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水戸地方裁判所 昭和37年(ワ)104号 判決 1964年2月28日

原告 吾妻重

被告 床山角次郎

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

一、原告

被告は原告に対し五〇〇、〇〇〇円及びこれに対する、昭和三七年七月二七日から支払ずみまで年五分の割合の金の支払をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

なお、仮執行の宣言を求める。

二、被告

主文と同趣旨。

第二、請求原因

原告の長男吾妻正章は、大阪府で建設会社に雇われ、労務に従事していたところ、昭和三六年八月一日午前一一時三〇分頃、堺市浜寺石津町西町一三〇番地石津川橋北方一五〇米の国道二六号線を横断しようとしていたとき、この国道上を走つて来た被告の子床山一夫(当時未成年。昭和一七年一二月二日生)の運転する軽二輪自動車大う〇六五〇号ヤマハ号が、右一夫の過失により正章に衝突して、頭蓋骨骨折を伴なう前額割創及び肋骨骨折(皮下気腫及び気胸)等の傷害を同人に与え、この傷害の結果、正章は、同月二日午前二時四〇分浜寺中央病院において死亡した。

そこで原告は、訴外井草述郎を代理人として、一夫の父である被告に対し右正章の死亡による慰藉料の支払を求め、種々交渉の結果、昭和三七年二月二一日右井草述郎と被告を代理する訴外若槻直との間で、被告は原告に対し同年三月末日までに右正章の事故死に対する慰藉料として五〇〇、〇〇〇円を支払う旨の和解契約が結ばれた。

そこで原告は被告に対し、この和解契約にもとづき五〇〇、〇〇〇円及びこれに対する本訴状送達の翌日である昭和三七年七月二七日から支払ずみまで民事法定利率である年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三、被告の答弁

一、請求原因事実中、原告の長男正章が原告主張の日時場所において交通事故により原告主張の傷害をうけ、これによつて浜寺中央病院において原告主張の日時に死亡したこと、及び原告を代理する井草述郎が被告に対しこの事故による損害賠償の請求をして来たのに対し、若槻直がこれと交渉に当つたことは認めるが、正章が原告主張の労務に従事していたことは知らない。そのほかの事実はすべて否認する。

仮に原告のいうような和解契約が結ばれたとしても、この契約は、被告が当時未成年者であつた一夫の親権者法定代理人として締結したものであつて、被告自身がこの和解金支払の債務を負うわけではなく、また、原告の側でも、ほんらい正章がこの事故により支払をうけるべき賠償金について和解契約を結んだのであるから、この和解金は、正章の相続人である父原告及び母信江の両名がうけとるべき金であつて、原告だけが、その支払いを求め得るものではない。

二、抗弁

かりに、原被告間で原告の主張するような内容の和解契約が成立したとしても、この契約はつぎのような点で、その要素に錯誤があつたものであるから、この和解契約は無効である。

即ち、吾妻正章は、原告主張のように、床山一夫の運転する軽二輪自動車に轢かれて死亡したものではない。たまたま一夫は、この事故の直前原告主張の軽二輪自動車で、国道二六号線を和歌山方面に向けて走行中、先行するトラツクが右にハンドルを切つたのを発見して急にハンドルを右に切つたゝめ、右道路の反対側車道につゝこみ、歩車道区分障壁に激突して歩道上にほうり出され、意識を失つたのであるが、当時この事故の搜査に当つた堺南警察署の警察官は、この状況から、正章に衡突した加害者を一夫と速断し、十分な捜査をすることもなく、一失を被疑者として取調べた上、その意思に反して自己の責任を認めさせ、結局一夫は、正章の死亡の原因となつた業務上過失致死同傷害事件の被告として起訴され、略式命令により罰金五〇、〇〇〇円に処せられた。一夫としては当初から正章と衝突した覚えはなかつたのであるが、右のような状況のもとで警察に頭から加害者として扱われたので、被告をはじめ家族のものも、疑いをもちながら、原告の要求に応じ、若槻直らをして原告の代理人井草述郎と交渉させ、結局被告は、昭和三七年三月中右若槻直を介して、原告に対し和解金を支払う意思のあることを表明した。ところが、その後間もなく、同年四月に住所不明の堀某から、自分が本件事故の加害者である旨記載した書簡及び自首書が一夫あてに送られて来たりしたゝめ、いろいろな事情から一夫が加害者でないことが明らかになつた。

