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浦和地方裁判所 昭和48年(ワ)793号 判決 1979年6月08日

原告 森田保太郎 外一名

被告 埼玉県

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1  被告は、原告両名に対し、それぞれ金二二〇〇万円及びこれに対する昭和四四年一二月二四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二、請求の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第二、当事者の主張

一、請求原因

(一)  事故の発生

原告らの長男森田旬一(昭和三一年九月九日生、死亡当時中学一年生、以上「旬一」という。)は、昭和四四年一二月二四日午後〇時三〇分ころ、埼玉県鴻巣市大字三ツ木字愛ノ町三五番先の通称「三ツ木堰」のロータリー(以下「本件堰(ロータリー)」という。)から元荒川に転落し、本件堰(ロータリー)の水流によりえぐられた部分(以下「えぐれ」という。)に吸い込まれて溺死した(以下「本件事故」という。)。

(二)  本件堰(ロータリー)の状況

1 本件堰(ロータリー)は、河川法四条一項にいう一級河川である元荒川に存し、農業用水の取水を目的として明治三三年に設置された一号水門と一体のものとして、昭和七年に二号水門と共に設置されたものである。

2 本件堰(ロータリー)は、右一号水門と二号水門との間に位置し、別紙図面記載のとおりの構造及び形状の堰であつて、その周囲はコンクリート製の擁壁となつていて、その下部の水面付近には擁壁の外周に沿つて張り出したコンクリートの縁(底板)が存し、更に、水際に降りるための階段とコンクリート打ちのたたきが設置されている。

3 本件堰(ロータリー)は、本件事故当時、一号水門から流れ落ちる水流により別紙図面の擁壁の基礎部分である<A>部分が深さ約二・三メートル、奥行き約三メートルにわたつてえぐられており、そのえぐれは水面からは全く認識することができなかつた。

4 ところで、本件堰(ロータリー)は、道路脇が草地となつていて一服したくなるような誘惑的な場所であり、本件事故当時には立入禁止の標識や防護柵等もなかつたため、誰でもが自由に立入ることができ、つり客が後を断たず、子供達の格好の遊び場となつていた。そのうえ、本件堰(ロータリー)には前記のとおり人の出入を当然予定する水際に通ずる階段やたたきが設置されていて、そのたたき部分はすべりやすい状態になつていた。

(三)  被告の責任

1 本件事故は、公の営造物たる本件堰(ロータリー)の設置又は管理の瑕疵によつて発生したものであつて、以下に述べる理由によつて、被告は国家賠償法二条一項により本件事故によつて生じた一切の損害を賠償する責任がある。

(1)  本件堰(ロータリー)の設置

本件堰(ロータリー)は、被告が昭和七年洪水及び湛水被害の除去を目的として、川幅を広げ二号水門を設置した際にあわせて設置された河川に付属する物的施設で、前記法条にいう「公の営造物」である。

(2)  本件堰(ロータリー)の管理

被告は、本件堰(ロータリー)の管理者である。すなわち、

(イ) 本件堰(ロータリー)は、二号水門と合わせて設置されたことにより一、二号水門と一体として農業用水取水のための利水の効果を有しているのであるが、さらに上流地区への湛水及び洪水の被害を軽減除却し、かつ本件堰(ロータリー)上の道路を水流から守る機能を有しているものであり、しかも右湛水被害除却についての受益者は元荒川全域に及んでいるのである。従つて、本件堰(ロータリー)は、二号水門と一体として旧河川法(明治二九年四月八日制定法第七一号)四条二項にいう「河川附属物」に該当するものであつて、被告は、これを「河川附属物」と認定し、現行河川法が施行された昭和四〇年四月一日までの間管理してきた。

(ロ) 次いで、現行河川法施行後においては、前記機能を有する本件堰(ロータリー)は、同法三条二項にいう「河川管理施設」に該当するものであり、かつ同法九条二項により被告県の知事が国の機関委任事務として管理の一部を行なう責任を有する「指定区間」内の元荒川に存するから、被告は同法六〇条二項により本件堰(ロータリー)の管理費用を負担する義務を有していることは明らかである。従つて、被告は右管理費用を負担していたことにより本件堰(ロータリー)を事実上管理していたものというべきである。  (ハ) 仮に、本件堰(ロータリー)が「河川附属物」さらには「河川管理施設」でないとしても、公の営造物の設置者は、特段の事由のないかぎりその管理責任をも有すると一応推定されると解するのが相当であるから、公の営造物たる本件堰(ロータリー)の設置者たる被告において他の団体等にその管理を引継ぐなどその管理責任を免責させるに足る特段の事由が認められない本件にあつては、被告が本件堰(ロータリー)につき管理責任を負つているというべきである。

(3)  本件堰(ロータリー)の設置及び管理の瑕疵

(イ) 設置の瑕疵

本件堰(ロータリー)は、その基礎部分に前記のようなえぐれが生じたため、ひとたび人が右えぐれ付近の水中に転落すれば、えぐれの奥深く吸い込まれ、水流に押しつけられて水面に出ることが不可能であつて、前記(二)の4のような状況と相まつて本件事故のような転落死亡事故を発生させる危険性は極めて高い状態にあつた。従つて、被告としては本件堰(ロータリー)を設置するに際し、一号水門を流れ落ちる水流が本件堰(ロータリー)にぶつかつてえぐれが生じないように一号水門を改修するか、本件堰(ロータリー)にえぐれが生じないような資材を用いて基礎工事をなすべきであつたのに右のような設置方法を講ぜず、柳の枝を束ねてその上に大きな石をいくつか乗せ、土を盛つただけの簡単な基礎工事をなしたため、年月を経過する間に水流により土が流され、基礎部分に前記えぐれを生じさせたのは、明らかに営作物の設置に瑕疵があつたというべきである。

