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津地方裁判所 平成2年(ワ)224号 判決

原告

仲井義富

宗村きむ子

宗村信一

辻眞一郎

辻はつ子

碓井利光

龍川納

龍川敏子

山口吉輝

山口みつ

石田美津栄

石田登志栄

池渕直一

小菅康次

岩佐照子

上野千鶴子

上野政子

右原告一七名訴訟代理人弁護士

山口貞夫

右訴訟復代理入弁護士

出口治男

被告

株式会社伊勢の郷

右代表者代表取締役

西口秀嗣

被告

株式会社丸二

右代表者代表取締役

西口秀嗣

被告

西口秀嗣

薮谷勝利

太田利一郎

辻嘉紀

右被告六名訴訟代理人弁護士

樋上陽

室木徹亮

主文

一  被告らは原告らに対し、各自、別表一「認容額一覧表」の「認容額合計」欄記載の各金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その二を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、主文第一項の認容額の三分の二の限度において、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  原告らの請求

被告らは、各自、原告仲井義富に対して金五三〇〇万円、同宗村きむ子に対して金四二〇〇万円、同宗村信一に対して金四七〇〇万円、同辻眞一郎に対して金五〇〇〇万円、同辻はつ子に対して金一〇〇〇万円、同碓井利光に対して金五五〇〇万円、同小菅康次に対して金五〇〇〇万円、同龍川納に対して金五三〇〇万円、同龍川敏子に対して金一〇〇〇万円、同上野千鶴子に対して金四九〇〇万円、同上野政子に対して金一〇〇〇万円、同山口吉輝に対して金五一〇〇万円、同山口みつに対して金一〇〇〇万円、同石田美津栄に対して金四七〇〇万円、同石田登志栄に対して金一〇〇〇万円、同岩佐照子に対して金四九〇〇万円、同池渕直一に対して金五一〇〇万円をそれぞれ支払え。

第二  事案の概要

本件は、有料老人ホームに入居した原告らが、ホームの施設・サービス・経営状況等が不十分であり、老後を託することができないものであるとして同ホームを退去し、そのホームの設置経営者に対し不法行為もしくは債務不履行に基づいて、その親会社及び役員らに対し不法行為、債務不履行もしくは取締役の第三者に対する責任に基づいて、慰謝料その他の損害の賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  当事者

(一) 被告株式会社伊勢の郷(以下「被告伊勢の郷」という。)は、昭和五八年一一月に資本金五〇〇〇万円をもって設立された会社であり、老人福祉法二九条にいう有料老人ホーム「伊勢の郷」(以下「伊勢の郷」という。)の設置者である。

(二) 被告株式会社丸二(以下「被告丸二」という。)は、昭和四七年に設立され、土木、鉄工業、ホテル旅館経営、ゴルフ場開発等の事業を目的とする会社であり、被告伊勢の郷の株式の大部分を自社もしくは自社取締役名義で保有している親会社である。

(三) 被告西口秀嗣(以下「被告西口」という。)は、右被告丸二及び被告伊勢の郷の代表取締役をしており、両会社を実質的に経営しているものである。

(四) 被告薮谷勝利は被告伊勢の郷の監査役及び被告丸二の取締役に、被告太田利一郎及び被告辻嘉紀はいずれも被告伊勢の郷及び被告丸二の取締役に就任している。

その各役員の就任期間は次のとおりである。

氏名 被告丸二の就任期間

被告伊勢の郷の就任期間

被告西口

昭和四八年五月三一日〜現在

同五八年一一月二日〜現在

被告薮谷

昭和五〇年五月三一日〜現在

右同

被告太田

昭和五〇年一二月一五日〜現在

右同

被告辻

昭和五七年三月一一日〜現在

右同

(五) 原告ら

原告らは、被告伊勢の郷との間の入居契約に基づいて別紙四「入・退去日一覧表」の「入居日」欄記載の日にそれぞれ伊勢の郷に入居し(最初の入居者は昭和六一年三月)、同「退去日」欄記載の日に退去した(最後の退去者は平成二年九月)。

また、原告らの年齢(平成二年一二月現在)、居室番号、同居者等は別表二「入居者一覧表」記載のとおりである。

2  伊勢の郷の施設の概要

(一) 所在

伊勢の郷は、三重県伊勢市並びに松阪市の中心部からいずれも車で約二〇分の位置にある同県多気郡明和町大字有爾中字権現五七九番地七にあり、伊勢カントリークラブと隣接し、その周囲が丘陵、山林、田園に囲まれた閑静な地域にある。

(二) 敷地及び建物の構造

敷地面積は約三万三〇〇〇平方メートルであり、建物は鉄骨造陸屋根九階建で建物面積は約一万八六〇〇平方メートル、その他日本庭園、茶室、二階建ゲートボール場等の建物がある。

(三) 部屋数

老人ホーム用の居室は、広さによりAタイプからIタイプまで分けられ(最も多いCタイプは40.92平方メートル)、二階の一部から七階までの間に二五八室ある。その他の一般施設としてのホテル部門が建物の東面の二階、三階の各一部に二四室ある。なお、居室はすべてバストイレ、洗面流し台完備であり、全館冷暖房完備、消化設備が設置されている。

(四) 屋内施設

館内は車椅子でも自由に移動できる動線構造となっている外、健康管理施設としては診療所、リハビリセンター、トレーニングセンターに薬草温泉、天然温泉、滝風呂、サウナ等を備えた大浴場がある。

文化教養娯楽施設としては、映画、カラオケ、民謡、講演等ができる大ホール、家庭菜園、茶室、囲碁将棋ができる娯楽室、ラウンジ、屋内ゲートボール場、陶芸窯等がある。

そして、館内には、エレベーター二基、入居者専用食堂がある。

3  本件入居契約

(一) 原告らと被告伊勢の郷は、別表「入・退去日一覧表」の「契約日」欄記載の日にそれぞれ入居契約を締結し(以下「本件入居契約」という。)、原告らは、それに基づき別表三「支払金一覧表」記載のとおり、入居金、終身同居利用の権利金及び特別会員権の権利金(以下「入居金等」という。)を支払った。

(二) 原告らの居室番号、氏名、年齢、同居者の有無、同居者の続柄、入居前の居住地等は、前記別表二に各記載のとおりである。

(三) 本件入居契約の内容

(1) 本件入居契約書第一条には、本契約の目的として、被告伊勢の郷は入居者(乙)が「心身共に充実安定した生活を送ることができるように乙に対し、目的施設を終身利用させること、及びこれに伴いこの契約の定める各種サービスを提供する。」と定められている。

(2) 施設

ア 本件入居契約書に記載されている施設は次のとおりである。

①各入居者の個室 ②敷地 ③食堂 ④エレベータ ⑤集会室 ⑥その他の共有部分 ⑦薬草温泉大浴場 ⑧大広間 ⑨二階建ゲートボール場 ⑩茶室 ⑪日本庭園

イ 本件入居契約に際して、口頭、パンフレット、広告等によって約束された施設は次のとおりである。

① 福祉施設……有料老人ホーム二五八ルーム

② 一般施設……ホテル部門 二四ルーム

③ 健康管理施設……診療所、リハビリセンター、トレーニングセンター

④ その他……薬用温泉大浴場、茶室、日本庭園、遊歩庭園、二階建ゲートボール場、ゴルフ練習場、フィッシングセンター、陶芸窯、家庭菜園、野外運動施設、コインランドリー設置

子供の村、理美容室、売店

(ただし、子供の村、理美容室、売店、ゴルフ練習場について、その設置時期については後記のとおり争いがある)。

(3) サービス

ア 本件入居契約書に記載されているサービスは次のとおりである。

① 施設の管理・運営。② 健康管理・医師・看護婦の配置。③ 治療看護。④ 給食。⑤ 生活相談・助言。

イ 本件入居契約に際して、口頭もしくは書面によって約束されたサービスは次のとおりである。

① 健康管理・医師・看護婦の配置・治療看護について

a 年一回の精密検査、月一回の定期検査等を行なう。

b 毎日の健康状態を知るためのカルテ、健康手帳を作成して健康管理、食事、運動指導等を実施し、予防医療の充実を図る。

c 診療所を設置して、医師・看護婦・理学療法士・ヘルストレーナーを常駐させて医療にあたる。病気になった場合の治療介護体制に万全を期する。

d 病院と提携して入院できるようにする。

② 食事

高齢者向きにベテランの栄養士・調理師が低カロリー、低脂肪、減塩を配慮した豊富なメニューを毎日そろえ、自由に献立を選べるようにする。医師から指示された場合、治療食も行なう。

