大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

浦和地方裁判所 平成元年(行ウ)4号 判決 1993年3月22日

原告

松下勝夫

右訴訟代理人弁護士

村井勝美

大久保和明

鶴見祐策

被告

浦和税務署長菊池幸久

右指定代理人

若狭勝

外七名

主文

一  被告が原告に対し昭和六二年一月三〇日付けでした原告の昭和五九年分所得税に係る更正処分のうち所得金額四九六万一九四三円、所得税額四七万七三〇〇円を超える部分並びに過少申告加算税賦課決定処分のうち税額一万六〇〇〇円を超える部分を取り消す。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対し昭和六二年一月三〇日付けでした原告の昭和五九年分所得税に係る更正処分のうち所得金額三三〇万九七二〇円、所得税額一九万六七〇〇円を超える部分並びに過少申告加算税賦課決定処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、肩書住居地で木造建物等の建築工事の請負を業としている者であるが、その昭和五九年分所得税について、別表1「課税処分経緯表」記載のとおり総所得金額及び所得税額の確定申告をした。

2  これに対して、被告が別表1「課税処分経緯表」記載のとおりの更正及び過少申告加算税の賦課決定(以下、前者を「本件更正処分」、後者を「本件過少申告賦課決定処分」といい、両者を合わせて「本件課税処分」という。)をしたので、原告は昭和六二年三月四日、異議申立てをしたが、被告は同年一二月一四日、これを棄却する決定をした。

3  そこで、原告は昭和六三年一月一四日、国税不服審判所長に対し審査請求をしたが、同審判所長は同年一一月二八日、これを棄却する裁決をした。

4  しかしながら、本件課税処分はその手続及び内容のいずれにも瑕疵があり、違法である。

よって、原告は被告に対し、本件更正処分のうち総所得額三三〇万九七二〇円、所得税額一九万六七〇〇円を超える部分並びに本件過少申告加算税賦課決定処分の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1ないし3の各事実は認める。

三  抗弁

本件更正処分は推計課税の方法によったものであるが、その経緯と根拠は次のとおりである。

1  推計課税の必要性

(一) 原告は青色申告書以外の申告書(いわゆる白色申告書)で申告する者であるが、被告が原告から提出された確定申告書を調査したところ、所得金額は記載されていたものの、収入金額と必要経費が記載されていないため所得金額の算出根拠が不明であったこと、そのうえ、申告所得金額が他の同業者のそれと比較して過少であると認められた。そこで、被告は原告に対しては長期間にわたりその所得税について調査をしていないことも考慮して、原告の所得税について調査をする必要があると認め、被告所部係官小島恵一(以下「小島係官」という。)にその調査を命じた。

(二) そこで、小島係官は昭和六一年四月一四日午前一〇時ころ、営業の事務所を兼ねる原告宅に臨場し、原告に面接して身分証明書を提示したうえ、原告の昭和五八年分から同六〇年分までの所得税調査のため来訪したことを告げたところ、原告は、夏に施行される参議院議員の通常選挙(六月一八日公示)のため多忙であるから都合のよい日を後日原告から連絡する旨を申し立てた。そこで小島係官は、そうであるならば、その日は五月の連休前となるようにしてほしい旨を要望し原告宅を辞去した。

(三) その後、原告から連絡がなかったので、小島係官は同月二一日、原告宅に臨場したが、原告が不在であったので、同年五月一日午前一〇時ころ臨場したいこと、この日の都合が悪い場合はその旨を連絡してほしいことを記載した文書を差し置いた。

同月二八日、原告から小島係官あてに、五月一日は都合が悪いので都合がつく日を後日連絡するとの電話があった。

(四) 原告は、同年六月一〇日に至って、ようやく、調査日を同月一三日午前一〇時としてほしい旨連絡してきた。小島係官は、この申出を受け容れ、指定の日に原告宅を訪問したところ、そこには埼玉土建一般労働組合浦和支部事務局の伊藤皆人が待機しており、小島係官が昭和五八年分から同六〇年分までの確定申告の基となる帳簿書類等の提示を求めたのに対し、原告は、調査理由の個別的、具体的な開示を要求し、調査理由が納得できなければ関係書類を見せることはできないと主張し、「申告には自信があるから税務署の方で勝手に調べてみてはどうか」とも言い、調査に応じようとはしなかった。そのため小島係官は、原告の言葉や対応態度等から、原告から帳簿書類の提示など調査協力はとうてい得られないと判断し、原告宅を辞去した。

(五) 以上のように、原告が調査に全く協力しない状況下にあっては、実額により原告の所得金額を算出することができないため、被告は、原告の取引先等の調査により取引の状況を解明するほかはないと判断し、この調査によって把握した収入金額を基礎として所得税法第一五六条に基づき原告の所得金額を推計して算出したものである。

2  推計の合理性

被告が推計によって算出した原告の昭和五九年分の所得金額は六五四万一七〇七円であり、これは取引先等の調査によって把握した収入金額に同業者率を乗じたものである。

(一) 収入金額

被告が取引先等の調査によって把握した原告の収入金額は次のとおり合計五三〇一万二二二〇円である。

順号

収入先等

金額(円)