(ロ) 管理の瑕疵

又、被告においては、適宜本件堰(ロータリー)の状態を点検し、えぐれが生じたり生ずるおそれがある場合には直ちにこれを補修して水中に転落してもえぐれに吹い込まれないような措置を講ずるべきであるし、さもなくば、囲りに防護柵を設置して本件堰(ロータリー)への立入りを物理的に不可能にし或いは人の立入りを禁止するなど、転落事故の発生を未然に防止するための安全措置を講ずべきであつた。しかるに被告はこれらの措置をなんら講ずることなく漫然放置していたのは、その管理に重大な瑕疵があつたというべきである。

(ハ) 本件事故は、右に述べた被告の本件堰(ロータリー)の設置又は管理の瑕疵に起因するものであるから被告は国家賠償法二条一項により旬一及び原告らに生じた損害を賠償すべき責任がある。

2 仮に被告に本件堰(ロータリー)の設置又は管理者としての責任が認められないとしても、被告は本件堰(ロータリー)の管理費用負担者として国家賠償法三条一項により本件事故によつて生じた損害の賠償責任がある。

すなわち、被告は河川法六〇条二項により被告県の知事が行うものとされた「河川管理施設」たる本件堰(ロータリー)の管理費用の負担者であり、又本件堰(ロータリー)には、公の営造物としての設置又は管理に瑕疵の存したことは前記のとおりである。

従つて本件堰(ロータリー)の管理者は国家賠償法二条一項により右瑕疵に起因する本件損害を賠償すべき責任を負うものであるから、管理費用負担者たる被告も国家賠償法三条一項により右損害を賠償すべき責任がある。

(四)  損害

1 旬一の損害

(1)  逸失利益 金三〇二〇万二八五二円

旬一は、死亡当時一三才三カ月の健康な男子でありその稼働可能年数は一八才から六七才までの四九年であるから、賃金センサス第一巻第一表の産業計、企業規模計、学歴計男子労働者の平均給与額を基準として逸失利益を算出すべきところ、昭和五一年度から同五三年度にかけて、それぞれ年五パーセント程度のベースアツプがあつたことは公知の事実であるから本件口頭弁論終結時の最新の資料たる昭和五一年度の賃金センサスの年間平均賃金に前記ベースアツプ分として一・〇五の二乗を乗じて得た金額を昭和五三年度の年間平均賃金とし、これを基準として逸失利益を算出することとし、右年間平均賃金から二分の一を生活費として控除したうえ、中間利息控除についてはホフマン式計算法によるのが相当であつて、旬一は事故時未就労者であつたから、六七から一三を控除した五四のホフマン係数(二五・八〇六)から、一八から一三を控除した五のホフマン係数(四・三六四)を控除した係数を乗ずる計算方法を用いて年五分の割合による中間利息を控除した逸失利益の事故時現価を算定すると金三〇二〇万二八五二円(小数点以下切捨て)となる。

計算式 (16万6300円×12+56万0500円)〔昭和51年度の年間平均賃金〕×1.0522 ×1/2〔生活費控除〕×21.442〔ホフマン係数〕= 3020万2852円

(2)  慰藉料 金三〇〇〇万円

生命を奪われた損害に対する賠償は、被害者の全生命活動に対する正当な評価の下に賠償額を決定すべきであり、逸失利益はこのような人生における評価の一部分にすぎない。旬一は、一三年間両親の温かい愛情につつまれて育ち、近い将来大いなる可能性を持つ身でありながら本件事故によりその生命を不法不当に奪われその短い人生を閉じた。そこで、旬一の逸失利益を除いたその余の生命活動に対する損害の賠償を慰藉料として金銭に評価すると、少なくとも逸失利益と同程度の金三〇〇〇万円が相当である。

原告らは旬一の死亡により、その父母として前記(1) 、(2) の損害賠償請求権を各二分の一ずつ相続した。

2 原告らの損害

(1)  慰藉料 各金五〇〇万円

原告らは、本件事故により何ものにも代えがたい宝そのものの旬一を奪われその精神的苦痛は筆舌に尽しがたいものであるから、これを慰藉するにはすくなくとも各金五〇〇万円が相当である。

(2)  葬祭費 各金二五万円

葬祭費としては金五〇万円が相当であり、原告らはそれぞれその二分の一の損害を蒙つた。

(3)  弁護士費用 各金二〇〇万円

原告らは前記各損害の合計額各金三五三五万一四二六円のうち、とりあえずその一部たる各金二〇〇〇万円の損害賠償を求めるため本件訴訟を本訴の代理人らに委任し、勝訴した場合いずれもその一割に相当する金二〇〇万円を支払う旨それぞれ約した。

