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津地方裁判所 昭和57年(ワ)111号 判決 1987年4月30日

原告

落合久

右訴訟代理人弁護士

村田正人

石坂俊雄

福井正明

伊藤誠基

被告

三秀プレス工業株式会社

右代表者代表取締役

塩原輝実

右訴訟代理人弁護士

高瀬太郎

主文

1  被告は原告に対して金五五〇万円及び内金五〇〇万円に対する昭和五五年七月七日から、内金五〇万円に対する昭和六二年五月一日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、これを四分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

4  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し金二二〇〇万円及び内金二〇〇〇万円に対する昭和五五年七月七日から、内金二〇〇万円に対する昭和六二年五月一日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  本件事故の発生

原告は、昭和五五年七月七日当時被告の従業員であつたが、同日午後九時二〇分頃、三重県鈴鹿市末広町字石垣五三五三番地の四所在の被告三重製作所において、被告の指示により被告が所有・占有する一五〇トンプレス機械(以下、本件プレス機という)を使用してクランクシャフトプーリー(以下、プーリーという)のプレス加工作業(ブランクドロー。以下、本件作業という)に従事中、本件プレス機により右手第一指から第四指までを切断してこれを喪失する傷害を負つた(以下、本件事故という)。

2  本件事故の態様

原告は、被告により光線式安全装置を不作動の状態とされた本件プレス機で、被告が指示した「寸動」によりプーリーのプレス加工作業に従事し、左手で厚さ二・〇ミリメートルの鉄板の後端を支持して前端を下金型上に挿入し、右手で押ボタンスイッチを押し、上金型を装着したスライドを下降させて打ち抜きと同時にプレス成型し、成型されたプーリーを右手で取り出し中、不意にスライドが下降して原告の右手第一指から第四指までを切断した。

3  原告の治療経過

原告は本件事故による受傷のため別表(一)記載の治療を要した。

4  被告の責任原因

被告は原告に対し、以下で詳述するように、労働契約上の安全配慮義務違反による債務不履行責任あるいは民法七〇九条、七一七条に基づく不法行為責任として、原告が本件事故で被つた損害を賠償する義務がある。

(一) 安全配慮義務違反

(1) 使用者は労働者に対し、労働契約上の本質的義務として、労働者の生命・身体・健康を保護すべき義務(安全配慮義務)を負つている。すなわち、人間の生命・身体・健康は至上の価値を有しているから、企業活動も労働者の生命・身体・健康を犠牲にすることは許されず、使用者は、労働者が労働力を提供している過程において、労働者の不注意をも予測して、労働者の生命・身体・健康に被害を発生させないよう万全の措置を講ずべき高度の安全配慮義務を負つている。本件事故発生に関する被告の具体的な安全配慮義務違反の内容は、以下(2)ないし(5)のとおりである。

(2) 本件プレス機は二度落ちや連続落ちの事故を回避できない構造上の欠陥があるので、被告は、原告にこれを使用して作業をさせる以上、単に光線式等の安全装置を取り付けておくだけではなく、徹底した安全対策として、危険限界内(金型の上型と下型との間)に手など身体の一部を入れようとしても入らないような措置あるいは手を入れようとすれば入るが作業において手を入れる必要がないような措置(いわゆるノーハンド・イン・ダイの安全化措置)を講ずべき義務があるというべきであり、具体的には、プレス後に手で製品を取り出さなくてもよいように下金型に切り込みを入れ材料で成型後の製品を押し出して取り出せるように改善を施すべき安全配慮義務があつたのに、被告はこれを怠つていた。被告が右安全配慮義務を尽していれば本件事故は発生しなかつた。