③ ゲストルームとして二四室のホテル部門を設け、入居者の訪問者にかぎり一泊二〇〇〇円で宿泊できるようにする。

④ 伊勢の郷から松阪市及び伊勢市に毎日定期的にバスを運行する外、入居者は随時バスを利用できる。いずれも無料とする。

⑤ その他、快適な日常生活を送るのに必要な諸々のサービスを提供する。

(4) その他

ア 入居者は、被告伊勢の郷が別に定めるところに従い、毎月管理費、食費等を支払う。管理費、食費等の額は物価の変動又は人件費の増減等に応じ改訂できる。

イ 意見交換の場として、被告伊勢の郷は運営懇談会を設置する。

ウ 入居資格は、原則として五五歳以上の者で、入居時自分で身の回りの世話ができる程度の健康状態であることが必要である。

エ 入居金は、部屋のタイプにより約一六〇〇万円から約二五〇〇万円であり、入居後一五年を経過して退去する場合は全額返還する。ただし、一五年未満で退去する場合は入居金の六五パーセントを返還する。

オ 入居者は、入会金二五〇万円を支払うことにより、建物内の大浴場、大宴会場、日本庭園、茶室、ゲートボール場等の施設を利用できる特別会員たる資格を有する。ただし、この会員権は入居契約解除の場合にも効力を存続し、したがって、退去時に金員の返還はしない。

原告らは、すべて特別会員の入会金を支払った。

カ 契約期間は終身である。

4  原告らの退去に至る経緯

(一) 被告伊勢の郷は、事業計画の予測と異なり、満室時の二五八室のうち、平成二年一月現在(開業から約四年後)一七室二三名が入居したに止まった。

(二) 被告伊勢の郷は、投資した事業資金の金利、人件費、管理費等を賄うのに困難な状況となった。

そこで、被告伊勢の郷は訴外武山総合開発株式会社(以下「訴外武山総合開発」という。)との間で、平成元年四月ころ、原告らの入居している部屋を除いた建物に区分所有権を設定し、これを譲渡もしくは担保に供するおおよその合意が成立した。

(三) 被告伊勢の郷は、伊勢の郷の建物(五七九番七)のうち、まず機械室が平成元年七月に区分されて五七九番の二となり、次いで同年一〇月一六日に五七九番七から同番七の三ないし一八三を区分する登記をなした。

(四) 原告らは平成二年一月一六日、津地方裁判所松阪支部に対し、伊勢の郷の建物の一部について、処分禁止の仮処分の申請を行い、同月二三日その旨の決定を得て登記を了した。

(五) 平成二年二月から同年四月まで原告らを含む入居者と被告らの間で交渉が持たれ、同年四月五日、入居金全額と同居権利金及び特別会員権利金の返還について和解が成立した。右和解に基づき同年四月一二日、被告伊勢の郷はその全額を入居者に返還し(別表七「入居者返還金一覧表」記載のとおり)、この外仮処分に要した費用ということで入居契約者一人当たり六〇万円の金員を支払った。

その結果、右仮処分の登記は抹消され、訴外武山総合開発との合意に基づき、伊勢の郷の建物の大部分が譲渡された。

(六) 原告らは伊勢の郷から順次退去したが、その年月日は別表四「入・退去日一覧表」に記載のとおりである。

二  争点

1  被告らの不法行為責任の成否

2  被告伊勢の郷の債務不履行責任(予備的主張)の成否

3  被告伊勢の郷を除く被告らの商法二六六条の三の責任(予備的主張)の成否

4  被告伊勢の郷を除く被告らについて、法人格否認による責任(予備的主張)の成否

5  損害の範囲及び金額

三  争点についての当事者の主張

1  不法行為責任について

(原告ら)

(一) 被告らは、居室数二五八、定員四一三名という大規模な有料老人ホームを経営するに足る能力・経験も財力・信用もないまま、杜撰な事業計画のみで「伊勢の郷」を開設したため、発足の当時から入居者募集計画ならびに資金計画の両面においてすでに破綻を生じ、早晩経営が行き詰まることが明らかな状況にあったのに、そのことを知りながら、もしくは容易に知り得たにもかかわらず、右事実を秘してあたかも伊勢の郷の経営は安泰で、安心して老後を託すことができ、医療その他の行き届いた広範なサービスが生涯にわたって受けられるなどの、誇張あるいは虚偽の宣伝文句をならべて入居を勧誘し、その旨誤信した原告らをして本件入居契約を締結させた。

(二) 伊勢の郷は、定員の五パーセント程度の入居者を獲得し得たに止まったため、大幅な赤字に終始し、事業計画に予定されない六〇億円以上にのぼる債務を開業一年以内に負うに至り、借入金の利息すら支払えない状況が続き、従業員の給料の支払も遅れたため、従業員が相次いで辞めていく事態となり、次のとおり、医療をはじめ種々のサービスは質量共に著しく低下し、設置されるべき施設は不完全なものであった。そのため、原告らに対して長期間にわたる苦痛をもたらした。

(1) サービスについて

ア 医療態勢について

(a) 常勤医師については休診日が多い上、医師そのものが変動して定まりなく、およそ高齢者が安心して健康を委ねるに足る主治医がいるとはいえない。(b) かつて看護婦が六名揃ったことはない。(c) 夜間当直の医師・看護婦もいない。(d) 三人の非常勤医師もいない。(e) 歯科医師もいない。(f) 理学療法士やヘルストレーナーもいない。(g) 提携病院もない。(h) 大学名誉教授が顧問であるとのふれ込みは全く虚偽であった。

イ 食事について

食事の質が低下していったため、給食利用者は減少の一途をたどった。

ウ 職員の頻繁な交替と不足

辞めていく職員が後を断たず、習熟しない職員が多いためサービス全体の低下につながった。入居者にとって、不慣れな職員との接触は意に反する苦痛を強いられた。

また、ソシアルワーカー、ケースワーカーは配置されておらず、寮母、事務職員等の数も宣伝よりはるかに少なく、相談・助言にあたる担当者がいなかった。

エ 被告らは平成二年四月二九日以降、松阪市・伊勢市間の定期バスの供与を拒否した。

オ 運営懇談会は設置されなかった。

(2) 施設について

ア 理美容室、日用雑貨医薬品の売店、ゴルフ練習場、子供の村はなかった。

イ ゲートボール場は六面あって雨の日もできるとされていたが、実際には三面だけで雨の日は使用できないものであった。

ウ テニスコートは使用に耐えないものであった。

エ 家庭菜園は、あまりにもお粗末でほとんど使用されなかった。

オ 茶室、日本庭園は、入居者用というよりは、被告らの社交場として利用されていた。

(三) さらに、内外から伊勢の郷の倒産、身売り等の情報が伝わり、伊勢の郷の建物の大部分は区分・譲渡される状況となり、これらについて被告らは適切な説明を行なわないままであった。そのため、原告らは堪え難い不安に陥った。

(被告ら)

(一) 原告らの主張する経営能力の不足、経営者としての資質の欠如、社会的信用に関する疑問は、いずれも原告らの主観的な判断ないし意見にすぎず、これらは不法行為の過失を構成しない。また、伊勢の郷の経営は結果的には失敗に終わったが、被告伊勢の郷の代表者である被告西口は、昭和四六年ころから老人ホームの建設の計画を暖め、昭和四八年から昭和五三年にかけて老人ホームとしては立地条件に優れた約一〇万平方メートルの土地を取得し、長期間にわたる市場調査と準備をかけて計画を練り、金融面についても各融資機関からの厳しいチェックを受けた上で経営を開始したのであり、事業計画の策定にあたっての過失は存しない。