このようなしだいで、本件和解契約は、仮に原被告間で結ばれたとしても、被告が右のように、一夫が加害者であると誤信した結果締結したもので、しかも、当事者双方とも、一夫が加害者であることを当然の前提とし、これをもつぱら理由として、この和解契約を結んだものにほかならないから、この契約は、法律行為の要素に錯誤があり、従つて無効である。そして、このような当事者が争いなく契約の前提として認めていた事実について錯誤のあるときは、この錯誤による無効は、本件のごとき和解の性質をもつ契約についても当然主張することができる。

第四、右の被告の主張に対する原告の答弁

一、被告は、一夫の親権者として、世上通例行なわれるように、一夫の刑事責任を軽くするために無資力の未成年者である一夫がほんらい支払うべき賠償金債務を引きうけて支払う旨被告に約束したもので、被告が本件和解契約の当事者でないということはない。

二、被告の抗弁事実中、一夫が本件事故の際国道二六号線を被告主張の方向に走行中であつたこと、事故後一夫が反対側車道につゝこみ意識を失つたこと、一夫が警察の取調に対し自己の責任を認め、結局被告主張のとおりの起訴ならびに刑事処分をうけたことはいずれも認めるが、そのほかの事実はすべて否認する。一夫は、警察の取調に対し終始自らが加害者であることを明白に認めており、被告はこれを前提として原告と本件和解契約を締結した上、この事実を一夫の刑事処分のため有利な事情として利用しておきながら、略式命令の確定した後になつて、にわかにその主張するような無名の投書その他の証拠を作為して錯誤による契約の無効を主張するに至つたもので、実際には、要素の錯誤のごときは何ら存在しない。

三、再抗弁

仮に、被告のいうような要素の錯誤があつたとしても、被告は右に述べたような事情で、本件和解契約を軽々しく締結したものであるから、意思表示の表意者である被告に重大な過失があるものとして、この錯誤による無効を主張することができない。

第五、右に対する被告の主張

右再抗弁事実は否認する。

第六、証拠<省略>

理由

第一、本件和解契約の成立及びその当事者について

原告の長男吾妻正章が昭和三六年八月一日午前一一時三〇分頃堺市浜寺の原告主張の場所で交通事故により原告主張どおりの傷害をうけ、翌二日午前二時四〇分頃浜寺中央病院においてこの傷害に困り死亡したことは当事者間に争いがない。

そこで、成立に争いのない甲第一ないし第三号証の各一、二、同第九号証の一、乙第七号証の一ないし一一、同第一八ないし第二二号証の各一、二、同第二三号証、証人若槻直の証言により真正に成立したものと認める甲第四号証、同第五号証の三、及び同第九号証の二、証人井草述郎の証言により真正に成立したものと認める甲第五号証の一、二、及び同第九号証の二、(たゞし甲第五号証の一の郵便官署作成部分の成立については争いがない)ならびに証人彦坂富美夫、井草述郎、吾妻信江、床山一夫、西岡浅次郎、若槻直、床山福枝、及び原告本人の各供述を綜合すると、右の事故に関して本件和解契約が成立するに至つた経過はつぎのように認められる。

被告の子床山一夫は、ちようど正章が傷害をうけた時刻に、国道二六号線の正章が傷害をうけた場所の付近を、和歌山方面に向つて、被告所有の軽二輪自動車ヤマハ大う〇六五〇号を運転し、奥中小夜子を後にのせて走行中であつたが、正章の事故が起きた当時、急に右にハンドルをきつて道路中央線をこえて右側車道につゝこみ、転倒して傷をうけ、そのまゝ意識を失つてしまつた。その後間もなく、所轄の堺南警察署の警察官がこの事故を捜査した結果、正章は、一夫の軽二輪に轢かれて死亡したものと考え、一夫の家族などにもそのように告げたので、一夫の家族は、正章の死亡後、正章の職場のものや警察の求めによつて、同人の葬式費用、医療費等を支払つた。同年一二月に、原告の妻信江及び長女の夫にあたる井草述郎が、被告方で、被告に対し正章の死亡による損害の賠償として五〇〇、〇〇〇円の支払を求めたが、たまたま一夫の乗つていた軽二輪車には損害保障のための保険もつけられていなかつたので、保険金も出ず、結局金額について話合いがまとまらないために、示談の合意に達するには至らなかつた。しかし、当時、被告をはじめ一夫の家族は、一夫が意識を回復してから、家族には、自分が正章を轢いたのではないといつていたので、一夫が轢いたのかどうかについてなお疑問をもつてはいたが、警察では、一夫を加害者と認めており、一夫も既に警察官の取調に対し自己の責任を認める趣旨の供述をしていたので(その後一夫は、正章の死亡及び奥中の傷害についての業務上過失致死傷害事件の被告として起訴され、同年三月には略式命令で罰金五〇、〇〇〇円に処せられて、この命令はそのまゝ確定した)、もはや原告との間で示談による解決をはかるほかないと考え、同年一月頃から、一夫の兄嫁にあたる床山福枝と、訴外若槻直とが、井草、信江もしくは原告と、東京及び水戸で数回話し合いをし、手紙のやりとりなどもして、示談金額について折衝した結果、同年二月二一日、若槻及び福枝が、水戸市の原告方で、被告を代理して原告に対し本件事故の示談金として五〇〇、〇〇〇円を原告に支払う旨約束し、その旨を記載した若槻名義の井草宛の書面を作成して原告に交付した。福枝と若槻はその後直ちに堺に帰り、このことを被告をはじめ家族に報告したところ、いずれも異議なくこれを承認した。

