団地住宅街区に入る道路があり、その道路に面して四戸の住宅が立ち並び、市道側から数えて二戸目に岡馬方が、四戸目に原告方があつたこと、中央公園の北西隅(本件橋の南東端付近)から原告方までの距離は約五〇メートルであつたことを認めることができるところ、本件事故発生の日、玲子と竜昭が、連れ立つて岡馬方を出た後、どのような経路を辿つて本件水路まで達したか、その後玲子が、どのような行動を取つて本件水路に転落するに至つたかについては、これを認定し得る的確な証拠がない。しかし、前記1の認定事実によれば、中央公園北側の金網製防護柵をくぐり抜けて公園から本件水路に立ち入ることは構造上殆んど不可能であるとみられる(金網が二か所破損し放置されていた旨述べる証人池永笑子の証言は、その位置、程度、時期などが明確性を欠き直ちに本件事故の原因に関連があるとはみられない。)から、玲子は、本件橋の東端の地覆から本件水路に転落して、約8.5メートル東方に流されたのか、本件橋の北東端の地覆を越えて本件市道上の本件防護柵の南側の本件水路に立ち入り、水路の縁を東方へ移動して水路に転落したのか、本件橋の東方約8.5メートル地点で本件防護柵の金網の下方の透き間をくぐり抜けて本件水路に立入り、その場で水路に転落したのか、そのいずれかであつたものと推認される。

3  本件水路施設の設置管理の瑕疵の理由

(一)  公の営造物の設置管理は所轄行政庁の広範な自由裁量に任されているのであるから、国家賠償法二条にいう「瑕疵」があつたかどうかは、直接的に司法判断をその行政裁量に代るものとして、代替施設の設置管理の義務を指摘するという判断方法によるべきではなく、その行政庁の裁量が、民主的な手続過程を経て、実体上十分な調査に基づき合理的に判断されたかどうか、換言すれば、その公の営造物の設置管理に関する行政政策決定の合理性について、事後的間接的に審査する方法により判断し、その裁量に首肯すべき合理性がない場合その瑕疵が存在するものというべきである。ところで、水路施設の設置管理がその水路への人、車輌などの転落及び立入の防止に及ぶべきことはいうまでもないが、この転落及び立入防止機能の瑕疵の判断にあたつても、右説示の点からみると、実体上の十分な調査がなされたかに関しては、保護利益と被侵害利益との比較衡量、場所的環境、技術的経済的考慮など行政政策決定に必要な事情につき、民主的な手続を経たかに関しては、手続の公正性に関する事情につき、総合考慮の上判断すべきものと解するのが相当である。本件につき、以下この観点から検討する。

(二)  実体上十分な調査をしたかについて

(1) 保護すべき利益と被侵害利益との比較衡量

本件水路への転落及び立入防止により保護すべき利益は、武里団地など付近住民の転落による生命身体の危険の防止、除去である。その被侵害利益は、本件水路への蓋かけや、本件橋、本件防護柵に後述の技術的経済的考慮からの改善策をした場合農民の被るそれであるが、この点については、<証拠>によると、蓋かけの場合冷水となり水稲生育を阻害すること、取水口に工事費がかさむことであり、本件橋上に薄護柵を作つた場合増水時に橋にかかる塵芥を除く作業など水路の管理に困難を来すことであるとの事実が認められる。両者を比較衡量するとき、前者の利益を優先させるべきことは多言を要しない。

(2) 場所的環境

本件水路は、前記認定のとおり武里団地(六六〇戸)内にある中央公園と本件市道との間に存在し、本件市道が学童の通学路、中央公園は右団地住民及び付近住民の憩いの場所で学童・幼児なども常時相当数遊んでおり、本件水路には子供の興味をそそる小魚がいたのであるから、本件市道を通りまたは公園で遊ぶ学童・幼児が本件橋、本件防護柵付近の本件水路に立入り水路に転落するおそれがあつたことを十分に予測できたものといえる。

(3) 技術的経済的考慮

(イ) 蓋かけについて。本件水路への転落防止には水路を暗渠とするのが最良であり、その方法として種々あるが、コンクリート板で水路を蓋かけするのが最も簡便であるとみられ、被告も少くとも本件事故当時すでにこれを熟知していたことは後述(三)(2)認定のとおりである。そして、本件事故の事情ではあるが、<証拠>を総合すると、被告は、転落事故の再発生を防止するため、本件事故直後の昭和五一年七月ころ本件水路の上部に、幅四〇センチメートル、長さ2.10メートルのコンクリート板を敷詰める蓋かけ工事に着工し間もなく完成し、その上を歩道としたことが認められる。