ホーム入居者の見込みについても、老人人口の増加、伊勢の郷の立地条件、入居金の返還制度、医師常駐の診療所の設置、施設、広告協力者の存在等から入居者の確保について自信を持っていたのであり、入居者が採算ラインを割る事態を予見することは困難であった。

資金の点に関しても、入居者からの入金以外に、伊勢の郷に併設した健康ランド等の一般利用者からの収入五億九〇〇〇万円を見込んでいたのであり、運営資金について問題が生じることを予見することは困難であった。したがって、本件入居契約締結の当時、伊勢の郷の経営が結果的に失敗することを予測することは極めて困難であり、被告らにおいて入居契約の勧誘につき違法性並びに故意過失は存しない。

(二) 被告らの予測に反して入居者が少なく、資金繰りが逼迫していたことは事実であるが、少なくとも原告らが伊勢の郷の建物等に仮処分をなした平成二年一月までは、次のとおり、入居者に対する処遇に基本的な変化はなく、サービスの質が低下した事実もない。

(1) サービスについて

被告伊勢の郷は、本件入居契約で約束したサービスの基本的な部分をすべて提供した。原告らが主張するサービスの程度は、原告らの抱く不満の一〇〇パーセントを満足させることを求めるものであるが、かかる給付はありえず、債務の内容ではありえない。

ア 確かに各サービスのうち、医師・看護婦の配置について若干の不足はあったが、その勤務状況は乙一三号証の一(診療所職員一覧表)記載のとおりであり、かかる程度の不足が債務不履行責任の対象になるとはいえない。そこに多少の不足はあったとしても、入居者の実情に合った態勢を維持してきており、かつ入居者に実害を与えておらず、債務の本旨に従った履行がなされていた。

イ また、提携病院についても、その時点で提携契約を行なった病院はないが、山田赤十字病院、伊勢市立総合病院と交渉して、必要なときは何時でも引き受ける旨の言質を得ていた。

ウ 生活相談、助言についても、ケースワーカーがいなかった時期もわずかにあるが、ほとんどの期間配置していた。

エ その他、車による送迎についても、それは何時でもという意味ではなかったはずである。

オ 二年間に二五八室を入居者で埋めることも、あくまで努力目標であって、それを前提として事業計画を立てていたのではない。

(2) 施設について

被告伊勢の郷は、本件入居契約で約束した原告ら主張の施設を現実にほとんど提供しており、契約条項に違反した事実は存しない。ただ、設置されなかったものは左記の事情による。

ア ゴルフ練習場、理美容室、売店及び子供の村は設置されていないが、これらは伊勢の郷の付随的な特別施設であり、入居者の数により将来設置される予定のものであって、そのことを原告らも予め了承の上で本件入居契約を締結している。

イ ゲートボール場については、開業時から昭和六一年七月まで一階に雨天でも使用できるゲートボール場五面、二階に五面があったが、一階を温泉プールとクラッシュカート場に改造し、二階の二面をテニスコートに改造したものである。

ウ 原告らの主張する「テニスコートは使用に耐えない」、「家庭菜園はお粗末」、「茶室・日本庭園は被告らの社交場」との主張は要するに主観の問題であり、使用するか否かは原告らの意欲の問題であり、被告らはその使用を開放していた。

(三) 原告らが伊勢の郷の建物の区分登記により不安を感じたとしても、現実には、右区分登記は訴外武山総合開発に負債を肩代わりさせて伊勢の郷の経営を健全化し入居者を守るためにしたことであり、実際に被告伊勢の郷はそれ以降は無借金の状態となり、経営を継続し得た。したがって、原告らの不安は誤解に基づくものである。

2  被告伊勢の郷に対する債務不履行責任について

(原告ら)

被告伊勢の郷は、原告らと本件入居契約を締結し、前記争いのない事実3のとおりの施設及びサービスの提供を約束した。

しかるに、被告伊勢の郷は、前記のとおり、債務の本旨に従った履行、すなわち高額の入居金等を徴したことに見合うような履行を長期的に継続して満足に提供したものは何一つとしてなかった。

そのため、原告らは平成二年夏ころ相次いで本件入居契約を解除した。

(被告ら)

原告ら主張の債務不履行はない。すなわち、被告伊勢の郷は原告らに対し、本件入居契約の理念である「やすらぎ、安心、生きがい」の場を提供した。もし、この点が尽くされてないというのであれば、それは原告らの主観を基準とするものであって、到底客観的基準に基づくものではない。

原告らの主張する不履行事由は契約上のものとはいいがたい些細な事柄であり、原告らは、被告伊勢の郷の経営に関する誤解に基づく不安が原因となって、本件入居契約を解除したものであって、被告伊勢の郷に債務不履行による責任はない。

3  商法二六六条の三第一項の責任について

(原告ら)

(一) 被告西口について

被告西口は、被告伊勢の郷の代表取締役として、本件不法行為を自ら執行し、あるいは執行の指揮監督をなした。これは被告伊勢の郷に対する重大な任務懈怠である。

(二) 被告太田利一郎、同辻嘉紀、同藪谷勝利について

被告太田及び同辻の両名は被告伊勢の郷の取締役として、被告藪谷は監査役として、伊勢の郷の事業計画の立案推進に積極的に参画関与し、早晩その経営が行き詰まることを知り得たにもかかわらず、取締役ないし監査役としての監視監督義務を果たすことなく、被告西口の放漫な経営を放置していたばかりか、自ら積極的に不法不当な事業の推進に協力しており、重大な任務懈怠がある。

(三) 被告丸二について

被告丸二は、被告伊勢の郷の資本金五〇〇〇万円の大部分を自らもしくは自社取締役名義で出資し、取締役の多数を派遣するなどして、被告伊勢の郷の経理経営に関する重要事項を事実上決定し、被告伊勢の郷並びに他の被告らをして原告らに対する前記の違法不当な行為を実行せしめてきた。このような被告丸二の関与状況によれば、商法二六六条の三第一項を類推適用して、同被告は被告伊勢の郷の債務につき連帯して責任を負うべきである。

(被告ら)

(一) 被告西口について

被告西口は原告らに対して何ら不法行為を行なっておらず、重大な任務の懈怠も存しない。伊勢の郷の建物のうち一六〇室の名義移転の問題についても、事業の経営者が老人ホームの経営に支障のない範囲で名義を書き替えて経営の危難を回避しようとした行為であり、許された行為である。

(二) 被告太田利一郎、同辻嘉紀、同薮谷勝利について

原告らの主張は争う。

(三) 被告丸二について

被告丸二は、被告伊勢の郷とは別個の法人格を有しており、商法二六六条の三第一項を類推することは相当でない。

4  法人格の否認(被告伊勢の郷を除く被告らの不法行為責任及び債務不履行責任)について

(原告ら)

被告伊勢の郷は、原告らに対し、自己の本来の義務と不法行為又は債務不履行責任を果たす能力を欠いている。そもそも被告伊勢の郷は、他の被告らが老人ホームを設置運営するにあたって法的社会的責任が課せられることを回避するために会社法を濫用して設立運営されたものである。これに法人格を認めることは法人格の目的に反する。

したがって、被告伊勢の郷の背後にあるその余の被告らに原告に対する損害賠償責任がある。

(被告ら)

原告らの法人格否認の主張は争う。

5  損害の範囲及び金額について

(原告ら)

(一) 慰謝料

原告らは、永年住み慣れた土地と肉親・友人・知人らとの離れがたい思いをあえて断ち、それらの人々からの祝福を背に受けつつ、やすらぎと安心の老後を求めて伊勢の郷に入居した。しかし、原告らはほどなくして約束が違うのではと疑いはじめ、疑いは次第に濃厚となり、やがては騙されたと気付くに及んで、将来に対する不安、焦燥、絶望に陥り、長期にわたり死に勝るような精神的苦痛を被った。