以上のように認められる(たゞし、以上の事実のうち、一夫が右国道を和歌山方面に向い走行中であつたこと、一夫が反対側車道につゝこみ、意識を失つたこと、一夫が警察に対し自己の責任を認め、上記のような刑事処分に処せられたこと、井草から賠償金を要求されて若槻が同人と交渉したことについては、いずれも争いがない)。

これに対し、被告は、福枝らが右のように原告と示談の話をしたことについては被告自身は関知せず、同人らが被告に無断で原告と示談をした旨供述しているが、この供述は、前記床山福枝及び若槻直の供述、成立に争いのない乙第九号証の記載などゝ対照しても、到底採用できないもので、この点に関する証人西岡浅次郎の証言も、単なる伝聞で、この被告の供述を裏づけるに足りない。

被告側は、更に、本件示談契約上の権利義務の主体は原告と被告とではなく、一夫及び原告夫婦であると争うが、右に認定の根拠として掲げた各証拠によつても、本件示談契約においては、一夫自身が未成年者で資力もなく、前記のように保険金も出なかつたゝめ、父親の角次郎が、正章の父で、その死亡により精神的、物質的損害を蒙つた原告自身に対してこの示談金を支払うことゝなつた経過が明らかである。被告のいうのは、単なる法律論にすぎず、実際の契約では、かように、他の関係者の同意のもとに父親同志を当事者として示談契約が結ばれることは、別に珍しいことでもなく、特に、その効力を否定しなければならない理由もない。そのほか、本件を通じて、この認定をくつがえし、被告の右主張を裏づけるような事実も証拠も見当らない(もともと、被告は、前記のように、本件軽二輪車の所有者として、法律上この車による事故については、自動車損害賠償保障法の規定により、被害者に対し、賠償の責任を負うべき立場にあるのだから、この点からいつても、被告が自ら本件示談契約の債務者となつてもすこしもふしぎはない)。

従つて、本件和解契約の成否に関する限りは、すべて原告主張のとおりに認めることができる。

第二、被告の錯誤の抗弁の当否について。

一、成立に争いのない甲第八号証の一、三、証人井草述郎の証言により真正に成立したものと認める同号証の二、右各証に同封されていたことの争いのない同号証の四、五、及び証人床山一夫、西岡浅次郎、若槻直、床山福枝、村上博敏、及び被告本人の各供述によつて、一夫宛に届けられた堀某名義の書簡の封筒、なかみ及び封筒の一部とそれぞれ認められるところの乙第二四号証の一ないし四(同号証の四が同号証の三の消印部分であることは争いがない)、ならびに右各証人及び本人の供述を綜合すると、つぎの事実が認められる。

被告側では、本件の事故については、前記のように、果して一夫が正章を轢いたものかについて当初から幾分疑いをもつていたが、一夫の刑事処分が確定し、本件の示談契約を原告と結んだ後になつて、昭和三七年四月二七日頃に、本件事故の責任は自分にある旨記載し、かつ警察署長宛の告白書をも同封してある、発信人堀某(住所はない)とのみ記載された一通の手紙が一夫宛に届いたことから、被告をはじめ家族のものは、やはり一夫が轢いたのではないという考えを強くもつようになり、その後はこれを理由に原告に対し本件示談金の支払を拒んで現在に至つている。

