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浦和地方裁判所 平成4年(わ)677号 判決 1993年3月31日

本店所在地

埼玉県行田市大字樋上二七二番地

法人の名称

関東建設興業株式会社

代表者氏名

須永洸

本籍

埼玉県行田市大字樋上二七二番地

住居

埼玉県行田市大字樋上一四四番地

会社役員

須永洸

昭和一八年二月九日生

右両名に対する各法人税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官日高八雲、弁護人苦田文一(主任)及び同原島康廣各出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人関東建設興業株式会社を罰金一億五〇〇〇万円に、被告人須永洸を懲役二年六月に処する。

被告人須永洸に対し、この裁判の確定した日から五年間右刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人関東建設興業株式会社は、埼玉県行田市大字樋上二七二番地に本店を置き、建物解体業等を目的とする資本金一六〇〇万円の会社であり、被告人須永洸は、被告人会社の代表取締役として同会社の業務全般を統括しているものであるが、被告人須永は、被告人会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、外注費を水増し計上するなどの方法により所得を秘匿した上、

第一  昭和六三年四月一日から平成元年三月三一日までの事業年度における被告人会社の実際所得金額が三億六六五二万二三四〇円であったのにかかわらず、平成元年五月三一日、同市栄町一七番一五号所在の所轄行田税務署において、同税務署長に対し、その所得金額が五九七〇万一二六八円で、これに対する法人税額が二四〇二万一六〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もって不正の行為により、被告人会社の右事業年度における正規の法人税額一億五二八八万六四〇〇円と右申告税額との差額一億二八八六万四八〇〇円を免れ、

第二  平成元年四月一日から同二年三月三一日までの事業年度における被告人会社の実際所得金額が六億二〇六二万三四九一円であったのにかかわらず、平成二年五月三一日、前記行田税務署において、同税務署長に対し、その所得金額が六七一三万四三三三円で、これに対する法人税額が二五七七万一三〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もって不正の行為により、被告人会社の右事業年度における正規の法人税額二億四七一六万六九〇〇円と右申告税額との差額二億二一三九万五六〇〇円を免れ、

第三  平成二年四月一日から同三年三月三一日までの事業年度における被告人会社の実際所得額が四億三二二九万三一七〇円であったのにかかわらず、平成三年五月三一日、前記行田税務署において、同税務署長に対し、その所得金額が八八〇九万八四〇五円で、これに対する法人税額が三一七八万六三〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もって不正の行為により、被告人会社の右事業年度における正規の法人税額一億六〇八五万九五〇〇円と右申告税額との差額一億二九〇七万三二〇〇円を免れ

たものである。

(証拠の標目)

判示事実全部について

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人の検察官に対する供述調書七通

一  永井賢司の検察官に対する供述調書(ただし、三丁表三行目から裏三行目までを除く。)

一  須永公子の検察官に対する供述調書二通

一  山口栄一、吉沢みえ子(二通)、須永力冶(二通。ただし、平成四年一月一六日付けのうち、九頁一行目から一二頁一一行目まで、二四頁二行目から七行目、三五頁六行目から九行目を除く。)、武林弘(二通)、永井賢司(ただし、平成三年一一月七日付けのうち、八頁二行目から一一行目を除く。)、樋口定夫、高橋和之、永沢武(二通)、吉澤清(ただし、九頁九行目から一一行目までを除く。)、黒須恵美子(二通)、落合克造、新川久二(ただし、七頁八行目から一二行目まで、一一頁一二行目から一二頁七行目までを除く。)、金城信一(ただし、一〇頁八行目から一一頁九行目までを除く。)、村上光昭、佐藤欣生、島村弘行(二通)、若林源二、根岸忠男、緒方康二、菊地健吉、平川幸司、川原井孝、岡田耕男(二通)、笹島高志、金正大及び森亮一の大蔵事務官に対する各供述調書

一  検察事務官作成の電話録取書、期末仕掛棚卸高調査書、福利厚生費調査書、外注費調査書、減価償却費調査書、交際費調査書、諸会費調査書、雑費調査書、工事費調査書、受取利息調査書、雑収入調査書、交際費限度超過額調査書、有価証券売却損益調査書、事業税認定損調査書、預金調査書及び投資有価証券調査書

