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浦和地方裁判所 平成4年(ワ)397号 判決 1993年10月19日

原告

本杉幸太郎

右訴訟代理人弁護士

上石利男

右訴訟復代理人弁護士

河合安喜

被告

関根庸子

岡部捷三

王子信用金庫

右代表者代表理事

大前孝治

右訴訟代理人弁護士

北原雄二

主文

一  被告関根庸子は原告に対し別紙物件目録記載(一)の土地についてされた別紙登記目録記載(一)の登記及び同物件目録記載(二)の建物についてされた同登記目録記載(二)の登記の各抹消登記手続をせよ。

二  被告岡部捷三は原告に対し別紙物件目録記載(一)の土地及び同物件目録記載(二)の建物についてされた別紙登記目録記載(三)の登記の各抹消登記手続をせよ。

三  被告王子信用金庫は原告に対し別紙物件目録記載(一)の土地及び同物件目録記載(二)の建物についてされた別紙登記目録記載(四)の登記の各抹消登記手続をせよ。

四  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

主文と同旨。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  被告関根庸子(以下「被告関根」という。)

原告の請求を棄却する。

2  被告岡部捷三(以下「被告岡部」という。)

(一) 原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

3  被告王子信用金庫(以下「被告王子信金」という。)

(一) 原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は昭和四六年ころ当時の所有者から別紙物件目録記載(一)の土地(以下「本件土地」という。)を買い受けてその所有権を取得し、昭和五六年ころ本件土地上に同物件目録記載(二)の建物(以下「本件建物」という。)を建築してその所有権を取得した。

2  本件土地について原告から被告関根への別紙登記目録記載(一)の所有権移転登記及び本件建物について原告から被告関根への同登記目録記載(二)の所有権移転登記が、本件土地及び本件建物について被告関根から被告岡部への同登記目録記載(三)の所有権移転登記が、本件土地及び本件建物について被告王子信金を権利者とする同登記目録記載(四)の根抵当権設定登記がそれぞれされている。

よって、原告は被告らに対し、本件土地及び本件建物の所有権に基づき右当該各登記の抹消登記手続を求める。

二  請求原因に対する認否

(被告ら)

認める。

三  抗弁(被告岡部及び被告王子信金)

1  被告岡部は平成四年一月三一日、債権者を王子信金(根抵当権者)、債務者を恒洋建設株式会社(以下「恒洋建設」という。)、所有者(根抵当権設定者)を被告関根とする浦和地方裁判所平成三年(ケ)第一〇九号不動産競売事件にかかる担保権実行としての競売手続において本件土地及び本件建物を競落し、代金を納付してその所有権を取得した。本件土地及び本件建物についてされた別紙登記目録記載(三)の所有権移転登記は右競売による売却を原因とするものである。

2  被告王子信金は平成四年二月一三日、被告岡部に対し四〇〇〇万円を貸し付けた。その際、被告岡部は被告王子信金との間で、右借受金債務の支払を担保するため本件土地及び本件建物に極度額を四〇〇〇万円とする根抵当権を設定した。本件土地及び本件建物についてされた別紙登記目録記載(四)の根抵当権設定登記はこれを原因とするものである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の被告岡部による競落・代金納付の事実は認める。