以上のように認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

二、そこで、右のような経過で、被告が本訴において主張するに至つた錯誤の抗弁の当否を判断するには、さかのぼつて、その前提となる本件事故の真相、即ち、一夫が果して正章を轢いたかどうかについて改めて判断しなければならない。もつとも、この点は、前記のように、一夫を有罪とする略式命令が既に確定していることであり、民事訴訟とはいえ、別の訴訟でも、その結果は、ある程度尊重しなければならない。また、前記の一夫宛の書簡にしても、結局どこの誰とも分らぬものからの手紙で、その内容も余り明確でないのでこれをそのまゝとり上げるわけにはゆかないし、一夫自身も、前記のように、警察での供述を後に翻している上に、一夫が轢いたのではないとする、西尾博一の証言にしても、一夫の友人でありながら、事件後二年余も経つて始めてこのことを証言したなどの点で、その信用性に若干問題があることは否定できない。しかし、当裁判所は、かような被告側の証拠のもつ弱点にも拘らず、一切の証拠を詳しく検討した結果、本件の事故においては、一夫の車が正章と衝突したことの証明が結局十分でないものと判断するのであり、右の西尾証言はじめ被告側の提出する証拠も、これら一切の資料と綜合して考える限りでは、右のような判断の根拠として採用し得るものと考える。。以下その理由を述べよう。

(一)、成立に争いのない乙第一ないし第一五号各証及び証人広田正勝、彦坂富美夫、村上博敏の各供述をとおして、本件事故に関する、捜査機関(主として警察)の捜査ないし判断の過程及び結論について検討して見ると、事故の際、一夫の軽二輪車が正章の体に衝突したことについての、直接のきめ手となる証拠としては、一人の目撃証人も調べられていないし、この種の事件でしばしば用いられる、いわゆる塗料検査のごとき科学的捜査も試みられておらず、一夫自身も、警察及び検察庁で、先行のトラツクの後に人影を見て右にハンドルを切り、そのあとは全く覚えていないといつているだけで(一夫は、本訴の証言では、この人影を見たと述べた点は否定している)、人と衝突したとか、その衝撃を感じたような事実自体については全く述べていない。従つて、本件の捜査に当つた村上証人も認めているように、結局、一夫が被害者に衝突したという判断の根拠としては、主として、当時の実況見分の結果等による、事故前後の現場の状況からの推断がその中心となつているわけであるが、以下に述べるように、この推断自体について少なからぬ疑問が存在する。

(二)、前記乙第一、二及び第一〇ないし第一二、第一四号各証の記載及び証人彦坂富美夫、村上博敏、広田正勝、床山一夫の各証言を綜合すると、床山一夫は、本件事故当時前記のように、国道二六号線を走行中であつたが、事故の直前、道路中央線の左側(和歌山方面に向つて左側をいう。以下左側右側というときはすべて同じ)に沿うて、同方向にほゞ同速度で走つていた大型トラツクの約一〇米ないし一二米後方を時速約五〇キロで走つていたところ、突然ハンドルを右に切り、ブレーキを踏み、車体が右に傾いたまゝ右前方へよろめきつつ突進し、車の側面が路上に接触してのこしたものと思われるところの、中央線に沿うてその右約二ないし四米のところをやゝ右方にそれて走る、長さ約三〇米余の擦過痕(たゞし、途中で一度きれている)を道路上にのこして右側歩道付近に至り転倒したこと、この擦過痕の始まる場所から和歌山方向へ約一二米の距離の、中央線より約三米右側の箇所に、被害者がそこに転倒負傷したゝめできたと思われる、直径約〇・二米の血痕がのこされていたことがそれぞれ認められる。そして、このような現場の状況と証人八十川瑞穂の証言ならびに当裁判所の検証の結果を綜合して考えると、被害者正章(成人としてふつうの体格)は、事故の直前この国道を歩いて横断しようとしていて、中央線の付近で走行中の車に衝突されて、前記血痕の箇所まではねとばされ、前記の傷害を負い、特に頭部の衝撃による傷が致命傷となつて間もなく死亡するに至つたものと認められる。このとき、被害者の走つていた方向は、必ずしも明らかでないが、一夫がとつさに右によけていることや、右の被害者の転倒位置、その他、事故現場の状況の一切から考えて、同人は道路の左側歩道から中央線に向つて歩行中に轢かれたものと推認することができよう。(なお、前記乙第二号証の二、同第一四号証、一夫の証言及び検証の結果から見て、事故当時の現場付近の交通量はかなり多く、右のトラツクや一夫及び同人と同行した数名の乗つていた単車数台を含めて、相当数の車輛がかなりの高速でその付近を通行中であつたと認められる)

