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浦和地方裁判所 平成元年(ワ)658号 判決 1991年11月22日

原告

斉藤政武

右訴訟代理人弁護士

河田毅

被告

株式会社日立物流

右代表者代表取締役

小今井傓治

右訴訟代理人弁護士

小川信明

友野喜一

鯉沼聡

名村泰三

主文

一  被告は、原告に対し、金三〇万円及びこれに対する昭和六三年一一月二二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その二を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金五〇〇万円及びこれに対する昭和六三年一一月二二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言(1項について)

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、被告の従業員であり、昭和六三年一一月二一日当時被告大和営業所(以下「営業所」という。)において、引っ越し作業に従事していた。

2  事実経過

(一) 原告は、同日午前八時被告の外注先の業者の従業員である山城、竹内、佐藤と二屯車二台に分乗して営業所を出発し、同日午前一〇時ころから引っ越し依頼先の佐々木宅において作業開始し、同日午後五時一〇分ころ右作業を終えて、営業所に帰着した。

(二) 所持品検査の実施

(1) 被告の大和営業所長清水靖雄(以下「清水」という。)は、原告に守衛室に入るよう指示した。

(2) 原告が守衛室に入ると、同室の窓のブラインドが降ろされており、警備員は予め同室から出されて、居なかった。そして、先に帰営していた竹内が清水から身体検査を受けており、机の上にポケットの中身が全部展示されていた。

(3) 清水は、原告のところに歩み寄り、同人に対し、お客さんのところとから財布がなくなったとの説明をして、ポケットの中身を全部机の上に提出するよう指示し、さらに自らの手でズボンのポケットから上着のポケット、腹部を数回確認するように撫で回す身体検査を行い、原告が着用していた腰痛防止ベルトについて「これは何だ」と説明を求めた(右身体検査を以下「本件身体検査」という。)。さらにトラックの荷台のゴミを調査し、運転席の中も検査した(右のポケットの中身を全部机の上に提出するように指示したこと、身体検査、車の調査を総称して以下「本件所持品検査」という。)。

3  被告の責任(使用者責任)

(一) 雇用関係

清水は、昭和六三年一一月二一日当時大和営業所所長として被告に雇用されていた。

(二) 所持品検査の違法性

(1) 所持品検査が人権侵害を伴うものである以上、これが許容されるためには次の要件が充たされなければならない。

ア 所持品検査は、就業規則その他明示の根拠に基づいて行われるものでなくてはならない。

イ 所持品検査は、それが企業の経営維持にとって必要かつ効果的措置であり、他の同種の企業において多く行われているところであり、これを必要とする合理的理由に基づいて行われるものでなくてはならない。

ウ 所持品検査は、一般的に妥当な方法と程度で行われなくてはならない。

エ 所持品検査は、制度として、職場従業員に対して、画一的に実施されるものでなくてはならない。

オ 個別的な場合にその方法や程度が妥当を欠く等の特段の事情があってはならない。

本件所持品検査は、右のアないしオの各条件をいずれも充たしておらず、原告を窃盗犯人として扱ったものであるから、違法である。

(2) 原告は、前記所持品検査を受けた当時被告の労働組合(以下「組合」という。)の組合員であった。清水は、本件所持品検査前にも労務管理の点で何度も組合に問題にされており、右所持品検査も清水を先頭とする被告による組合敵視の一環として行われたもので、違法である。

(三) 原告の損害

原告は、本件所持品検査により、以下の権利自由を侵害されたものである。

(1) 名誉毀損

原告は、昭和四〇年五月六日入社以来トラック操縦士として長距離・近距離の運転業務に従事してきたものであり、被告において現在に至るまで無事故表彰をはじめ、会社運転競技会における優勝記録、朝霞地区運転競技会優勝記録、日本トラック協会無事故表彰・金十字章授与等という輝かしい職業経験を有して、模範操縦士としての名誉を誇りにしていたが、これを傷つけられた。

