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水戸地方裁判所 昭和45年(ワ)117号 判決 1972年2月29日

原告

田所清穂

原告

田所ゆき子

右両名代理人

増田弘

被告

水戸市

右代表者

木村伝兵衛

右代理人

大谷政雄

主文

被告は、原告等に対しそれぞれ金二〇六万四、八六二円及びこれに対する昭和四五年四月二九日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告等その余の請求は、いずれもこれを棄却する。

訴訟費用は、これを三分し、その二を原告等の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の求めた裁判

原告等訴訟代理人は、「被告は原告等に対しそれぞれ金五六九万七、三〇〇円及びこれに対する昭和四五年四月二九日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、被告訴訟代理人は、「被告等の請求はいずれもこれを棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求めた。

第一、当事者双方の主張<略>

第三、証拠<略>

理由

一、原告等の長男洋一(昭和四二年七月九日生)が同四五年二月一九日午後四時五〇分頃本件溜池において死亡したこと及び右溜池所在地が被告の所有にかかる事実は、いずれも当事者間に争いがなく、<証拠>を綜合すると、右溜池の所在地が水戸市河和田町二、三八〇番地の一であること及び右洋一の死因が本件溜池転落による心臓麻痺である事実を認めることができ、甲第一号証をもつてしても、右認定を動すことはできず、他にこれを左右するに足る証拠は存しない。

二、原告等は、本件溜池は被告の営造物であると主張するのに対し、被告は、これを抗争するので、以下この点について判断する。

本件溜池付近に被告の設営にかかる赤塚西団地市営住宅があり被告が昭和四四年度事業として既設住宅六一戸(入居中)に加えその南側に新に一三五戸の市営住宅を建設することとしてこれが工事を関口工務店に請負わせたこと、既設住宅六一戸のうち四九戸の排水路を工事の都合上一時中断しその間その廃水を本件溜池に貯溜していたこと及び右溜池が略々円形であつてその深さが約1.5米であつた事実は、いずれも当事者間に争いがなく、右の事実に<証拠>を綜合すると、次の事実を認めることができる。

(1)、被告の設営にかかる赤塚西団地の既設住宅六一戸のうち四九戸の廃水は、同団地東側に存する幅員約五米の道路西側に添いU字溝によつて第七棟南東端に、更に同所からヒューム管、側溝等により、既設住宅の南方に存する被告所有の団地造成予定地に導かれて処理されていたこと。

(2)、被告は、昭和四四年度事業として既設住宅六一戸の南側に新に一三五戸の市営住宅を建築することとし、同年一一月二九日関口工務店と水戸市公営赤塚西団地造成整備第二期工事として、下水道工事、屋外排水工事、造成整備工事等につき代金を金六五五万円とする工事請負契約を締結し、同工務店は同四四年一一月三〇日その工事に着手したが、同四五年二月一二日その一部が変更され、竣工期限も同四五年三月七日と変更されたこと。

(3)、ところで、関口工務店の請負つた右屋外排水工事は、既設住宅及び新設住宅の廃水を処理するため前示U字溝下流の排水路及び排水溜を作るにあつたが、そのため前示四九戸の廃水を一時処理するため、右U字溝の中途から直径四五糎のヒューム管を埋没して右廃水を幅六〇糎、深さ八〇糎、長さ三〇米の素堀の側溝に導き、その側面に浸透させて処理すべきことが設計されていたこと。

(4)、ところが、右側溝の掘削予定地であつた被告所有の本件事故現場付近にはヒューム管や割栗等の工事資材が集積され、工事作業小屋が建てられたり工事関係者の駐車場として使用されていたため、関口工務店は、昭和四五年一月一七日頃前示団地第八棟東側のU字溝から東へ道路の下を通し約二〇米にわたつて直径約四五糎のヒューム管を埋設し、その開口部に幅約一米、長さ約2.5米の溝を掘り、更にその先に直径約3.5ないし5米、深さ約1.5米の略円形をした浸透式の本件溜池を掘り、その頃からこれに前記四九戸の廃水を導いて浸透処理していたこと。