原告らに対する慰謝料は、別表五「損害一覧表」の1欄記載の金額を下らない。

(二) 管理費

本件入居契約書によれば、入居者は、施設の管理・運営、健康管理、治療介護、食事、生活相談・助言等の諸サービスの費用として管理費及び食費を毎月前払いすることになっており、原告らは、入居以来平成二年六月末日分までの管理費を支払ってきた。その支払総額は別表五の2欄記載のとおりである。

しかるに、被告伊勢の郷は所定のサービスを尽くさなかったものであるから、既払管理費は原告らの損害として償還されるべきである。

(三) 入居金等の利息相当分

原告らは入居に際し、入居金・終身同居者の割増金・特別会員権の権利金を支払った。

被告伊勢の郷は、平成二年四月一二日原告らに対し、右入居金等を全額返還しているが、その受領から右返還までの間の民事法定利息の割合による損害金は未払のままである。

原告らの右利息相当分の総額は別表五の3欄記載のとおりである。

(四) 家具等の動産処分による損失

原告らは、入居前の住居において家具等の多くの動産を所有していたが、伊勢の郷の居室が手狭であり、伊勢の郷を終生の地と信じていたため、これを処分せざるを得なかった。そこで、原告らは右動産の大部分を、従来世話になり将来を祝福してくれた友人・知人・親戚筋に無償で譲渡し、一部分は廃棄した。

原告らそれぞれの右損失は別表五の4欄記載のとおりである。

(五) 移転費用

原告らは伊勢の郷入居に際して若干の家具・食器・衣類など身の回り品を搬入した。これに要した費用、及び伊勢の郷から退去に際して搬出する運送費は、原告の損害であり、その額は別表五の5欄記載のとおりである。

(六) 雑損失

原告らには次のような雑損失がある。

(1) 伊勢の郷への入居に際する交通費

(2) 転居するについての挨拶費用

(3) 伊勢の郷を退去することに関して有識者などに相談し、あるいは退去先を選定するための費用

(4) その他

原告ら各自の雑損失の合計は別表五の6欄記載のとおりである。

(七) 前住家屋売却による損失

(1) 原告らは、別表六記載のとおり、入居前に自己の持ち家を所有していたが、入居に際して同表記載の価格で処分した。ところが、退去時においてはその価格は、同表記載のとおり上昇した。当時の好景気、金余り、低金利、資産インフレの社会経済情勢に照らして、右上昇は被告らにとって十分予見可能であった。原告らは被告らの不法行為がなければ右家屋の売却をしなかったものであるから、右価格の差額相当分の損害を被った。

(2) 原告らは、右家屋売却に際して不動産業者の仲介手数料、契約書作成費用、登録印紙税などを支払って損害を被った。その金額は別表五の7欄記載のとおりである。

(3) なお、原告石田美津栄は前住居を賃借していたところ、本件入居にあたりその借家契約を解消したため、右賃借権を喪失した。この賃借権は少なくとも二五〇〇万円の価値を有したから、同額の損害を受けたものである。

(八) 弁護士費用

原告らは、本件訴訟の処理のため原告ら代理人を委任した。その着手金及び報酬は併せて別表五の9欄記載のとりである。

(九) 損害金合計と請求額

原告らは、以上の損害を被ったところ、その合計額は別表五の10欄記載のとおりであるが、本訴においては右損害のうち同表11欄記載の額について請求する。

(被告ら)

(一) 原告らの損害に関する主張はすべて争う。

原告らの主張する職員の不親切、孤独感、不安・焦燥感なるものは極めて主観的なものであって、権利侵害として法的保護に値するかも疑問なものである。しかも、伊勢の郷は閉鎖したわけではなく、原告らが自主的に退去したにすぎない。それは将来の見込みがないという原告らの誤解に基づく独自の判断に基づいた結果であり、原告の主張する不法行為との間の因果関係は存しない。

また、仮に何らかの慰謝が必要としても、被告伊勢の郷はすでに、本来入居金の六五パーセントを返還すれば足るところを一〇〇パーセント返還し、しかも特別会員権の権利金も返還した上、更に原告ら各一名につき仮処分に関する費用の補償の名目で六〇万円を支払っているのであり、精神的損害はすでに慰謝されたものと解すべきである。

(二) その余の原告ら主張の損害は相当因果関係がなく論外な請求である。

第三  認定した事実関係

一  当事者間に争いのない事実及び証拠(甲一ないし五、六の1ないし4、七、九の1ないし12、二八ないし三一、三二の1ないし3、三四の1ないし12、三五の1ないし12、三六、四一、五四、五五、七八ないし八三、九八、一二六ないし一五七、乙二の1、2、三、四の1ないし32、五の1ないし35、六の1ないし7、七の1ないし27、一二、一三の1ないし3、二七の1ないし35、三三ないし三六、証人坂井修、同西口郁子の各証言、原告碓井利光、同宗村信一、同池渕直一、同辻はつ子、同上野千鶴子、同山口吉輝、同龍川納、同石田美津栄、同仲井義富、同岩佐照子、同小菅康次、被告西口秀嗣、同太田利一郎の各供述)を総合すると、以下の各事実が認められる。

1  被告伊勢の郷の設立

被告西口は、昭和四六年ころ、土地の分譲と有料老人ホームの建設のために、その敷地となる土地の購入を始めた。被告西口は、老人ホームなどの福祉施設経営の経験はなかったが、地元明和町や三重県の福祉課、社団法人全国有料老人ホーム協会を訪れ、そこで紹介された静岡県のゆうゆうの里等の施設の見学を行なった。ゆうゆうの里では、施設の見学の外に、将来寝たきり老人になる者の比率等を聞き、老人ホームに関する資料を収集した。

そして、昭和五八年一一月に資本金五〇〇〇万円をもって被告伊勢の郷を設立し、被告西口が代表取締役に就任した。当初は、被告丸二のほか被告西口の友人数名が被告伊勢の郷の株式を保有していたが、約一年余りして被告丸二が一〇〇パーセントの株式を所有するに至った。

しかし、被告伊勢の郷は社団法人全国有料老人ホーム協会に加入することはなく、老人ホームの経営運営についての経験者をスタッフとして雇ったりアドバイスを受けたりしたことはなかった。

2  本件事業計画

被告伊勢の郷は、被告西口が中心となり、被告太田、同辻、同薮谷ら他の取締役と相談の上、昭和五九年に次のような有料老人ホーム「伊勢の郷」の事業計画案(以下「本件事業計画」という。)を作成した。

(一) 施設の規模

(1) 敷地及び建物の構造

敷地面積は約三万三〇〇〇平方メートルであり、建物は鉄骨造陸屋根九階建で建物面積は約一万八六〇〇平方メートルあり、その他に日本庭園、茶室、二階建ゲートボール場等の建物が予定された。

(2) 部屋数

老人ホーム用の居室は、広さによりAタイプからIタイプまで分けられ(33.75平方メートルから51.86平方メートルまであり、最も多いCタイプは40.92平方メートルである。)、二階の一部から七階までの間に二五八室ある。その他の一般施設としてのホテル部門が建物の東面の二階、三階の各一部に二四室ある。

なお、居室はすべてバストイレ、洗面流し台完備であり、全館冷暖房完備、消化設備が設置されている。

(3) 屋内施設

館内は車椅子でも自由に移動できる動線構造となっている外、健康管理施設としては診療所、リハビリセンター、トレーニングセンターに薬草温泉・天然温泉・滝風呂・サウナ等を備えた大浴場がある。

文化教養娯楽施設としては、映画・カラオケ・民謡・講演等ができる大ホール、家庭菜園、茶室、囲碁将棋ができる娯楽室、ラウンジ、屋内ゲートボール場、陶芸窯等がある。

そして、館内には、エレベーター二基、入居者専用食堂がある。

(二) 入居金、管理費等

(1) 入居時の一時金として、入居金、終身同居利用の権利金及び特別会員権の権利金がある。

入居金は、居室の広さにより異なり、一六三〇万円から二五三〇万円まであり、最も数の多いCタイプは二一四〇万円である。

また、二名入居の場合は、終身同居利用の権利金が二五〇万円である。

そして、施設等利用の特別会員権の権利金が一名二五〇万円である。

(2) 入居期間中は、毎月、食堂を利用した場合の食事費、管理費が必要である。

食事費は、一か月一名四万円である。

管理費としては、管理費四万一四〇〇円(二名入居の場合は五万一四〇〇円)、電気料四五〇〇円、水道料一二〇〇円、給湯料金二九〇〇円、冷暖房費は一万円である(一か月合計六万円、二名入居の場合は合計七万円となる)。