(2) 信用侵害

原告は、引っ越し業務などの現場監督者として職場において人望を集めていたが、本件身体検査により、職場の同僚、上司、部下に窃盗犯人の疑惑を受ける様な人物であるという事実を流布され、その信用を傷つけられたばかりでなく、家庭においても妻子に対する信用を傷つけられた。

(3) 労働協約上義務なきことを強要されない自由の侵害

原告は、組合の組合員であり、その業務上の義務については被告との間において締結されている労働協約によって定められているところ、これによれば本件のような身体検査を受けるべき義務はないにもかかわらず、これを強要されたものであり、労働協約で保障された労働者としての自由権を侵害された。

(4) プライバシーの侵害

原告は、トラック操縦士として長時間の業務に就業する関係上、自己の健康管理のため、腰痛防止ベルトを着用していたものであり、これは原告の肉体上の弱点に関する秘密事項であったが、清水によりこれを暴露されたものであり、いわゆるプライバシーの権利を侵害された。

(5) 所持品携帯の自由

原告の従事していた引っ越し業務においては、現金や貴重品は顧客本人が保管することとされており、業務の通常の遂行過程では従業員の所持品制限の必要がないところから、労働協約上も、就業規則上も、業務遂行上の従業員の所持品携帯に関する条項は定めておらず、原告は、正当な理由なく所持品検査を受けない自由を有していたものであり、本件身体検査は右自由を侵害した。

(四) 本件所持品検査によって受けた精神的苦痛を慰謝するために必要な金額は五〇〇万円が相当である。

よって、原告は、被告に対し、不法行為(使用者責任)に基づく損害賠償として金五〇〇万円及びこれに対する右不法行為の翌日である昭和六三年一一月二二日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否と被告の主張

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2(事実経過)(一)の事実は認める。同(二)のうち、(1)の事実、(2)の事実のうち、原告が守衛室に入ると、同室の窓のブラインドが降ろされており、警備員は居なかったこと、(3)の事実のうち、清水が、原告に対し、持ち物を提出するよう指示した上、自らの手で原告の身体に触れ、原告が着用していた腰痛防止ベルトについて説明を求め、さらにトラックの荷台のゴミを調査し、運転席の中も検査したこと、以上の事実は認め、その余の事実は否認する。

3  同3(一)の事実は認める。同(二)(1)の主張は争う。同(二)(2)のうち、原告が、本件所持品検査を受けた当時組合の組合員であったこと、清水が、本件所持品検査前にも労務管理の点で何度も組合に問題にされていたことは認め、その余の事実は否認し、主張は争う。同(三)のうち、原告が、昭和四〇年五月六日入社したことは認め、その余の事実は否認し、主張は争う。同(四)の主張は争う。

4  被告の主張

(一) 本件所持品検査の適法性

(1) 就業規則における根拠規定

被告の就業規則二一条には、「保安員が必要ありと認めた場合には、その求めにより、社員はその所持品の検査を拒むことができない。」と定められている。本件所持品検査は右条項に準拠したものである。

(2) 本件所持品検査を必要とした合理的理由

本件所持品検査に先立ち、顧客から清水に対し、台所に置いてあった財布がなくなったので調べてほしいとの要求があったのであるが、引っ越し作業中に物品紛失というトラブルがあった場合、作業所の責任者は、事実関係を確認し、会社側に落ち度がなければ、その旨を顧客に説明して納得させ、作業員の身の潔白を証明し、会社の信用保持を図らなければならない。そこで、作業所の責任者としては、顧客に納得させるために、事情聴取のみならず、できるかぎりの調査をする必要がある。清水は、右の作業員の身の潔白証明と会社の信用保持の目的で、本件所持品検査を行ったものであるから、本件所持品検査には合理的理由があり、違法とはいえない。