1

新井 忠雄

二八、五九〇、〇〇〇

2

逸見 孝恒

一六、六二〇、〇〇〇

3

田鍋  允

五、五七〇、〇〇〇

4

その他小口工事

二、二三二、二二〇

(二) 同業者率

昭和六三年七月一日付け「大蔵省組織規程の一部を改正する省令」により朝霞税務署が分割設置される以前の浦和税務署の管轄区域内に事業所を有し、原告と同種の事業を営んでいた個人事業者であって、次の(1)から(5)までのいずれの条件に該当する者を全部抽出した。

(1) 昭和五九年中継続して事業を営んでいた者であること

(2) 所得税青色申告決算書を提出していた者であること

(3) 災害等により経営状態が異常であると認められる者以外の者であること

(4) 税務署長から更正処分を受け、これに対して不服申立てをして係争している者でないこと

こうして抽出された同業者の収入金額、所得金額及び所得率は別表2「木造建築工事業の同業者調査表」記載のとおりであり、同業者率は右所得率を平均したものであって、12.34パーセントである。

(三) 被告は、前記の条件を満たす者全部を同業者として抽出したのであり、そこに被告の恣意が介在する余地はないから、各同業者の所得率の平均値を適用して原告の所得金額を算出したことには合理性がある。

3  本件課税処分の適法性

被告が本訴において主張する原告の所得金額は六五四万一七〇七円であり、被告が本件更正処分において認定した原告の所得金額五六一万五五八八円は右金額の範囲内であるから、本件更正処分は適法である。

被告は、国税通則法第六五条第一項(昭和六二年法律第九六号による改正前のもの。以下同じ。)の規定に基づき、本件更正処分により新たに納付すべき税額(同法第一一八条第三項により一万円未満の端数切り捨て)に一〇〇分の五の割合を乗じて算定した金額を過少申告加算税として賦課決定したものであり、本件更正処分により納付すべき所得税額の計算の基礎となった事実について、同条第四項に規定する「正当な理由」があったとは認められないから、本件過少申告加算税賦課決定処分は適法である。

四  抗弁に対する認否

推計課税の必要性及び合理性についての被告の主張は争う。この点についての原告の主張は次のとおりである。

1  推計課税の必要性について

被告は、推計課税の必要性の根拠として、小島係官による税務調査について原告が協力しなかったことを挙げている。しかしながら、小島係官が原告に面接して調査協力を求めたのは昭和六一年六月一三日における一回だけである。その際、小島係官が原告宅にいたのは二〇分ほどであり、原告との間で今後の調査の進め方について簡単なやりとりがあったにすぎない。そのような内容の調査結果から直ちに、原告が調査に協力しなかったと断定するのは甚だしく常識を欠くものである。所得税法上、調査に当たる税務職員には質問検査権が付与されており(第二三四条)、税務職員が質問検査権を行使したのに対し、答弁をせず若しくは偽りの答弁をし、又は検査を拒み、妨げ若しくは忌避した者は一年以下の懲役又は二〇万円以下の罰金に処することもできる(同法第二四二条)のである。そうであるとすれば、調査に当たる税務職員は必要に応じてこの権限を行使し、十分な調査を行うべきである。それにもかかわらず、小島係官はこのような権限を行使しようともせず、調査の場に本人以外の第三者が待機していたとか、原告が「調査理由が納得できなければ帳簿書類は見せられない」、「税務署の方で勝手に調査すればよい」などと言ったという程度のことで、直ちに、原告が調査に協力しないと断定するのは明らかに職務懈怠である。

被告は、原告が小島係官に対し埼玉土建一般労働組合の書記長である伊藤皆人を調査の場に立ち会わせることを認めるよう要求したことを調査に協力しないことの理由の一つに挙げているが、伊藤は、同労働組合の書記長として、所属の組合員に対し組合が作成した「所得計算整理簿」の書式により日常的に記帳指導を行い、税務申告についての相談にも乗っており、組合員の一人である原告に対しても同様である。そうであるとすれば、伊藤は原告の、いわゆる記帳補助者なのであり、小島係官がその立会いの必要性の有無を十分に検討することなく、伊藤が第三者であるという理由だけで原告の要求を拒絶したのは明らかに調査を担当する税務職員に認められる合理的な裁量の範囲を逸脱した措置である。伊藤は、これまでにも一〇〇件以上の埼玉土建一般労働組合の組合員に対する税務調査に立ち会っており、税務当局はこれを認めてきた。それにもかかわらず、原告に対する税務調査においてのみ伊藤の立会いを排除しようというのは従来の態度と矛盾する。したがって、原告が小島係官に対し伊藤の立会いを認めるよう要求したことは調査に協力しないことの理由とはならない。

原告は昭和五九年以降埼玉土建一般労働組合の中央執行委員長の職にあり、同労働組合は、これまで一貫して、重税反対・減税要求、不公平税制是正の運動を重視し、他の市民団体や労働組合、政党などにも呼びかけて、この運動を発展させるため努力してきた。このことについて、税務当局は同労働組合を納税非協力者団体と目し、所属の組合員に対する税務調査や課税処理において納税非協力者団体以外の団体に所属する納税義務者に対するのに比して差別的な取扱いをしている。税務調査の場に第三者が立ち会うことを認めるかどうかの問題もその一例であり、税務当局は納税非協力者団体以外の団体に所属する納税義務者に対する税務調査においては団体事務局長などの職にある者の立会いをたやすく認めるのに対し、納税非協力者団体に所属する納税義務者に対する税務調査においては絶対にこれを認めないという毅然とした態度をとっている。税務当局は埼玉土建一般労働組合を納税非協力者団体として敵視しており、原告に対する税務調査は、その中央執行委員長である原告をことさらに調査対象者に選定し、組織の弱体化を図ろうとしたものであって、もともと、被告には原告に対し本気で調査を実施しようとする意思などなかったのである。以上のような被告による取扱いは法の下の平等を保障する憲法第一四条、結社の自由を保障する憲法第二一条及び労働基本権を保障する憲法第二八条に違反する。

