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水戸地方裁判所 昭和45年(ワ)219号 判決 1972年2月10日

原告

武石永三

右代理人

武藤英男

被告

右代表者 法務大臣

前尾繁三郎

右指定代理人

西村昇

外四名

主文

原告の請求は、これを棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の求めた裁判

一、原告

(一)  被告は、原告に対し金一二七万円およびこれに対する昭和四五年七月二三日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

二、被告

主文同旨

第二、当事者双方の主張<略>

第三、証拠<略>

理由

一、水戸地方検察庁検事中津川彰は昭和四三年一〇月三一日原告を被告人としして水戸地方裁判所に対し業務上過失致死罪として在宅のまま公訴を提起したこと、その公訴事実が別紙<略>記載のとおりであることおよび同事件の控訴審である東京高等裁判所は同四五年二月一七日右事件につき無罪判決を言渡し、該判決は検察官の上告提起がなく確定した事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二、原告は、原告に対する本件公訴の提起は検事中津川彰の過失による違法なものである旨主張するので、以下この点について判断する。

本件公訴提起当時に存した成立に争いのない<書証>に本件口頭弁論の全趣旨を総合すると、原告は自動車運転の業務に従事する者であるが、昭和四一年二月七日午前一〇時三〇分頃自動二輪車を運転し水戸市宮町二丁目八番一〇号(旧下梅番二三五番地)先国道六号線上を水戸駅方面から千波町方面に向い時速約二〇粁で進行中、その前方を同方面に向つて進行している渡辺通子(当二六年)乗車の自転車を約三米前方に認め、右自転車を追越そうとしたが、該道路は幅員約9.1米のコンクリート舗装の道路でその左端には一段高くなつた幅約1.7米の歩道が存し同自転車は右道路左側端(歩道右端)から約二米位道路中央寄りを進行していたのであるから、かかる場合自動車の運転業務に従事する者は警音器を吹鳴して同自動車を道路左端へ避譲させるとともに同自転車との間隔をできるだけとつたうえその右側から追越しにかかり、もつて事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務が存するのにかかわらず、これを怠り漫然として同自転車の左側から追越しにかかつた過失により、右二輪車を同自転車に接触させてこれを道路右側に進行させ、折から後方より時速約四〇粁で進行してきた小林正蔵運転の大型貨物自動車に衝突させて同女を自転車諸共路上に転倒させ、よつて同女の下腹部辺を右自動車の左後輪で轢過させた結果、同女をして同日午前一〇時四五分頃同市黒羽根町二九六番地茨城県協同病院において腹部内臓破裂により死亡させたものであるとの事実を認めることができ、右公訴提起後に作成された成立に争いのない<書証>及び原告本人の供述によると、原告が渡辺通子乗用の自転車を発見した時の距離を二〇米と訂正するほか(なお前記歩道の高さが約一〇糎である事実は、原告本人の供述によつて認める。)優に前示認定事実を裏付けるに足りる。<反証排斥―略>

もつとも、原告は、右の事実を争い中津川検事の本件公訴提起につき過失があつた旨縷々主張するので、以下この点について検討することとする。

(一)  先づ、原告は、原告運転の二輪車の右側と小林正蔵運転の大型貨物自動車の左側が接触した事実が存するのにかかわらず、原告が渡辺通子乗用の自転車を左側から追い越しにかかつた事実を導き出すことは経験則上不可能であるから、中津川検事は経験則の適用を誤つた旨主張する。なるほど<書証>によると、小林正蔵運転の大型貨物自動車運転台左側ドアーの地上0.96米の個所に原告運転の二輪車右バックミラーの接触によつて生じたと認められる横に一八糎の蛇行状の擦過痕があり、また右自動車荷台前部に埃の拭われた跡があつて原告着用のアノラック右上腕部、右腰部に右自動車の塗料と認め得る「青」塗料の付着していた事実を認め得るから、原告運転の二輪車と小林運転の大型貨物自動車が接触したことは明らかであるが、これをもつて、直ちに原告が二輪車を運転して先行する渡辺通子乗用の自転車をその右側から追い越しにかかつたものと認定しなければならないものではない。なぜならば、既に説示したとおり、渡辺通子は自転車に乗つて本件事故現場附近を道路左端から約二米道路中央寄りを進行していたが、同所は幅員約9.1米のコンクリート舗装の車道であつてその左端は約一〇糎高くなつた歩道となつており、原告は二輪車を時速約二〇粁で運転して右自転車をその左側から追い越しにかかつてこれに接触させたのであるから、かような場合二輪車を運転する者が接触する直前ハンドルを左に切つて接触を避けようとしたが避けきれず接触した後、一段高くなつた歩道に乗り上げることを避けるため更にハンドルを右に切つて進行するであろうことは見易い道理であり、他方、大型貨物自動車を運転し右自動車の右側に約一米の間隔を置き時速約四〇粁でこれを追い越そうとした小林正蔵は、右自転車がふらふらと自車の道路に斜めに入つてきたためこれを避けるべく一旦ハンドルを右に切つたが、対向車との衝突を虞れてハンドルを左に切つて進行した事実は、<書証>を総合して認め得るところであるからである。してみると、中津川検事に原告主張の如き経験則の適用を誤つた違法は存しないのであるから、原告の右主張は採用しない。