(3) 本件プレス機は、昭和五四年一一月頃被告が改造を加え、運転操作の押ボタンスイッチを片手(「右手」あるいは「左手」)のみで押しただけでは操作できず、「両手」で押さなければならなくしてしまつていたため、本件事故当時は、本件作業の如く片手で材料を支えながら片手でボタンを押してプレス作業をしなければならない場合には、「つめかまし」や「ブリッジ」などの変則的工具を使わなくてはいけなくなつていたが、このような改造を加えた以上、被告が本件プレス機で片手作業を必要とする本件作業をさせること自体が不当であり、事業者の安全配慮義務(労働安全衛生法二〇条、二七条)に違反する。

(4) 本件プレス機に右改造がされた後は、被告は原告に対し、本件作業のように片手で材料を支えながら行わなければならないプレス作業につき、いかなる作業形態で仕事をするべきであるかを具体的に指示すべき義務があつたにもかかわらず、これを怠つた。なお、右改造後、原告は、上司である係長から片方の押ボタンにつめかましをしたらよい旨を聞いたので、以後原告は片手でしか押ボタンを押せない作業の場合にはつめかましによる作業を行つてきたが、本件事故時まで誰からも右作業方法について注意されたことはなく、ブリッジを用いて作業することを指示されたことはなかつた。

(5) 被告は、労働安全衛生法一四条、労働安全衛生規則一三四条に違反し、プレス機械作業主任者にプレス機械及びその安全装置の切替スイッチの鍵を保管させていなかつた。また、被告三重製作所ではつめかましの利用が常態化しており、原告ら作業員がこれを使う時には光線式安全装置の通電を切つてもらつており、本件事故当時本件プレス機の光線式安全装置は鍵を保管していた水谷晃によつて不作動の状態にされていた。

(二) 不法行為責任

被告は、前記のとおり土地の工作物である本件プレス機につき安全装置不作動の状態で原告に就労を命じた過失等により本件事故が発生し原告が受傷したのであるから、民法七〇九条、七一七条に基づき右受傷により原告が被つた損害を賠償すべき責任がある。

5  損害 合計金二二〇〇万円

(一) 慰藉料 金二〇〇〇万円

原告は本件事故により右手第一ないし第四指を切断して喪失したが、切断自体の激痛にとどまらず、数度にわたる手術を余儀なくされたうえ、現在も切断面を走る激痛に悩まされており、実質的に就労の道を絶たれ、日常生活上も限りない不便を強いられるなどその苦痛は筆舌に尽し難く到底金銭をもつてしては償えないものではあるが、仮にこれを金銭で慰藉するとしても金二〇〇〇万円は下らない。

(二) 弁護士費用 金二〇〇万円

原告は、被告の誠意のない態度に対し本訴を提起せざるをえなくなり、原告訴訟代理人に訴訟追行を委任し、弁護士費用金二〇〇万円を支払う旨約した。

6  よつて、原告は被告に対し、債務不履行あるいは不法行為に基づく損害賠償請求権に基づき金二二〇〇万円及び内金二〇〇〇万円(慰藉料)に対する本件事故発生日である昭和五五年七月七日から、内金二〇〇万円(弁護士費用)に対する本判決言渡日の翌日である昭和六二年五月一日から各支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  請求原因2の事実中、本件事故当時原告が従事していた本件作業が厚さ二・〇ミリメートルの鉄板の後端を左手で支持して前端を本件プレス機下金型上に挿入し、右手で押ボタンスイッチを押して打ち抜きと同時にプレス成型するものであつたことは認めるが、被告が本件プレス機の光線式安全装置を不作動の状態にしたこと及び被告が原告に対し「寸動」で本件作業をするように指示したことは否認する。

3  請求原因3の事実中、原告が本件事故による受傷の治療のため、樋口外科胃腸科及びくまざわ整形外科に入院または通院したことは認めるが、入通院の期間等は知らない。

4  請求原因4は争う。

5  請求原因5の事実は知らない。

三  被告の主張

1  被告が使用者として一般的にその従業員に対し安全配慮義務を負担していること自体を否定するものではないが、従業員においても安全衛生に関する注意遵守義務があるのであつて、本件事故の如く、原告が自らの注意義務を遵守せず、使用者たる被告の業務上の指示命令に明白に違反して作業を行いこれにより負傷した場合にまで損害賠償責任を負うべきいわれはない「労働基準法七八条参照)。