(3) なお、前記入居金は将来の返還が約定されており、入居一五年未満に退去する場合は入居金の六五パーセントを、一五年経過後に退去する場合は入居金全額を返還することとされていた。

(三) 販売予定

本件事業計画によると、伊勢の郷の各居室は、販売目標の第一案では建物完成までに完売すること、第二案では開業(昭和六〇年一二月)から六ないし九か月で完売することを目標としており、そのために、①会社役員等の退職者にダイレクトメールを送ること、②新聞・テレビ・機関誌に記事を送ること、③社団法人有料老人ホーム協会に加盟し、イメージアップを図り、福祉事務所とタイアップしてきめ細かい情報収集と販売活動を行うこと、④販売プロジェクトを結成すること、⑤大阪と名古屋に拠点営業所を開設すること、⑥地域別販売員(近畿八名、愛知五名、三重三名)を置くこととした。そして、被告西口らは、伊勢の郷の各居室が遅くとも二年目までに完売できると予想していたが、その根拠として、①高齢者対象のラジウム温泉に月八〇〇〇人の利用者が見込めることから宣伝になること、②利用者からの口コミも期待できること、③開業半年前から団体中心の見学会の誘致活動を行なうこと、④各種ツアーとセットで見学会を行なうこと、⑤約五万の老人クラブにダイレクトメールを郵送することから、一万人に一ルームの確率で販売を見込めると予定していた。

(四) 資金面について

本件事業計画では、開設から一年目に六〇パーセント、二年目は残り四〇パーセントの入居者があることを前提に資金計画を立て、建設費約二三億円を計上し、返還保証金の原資としての銀行預託金を一年目は約九億六〇〇〇万円、二年目は約六億四〇〇〇万円を積み立てた上で(入居金の約三割を年八パーセントの複利で一五年間運用することを予定)、一年目は約四億円の黒字、二年目には八億八〇〇〇万円の黒字となることを見込んでいた。

なお、本件事業計画は、金融機関に提出するために作成されたものであったが、その実現が不可能になってから後も正式に変更を協議し書面化したものはなかった。

3  入居者の勧誘

(一) 被告伊勢の郷が施設の建設中に入居者を募集したところ、約六〇名の応募者があり、消費者向けの広報紙を発行している株式会社サンケイリビング(以下「サンケイリビング」という。)が入居者の募集を請け合ってくれたことや、伊勢の郷の環境、立地、施設の状況や画期的な入居金全額返還システム等から、被告西口等は遅くとも開業二年内には完売できると考えていた。そのため、被告伊勢の郷は、新聞広告と見学会の主催及びその案内をサンケイリビングに委ねることとし、自らはパンフレット等を作成して見学者に説明を行うことを担当した。結局、被告伊勢の郷は販売活動を他に任せきりとし、入居見込み対象者に対するダイレクトメールの郵送等の販売活動は実際にはほとんど行なわなかった。それで、被告伊勢の郷の営業担当の従業員は平均すると二、三名であった。

(二) サンケイリビングは、それまで老人ホームの販売や入居者募集に経験のない会社であったが、本件の入居者募集活動として大阪府、愛知県、奈良県、三重県の地元新聞に伊勢の郷の広告を昭和六〇年一二月から昭和六一年五月ころまで合計数十回程度行ない(集中した時期は昭和六〇年一二月であり、一五年後の入居金全額返還制度を強調した。)、施設の見学会を幾度か主催した。見学会においては、ときにバスが満席になるほどの反応もあった(原告らもその見学会に出席し、そのうちの大半の者は体験宿泊も行なって仮契約を締結し、本件入居契約を締結している)。しかし、昭和六一年六月ころ以降は、積極的な入居勧誘活動は何らなされなかった。

(三) なお、原告らに配られた伊勢の郷のパンフレットには、著名文化人の署名入り推薦文や、有名医大の医師を伊勢の郷の医療顧問として紹介する旨の記事が掲載されていた。しかし、実際には右のうち、医療顧問について了承を得たものではなく、文化人についても幾人かは事前の了承を得ていないものであった。

4  入居状況等

(一) 右の事業計画及び入居活動にもかかわらず、実際には、建設中に応募したものはすべて正式の入居契約に至らなかった(入居希望者は建物等が実際に完成してからそれを見て契約しようとしたようである)。そして、開業後の昭和六一年三月下旬から同年一二月にかけて、居室数二五八室、定員四一三名のうち、一七室二三名について(約六パーセント)、本件入居契約が締結されたに止まった。

(二) 原告らの入居契約及び入居時期は別表四「入・退去日一覧表」記載のとおりであり、その年齢、同居者、入居前住居等は別表二「入居者一覧表」記載のとおりである。

そして、原告らは入居に際し、前記入居金、終身同居利用の権利金及び特別会員権の権利金を一時金として支払ったが、その各金額及び支払日は別表三「支払金一覧表」記載のとおりである。

なお、前記のとおり、右入居金は返還制度があり、入居一五年未満に退去する場合は一律入居金の六五パーセントを、一五年経過後に退去する場合は入居金の全額を返還することとされており、この全額返還の制度は被告伊勢の郷の特徴として宣伝された(しかし、この入居期間に関係のない一律三五パーセント控除、一五年後の全額返還の制度がかえって入居を希望する者に不安を与えたように思われる)。

(三) 被告伊勢の郷は、前記販売目標第二案が不能となった昭和六一年秋ころ以降、販売活動の再検討もせず、むしろ、昭和六三年以降は入居者の募集活動を中止し、その後入居契約を締結したものはない。その理由について、被告西口は、募集費用が嵩むこと、被告伊勢の郷の債務を肩代わりした訴外協和総合開発研究所の意図(老人ホームを今後も継続するか否か)が分からなかったためであると供述している。そして、実際にも被告伊勢の郷の従業員が見学に来た人に対し、満室であるとして入居契約の締結を拒絶することもあった。

5  施設の状況

(一) 伊勢の郷の建物等の建築は株式会社新井組が請け負い、昭和五九年一二月ころ工事に着工し、昭和六〇年一二月にほぼ事業計画どおりの建物が約三二億円の費用をかけて完成した。すなわち、建物は鉄骨造陸屋根九階建で建物面積は約一万八六〇〇平方メートルあり、老人ホーム用の居室は、広さによりAタイプからIタイプまで分けられ(最も多いCタイプは40.92平方メートル)、二階の一部から七階までの間に二五八室がある。その他の一般施設としてのホテル部門が建物の東面の二階、三階の各一部に二四室ある。なお、居室はすべてバストイレ、洗面流し台付きであり、全館冷暖房完備、消化設備が設置されており、館内にはエレベーター二基、入居者専用食堂がある。更に、一般客も利用できる屋内施設として、診療所、リハビリセンター、トレーニングセンターがあり、温泉・サウナ等を備えた大浴場、映画・カラオケ・講演等ができる大ホール、娯楽室がある。その他、家庭菜園、茶室、二階建ゲートボール場等がある。

(二) ただし、伊勢の郷には、本件入居契約で約束した施設のうち、ゴルフ練習場、理美容室、売店及び子供の村は設置されていない。もっとも、それらは原告らが本件入居契約締結の前に見学した際にも設置されておらず、案内にあたった被告伊勢の郷の社員らはその点について、将来入居者が相当数入れば設置する予定であると説明していた。

6  役務提供の状況

(一) 医療について

被告伊勢の郷が頒布したパンフレット(甲一)によると、「施設内に診療所を設置し、ここには医師、看護婦が常駐し二四時間待機のシステムをとる。親切な看護婦とヘルパーが二四時間の介護体制を整える。入院加療が必要なとき館内にベッド一九床が用意されており、重度の病気になったときは提携病院への入院をお世話する。」等記載されており、伊勢の郷は入居した高齢者の健康管理と医療サービス万全性を強調していた。