(5)、被告と関口工務店との前示工事請負契約において「関口工務店は工事の施行に際し工事監督員の監督に従わなければならない。」ことが定められ(乙第二号証の一の第五条第一項)、被告もまた前示団地内に仮設の事務所を設け技術吏員大森勇をして右工事の監督に当らせていたが、関口工務店が本件溜池を設置するに当つても、また後記の防護柵を設置するに際しても、同人の指示監督を受けていたこと。

右認定に反する証人大森勇、関口昭二(第二回)の各供述部分は、前顕各証拠に照らして信用できず、他にこれを動すに足る証拠は存しない。

ところで、いわゆる公の営造物とは、国または地方公共団体により公の目的に供用されている有体物をいうのであるところ、右に認定した事実関係によると、本件溜池は、被告の所有地に設置され、被告の設営する市営住宅四九戸の廃水の処理に供され、右市営住宅と不可分の関係にあり、しかも、被告は、工事期間中も前示請負契約に基づく指揮監督により関口工務店と共同して本件溜池を管理していたものというべきであるから、右溜池が、排水路工事の都合上一時的に設けられたもので、右工事完成時には埋め立てられ被告がその引き渡しを受くべき性質のものでなかつたとしても、被告の管理する営造物に該当することは明らかであり、右溜池及びこれに導く排水管、排水路が下水道法にいう都市下水路に該当するかどうかによつて右認定を左右するものではない。

三、次に、本件溜池の管理につき瑕疵があつたかどうかについて検討するに、<証拠>を総合すると、

(1)、本件溜池の東側約2.75米には、隣接する畑との境界に添つて略々南北に有刺鉄線が張られ、右溜池を堀つた際の土砂が、ヒューム管開口部の北側に長径約2.5米、短径約二米、南側に長径約5.5米、短径約3.4米、南東部に長径約3.4米、短径約三米にわたり、いずれも中心部の高さ約一米に積み上げられていたこと、

(2)、本件溜池は、昭和四五年一月末頃から浸透が悪くなつて廃水が貯溜するようになり、同年二月初頃にはその水位が地表近くになつたため、関口工務店から危険であるとの報告を受けた前記大森勇の指示により、関口工務店においてその頃防護柵を設置した(この点当事者間に争いがない。)こと、

(3)、右防護柵は、前示ヒューム管開口部を中心して約四米に木杭三本位、本件溜池の北側約1.5米の距離を存し右有刺鉄線から約8.55米にわたり木杭四本位、右溜池から約0.75米の距離を置き前示南側と南東側の堆土の間に木杭四本位を打ち、右三個所にそれぞれ幅約三〇糎、厚さ約三糎の板一枚を高さ約七〇糎の個所に打ちつけたに過ぎないものであつたため、これを跨いだり、潜り抜け、或いは右堆土を越えて容易に本件溜池の縁に達し得る状態であつたこと、

(4)、本件事故当時前示団地内の既設住宅には約一四人の未就学児が居住していたこと、

を認めることができ、右認定に反する証人菊地たみ、高村きよの各供述部分は前顕各証拠に照らして措信できず、他にこれを覆えすに足る証拠は存しない。

ところで、右に認定した事実によると、被告は、前示団地内に未就学児が多く居住し、本件溜池に廃水が地表近くまで貯溜し危険であることを知り、右溜池の周囲三個所に、木柵に幅約三〇糎の板を高さ約七〇糎に打ちつけた防護柵を設置したが、誰でも容易にその柵内に立入れる状態にあつたというのであるから、転落事故等を防止する方策としては寔に杜撰なものであつたとの謗りを免れず、これに既に認定した事実を総合すると、田所洋一は右防護柵を潜り抜けるか前示堆土を乗り越える等してその柵内に立ち入り本件溜池に転落して死亡したものというべきであるから、被告は、公の営造物たる本件溜池の管理につき瑕疵が存したものといわざるを得ない。被告が長谷川弘子をして右溜池に子供を近寄らせないよう付近の子供のある親に伝えさせ(証人長谷川弘子の供述によると、同人がその旨連絡したのは僅か四、五軒に過ぎない。)、かつ、現場作業員をして子供が作業現場に立入らせないよう注意して作業をすすめたとしても、これをもつて被告の右瑕疵を否定する理由とするに足りない。

してみると、被告は、本件溜池の設置につき瑕疵があつたかどうかについて審究するまでもなく、国家賠償法第二条によつて原告等に対し本件事故によつて蒙つた損害を賠償する義務ありといわなければならない。