被告は原告に対し、光線式安全装置の作動下で、「安全一行程」で、ブリッジを使用して作業を行うように命令指示した(現に昼勤の石田勝義はこのように作業していた)にもかかわらず、被告は右命令指示に従わず、本件事故当時、光線式安全装置を不作動にしたうえ、「寸動」操作で、作業を行つていたのであり、このような指示命令違反がなければ光線式安全装置の作動により絶対に本件事件は起らなかつたのである。すなわち、原告の業務命令違反の行為こそが本件事故を発生させたものというべきである。

原告は多年プレス作業に従事し、プレス機械作業主任者となりうる資格まで有する熟練者であり、被告から必ず光線式安全装置の作動下でプレス作業を行うように強く指示されていたにもかかわらず、これまでも度々光線式安全装置不作動の状態でプレス作業をし、再三再四上司から厳しく注意を受けていたのに、またしても右指示に反して作業をした結果本件事故を惹起したのである。被告には原告の一挙手一投足まで常時監視すべき義務がないことは明らかである。

なお、下金型に切り込みがなかつたこと(これは何ら法規に違反するものではない)からプレス成型品を取り出すためプレス機の危険限界内に手を入れる必要があつたけれども、光線式安全装置の下においては、本件事故は起こりえないし、何ら支障なく作業を遂行しえたはずである。

被告が本件プレス機に原告主張の改造を加えたのは、改定された動力プレス機械構造規格(昭和五二年一二月二六日公示、昭和五三年一月一日施行)四三条一項及び二項に従つたもので、法規に準処する処置であり、被告は右改造後十二分にその旨を原告ら作業員に伝え機械操作の指導をしていた。

2  仮に、本件事故につき被告が損害賠償責任を免れないものとしても、その賠償額算定に際しては前述のような原告の重大な過失が十分に斟酌されるべきである。

四  被告の主張に対する原告の認否と反論

1  被告主張はいずれも争う。

2  被告は原告がブリッジを使用して作業すべきであつた旨主張するけれども、原告が被告からブリッジを使用して作業するように指示されたことはなかつた。のみならず、被告は原告ら従業員に対してブリッジを支給したことがなかつたばかりでなく、ブリッジの使用を禁じており、これを見つけるとすぐに取りあげていた。原告はブリッジを持つておらず、ブリッジを使用していた石田勝義も保全係から取り上げられるのを防ぐためブリッジを本件プレス機の下に隠していた程である。

3  本件において、過失相殺を行うことは許されない。すなわち、民法の定める過失相殺制度は、実質的に対等な市民相互の損害賠償請求において社会における損失の公平妥当な分担を図るという見地から被害者が社会的に非難されるべき過失があつた場合にそれを具体的に考慮して実質的に公平な解決を図る点にその存在意義があるというべきところ、労働災害における使用者とこれに従属する労働者との関係は実質的に対等な市民相互の関係とは本質的に異なり、労働災害の発生につき労働者に不注意があつたとしてもそれは社会的に非難されるべき過失とはいえず、過失相殺を適用することは許されないというべきである。本件において原告が社会的に非難されるべき点はないから、過失相殺の対象とされる過失はない。

