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浦和地方裁判所 昭和50年(ワ)645号 判決 1980年3月07日

原告(反訴被告) 株式会社社会保険新報社

被告(反訴原告) 六ツ崎道文

主文

一  本訴につき

原告(反訴被告)と被告(反訴原告)との間に雇用契約関係が存在しないことを確認する。

二  反訴につき

被告(反訴原告)の反訴請求はいずれもこれを棄却する。

三  訴訟費用は、本訴、反訴を通じ被告(反訴原告)の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  本訴請求の趣旨

1  主文第一項同旨

2  訴訟費用は被告(反訴原告)(以下単に被告という)の負担とする。

二  本訴請求の趣旨に対する答弁

1  原告(反訴被告)(以下単に原告或は原告会社という)の本訴請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

三  反訴請求の趣旨

1  被告は原告の従業員としての労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

2  原告は被告に対し、一か月金一二万六〇〇〇円を昭和五〇年六月から毎月二五日限り支払え。

3  訴訟費用は原告の負担とする。

4  第二項につき仮執行の宣言。

四  反訴請求の趣旨に対する答弁

1  主文第二項同旨

2  訴訟費用は被告の負担とする。

第二当事者の主張

本訴につき

一  請求の原因

1  原告会社は、東京都千代田区神田錦町一―一四白根ビルに本社事務所を置き、支社を大阪市北区と福岡市中央区に設置し、従業員約三〇名を有し、図書(日刊「社会保険新報」・旬刊「年金ニユース」・月刊「社会保険実務と法令」・月刊「ほけん壁新聞」・「全国社会保険人名録」のほか社会保険関係図書・医学関係図書等の出版・販売業を営むものである。

2  被告は、原告会社代表取締役宮崎正貴と上智大学専門部新聞科在学当時の同級生であつた関係で、昭和四二年六月一日アルバイトとして原告会社に就職し、次いで、昭和四六年四月二五日常勤社員として採用され、以来図書の編集業務、次いで総務、営業関係の業務を担当して勤務してきた。

3  被告の雇用経過及び勤務状況

(一) (被告の雇用経過)

(1) 被告は、昭和四二年三月頃、無職で生活に困窮し、就職先を探していた矢先、たまたま出会つた前記宮崎に就職先のあつせんを依頼した。右宮崎は、被告に同情し各方面に就職のあつせん運動をしたが、被告が既に当時五五歳の年齢に達しているなどの理由で、就職を受入れるところはなかつた。

(2) 被告は、同年四月二五日大和町町会議員選挙に立候補して当選したのであるが、右当選直後、宮崎に対し、町会議員の報酬が月額五万円程度だから生活できない旨訴えたことから、宮崎の好意により、原告会社において昭和四二年六月一日被告をアルバイトとして雇入れた。

(3) 被告は、昭和四六年四月二四日前記議員の任期が満了するのに伴い、和光市市議会議員選挙に立候補したところ落選し、議員としての収入の途を失うに至つた。原告会社は、当時被告が既に五九歳の高年齢に達し常勤社員としての採用が困難であつたが、被告が窮状を訴えるのに同情し、同月二五日付で、常時出勤すること、仕事のことで他の社員に迷惑をかけないことを条件に常勤社員として採用した。

(二) (勤務状況)

(1) 被告は、昭和四二年六月一日アルバイトとして就職した後、編集代表有泉享「事故と災害」(季刊、昭和四二年一〇月創刊)の編集責任者としてその編集業務に従事した。ところが、編集責任者として右出版物を年四回発行すべき任務を有していたのに年二回しか発行できず、ついに廃刊の止むなきに至つた。

(2) その後、原告会社は、被告に就業規則の規定の整備、給与算定の方式の検討等の総務関係業務を担当させていたが、その成果があがらないため、定期刊行物である旬刊「年金ニユース」の購読カードの整理、出版物の原価計算、ダイレクトメールにおける案内状の作成、領収書・請求書の整理等の簡易な営業庶務関係の業務に従事させた。

(3) 被告が、前述のとおり「事故と災害」のシリーズ出版物を廃刊に至らしめたのは、その編集責任者としての任務を怠つたことによるものであり、そのため右出版物の監修者、執筆者らから叱責されたことがあつた。また、正規従業員となつた後も、三日間程の短日数で仕上げられる業務に一か月を要したり、たびたび簡単な原価計算を間違えたりし、その勤務成績は良好でなかつた。原告会社は、被告の右勤務成績不良、勤務意欲の欠如が、被告本人の生来の性格に加え、多分に高齢による肉体の衰えによるものと考え、原告会社の就業規則の退職年齢(定年六〇歳)の規定を適用して被告を退職させることを検討したり、また、被告に対し退職を要請したこともあつたが、原告会社代表取締役と被告とが同級生であつたこと、解雇となれば被告が経済的に困窮すること、被告の配偶者が精神病にかかつていること等に同情して、結局被告を解雇するまでには至らなかつた。