(ロ) 本件橋の改善方法  <証拠>を総合すると、東京都葛飾区鎌倉一丁目二三番地先の橋には欄干をもうけその上にさらに相当程度の金網を張つてあり、春日部市谷原三丁目一八番一一号先の橋には、地覆の上にこれと殆んど接着して上部相当程度の範囲に全面的に金網を張つてあり、これらによつて転落、立入の防止をしていることが認められ、本件橋についても同様の改善をすることが可能である。

(ハ) 本件防護柵の下部間隙の改善方法  <証拠>を総合すると、東京都葛飾区鎌倉一丁目一九番地先の道路と水路の境にある防護柵は本件防護柵の構造と近似するが、下方の間隙には横にレール状に鉄板一本が入つており、その鉄板の上部と金網部分との間隔は約一八センチメートル、鉄板の下部と路面との間隔は約二〇センチメートルであること、春日部市谷原新田一一八〇番地大沼運動公園横の道路と水路との境にある防護柵は、路面と金網下部との間に間隔が殆んどない状態に金網が張られていることが認められ、本件防護柵についても同様の改善が可能である。

(ニ) 以上(イ)、(ロ)、(ハ)の各工事方法のうちいずれをとるべきかは被告の自由裁量に属するところであるが、各設置の実例からみると、技術的に困難性はないものとみられ、また、経済的にみても、事故に伴なう損害賠償費用の負担に比較すれば廉価ということができる。しかし、被告が以上の諸点に関し十分に調査したことを認めることのできる的確な証拠がなく、かえつて、<証拠>によると、被告が昭和四三年ころ東急不動産に対し、団地の宅地造成許可に際し本件水路と本件市道との境に防護柵を設けることを指示し、東急不動産がその工事方法につき調査の結果他の市町村で多く用いている日鉄ペーブフェンスを使用し、その組立処方通りに工事をして本件防護柵を設置したこと、被告がその後東急不動産から本件防護柵などの所有権移転を受け公の営造物とした際、本件橋、本件防護柵が水路への転落、立入(以下両者合わせて「転落等」という。)防止機能として通常の安全性を有していると認定し措置するについては、前記問題点につき全く調査をせず、何らの対策も講じなかつたことが認められる。したがつて、実体的にみると、すでに、本件橋、本件防護柵が本件水路への転落等防止機能を有すると認めたことには首肯すべき合理性を見出し難い。

(三)  手続的公正性の欠如について

(1) 被告が本件橋、本件防護柵を本件水路の施設として設置し管理を始めた当初及びこれに接着する時点において、その転落等防止機能の安全性について、工事業者である東急不動産の意見を聞いたことは前記のとおりであるが、その利用に直接の利害関係のある付近住民、団地入居予定者等の意見を全く聴取しておらず、十分な調査をせずに、結論を出し、管理を始め継続するにいたつたことは、手続上の公正さにおいて欠けるところがないとはいえない。

(2) その後の被告のこの点についての認識と対処の仕方についてみると次のとおりである。

<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

(イ) 武里団地の住民で本件水路に面した向い側に居住する池永笑子は昭和四六年春ころ団地住民三上の女児(三歳位)、同年一二月ころ団地住民有泉の男児(五歳位)がそれぞれ本件水路に転落しこれを助け上げたが、その経験に基づきそれぞれそのころ被告係員に対し、本件水路への転落の危検性があるので蓋かけその他の改善措置を求めたが、係員は予算不足を理由にこれを取上げなかつた。

(ロ) 同団地自治会環境衛生委員上上杉春子が昭和四九年四月ころ被告の衛生課長に対し、転落の危険性を指摘して本件水路の蓋かけを陳情し、同課長は善処方約束したが、本件事故までの間に何ら実現されなかつた。

(ハ) 本件水路の本件事故現場付近への幼児の転落事故は、団地自治会の調査でも本件事故前ですでに一五件にも達し、その都度住民から同種の陳情が被告に対し繰返された。

(ニ) 同団地自治会事務局長大石晃は昭和四九年一二月ころ被告市に対し、団地内を通り一一一号踏切に自動車を乗入れられるよう道路を整備するとの被告の計画に反対する陳情をしたが、その際、被告係員は右計画を承認するならば本件水路への蓋かけをする旨述べ、交渉の条件とした。