一  登記官作成の登記簿謄本

一  行田税務署長作成の回答書

判示第一、第三の事実について

一  大蔵事務官作成の旅費交通費調査書

判示第一の事実について

一  大蔵事務官作成の広告宣伝費調査書

判示第二、第三の事実について

一  大蔵事務官作成の期首仕掛棚卸高調査書及び燃料費調査書

一  検察事務官作成の報告書(事業税認定損のもの)

判示第二の事実について

一  大蔵事務官作成の給与調査書及び固定資産売却益調査書

判示第三の事実について

一  大蔵事務官作成の支払手数料調査書及び固定資産売却損調査書

一  検察事務官作成の報告書(仮払消費税調査書のもの)

(法令の適用)

判示各所為は、判示各事業年度ごとに法人税法一五九条一項(被告人会社については、更に同法一六四条一項)に該当するところ、被告人会社については、情状により、同法一五九条二項を適用し、被告人須永洸については、所定刑中懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、被告人会社については、同法四八条二項により合算した金額の範囲内において罰金一億五〇〇〇万円に、被告人須永洸については、同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第二の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で懲役二年六月に処し、被告人須永洸に対し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から五年間右刑の執行を猶予することとする。

(量刑の理由)

一  本件は、建物解体業等を目的とする被告人会社の代表取締役として同会社の業務全般を統括していた被告人須永洸が、外注費を水増し計上するなどの方法により、判示第一の事業年度においては、一億二八八六万四八〇〇円を、判示第二の事業年度においては、二億二一三九万五六〇〇円を、判示第三の事業年度においては、一億二九〇七万三二〇〇円を、それぞれほ脱したもので、そのほ脱総額は、実に、四億七九三三万三六〇〇円に及び、そのほ脱率(ほ脱税額割る正規の税額の割合)は、判示第一が八四パーセント、判示第二が八九・五パーセント、判示第三が八〇パーセントに及んだという事案である。

(なお、本件所得の確定は、損益計算法により、その計算の詳細は、別紙各「修正損益計算書」のとおりであり、そのほ脱所得の内容の詳細は、別紙「ほ脱所得の内訳明細」のとおりであり、そのほ脱額の計算の詳細は、別紙各「ほ脱税額計算書」のとおりである。)

二  右のように、本件犯行は、そのほ脱した税額が、約四億八千万円と極めて多額に上るうえ、そのほ脱率は、三事業年度のいずれにおいても八〇パーセントを超え、これを平均すると、実に約八五パーセントの高率になっているのであり、いかに、ほ脱の動機が将来の不況時に備え、かつ、利益を低く出して、工事受注の仲介業者であるタートル企画に支払う手数料を低く抑えることにあったとはいえ、源泉徴収制度のもとでその所得を完全に捕捉されている納税者との比較において考えても、これが正当化できるものではなく、そのほ脱の手段も、下請け業者から架空ないし水増しの請求書を発行してもらい、その架空ないし水増し額を含めた外注費を一旦下請け業者に支払い、架空ないし水増し額の一、二割を手数料として支払った後、架空ないし水増し額の返還を受け、また、スクラップの売却収入(雑収入)を除外するなど、巧妙かつ悪質なものであり、加えて、本件犯行は、納税者の高い倫理性を前提としてはじめて成り立つ申告納税制度を覆す行為であり、租税の公平負担の原則を害し、国家の課税権を侵害し、引いては租税収入の減少による国全体の損害に及んでいる点から考え、被告人の刑事責任は重いというほかない。

三  しかしながら、被告人には、次のような有利ないし同情すべき事情も見受けられる。

1  被告人須永洸は、本件捜査の発端となった、被告人須永洸の妻が克明に記載していた公私にわたる出納帳の国税当局への任意提出から始まり、本格的な捜査及び当公判廷での審理に至るまで、隠し立てなく本件事件の全貌を明らかにしている。

2  本件犯行の動機は、前記のように、不況時に備え、かつ、タートル企画に支払う仲介手数料を低く抑えるというものであったが、このタートル企画を通じての受注額は、被告人会社の全受注額の七〇パーセントを占めており、最近では、受注金額の一五から二〇パーセントを納めさせられるようになっていた。