4  解雇

(一) 被告は、昭和五〇年四月二五日和光市市議会議員に当選して同議員に就任した。その結果、被告は、右議員としての活動のため、今後四か年間大幅にその時間をさかなければならなくなり、又、被告住所地の埼玉県和光市と原告会社の存する東京都千代田区神田との間の通勤時間、距離関係等からみて、被告が原告会社の常勤従業員として勤務することは、物理的にも不可能となつた。さらに、右市議会議員として給与年間一三二万二〇〇〇円、月額平均一一万一六〇円以上を取得することとなつたが、右金額は、被告が原告会社従業員として取得していた給与とほぼ同額のものであるので、被告の経済的困窮は一応解決された。なお、右市議会議員の報酬は、同年九月月額八万円から一一万円に増額され、結局その収入は月平均約一五万二九〇〇円となつた。

(二) 原告会社は、右事情に加え、被告を従業員として採用した前記経緯、被告前記勤務状況、被告が定年を超える六三歳の高齢に達していることの諸点を併せ考慮のうえ、被告を解雇することとし、同年四月三〇日被告に対し、同年五月三〇日付で解雇する旨の解雇予告をした。

そこで、前記正当事由に基づいて原告会社のなした右解雇の意思表示は、右予告期間の経過により効力が生じ、被告は同年五月三〇日付で原告会社の従業員としての地位を失つた。

(三) かりに、原告会社が前記解雇の意思表示をした当時、定年制を定めた就業規則が労働基準監督署長に届出たものでない等の理由により有効とは言えず、従つて、解雇を正当とする事由に欠ける点があつたとしても、原告会社において新就業規則を制定し、昭和五一年六月一六日有効にこれを施行したことによつて、右解雇の正当事由が補完され、その時点において被告に対する解雇の効力が生じたというべきである。すなわち、

(1) 原告会社において、従前の就業規則を全面的に改訂し、明確に六〇歳定年退職を規定した就業規則を制定し、これを従業員に周知させ、且つ昭和五一年六月一六日中央労働基準監督署長にその届出をなし同日施行した。

(2) 原告会社が被告に対し、本訴において、継続して被告が解雇された旨主張し、被告の従業員としての地位を否定していることは、原告会社が被告に対し、雇用契約解約の意思表示を継続してなしているものとみなすべきであるから、被告が右就業規則による定年年齢を超えているものである限り、右就業規則が施行された時点において、原告会社の右解雇の意思表示は、右事実によりその正当事由が補完されたことが明らかである。

(3) 従つて、少くとも、右就業規則が施行された昭和五一年六月一六日被告に対する解雇の効力が生じ、被告は原告会社の従業員としての地位を失つたというべきである。

5  ところで、被告は、常勤従業員の職をやめさせることは権利の濫用であると主張して原告会社代表取締役宮崎正貴を高圧的に非難し、更に、右解雇を不当として、解雇後であるのにかかわらず、原告会社一部従業員で組織する社会保険新報社労働組合(組合員数八名)に加入し、右解雇の撤回闘争を行つているので、原告には、訴により原・被告間に雇用関係の存在しないことの確認を求める利益がある。

6  よつて、原告は被告に対し、原・被告間に雇用関係の存在しないことの確認を求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1項は認める。

2  同2項中、昭和四二年六月一日以降の被告の原告会社における地位がアルバイトであつたとの点は否認、その余は認める。被告は、当初から正式の従業員として採用されたものである。

3(一)  同3項(一)、(1)の事実のうち、被告が宮崎に就職先のあつせんを依頼したことは認めるが、宮崎が実際あつせん運動をしたことについては不知。

(二)  同項(一)、(2)の事実のうち、被告が大和町町会議員に当選し、その在任中の昭和四二年六月一日原告会社に就職したことは認めるが、その地位がアルバイトであつたとの点は否認。

(三)  同項(一)、(3)の事実のうち、被告が原告主張のとおり和光市市議会議員選挙に立候補したが、落選したことは認める。

(四)  同項(二)、(1)及び(2)の事実のうち、被告が原告主張の如き業務に従事したことは認めるが、「事故と災害」なる出版物の廃刊が被告の責任によるものであるとの点は否認。

(五)  同項(二)、(3)の事実は否認する。被告の勤務状況が不良であつたということは全くなかつたし、又その健康状態も正常であつて、原告会社従業員として勤務するのに何ら問題がない。