(五)  結論

よつて、原告らは被告に対し、主位的には国家賠償法二条一項に、予備的には同法三条一項に基づき、それぞれ損害賠償として前(四)項1の(1) (2) の各二分の一、同2の(1) (2) の合計金三五三五万一四二六円のうち金二〇〇〇万円と同2の(3) の金二〇〇万の各合計金二二〇〇万円宛及びこれに対する本件事故当日である昭和四四年一二月二四日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する認否

(一)  請求原因(一)のうち、旬一が溺死したのが本件堰(ロータリー)のえぐれた部分に吸い込まれたためであるとの点は不知、その余は認める。

(二)  同(二)中、

1 同1ないし3は認める。

2 同4のうち、本件事故当時、本件堰(ロータリー)に立入禁止の標識や防護柵がなく誰でも自由に立入ることができたこと、本件堰(ロータリー)に階段やたたきが設置されていたことは認め、その余は否認する。

(三)1  同(三)の1の(1) 中冒頭の主張のうち、本件堰(ロータリー)が昭和七年被告により設置された公の営造物であることは認め、その余は否認する。

2  同(2) の(イ)のうち、本件堰(ロータリー)が一、二号水門と一体として農業用水取水のための利水目的を有するものであることは認め、その余は否認する。

すなわち、三ツ木堰は、明治三四年、当時の北足立郡箕田村、同小谷村、北埼玉郡持田村、同下忍村(以下「箕田村外三か村」という。)により農業用水取入を目的とした現在の一号水門が設置され、次いで昭和七年埼玉県用排水幹線改良事業の一環として、被告が事業主体となり元荒川の改修工事が行われた際、一号水門の左岸側の川幅が拡張されたのに伴い、三ツ木堰の従前の農業用水取入機能を維持するため二号水門が増築され、あわせて一、二号水門の間に既設のロータリー部分の規模を拡大する形で本件堰(ロータリー)が設置されて現在のような形状に増築改造されたものであるから、本件堰(ロータリー)及び一、二号水門からなる三ツ木堰は一体として農業用水取入堰としての機能を有するが、いわゆる治水を目的とし或いはその機能を有するものではない。

ところで、河川法三条二項の河川管理施設とは、治水を目的として設置された施設をいうところ、本件堰(ロータリー)を含む三ツ木堰は一体として特定地域の農地所有者のために、河川の流水を堰き止めて水位を上げ、用水路から農地に自然に流水させるための利水施設であり、このような利水施設についている水門は、用水不要期の放出と、堰を設置したために生ずる治水上の支障を受益者らの責任でなくすためつけられたものであるから、「河川管理施設」とはその目的や機能が本質的に異つており、本件堰(ロータリー)を含む三ツ木堰は、特定受益者のための利水施設としての許可工作物ないし土地改良法にいう土地改良施設であつて、「河川管理施設」ではないというべきである。そして右のような特定受益者のための利水施設は、これを設置したことにより直接利益を受ける者が本来これを管理すべきものであつて、被告ないし被告の知事がこれを管理すべきものでもないし、又、事実上これを管理したこともない。

ちなみに、本件堰(ロータリー)の管理権は、被告が受益者に代行して前記のとおり用排水幹線改良事業の一環としてこれを設置後、被告から当時の受益者たる箕田村外三か村(代表者箕田村)に引継がれ、その後、箕田村外三か村の代表箕田村から箕田村耕地整理組合、次いで箕田土地改良区にそれぞれ移転され、現在同改良区がその管理者となつているものである。

3  同(2) の(ロ)は否認する。

そもそも、被告が管理費用を負担しているからといつて事実上管理していることにならないから、原告の主張は主張自体失当である。

4  同(2) の(ハ)は否認する。

本件堰(ロータリー)の管理権は、設置後その受益者に移転されたことは前記のとおりである。

(四)  同(三)の1の(3) の(イ)、(ロ)は否認する。

本件堰(ロータリー)の設置管理にはなんらの瑕疵もない。

すなわち、公の営造物の設置又は管理に瑕疵があるとは、その営造物が本来備えるべき安全性を欠いていることをいい、右の安全性は当該営造物の利用又は使用状態との相対的関係で決定されるべきところ、本件では人が河川の中に入るという状態は本件堰(ロータリー)の利用又は使用目的からみて本来ありえないのであるから、人が転落して河川の中に入つた状態までを仮定して本件堰(ロータリー)に安全性を備えさせなければならないという義務は認められず、従つて本件堰(ロータリー)にえぐれが存在することをもつて設置又は管理の瑕疵ということはできない。

又、本件堰(ロータリー)を設置するに際し、その基礎工事については、本件堰(ロータリー)の側壁を鉄筋コンクリート造りとし、その基礎には、生松丸太を地杭として河床に打ち込み地杭と土砂の摩擦抵抗により二号水門の堰本体(門扉を入れる堰枠)及び側壁を支え、河床に安定させたほか地杭の前面を松矢板で囲み、流水により基礎の河床の土砂が洗掘され、側壁内の土砂や石が流出するのを防止する工法を採用し、更に下流側には水門から放流される流水の勢いを弱めて河床や側壁の基礎が洗掘されるのを防止するため、水門の水叩の先端から側壁の下流の河床に沈床工を設けるなど当時の技術水準に照らし強固になされなんら構造上の欠陥はなかつた。なお、側壁の基礎に松材を使用したのは、松材が河床のように常に水を含んだ土中で使用する場合、その耐久性が極めて優れているからで、当時としては最も優れた基礎材料として使用されていた。従つて、河川の流水による影響を受ける構造物たる本件堰(ロータリー)は、決して永久不変のものではないのであるから、すでに設置時から三七年間も経過し、この間の流水の力によつて河床が洗掘されて、本件堰(ロータリー)にえぐれができたからといつて、設置上の瑕疵があることにはならない。