ところで、右のような状況を前提とし、捜査の責任者であつた村上証人の供述に従つて、一夫を加害者とみなした警察ないし捜査機関のこの事故についての説明をくみ立てゝみると、一夫は、前記擦過痕の北端より約四、五米北の地点で、左前方から前記トラツクと一夫の車との間にふみこんで来た被害者に真正面からぶつかつて、この地点より約一六米先の中央線より左側道路上の前記転倒地点までその身体をはねとばされ、そのあと、一夫の単車は、右に著しく倒きつゝも、中央線より右側に出て直進をつゞけ、結局道路右端の付近で転倒したということになる、しかし、この説明については、いくつかの重大な疑問が生じる。

(三)、先ず、一般に、一夫の乗つていたような軽二輪車との衝突によつては、たまたま相乗りでかつ時速約五〇キロであつたという事情を考慮するにせよ、成人の身体が一六米以上も一挙にはねとばされて致命傷をうけるようなことは、ふつう余り起り得ないことゝ思われる。仮に軽車輛でもそのようなことが起り得るとすれば、村上証人も認めるように少なくとも、軽二輪車がその進行方向の前方に位置する被害者に文字どおりまともに激突したような場合でなければならないだろうし、また、このような衝突のしかたをすれば、当然単車の乗り手に著しい衝撃を感じさせることはもちろん、車輛前部の衝突部位にかなりの破損を生じ、かつ必ずしも直ぐに転倒はしないまでも、車の速度や力が相当弱められるものと考えられる。ところが、前記擦過痕の位置や一夫の証言から見て、一夫の車が事故直前、先行トラツクに追尾しつゝ中央線の左側にほゞ沿うて走つていたことはたしかと思われ、また、警察も、トラツクの後方に人影を見て急にハンドルを切つたという一夫の警察での供述(乙第一二号証の一及び第一四号証)をよりどころとしているので、警察の想定によると、被害者は左方から歩いてトラツクと単車の中間の、しかも、単車とまともにぶつかる位置にふみこんで来たということになるが、これは、両車の距離や時速、当時の付近の交通状況などから考えて、被害者がきわめて敏捷に動いたとか、一夫がそのとき車首をことさら左に向けていたというような、余りあり得ない前提に立つのでもない限り、実際上著しく困難なことのように思われる、(右の、人影を見たという供述を、一夫は本訴では否定しており、後に述べるように、この供述が警察官に強要されたという心証は必ずしも得難いが、少なくとも、右に述べた点でこの供述には疑問がある)。もつとも当時一夫の走行位置がもつと左に寄つていたとか、あるいは、やゝ斜めに被害者と接触したものと考えれば、右の点の説明は何とかつくかも知れないが、それにしても、軽二輪車のように、視界をさえぎるものもなく、回避動作もきわめて容易迅速にできる車輛の運転者が、白昼、本件のような道路で、まともに被害者に激突してしまうまで直進してハンドルを切る余裕すら全くなかつたというのも甚だ理解し難いことで、そこに少なからぬ疑問が残る。

のみならず、警察のいうとおりであれば、右のように単車にもきわめて強い衝撃が加えられたにちがいないと思われるのに、前にも述べたように、前記乙第一二号証の一、二、第一四号証及び本訴での供述を通じて、一夫は警察での取調いらい一貫して、何らかの衝突の衝撃を感じた事実は全く述べておらず、後に乗つていた奥中小夜子証人も衝撃を感じたことについては警察でも本訴でも述べていない(たゞし、乙第一一号証によると、奥中は、警察では、事故のとき音がした旨述べ、本訴の証言ではこれを否定しているが、同人の事故当時の記憶は始めから余り明確でなく、転倒の際の音と混同することも考えられるし、いずれにしても、衝突の衝撃自体については述べてはいない)。また、乙第二号証の一及び七ならびに前記村上証人の証言によつても、単車の右側に道路との擦過による損害と思われるものがあるのを除けばその前部には多少の擦過痕等がある程度にすぎず、これは転倒の際の損傷とも考えられる上に、この部分に被害者の衣服頭髪等の付着も認められない。しかも転倒地点には相当量の血痕が見られるのに、警察が衝突点と目した地点の付近には、何らの血痕がのこされた形跡もない。更に、一夫の単車は、衝突点から、実に三〇米余もほゞ直進をつづけた後に転倒しているのであつて、相当の余力をのこしていたことがうかゞわれる。