4(一)  同4項(一)の事実中、被告が昭和五〇年四月二五日和光市市議会議員選挙に当選し、同市議会議員に就任したこと、被告の右議員就任時の報酬等が原告主張のとおりであることは認めるが、その余は争う。

(二)  同項(二)の事実中、原告が被告に対し解雇予告をなしたことは認めるが、その余は争う。

(三)  同項(三)の事実中、原告が昭和五一年六月一六日就業規則を労働基準監督署に届出たこと、右就業規則に年令六〇歳の定年退職の規定が存することは認めるが、右就業規則の制定が有効であること及び右定年制を理由として被告に対してなされた原告主張の解雇の効力は争う。

5  同5項中、被告が社会保険新報社労働組合と共に被告の解雇につき撤回闘争をしていることは認めるが、その余は否認する。

三  被告の主張

原告会社の被告に対する本件解雇は、次のとおり解雇権の濫用として無効である。

1  被告が市議会議員に就任したことを理由とする解雇の不当性

(一) 憲法上、国民の参政権は実質的に保障されるべきものであることに鑑みれば、使用者が、議員等の公職に就任したことを理由に当該労働者を解雇できるのは、公職就任により業務が著しく阻害される場合に限られると解すべきであり、これに該当しない場合になされた解雇は、解雇権の濫用として無効である。

ところで、本件においては、被告が和光市市議会議員に就任したことにより、原告会社の業務運営に支障を及ぼすことのないことは明らかである。すなわち、

(1) 和光市市議会の定例会(本会議)、臨時会、委員会等の予想される開催日数は年間約四九日である。一方被告が原告会社従業員として出勤すべき日数は年間二六八日であるから、右公職による被告の欠勤割合はその二割程度であり、被告が右公職に年間一六日の有給休暇を利用した場合には、その率がさらに下がることとなる。しかも、被告の原告会社における担当業務は、主として購読カードの整理等の単純作業であつて容易に他の従業員或いはアルバイト等によつて一時的代替の可能なものであるから、年間勤務日数の二割程度の欠勤により、原告会社の業務に支障を来すことは考えられない。

(2) 又、被告は、和光市西大和団地の自治会の支援を受け、その代表という立場において右市議会議員選挙に立候補し当選したものであるところ、右団地自治会の日常活動は、主として自治会の役員が行うことになつておるので、被告は、右自治会を通じての団地住民の意思を市議会に反映させ、且つ市政に対する情報を早急・的確に住民に伝えることとしているのであるが、議会活動以外の議員活動は、団地住民が勤務先等から帰宅した後の時間、或いは休日において行うものであるから議会外活動によつて原告会社での勤務に支障を及ぼすこともない。

(3) 前記のとおり、被告は議員活動と原告会社従業員としての勤務を両立し得るのであり、このことは、被告が昭和四二年から四年間当時の大和町町会議員としての議員活動と原告会社においての勤務を両立した事実によつても明らかである。

(二) 被告が右議員選挙の立候補をするについて、原告会社代表者が被告に対し、一旦その承認を与えながら、被告が当選するや、議員就任を理由に被告を解雇するのは、信義に反し不当である。

すなわち、被告は、右議員選挙に立候補するに当り、原告会社代表取締役宮崎正貴に対し、その承認を求めたところ、右宮崎はこれを承認したうえ被告を激励した。ところが、右宮崎は、右承認したことを無視し、右議員当選直後の昭和五〇年四月三〇日被告に対し、定年年齢を超えていること及び右議員に当選したことを理由に退職を求め、被告が即座にこの要求を拒絶するや原告会社は本件解雇の意思表示をなしたものである。

原告会社代表者の右のような措置は、明らかに信義に反し不当なものであることは明らかである。

2  定年制の存在を理由とする解雇の不当性

(一) 本件解雇当時、原告会社に「株式会社社会保険新報社就業規則」と題するものが存在していたが、右規則と称するものは、労働基準法八九条による労働基準監督署への届出がなされておらず、又同法九〇条に基づいて労働者の意見を聴いて作成されたものでなく、更に、原告会社においてこれを「就業規則」として各従業員に配布していないのであるから、右「就業規則」なるものは、単に形式的に存在しているというだけで、何ら法的効力をもつものでないことは明らかである。従つて、右「就業規則」なるものに、定年制条項の記載があるからと言つて、原告会社に定年制が存していたことにはならないし、又現実に制度として定年制が実施されていなかつたのであるから、原告会社が、定年制が有効に存在することを前提として、被告が定年年齢を超えたことを理由とする解雇は、根拠のない不当なものというべきである。

(二) 又、原告は、請求原因4項(三)において、昭和五一年六月一六日定年制を定めた新就業規則が施行された旨主張するのであるが、右就業規則は、その作成手続が違法・不当であるうえ、同規則の定年制の条項は、被告を解雇することのみを目的として定められたものであるから、右就業規則による定年制の施行を理由とする原告主張の解雇も権利の濫用として無効である。すなわち、