なお、法定補償(労働者災害補償保険法上の補償)や被告の企業補償は原告の本訴慰藉料請求に対する補填を含むものではない。

第三  証拠<省略>

理由

一原告が昭和五五年七月七日当時被告の従業員であり、同日午後九時二〇分頃、三重県鈴鹿市末広町字石垣五三五三番地の四所在の被告三重製作所において、被告の指示により本件プレス機を使用してプーリーのプレス加工作業に従事していたこと、その作業は左手で材料の厚さ二・〇ミリメートルの鉄板の後端を支持して前端を本件プレス機の下金型上に挿入し、右手でボタンスイッチを押し上金型を装着したスライドを下降させて打抜きと同時にプレス成型し、成型されたプーリーを右手で取出すというものであつたこと、原告は右作業中本件プレス機により右手第一指から第四指までを切断してこれを喪失する傷害を負い(本件事故)、その治療のために樋口外科胃腸科及びくまざわ整形外科に入院又は通院したこと(その期間等については争いがある)は、当事者間に争いがない。

二右当事者間に争いのない事実、<証拠>を総合すると、以下の事実が認められる。

1  原告(大正一五年七月二一日生)は、昭和四五年一二月臨時工として被告に就職し、初めてプレス機械の操作を経験して以来、昭和四七年一〇月本工となり本件事故に至るまで本件プレス機を含む三台の一五〇トンプレス機を用いてブランクやブランクドローなどプレス作業に従事し、その間昭和五一月二月にはプレス機械作業主任者技能講習を終了し同主任者となりうる資格を取得した熟練者であつた。

2  本件プレス機(ワシノ機械株式会社製PU×一五〇)は運転方式切換スイッチに「寸動」・「一行程」・「安全一行程」・「連続」の切換ノブが、運転操作スイッチに「左手」・「両手」・「右手」・「足踏」の切換ノブがついており、元来はこの両スイッチを組み合わせることによつて右手運転ボタンによる「寸動」や「安全一行程」の作業ができる機構になつていたところ、動力プレス機械構造規格が改正された(昭和五二年一二月二六日労働省告示第一一六号、昭和五三年一月一日施行)ことから昭和五三年頃被告が本件プレス機に改造を施し、両手運転ボタンスイッチによる「寸動」(運転ボタンを押している間だけスライドが運転し、放せば直ちに停止する)、「安全一行程」(下降行程は寸動操作にて下降するが、下死点わずか前の約二、三ミリメートルからは運転ボタンスイッチを放しても自動的に運転を続け上死点において停止する)及び「連続」(運転ボタンスイッチを一度押せばスライドは連続運転を行い、連続停止ボタンスイッチを押すと上死点において停止する)という三つの運転方式による作業しかできなくなつた(片手で運転ボタンスイッチを押して作業することができなくなつた)。また、本件プレス機には光線式安全装置が取付けられており、プレス機械作動中にプレス機械の危険限界内に手など身体の一部が入り同安全装置の光線を遮つた時には、直ちに自動的に機械の作動を停止し、事故の発生を未然に防止する機能が付加されていた。

3  本件事故当時原告が命じられていた作業は、本件プレス機を用いて材料である鉄板(厚さ二・〇ミリメートル、長さ約一メートル、幅二十数センチメートル)からプーリー数個を作るものであるが、この作業は左手で鉄板の後端を支持しつつ材料の先端を下金型上に挿入したうえ、上金型を装置したスライドを一回下降させて打抜きと同時にプーリーをプレス成型し、危険限界内にある成型されたプーリーを右手で取り出した後、再び左手で鉄板を前に押し出して同様の作業を繰り返すものであり、片手で材料を支えなければならないため、作業の性質上必然的に他方の手だけでしか運転ボタンスイッチを押すことができないものであつた(本件作業)。