2  推計課税の合理性について

被告は、原告の所得金額を推計するのに収入金額に同業者の平均所得率を乗ずるという方法を採用した。しかしながら、この方法には次のような問題点があり、合理性に欠けるものである。

(1) まず、同業者の抽出について、被告は、税務署備付けの所得調査カード索引簿に各納税者の住所、氏名、業種名及び青色、白色のいずれの申告によるかの別等の記載があるので、青色申告者のなかから業種名を木造建築工事業とする者を抽出したというのである。しかしながら、元来、右索引簿は同業者比率法による同業者率を算出するための資料として作成されたものではない。このように、別の目的で作成された資料を同業者率の算出に流用するのは正確性を欠くおそれがある。

(2) 事業規模ないし営業規模の類似性について、被告は、原告の収入金額の倍額から半額の範囲内にある者を抽出したというのであるが、この倍半基準というのは税務当局の内部基準にすぎず、客観的合理性を有しない。

(3) 被告は、原告の同業者として、二二業者を抽出したというのであるが、このなかには浦和税務署管内の業者ばかりでなく、朝霞税務署管内の業者も含まれている。これは、被告が抽出する同業者の数を増やすために同業者間の立地条件の類似性を度外視してしまったものであり、厳格さに欠けるというべきである。

そのほか、被告は、行政不服審査の段階では、原告の所得金額を算出するために用いた同業者率は11.40パーセントであると主張していたが、本件訴訟においては、これを12.34パーセントであると主張している。これは異議決定書に附記された原処分を正当とする理由を差し換えるものであり、このようなことは、異議申立てを棄却する場合、異議決定書に原処分を正当とする理由を附記することを要求している法の趣旨に反して許されない。

五  再抗弁

仮に、推計の方法による本件更正処分が適法であるとしても、原告の昭和五九年分の所得金額は原告のもとに保管されている領収書、請求書(控)、その他の計算書によって実額で把握することが可能であり、その金額は次のとおり三四一万三三四一円である。

1  収入金額 五三二三万七〇八〇円

順号

収入先等

金額(円)

1

新井 忠雄

二八、四九三、〇〇〇

2

逸見 孝恒

一六、六二〇、〇〇〇

3

田鍋  允

五、五七〇、〇〇〇

4

その他小口工事

二、五五四、〇八〇

2  収入原価 四六八八万八七三九円

(一) 期首未完成工事 八五万六七〇〇円

新井忠雄分関係

(二) 仕入金額 一一七九万三六三九円

仕入先

品目

金額(円)

北原材木店

材木

五、一〇〇、二九〇

三暁

材木

四、〇五五、三二六

原金

金物等

二、六二九、七二三

志村金物店

金物

四、〇〇〇

力屋

金物

四、三〇〇

(三) 外注工事費 三〇九一万八一〇〇円

外注先

金額(円)

青木表具店

一、八一五、三〇〇

曙電業社

三、二八〇、三〇〇

我妻工業

三八八、五〇〇

小暮水道工業

二、三六四、五〇〇

落合鉄平石工業所

一二六、〇〇〇

三友工業所

一、六八一、〇〇〇

佐々木インテリヤ

一、〇六一、八八〇

新藤建設

四、〇一九、九二〇

萩原畳店

二九二、〇〇〇

野口左官

二、一三七、〇一〇

伊藤木工所

五、二一一、六〇〇

堀込工業

一、九二七、五〇〇

永井木工所

一、五八三、六〇〇

大江タイル工業所

九九九、九〇〇

増井板金店

七〇四、八七五

丸越吹付工業

七八一、〇〇〇

キコー

六四八、〇〇〇

協栄美装

二〇、〇〇〇

マルシン

一二、〇〇〇

瀬田土建

三〇、〇〇〇

東京ガス

五四三、二〇〇

小野沢塗装店

一、二九〇、〇〇〇

(四) 支払工賃 九〇一万六〇〇〇円

雇用した大工に対する日当、佐川武幸につき一日当たり一万四五〇〇円、佐川清光につき一日当たり一万四〇〇〇円。

(五) 期末未完成工事 五六九万五七〇〇円

若宮光三関係四一〇万七一四九円、大野千重関係一五八万八六一四円。それぞれの外注工事等の内訳は次のとおりである。

外注費等

金額(円)