そして、被告伊勢の郷は、ベッド一九床のある診療所を設置し、その開設当初は医師一名、看護婦六、七名が診療にあたっていた。しかし、その後医師については四年間に五名の医師が交替し、昭和六二年四月から一〇月まで替わりの医師が見つかるまでの期間、医師は不在であり、医師がいる期間についても休診の日がしばしばあった。看護婦についても延べ約二十数人が交替し、平成元年以降は一名ないし四名の状態となり、昭和六三年九月以降は当直体制は廃止され、伊勢の郷の近くに住んでいる看護婦が連絡があれば看護に就く体制に変更された。そのため、原告の中には入院を望んだところ、施設内の入院不可能を理由に断られた者もいた。ヘルパーについては、被告伊勢の郷の取締役坂井の外社員数名がその任にあたっていた。提携病院については、近隣の病院と正式に提携をすることはできなかったが、必要なときは何時でも引き受けてもらえるように申し入れてあった。

入居者がいずれも高齢者であるため、被告伊勢の郷としても医療の点についてはこれを重視し、医師や看護婦等の確保に努めた(診療所経営の赤字は会社が補損した。)が、何分、入居者数が最大二三名と極めて少数であり、一般の利用者も少なかったため、前記のとおりその安定的確保は十分でなく、したがって、原告らに対して所期の医療サービスの提供には到底及ばず、原告らに対し不満と不安の情を与えていたものである。

(二) ケースワーカーについては、資格者ではなかったが担当者がいて、開業当初は生活相談等にあたっており、その後不在の時期があったが、その間は坂井ら他の従業員が相談にあたっていた。ケースワーカーの配置による入居者相談の充実の点も、入居者数不足のため不十分なものとならざるを得なかった。

(三) 売店については、入居者数が増えれば伊勢の郷内に売店を置くことが予定されていたが、売店が設置されなかったため、原告らは徒歩であれば二五分程度かかる外部のスーパーへ行かざるを得なかった。また、一日四回の送迎用のバスが運行されていたが、しばらくしてその運行回数も減少した。

(四) 食事については、パンフレットでは高齢者向きに低カロリー・低脂肪・減塩を配慮した豊富なメニューを毎日揃える旨記載されていたが、これも入居者数が少なかったため、実際には昼食は伊勢の郷の従業員と共通のメニューであることもあり、特に老齢者向けという訳ではなかった。

(五) その他の利用状況

入居者が少ないため、その他の施設もあまり利用されず、入居者同士の交際もほとんどない状態であり、特に看護婦の当直体制が廃止になった後は夜間は宿直の社員が一人しかいなかったため、入居者らは心細い思いをした。

7  被告伊勢の郷の経営状況

(一) 昭和六二年末においても入居者は予定の約六パーセントに止まっていたため、これら入居者が支払った入居金等の一時金は合計四億三二三〇万円であり、支払われたそれ迄の管理費は合計約一二〇〇万円であった(本件事業計画では、被告らは約九二億円を見込んでいた)。また、右の外に外部の一般客を対象とした健康ランドからの収入もあったが、その収益もさしたる金額ではなかった。

(二) これに対して、被告伊勢の郷は、建設費に約三二億円(事業計画では二三億円)、什器備品代として約二億五〇〇〇万円、敷地の取得費として約一〇億円を開業時迄に負担することになった。そのため、被告伊勢の郷は昭和六〇年一二月二〇日、セントラルリースから約一〇億円を借り入れて極度額一〇億円の根抵当権を敷地につき設定し、昭和六一年四月一一日には極度額を四五億円に増額して建物にも根抵当権を共同担保として設定し、同年七月三一日には極度額を四九億円に変更し、同年一〇月三日にはセントラルリースを賃借人とする停止条件付賃借権を設定し、さらに、同年一一月には極度額を五一億円に増額しており、ほぼ右金額を年利息おおよそ八パーセントで借り入れた(金利負担は年約四億円となる)。さらに、被告伊勢の郷は被告丸二から診療所の赤字補填(約二億円)や利息等の支払のために平成三年一一月ころまでに約一〇億円を借り入れた。

そのため、原告ら入居者の支払った入居金等も右借入金の返済等に充てられたが、それでも利息の支払が滞る状態であった(まして、入居金返還のための銀行預託を行うことはできなかった)。そして、昭和六二年三月一八日にセントラルリースの抵当権の付記登記として、債務者を訴外株式会社協和総合開発研究所とする旨の変更登記がなされた。

(三) そこで、被告伊勢の郷は、被告丸二の関連会社である訴外武山総合開発との間で、原告らの居住していない南側一六〇室(居室の六割強)の所有権を譲渡する代わりに被告伊勢の郷の償務を肩代わりしてもらう合意を成立させ、平成元年七月及び一〇月に伊勢の郷の建物について区分登記をした。もっとも、被告西口と訴外武山総合開発との間では、被告伊勢の郷が従前のとおり老人ホームを運営することは事実上了承を得ていた。

この結果、被告伊勢の郷は、被告丸二に対する債務約一〇億円を残すだけの状態となり、被告丸二がその金利の支払を求めず、原告らが退去の後は老人ホームの経営から撤退したこともあって、倒産を免れた。

(四) しかし、従業員が頻繁に変わり、その後入居者が全く増えないことや建物について区分登記がなされるなどから、伊勢の郷が身売りされるという噂が立ち、原告らは入居金の返還がどうなるか、伊勢の郷が閉鎖されるのではないかという多大の不安を感じた。

そのため、原告ら入居者は平成二年一月一六日、津地方裁判所松阪支部へ被告伊勢の郷所有の建物について処分禁止の仮処分を申し立て、同月二三日その旨の仮処分決定がなされた。

(五) 右仮処分を契機として、原告らと被告伊勢の郷との間で真剣な話合いがもたれた。その結果、平成二年四月五日に原告らと伊勢の郷との間に和解が成立し、①被告伊勢の郷が原告らに対して、入居金、同居権利金及び特別会員権利金を返還すること、②仮処分の手続に要した費用の補償として一人当たり六〇万円を支払うこと、③原告らは右金員の支払と引換えに仮処分申請事件を取り下げること、④入居者の被告伊勢の郷に対する権利などその余の問題については今後協議の上解決することを内容とする合意書が作成された。

被告伊勢の郷は原告らに対し、右和解に基づき、平成二年四月一二日に入居金等を返還し、同年五月三一日に入居契約者一人当たり六〇万円を支払った。右返還金額の明細は、別表七「入居金等返還一覧表」記載のとおりである。

(六) その後、被告伊勢の郷から原告らに対し、入居室料として一か月一二万五〇〇〇円ないし一九万八〇〇〇円の請求、管理費の値上げ(七万五〇〇〇円ないし八万七五〇〇円へ)の通知がなされ、また、送迎バス廃止の申入れがなされたことなどから、これらの点について数回話合いが行なわれたが、協議はまとまらず、原告らから平成二年夏ころ被告伊勢の郷に対し、本件入居契約を解除する旨の意思表示がなされた。

そして、原告らは、別表四「入・退去日一覧表」の「退去日」欄記載の日(平成二年七月から同年九月まで)に伊勢の郷を退去した。

8  被告らの対応について

(一) 被告伊勢の郷においては、取締役会決議を要する場合は会議を開いていたが、それ以外の事柄については、随時取締役が顔を合わせた際に相談して決めていた。そして、本件事業計画の内容について、取締役で反対したものはいなかった。

(二) 伊勢の郷の開業後は、被告西口及び取締役坂井が主に伊勢の郷の経営にあたっていた。もっとも、他の取締役も伊勢の郷の入居状況については十分認識していたものである。そして、被告伊勢の郷の経理に関しては、日常的な経理を除いて被告丸二において重要事項を決定しており、帳簿も被告丸二において作成していた。