4  被告は本件プレス機に右改造を施した後、原告を含め従業員全員に対し、一般的な注意事項として必ず光線式安全装置を作動の状態にしたうえ「安全一行程」でプレス機械を使用すること及び金型取付時に必要な微調整以外は「寸動」で作業をしてはならないことを常々指示命令していた。ところが、原告は、右改造に反感を持ち被告の指示に反して、本件作業のように片手で材料を支える必要がある作業の場合には光線式安全装置を不作動の状態で「寸動」によるプレス作業をしていたため、上司らからしばしば光線式安全装置を作動させて作業をするように強く注意されていたが、そのような作業方式でも本件プレス機がいわゆる二度落ちとか連続落ちと呼ばれる事態が生じない限り人身事故が起こらない機構になつているため、原告は右注意を全く聞き入れようとせず頑固に自己の右作業方法を堅持してそれを変更せず、被告の上司らも停年間近の年輩者であり、かつ熟練者である原告のこのような態度に接して個人的注意の限界を感じ、本件事故当時においては本件作業のように片手で材料を支える必要がある作業につき原告が光線式安全装置を不作動の状態にしたうえ「寸動」で作業をしていてもこれを黙認するような状態になつてしまつた。

5  本件事故当日、昼夜二交替制の昼間勤務(午前八時から午後五時)として本件プレス機で原告と全く同一の本件作業をしていた石田勝義は、被告の指示に従つて、光線式安全装置を作動させたうえ、左手で鉄板を支えながら、左右の運転ボタンスイッチに「ブリッジ」と呼ばれる簡易な工具を渡してその中央を右手で押して左右の運転ボタンスイッチを同時に押し(結局、両手で左右の運転ボタンスイッチを押したと同じ効果を生じさせ)、「安全一行程」による作業をしていた(この作業方法の場合、プレス成型品を取り出す時に光線式安全装置の光線を遮ることになつても、同装置に具備されている上昇無効装置により作業能率の上で不都合が生じない)。被告は本件作業のように片手だけで運転ボタンスイッチを押さなければならない場合のためにブリッジを作業員に支給していなかつたので、石田勝義は自分で作つたブリッジを使用しており、勤務時間終了時にはブリッジを本件プレス機の下に置いて帰つた。

6 原告は本件事故当日夜間勤務(午後八時から習朝午前五時)として出勤し、作業開始にあたり上司から本件作業を行うことを指示されたので、運転方式切替スイッチを「安全一行程」から「寸動」に替え、本件プレス機の光線式安全装置の鍵を保管している上司に頼んで光線式安全装置を不作動の状態にしてもらい。左手用の運転ボタンスイッチを押したうえボタンと機械の本体との間に鉄片を差し込んで左手運転ボタンを押し続けている状態にした(このような方法は「つめかまし」と呼ばれ、被告の禁止にもかかわらず、原告に限らず被告三重製作所従業員はしばしばこの方法を使つていた。なお、光線式安全装置を作動させたうえつめかましによる「寸動」で本件作業を行うと、多くの場合プレス成型されたプーリーを取り出す際に光線式安全装置が作動してしまうので、再び本件プレス機を作動させるためには一度運転ボタンのつめかましを外して運転ボタンスイッチを全部切つた状態にして光線式安全装置の作動状態を解除しなければならず、著しく作業能率が低下するため実際上採用できない。また、つめかましを用いて安全一行程で作業をする方法も、安全一行程は、行程が終つてスライドが上死点に戻つた後再び作業を開始するためには、左右の運転ボタンスイッチを一度全部切つた状態にしない限り作動しない仕組みになつているので、一行程ごとに毎回つめかましの鉄片を取り出さなくてはならず、これまた作業能率の点で実際上採用できない)、そして、左手で材料の鉄板を支えつつ、右手で右手運転ボタンスイッチを押すという方法で本件作業を続けていた(左手運転ボタンスイッチはつめかましにより常時押し続けている状態になつている)。