若宮関係

大野関係

北原材木

三四四、〇六〇

二六三、一〇〇

三暁

三〇〇、八八六

一二七、四四四

原金

一二七、九〇九

二三、一七〇

青木表具店

三五、五〇〇

三五、五〇〇

曙電業社

一九一、九〇〇

一〇〇、〇〇〇

小野沢塗装店

九一、八〇〇

小暮水道工業

二八、五五〇

三友工業所

二五四、三一五

一六七、〇〇〇

佐々木インテリヤ

六二、〇三四

五、五〇〇

新藤建設

二六七、二四五

萩原畳店

六四、〇〇〇

野口左官

三〇〇、一五〇

伊藤木工所

六〇三、七〇〇

堀込工業

一二六、五〇〇

二五九、四〇〇

増井板金店

一〇四、六〇〇

大工工賃

二〇四、〇〇〇

五〇二、五〇〇

以上のとおりであるから、収入原価は(一)ないし(四)の金額の合計から(五)の金額を差し引いた四六八八万八七三九円である。

3  営業費 二九三万五〇〇〇円

(一) 広告宣伝費 一三万七六〇〇円

(二) 修繕費 二一万五六〇〇円

(三) 接待交際費 六九万一八一三円

(四) 旅費交通費 三万六七五〇円

(五) 水道光熱費 一六万八八二二円

(六) 通信費 九万二三四四円

(七) 消耗品費 三万円

(八) 損害保険料 二万一六〇〇円

(九) 公租公課 三一万六四四〇円

(一〇) 福利厚生費 七万五〇〇〇円

(一一) 自動車関係費 三〇万八二九九円

(一二) 地代家賃 三七万円

浦和市大谷口二五六四番地にある作業場の敷地の地代、地主は野口貢。

(一三)  雑費 二一万〇六三〇円

(一四) 原価償却費 二六万〇一〇〇円

以上のとおりであるから、所得金額は1の金額から2、3の金額の合計を差し引いた三四一万三三四一円である。

(いわゆる実額反証における主張・立証責任について)

本件においては、被告は、原告の収入について、反面調査によって把握した実額を主張しており、原告も一部に計算違いによる不一致があるものの(原告主張の金額の方が二二万四八六〇円多い。)、基本的にはこれを認めている。したがって、収入金額については原告において立証の必要はない。被告は、後記のとおり、所得金額について実額反証をするのであれば、原告は、収入金額についても被告が把握した金額以外に収入はないことについて立証をすべきであると主張するが、存在しない事実を立証することは不可能であり、被告の主張は不可能を強いるものであって、失当である。

実額反証においては必要経費について、原告は、その実額を主張し、これに対応する証拠を提出して、被告がした推計の合理性に疑問を生じさせれば足りるのであり(いわゆる間接反証)、この意味では必要経費についてもその立証責任は被告にあるというべきである。また、必要経費については、それが当該年分の収入と対応することまで主張・立証すべきであるとする考え方があるが、これは誤りである。所得税法は当該年分の必要経費について収入と対応させてこれを明らかにすることまで要求してはいないのであり、法律が予定していないことについてまで原告がこれを明らかにする必要はないからである。

六  再抗弁に対する認否

原告が収入金額、収入原価及び営業費等として主張する金額が実額であることは争う。

(いわゆる実額反証における立証の程度及び内容について)

課税処分取消訴訟において、納税義務者である原告からする実額反証については、課税庁である被告がする課税要件事実についての立証(本証)との関係でこれを反証(いわゆる間接反証)とする考え方と、端的にこれを再抗弁とする考え方とがあるが、いずれの説によっても、原告は、被告が主張する推計による所得金額が真実の所得金額よりも過大であることにつき合理的な疑いを容れない程度に立証すべき責任を負うのであって、単に推計による所得金額について疑義を生じさせるだけでは足りないとする点では変わりない。これは、原告において原処分時の調査において所得金額を実額により把握するに足りる資料を提出せず、推計課税を余儀なくさせておきながら、訴訟の段階に至って初めて実額を主張するという経過ないし事情、右実額については被告よりも原告の方がはるかにその証拠資料の収集・提出が容易な立場にあることを考慮すれば、もとより妥当な見解である。

そして、この場合、所得税法第二七条第二項が、総収入金額から必要経費を控除した金額をもって事業所得の金額とし、同法第三七条第一項が、売上原価その他の当該収入金額を得るために直接要した費用等を必要経費としていることからすれば、実額反証をするには単に収入金額及び必要経費の各一部を立証するだけでは意味がなく、収入金額についていえば、それがすべての取引先からの総収入であることまで立証する必要がある。被告が主張する原告の収入金額は反面調査によって把握できたものだけであって、これが原告のすべての取引先からの総収入金額であるといっているわけではない。したがって、被告が主張する収入金額を認めたからといって、原告は、右総収入金額についての立証責任を免れることはできない。そして、原告が立証することを要する必要経費の実額というのは右総収入金額に対応するものでなければならず、単に当該年中に発生した必要経費の金額を立証するだけでは不十分である。

(本件における原告の実額反証について)

本件における原告の実額反証については次の点に問題があり、原告が提出・援用する証拠資料からではその主張する所得金額が実額であることにつき合理的な疑いを容れない程度に立証がされたとはいえない。

1 元来、事業に係る所得金額を実額で把握するためには、事業に係るすべての取引が細大漏らさず記録されるとともに、事業に関係のない取引については、客観的にこれを排除できる仕組の帳簿組織が備わっていることが必要である。しかしながら、原告の事業については、そのような帳簿組織の備付けはなく、毎日の現金の出し入れを記帳した現金出納帳さえ作成されていないのである。原告が昭和五九年当時作成していた帳簿書類には、(1)工事現場ごとに仕入れ、外注、工賃等を記録した帳簿、(2)収入金額だけを一年分まとめて翌年の一、二月ころ作成する帳簿があるというけれども、本件において証拠として提出されたのは(2)の帳簿のみである。また、原告は、(3)現場ごとの原価計算表、(4)外注費明細表という資料を証拠として提出するが、これらの資料は本件訴訟のために後日作成されたものであって、会計記録というには値しないものである。さらに、原告が収入金額及び必要経費を立証する資料として提出する領収証、請求書(控)等には一部に欠けているものがあり、証拠資料としては不十分である。