更に、「転落すれば死の危険がある」という意味の危険性(以下「物理的危険性」という。)は河川のほぼ全域について存在するのであるから、転落防止措置義務の存在を認めるには右危険性に加え、更に不特定多数の人が物理的危険性のある場所に接することによつて発生してくる「転落の危険性」の存在がなければならず、又、右「転落の危険性」は、対不特定多数との関係で社会生活上認められる危険であるから、不特定多数の人が社会状況の変化によつて物理的に危険な場合に社会生活上接する機会が多くなつたという事情がなければならない。これを本件についてみるに、本件堰(ロータリー)は田園地帯のなかにあり、社会生活上「転落の危険性」がある場所とは認められないから、転落防止施設を設ける義務はなく、従つて、本件堰(ロータリー)に防護柵等の転落防止施設が設置されていなかつたからといつてその管理に瑕疵があつたということはできない。

(五)  同(三)の1の(3) の(ハ)は争う。

なお、本件堰(ロータリー)の設置は昭和七年に行われたものであるところ、国家賠償法の施行は昭和二二年一〇月二七日であるから、設置の瑕疵を理由とする国家賠償法二条又は三条に基づく原告の請求は同法付則六項によつて認められない。

(六)  同(三)の2のうち、被告が昭和五〇年三月、本件堰(ロータリー)の改修工事の費用を負担したことは認め、その余は否認する。

本件堰(ロータリー)が河川管理者の管理する「河川管理施設」に該当しないことは前記のとおりであるから、埼玉県知事は本件堰(ロータリー)の管理者ではなく、従つて被告が河川法六〇条二項によりその管理費用を負担するものでないことも明らかである。

被告は、昭和五〇年三月、本件堰(ロータリー)及び一号水門の水叩下流河床の補強工事を実施したが、右工事は本来本件堰(ロータリー)の受益者たる吹上町はじめ鴻巣市及び箕田土地改良区、足立北部改良区らの協議のうえ同人らによつて河川法二六条に基づき実施さるべきものであつた。しかしこれら関係者間で協議中に本件訴訟が提起されたため協議がととのわず、そこで被告が止むをえず地方自治法二条三項一号に基づき右工事を実施したものであつて、被告が本件堰(ロータリー)の管理者ないし管理費用の負担者であるとの理由で右工事を行つたものではない。

(七)  同(四)のうち、旬一が死亡当時一三才三カ月の男子であり、原告らが旬一の父母であつたことは認め、その余は不知又は争う。

(八)  同(五)は争う。

三、抗弁

仮に、本件堰(ロータリー)について設置又は管理の瑕疵があり、これによつて生じた損害につき被告に賠償責任があるとしても、

(一)  (消滅時効の援用)

原告らが本件事故による損害及び加害者を知つたのは本件事故発生の日である昭和四四年一二月二四日の直後であるから、昭和四八年一二月五日になされた本件訴えは、時効期間たる三年経過後になされたものである。

よつて、被告は本訴において右時効を援用する。

(二)  (過失相殺)

原告らは旬一がどの地点からどのようにして転落したかについてなんらの主張もしていないが、旬一は本件事故当時満一三才(中学一年生)であり運動能力も相当発達していた年令であるから、通常の状態では本件堰(ロータリー)から転落することは考えられず、従つて本件事故は、旬一がわざわざ本件堰(ロータリー)の端にいつて遊んだなど旬一の不注意から生じたものと考えられるから、転落の責任は大部分旬一にあるというべきであり、右の過失は損害額の算定につき参酌されるべきである。

四、抗弁に対する認否

(一)  抗弁(一)は否認する。

原告らが本件堰(ロータリー)の設置管理者すなわち本件不法行為の「加害者」が被告であることを知つたのは、本件訴訟を提起したころである。

(二)  抗弁(二)は否認する。

国家賠償法二条の責任においては、同条の責任が危険責任ないし社会法的責任に由来するものであること、国又は公共団体と被害者との間に圧倒的な力の差が存在することなどを考慮し、被害者に通常の注意義務違反が存しても過失相殺はなしえないと解すべきところ、旬一は、本件堰(ロータリー)に旬一が転落死亡したような危険なえぐれが存在することを全く認識しておらず、外観上何の危険性もない釣り場ないし遊び場として本件堰(ロータリー)を利用していたのであるから、旬一が水流に近づき不注意から水中に転落したとしても右行為をとらえて過失相殺にいう過失ということはできない。

又、原告らにおいても、本件堰(ロータリー)にえぐれが存在することを全く知らされていなかつたうえ、本件堰(ロータリー)が大人や子供の格好のつり場ないし遊び場として利用されており、普段は水流もさほどつよくなく子供が転落しても危険とは思えない状況にあつたことから特に旬一に対し注意を与えなかつたものである。従つて、本件事故について旬一に過失はなく、又原告らに監督責任の懈怠もない。

