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津地方裁判所四日市支部 昭和53年(ワ)80号 判決 1980年3月12日

主文

被告両名は各自原告に対し、金五八八万〇一三四円およびこれに対する昭和五三年六月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告両名の連帯負担とする。

この判決第一項は仮に執行することができる。

事実

一  当事者双方の求める裁判

(一)  原告

「被告らは、各自原告に対して金一三七三万〇三八三円およびこれに対する昭和五三年六月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。」との判決および仮執行宣言

(二)  被告ら

「原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。」との判決

二  原告の請求原因事実

(一)  原告は、次の交通事故により傷害を蒙つた。

日時 昭和五〇年九月二〇日午前三時半頃

場所 岐阜県不破郡関ケ原町大字山中八六六番地先国道二一号線

加害車 被告北川運転のトラツク自動車

被害車 原告運転の軽四輪自動車

態様 被害車の右寄正面に加害車の衝突

(二)  被告北川は無謀な追越により、漫然センターラインを超えて加害車を進行せしめた過失により、反対車線を進行していた被害車と衝突し、右事故を発生せしめた。

(三)  被告会社は、右加害車を所有し、自己のため運行の用に供していた。

(四)  右事故により被告北川は、当時五九歳であつた原告をして、頭部外傷、右頬部、鼻翼部挫創、頸椎捻挫、右前腕捻創群、の各傷害を蒙らしめ、入院(関ケ原病院、前田外科)計二六七日、通院(前田外科、長谷川外科、星野病院、四日市市立病院)計四九八日、(なおその他に昭和五四年三月以降同年七月六日までの間も自己負担で通院加療を続けているが、未だ快癒を見ていない)の加療を余儀なくさせ、これにより、原告に次の損害を与えた。

(1)  治療費 八万七六五九円

(2)  入院雑費 一三万三五〇〇円(一日五〇〇円の割による二六七日分)

(3)  眼鏡購入費 三万八〇〇〇円

(4)  事故後昭和五二年末までの減収損害 一〇八九万一二二四円

昭和五〇年一月一日から同年九月二九日までの原告所得三七六万円(一日金一万四三五一円)を基準として所得収入を差し引いた同年九月二〇日から同五一年七月二六日までの三〇二日間の四三三万四〇〇二円、同五一年七月二七日から同年一二月三一日までの一三五万三一〇七円、同五二年一月一日から同年末までの五二〇万四一一五円の合計額

(5)  慰藉料 二七四万円(前記入通院を要する傷害およびその後遺障害により現在就業困難)

(6)  弁護士費用 一〇〇万円

合計金一四八九万〇三八三円

填補額 金一一六万円

差引 一三七三万〇三八三円

(五)  被告らは、原告の本件事故による傷害が、少くとも昭和五二年四月三〇日に症状を固定している、と主張するが、原告は右以後現在まで合計金一一万一一〇一円を自ら負担して治療を継続して居り、被告らの主張は失当である。

(六)  よつて被告らに対し、右未填補損害金一三七三万〇三八三円およびこれに対する被告ら宛の訴状送達の翌日である昭和五三年六月二日からの民事法定率(年五分)による遅延損害金の連帯支払を求める。

三  被告らの答弁

(一)  原告の請求原因(一)の事実は認めるが、同(二)ないし(四)の事実はいずれも争う。原告の本件事故による傷害は、昭和五一年八月当時既に治療効果の期待し得ない状態にあり、この時点ないしは昭和五二年四月三〇日には症状が固定し、その後被害者請求により自賠責後遺障害(一四級)保険金五六万円を受領しているから、右症状固定後の各種損害は、本来後遺症による逸失利益(五パーセントの一年分)慰藉料として考えるべきであり、本件事故による損害とは謂い難い。なお原告の所得減収の主張は、その前提としての昭和五〇年度の収入を基準とすることにおいて、失当である。

(二)  仮に本件事故による被告らの責任が肯定されるとしても、右事故については、原告においてもキープレフトの原則を無視し、前方注視の義務を怠つた過失があるので、適切な割合での過失相殺が相当である。

四  証拠〔略〕

理由

一  原告の請求原因(一)の事実は争いがなく、同(二)(三)の事実は、成立に争いのない乙第一ないし第四の各号証により、これを認めることができる。被告らは右事故についての原告の過失の併存を主張するが、原告の過失を認めさせるに足る証拠はなく、被告らは連帯して、本件事故と相当因果関係のある原告の全損害を賠償すべき義務があると謂うべきである。