(1) 労働基準法第二条は労使対等決定の原則を定め、同法第九〇条は就業規則の作成にあたつては、従業員の過半数で組織する労働組合或いは過半数の労働者を代表する者の意見を聴くことを義務づけているが、さらに、憲法第二八条、労働組合法第七条二号の労働組合の団体交渉権の保障の規定を併せ綜合すれば、就業規則の制定という労働条件に大きく関わりをもつ事項については、使用者において、労働組合が従業員の過半数によつて組織されていないものであつても、当該組合と誠実に話し合いをなす義務のあることは明白というべきである。

ところで、原告会社は、昭和五一年五月三〇日、就業規則を全従業員に提示し、同年六月三日意見を聴くためと称して従業員を集めたが、被告の加入する社会保険新報社労働組合から右就業規則案の問題点を指摘され再検討を求められたため意見をとりまとめるに至らなかつた。ところが、原告会社は、右組合及び組合員不知の間に、管理職を含む従業員の過半数の署名を集めて一方的に意見書を作成し、これを労働基準法第九〇条の意見書として労働基準監督署に同年六月一六日届出たものであり、このような手続経過によつて作成された就業規則は、労使間の信義則に反するものであつて、労働基準法第二条、第九〇条及び労働組合法第七条二号に照らし無効である。

(2) そもそも、原告会社のような小規模な企業においては、定年制を施行すること自体ふさわしいものでないことは明らかであり、原告会社が右定年制の制定を強行したのは、被告の解雇理由を補強するためのみを目的としたものである。

四  被告の主張に対する原告の反論

1  被告は、公職就任を理由とする本件解雇は不当である旨主張するが、公民権行使の保障と普通解雇とは必ずしも抵触するものでなく、本件の如く市議会議員就任を機に、高齢さらには定年制の適用などを理由として解雇するのは決して不当ではない。

被告は、議員活動と会社勤務との両立が可能であり、かつても、議員活動と原告会社における勤務を両立させた旨主張するが、被告は、前記のとおり当時「事故と災害」なる出版物の編集を担当しながら発行を遅延させ、廃刊に至る因を作つたのであるから、決して両立し得たとは言えないし、一般的にみても、市議会議員の職責を遂行する場合、通常の会社従業員の勤務と両立し得ないことは明らかである。

2  被告は、本件解雇当時、原告会社に定年制を規定した就業規則が存在していなかつた旨主張するが、原告会社においては、昭和四七年夏以来、社員大会における原告会社と従業員の合意に従い、既存の就業規則を全面的に再検討するための就業規則検討委員会が設置され、その改訂作業が続けられていたことは原告会社従業員の周知するところであり、被告自身会社側代表の委員として右委員会に関与しているのみならず、既に昭和四四年当時において原告会社に就業規則が存在することを承知していたことは争う余地のない事実である。なお、労働基準監督署への届出手続は就業規則の効力要件ではない。

もつとも、原告会社は、従来、零細企業であることから、十分に企業組織として確立されておらないため、従業員個人の職能的知識経験に依存する業務運営がなされ、定年制を機械的に実施すれば、業務運営の円滑を欠くに至るので、これら業務運営に必要な知識・経験を有する者に対し定年制の適用を留保せざるを得なかつたのである。しかし、被告は、原告会社において重要な職務を担当しておらず、その担当職務を八年間に七回も異動し、一時部長格に格付けされたことがあつたが、それもはずされ、最終的には、当時三〇歳の営業部次長の下に配され、営業庶務という出版会社においては傍役の業務を担当し、しかも同僚に比してはるかに少い仕事量を分担していたのであるから、原告会社の業務運営上、被告について定年制の適用を除外すべき理由は存しなかつたのである。しかし、そうだからと言つて、原告会社は、被告に対し定年制を機械的に適用したのでなく、市議会議員に就任したことにより生活の安定が見られたことなどを考慮してなしたものであるから、この点において、原告会社の措置は何ら不当でない。

3  次いで、被告は、昭和五一年六月一六日施行の新就業規則は違法不当な手続によつて作成された無効のものである旨主張するのであるが、右就業規則は、前記請求原因4項(三)、(1)で主張したとおりの手続によつて制定したものであるところ、これを制定するに当つては、原告会社において適式の従業員代表者による意見を徴し、その意見書を添付のうえ労働基準監督署長に届出たものであるから、これが有効であることについては一点の疑いもない。なお、右就業規則は従前の就業規則を全面改訂して制定したものであるが、その定年退職規定は、従前の就業規則と同一内容のものであつて、被告の解雇だけを目的として定年制を設定したものでないことは明らかである。

