大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

浦和地方裁判所 平成10年(ワ)1513号 判決 1999年7月15日

原告

乙山花子

右訴訟代理人弁護士

甲野太郎

被告

蓮見勝市

下山俊行

被告ら訴訟代理人弁護士

藤原寛治

小池健治

大杉智子

大野雅樹

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は弁護士甲野太郎(東京都港区虎ノ門<番地略>)の負担とする。

理由

一  本件訴えは、原告から訴訟委任を受けたという弁護士甲野太郎が、別紙物件目録一、二記載の土地(以下「本件一、二土地」といい、総称して「本件土地」という。)が原告の所有であること、しかし、本件一土地には、被告蓮見が別紙登記目録一記載の所有権移転登記、本件二土地には、被告下山が同登記目録二記載の所有権移転登記を経由していることを原因として、本件土地の所有権に基づく妨害排除請求として、被告らに対し、被告らが本件土地に経由している所有権移転登記の抹消登記手続を求めるとして提起したものであるが、これに対して、被告らは、本案前の答弁として、甲野弁護士が原告の訴訟代理人として本件訴えを提起した当時、原告には本件訴訟を同弁護士に委任するに足りる意思能力がなく、本件訴えは、甲野弁護士が原告から訴訟委任を受けないで提起した不適法な訴えであるから、これを却下すべきものであると主張して、本件訴えの適否を争うところ、この点について、甲野弁護士は、(1) 原告の子である乙山春夫(以下「春夫」という。)から本件について相談を受け、原告本人の来所を求めたが、来所が困難であると言うので、春夫に対し、委任状に原告の署名を求めた、(2) 同弁護士は、その後、春夫のほか、原告の子であるという丙川夏夫、丁木秋子、戊田冬子が来所して、原告が作成したという訴訟委任状を提出したので、春夫らに当該委任状の作成が原告本人の意思によるものであることの確認を得たうえ、原告の訴訟代理人として本件訴訟を提起した、(3) 原告は、本件訴えを提起した当時から現在に至るまで、肩書住所地の老人ホームに入所しているところ、本件訴えを提起した時点では意思能力を有していたが、現在では意思能力を欠いている状態にあると主張する。

二 そこで、当裁判所は、本件事案に鑑み、甲野弁護士に対し、民事訴訟規則二三条二項に基づき、原告の委任状に公務員の認証を受けるべく命じたうえ、その認証がないので、かつ、同弁護士の主張からして、原告の同弁護士に対する訴訟委任の有無について原告本人を尋問することもできないので、春夫を証人として尋問したところ、同証人の証言によれば、要するに、春夫は、原告所有の本件土地が取られてしまったことを前提に、原告に面談して、原告に対し、裁判を起こして本件土地を取り戻す旨を提案したところ、原告が頷いたというのである。

訴訟委任も、本人の意思に基づくものでなければならないことはいうまでもないが、本人の訴訟委任があるというためには、当該本人が訴訟委任の相手方である弁護士に対して直接にその旨の意思表示をすることを必要とするものではなく、第三者を介在して訴訟委任をすることも、それが本人の意思に基づくものであれば足りるというべきであるから、春夫が原告と面談したという当時、原告が本件土地について経由されている被告らの所有権移転登記の抹消を求めるために裁判を起こす意思が真にあったとすれば、原告において、訴訟委任をする弁護士の具体的な選任を春夫に一任したとしても、そして、その一任に基づき、春夫が甲野弁護士を訴訟代理人に選任し、同弁護士に対する原告名義の訴訟委任状を代筆して作成したとしても、原告の同弁護士に対する訴訟委任それ自体を否定すべきものではないというべきである。

しかしながら、右見地から本件についてみても、原告は、当時、老人ホームに入所していたばかりでなく、証拠(甲四の1ないし3、乙一の1ないし6、二の1ないし5)によれば、原告が同ホームに入所したのは、痴呆症に罹患していることを原因とするものであること、原告の症状は、同ホームの担当者が実施した長谷川式簡易知能評価では、平成九年一二月二〇日においても、また、平成一〇年三月二〇日においても、いずれも測定不可の状態にあったこと、春夫が原告に面談して本件訴訟を提起する意思を確認したという時期は、右の間にあるが、その面談当時においても、事理の弁別能力がかなり減殺している状況にあったと解されること、また、そのために、甲野弁護士においても、春夫に対し、原告本人の訴訟提起の意思確認を要請したはずであるから、春夫としては、同ホームに勤務する医師等の立合いを求めて原告の意思確認をするのがごく自然な配慮であって、かつ、そのような配慮を講ずることができない状況にあったとは窺われないのに、そのような配慮はされていないこと、しかも、春夫と原告との意思確認のやりとり自体も、右の証言にあるとおり、春夫の提案に頷いたという程度のものであったことに鑑みれば、同証言により、春夫が原告の意思確認をしたという当時、原告に本件訴訟の提起・追行を委任し得るだけの意思能力があったと認めるには十分でなく、他に、同証言を裏付け、甲野弁護士が、春夫を介在してではあっても、原告本人の意思で本件訴訟の提起・追行の委任を受けたと認めるに足りる証拠はない。なお、現在、原告のために禁治産宣告の申立てがされているということであるが、これまでに、原告について禁治産宣告がされ、原告の後見人に選任された者が甲野弁護士による本件訴訟の提起・追行を追認したということもない。

三  よって、原告の本件訴えは、甲野弁護士が原告本人から訴訟委任を受けないで提起した不適法な訴えであるといわざるを得ないから、これを却下することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法六九条二項、七〇条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官滝澤孝臣)

別紙物件目録<省略>

別紙登記目録<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例