2 被告が主張する原告の収入金額は原告が審査請求の段階で明らかにした収入金額と一致する。ところが、原告は、その後、これを五二九一万五二二〇円であったと訂正しており、本件訴訟の段階に至ってはこれを五三二三万七〇八〇円であると主張している。このことは、原告による収入金額による実額の主張が正確な記録に基づいたものではなく、根拠の薄弱なものであることを示している。原告主張の収入金額は保管している領収証、請求書(控)等の金額を集計して割り出されたものであるが、このような方法によって収入金額を正確に把握することは困難である。その正確性を担保するためには現金、預金等の出入りを逐一記録した帳簿との突合が必要であるが、そのような帳簿は存在していない。

3 原告は必要経費の金額を立証する資料として支払先から受け取った領収証等を提出するが、これらの資料中には必要事項の記載が漏れているなど信用性に乏しいもの、事業との関連性に疑問があるものなどがある。また、原告主張の支払金額のなかには支払先から交付を受けるべき領収証がないものもある。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1ないし3の各事実(本件課税処分の経緯等)は当事者間に争いがない。

二そこで、まず、本件課税処分の適否について判断する。

1  推計課税の必要性について

<書証番号略>、証人小島恵一、伊藤皆人の各証言、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一)  原告は青色申告書以外の申告書によって確定申告をした、いわゆる白色申告者であるが、その昭和五八年分から同六〇年分までの所得税の確定申告書にはいずれの年分についても所得金額の記載があるだけであって、その算出根拠となる収入金額及び必要経費の記載がなかった。そのほか、原告に対しては長期間にわたって税務調査を実施していないこと、原告の生活状況等を考慮して、被告は、原告の昭和五八年分から同六〇年分までの所得金額について調査することとし、浦和税務署所属の国税調査官・小島恵一(小島係官)に対しその事務担当を命じた。

(二)  そこで、小島係官は昭和六一年四月一四日午前一〇時ころ、事前に何の通知もしないで、調査のため原告の店舗(事務所)を兼ねた住居を訪問した。このとき、原告は在宅していたが、突然の来訪のため、多忙を理由に、直ちには調査に応じようとはしなかった。そのため小島係官は、後日、原告からの連絡を待って、改めて調査の日を決めることとし、原告方を辞去した。

(三)  しかしながら、その後、原告からは何の連絡もなかったので、小島係官は、調査日を五月一日としたいので、都合を知らせてほしい旨の文書を残して引き返した。その後、原告から、五月一日では都合が悪い旨の連絡があり、さらに、六月一日、改めて原告の方の都合について電話による連絡があったので、小島係官は、双方の都合を調整し、その結果、調査の日時は最終的に六月一三日午前一〇時と定められた。

(四)  六月一三日、所定の時刻に小島係官が原告方を訪問すると、そこには埼玉土建一般労働組合の書記長である伊藤皆人が待機していた。そこで、小島係官は伊藤に対し、調査に関係のない第三者であることを理由に退席を求めたが、伊藤は、これに応ぜず、そのまま、その場に居続けた。次いで、小島係官は原告に対し、昭和五八年分から同六〇年分までの所得税の確定申告書記載の所得金額を算定する基礎となった関係帳簿、原始記録等を拝見したい旨の申出をした。これに対し、原告は、「申告はきちんとしているのに、なぜ、調査に来たのか。その理由を明らかにしてほしい。」、「調査理由に納得がいかなければ、関係帳簿等は見せられない。」と言い、小島係官が調査理由は所得金額の確認であり、その計算のもとになった収入金額及び必要経費の内訳を知りたい旨の説明をしたが、原告は納得せず、押問答が繰り返された。小島係官としては、調査をしてみなければ、それ以上の説明ができず、一方、原告は、申告のどこがおかしいのかを具体的に指摘するよう求め問答はすれ違ったままに終始し、最後に、小島係官が「調査に協力しないのならば、税務当局としては独自の調査をすることもある。」と言うと、原告は、「申告には自信があるので、修正申告には応じない。」と言い、事態はそれ以上の進展をみなかった。

(五)  そこで、被告は、右のような原告の強い態度と、原告が税務対策について組織を挙げて取り組んでいる埼玉土建一般労働組合の中央執行委員長の職にあることなどから、これ以上協力を求めても、原告の協力は得られないとの判断し、原告に対する税務調査の方法をその取引先等について調査する、いわゆる反面調査に切り換えた。ところで、原告の知る限りでは、納税義務者本人に対する税務調査が一回しか行われないということはあり得ないことであるので、原告は、さらに係官の来訪があるものと予期していたところ、税務当局による右のような素早い方針の転換は、原告にとっては意外なことであった。以上の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