(三) なお、前記のとおり予定していた入居金等が入らず、伊勢の郷の経営が極めて苦しいなか、被告西口が中心となり、資金の借入れを行ない、債務の棚上げに成功して被告伊勢の郷は倒産は免れており、また、少ない従業員でのそれなりの努力により、老人ホーム経営の継続に向けて原告ら入居者に対応してきたことが認められる。

第四  争点についての判断

一  不法行為責任について

1  被告伊勢の郷について

(一) 有料老人ホームの特質

伊勢の郷は、入居者が入居金等の名目で一時金を払い込み、管理費及び食費を入居期間に応じて定期的に支払っていく私営の有料老人ホームである。そして、伊勢の郷は入居室数二五八室、定員四一三名というかなり大規模な老人ホームであり、専用居室・診療所・介護室等を有する終身利用(同一施設内介護)型の老人ホームであって、その入居金額は約二〇〇〇万ないし二五〇〇万円、同居利用の権利金二五〇万円、特別会員権の権利金二五〇万円、合計三〇〇〇万円近い高額の一時金を必要としている。

このような老人ホームの入居者は、すべて相当の高齢者であって、近い将来介護を必要とする事態が生じたとき、自分を介護してくれる近親者がいないか、あるいは近親者に介護を依頼することを希望せず、これを全てホームの施設に委ねることを予定し、かつ、同世代の多数の人と生活・交際することにより、孤独感から開放され、心身共に充実した晩年を送ることを期待して、終の住処として入居するものである。この点において一般の人がマンションや別荘地を購入、賃借する場合と大きく異なっており、老人ホームの入居契約の場合には、入居者は単に物的施設を利用するだけでなく、人的な各種サービスの提供、特に病気や寝たきりになったときの医療サービス・介護を受けることを重視しており、また、入居者は多くの場合持ち家を処分するなどして入居金等を作るため、一旦入居すると他へ転所することは容易にできず、終生その施設を利用することを予定して入居契約を締結するのであって、やり直しのきかない一生に一度の買い物となるのが通常である。

そして、右のような老人ホーム入居者の期待は、単なる将来の一方的な希望に過ぎないものではなく、被告伊勢の郷がパンフレット等で「謳いあげる第二の人生」などと宣伝し、入居契約書の第一条において「心身共に充実安定した生活を送ることができるように、入居者に対し、施設を終身利用させ、各種サービスを提供する」旨明記した事柄なのである。しかし、入居者は一般に、老人ホームの経営状態の健全性等を正しく把握し、これを監視することは難しい現状にある。

(二) 老人ホーム経営者の義務

右のような終身利用型の有料老人ホームの特質から、ホームの設置者は、入居者の期待に応えるべく契約内容とした諸施設の充実を図って役務の提供に努めるべきは勿論であるが、同時に、入居者に対する契約内容の完全な履行のためには、相当数の入居者を確保し、かつ、その後これを維持して安定した経営状態を作りホームの永続性を図るべき義務があると解される。したがって、入居者に対する契約内容の履行が継続できない事態となった場合には入居者に多大の精神的・財産的損失を与えることになるのであるから、老人ホームを営利事業として開設しようとする者は、契約内容の完全な履行が将来にわたって維持・継続できる確かな経営見通しがないのに、入居者が「心身共に充実安定した生活を送ることができる」かのように広告・宣伝して入居契約を締結し、ホームに入居させることは許されないことというべきである。

また、老人ホームの設置者は、仮にホームを維持・継続するに足りる程度の入居者が確保されないことが予測される場合には、将来契約上の債務の履行が不完全に終わることが明らかなのであるから、早急に対応策を検討し、その事実を入居契約者に告知して、入居者に不測の損害あるいは不満や不安を与えないようにすべき注意義務があるものと解される。

(三) 被告伊勢の郷の責任

(1) 被告伊勢の郷は、前記第三の一2記載のような事業計画に基づいて昭和六〇年一二月に終身利用(施設内介護)型の有料老人ホームを開設したが、前記第三の一4記載のとおり、その後四年経過後においても居室数二五八室、定員四一三名のうち、わずか一七室二三名について入居契約等が締結され、入居したに止まった。

その結果、被告伊勢の郷は、前記第三の一7記載のとおり、たちまちその経営に行き詰まり、空室となっていた一六〇室を被告丸二の関連会社である訴外武山総合開発に売却することによって倒産という事態は免れているものの、前記第三の一6記載のとおり、原告ら入居者に対して契約内容を完全に履行することは困難となり、被告伊勢の郷が募集広告あるいは入居契約等によって入居者に約束していた「やすらぎ、安心、生きがい」の場を提供することは事実上不可能であったものである。

(2) ところで、本件事業計画は前記第三の一2(三)記載のような入居見込みを前提とするものであったところ、現実の入居者は一七室二三名(約六パーセント)に過ぎなかったことは先に認定したとおりである。そして、入居者数が見込みを大きく下回った原因について、予期せざる事情の変化など、被告伊勢の郷の責に帰すことができない事情があったと認めるに足りる証拠もないので、本件事業計画そのものがあまりにも杜撰であったと断定せざるを得ないというべきである。ちなみに、被告伊勢の郷は、老人ホームの経営運営に全く経験のない者ばかりで本件事業計画を立案するなど、有料老人ホームの特質に対する理解・配慮及び対応が十分でなかったといわざるをえない。

(3) そして、前記認定の事実関係を総合して判断すれば、伊勢の郷の設置者としては、遅くとも昭和六一年春頃には、伊勢の郷への入居者が極めて少数に止まり、そのため大規模な終身利用型の老人ホームとして入居者に契約内容に応じた満足を与えることができず、かつ、本件事業計画に基づく老人ホームの経営が早晩破綻し入居者に対する契約内容の履行が完全に不可能になることが十分予測可能であったと認められる。したがって、被告伊勢の郷は原告らに対し、これらのことを看過して原告らと本件入居契約等を締結し、ホームに入居させて損害を生じさせたことにつき過失責任があるというべきである。

(四)  以上によれば、被告伊勢の郷は原告らに対し、原告らの被った後記損害について不法行為責任を負うものというべきである。

2  被告丸二について

前記認定事実及び前掲証拠によれば、被告伊勢の郷は被告丸二の一〇〇パーセント子会社であること、被告伊勢の郷と本社を共通にしていること、代表取締役をはじめ大多数の取締役監査役は両方の役員を兼任していること、被告伊勢の郷の重要事項とりわけ資金繰り等の経理については被告丸二において決定し、金額の大きい請求書は被告丸二にそのまま送っていたこと、帳簿の作成も被告丸二において行なっていたこと、社員の人事交流もかなり頻繁に行なわれており、その給与も実質的には被告丸二が支払っていたこと、被告丸二の所有土地の上に伊勢の郷の建物が建てられていたが、特に借地契約は締結されなかったこと、主な資金援助は被告丸二が行なっており、被告伊勢の郷の役員自身も被告丸二に対する借入金の金額を知らないこと等の事実が認められ、これらによれば、老人ホーム伊勢の郷は被告丸二の事業として計画され、遂行されたもので、被告伊勢の郷の設立後はその経営全般にわたってこれを支配してきたものであり、形式的には別法人の事業とされているが、両会社は実質的には損益を共通にした一つの事業体であると評価しうるものであり、対外部との関係ではともかく、特に伊勢の郷の入居者であった原告らに対する関係においては、被告丸二は被告伊勢の郷と共同一体的な会社として、同一の責任を負うべきものと解するのが相当である。

したがって、被告丸二は原告らに対し、被告伊勢の郷と同様の責任を負うものというべきである。

3  その他の被告らについて

前記の事実関係及び前掲証拠によれば、被告西口は、被告丸二及び被告伊勢の郷の代表取締役として、伊勢の郷の本件事業計画を中心となって立案し、その遂行に当たってきたものであること、その他の被告らも、被告太田及び被告辻は被告丸二及び被告伊勢の郷の取締役として、被告薮谷は被告丸二の取締役及び被告伊勢の郷の監査役として、いずれも被告西口と共同して本件事業計画の立案に関与し、これに賛成して伊勢の郷の建設・運営に携わってきたこと、そして、入居者の入居条件、入居者の募集状況及び実際の契約者・入居者数の実態についても十分認識していたことが認められ、これらの事実によれば、遅くとも昭和六一年春頃には、伊勢の郷の入居者数が極めて少数であって、原告ら入居者に対し契約内容の履行が十分にできず、かつ、その経営が早期に破綻することは、右被告らにおいて十分予測可能であったと認められる。