以上のとおり認めることができ、右事実によると、被告は本件事故当時すでに本件水路に蓋かけをすべき必要性を承認していたものといえる。

他方、被告の対処についてみるのに、<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

被告春日部市は昭和四四年ころから急速に農地の宅地化が進み、従前水田であつたところに団地が各所に形成され、従前の灌漑用水路が各団地内を通過したため転落事故が多発し、本件事故当時でも、同市各団地内等を流れる水路で何らの防護柵がない場所が九二か所、延五八キロメートルに及び、毎年徐々に水路の蓋かけ等の工事をして来た。しかし、その予算の都合上順位をもうけ、通学路を優先としたが、本件のように何らかの防護柵がある場所は後順位とし、また、本件水路については踏切乗入問題と一括処理することを強調し、農民からの流水の冷水化の苦情をも考慮して、本件水路への蓋かけ工事を延引していた。

以上のとおり認めることができる。

右各認定の事実によると、本件水路への蓋かけの陳情は被告としてもこれを検討すべき十分の必要性があつたものであるというべきところ、立法上予算上これを審理するための手続的措置をとらず、本来は別個の問題である踏切乗入問題との一括処理を強調するなどの点で、手続的な公正に欠けるところがないとはいえない。

(四)  以上、(二)、(三)の各事情を総合考慮すると、被告が本件橋、本件防護柵の転落等防止機能が通常備えるべき安全性を有するものとして設置し管理した措置は、その合理性を肯認することができず、本件橋、本件防護柵には国家賠償法二条の設置管理の瑕疵があつたものということができる。

三因果関係及び被告の責任

前記認定の各事実及び各説示によると、本件事故は、本件水路施設である本件橋、本件防護柵の前記設置管理の瑕疵に基づくものであるということができる。したがつて、被告は国家賠償法二条に基づき原告らの被つた損害につきこれを賠償する義務を負う。

四原告らの損害

1  玲子の逸失利益の相続分

(一)  逸失利益の計算

前記のとおり玲子は、本件事故当時満三歳の女子で、健康であつたから、本件事故に遇わなかつたならば、厚生省の昭和五四年簡易生命表によると、平均余命は76.56年であり、そのうち労働可能年数は就職した場合の定年、定年後の再就職などの事情を考慮すると、女子の場合には、満一八歳から満六三歳まで四五年間稼働することができるものとするのが相当である。女子平均賃金についてみるのに、(1)昭和五五年版婦人労働白書(労働省)によると、女子労働者の昭和五四年における平均月間現金給与総額は金一五万八、八二五円であり(労政時報二五二三号八七頁)、その年額は金一九〇万五、九〇〇円となり、(2)税務統計からみた女子労働者の昭和五四年における平均月間給与額は金一四万一、〇〇〇円、年間給与額は金一六九万円であり(労政時報二五二五号一一頁)、(3)昭和五四年度賃金センサス第一巻第一表産業計女子労働者学歴計企業規模計によると、きまつて支給する現金給与額(月額)金一一万四、九〇〇円(年間では金一三七万八、八〇〇円となる)年間賞与その他特別給与額金三三万三、五〇〇円であり、年間では金一七一万二、三〇〇円となる。損害額の算定は、控え目で中庸な方法によるべきであるから、ここでは右(3)の賃金センサスの数額によることとする。生活費は、人事院算出の昭和五五年四月現在の標準生計費(全国男子一八歳の場合)月額金六万八、二四〇円(労政時報二五一八号六三頁参照)に準じて算定するのが相当である。

したがつて、玲子の逸失利益の総額から年五分の割合にとる中間利息を新ホフマン式計算法によつて控除し、玲子の死亡時における逸失利益の現価を算出すると、その現価は、年収から生活費を控除した金八九万三、四二〇円に新ホフマン係数16.3739を乗じて得られる金一、四六二万八、七六九円(円以下切捨)である。

(二)  被告の過失相殺の主張について

(1) 被告は、玲子において本件事故の発生につき重大な過失があつたという。

しかし、前記のとおり玲子は、昭和四八年四月二一日生まれで、本件事故当時三歳一か月の女子であつたのであるから、その年齢の点から見て、玲子が、本件水路に転落した場合生命身体の危険がありこれを避けて行為をすべき知能を有していたと認めるのは相当でなく、他に玲子が被告の主張するような損害の発生増大を回避する能力を具えていたとの事実を認めることのできる的確な証拠がない。したがつて、被告の右の主張は失当である。