ところで、申告納税方式をとる国税についても、税務署長は申告に係る課税標準又は課税額等に誤りがあるときは、更正をすることができるのであり(国税通則法第二四条)、そうであるとすれば、税務署長はその権限を行使するための前提として必要な調査をすることができるのは当然のことである。そして、この調査は申告に係る課税標準又は課税額等に誤りがある疑いが客観的に存在している場合ばかりでなく、申告に係る課税標準又は課税額等の内容、とくにその算定根拠が明らかでない場合にもこれをすることができると解すべきである。というのは、後者のような場合でも、調査の結果、申告に係る課税標準又は課税額に誤りがあり、更正を必要とすることが判明することもあり得るからである。所得税法第二七条第二項は「事業所得の金額は、その年中の事業所得に係る総収入金額から必要経費を排除した金額とする。」と規定しているところ、本件においては、原告から提出された昭和五八年分から同六〇年分までの所得税の確定申告書にはいずれの年分についても所得金額が記載されているだけで、その算出の基礎となる収入及び必要経費の記載がなかったことは前認定のとおりである。そうであるとすれば、右所得金額の算定根拠が明らかでないとして、被告が原告に対しその算出の基礎となる収入金額及び必要経費について調査をしようとしたことには相当の理由があり、前認定のとおり、調査に際し、小島係官は、原告の求めに応じて、このことを十分に説明しているのである。しかしながら、原告は、このことだけでは納得せず、さらに、原告が納得できる調査理由の説明がない限り、関係帳簿等は見せられないとして、その態度を極めて明確に表明したのであり、このような状況の下においては、小島係官としては、さらに、原告に対し説得を試みても、協力は得られないと判断したのはやむを得ないというべきである。したがって、原告の昭和五九年分の所得金額については、原告から、これを実額で把握することが可能な帳簿書類及びその原始記録の提示がなく、税務職員による調査についても原告の協力が得られなかったわけであるから、税務当局としては、推計の方法による以外に原告の申告に係る所得金額に誤りがあるかどうかを確認する方法はなかったということができ、本件更正処分については推計課税の必要性は存在したというべきである。

原告は、調査の際、小島係官が伊藤皆人の立会いを認めなかったのは違法である旨の主張をするが、調査の場に第三者の立会いを認めるかどうかは調査を担当する税務職員の合理的判断に委ねられているところであり、本件においては、小島係官が伊藤の退席を求めた際、原告から小島係官に対し、伊藤が原告の事業収支を明らかにするのに重要な役割を担っていることについて十分な説明をした形跡はないのであって、これからすれば、小島係官が伊藤の退席を求めたことをもって直ちに調査を担当する税務職員としての合理的判断の範囲を超えた違法な措置と断定することはできない。

また、原告は、原告に対する税務調査は原告がその中央執行委員長をつとめる埼玉土建一般労働組合の組織介入策の一環であるから違法である旨の主張をするが、税務当局が原告に対し税務調査を実施することにした主観的意図がいずこにあるにしろ、原告の昭和五八年分から同六〇年分までの所得税について客観的に調査の必要性が存したことは前述したとおりであり、実際に行われた調査の手段・方法が先に認定したようなものである限り、原告に対して実施された税務調査をもって直ちに違法とすることはできない。

2  推計課税の合理性について

被告が反面調査によって把握した原告の昭和五九年分の収入金額がその主張のとおり五三〇一万二二二〇円であることは弁論の全趣旨に照らして明らかである。そして、被告は、これに同業者の平均所得率を乗じて所得金額を推計したものであるところ、証人佐久間正孝の証言と<書証番号略>によれば、右平均所得率は次のようにして算出されたものであることが認められる。すなわち、平成元年四月一〇日付けの関東信越国税局長名の一般通達により、被告は、浦和、朝霞両税務署管内に納税地を有し、原告と同様に「木造建築工事業」を営む個人業者のうちから、(1)歴年を通じて事業を継続して営んでいた者であること、(2)その所得税について青色申告書を提出していた者であること、(3)災害等により、経営状態が異常であると認められる者以外の者であること、(4)税務署長から更正処分を受け、これに対して不服申立てをして係争している者でないこと、(5)昭和五九年分の収入金額が二六五〇万六一一〇円以上、一億〇六〇二万四四四〇円未満である者であること、以上に該当するすべての事業者を抽出したこと、そして、これらの事業者について昭和五九年分の収入金額、所得金額及び所得率を求め、その所得率を平均して平均所得率を算出したものであり、その算出過程は別表2「木造建築工事業の同業者調査票」記載のとおりであること、以上のとおり認められる。

