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浦和地方裁判所 平成2年(わ)584号 判決 1990年12月20日

主文

被告人を懲役一年一〇月に処する。

未決勾留日数中八〇日を右刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一  平成二年八月五日午後八時すぎころ、埼玉県大宮市《番地省略》I方一階六畳間において、金員を窃取しようとして室内を物色したが、同人の長男Nが帰宅したため、その目的を遂げず、

第二  前同日時ころ、前記I方から逃走しようとしたところ、前記N及びSに追跡されて取り押さえられたが、その際、逮捕を免れる目的で、I方北側路上において、Sからその左腕を掛けられ後手にされていた自己の左腕を前方に強く振り回して同人の左腕を前方に引っ張り、Nの顔面を左手拳で一回殴打し、次いで同市《番地省略》T方東側空地において、Nの顔面を手拳で殴打し、Sの顔面を肘で殴打するなどの暴行を加え、よってSに対し加療約三週間を要する顔面打撲、左肩関節脱臼の、Nに対し全治約一週間を要する頭部打撲、擦過傷、両上肢擦過傷、鼻出血の各傷害を負わせたものである。

(証拠の標目)《省略》

(強盗致傷罪を認定しなかった理由)

検察官は、訴因として、判示認定事実とほぼ同様の事実を掲げながら、暴行の点については、逮捕を免れる目的でS及びNの反抗を抑圧したものであるとして、これは刑法二四〇条前段、二三八条の事後強盗致傷罪に該当すると主張するのであるが、当裁判所は、前判示のごとく窃盗未遂、傷害の限度で認定したものであるから、この点について説明を付加する。

逮捕を免れる目的での事後強盗致傷罪が成立するための暴行は、事後強盗罪が強盗を以て論ずとされていることからして、相手方の逮捕力を抑圧すべき程度に達していることが要件とされるべきであるが、この程度は一般的抽象的に決すべきではなく、窃盗犯人が逮捕を免れようとしたときの具体的情況に照らしてこれを決すべきものである。

前掲各証拠によれば、Nは、I方北側路上において、被告人に顔面を殴打され左目がかすんだものの、被告人が逃げるのを見てすぐに追いかけ、T方東側空地において、被告人に再度顔面を殴打されたにもかかわらず、「暴れると殴るぞ。」と被告人を威圧していること、Sは、I方北側路上において、被告人に左腕を強く前方に引っ張られ、以前脱臼したことのある左肩関節を脱臼したものの、ほどなく自ら関節を元通りに入れて被告人を追いかけ、T方東側空地において、被告人と揉み合っているNの応援に駆けつけていること、被告人は、T方東側路上において、判示第二で判示した如く抵抗したにもかかわらず、右両名にうつ伏せにされ顔面を土中に埋められる程に制圧され、逮捕されていること、被害者はそれぞれ加療約三週間、全治約一週間の傷害を負ってはいるが、被告人の暴行それ自体はそれ程ひどいものではないこと、被害者と被告人とは二対一であり、被告人は炭鉱夫、土工などして鍛えてあるとはいえ六六歳という高齢であるのに対して、Sは三〇歳で高校時代にレスリングの経験があり、Nは一八歳の高校生であって、彼我の体力差があることなどが認められ、これらの事実に照らすと、被告人の判示第二のS及びNに対する暴行が、右両名の逮捕力を抑圧するに足りる程度に達していたものとは認められないというべきである。

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は刑法二四三条、二三五条に、判示第二のS及びNに対する各傷害は刑法二〇四条、罰金等臨時措置法三条一項一号にそれぞれ該当するところ、判示第二の罪について所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第二のSに対する傷害の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役一年一〇月に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中八〇日を右刑に算入することとし、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項但書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

本件は、競輪で所持金を使い果たした被告人が、内妻から愚痴を言われ、金さえあれば愚痴を言われることもなく、ギャンブル等の資金に充てられることから、空巣によって金員を窃取しようとした窃盗未遂と刑務所に行くのが嫌で逮捕を免れるためにした傷害二件という事案であるが、その動機において酌量の余地はなく、被告人には同種前科が多数あり、本件の他にも同種の窃盗余罪があることを併せ考えるならば、再犯のおそれも少なくなく、犯情は芳しくないという他なく、被告人の刑責は重いといわなければならない。

しかしながら、本件は、窃盗未遂、傷害に留まっていること、幸いにして被害者二名の傷害の程度が大事には至らなかったこと、被告人は捜査段階から事実を認め、反省の態度を示していること、金一〇万円を支払い、I、N及びSと示談が成立し、三名の宥恕を得ていること、昭和五七年に府中刑務所を出所後七年余り、内妻A子が経営する大衆酒場「甲野」において、仕入れ、調理等の仕事をし、真面目に稼働してきたこと、二〇年来生活を共にしている右A子が、当公判廷において今後の被告人の指導、監督に尽力する旨誓っていること、被告人は六六歳と高齢であることなど被告人のために酌むべき事情もあるので、これらの事情を総合考慮して主文掲記の量刑を相当と思料した次第である。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 日比幹夫 裁判官 倉沢千巌 園原敏彦)

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