4  又、被告は、原告会社代表取締役宮崎が、被告の市議会議員立候補に当り、これを承認、激励した旨主張するが、原告会社代表者は、被告から投票日の一〇日程前立候補する旨告げられたことがあるだけであつて、特にその承認を求めるための申し入れを受けたことはない。

反訴につき

一  請求の原因

1  被告の経歴等

(一) 被告は、上智大学文学部新聞学科を卒業し、昭和一九年から昭和四二年までの間三つの会社に勤務し、又自営業を営むなどし、経理、総務、企画関係に深い知識と経験を有していた。

(二) 被告は、昭和四二年二月それまで勤めていた会社を退職し、同年四月大和町町議会議員に就任し、同年五月原告会社に就職した。

(三) 被告は、原告会社入社後、季刊雑誌「事故と災害」等の編集業務、営業部での販売、庶務等の業務に従事し、又総務部長に就任したこともあつた。

2  解雇

被告は、原告会社から昭和五〇年四月三〇日、同年五月三〇日付で退職するよう解雇予告を受けた。

3  解雇権の濫用

原告会社のなした本件解雇は、解雇権の濫用として無効であり、その理由は、本訴請求における当事者の主張三「被告の主張」と同一である。

4  賃金請求権

被告が、右解雇予告を受けた当時、原告会社における被告の賃金は、一か月一二万六〇〇〇円であり、被告は、原告会社から毎月二五日当月分の賃金の支給を受けていたが、原告会社は被告に対し、昭和五〇年六月分以降の賃金の支払をしない。しかし、前記のとおり本件解雇の意思表示は無効であるから、原告会社は被告に対し、昭和五〇年六月分以降の賃金を毎月二五日限り支払うべき義務がある。

5  よつて、被告は反訴請求の趣旨のとおりの判決を求める。

二  請求原因に対する答弁及び反論

1  請求原因1項(一)の事実中、被告が経理、総務、企画関係に深い知識・経験を有しているとの点は否認、職歴関係の詳細は不知。

2  同項(二)の事実は概ね認める。

3  同項(三)は認める。

4  同2項は認める。

5  同3項は争う。

同項の被告の主張に対する反論は、本訴請求における当事者の主張四、「被告の主張に対する反論」と同一である。

6  同4項中、本件解雇当時の被告の賃金及び支給日が被告主張のとおりであることは認めるが、その余は争う。

三  原告会社の本件解雇の正当事由等の主張

原告会社が被告を解雇するまでの経過及び解雇事由は、本訴請求における当事者の主張一、「請求原因1ないし4項の事実」と同一である。

四  右主張に対する被告の答弁

本訴請求における当事者の主張二、「請求原因に対する答弁」と同一である。

第三証拠<省略>

理由

(本訴につき)

一  原告主張の請求原因1項の事実及び被告が原告会社代表取締役宮崎正貴と上智大学専門部新聞科在学当時の同級生であつた関係で、昭和四二年六月一日原告会社に採用され、以来図書の編集、総務関係等の業務を担当していたこと、原告会社が昭和五〇年四月三〇日被告に対し、同年五月三〇日付で解雇する旨の解雇予告をなしたことは当事者間に争いがない。

二  原告会社が被告に対し解雇予告するまでの雇用経過等

前記争いのない事実に、成立に争いのない甲第四、第九号証、証人村西俊雄の証言、原告会社代表者及び被告各本人尋問の結果(各第一、第二回)ならびに弁論の全趣旨によると、次の事実が認められ、原告会社代表者及び被告各本人尋問の結果中、次の認定に反する部分は採用できず、他にこの認定を左右し得る証拠がない。

(一)  被告は、昭和四二年三月頃、それまで勤務していた勤務先を退職し就職先を探していた矢先、たまたま大学同級生であつた原告会社代表者宮崎に出会い、同人に就職先のあつせんを依頼した。右依頼を受けた宮崎は、知人等に当つてその就職先を探したが、被告が当時既に年齢五五歳に達していたこともあつて、その就職を受け入れるところはなかつた。

(二)  被告は、同年四月大和町町議会議員選挙に立候補し、同月二五日これに当選したのであるが、右議員の報酬が月額二万円程度であつて、その収入だけでは生活ができないところから、右宮崎に懇請し、その計いで原告会社に就職するに至つた。

(三)  原告会社が被告を雇用するに当り、右宮崎の取り計いにより、被告に当時原告会社において計画していた季刊雑誌「事故と災害」の編集を担当させることとし、被告が右町議会議員出席等の議員活動に必要な場合出勤しないでもよいことを承認し、その賃金は、前記議員報酬を考慮し、当時被告家族の生活費をまかなうに充分な月額(定額)四万円を支給することとした。

