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浦和地方裁判所 平成6年(ワ)2049号 判決 1996年11月20日

原告

兵頭盛達

右訴訟代理人弁護士

前川澄

被告

多賀博

右訴訟代理人弁護士

髙橋美成

青木秀樹

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は原告に対し、金二七二三万九九三六円とこれに対する平成六年一二月一日(訴状送達の日の翌日)から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、会社の代表取締役在任中に粉飾決算により損害を与えたとして会社に対し損害賠償債務を負担した原告が、会社の取締役及び監査役であった被告に対し、被告にも商法二六六条一項五号、同条二項、三項、同法二七七条により粉飾決算について責任があるとして、原告が会社に対して支払った金員の六分の一について求償請求した事件である。

一  争いのない事実及び書証から明らかに認められる事実

1  訴外東京青果株式会社(以下「東京青果」という)は青果物及びその加工品の受託販売等を業とする会社であり、訴外東京青果貿易株式会社(以下「青果貿易」という)は東京青果が一〇〇パーセント出資し、昭和五六年六月一六日設立した資本金九〇〇〇万円の会社で、主たる営業目的は海外産青果物の輸入業務及び仕入販売である。

青果貿易の事業年度は四月一日から翌年の三月三一日であり、定時株主総会は毎年五月頃に開催されている。

2  原告は、青果貿易の設立に伴って昭和五六年七月一日青果貿易の代表取締役に就任し、平成五年一月二三日退任したが、この間、東京青果の取締役にも就任し、平成三年六月からは代表取締役副社長の地位に就いていた。

他方、被告も昭和五六年七月一日に青果貿易の経理担当の取締役に就任し、昭和六三年五月三〇日に退任したが、同日、青果貿易の監査役に就任し、平成五年七月一九日に退任した。また、被告は、昭和六三年五月三〇日から平成五年六月二六日まで東京青果の監査役の地位に就いていた。

3  平成四年一二月一五日頃、青果貿易において資産を水増しする一方で負債を減額調整するという粉飾決算がなされていたことが発覚したが、その内容は、設立直後から平成四年九月三〇日までの間、買掛金を過少に計上する一方、在庫商品及び売掛金を過大に計上し、また特定金銭信託、有価証券及び投資有価証券等を過大に評価計上していたというものであり、平成四年九月三〇日現在において累積一〇億六九九七万八〇〇〇円の利益過大調整がなされており、これを修正すると、同日現在における累積赤字は七億八四七八万円に、また累積欠損は一億七二〇〇万円となる。

4  原告は、青果貿易の代表取締役退任後の平成五年一〇月一二日、青果貿易に対し、右の粉飾決算等により青果貿易に与えた損害のうち、一億六三四三万九六一八円の損害賠償義務のあることを認め、平成八年一月四日までに合計一億五三四三万九六一八円を支払い、残金一〇〇〇万円は平成八年一二月末日が支払期日とされている。

二  原告の主張

1  被告の青果貿易の取締役及び監査役としての責任

被告は、前記のとおり、本件粉飾決算等の議案が青果貿易の各定時株主総会に提出された昭和五六年六月から平成四年九月当時、青果貿易の取締役及び監査役に在任していたものであるが、経理担当の取締役として、粉飾決算に関する計算書類等の作成に関与し、かつ各定時株主総会に提出すべき粉飾決算等の議案である決算書類等を審議する取締役会において右同議案の作成及びその定時株主総会への提出を承認する議決をなすに際し、いずれも議事録に異議を止めずに原案どおり賛成した。また経理担当の取締役として、青果貿易の経理に関して自由に帳簿類を調べることが容易にできたし、経理担当の従業員に尋ねることができたのに、これを怠り、経理担当の従業員から月次の決算書を見せられて説明を受け、これに基づいて取締役会で月次の会計報告をしていたにすぎないから、粉飾決算を看過するという任務懈怠があったというべきである。

さらに、被告は監査役として、その在任期間の毎決算期に取締役が作成提出する計算書類及びその附属明細書を監査し、法定の事項を記載した監査報告書を取締役に提出しなければならないのにこれを怠り、これらの書類に粉飾があるのを看過した過失がある。

したがって、被告は商法二六六条一項五号、二項、三項、二七七条に基づく責任がある。

2  原告が青果貿易に対して支払義務を認めた損害賠償債務は粉飾決算が行われたことによって青果貿易が被った利益なくしてなされた利益配当金、役員報酬及び過払いの税金等の損害に関するものであり、本件粉飾決算がなされた期間に在任した取締役及び監査役も青果貿易に対し連帯責任を負担することになるが、被告の職責を考慮すると、その責任の程度・負担割合は六分の一を下らない。

したがって、被告は原告に対し、原告が負担した損害賠償債務の六分の一に相当する二七二三万九九三六円を支払う義務がある。

3  被告の抗弁はいずれも争う。

三  被告の主張

1  原告主張の被告の取締役及び監査役としての責任について

本件粉飾決算はすべて原告の指示のもとに実行されたものであり、会計担当の従業員が完壁に粉飾された会計書類を作成してくる以上、非常勤で、しかも貿易の実務に携わったことのない被告に粉飾決算を見抜くことは無理を強いるものであるし、本件粉飾決算が原告の指示でないとしても、原告は青果の貿易実務に精通し、青果貿易の代表者として設立当初から舵取りをしてきたのであるから、月毎の損益計算書を見れば、一見してその虚偽性を看破することができたはずである。