第三、証拠<省略>

理由

一、事故の発生

原告らの長男旬一(昭和三一年九月九日生)が、昭和四四年一二月二四日、埼玉県鴻巣市大字三ツ木字愛ノ町先の本件堰(ロータリー)から元荒川に転落し溺死したことは当事者間に争いがない。

成立に争いのない甲第四号証、第二八ないし第三〇号証、証人尾城康之の証言、原告両名の各本人尋問の結果、各検証の結果及び弁論の全趣旨によると次の事実を認めることができる。旬一は、本件事故当日、級友二名と共に学校から自転車に乗り、クラスでおこなわれるクリスマスパーテーに使用するコツプを取りに自宅に帰る途中、午後一時五五分ころ本件堰(ロータリー)にさしかかつた際、旬一ら三名が堰上の道路上に自転車を止め級友の一人が「愛ノ橋」と称する橋のたもとで立小便をし、他の級友が右の橋の真中で川上にむかい石を投げて遊んでいたわずか二~三分の間に、自転車の荷台に学生服上着を掛け置いたままの状態で旬一の姿が見えなくなつたこと、右級友らは人が川に転落したような水音も叫び声も聞いておらず、当初旬一が川に転落したことを全く予想していなかつたこと、しかし、右級友ら、次いでその安否を気づかつた原告らにおいて方々探索したが旬一の姿が見つからないため、同日午後六時三〇分ころから近所の人々や消防団員五~六〇名が集まり、一、二号水門を全開し本件堰付近の川の捜索を行つた結果、同日午後九時四〇分ころ、本件堰(ロータリー)のえぐれ内の別紙図面被害者発見地点に衣服を着用し、ズツク靴をはいた立つたままの姿勢の旬一の溺死体が一号水門からの水流によつて押し付けられた状態で発見されたこと、旬一は舌を噛み切つており、死因は溺水のための窒息死で、その死亡推定時刻は同日午後二時ころであつたこと、ところで、旬一ら三名が本件堰(ロータリー)にさしかかつた際には、二号水門は閉つていたが、一号水門は四連の水門のうち二連が開いており、当時は防火用水を上流側で溜めていた時期であつたため、川の水量は多く水流もかなり強かつたこと、又、一号水門から流れる水流は、一旦えぐれのなかに入つてから下流に流れること、旬一は当時中学一年生で運動能力にはすぐれていたが水泳はすこしできる程度であつたこと、ところで、本件堰(ロータリー)には別紙図面のとおり水面に達し得られるようにコンクリートの階段(八段)があり、その下りたところがたたきになつていて、そこから堰の擁壁の外周に沿つて前記「愛ノ橋」下まで幅員約二八センチメートルのコンクリート縁(底板)が張り出していること、旬一が発見された場所は、右階段下のたたきから右コンクリート縁に沿つて二メートル位先のえぐれた部分であること。

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

右事実によると、旬一が水中に転落したのは午後二時ころとみられるところ、右転落の具体的状況を認定しうる直接の証拠はないが、各検証の結果により認められる現場の状況に照らしみて、前記一号水門及び本件堰(ロータリー)は、前記階段及び擁壁外周のコンクリート縁に立入らない限り、判断能力及び運動能力の未熟な幼児の場合はともかく、少くとも中学生以上の年令に達した者が誤つて水中に転落する虞れのある場所とも認められず、この事実に前記認定の諸事実を併せ考えると、旬一は、前記階段を急ぎ駈け下りその際つまづくなどして体のバランスを失つたためか、或いは擁壁外周の幅員の狭い前記コンクリート縁を渡り出して誤つて足をすべらしたため、水中に転落し、一号水門から流れる水流によつてえぐれに吸い込まれ、脱出不能となつて溺死したものと推認される。

二、被告の責任

(一)  本件堰(ロータリー)の設置の瑕疵による責任

1  本件堰(ロータリー)が昭和七年被告により設置された公の営造物であることは当事者間に争いがない。

2  証人大木知幸、同関野武雄、同尾城康之の各証言、各検証の結果及び弁論の全趣旨によると、本件堰(ロータリー)は、一、二号水門をささえるとともに上流からの流れを一、二号水門に分流させ、更にその水流を川の真中にもつていくために設置されたものであること、本件堰(ロータリー)の設置にあたりその基礎工事は本件堰(ロータリー)の側壁を鉄筋コンクリート造りとし、その基礎に生松丸太を地杭として河床に打ち込み、地杭と土砂の摩擦抵抗により二号水門の堰本体(門扉を入れる堰枠)及び側壁を支え、河床に安定させたほか、地杭の前面を松矢板で囲み、流水により基礎の河床の土砂が洗掘され、側壁内の土砂や石が流出するのを防止するものとして、当時一般的になされていた工法が採用されたこと、側壁の基礎に松材が使用されたのは、松材が河床のように常に水を含んだ土中で使用される場合その耐久度が極めて優れているからで、当時としては最も優れた基礎材料として農業土木一般に広く使用されていたこと、更に本件堰(ロータリー)の下流側には、流水が本件堰(ロータリー)にぶつかることをも考慮して水門から放流される流水の勢いを弱めて河床や側壁の基礎が洗掘されるのを防止するため、水門の水叩の先端から側壁の下流の河床に沈床工が設けられたこと、本件堰(ロータリー)のえぐれは、一号水門から流れる流水により長年月の間に本件堰(ロータリー)前面の松矢板(杭)が腐り、土砂が水流によつて流出して少しずつ生じたものであつて昭和三三年ころにはえぐれが奥行二~三メートルほどになり本件事故時に至つたものであること(但し、堰としての機能面での影響はない)が認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