四、進んで損害額の点について判断する。

(1)、洋一が昭和四二年七月九日生れの男子であることは、既に説示したところであつて、厚生省発表の第一二回生命表によると、その平均余命は68.16年であり、原告本人田所清徳の供述によると、同原告は右洋一を少くとも高等学校までは進学させる意思を有していたと認めるを相当とするから、右洋一は高等学校を卒業した一八年から六三年まで四五年間就労して収入を挙げ得たと認めるのが相当である。そして、昭和四四年の賃金センサスによると、高等学校を卒業した一八年の男子の従業員一〇〇人以上一、〇〇〇人未満の事業所における一カ月の平均賃金は金三万〇、六〇〇円であることが認められ、その生活費は一カ月金一万五、三〇〇〇円と認めるを相当とするから、同人は、本件事故によつて死亡することにより一カ月金一万五、三〇〇円の割合による四五年分金八二六万二、〇〇〇円の純利益を失い、同額の損害を蒙つたものといわなければならない。そこで、ホフマン式計算法により民法所定年五分の割合による中間利息を控除して、その現価を算定すると、金二九四万九、五四三円となる。

(2)、そこで、過失相殺の主張について考えるに、洋一が僅か二年の幼児であつたことは、右にみたところであるから、その両親である原告等がその監護者に該ることはいうまでもないところ、<証拠>によると、原告等は長男洋一及び長女美香とともに前示赤塚西団地の第一棟に居住していたが、その南方に存する第三棟から第五棟の西側に幅約八米、長さ約七〇米に及ぶ幼児遊園地があり、またその西側約三〇米先には児童遊園地があつて幼児の遊び場には事欠かなかつた事実を認め得るところ、原告本人田所清穂、田所ゆき子の各供述によると、原告清穂は本件事故当日洋一とともに昼食を済まし同日午後一時頃勤めに行くべく外に出た際、洋一が居宅から約一〇〇米離れた本件事故現場付近のヒューム管や砂等工事資材の集積してあつた個所で友人四、五人と遊んでいるのを認め、危険を感じて連れて帰ろうとしたが同人が応じなかつたので、原告ゆき子に対し「危いから連れて来い」と申し向けて出勤したこと、その後右洋一は自宅付近で遊び更に原告ゆき子とともに前示幼児遊園地に赴き遊んでいたが、同原告が美香の世話のためそのまま放任して自宅へ帰つた隙に、同遊園地を出て本件溜池に至り本件事故に遭遇した事実を認めることができる。してみると、洋一の監護者たる原告側にも本件事故の発生につき過失があつたものというべきであるから、これを斟酌すると、洋一の右損害は、一〇分の六、すなわち一七六万九、七二五円の限度に止めるのが相当である。

(3)、洋一が本件溜池において非業の死を遂げ、同人及び原告等が甚大な精神的苦痛を味わつたであろうことは容易に推察することができる。そこで、原告等の前示過失の程度、その他本件記録に顕われた諸般の情状を綜合して勘案すると、右苦痛は洋一において金一〇〇万円、原告等においてそれぞれ金五〇万円をもつて慰藉さるべきものと認めるのが相当である。

(4)、原告等が右洋一の両親であることは、前示のとおりであるから、原告等は、同人の死亡によつて開始した遺産相続によつて右洋一が被告に対して有する前示(2)の金一七六万九、七二五円及び(3)の金一〇〇万円の損害賠償請求権を、それぞれ相続分に応じ金一三八万四八六二円宛承継取得したものといわなければならない。

(5)、原告等が弁護士増田弘を選任して本件訴訟の提起及びその追行を依頼した事実は、原告本人田所清穂の供述によつて認められ、諸般の事情を斟酌すると、その弁護士費用は、原告等において支払いを約した手数料、報酬のうちそれぞれ金一八万円の限度において、本件事故と相当因果関係が存するものと認めるのが相当である。

五、以上の次第であるから、原告等の本訴請求は、原告等その余の主張について判断するまでもなく、被告に対し損害賠償としてそれぞれ以上合計金二〇六万四、八六二円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日たること記録上明らかな昭和四五年四月二九日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度においては正当として認容し、その余はいずれも失当として棄却を免れない。よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。 (長久保武)

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