(3) 本件所持品検査の方法・程度の妥当性

清水は、原告に対し、お客様から貴重品が紛失したとの連絡が入ったので、作業員の身の潔白を証明し、被告の信用を保持するため、申し訳ないが持ち物を見せてほしいとお願いし、持ち物を机の上に提示してもらった。この際、守衛室のブラインドを降ろしていたのは、西日があたって、眩しかったのと、関係ないものに見られたくなかったからである。清水は原告の身体が前に出てきたので、「ちょっと触らせてもらうよ。」と断って、原告の身体に軽いタッチで触ったが、格別原告は拒絶する態度を見せなかった。腰痛防止ベルトについても「これは何」とおだやかに尋ねたものである。したがって、原告は、本件所持品検査に対する協力を拒絶しうる状況にあったが、そのような態度を示すことなく任意に協力したものであり、本件所持品検査は原告の意図に反して行ったものではなく、その方法・程度は妥当なもので、違法ではない。

(二) 被告の謝罪と原告の宥恕

(1) 被告は、清水の本件措置がいささか妥当性を欠く憾みのあった点を認め、原告に対し、清水の上司である東京西営業部長井上恒芳(以下「井上」という。)が口頭で、清水及び首都圏営業本部総務部長矢原武紀(以下「矢原」という。)が、清水の行動が行きすぎで、適切を欠くものであったことを認め、「お詫び申し上げます。」と記載した文書を提出して謝罪をした。

(2) 原告は、昭和六三年一二月下旬、矢原が謝罪した際、「所長には、詫び状とともにすまない、と謝ってもらったので何度も謝ってもらわなくて結構だ。」「わざわざ本部から出向いてもらって恐縮だ。この件は時間が解決してくれるだろう。」と延べ、また、原告は、平成元年一月二〇日矢原と面談した際、「慰謝料のことは考えていない。」と述べている。

三  被告の主張に対する認否

1  被告の主張(一)について

(一) 被告の主張(一)(1)の事実のうち、被告の就業規則二一条には、「保安員が必要ありと認めた場合には、その求めにより、社員はその所持品の検査を拒むことができない。」と定められていることは認め、その余の事実は否認し、主張は争う。

(二) 同(2)及び(3)の事実は否認し、主張は争う。

2  被告の主張(二)について

(一) 被告の主張(二)(1)の事実のうち、清水及び矢原が原告に対し、清水の行動が行きすぎで、適切を欠いてたことは認め、「お詫び申し上げます。」と記載した書面を提出したことは認め、その余の事実は否認する。被告は、清水の行為が違法であることは認めておらず、反省もしていない。

(二) 同(2)の事実は否認する。

第三  証拠関係<省略>

理由

一請求原因1(原告が被告の従業員として引っ越し作業に従事していたこと)は当事者間に争いがない。

二請求原因2(事実経過)について

1  同(一)の事実、同(二)のうち、(1)の事実(清水が原告に守衛室に入るよう指示したこと)、(2)の事実のうち、原告が守衛室に入ると、同室の窓のブラインドが降ろされており、警備員は居なかったこと、(3)の事実のうち、清水が、原告に対し、持ち物を提出するよう指示した上、自らの手で原告の身体に触れ、原告が着用していた腰痛防止ベルトについて説明を求め、さらにトラックの荷台のゴミを調査し、運転席の中も検査したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

2  右の当事者間に争いがない事実、<書証番号略>、証人清水靖雄の証言(後記信用しない部分を除く。)、原告本人尋問の結果、弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。

(一)  原告は、昭和六三年一一月二一日当時、営業所の引っ越し作業の責任者として稼働していたが、同日午前八時ころ被告の下請会社の山城運送の山城(以下「山城」という。)、佐藤梱包の竹内(以下「竹内」という。)、佐藤(以下「佐藤」という。)と東京都中野区の佐々木(以下「佐々木」という。)宅に引っ越し作業に出掛けた。

佐々木宅において、原告と佐藤は室内でホームサウナ、下駄箱等の梱包を行っていた。原告は、玄関で右梱包作業をしていた際、下駄箱の上に財布らしい小物があり、邪魔だったので、これを台所に移した。

(二)  同日午後四時一五分ころ、佐々木から営業所に電話があり、この電話を営業所長の清水が受けた。右電話の内容は、「財布がなくなったから至急調べてほしい。これから神戸に新幹線で発つので、その結果を神戸の方に連絡してほしい。」というものであり、佐々木の口調は強いものであった。清水は、これに対し、「従業員が帰ったら、確認して連絡します。」と答えた。