ところで、本件事故の発生した本件堰(ロータリー)付近の元荒川内は、水泳等の遊び場となつているわけでなく、従つて、人が誤つて水中に転落することのない限り本件のような事故が発生する虞れのないことは弁論の全趣旨により明らかであるから、本件堰(ロータリー)の管理者においては、年月の経過により本件堰(ロータリー)にえぐれが生じ事故発生の虞れのある状態となつた段階において、人の来集の度合等客観的状況に応じ柵の設置等の転落防止の措置を講ずることによりその安全性を確保することが可能であることを考えると、被告の設置した本件堰(ロータリー)の基礎部分が、前記認定のように相当の年月の経過に伴い流水によるえぐれの生ずるものであつたとしても、その設置に安全性を欠く瑕疵があつたとみるのは相当でないと解する。

さらに本件においては、前記認定したところによると、本件堰(ロータリー)の設置に際しては、その機能・設置目的において河川の流水による影響を受ける構造物であることを前提に、当時の一般的技術水準からみて相当の耐久性を持つものとされた基礎材料を用い、これに適合した設計、工法に基づいてその基礎工事がなされたものであつて、その工事自体に不備、欠陥がなかつたのであるから、かりに当時において別途の資材工法による工事方法があり、又右基礎部分の耐久性が永久的なものでなく、その後の年月の経過、技術水準の向上により、補修或いは改造の必要が生ずるものであつたとしても、これをもつて本件堰(ロータリー)の設置自体に瑕疵があつたということにはならないというべきである。

そうすると、被告に対し、本件堰(ロータリー)について営造物の設置の瑕疵による責任を認めることはできない。

(二)  本件堰(ロータリー)の管理の瑕疵による責任

1  原告らは、本件堰(ロータリー)が旧河川法四条二項の「河川附属物」および現行河川法三条二項の「河川管理施設」に該当し、被告は同法六〇条二項による管理費用負担者として本件堰(ロータリー)の事実上の管理者である旨主張する。

そこで、まず、本件堰(ロータリー)が「河川附属物」ないし「河川管理施設」に該当するか否かにつき判断する。

本件堰(ロータリー)が指定区間内の一級河川である元荒川に存し、昭和七年、被告により二号水門とともに設置された公の営造物であること、又、本件堰(ロータリー)が明治三三年に農業用水の取水を目的として設置された一号水門および前記二号水門と一体のものとして農業用水取水のための利水の効用を有することはいずれも当事者間に争いがない。

右当事者間に争いのない事実に、成立に争いのない甲第七号証の一、二、第二七号証、乙第二、第三号証、証人加村寿平の証言により成立の認められる甲第八号証、乙第一一号証、同須永重雄の証言により成立の認められる甲第三一号証、同大木知幸の証言および弁論の全趣旨により成立の認められる乙第四、第五号証、第一〇号証、第一三、第一四号証、同神沼清三郎の証言により成立の認められる乙第六号証、第七号証の一、二、弁論の全趣旨により成立の認められる乙第八号証、証人関野武雄、同前記加村、同須永、同神沼、同大木の各証言ならびに弁論の全趣旨を綜合すると次の事実が認められ、この認定を覆えすに足る証拠はない。

(1)  本件堰(ロータリー)および一、二号水門は、三ツ木堰と総称され、まず一号水門が明治三三年ころ、従前の木製の堰が大破したのに伴い、被告の県費補助を得て当時の北埼玉郡持田村、同下忍村、北足立郡小谷村(現在吹上町の一部)、同箕田村(現在鴻巣市の一部)の四か村により、昭和七年の改修工事前の元荒川の旧川筋に設置された。一号水門は前記四か村の農民のための農業用水取水堰(箕田村・小谷村は主として農業用水取水施設として、持田村・下忍村は主として排水施設として利用していた。)で、四か村の代表である箕田村がこれを管理していたところ、三ツ木堰の上流地区である持田村の前谷地区(現在行田市の一部)と下忍村の鎌塚地区は自然の窪地となつていて三ツ木堰との水位差がほとんど違わないことから三ツ木堰により川の流れを塞き止め、取水のため一号水門を閉めるとしばしば湛水被害を被ることとなつた。そのため、前記四か村は、右上流地区の増水洪水時の被害を最少限度にくいとめるとともに、あわせて取水時における耕地に必要な一定水位を守るために堰番を頼んで一号水門の開閉を行わせることとし、又、増水、洪水時に一号水門を開放するだけでなく、自然の調整がなされるよう堰上の道路部分を低くし、その上を水流がながれるようにした通称「流し」と呼ばれる部分(現在本件堰(ロータリー)および二号水門が設置されている付近)には、協定を結んで土俵を積むことができないようにした。