右のような被告の雇用上の処遇関係は、原告会社において時間給で採用する臨時職員(アルバイト)、毎日定時間勤務を義務づけられている常勤従業員(正規社員)の何れにも該当しない特別配慮された扱いであつた。

(四)被告は、原告会社に雇用された後、前記季刊「事故と災害」の編集業務を担当していたが、昭和四二年一〇月創刊号を発行した後、その後の出版がおくれ、年二回程度発刊するに過ぎない状態となつて、間もなく右編集担当から外されるに至つた。

(五)  次いで、被告は、総務担当となつて給与規則の改訂作業等に従事したりし、昭和四四年一月総務部長待遇に格付けられ、会社側代表として従業員で構成する社員会との交渉を委かされたが、交渉に円滑を欠く点があつて右担当を外され、平従業員に戻つた。

(六)  被告は、前記議員の任期満了により昭和四六年四月和光市(旧大和町)市議会議員選挙に立候補したところ、同月二五日落選したため、原告会社において被告が議員であることによる勤務上特別の扱いをなす必要がなくなり、名実とともに常勤従業員(正規社員)となつた。

(七)  被告は、その後、一時「安全衛生タイムズ」なる出版物の編集に従事し、次いで営業部に所属して定期刊行物の購読カードの整理、出版物の単価計算その他一般庶務関係の比較的定型的な簡易な事務を担当していた。昭和四八年夏の人事異動において、被告は、販売外交の外勤業務の担当を指示されたが、その高年齢から肉体的に重荷であるとしてこれを辞退し、前記のような内勤の営業庶務関係の業務を担当するに至つた。

原告会社従業員において被告のようにたびたび担当業務を変更される例は殆んどなく、それは、原告会社において順次被告の勤務能力及び勤務成績を不良なものと評価するようになつたことによるものであつた。

(八)  被告は、昭和五〇年四月二五日施行の和光市市議会議員選挙に再度立候補したところこれに当選し、同日右市議会議員に就任した。なお、当時被告の年齢は六三歳であつた。

(九)  原告会社は、被告が右議員に就任した直後の同月三〇日、被告に対し、右議員に就任したこと及び年齢も六〇歳を超えたことを挙げ、任意退職を勧奨したが、被告から即座に拒絶されたことにより、被告に対し解雇の意思表示をするに至つた。

(一〇)  なお、原告会社は、被告がその後出勤するところから、被告との関係を円満に処理したいと考え、同年六月二日被告に対し、常勤従業員として留ることは認められないが、臨時職員或いは嘱託として勤務して貰つてもよい旨の条件を提示して説得したが、被告は、これに対し、正規従業員としての身分を変更することは承諾できない旨言つて拒絶した。

三  解雇の正当性の有無

1  先ず、被告の和光市市議会議員としての議員活動と原告会社における正規の常勤従業員としての勤務とが両立し得るものであるか否かを検討する。

市議会議員の議員活動としては、議会の定例会、臨時会及び委員会に出席してなす議員本来の活動のほか、個々の議員によつてその程度、内容に差異があるとしても議会外での活動を伴うものであることは弁論の全趣旨により明らかであり、又議員としての職責を全うするための調査、研修その他の準備活動を必要とすることは当然というべきである。一方、通常の企業における正規の常勤従業員は、使用者の労務指揮権のもとに、日曜・祭日その他定められた休日を除く全勤務日に一定時労務に服す義務を負うものであるから、前記議員の議員活動をなすべき日と企業における勤務日とは多くの場合競合することとなることは明らかである。

この点について、被告は、和光市市議会議員の場合、被告が市議会、委員会等に出席を要する日数が、年間約五〇日であつて、原告会社における勤務日数の二割程度欠勤すれば足り、且つ被告の原告会社における担当業務は、簡易な事務であつて、他の従業員或いは臨時従業員(アルバイト)によつて一時代替が可能であるから、被告の右欠勤は、被告の業務に支障を来たすことがない旨主張するのであるが、原告会社代表者本人尋問の結果(第一、第二回)及び弁論の全趣旨によると、本件解雇当時の役員を除く原告会社の正規従業員は、大阪、九州の各支社名古屋支局勤務の者を含み二〇名程度であつたことが認められ、人的余裕の乏しい会社であることが窺われる。一方被告の右欠勤予定日数は、議員としての職務上最少限度必要とされる日数で、議員としての研修、視察、調査、非公式な会合に要する日数は含まれていないものであるうえ、その欠勤が原告会社の業務の都合を全く顧慮することなく行われるものであることを考えると、原告会社の他の従業員による代替補充が常に可能なものと推認することはできない。被告主張のように被告の欠勤をアルバイト等の臨時従業員で代替補充することが可能だとしても、常識的にみて、被告の欠勤に応じその必要日数に限定してアルバイトを雇入れることが事実上可能かは疑問であり、結局、非常勤にしろ或る程度一定期間勤務予定日を定めて臨時職員を雇用せざるを得ないものと考えられ、又被告の欠勤の補充のため原告会社に余分の費用を負担させることとなることは明らかである。