(三)  清水は、営業所の従業員の中野耕次(以下「中野」という。)に作業員が帰ってきたら、守衛室に来させるよう指示した。この際、中野に所持品検査等をしたら問題になる旨諌められたが、清水は、会社の信用保持を図り、顧客を納得させるためにこれを行うことと決めた。また、第三者に所持品検査をしているところを見られないために、守衛室のブラインドを降ろしておいた。

(四)  その後、竹内及び山城が営業所に帰ってきた。清水は、両名を守衛室に呼び、客の貴重品がなくなったことを説明し、当日の作業状況を尋ね、ポケットの中身を机の上に提示するよう指示した。右両名は、右の指示に従い、ポケットの中身を机の上に提示した。

(五)  同日午後四時五〇分ころ、原告及び佐藤が営業所に戻った。両名は、清水の指示に従って、守衛室に入った。その時点では、竹内が守衛室に残っており、竹内の所持品が机の上に並べられていた。清水は、原告に客の財布がなくなった旨を説明し、当日の作業経過を尋ねた。原告は、右(一)の作業状況を清水に説明した。清水は、右の原告の説明から、原告及び山城が佐々木宅のなくなったという財布の近くで作業を行った可能性があるので、所持品検査と身体検査を実施することを決意し、まず、目の前に立っていた原告に対し、ポケットの中身を全部出すように指示した。原告は、この指示に従い、ポケットの中身を全部机の上に提示した。清水は、原告に対し、これで全部かと尋ね、さらに、手で同人の身体を着衣の上から、胸から腹部、腰にかけて触って、財布が入っていないかを調べたが、たまたま同人の腰部に固いのもがあったことから、これは何かと尋ねた。原告は、右の質問に対し、以前から腰痛で、腰痛防止ベルトをしている旨答えた。(右の身体検査を以下改めて、「本件身体検査」という。)

(六)  その後、清水は、佐藤の所持品検査と身体検査をし、引っ越しから持ち帰った塵の中に佐々木の財布が紛れ込んでいる可能性を考えて、ごみ捨て場へ行った。原告も守衛室から出て、引っ越し作業に乗って行った車をホームに付け、荷物を降ろす作業に入った。さらに清水は、同車の運転席と荷台に梱包用具があり、この中に佐々木の財布が紛れ込んでいないかと考え、同車のダッシュボードを開けたり、運転席の背もたれを剥がしてホーム袋を取り出すなど運転席と荷台を調べた。(右(五)及び(六)のとおりの原告に対する所持品検査を以下改めて「本件所持品検査」という。)

(七)  翌二二日午前八時ころ、原告は、組合の鈴木執行委員に本件所持品検査及び本件身体検査について話し、また、これらの検査で清水から窃盗犯人扱いされて自己の名誉、信用を害されたと考え、この疑いを晴らすために、引っ越しセンターと佐々木に電話をしたところ、佐々木の所から同人の財布が発見されたことを知るに至った。そこで、原告は、営業所に出勤したうえ、清水と面会し、同人に「最初から泥棒扱いして。」等と言って怒りをぶつけ、さらに佐々木の所から同人の財布が発見されたことを告げた。これに対し、清水は、「あって良かったね。自分で客が管理してくれればこのようなことはなかったね。後味の悪い思いをさせて悪かった。胸の内にしまってくれ。」と言ったが、原告は、「自分としては、組合にも話してあり、絶対に許せない。」と答えた。

以上の事実が認められ、右認定に反する証人清水靖雄の供述は、後記3のとおりにわかに信用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