(二)、次に、原告は、堀籠平吾の検察官に対する供述調書の信憑性が極めて薄い旨主張し、<書証>によると、堀籠平吾は昭和四三年一月一七日宇郡宮地方裁判所における同庁昭和四一年(ワ)第二四三号事件の証人として、同四三年六月一四日中津川検事に対し、次いで同四四年三月四日水戸地方裁判所における原告に対する前記被告事件の証人として、いずれも本件事故に関する目撃事実を供述し、同四三年一〇月二一日の実況見分に際してはこれに立会い、右目撃地点等について指示説明をなした事実を認め得るところ、原告の主張に符合する前記被告事件の控訴審判決である甲第三号証においては、右堀籠平吾の供述は信用できないものとして、その理由につき次のように説示している。

(イ)、堀籠平吾の目撃地点は現場から西に八〇ないし一〇〇米も離れたはるかに遠い地点であること。同人の目撃地点は同人の目撃状況の証言内容に照らしても、また当審証人小林幹一の証言からいつても、トランスのついている電柱付近という供述は信用できない。

(ロ)、本件事故現場付近は、一般に交通ひん繁なところであり、目撃地点から事故発生地点までの間の道路状況は見通しこそきくとはいつても大きくわん曲している。

(ハ)、同人は通りかかり歩行中八〇米以上もはなれた地点から見ただけで、事故直後の現場にかけつけることもなく、そのまますぐに目撃の場所から立去つた者であること。

これらの諸点から判断すると、同証人が遠くはなれた地点から僅か二、三秒の間に起つたバイクと自転車との関係や接触状況などをし細に確認できるかは極めて疑わしく、またその後引続いて起つたバイクと大型貨物自動車との接触を見ていないし、右自動車が異常進行の状態で同証人の方に三〇米位近ずいて停止したことも覚えていないことを合せ考えると、同人が「自転車の左側(歩道寄り)後方から来たバイクが二度接触した」旨証言している点には、接触が車体でなく、両者の身体や衣服の一部と解しても、多大の疑問を感ぜざるを得ない。ことにバイクと自転車とは、おのずから速力も異つており、追抜きぎわに二度接触するという事があり得るか非常に疑問であり、これをたやすく信用することはできない。と。