(2)  ところで、当時の元荒川は河幅が狭く屈曲が甚しく、河床が隆起するなど河積が狭少であるうえ、川を横断して流れを阻止する構造物の影響により排水が不良だつたため、前記前谷地区等においても排水をよくし湛水被害を除却するため、川に繁茂する藻をなぎなたで刈つたり藻刈船を購入するなどしていた。そこで、「流水の疎通を図り湛水被害を除却し、舟運の利便と利水機能の高揚を図ること」を目的として、当時の農商務省食料局長通達(「用排水改良事業補助要項ニ関スル通達」)に基づき、埼玉県用排水幹線改良事業の一環として元荒川の改修工事が被告により計画され、大正八年から昭和一二年まで、被告が事業主体となり国の補助金を得て県営事業として河川の河幅を広げ、湾曲部を真直ぐにして排水をよくし、堰・橋梁等の構造物を改造・撤去するなどの改修工事が行われた。右用排水幹線改良事業は、その事業計画の内容及び費用負担(補助金率)等の点からみて、現在の土地改良法に基づく県営土地改良事業と同様のものであつた。

(3)  そして元荒川の改修工事に際し、三ツ木堰については、昭和七年、付近の川幅が左岸側に三倍に拡幅され、旧川筋が甚しく蛇行していたのを真直ぐにし、河底を切り下げたのに伴い従前の一号水門が有していた農業用水取水堰としての機能を維持するために以前畑ないし楢山といわれていた土地部分を川の真中に残してその規模を拡大し、土を盛つて高くした円形状のロータリー(本件堰)が設置されるとともに二号水門が設置された。 (4)  なお、前記のように河幅を拡幅し、河底をさげ屈曲部を真直ぐにする等の改修工事が元荒川になされたことにより排水の便がよくなり、元荒川の洪水被害は右改修前の七~八割程度に減少し、三ツ木堰の上流の前記前谷地区、鎌塚地区での湛水被害も同様に減少して藻刈船もほとんど通らなくなつた。又、三ツ木堰においても、従前「流し」と呼ばれていた部分を高くして本件堰(ロータリー)を設置し、あわせて二号水門を設けて右「流し」の機能を兼ねさせたことにより堰上の道路は洪水による水をかぶることはなくなつた。

(5)  本件堰(ロータリー)および二号水門は、一号水門と一体として同一の機能を有するものであつて、昭和七年に設置されて後は、一号水門とともに従前と同様箕田村他三か村地区の農業用水取水のために利用され(現在農業用水として利用しているのは箕田土地改良区および吹上町(旧小谷村)の前砂地区)、二号水門についても一号水門と同じ前記四か村から頼まれた堰番によつてその開閉等の操作がなされていたのであるが、前記のとおり三ツ木堰の上流の前谷地区、鎌塚地区は三ツ木堰の開閉に密接な利害関係を有していたところ、昭和三五年ころに至り堰番が三ツ木堰を開けてくれないとの苦情が右地区の住民から出たため昭和三四年一月一四日右両地区を含む忍領土地改良区(後に荒川左側土地改良区に引継がれる。)と箕田土地改良区との間で、農業用水取水のため堰をもうけて川の流れを塞き止めることにより右両地区に当然生ずる弊害(湛水被害)を除却するため、灌漑期間中における三ツ木堰の取水位につき調整を図る旨の協定が結ばれるに至つた。

ところで、旧河川法四条二項の「河川附属物」ないし現行河川法三条二項の「河川管理施設」とは、「河川の流水によつて生ずる公利を増進し、又は公害を除却し、若しくは軽減する効用を有する施設」をいい、旧河川法の「河川附属物」については、更に、「地方行政庁たる埼玉県知事において河川の附属物と認定したもの」であることを要する。従つて、右のような効用を有するものであれば治水施設、利水施設を問わないのであるが、河川法が、「河川について洪水、高潮等による災害の発生が防止され、河川が適正に利用され、及び流水の正常な機能が維持されるようにこれを総合的に管理することにより、国土の保全と開発に寄与し、もつて公共の安全を保持し、かつ、公共の福祉を増進することを目的とする」(現行河川法一条)ことに鑑みれば、たとえ河川の利用を増進するものであつても、その目的が特定の受益者の利益のためにのみ利用されるもの、又、河川の流水によつて生ずる被害を除却又は軽減するものであつても、それが特定の農地等の保全のみを目的とするものは、いずれも「河川附属物」ないし「河川管理施設」に該当しないというべきである。

