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浦和地方裁判所 平成4年(わ)721号 判決 1993年3月19日

主文

被告人を懲役一年に処する。

この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

平成四年九月一七日付追起訴状及び同年一〇月一三日付訴因変更請求書記載の公訴事実につき、被告人は無罪。

理由

(犯罪事実)

被告人は、平成四年七月一六日午後三時三〇分ころ、埼玉県川口市《番地略》甲野店舗内において、同店に設置のスロットマシンのコイン払出口に所携の金属棒を差し入れ、同遊技機内のコインカウントフォトセンサーを右棒で操作する方法により、同店店長A管理にかかるスロットマシン用コイン約三七五〇枚を窃取した。

(証拠の標目)《略》

(法令の適用)

罰 条 刑法二三五条

執行猶予 刑法二五条一項

訴訟費用 刑訴法一八一条一項ただし書

(一部無罪の理由)

一  平成四年九月一七日付追起訴状及び同年一〇月一三日付訴因変更請求書によれば右訴因変更後の公訴事実は、「被告人は、中華人民共和国の国籍を有する外国人で、昭和六三年六月一日同国政府発行の旅券を所持し、千葉県成田市三里塚字御料牧場一番地の一所在の新東京国際空港に上陸して本邦に入つたものであるが、最終の在留期間は平成三年五月二五日までであるところ、同年五月二一日付けでその在留期間の更新の申請をしたのに対し、同年一一月一三日、法務大臣がこれを許可しない旨の決定をなし、同日その旨の通知を被告人に発送したにもかかわらず、同日ころ以降、本邦から出国せず、同年七月一六日まで東京都新宿区《番地略》乙山アパート二号室に居住し、もつて、平成四年五月二六日以降在留期間を経過して不法に本邦に残留した。」というのである。要するに、検察官の主張は、在留期間更新申請に対する法務大臣の不許可通知が被告人に宛てて発送された日である平成三年一一月一三日以降、出入国管理及び難民認定法七〇条五号の罪(以下「不法残留の罪」という。)が成立するとしている。これに対し、弁護人は、被告人は不許可通知を現実に受け取つておらず、そうである以上、不法残留の罪が成立する余地はないし、そうでなくとも、被告人には故意がないから、無罪であると主張するので、以下検討する。

二  司法警察員作成の「パスポート並びに外国人登録証の領置及び被疑者の人定確認について」と題する捜査報告書、法務省入国管理局登録課作成の外国人出入国記録調査書、東京入国管理局浦和出張所長作成の捜査関係事実照会に対する回答書及び「平成3年不許可台帳(一部)写しの送付について」と題する書面、司法警察員安藤守作成の電話聴取書謄本二通、検察事務官作成の電話聴取書謄本、証人B子及び同Dの当公判廷における供述及び被告人の当公判廷における供述によれば、以下の事実が認められる。

1  被告人は、中国海南省海口市で生まれ、地元の高校を卒業後、病院に勤務していたが、日本でコンピューター関係の勉強をしようと考え、一九八八年六月一日来日した。被告人は、六か月間の就学資格による上陸許可を得て本邦に入国し、在留期間を六か月ごとに更新しながら二年間日本語学校に通学した後、一九九〇年五月二五日、在留資格を留学に変更し、在留期間を一年間とする許可を受け、足利市内のコンピューター専門学校に通学するようになつた。

2  被告人は、一九九一年五月二五日に在留期間が満了となるため、同月二一日、必要書類を整えて東京入国管理局浦和出張所の出向き、在留期間の更新申請をした。右申請にあたり、当時被告人は、埼玉県川口市《番地略》丙川荘二〇三号室に居住し、その旨の外国人登録を得ていたので、住所として右丙川荘を記載し、また添付書類として、専門学校における在学証明書、学業成績及び出席証明書、日本人の保証人による身元保証書等を提出したが、これらの書類に内容上も形式上も不備はなかつた。

右申請に対し、前記浦和出張所では直ちに許可不許可の決定をせず、被告人に対し、後日呼び出すので出頭するよう告げ、同出張所備付けの「出頭通知」と題する呼出しはがきに住所を記載させて提出させ、また、被告人の旅券に更新申請中であることを示すスタンプを押捺して帰宅させた。

3  同年五月ころ被告人の妹B子が就学目的で来日し、当初は被告人とともに丙川荘に居住したが、同年七月始めころ東京都豊島区《番地略》丁原荘二〇五号室に転居することとなつたため、被告人も、日本に不慣れな妹を助けるため、一時妹と丁原荘で同居することとし、そのころ、丙川荘に冷蔵庫やテレビ等の家具を残し、身の回りの物だけ持つて丁原荘に転居した。そして丙川荘の部屋は日本語学校時代の友人のCという人物に貸して居住させ、郵便物の管理も依頼しておいた。被告人は、その後一九九二年一月ころ丙川荘に戻つた。

4  東京入国管理局浦和出張所では、被告人の更新申請に対し、当初はこれを許可する方針であり、その旨の決裁を得て、一九九一年七月三一日、前記丙川荘にあてて出頭通知を発送したが、被告人が出頭しないため、同年一一月一一日ころ、同出張所統括主任官のDが申請書類を点検し、被告人の所在調査のため、身元保証人及び前記コンピューター専門学校に電話連絡したところ、身元保証人においては所在がわからず連絡が取れないこと、被告人はそのころコンピューター専門学校に通学しなくなつており、同学校では退学処分を検討中であることが判明した。そこで同出張所では、被告人の更新申請を不許可とすることを決め、同月一三日その旨の決裁を得て、不許可台帳に記載するとともに、不許可通知書を作成して前記丙川荘にあてて発送した。しかし、被告人には前記Cから不許可通知についての連絡はなく、被告人はその事実を知らなかつた。