なるほど、甲第一二号証における堀籠平吾の目撃地点が現場の西にあるトランスのついている電柱付近である旨の記載部分を信用し得ないこと(なお、右甲号証は、同人が宇都宮地方裁判所における前示事件の証人として出頭した際の証人調書であるが、同人はその後中津川検事の取調べを受けた際も、実況見分に立会つた際も、またその後原告に対する前記被告事件において証人として出廷した際も、一貫して本件事故を目撃した地点を後記の如く供述し、殊に水戸地方裁判所に証人として出廷した際には、宇都宮地方裁判所において右の如き供述をした点を強く否定している事実は、<書証>によつて認め得るところである。)及び右(ロ)、(ハ)の事実その通りであることは、前顕各証拠によつて明らかであり、<書証>によると、堀籠平吾は本件事故現場から西に約八七米の歩道上(原告の進行方向左側)においてバイクと自転車との接触を認め、次いで約八一米の地点において大型貨物自動車の接触を目撃したが、被害者は足を轢れたものと考え大したことはないと思つてその場を立去つたこと、当時原告運転の二輪車に先行する車両はなく、前示道路の彎曲も見通しの障害とならず、従つて右目撃地点から本件事故発生地点までの見通しがよかつた事実を認めることができ、また、同人が、本件事故現場付近に被害者の持つていた籠が転つており、自転車の前には密柑が転つていた事実をも目撃し、また大型貨物自動車が急ブレーキをかけて「まこと旅館」の付近に停車しバイクの止つたことをも記憶していた事実は、<書証>によつて認めることができるのである。してみると、右堀籠は、約八七米離れた地点から原告運転の二輪車と渡辺通子乗用の自転車との接触を目撃したのであるが、その時間が極めて短時間であつたとしても、かなり正確に右接触の状況を認識していたということができる。また、本件事故現場にさしかかつた際における原告運転の二輪車の速度が時速約二〇粁であつた事実は、既に認定したところであり、<書証>によると、原告が前示自転車との接触の危険を感じてその運転する二輪車のブレーキをかけたため速度が落ちた事実を認めることができ、他方、本件事故現場付近は稍々下り坂となつており、渡辺通子乗用の自転車がかなりの速度を出していた事実は、<書証>によつて認め得るところであるから、一がバイク他が自転車であるところからおのずからその速度を異にする(したがつて二回接触することはあり得ない)と断定することには躊躇を感ぜざるを得ない(その差は、一、二秒間という僅少な時間においてはそれ程大きなものではなかつたものと思われる。)し、更に、前に説示した本件事故現場における道路状況等のもとにおいて、自転車の左側を追い越そうとしたバイクが自転車に接触する直前左にハンドルを切つてこれを避けようとすることは通常のことであり、その結果一段高くなつた歩道に乗り上げることを防ぐため、更にハンドルを右に切つて進行することは容易に考え得るところであり、他方走行中の自転車の左ハンドルに後方から衝撃を受けた場合はその安定性を失ないこれを取戻すため突嗟に左にハンドルを切ることは日常われわれの経験するところであるから、前記堀籠平吾が「自転車の左側(歩道寄り)後方から来たバイクが二度接触した」旨の供述を疑問視することは当らない。

当裁判所は、以上に判示した事実のほか、前示甲第五号証、第一一、第一二号証及び乙第五号証の記載内容を仔細に検討し、かつ、右甲乙号各証が甲第二一号証、第二五号証、第二七号証、乙第三、第四号証の記載に合致すること、その他右甲第一二号証、乙第五号証によつて認め得る堀籠平吾の地位、本件事故を目撃するに至つた事情等を総合して勘案した結果、同人の供述を記載した前示各証拠の信憑性はかなり高度のものであると考えるので、原告の右主張は、採用しない。

(三)、次に、原告は、小林正蔵の検察官に対する供述調書は信憑性がない旨主張し、前示乙第三、第四号証によると同人は昭和四三年三月八日及び同年六月一三日の二回にわたつて中津川検事等の取調べを受けて右乙号各証が作成されるに至つた事実を認め得るところ、前示甲第三号証には、「右側追越か左側追越かに関する確実な裏付証拠の存しない本件の場合、同証人(小林正蔵)が当初から事実に反反する供述をしていないという点の保障は何もないし、同証言を精査検討し、あわせて当審の事実取調の結果に照らすとき、むしろこの場合も当裁判所は、追越禁禁止区域であるにもかかわらず、あえてこれに違反し、無謀にもバイクと自転車の双方を追越そうとし、被害者を死に致している者であることからみれば、その供述を信用してよいかどうかはかなり問題である」旨の記載があり、原告の前示被告事件の控訴審においては、小林正蔵の供述の信憑性につき疑問を抱いていた事実を認めることができる。しかしながら、右同人は、中津川検事の取り調べを受ける以前の同四一年二月一七日及び同年三月三日司法警察員の取り調べを受け、その後水戸地方裁判所において、更に同四四年一〇月一二日その控訴審においてそれぞれ証人として出廷のうえ供述をなしているが、いずれも原告運転の二輪車が渡辺通子乗用の自転車の左側を追い越したこと等の供述をなし、その内容を精査するもその間に格別の齟齬も認められないのみならず、<書証>の記載内容にも符合し、かつ、追越禁止区域における追越しをなして被害者を死に致したことを認めていた事実は、<書証>によつて認めることができるから、同人が追越禁止区域における追い越しによつて被害者を死に致したからといつて、同人の供述につき信憑力を否定するのは相当でない。