以上によれば、原告会社は、被告の議員としての公職就任により、企業として運営自体を困難ならしめるほど業務に支障を招くことになるとは考えられないが、通常の業務運営及び人事管理面において支障を及ぼす面のあることは否定できないというべきである。

なお、被告は、昭和四二年四月大和町町議会議員就任の際には、原告会社における勤務と両立できた旨主張するが、それは、前記認定のとおり、原告会社代表者宮崎が、大学同級生であつた関係からの好意により、被告に対し、雇用上の身分関係において他の従業員と異つた特別の扱いをし、その担当業務も、季刊雑誌の編集、次いで給与規則の改訂作業等比較的厳格な勤務時間にとらわれない、或る程度期間的な幅をもつて処理し得るものを配慮していたことによるものであるから、被告が全く他の正規常勤従業員と同一の就業義務を負う雇用上の身分関係にあることを前提とした場合の前例とはならないし、被告の年齢、被告の原告会社における勤務能力等に対する評価、原告会社内部の事情等が当時と異なる本件解雇時において、原告会社が被告の採用時と同様の扱いをしないとしても、これを不当ということはできない。

2  次いで、原告主張の本件解雇当時における被告の定年超過について検討する。

(一) 本件解雇当時、原告会社に六〇歳定年退職規定のある「就業規則」なるものが作成されていたことは当事者間に争いがなく、この事実に、成立に争いのない甲第二、第三、第五、第一五号証、証人田中知二(第一、第三回)、同会田真也(第一ないし第三回)の各証言、原告代表者及び被告各本人尋問の結果(各第一、第二回)ならびに弁論の全趣旨を併せ綜合すると、原告会社の企業は、もと原告会社代表者宮崎がその妻と共に個人企業としてその経営を始めたのを、昭和三二、三年頃株式会社組織にしたものであつて、従業員も順次増員され、本件解雇当時役員を除く従業員数は、地方支社、支局勤務者を含め二〇名位となつたこと、従つて、原告会社は、設立当初企業組織として確立されておらず、従業員の服務、勤務条件等の準則となるものもなかつたところから、昭和四〇年四月一日就業規則なるものを作成し、その後昭和四六年にこれを改正して、同年四月一日から施行することとしたこと、しかし、原告会社において、右改正した就業規則をコピーして各従業員に交付し、或いは従業員の見易い場所にこれを掲示するなどの従業員に周知させる方法はとつていなかつたこと、右就業規則三五条に、従業員を退職とする場合として定年六〇歳に達したときを規定していること、原告会社は、右就業規則の従業員の服務、勤務条件その他の規定のうちその適用の可能なものは、当該規定に基づいて運用してきたが、右定年制の規定等、原告の企業としての実情においてその実施の困難なものはその適用をしていなかつたこと、右就業規則は、昭和四六年四月以後においても、会社側代表、従業員代表及び有識者からなる就業規則検討委員会が設けられ、その改正のための検討がなされていたこと、被告は、会社側代表の委員となつて右検討委員会の討議に参加し、昭和四八年四月右委員会において就業規則改訂についての中間報告書を作成して原告会社に提出したこと、右報告書には、六〇歳定年制の規定を置くことを前提とした条項の改訂意見が記載されていること、従つて、被告は当然定年制の規定のある前記就業規則の内容を知悉していたこと、なお、原告は、本件解雇までの間、全く定年退職規定を適用していなかつたが、原告会社従業員で六〇歳を超えた者の多くは六三歳前後で退職し、役員となつた者及び企業運営上必要とされた者が相当の年齢に達するまで在職していたのがそれまでの実情であつたことが認められ、証人会田真也の証言及び被告本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を覆えすに足りる証拠がない。

(二) ところで、原告会社は、右定年制を規定する右就業規則の内容は、原告会社従業員もこれを知悉し有効に施行されてきた旨主張するのであるが、しかし、前記認定のとおり、原告会社において右就業規則の定年制の規定の適用を意識的に除外してきたものであり、従つて、従業員らも原告会社において定年制の実施がなされていないものと認識していたことが容易に推認できるから、原告会社において一般従業員に対し右定年制の規定の実施を改めて表明し、これを周知させない限り、これを従業員に適用することは許されないというべきである。