2  同2の被告岡部と被告王子信金間の金銭貸借及び被告岡部による根抵当権設定の事実は不知。

五  再抗弁

平成二年七月当時、原告と被告関根とはまだ夫婦であったが、既に二人の婚姻生活は破綻を来しており、被告関根は家を出て、原告とは別居していた。別居後、被告関根は、タクシー運転手をしていたが、その間に須藤徹(以下「須藤」という。)と知合い、勧められて、須藤が代表取締役となっている恒洋建設に入社し、そこで、須藤とともにその経営を切り盛りしていた江口武浩(以下「江口」という。)とも知り合った。被告岡部は須藤とは十数年来の友人であり、飲食店を経営するかたわら、金融ブローカーなどをしていたところ、須藤、江口及び被告岡部は事前に綿密な打合わせをしたうえ、本件土地及び本件建物が原告の所有であり、被告関根が離婚を前提に別居中であることを知りながら、須藤において、被告関根に対し、恒洋建設が資金繰りに窮しており、金融機関から融資を受けるについて本件土地及び本件建物を一か月ほどでいいから担保に提供してほしいこと、これについては須藤が全部責任を持つことを申し向け、被告関根をして、原告の留守中、合鍵を利用して、原告方から本件土地及び本件建物の登記済権利証、原告の印鑑登録カード並びに原告の実印を持ち出させ、右カードによって上尾市役所から印鑑登録証明書の交付を受けさせた。そして、右須藤ら三人は、本件土地及び本件建物について、一旦原告から被告関根への贈与を原因とする所有権移転登記をしたうえ、債務者を恒洋建設、被告関根を根抵当権設定者、被告王子信金を根抵当権者、極度額を三五〇〇万円とする根抵当権設定登記をして、被告王子信金から恒洋建設の名義で三五〇〇万円を借り出した。右のような次第により、被告王子信金が申し立てた右根抵当権の実行としての競売手続は被告関根を相手として進行したため、原告は、平成三年四月下旬不動産業者から知らされるまで本件土地及び本件建物につき競売手続が進行中のことは全く知らなかった。その後、原告は、浦和地方裁判所に事実を確かめ、被告関根の所在を探し出して詰問し、事の真相を知った次第であるが、被告関根が、自分の責任で何とかするというので成行きを見守っていたところ、被告岡部が本件土地及び本件建物を競落してしまった。しかしながら、前記の通り、被告岡部は、本件土地及び本件建物が被告関根の所有ではないこと、したがって、担保権が有効に存在していないことを知りながら、これを競落したのであるから、代金を納付してもその所有権を取得することはできないというべきである。

六  再抗弁に対する認否

本件土地及び本件建物を競落するについて、被告岡部においてこれが原告の所有であって、被告関根の所有でないことを知っていたことは否認する。

原告は、その主張のとおり競売手続の進行中に、その事実を知ったのであるから、これを停止する等の措置を取ることが十分可能であった。それにもかかわらず、原告がそのような措置を取らなかったことは理解しがたいところである。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因について

請求原因事実は当事者間に争いがない。

右事実によれば、本件土地について別紙登記目録記載(一)の登記が、本件建物について同登記目録記載(二)の登記がそれぞれ経由されていることにより、被告関根は、原告の本件土地及び本件建物に対する所有権の行使を妨げているわけであるから、原告に対しその各所有権移転登記の抹消登記手続をすべきである。

二抗弁について

抗弁1の被告岡部による競落・代金納付の事実は当事者間に争いがなく、同2の被告岡部と被告王子信金間の金銭貸借及び被告岡部による根抵当権設定の事実は被告岡部捷三の本人尋問の結果と弁論の全趣旨によってこれを認めることができる。

三再抗弁について

<書証番号略>、証人尾川純一の証言、証人須藤徹の証言(ただし、後記採用しない部分を除く。)、被告関根庸子、原告の各本人尋問の結果及び被告岡部捷三の本人尋問の結果(ただし、後記採用しない部分を除く。)によれば、次の事実が認められる。

1  原告と被告関根は昭和三九年五月四日婚姻の届出をした夫婦であったが、昭和五六年ころから夫婦仲が悪くなり、被告関根は平成元年六月家を出て、埼玉県大宮市内の借家で一人暮しを始めた。そして、タクシー運転手として稼働するうち、平成二年二月ころ、たまたま、客として乗り合わせた須藤と知合い、自分の会社に来ないかと誘われ、須藤が代表取締役となっている恒洋建設で運転手兼事務補助者として働くことになった。

2  被告関根は、須藤との日常会話のなかで、原告という夫があるが、別居して一人暮しをしていること、原告には本件土地及び本件建物があり、別居するまではここで暮していたこと、現在、離婚するかどうか悩んでいることなどの身上を語り明していたところ、平成二年四、五月ころ、須藤から、本件土地及び本件建物の登記簿謄本を見せてほしいと言われ、その交付を受けて須藤に手渡した。それから数か月して、被告関根は、須藤から会社の窮状を訴えられ、金融機関から融資を受けるについて一か月ほどでよいので、本件土地及び本件建物を担保提供してほしいと言われた。被告関根は初めこれを断ったが、須藤がすべての責任を取ると言い、恒洋建設の取締役として須藤と共同経営者のような立場にあった江口からも再三懇願されたため、断りきれなくなってこれを承諾した。そして、被告関根は、須藤に指示されたとおり、家を出るとき持って出た合鍵を利用して、原告の留守中、原告方に入り込み、本件土地及び本件建物の登記済権利証、原告の印鑑登録カード並びに原告の実印を持出し、右カードによって上尾市から印鑑登録証明書の交付を受け、右登記済権利証、実印及び印鑑登録証明書を須藤に指示された浦和市内にある司法書士・尾川純一の事務所に持参した。