二  そこで以下本件事故にもとづく原告の損害について判断することとするが、証人坂野達雄の証言、原告本人尋問(第一回)の結果、成立に争いのない甲第九の一、二、第一〇、第一一、第一三、第一四、乙第七、の各号証、原本の存在および成立に争いのない甲第三の一、二、第四、第五の一、第六、乙第八、第九、第一〇の各号証、右本人尋問の結果から成立を認め得る甲第一二号証によれば、原告は、本件事故当時五九歳で仏壇商を営み、昭和四九年一月一日から同五〇年九月一九日までの間に金四八四万円(一日当り七七一九円)を下らない所得収入を得ていたものであるが、右事故により頭部外傷、右頬鼻翼部右前腕挫創、頸椎捻挫、の傷害を蒙り、直ちに関ケ原病院に収容されて一一日間の入院加療を受けた後、同年一〇月一日から同五一年六月一二日までの二五六日間四日市市内の前田医院で右傷害について入院加療を、同月一三日から同年七月二六日まで通院加療(実数三五回)を受け、更に同年七月二七日から同五二年四月三〇日まで同市内の長谷川整形外科医院で右傷害に惹起する外傷性頸部症候群の通院(実数二〇九回)治療を受けた後症状固定の診断を受け、更に同年五月二日に四日市市立病院において同症状についての診断を受けているが、右固定症状は所謂自賠法施行令後遺障害等級の第一四級程度のものと診断されておりその後現在まで各種医療機関から右症候群としての頭痛、耳鳴、右肩胸部疼痛、違和感、倦怠感、左手指知覚鈍麻等の主訴に対する治療を受け続けているものの、同五二年四月三〇日より後の四日市市立病院での受診を始め、その後の治療には抜本的効果なく、原告の主訴に伴つて対症的な治療が施されているに過ぎないこと、原告は、右治療のため前記入院中は勿論のこと、その後も昭和五二年四月三〇日の症状固定のころまで治療に専念していたため、営業に従事することができず、右事故から昭和五二年一二月末までの間の所得は僅かに九三万四〇〇〇円に過ぎず、前記各種病院および星野病院に対する昭和五二年四月三〇日の症状固定までの間の治療費として原告が自ら負担した金額は二万四四〇〇円であり、右事故によつて破損した眼鏡の購入費として金三万八〇〇〇円の支出を余儀なくされていること、の各事実を認めることができる。そうすると、本件事故と相当因果関係のある原告の損害としては、右症状固定までの治療費および眼鏡購入費合計金六万二四〇〇円、入院雑費金一三万三五〇〇円(一日五〇〇円として二六七日分)、所得減収分金三六一万二四九一円(一日金七七一九円についての昭和五二年四月三〇日までの五八九日間の四五四万六四九一円から同期間中の収入金九三万四〇〇〇円差引額)、慰藉料相当額金二四〇万円(入通院期間に相当する慰藉料金二〇〇万円および後遺障害程度に伴うそれとしての金四〇万円の合計額)および前記程度の後遺障害に伴つて通常症状固定後二年間に減収される五パーセントの金額二八万一七四三円(七七一九円の七三〇日分計五六三万四八七〇円の五パーセント)、の総合計金六四九万〇一三四円を相当と認めるべきであり、被告らは右金額から原告が既に填補されているとして差引いている金一一六万円を控除した金五三三万〇一三四円の損害を賠償すべきであり、右金額の訴追に要する弁護士費用金としては金五五万円を相当と解すべきである。

三  原告は、昭和五二年四月三〇日以降の治療、減収も本件事故と因果関係のある損害であると主張し、原告が現在尚治療を続けていることは、前示認定のとおりであり、症状固定後といえども後遺障害の残存する限り医師はこれに対する治療を続けることは当然という外ないが、後遺障害に対する治療は本来の治療ではないというべきであり、然もこれを治療と解する時は、被害者の死去に至るまで治療は継続されることとなり、不相当に損害が拡大されることとなるから、結局、症状固定時以降は、当該固定時の後遺障害を基準として慰藉料、逸失利益を考慮するのが相当である。

四  以上のとおりで、被告北川は民法第七〇九条により、被告会社は所謂自賠法第三条により、それぞれ連帯して原告に対して本件事故による原告の未填補損害として金五八八万〇一三四円とこれに対する昭和五三年六月二日以降の民事法定率による遅延損害金を支払うべきであり、原告の本訴請求は以上の限度で理由があるのでこれを認容し、その余は失当として棄却すべきである。よつて訴訟費用の負担について民事訴訟法第九二条本文第九三条第一項但書、仮執行宣言について同法第一九六条を、各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松島和成)

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