ところで、本件当時の日本の経済状況は、いわゆるバブル経済の時期で、被告人会社においても、古いビルの解体工事が増えることにより、受注利益が増加している時期であって、この増加利益がタートル企画にそのまま知れると、再度の紹介手数料の増額を要求される可能性があり、一度増額されると、不況時の減益に即応して手数料を減額してもらうことは、実際上は困難な状況にあったことから、これに備えるために、利益の正確な公表を避けたいとして本件脱税に至ったと言う一面のあることを否定することはできず、許されることではないとは言え、その動機において、ある程度、同情すべき余地がないではない。

3  被告人須永洸は、これまで、何等の前科前歴を有しないものであるところ、父の後を継いで被告人会社の経営者として、その事業に真剣に取り組み、とりわけ競争の激しい業界にあって、よくこれを凌ぎ、現在の被告人会社を築き上げたもので、その業績は、高く評価されてしかるべきである。

4  本件を深く反省し、二度とこのようなことはしない旨誓うとともに、被告人須永洸の妻と被告人会社の税理士も、当公判廷において、その更生に尽力する旨誓っているほか、被告人会社の下請け業者の者が、当公判廷において、被告人の人柄を高く評価すると共に、下請けの立場からしても、被告人須永洸がなくてはならない人であることを証言している。

5  被告人須永洸は、税理士を交えて今後のことを話し合い、タートル企画依存からの体質を改善すべく努力すると共に、営業の全般が被告人須永洸に集中していたことを反省し、<1>経理の面で明確を帰するために、総務部長が受注の経過状況を把握すること、<2>下請け外注先への発注、管理について、今後は全てを専務取締役に委譲すると共に、右総務部長において、その発注、管理を把握し、同様に、経理的明確性を確保すること、<3>経理全般について、従前、被告人須永洸の妻に頼っていたのをやめて、右総務部長が全ての資金、経理の管理に当たること、<4>被告人会社の税理士は、その後継者である長男を加えて被告人会社の税務、経理の適正指導に尽くすことが決まった。

右事実によれば、再犯の可能性が低くなったものと考えられる。

6  本件脱税にかかる税金については、既に納付されているものもあるが、その納付状況とその経過は次のとおりである。

(一) 国税四億八六三九万九八〇〇円、消費税二六二八万一〇〇〇円、及び地方税二億三五二六万九四〇〇円の計七億四七九五万〇二〇〇円については、三回に分けて全額納付済みであり、その資金は、被告人須永洸の父が所有している土地に新たに抵当権を設定するなどして、あさひ銀行から借り入れた二億円の外、預金解約、有価証券の売却により調達した。

(二) 国税延滞税七三〇四万一七〇〇円、重加算税一億六九八三万八〇〇〇円、消費税一一九三万四六〇〇円、地方延滞税三七〇一万八五〇〇円、重加算税四八九二万四八〇〇円の計三億四〇七五万七六〇〇円については、そのうち四九八三万七五〇〇円につき納付済みである。しかし、二億九〇九二万〇一〇〇円及び手形で納付したうちの期日未到来のもの四〇〇万円については、これから納付、支払うべきものとなったが、これについても、必ず履行する覚悟である。

(三) 右により、被告人会社の金融機関への借入金返済額は、月一四五六万円の多額に上る。

(四) 被告人会社の受注活動は、今後とも、被告人須永洸に負うほかないので、もし被告人が実刑になれば、被告人会社は倒産する恐れが極めて大きく、そうなると、(二)及び(三)の納付及び返済はできなくなる可能性が大きい。

(五) 被告人会社が倒産すると、被告人会社の従業員及びその家族並びに下請け外注先業者で働く数百名の従業員とその家族は、現在の不況下において、生計の道を絶たれる恐れがある。

四  以上の被告人に不利な事情と有利ないし同情すべき事情とを比較考量するときには、後者の事情の方が勝っていると考えられるので、被告人須永洸に対しては、今回に限り、その刑の執行を猶予(ただし、その期間は、最長期の五年間とする。)することとし、主文記載の量刑とした次第である。

よって、主文のとおり判決する。

(求刑 被告人会社につき罰金一億五〇〇〇万円、被告人須永洸につき懲役二年六月)

(裁判官 大島哲雄)

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