3  被告岡部は飲食店を経営するかたわら、金融ブローカーのようなこともしており、須藤とは十数年来の知合いであったところ、須藤と江口は被告岡部の口利きで被告王子信金西堀支店から本件土地及び本件建物を担保として融資を受けることになり、被告岡部から、その登記申請手続の委任先として司法書士・尾川純一まで紹介された。ところが、ここに至って、被告岡部は須藤、江口の両名に対し、本件土地及び本件建物の登記簿上の所有者を原告から被告関根へ変更することを示唆し、被告関根は、右両名から、そうしないと被告王子信金西堀支店では融資することはできないと言っていると告げられ、これを承諾した。こうして本件土地については、まず、平成二年七月二七日の受付けで、本件建物については同年八月一三日受付けで、それぞれ同年七月二七日贈与を原因とする原告から被告関根への所有権移転登記が経由された。次いで、同年八月三一日付けで、貸主・被告王子信金と借主・恒洋建設、連帯保証人・被告関根、江口、被告岡部間で金額三五〇〇万円とする金銭消費貸借契約及び根抵当権者・被告王子信金と債務者・恒洋建設、根抵当権設定者・被告関根間で、本件土地及び本件建物につき極度額を三五〇〇万円とする根抵当権設定契約が締結され、右同日受付けで右設定契約を原因とする根抵当権設定登記が経由された。そして、被告王子信金から交付された右貸借金三五〇〇万円のうち三〇〇万円は被告岡部が報酬として受け取り、五〇〇万円が被告関根に手渡され、残余の二七〇〇万円は須藤、江口が恒洋建設の運転資金に充てるという名目で取得した。

4  以上のような次第のため、被告王子信金を債権者、被告関根を所有者(根抵当権設定者)として開始された右根抵当権の実行としての競売手続(浦和地方裁判所平成三年(ケ)第一〇九号)は原告の全く関与しないところで進行した。もっとも、その後、原告は、裁判所の執行官が現況調査のため原告方(本件土地及び本件建物)を訪れた際、執行官から告げられて、本件土地及び本件建物につき競売手続が進行していることを知ったが、これを阻止するため適切な手続を見出せず、戸惑っている間に、被告岡部がこれを競落し、代金を納付してしまった。

以上の事実が認められる。証人須藤徹の証言及び被告岡部捷三の本人尋問の結果中には、本件土地及び本件建物につき原告から被告関根への所有権移転登記を経由したことについて、被告関根が原告からこれを慰謝料として貰ったと言っていたので、それならば、登記簿上も被告関根の所有とした方がよいと勧めた旨の供述部分があるが、当時、被告関根は原告と離婚しておらず、右供述部分はそれ自体不自然であるばかりか、被告関根庸子の本人尋問の結果と対比してにわかに採用しがたく、ほかに右認定を覆すに足りる証拠はない。