7  同日午後九時二〇分頃、原告は右のような作業方法で材料鉄板から一個目のプーリーをプレス成型してこれを取り出し、続いて二個目をプレスするために左手で材料鉄板を前に押し下金型上に設置したうえ右手で右手運転ボタンスイッチを押してスライドを下降させて二個のプーリーをプレス成型した後右手を運転ボタンスイッチから放して成型されたプーリーを取り出そうとしてこれに右手を掛けた途端、右手運転ボタンスイッチの戻りが不良でスイッチを入れた状態が継続し(運転ボタンスイッチとプレス機本体との間に異物が挾つたため、運転ボタンスイッチが押されたままになり、本来は手を放せば押していなかつた状態(スイッチを切つた状態)に戻るべきところが戻らなかつたものと推測される)、スライドが停止せずに上死点まで上昇後下降して原告の右手をプレスしてしまい、その結果原告は右手第一指から第四指までを切断する傷害を負つた(レントゲン写真によれば、原告の右手は、第一指の末節骨及び基節骨、第二指の中手骨の半分、第二指から第四指までの各末節骨、中節骨及び基節骨をそれぞれ喪失している)。なお、本件事故後の点検によれば、本件プレス機の光線式安全装置は正常な状態にあつた。

8  原告は本件事故後直ちに樋口外科胃腸科へ自動車で運ばれて右負傷につき診療を受け、同日から同年八月六日まで入院し、更に翌七日から昭和五七年二月四日までの間は、くまざわ整形外科において別表2ないし12欄記載のとおり入院又は通院して治療を受けた。また、原告は本件事故直後の昭和五五年七月一一日被告から見舞金二万円を受け取つたほか、被告から入院の期間中は労働者災害補償保険による給付以外に定期的に休業損害を填補する会社補償を受けた。原告は、本件事故前は自動車を運転して通勤していたが本件事故により自動車の運転が出来なくなり公共交通機関の利用は不便であることを理由に昭和五七年八月五日付で依願退職した(もつとも、被告従業員の停年は原則として五五歳であつた。なお、原告は現在では自動車を運転している)。

9  本件事故発生の翌々日である昭和五五年七月九日、四日市労働基準監督署の労働基準監督官二名が被告三重製作所に臨場調査し、被告に対し、次の(一)ないし(四)の事項につき改善措置をとるよう指導し、(五)の事項は労働安全衛生法一四条、労働安全衛生規則一三四条に違反するので是正するように勧告した。

(一)  運転方式切替えスイッチの鍵は、光線式安全装置の切替えスイッチの鍵と共に、プレス機械作業主任者が保管することとし、切替えは係長等の立会いの上で行うこと。

(二)  両手押ボタン、「安全一行程」の安全装置の機能を失わせるような作業方法はとりやめ、また「寸動」は金型調整時にのみ使用するようにすること。

(三)  プレスの点検体制・点検内容を強化し、押ボタンスイッチが異物等の混入などにより、押されたままの状態になることがないよう万全の注意をすること。

(四)  プレス機械には、二重、三重の安全装置を取りつけ、金型内に体の一部が入らないような型式にするよう努めること。

(五)  プレス機械作業主任者にプレス機械の切替えスイッチの鍵を保管させていないこと。

被告は右指導に従つて本件事故と同じような事故の発生を防止するため、本件プレス機を含むすべてのプレス機械の運転ボタンスイッチにゴムのカバーを取りつけてボタンスイッチと機械本体との間に異物が混入できないように改良し、また、本件プレス機の下金型に取り付けられたはね上がり防止装置に切り込みを入れることにより、プレス成型後のプーリーを手を危険限度内に入れて取り出すことなく、左手で支えている材料の鉄板でこれを押し出して取り出すことができるように下金型を改善した。

三ところで、使用者は、不法行為規範(民法七〇九条)として従業員に対しその生命・健康等に損害を生じさせないよう注意すべき義務を負つているだけでなく、雇傭契約に基づく法律関係の付随義務として、業務遂行のために設置すべき場所、施設もしくは器具等の設置管理又は従業員が使用者もしくは上司の指示のもとに遂行する業務の管理にあたつて、従業員の生命・健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務を負つている(最高裁判所昭和五〇年二月二五日第三小法廷判決・民集二九巻二号一四三頁参照)。