5  なお、被告人は、前記の在留期間更新申請は、許可の用件を満たしているので、当然許可が下りるものと考え、入国管理局からの連絡がこないことについて格別気にとめずにいた。しかし、被告人は、専門学校の在籍期間が二年間であることから、今回の更新申請が許可されたとしても次の更新許可は下りないと予想していたので、日本にいられる最後の年は借金返済のために働こうと考え、同年六月末ころからはコンピューター専門学校に通学することをやめ、アルバイトに専念した。そして、一九九二年五月三〇日からは、新宿区《番地略》乙山アパート二階に転居し、レストランの店員として稼働していた。

三  事実関係は以上のとおりである。ところで、在留期間満了前に在留期間更新の申請をしたが、許可不許可の処分を受けないままに期間を経過した者に対する出入国管理及び難民認定法七〇条五号の罪(以下「不法残留の罪」という。)が成立するためには、不許可通知が被告人に到達するなどにより、不許可処分が効力を生ずることが必要であり、かつ、その始期も右不許可処分が効力を生じた日と解するのが相当である。けだし、在留期間更新申請に対して期間満了後に許可がなされた場合には、右期間満了時に遡つて在留資格が付与されることとなるのであるから、許可不許可が確定しない限りは、不法残留の罪に問うことはできない筋合であるが、不許可処分が効力を生じた場合には、遡つて在留資格が付与される余地が確定的に消滅するからである(右のように解するときは、更新申請中の者は、許可不許可が確定するまでは、退去強制を受けることがなく、不法残留の罪に問われないという意味では、暫定的な在留資格が与えられるとも見ることができる。)。そこで、いかなる場合に不許可処分が効力を生ずるかが問題となるが、この点については、出入国管理及び難民認定法上に明文の規定が存在しないから、解釈によつてこれを確定する必要があるが、不許可処分が、申請者に対して与えられている、退去強制を受けず、不法残留の罪に問われないという地位(いわば暫定的な在留資格とでもいうべきもの)を剥奪する性質の不利益処分であることを考慮するならば、不許可処分が効力を生ずるためには原則として不許可通知が申請者に到達することを必要とし、ただし、申請者が不許可を予想して身を隠し、不許可通知が届かない状況を作出するなど、更新申請の制度を不法に潜脱したような場合には、不許可通知を発信したときに不許可処分が効力を生ずるものと解すべきである(最高裁昭和四五年一〇月二日第二小法廷決定--刑集二四巻一一号一四五七頁、大阪高裁昭和六三年二月一六日判決--判例タイムズ六七二号二五一頁参照)。

そこで、本件において、不許可通知が被告人に到達しているか否かにつき検討するに、前記認定事実及び被告人の当公判廷における供述によれば、被告人は丁原荘に一時転居していた間、丙川荘は友人のCに貸していたものの、郵便物の管理を依頼していたものであること、依頼の内容は被告人宛の郵便物が届いた場合には丁原荘に電話をしてもらうというものであつたこと、丁原荘の被告人及び妹が居住している部屋には電話が備付けられていたこと、被告人は家賃を受け取るため月に一度は必ずCと会つていたことが認められ、このような事情のもとでは不許可通知がCに到達した限り、被告人に到達したものと認めることができる。そして、現代の郵便事情のもとにあつては、発信された普通郵便が相手方住居地に配達されることは事実上推定されるというべきであり、この推定を覆す事情は存在しないから、本件においては、不許可通知は被告人に到達したものと認めることができる。そうすると、客観的に見る限り不法残留の罪は不許可通知が発信された翌日ころに成立しているものというべきである。

四  そこで、次に被告人の故意について検討するに、前記認定及び証人Dの証言によれば、東京入国管理局浦和出張所においては、在留期間の更新申請に対しては、通常書面審査だけを行い、許可の要件に照らして問題がなければ即日許可の決定をし、申請者の旅券にその旨のスタンプを押捺すること、申請書類を検討して問題点が認められるときには調査のうえで後日許可不許可の処分をするが、そのように後日回しにする案件は全体の一割程度であること、後日回しにした案件は、通常は何らかの事実調査のうえ二、三か月後に許可不許可の判定をすることになるが、繁忙の関係で右判定に半年以上を要することがないわけではないこと、このため、二回分の更新申請に対する許可を一度にすることもあること、被告人の申請書類上を現在改めて検討しても、専門学校の出席率、成績、保証人の有無等に格別の問題は見当たらず、即日許可にならなかつた理由は不明であること、被告人の申請を後日回しにしたものの、当初は許可とする方針で決裁まで得ていたことが認められる。このような事情のもとでは、被告人において更新申請に対して当然許可がなされるものと期待し、許可不許可の連絡がないことについて、格別関心を抱かなかつたとしても無理もないところである。そして、前記認定のとおり、被告人はCから不許可通知についての連絡を受けず、その到達を知らないことが認められる以上、不許可通知が到達した日以降の不法残留の罪につき被告人の故意を認めることはできないというべきである。そして、他に、被告人につき、不法残留の罪の故意を認めるに足りる証拠はない。そうすると、右公訴事実については犯罪の証明がないことに帰着するから、刑訴法三三六条後段により、被告人に対して無罪の言渡しをすべきである。

(検察官) 北見映雅 求刑懲役一年六月

(弁護人) 高野隆

(裁判官 倉沢千巌)

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