3  証人清水靖雄の証言について

(一)  証人清水靖雄は、原告が守衛室に入ったとき、竹内は守衛室から出ていたとして証言している。

しかし、原告本人は、右時点で竹内が居たとの供述をしているし、<書証番号略>及び弁論の全趣旨によれば、組合が東京都地方労働委員会に対し被告の団体交渉拒否を理由として申し立てた救済命令申立事件(都労委平成元年(不)第五三号)の平成二年五月一八日の審問期日において、被告の若尾勉勤労部部長が、原告が守衛室に入ったときには、原告、清水、原告と一緒に作業をした者及び佐藤梱包の者の四人が守衛室に居たと聞いていると証言していることが認められ、これらの供述及び証言に照らすと、証人清水靖雄の右証言は信用することができない。

(二)  証人清水靖雄は、本件所持品検査及び本件身体検査を行った理由について、原告本人の身の潔白を証明するためでもあったとの証言をしている。

しかし、<書証番号略>によれば、右若尾勉勤労部長は、右審問期日において、清水の行動について、お客(佐々木のこと)が銀行の者であったこと及び同人に強い口調で言われたことが原因であるとの証言をしたことが認められること、また、清水が本件所持品検査を行う前に原告に対し、原告の身の潔白を証明するためだとの説得をしたことを窺わせる証拠もないことを考慮すると、証人清水靖雄の右証言は、ただちに信用することができない。

(三)  証人清水靖雄の証言中には、清水が原告の身体に触った理由について、原告の体が出てきたからである旨の供述部分もあるが、それ自体合理的な理由であるとは解されず、右供述部分は信用することができない。

三請求原因3(被告の責任)について

1  請求原因3(一)の事実(清水が、昭和六三年一一月二一日当時被告の大和営業所長としてと被告に雇用されていたこと)は当事者間に争いがない。

2  同3(二)(本件所持品検査の違法性)について

使用者がその企業の従業員に対して行う所持品検査は、従業員の基本的人権に密接に係わる事柄であるため、その実施に当たっては常に被検査者の名誉、信用等の人権侵害のおそれを伴うものであるから、たとえ、それが企業にとって必要かつ効果的な措置であるとしても、当然に適法視されるものではない。右所持品検査が適法といえるためには、少なくともこれを許容する就業規則その他明示の根拠に基づいて行われることを要するほか、さらに、これを必要とする合理的理由に基づいて、一般的に妥当な方法と程度で、しかも制度として、職場従業員に対して画一的に実施されるものでなければならない。

これを本件についてみるに、<書証番号略>及び証人清水靖雄の証言並びに弁論の全趣旨によれば、被告においては、本件のような引っ越し作業員の所持品検査について、これを許容する就業規則その他明示の根拠規定は存在しないことが認められる。したがって、清水の行った本件身体検査を含む本件所持品検査は、この点で既に違法であると言わざるをえない。

3  被告の主張(一)(本件所持品検査の適法性)について

(一)  被告の主張(一)(1)について

被告の主張(一)(1)の事実のうち、被告の就業規則二一条に、「保安員が必要ありと認めた場合は、その求めにより、社員はその所持品の検査を拒むことができない。」と定められていることは当事者間に争いがない。しかし、証人清水靖雄の証言によれば、右規定は、専ら危険物を車内や構内へ持ち込むことを禁じる趣旨の規定に止まるものであって、本件のような引っ越し業務において客の物品が紛失した場合、引っ越し作業員の所持品を検査する権限を営業所長にまで認める趣旨の規定ではないことが認められる。したがって、本件所持品検査が右規定に準拠し、適法なものと評価すべきであるとする被告の右主張は採用できない。

(二)  被告の主張(一)(2)について

清水が、客の佐々木から強い口調で調査の依頼を受けて、会社の信用保持を図り、顧客を納得させるために本件所持品検査を行ったことは前記二2(二)、(三)のとおりである。しかし、前記2説示のとおり、所持品検査が常に従業員の人権を侵害するおそれを伴うものである以上、単に所持品検査が企業にとって必要かつ効果的な措置であるからということだけでは、その違法性を否定することはできないから、右主張は採用できない。