これを本件についてみれば、本件堰(ロータリー)は、一、二号水門と一体として同一の機能を有する施設であると解せられるところ、本件堰(ロータリー)を含む一、二号水門は、箕田村他三か村という特定地域の農民のための農業用水取水という利水の効用を有する施設であること、又、一、二号水門を開き放水する機能も、右農業用水取水のため川の流れを塞き止めることにより当然付随して生ずる被害を軽減除却するためのものというべきであつて、この機能も、もつぱら上流の持田村前谷地区、下忍村鎌塚地区という特定の地域の湛水被害の除却に資するにすぎないものであること、元荒川の改修工事後元荒川全域にわたり洪水、湛水の被害が改修前に比べ減少したのは、本件堰(ロータリー)および二号水門が設置されたことによるのではなく河幅を広げ河底をさげ、屈曲部を真直ぐにする等の元荒川の河川改修工事の結果によるものであること前記認定のとおりであるから、本件堰(ロータリー)は「河川の流水によつて生ずる公利を増進し、又は公害を除却し、若しくは軽減する効用を有する施設」とはいえないばかりでなく、本件全証拠によるも本件堰(ロータリー)が埼玉県知事により旧河川法上の「河川附属物」として認定されたことを認めるに足る証拠はない。そうすると、いずれの点からしても、本件堰(ロータリー)が旧河川法四条二項の「河川附属物」ないし現行河川法三条二項の「河川管理施設」と解しえない以上、本件堰(ロータリー)が「河川附属物」ないし「河川管理施設」であることを前提として被告の事実上の管理者としての責任を問う原告らの前記主張はその余の点につき判断するまでもなく、これを採用することができない。

2  次に、原告らは、被告が本件堰(ロータリー)を設置した以上、設置者として他の団体等にその管理を引継ぐなど特段の事由が認められないかぎり、被告が本件堰(ロータリー)の管理者としての責任を負う旨主張するので、以下この点につき検討する。

前掲甲第八号証、乙第二ないし第五号証、第七号証の一・二、第一〇号証、証人大木知幸の証言および弁論の全趣旨により成立の認められる乙第九号証、第一六号証、これにより被告主張の写真であることが認められる乙第一五号証の一ないし九、証人関野武雄、同加村寿平、同須永重雄、同大木知幸、同神沼清三郎の各証言ならびに弁論の全趣旨を総合すると次の事実を認めることができる。

すなわち、

本件堰(ロータリー)は、昭和七年、埼玉県用排水幹線改良事業の一環として、被告が事業主体となり県営事業として元荒川の改修工事がなされた際、二号水門とともに設置された施設であること。

右埼玉県用排水幹線改良事業は、その事業計画の内容および費用負担(補助金率)等の点からみて、現在の土地改良法に基づく県営土地改良事業に該当するものと解せられるところ、右改良事業の施行により設置された施設は、本来その受益者が当然予想される施設で、これを県が受益者に代行して設置するものであるところから右設置後当然にその管理権ないし所有権は受益者に引継がれるべきものであること。

前記元荒川の改修工事完了後内部的な処理として本件工事の施行者たる被告埼玉県の経済部耕地課から元荒川の河川管理者たる埼玉県経済部土木課の長たる埼玉県知事宛に、河川本体部分(水路改修と護岸部分)について文書で引継ぎがなされるとともに、本件堰(ロータリー)を含む改良事業により設置された施設等の部分についてそれぞれの関係へ引継いだ旨記載した工事引継書が交付されたこと(乙第五号証)。

ところで、一号水門は、箕田村他三か村の農業用水取水堰として従前からその受益者たる四か村の代表者箕田村においてこれを管理してきたものであるところ、昭和七年、本件堰(ロータリー)および二号水門が設置された後も農業用水取水堰として堰自体の効用にかわるところはなく、その受益者も従前と同様前記四か村であつたこと。

本件堰(ロータリー)と同様、前記元荒川改修工事の際に設置され、前記乙第五号証でそれぞれ関係へ引継がれた旨記載されている他の堰については、被告から関係受益者団体に、その管理権ないし所有権が引継がれ、その旨の工作物引継書(乙第九号証)が作成されていること。

三ツ木堰については二号水門が設置されたことに伴い右水門の開閉にもちいるハンドルは被告から箕田村他三か村に引継がれ、更に右四か村から当時の一号水門の堰番に預けられ、一号水門とともにその開閉がなされるようになり右堰番料も一号水門とあわせて箕田村他三か村から支払われていたこと。

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。右認定事実に本件堰(ロータリー)が一、二号水門と一体として同一の機能を有する施設であつて本来一、二号水門と一緒に管理さるべきものであることを併せ綜合すれば、本件堰(ロータリー)の管理責任は二号水門とともにその設置後、被告から当時の一号水門の受益者であり管理者である箕田村他三か村(代表者箕田村)に引継がれたものと認定することができる。従つて、被告が本件堰(ロータリー)設置後、その管理責任を当時の箕田村他三か村に引継いだ以上、被告がなお本件堰(ロータリー)の設置者としてその管理責任を負うべきいわれはないから前記原告らの主張もまた採用することができない。

そうすると、被告の国家賠償法二条一項による責任は、被告が本件堰(ロータリー)の管理者といえない以上、前提たる要件を欠くことになるから、本件堰(ロータリー)の管理に瑕疵があるか否かにつき判断するまでもなく、これを認め得ないものであることは明らかである。

3  更に、原告らは、本件堰(ロータリー)が「河川管理施設」であることを前提として、被告が河川法六〇条二項の管理費用負担者として、国家賠償法三条一項の責任を負う旨主張する。しかしながら、本件堰(ロータリー)が、「河川管理施設」に該当しないことは前記二の(二)の1で判断したとおりであるから、被告の国家賠償法三条一項による責任についても、これを認めることはできない。

三、よつて、原告らの本訴請求は、いずれも、その余の点につき判断するまでもなく失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 柿沼久 雨宮則夫 土居葉子)

(別紙)図面<省略>

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