原告会社が、就業規則に規定する定年退職規定を有効に被告に適用し得たものであれば、被告の定年超過は決定的な退職事由となるものと解せられるが、前記検討の結果においては、結局、被告が六三歳の高齢に達したこと、被告が、原告会社において就業規則に六〇歳定年制を規定し将来これを実施に移すことを予定していることを知つていたことなどの事実を、本件解雇の他の事由との関連において、これを補強する事情としてしんしやくするに留ることになるというべきである。

3  次いで、本件解雇によつて生ずる収入面での被告の不利益の程度について検討するに、被告の議員就任時の報酬等収入は、年間一三二万二〇〇〇円以上と見込まれることは当事者間に争いがなく、一方被告が原告会社において正規従業員として勤務を継続した場合、月額給与の年間合算額は一五一万二〇〇〇円であつて、ほぼ右議員の収入額と匹敵するが、前年の例にならつて一時支給分を加えると年間合計二二〇万円程度と推定されること、しかし、被告には、老齢年金の受給資格があつて、毎月七万五〇〇〇円程度の年金を取得しうることは、証人田中知二の証言及び弁論の全趣旨により明らかである。そうすると、被告が右議員と原告会社従業員とを兼ねた場合、従前と比較して相当の高収入を得ることになり、反面議員のみの場合においても老齢年金の受給を合わせるとほぼ同程度の収入は確保できることは明らかである。

ところで、前記二項(一〇)の認定事実に照らすと、被告が本件解雇の意思表示を受けた当時、原告会社において、右収入の不足分があれば、それを補い、且つ右議員としての活動を両立させるため、被告を非常勤の嘱託等として雇用する意向があつたことが窺われるから、被告において非常勤嘱託に雇用上の身分を変更することを選択すれば、少くとも収入面での不利益は避けられたものと推認できる。

4  次いで、被告は、被告が右議員選挙に立候補するに当り、原告会社代表者においてこれを承認した旨主張するので、この点について検討する。

被告が右立候補するに際し、原告会社代表者に対し立候補する旨告知したこと、その際原告会社代表者がこれに対し特に異議を述べなかつたことは当事者間に争いがない。

ところで、被告の主張する原告会社代表者が被告の右立候補を承認した旨の法的意味が必ずしも判然としないが、原告会社代表者が被告に対し、被告の当選後も、従前の常勤従業員として雇用することを承認した趣旨の主張と解せられる。しかし、原告会社代表者が被告に対し、明示的に右のような趣旨の意思表示をなしたことを認め得る証拠がなく、又使用者が労働者の議員立候補に異議をさしはさむことは、それ自体不当であり且つ不見識であることに照らすと、原告会社代表者が被告の右立候補に異議を述べなかつたことをもつて、黙示的に右のような趣旨の承認を与えたことにはならないというべきである。

なお、原告会社代表者が被告から立候補のあいさつを受けた際、激励とみられる言葉で応待したとしても、咄嗟になされたその場の言辞が、あいさつを受けた者の儀礼以上の意味をもつものとは直ちに認め難い。

5  以上検討した結果に基づき、本件解雇の正当事由の有無について判断する。

使用者が、労働者が地方議会議員等の公職に就任したこと自体を解雇事由とすることは許されないが、右公職就任により著しく業務に支障を生ずる場合、或いは業務の支障の程度が著しいものでなくとも、他の事情と相俟つて、社会通念上相当の事由があると認められる場合は、使用者のなす普通解雇は正当として許されると解するのが相当である。

これを本件についてみるに、前記検討したとおり、原告会社の人的態勢からみて、被告の市議会議員就任は、業務の運営等に支障があるものの、それが業務運営を著しく阻害する程度のものではないが、本件解雇時、被告の年齢も六三歳の高齢に達し、原告会社の六〇歳を超えた他の多くの従業員の退職年齢とほぼ相当するものであるうえ、被告自身六〇歳定年制を規定する原告会社の就業規則の改正作業に関与し、その就業規則が施行されることによつて定年制が実施されることを予期する立場にあつたこと、又本件解雇によつて被告の収入が減少することは殆どなく、仮にあつたとしても生計の維持を困難にするほどのものでないこと、その他被告の原告会社に採用された経過等の前記認定の事情を併せ綜合すると、原告会社のなした本件解雇は、社会通念に照らし、これを首肯するに足りる相当の理由があるというべきである。

四  以上により、原告会社の被告に対する本件解雇は正当である。

(反訴につき)

反訴請求については、本訴請求に対する判断と同一であり、これによると、被告の反訴請求はいずれも理由がないことは明らかである。

(結論)

よつて、原告の本訴請求はこれを正当として認容し、被告の反訴請求は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 柿沼久 雨宮則夫 吉田恭弘)

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