そこで、これを前記認定事実に照して検討するに、本件作業は危険限界内に手を入れてプレス成型されたプーリーを手で取り出すものであり、運転ボタンスイッチの戻り不良等によるスライドが誤つて下降した場合危険限界内で作業中の手など身体の一部を損う危険があつたから、被告は従業員たる原告に対して光線式安全装置を具備している本件プレス機を用いて本件作業をさせる場合には、①必ず光線式安全装置の作動の下に作業を行なうことを、原告に対して徹底すべき注意義務、また②本件事故後被告が改善したように、運転ボタンスイッチとプレス機械本体との間に異物が混入して運転ボタンスイッチの戻り不良が生じることがないようにするとともに、プレス成型された製品を手で取り出さなくとも、下金型に取り付けられたはね上がり防止装置に切り込みを入れて材料等で押し出せるようにすべき注意義務があつたにもかかわらず、これらを怠り、①原告に対し光線式安全装置の作動下でプレス作業を行うことを徹底させず、本件プレス機の光線式安全装置の鍵を保管している上司が、原告の依頼により右装置を不作動の状態にし、その状態で危険限界内へ手を入れる危険な行為を伴つた本件作業を原告が行うことを容認し、また②右改善がなされていない本件プレス機及び金型を使用して本件作業を行うことを命じたため、本件事故が発生し、原告は右手第一指から第四指までを切断される重傷を負い、前記認定のとおり長期間入院・通院を余儀なくされ、また右手第一指から第四指までの喪失により社会生活のみならず日常生活においても様々な制約を受けるに至つたのであるから、被告は本件事故による右の如き原告の肉体的・精神的苦痛につき不法行為責任及び債務不履行責任として原告に対し慰藉料を支払うべき義務がある。

四しかしながら、前記認定のとおり、原告は被告から必ず光線式安全装置を作動の状態にしたうえでプレス機械を使用しなければならないこと、金型の取付時に必要な微調整以外は「寸動」で作動をしてはならないことを常々指示命令されていたにもかかわらず、右指示命令に従つていなかつたこと、本件事故当日の昼間勤務として本件プレス機で原告と全く同一の本件作業をしていた石田勝義は、被告の指示に従い、光線式安全装置を作動させたうえ、ブリッジを用いて「安全一行程」による作業をしていたが何ら作業に支障を生じていなかつたこと、原告は多年にわたり本件作業の如きプレス作業に従事し、プレス機械作業主任者となりうる資格まで有する熟練者であつて、石田勝義の右作業方法(光線式安全装置の作動・ブリッジ・安全一行程)と自分の行つていた作業方法(光線式安全装置の不作動・つめかまし・寸動)とを比較すれば、前者の方が作業能率の点で多少劣るところがあるとしてもはるかに安全性が高いことを十分認識しえたこと、原告が石田勝義のしていた作業方法によつて本件作業をしていれば「安全一行程」の機構上からも(押ボタンスイッチを押し続けていてもスライドは上死点で停止する)、また光線式安全装置の機能からも、本件事故は発生していなかつたことなど本件事故発生につき原告にも重大な過失があるので、これらの事情を含め本件にあらわれた一切の事情を総合勘案すると、被告が原告に対して支払うべき慰藉料は金五〇〇万円と定めるのが相当である。

また、原告が弁護士である原告訴訟代理人に本件訴訟の提起と遂行を委任し報酬の支払を約したことは、弁論の全趣旨によつてこれを認めることができ、本件事案の難易、審理の経過及び本訴認容額その他本件にあらわれた一切の事情を参酌すると、被告の原告に対する不法行為責任として本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は金五〇万円と認めるのが相当である。

五よつて、原告の本訴請求は、被告に対し右損害金合計五五〇万円及び内金五〇〇万円(慰藉料)に対する不法行為の日である昭和五五年七月七日から、内金五〇万円(弁護士費用)に対する本判決言渡日の翌日である昭和六二年五月一日から各支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官庵前重和 裁判官下澤悦夫 裁判官鬼頭清貴)

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