右事実によれば、右平均所得率算出のために抽出された同業者は原告とその事業地域、事業規模(収入金額)の点で類似しており、前記(1)ないし(5)の要件を具備するすべての事業者が抽出されていることからその抽出作業には税務当局の恣意が介在する余地はなく、したがって、右平均所得率の算出方法には一応の合理性を認めることができる。この点について、原告は、(1)同業者の抽出について、本来、他の目的のために作成されている税務署備付けの所得調査カード索引簿の「業種名」等が利用されたこと、(2)事業規模(収入金額)の類似する同業者を抽出するについて、いわゆる倍半基準を用いたこと及び(3)同業者として浦和税務署管内の業者ばかりでなく、朝霞税務署管内の業者も含めたことの三点を挙げて、右平均所得率の算出方法は合理性に欠けると主張する。しかしながら、このうち右(1)及び(3)の点については、証人佐久間正孝の証言並びに弁論の全趣旨によれば、前記所得調査カード索引簿は所轄税務署管内の所得税の納税者について各種の資料を抽出するのに活用する目的で作成され、備え付けられているのであって、その目的のなかには本件のように同業者の平均所得率算出のための資料を抽出することも含まれていること、被告が同業者として浦和税務署管内の業者ばかりでなく、朝霞税務署管内の業者も含めたのは昭和五九年当時においては朝霞税務署は設置されておらず、浦和税務署がその管内の地域を所轄していたためであることが認められ、したがって、原告の右各主張はその前提事実を異にしており、理由がない。次に、右(2)の点についてみるのに、一般に、いわゆる倍半基準は、収入金額、所得金額等の数値を手掛りとして事業規模の類似する同業者を抽出するための手段としてそれなりの合理性を有してはいるが、、これはあくまで類似の同業者を抽出する場合の目安としての機能を果たすにすぎないのであるから、これをあらゆる業種・業態の事業に機械的に適用することは慎重であるべきであり、倍半基準に従って抽出した同業者のなかにその所得率において他の同業者のそれに比して著しく異なった数値を示すものがある場合には、所得率の平均値を求めるに当たり、このような異常値を排除するなどして、より合理性の高い数値を求めるよう配慮するのが相当である。これを本件についてみるのに、別表2「木造建築工事業の同業者調査表」によれば、前認定のとおり、倍半基準によって抽出された原告と類似の同業者は二二人であるが、その所得率には最高25.43パーセントから最低6.29パーセントまで業者によってかなりの違いがあること、所得率は概して収入金額が少ない業者において高く、収入金額が多い業者において低いことが明らかであり、そうであるとすれば、右二二人の業者の所得率を単純に平均した数値をもって原告と類似の同業者の平均所得率というにはその合理性の点について疑問が残ることは否定できない。<書証番号略>によれば、右二二人の同業者中には原告の前記所得金額を基準として上下五〇〇万円の範囲内にある者が五人おり、その所得率は最高が12.22パーセント、最低が6.92パーセントであって、平均は9.36パーセントであることが認められる。これによれば、原告の同業者の平均所得率はこれを被告主張のとおり12.34パーセントとするよりも右9.36パーセントとする方がより合理性が高いということができ、本件更正処分に係る推計課税は原告の同業者の平均所得率を12.34パーセントではなく9.36パーセントとする限りにおいて合理性を有するというべきである。

ところで、原告は、行政不服審査の段階では、被告は、原告の同業者の平均所得率を11.40パーセントと主張していたのに、訴訟の段階でこれを変更し12.34パーセントと主張することは異議決定書に附記された原処分を正当とする理由の差換えであるから許されないと主張する。しかしながら、<書証番号略>によれば、異議決定書においては、原告の同業者の平均所得率を11.40パーセントとした根拠、とくにその算定の基礎となった資料は全く示されていないことが認められ、これによれば、訴訟の段階で、これについての主張の変更を許しても、訴訟上、実質的に原告に不利益が及ぶものではないから、原告の主張は採用できない。

3  本件処分の適否

原告の前記収入金額に前述した同業者の平均所得率を乗ずると、所得金額は四九六万一九四三円であり、これに対する所得税額は四七万七三〇〇円である。したがって、本件更正処分は収入金額及び所得税額を右各金額とする限度においては適法であり、これを超える部分は違法である。そして、国税通則法第六五条第一項により右所得税額に係る過少申告加算税は本件更正処分により新たに納付すべき税額(同法第一一八条第三項により一万円未満の端数切り捨て)に一〇〇分の五を乗じた一万六〇〇〇円であるから、本件過少申告加算税賦課決定処分はこの金額の限度では適法であり、これを超える部分は違法である。

三次に、原告の再抗弁について判断する。

元来、推計課税は、税務署長が居住者(納税義務者)に係る所得税について更正決定をする場合において、その所得金額を実額で把握することができないため、収集した間接的資料によってこれを推計しようというものであるから(所得税法第一五六条)、いかにその方法が合理的なものであっても、推計によって算出された所得金額と実額との間には何がしかの差異があることは否定できないところである。そして、所得税は本来的には帳簿書類に基づき実額で把握される納税義務者の所得金額に対して賦課されるのであるから、推計によって算出された所得金額をもとにしてされた更正処分につき後に提起されたその取消訴訟において、原告である納税義務者の所得金額の実額が証拠上明らかになった場合においては、右推計課税の手続・方法に何らの瑕疵がない場合においても、推計によって算出された所得金額はその存在意義を失い、更正処分は少なくとも推計による所得金額が実額を超える限度では不適法となり、取消しの原因となると解するのが相当である。そうであるとすれば、右取消訴訟において原告がする立証はその主張の金額が実額であることを裏付けるに十分なものでなければならず、多少なりとも、これが実額でないことについて合理的な疑いが存する限り、原告の主張は容認されないというべきであり、このことはいわゆる実額反証を間接反証と解するか、原告の再抗弁と解するかによって差異は生じない。

このような見地に立って本件をみるのに、本件訴訟において原告がした立証からでは原告主張の所得金額を実額と認めるには次のような点に疑問がある。

1  事業を遂行するうえでは、第三者との取引に伴って大小さまざまな収入、支出が発生するのであるから、これらの収入、支出をもれなくすくい上げ、事業に係る所得金額を実額で把握するためには個々の取引に伴う収入、支出をその都度継続的に記録した会計帳簿の存在が必要不可欠である。しかしながら、原告の事業についてはこのような会計帳簿の備付けはなく、したがって、原告の事業についてその収入金額を実額で把握することは本来的に極めて困難なことといわなければならない。前示<書証番号略>並びに弁論の全趣旨によれば、原告は、昭和五九年分の所得金額を確定申告及び異議申立ての段階では二九六万円であるとしていたのに、審査請求の段階では三三〇万九七二〇円とし、さらに本件訴訟の段階では三四一万三三四一円であるとして、それぞれの手続段階で次々とその主張の金額を変えていることが認められ、このことは原告自身もともとその事業に係る所得金額を実額では把握していないことを物語るものである。