ところで、民事執行法第一八四条は「代金の納付による買受人の不動産の取得は、担保権の不存在又は消滅により妨げられない。」と規定している。これは、担保権の実行としての競売手続においては、担保権の存在を証する一定の文書(法定文書)が提出された場合に手続を開始するとする(同法第一八一条)一方、手続開始後においても、債務者又は不動産の所有者(以下「所有者等」という。)は担保権の不存在又は消滅を理由として開始決定に対する執行異議の申立てをすることができるし(同法第一八二条)、執行裁判所は担保権の存在を覆すに足りる証明文書が提出されたときは、競売手続を停止しなければならない(同法第一八三条一項)とすることによって、所有者等の権利保護が図られていることから、このような簡易な不服申立ての手続が設けられているにもかかわらず、所有者等がこれらの手続を怠った場合においては、これに伴う手続上の失権効を認め、買受人の地位を安定させて不動産競売に対する一般の信頼を確保しようとすることにあると解される。そうであるとすれば、同条が適用されるためには、所有者等にこれらの不服申立てをする機会があったことが必要であり、真実の所有者といえども、何かの事情で競売手続上、当事者その他の利害関係人(以下「当事者等」という。)として扱われないときは、競売手続の開始及び進行の事実を当然には知り得ないのであるから、これらの不服申立てをする機会があったとはいえず、同条は適用されないと解すべきである。とはいえ、競売手続上、当事者等として扱われなかった場合であっても、真実の所有者が手続の進行中何らかの事情で競売手続の開始・進行の事実を知り、若しくは知り得る状況にあって、競売手続停止等の前示規定に基づく措置を講じ得る十分な機会があったということができる場合には、所有者等が手続上当事者等として処遇された場合に準じて、同条の適用を認めるのが相当である。しかしながら、同条は執行裁判所がする競売手続を信頼するしかない買受人と不服申立て等の機会を十分に与えられている所有者とを比較衡量して前者をより保護する必要があるということを理論的基礎にしていることに鑑みれば、右のような場合であっても、競売手続上、真実の所有者が当事者等として扱われない状態を生じさせたことについて買受人が深くかかわっており、買受人において目的不動産が手続上所有者とされている者の所有でないことを知っていたとみられるような場合には、衡平の観念上、同条が適用される余地はないと解するのが相当である。

これを本件についてみるのに、前認定の事実によれば、原告はその時期は証拠上明らかではないが、裁判所の執行官が現況調査のため原告方(本件土地及び本件建物)を訪れた時点では、本件土地及び本件建物について競売手続が開始され、進行中であることを知ったわけであるから、原告としては、この時点において執行裁判所に対し民事執行法第一八三条第一項所定の文書を提出して手続を停止し、執行異議の申立てをするなどの手続をとるべきであり、前認定の事実中にはこれを困難とするほどの事由は見出せない。しかし、一方、前認定の事実によれば、須藤や江口は、当初は、本件土地及び本件建物が登記簿上原告の所有となっているままの状態で、これを担保に提供して、被告王子信金から恒洋建設の名義で融資を受けようとしたのであり、本件土地及び本件建物が登記簿上原告の所有となっていたとしても、このことがその支障となるわけではないはずである。それにもかかわらず、被告岡部が須藤、江口の両名に対して、まず、本件土地及び本件建物の登記簿上の所有者を原告から被告関根へ変更することを示唆したのは、被告王子信金が、担保権設定に際して原告に対し直接にその意思確認をするようなこともあり得ることを慮ってのことと推認できないことはない。こうして、本件土地及び本件建物の登記簿上の所有者は被告関根に変更され、その結果、被告王子信金の申立てにかかる担保権実行としての競売手続は被告関根を当事者(所有者)として進められ、原告は右手続においては当事者等として扱われなくなったのであり、このような状態は被告岡部の関与なくしては生じなかったことである。これに加えて、被告関根庸子の本人尋問の結果によれば、本件訴えが提起された後、第一回口頭弁論期日の直前に至り、被告関根に対し、被告岡部は、すべては被告関根が一存でしたことにしてほしい旨の、また、須藤は、被告岡部の言うことを聞いた方が得策である旨のそれぞれ電話による働きかけをしたことが認められ、これらの事実からすれば、被告岡部は、競売手続の当初の段階から本件土地及び本件建物が被告関根の所有ではなく、原告の所有であることを知っていたと推認することが可能である。したがって、被告岡部が本件土地及び本件建物を競落し、代金を納付したことについて民事執行法第一八四条を適用することは衡平の観念に照して相当でなく、被告岡部は右代金納付によっても本件土地及び本件建物の所有権を取得することはできないというべきである。

したがって、本件土地及び本件建物はいまなお原告の所有であり、これについて被告関根から被告岡部への別紙登記目録記載(三)の所有権移転登記が、被告王子信金を権利者とする同目録記載(四)の根抵当権設定登記がそれぞれ経由されていることは原告の本件土地及び本件建物に対する所有権の行使を妨げるものであるから、被告岡部及び被告王子信金は原告に対し右当該各登記の抹消登記手続をすべきである。

四結び

よって、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官大塚一郎)

別紙物件目録、登記目録<省略>

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