(2) 被告は、原告らに親権者として玲子を保護監督する義務があるところ、これを怠つた過失があるという。

<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

原告らは昭和四三年一〇月二八日婚姻し、昭和四四年七月二六日長女知美をもうけたが、知美が歩き出すようになつたので転居先を探していたところ、武里団地内の原告方が中央公園に近接し知美の遊び場に最適であつたところからこれを買い受け、昭和四六年六月下旬ころ現住居に引越した。原告昭男は東京都中央区日本橋横山町所在の唐本防水布(おむつカバーの材料の卸売業者)に勤務し、知美は昭和五一年四月備後小学校に入学し、本件事故発生の日は水曜日で、原告昭男は勤めに行き知美は小学校に登校した。玲子は、満三歳になつて、人なつつこく、おとなしい子で、はつきり話もできるようになつていたが、まだ自分で用を足すことはできなかつた。原告らは、本件水路施設は転落する危険があり、転落すると生命身体にも危険が及ぶことを知つていたので、日ごろ玲子に対し、「自動車に気を付けるように。公園で遊ぶように。落ちたら大変であるから、本件水路の方へ行つてはいけない。」などと言い聞かせていた。玲子は、「分かつた、分かつた。」と答えていたが、原告敦子は通常、公園に一緒に行き遊ぶのを見守つており、それができず、玲子を中央公園で独りで遊ばせる時には、原告方の門のあたりに出て、玲子の様子を見るようにしていた。本件事故発生の日原告敦子は、午前一〇時過ぎころ玲子と竜昭に「公園で遊びなさい。」と言つて、二人を大庭方から出してやつたが、その際原告敦子は、玲子と竜昭がそのまま中央公園に遊びに行くものと考え、家事手伝いをすませたら直ぐに行つて見るつもりで、二人を見送ることもせず、大庭方で仕事を続けていた。原告敦子は、大庭方の家事手伝いをほとんど終わろうとしたとき、岡馬洋子から、玲子が本件水路に転落したとの知らせを受け、直ちに本件事故現場に駆け付けた。

以上の事実を認めることができ、これを左右する証拠はない。

そこで、以上の事実によれば、原告らは、中央公園の北側に設置した本件水路、本件防護柵及び本件橋の地覆の構造が危険であること、玲子がまだその危険を十分に認識できず、その危険を避ける行為ができないことを知悉しており、玲子が本件水路付近で遊べば、水路に転落し生命身体に危険が及ぶことを予測できたものといえるから、原告らとしては、玲子を中央公園附近で遊ばせるときには常にその動静を監視し、玲子が本件水路付近に近寄り、本件橋または本件防護柵下部から、水路施設に立ち入らないように注意を払うべきであつた。しかし、原告敦子は、日ごろ世話になつていたことに対する返礼であつたとはいえ、隣家の大庭美智代の家事手伝いに心を配り過ぎ、玲子と竜昭に対し、「公園で遊びなさい。」と言い付けただけで、二人を大庭方から外に出し、二〇分ないし三〇分間玲子の行動を監視せず、玲子が本件水路に近づくことを防止できなかつた点で、原告敦子には、保護者として玲子を監視し監督すべき義務を尽くさなかつた過失があるというべきであり、原告昭男もまた共同親権者として、その補助者である原告敦子の右過失につき共同の責任を負うべきものである。

原告らの右過失は損害賠償額を定めるにつきこれを斟酌すべきであるが、右被害者側の過失の程度は、決して小さいものではなく、前記被告の設置管理の瑕疵と比較考慮するとき、これを三割と見て過失相殺し、損害額を算定するのが相当である。

(三)  逸失利益中の原告らの損害額

前記被害者側の過失を考慮して、玲子の前記(一)の逸失利益のうち七割にあたる金一、〇二四万〇、一三八円(円以下切捨)をもつて、玲子の逸失利益額と算定するのが相当である。

原告らは、玲子の父母であるから、右逸失利益の損害賠償請求権を相続分に応じて二分の一ずつ相続し、それぞれ金五一二万〇、〇六九円ずつの請求権を取得したものである。

2  慰謝料

原告池内敦子及び同池内昭男の各本人尋問の結果によれば、原告らは、いたいけな三歳の愛児の生命を奪われ、いずれも筆舌に尽くし難い精神的苦痛を被つた事実を認めることができるところ、前記の本件事故の態様、被害者側の過失の程度その他諸般の事情を考慮すると、原告らの精神的苦痛を慰謝するには、原告ら各人に対し金二五〇万円ずつを賠償させるのが相当である。

五以上の次第であるから、各原告の本訴請求は、被告に対し、それぞれ本件事故に基づく損害賠償として、前記1(三)逸失利益金五、一二〇、〇六九円、同2慰謝料金二、五〇〇、〇〇〇円合計金七六二万〇、〇六九円ずつ及びこれらに対する不法行為後で本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかである昭和五二年一二月一五日から各完済に至るまで民事法定利率各年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容すべきであり、その余の請求部分は理由がないから棄却を免れない。訟訴費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(高木積夫 加藤一隆 荒井九州雄)

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