以上の諸点に、右小林正蔵は中津川検事の取調べを受けた後被害者の夫と裁判上の和解が成立したこと、その他本件に顕われた諸般の事実を綜合すると、前示乙第三、第四号証に信憑力を認めるにつき特段の支障も存しないから、この点に関する原告の主張も、また失当たるを免れない。

(四)、なお、付言するに、前示甲第三号証には、原告の供述の信憑性につき「一般的にいつて自転車が道路左端を走リバイクがその右側、センターライン寄りを通つて追い抜きをはかる場合が可能性としては、はるかに多い筈である。さらに、交通ひん繁な本件国道上を自転車が何の必要あつて道路左端から約二米もセンターライン寄り(左側車線のほぼ中央であつて、それ自体極めて危険な行為である。)を走つたのであろうか。当審における事実取調の結果に照らしてみても、本件事故発生地点付近は、とくに右折の必要ある場所とは思われないし、被害者の自宅もこの地点からはるかに先であることがうかがわれるから、自転車がわざわざ道路左端から二米位もセンターライン寄りを走つていたとみることについては疑問を感ぜざるを得ない。さらに、自転車が大型貨物自動車に接触したときの倒れ方について考えるに、自転車が左側、自動車が右側を走つている場合、自転車が右側に倒れて自動車の後輪にひかれている事例の散見されることは、当裁判所のしばしば経験するところである。以上の諸点から判断して、「被告人(原告)の言分は事実に反する主張である」と決めつけるわけにはいかない」旨記載されている。なるほど、自転車が大型貨物自動車に接触したときの倒れ方について右の如き事例が散見されること及びバイクが先行する自転車を追い抜きないし追い越す場合その右側からする場合の可能性がはるかに多いことについては、右に記載してあるとおりである。しかしながら、バイクが左側から先行する自転車の追い抜きないし追い越しをはかる事例は決して珍らしいものではなく、また、自転車が車道の左側端に寄つて走行することは正しい交通方法であり、また望しいことではあるが、道路左側端から二米位といつても自転車の乗用者からみればそれ程の距離ではないためか、交通ひん繁な道路を右程度の間隔を存して走行する自転車の存することは、当他方においてわれわれの目常屡々目撃するところであるから、渡辺通子乗用の自転車が交通ひん繁な本件事故現場付近を道路左側端から二米位センターライン寄りを走り、それが車道左側部分の略々中央で危険な行為であつたとしても、格別その理由を詮索する必要もなく、またそのために抱いた疑問に特に客観的合理性を見出すことはできないものといわざるを得ないであろう。

むしろ、当裁判所は、既に説示した事実関係によつても明らかなとおり、原告の供述を記載した前示甲第四号証、同第七ないし第一〇号証、同第一八号証、同第二二号証、同第二八号証は、前示認定事実に反する限度において事実に反するものと認めざるを得ないのであある。

(五)、証人中津川彰の供述によると、中津川検事は原告に対する本件業務上過失致死被疑事件につき原告の供述内容と小林正蔵の供述内容に矛盾する点が存したところから、捜査中知り得た目撃者堀籠平吾を取り調べ、かつ検察事務官をして同人を立会わせて目撃地点、同所から本件事故現場までの見通しの状況等について実況見分をさせる等して右矛盾の解明に努めたうえ、各種証拠の信憑性等を検討して有罪の確信を抱き、本件公訴を提起するに至つた事実を認めることができ、右の事実に上来説明したところを総合すると、中津川検事が本件公訴を提起するに当り、原告主張の如き過失は存しなかつたものといわざるを得ない。そして、成立に争いのない甲第二号証によると、原告は昭和四四年三月三一日水戸地方裁判所において、右公訴提起にかかる業務上過失致死被告事件につき禁鋼七月、執行猶予三年の有罪判決の言い渡しを受けた事実を認めることができ右の事実によつても前記結論を裏付けるに足り、右判決がその後控訴審において破棄されて原告が無罪となつたことによつて右結論を動かすことはできない。

三、してみると、原告の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく、失当として棄却すべきものである。よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(石崎政男 長久保武 水口雅資)

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