(三)  被告の主張(一)(3)について

清水による本件身体検査を含む本件所持品検査の状況は、前記二2(五)及び(六)のとおりであり、原告がこれを明示的に拒否したことは認められないが、前記二2(七)のとおり、原告が翌日ただちに組合の執行委員に本件所持品検査及び本件身体検査について話すとともに、清水に対し怒りをぶつけたことを考慮すると、本件所持品検査を承諾していたとはとうてい考えられない。そして、すでに認定したとおり本件身体検査を含む本件所持品検査は、ブラインドを降ろした守衛室内で、原告の明示の同意なしにその身体に触れて行われたものであるから、その方法が妥当であったとは言い難い。したがって、被告の主張(一)(3)も採用することができない。

4 なお、原告は、本件所持品検査は、清水を先頭とする被告による組合敵視の一環として行われたもので違法であると主張する(請求原因3(二)(2))が、前記二2(三)のとおり、清水の本件所持品検査の目的は、もっぱら会社の信用保持のために行われたものであるから、右の主張は採用できない。

5  請求原因3(三)(原告の損害)について

(一)  請求原因3(三)(1)(名誉毀損)及び(2)(信用侵害)について

(1) 請求原因3(三)(1)の事実のうち、原告が昭和四〇年五月六日に被告に入社したことは当事者間に争いがない。そして、証人清水靖雄の証言と原告本人尋問の結果によれば、原告が右入社以来、無事故表彰を受けるなど優秀な社員としての評価を受けていたことが認められる。

(2) 前記二2(五)及び(六)に認定した本件身体検査をふくむ本件所持品検査の方法は、これを客観的にみると、原告が顧客の財布を窃取したとの疑いを持たれたとの印象を与えるものである。そして、前記二(三)ないし(六)に認定したところによれば、原告が本件所持品検査を受けた事実は、営業所の従業員中野や、佐藤梱包の竹内や佐藤にも知られたとみることができるから、本件所持品検査により原告の社会的評価が低下され、その名誉や同僚らに対する信用が侵害されたことは明らかである。

(二)  同(4)(プライバシーの侵害)について

前記二2(五)の認定によれば、本件身体検査により、原告が腰痛防止ベルトをしていることが暴露されたものであって、本件身体検査により、原告の私生活上の秘密保有の利益いわゆるプライバシーが侵害されたということができる。

(三)  同(2)及び(5)(自由件の侵害)について

原告が、身体検査を受けない自由や所持品携帯の自由が、就業規則や労働協約によって保障されたものであるかどうかは別として、本件身体検査を含む本件所持品検査が、原告の承諾を受けたものとは認められないことは前記のとおりであるから、これにより原告が有する身体的自由に対する侵害がなされたということはできる。

6  被告の主張(二)(被告の謝罪と原告の宥恕)について

(一)  被告の主張(二)(1)の事実のうち、清水及び矢原が、原告に対し、清水の行動が行きすぎで、適切を欠いたことは認め、「お詫び申し上げます。」と記載した書面を提出したことは当事者間に争いがない。

(二)  しかし、右の事実により、本件所持品検査の違法性が完全に消滅し、原告の受けた損害が完全に回復されたとまでいうことはできない。

(三)  被告は、原告が昭和六三年一二月下旬、矢原が謝罪した際、「所長には、詫び状とともにすまない。と謝ってもらったので何度も謝ってもらわなくて結構だ。」「わざわざ本部から出向いてもらって恐縮だ。この件は時間が解決してくれるだろう。」と述べ、また、原告は、平成元年一月二〇日矢原と面談した際、(慰謝料のことは考えていない。)と述べたので、本件所持品検査の違法性を消滅したものであると主張するのが、右事実を認めるに足りる証拠はない。

7  そして、原告が従来社内で受けていた評価、本件身体検査を含む本件所持品検査の目的・態様、その後の清水らの対応等、諸般の事情を考慮すると、原告が右5の名誉毀損等により被った精神的苦痛を慰謝するためには金三〇万円が相当である。

四以上の次第で、原告の本訴請求は、慰謝料金三〇万円の限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条本文を、仮執行宣言について同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官塩谷雄 裁判官都築政則 裁判官田中千絵)

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