2  収入金額について

原告は、収入金額を取引先から支払を受けた際に発行した領収書の控(俗に「耳」と称されるもの。<書証番号略>)によって立証しようとするのであるが、これによって把握される収入金額が原告の事業に係る収入の全部であるというためには、原告の事業においては、第三者から事業収入に当たる金額を受領したときは、その支払先、受領金額の大小にかかわらず、常に、必ず一定様式の領収証が発行され、その控(耳)が保存されるという手続・方法が確立していることが必要である。そして、さらに、これによって把握された収入金額は現金、預金等の出し入れを記録した現金出納帳、預金元帳等の記載と照合して、はじめて漏れのないこと、したがって、これが実額であることが確認できるのである。しかしながら、原告の事業については、右のような手続・方法が確立されていることを認めるに足りる証拠はなく、かえって、<書証番号略>及び原告本人尋問の結果によれば、原告の事業に係る収入に当たる支払の一部が預金口座への振込みによってされていることが認められ、原告の事業について現金出納帳、預金元帳等が存在していないことは既に述べたとおりである。

収入金額について、原告は、原告において被告主張の金額を認めて争わないのであるから、この点についての立証は要しないと主張するが、被告において主張する原告の事業に係る収入金額は被告が反面調査によって捕捉したものをいうのであって、被告においてこれが原告の事業に係る収入金額の全部であると主張しているわけではないのであるから、原告においてその事業に係る所得金額について実額反証をしようというのであれば、収入金額及び必要経費のいずれについてもその実額を立証することを要するのは理の当然である。

3  収入原価について

所得税法第二七条第一項は、事業所得の金額はその年中の事業所得に係る総収入金額から必要経費を控除した金額であるとし、同法第三七条第一項は、ここに必要経費とは売上原価その他の当該収入金額を得るために直接要した費用等をいうとしている。そうであるとすれば、収入金額の実額を立証するためには、ただ単にその年中の収入金額と支出した費用の総額を明らかにしただけでは足りず、収入と費用との対応関係、すなわち支出した費用が収入を得るために必要なものであったことまで立証する必要があるところ、原告は、右収入と費用の対応関係を明らかにするため期首未完成工事残高に昭和五九年中の木材等の仕入額及び外注工事費を加え、これから期末未完成工事残高を控除するという方法を採用している。そして、原告は、右期首及び期末の各未完成工事残高を立証する資料として、木材等の仕入先及び工事の外注先等からの領収証、請求書(<書証番号略>)及び原告本人の陳述書(<書証番号略>)を提出するが、これらの証拠は原告主張の金額が右各未完成工事残高の実額であることを立証するためには甚だ不十分なものであり、そのためには工事ごとにこれに要した費用を逐一記載した会計記録が必要であるところ、原告の事業についてそのような会計記録が存在していないことは既に述べたとおりである。

4  営業費について

原告は、営業費を立証する資料として、支払先からの領収証(<書証番号略>)を提出するが、これらの証拠にみられる費用の一部には原告の事業との係わりに疑問があるものもあり、原告も、その本人尋問において、これを認めている。

以上の次第であって、原告が提出・援用する証拠からでは、原告主張の収入金額が実額であると認めることは困難であり、原告の主張は採用できない。

四よって、原告の本訴請求は本件更正処分のうち所得金額四九六万一九四三円、所得税額四七万七三〇〇円を超える部分並びに本件過少申告加算税賦課処分のうち税額一万六〇〇〇円を超える部分の取消しを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官大塚一郎 裁判官小林敬子 裁判官佐久間健吉)

別表1

課税処分経緯表

(単位 円)

区 分

年月日

総所得金額

所得税額

過少申告加算税

確定申告

六〇・  三・一三

二、九六〇、〇〇〇

一四八、二〇〇

更正及び加算税

の賦課決定

六二・  一・三〇

三、六一三、五八八

六一五、九〇〇〇

二三、〇〇〇

異議申立て

六二・  三・  四

二、九六〇、〇〇〇

一四八、二〇〇

同決定

六二・一二・一四

棄   却

審査請求

六三・  一・一四

三、三〇九、七二〇

一九六、七〇〇

同裁決

六三・一一・二八

棄   却

別表2

木造建築工事業の同業者調査表(金額単位 円)

年分

昭和59年分

項目

順号

収入金額

所得金額

所得率

1

35,037,770

2,203,978

6.29%

2

66,553,310

6,686,043

10.04

3

40,460,375

4,190,552

10.35

4

33,684,820

6,361,693

18.88

5

77,414,987

7,916,626

10.22

6

27,915,978

4,935,929

17.58

7

55,069,460

5,592,443

10.15

8

53,160,830

6,496,457

12.22

9

34,456,700

7,570,173

21.96

10

28,150,760

3,663,895

13.01

11

48,864,969

5,280,260

10.80

12

54,651,700

3,785,464

6.92

13

59,028,150

7,281,481

12.33

14

72,810,950

4,906,617

6.73

15

57,758,506

4,096,955

7.09

16

41,539,454

10,567,406

25.43

17

30,657,540

4,242,347

13.83

18

29,327,088

3,573,792

12.18

19

56,263,834

5,062,858

8.99

20

46,523,979

6,829,695

14.67

21

75,466,860

9,045,689

11.98

22

43,921,230

4,297,681

9.78

22件

271.53

平均

271.53÷22=12.34%

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例