したがって、被告には取締役としての任務懈怠がないし、監査役としても右と同様の理由で任務懈怠がない。

2  仮定的抗弁

(一) 求償権の放棄

原告は、平成五年一〇月一二日、青果貿易との間で本件粉飾決算等に基づく損害賠償債務について合意した際、他の役員に対する求償権を放棄した。

(二) 権利濫用

青果貿易は本件粉飾決算によって五億円を超える損害を受けたが、それにもかかわらず、原告との間でこれを大幅に下回る金額で損害賠償について合意したのは、他の役員に対して責任を追求しないという前提があったからであり、原告が他の役員に対して求償権を行使するのは権利濫用である。

また、本件粉飾決算は原告が自ら或いは会計担当従業員に指示して実行させたものであり、このような違法な行為の結果損害が発生し、その損害を原告が賠償したからといって役員であった被告に求償するのは権利の濫用である。

四  争点

1  本件粉飾決算に関して被告が青果貿易の取締役及び監査役として任務懈怠もしくは過失があったか否か

2  原告が被告に対し求償権を放棄したか否か

3  原告の被告に対する求償権の行使が権利の濫用にあたるか否か

第三  当裁判所の判断

一  争点1について

1  証拠(甲二三ないし二五、乙二、証人宇田博美、原告本人(措信しない部分を除く)、被告本人及び弁論の全趣旨)によれば、次の事実が認められる。

(一) 青果貿易は東京青果の貿易部門が独立して設立された会社であり、当時東京青果の貿易部長として貿易の実務に明るく業績を上げていた原告が代表取締役に就任し、東京青果の貿易部門に所属していた約二〇名の従業員がそっくり青果貿易に異動し、うち一五名が営業に従事し、二名が総務関係の、三名が経理関係の仕事に従事していた。青果貿易では原告のワンマン体制が敷かれていたが、他方、親会社である東京青果から業績の向上を求める厳しい圧力が加えられていた。

(二) 青果貿易における日々の会計処理は経理担当の従業員が行い、月末にまとめて翌月一〇日に集計をして月次の損益計算書を作成し、経理担当の取締役が右の従業員から説明や報告を受け、月一回開催される取締役会において損益計算書の原案どおり会計報告をしており、年次決算においても同様の処理がなされ、決算書が監査役の監査を経て株主総会に提出する処理が行われていた。

(三) 青果貿易の設立時から非常勤の経理担当取締役であった被告は、貿易実務に明るくなかったため、取締役会の数日前に経理担当の従業員から説明を受け、前月と比較して突出している部分についてのみ説明を求めたうえ月一回の取締役会において損益計算書の原案どおり会計報告をし、年次決算においても同様の処理をしており、監査役に就任後は、月一回の取締役会に出席したほか、各決算期には、経理担当の従業員が作成し株主総会に提出する計算書類を点検していた。

また、宇田博美公認会計士(以下「宇田」という)も昭和五六年頃から青果貿易の会計帳簿や計算書類の調査をしていたが、青果貿易では設立時から本件粉飾決算が発覚するまで、月次の損益計算書、年次決算書はすべて取締役会において無修正で承認され、また株主総会においてもすべて異議なく可決されてきた。

(四) 本件粉飾決算は、経理責任者(経理課長)の指示によって架空の請求書、領収書及び伝票等が作成されたほか、真実の伝票類のほかに決算用の伝票類(虚偽のもの)が二重に作成され、二重帳簿も作成されるなど巧妙な方法で行われ、そのため、発覚が遅れた。

また、粉飾方法の一つである買掛金の過少計上について、取引先である訴外三泰貿易株式会社は原告が東京青果の貿易部長時代から取引先として付き合いのあった会社で、粉飾に協力した形跡があり、またデルモンテフレッシュフルーツインク及びセントラルホールセール株式会社は青果貿易の子会社的な存在で、原告と縁の深い会社であった。

本件粉飾決算の調査にあたった宇田は、これらの事情のほかに経理担当従業員の事情聴取の結果を併せ考慮して、原告が経理責任者に指示して本件粉飾決算を行わせたと判断した。

(五) 本件粉飾決算によって、青果貿易は利益がないのに利益配当したこと、過大に法人税、事業税などの税金を支払ったこと及び役員賞与を不当に支払ったことにより平成四年九月末日現在において約五億円以上の損害を被ったが、原告と青果貿易との間における損害賠償に関する合意に際しては、これらの損害額と前記平成四年九月末日現在における累積欠損額を基準とし、原告の支払能力を考慮して金額が決められた。

2  そこで、本件粉飾決算がなされた期間、青果貿易の取締役及び監査役の地位にあった被告に任務懈怠もしくは過失があったか否かについて判断する。

右1で認定した事実によれば、本件粉飾決算は、青果貿易の代表取締役に就任した原告が、親会社である東京青果の圧力により、業績の向上を仮装するため、経理責任者に指示して行わせたものと推認するのが相当であり、また、その粉飾の方法は発覚を防ぐため取引先の協力を得て架空もしくは二重の会計伝票や帳簿を作成するという巧妙なものであり、宇田でさえ容易に発見できなかったものであるから、経理担当の取締役とはいえ、非常勤で、しかも貿易実務に精通していなかった被告が経理責任者から損益計算書の説明を受け疑問を持ったとしても虚偽の伝票類や帳簿と照合する以上、粉飾を発見することは極めて困難であったといわなければならない。

このことは被告が監査役に就任したのちも同様であるといわなければならない。

そうすると、被告が経理担当の取締役及び監査役の職務としてなした行為の内容が右1で認定した程度のものであったとはいえ、本件粉飾決算に関して、被告に取締役及び監査役として職務を遂行するにあたり任務懈怠もしくは過失があったとは認め難い。

3  したがって、被告が青果貿易に対して商法二六六条一項五号及び同法二七七条の各損害賠償責任を負わない以上、原告は被告に対し、青果貿易に対して支払をした損害賠償の求償を求めることができない。

二  結論

以上の次第で、原告の本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がなく、棄却することとする。

(裁判官前田博之)

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