したがって、被告会社を除くその他の被告ら各自について、いずれも原告らに損害を生じさせたことについて過失があったと認められ、これらは共同不法行為になるというべきである(右被告らについて、仮に共同不法行為が成立しないとしても、商法二六六条の三第一項の責任があると認められる)。

二  損害の範囲及び金額について

1  管理費相当額について

原告らは、伊勢の郷入居中は毎月食費の外、前記のとおり管理費等を平成二年六月末日まで支払ったが、その内訳は管理費(四万一四〇〇円、二名入居の場合は五万一四〇〇円)、電気料(四五〇〇円)、水道料(一二〇〇円)、給湯料金(二九〇〇円)、冷暖房費(一万円)(合計一か月六万円、二名入居の場合七万円)である。

しかし、右管理費等は原告らが現実に伊勢の郷に入居していたことに対応する諸費用であり、原告らが毎月支払っていた金員であって、本件の損害とみることはできない。

もっとも、本件入居契約書(第二二条)によれば、管理費は施設の管理・運営費、健康管理費、治療介護費、相談助言の費用に充てられるものとされており、これらについて十分でなかったことは前記認定のとおりであるが、その具体的金額の算定は不可能であり、慰謝料の認定において考慮すれば足りるものと解される。

2  入居金等の金利相当分について

原告らは、入居に際し支払った入居金(一六三〇万円ないし二五三〇万円)、終身同居利用の権利金(二五〇万円)、特別会員権の権利金(二五〇万円)について、返還を受けた平成二年四月一二日までの年五分の割合による利息相当損害金を請求している。

しかしながら、原告らは右入居金等支払の頃からその返還後に至るまで伊勢の郷に入居して各居室を使用し、諸施設を利用してきたものである。一般に、入居金、同居利用の割増金、特別施設利用の特別会員権権利金といった入居時に支払う一時金は当該居室、建物施設等の利用料の前払い、預り金としての性質を有するものであるところ、本件の場合においても右入居金等の性質は同様であって、特にこれを全額返還する場合には入居金等の利息相当分が月々の居室・諸施設の利用の対価に相当するものとして支払われたものということができる。したがって、原告らは現実に入居を継続してきており、入居金等の全額返還を受けたのであるから、入居金等に対する年五分の割合による利息相当損害金の請求は理由がない。

もっとも、本件においては、施設等の完備、利用状態が実質的に不十分な

ものであったことは前記認定のとおりであるから、入居金等の金利相当分についても、慰謝料認定の考慮事項の一つとして斟酌するのが相当である。

3  家財等動産処分の損失について

原告らは、伊勢の郷入居に際し処分した家具類等の動産処分の損失(四〇〇万円ないし一〇〇〇万円)を損害として請求している。

しかし、右のような動産の処分が即損害といえるかは疑問であり、また、それは有料老人ホームの入居に伴って必然的に生ずる損失とは言い難いから、本件と相当因果関係ある損害と認めることは困難である。

4  移転費用及び雑損失について

原告らの移転費用(交通費、運搬費等)及び転居に伴う雑費は、その相当額において本件と相当因果関係ある損害と認められる。その金額は、前記別表一の「移転費用等」欄記載の額が相当である。

5  家屋売却による損失について

原告らは伊勢の郷入居に際し、入居前の持ち家を別表六記載の金額で処分したこと、退去時においてはその価格が上昇していたこと、原告石田美津栄はその借家契約を解消したことが認められる。そして、原告らは、その売却価格と値上り価格との差額相当分等(平均約五八〇〇万円)が本件の損害である旨主張する。

しかし、所有家屋を処分することが有料老人ホームの入居に伴って必然的なこととは必ずしも認められず、また、その価格上昇が予測可能であったとも認め難いところである。したがって、この点に関する原告らの主張は理由がないが、所有していた家屋を処分してしまったとの事情は慰謝料算定の考慮事項の一つと考えられる。

6  慰謝料について

原告らは、被告伊勢の郷の宣伝・勧誘により、心身共に充実した老後の生活を求めて、所有していた家屋を売却して入居金等を作り、家財道具類の一部も処分した上、住み慣れた土地を離れ、終の住処としての伊勢の郷に入居したものである。しかし、その入居者数が極めて少数に止まったため、原告らは予定された生活や役務の提供が受けられず不十分な処遇による苦痛を余儀なくされ、また、容易に退去できない事情にあって、将来に対する多大な不安や焦燥感の募る生活を強いられ、数年後に全員伊勢の郷より退去するに至ったものであること、もっとも、原告らは事前に体験宿泊を経て入居しているなどの諸事情は前記認定のとおりである。

被告らは、伊勢の郷の入居予定者数が少なく、終身利用(施設内介護)型の有料老人ホームとしての役務の提供が十分にできず、早晩被告伊勢の郷の経営が破綻することが十分判っていながら、原告らを入居せしめた不法行為責任は免れないが、赤字経営の中、施設の運営を維持し、医師や看護婦をできるだけ確保し、少ない従業員ながら入居者の対応に努め、その経営を維持してなんとか倒産を回避し、平成二年四月一二日には原告らに対し入居金等の全額を支払い、また入居契約者一名当たり六〇万円の金員を支払っていることは、それなりに評価し得るものである。

よって、原告らに対する慰謝料は、原告らが伊勢の郷に入居した時期(ただし、原告らの入居契約はいずれも昭和六一年中である。)、入居金等の支払額など前記の諸事情及びその他諸般の事情を総合考慮して、前記別表一の「慰謝料」欄記載の各金額を相当と認める。

7  弁護士費用

本件訴訟の内容、経緯、認容額等の諸事情を考慮すると、被告らが賠償すべき弁護士費用は、前記別表一の「弁護士費用」欄記載の各金額をもって相当と認める。

8  損害額の合計

原告らに対し認容すべき損害額の合計は、前記別表一の「認容額合計」欄記載の各金額であり、原告らのその余の請求は理由がない。

第五  以上の次第であって、原告らの本訴請求は主文第一項記載の限度で理由があるからこれを認容し、その余をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官窪田季夫 裁判官橋本勝利は退官のため、裁判官舟橋恭子は転補のためいずれも署名・押印することができない。 裁判長裁判官窪田季夫)

(別紙一)

認容額一覧表

原告氏名

慰謝料

転居費用

弁護士費用

認容額合計

仲井義富

七〇〇万円

四〇万円

七四万円

八一四万円

宗村きむ子

四四〇万円

二〇万円

四六万円

五〇六万円

宗村信一

五〇〇万円

三〇万円

五三万円

五八三万円

辻眞一郎

七〇〇万円

五〇万円

七五万円

八二五万円

辻はつ子

三五〇万円

――

三五万円

三八五万円

碓井利光

六五〇万円

四〇万円

六九万円

七五九万円

龍川納

五六〇万円

五〇万円

六一万円

六七一万円

龍川敏子

二八〇万円

――

二八万円

三〇八万円

山口吉輝

五六〇万円

五〇万円

六一万円

六七一万円

山口みつ

二八〇万円

――

二八万円

三〇八万円

石田美津栄

四八〇万円

五〇万円

五三万円

五八三万円

石田登志栄

二五〇万円

――

二五万円

二七五万円

池渕直一

六〇〇万円

四〇万円

六四万円

七〇四万円

小菅康次

四五〇万円

四〇万円

四九万円

五三九万円

岩佐照子

五八〇万円

四〇万円

六二万円

六八二万円

上野千鶴子

四六〇万円

五〇万円

五一万円

五六一万円

上野政子

二五〇万円

――

二五万円

二七五万円

合 計

八〇九〇万円

五〇〇万円

八五九万円

九四四九万円

(別紙五)損害一覧表

別表二ないし四、六、七〈省略〉

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