以上すべての点は、この事故についての警察側の判断に少なからぬ疑問を生じさせるもので、一夫が轢いたという推断についていわゆる合理的な疑いを起こさせるに足りるものである。

(四)、一方、これに対して、被告側の援用する、前記西尾証人及び一夫の証言ならびに発信人不明の手紙(乙第二四号各証)の内容をみると、これらの証拠には、前述のように、供述のされた時期や供述の変化などの点で、いろいろ問題はあるけれども、さきに述べた現場の痕跡その他の当時の状況と照し合せてみると、右の警察側の説明よりは、むしろ納得できる部分が多い。即ち、これらの証拠の内容を綜合して見ると、道路の左側から近づいて来た被害者を右にハンドルを切つてよけようとしてこれと接触したのは、一夫の車に先行した大型トラツクであつて、一夫ではなく、一夫は、このときの先行車の動静を見て追突をさけるため、急に右にハンドルを切り、ブレーキをふんだゝめに、右前方によろめいて直進し転倒するに至つたことが述べられ、もしくは記載されているのであるが、このように事実を見てゆく方が、前記の現場の諸状況とも辻つまがあい、警察の推断に関して生じる種々の疑問をも消滅させるように思われる。

即ち、被害者が先行大型トラツクの側面に触れたとすれば、中央線よりかなり左にある前記被害者の転倒位置もうなずけるし、被害者がこの衝撃で致命傷を負うたことも理解でき、また、高速かつ相乗りの単車が急にブレーキをふみ、ハンドルを一方に切つた場合には、その方向に向つて傾きつゝ相当つゝ走ることは間々あることなので、中央線の左の長い擦過線も説明がつく、少なくとも、これらの点で、単車が一六米も被害者をはねとばしたという警察の推断よりはむりがない。従つて、これらの被告側の証拠は、問題はあるにしても、このように客観的な状況と符合する点が多い以上、その信用性は軽視できないものがあるのであつて、殊に西尾証人の証言は、その図示した衝突地点などの点で、多少不明確で、記憶の混乱を疑わせるような点もあるけれども、その内容は全体として具体的で、ほゞ一貫しており、特に作為を加えたとか、計画的にうそを言つているものとも思われない。一夫にしても、その警察での供述は、床山福枝や彦坂富美夫の証言を参酌すると、強要されたという心証を必ずしも得難いが、その本訴での証言にも、右のように、現場の状況や他の証拠と合致する点があるので、その信用性はあながち否定できない。これを要するに、これらの被告側の証拠によつて積極的に、トラツクが正章を轢いたと認めることはなお困難だとしても、少なくとも、そのような可能性もあることを十分推測させるもので、ひいて、前記の警察側の推断のたしかさをくつがえす反証としての価値を十分に有するものといわなければならない。

(五)、このように、本件の一切の証拠を比較検討してみると、本件では、捜査機関の反対の判断にも拘らず、一夫が正章を轢いたという事実の証明がついに十分でないという結論に達せざるを得ない。即ち、当裁判所としては、仮に、この示談契約が結ばれず、本訴が一夫ないし被告に対し、損害賠償の支払を求める訴訟であるとすれば、一夫が轢かないという積極的な証明まではないまでも、少なくとも、一夫が轢いたことの証明が十分でないために原告が敗訴するべき事案と考える。

三、そこで、右のように、一夫の単車と被害者との衝突ないし接触についての証明が十分でない以上、原告側としては、一般の不法行為による賠償責任はもちろん、自動車損害賠償保障法第三条による賠償責任をも一夫ないし被告に対して問い得なくなるわけであるが、被告は、それにも拘らず、かような賠償責任があるものと誤信した結果、本件示談契約を結んだことはさきに認定したとおりであり、しかも、この責任の点は、本件契約のもつとも重要な縁由ないし動機を構成し、かつ、双方当事者が、この責任のあることを当然の前提として、即ち表示された動機としてこの契約を結んだものといえるから、右の錯誤は、この示談契約における、民法第九五条にいう要素の錯誤にあたり、この錯誤にもとづいてこの契約は無効となるものというほかはない。そして、前記甲第一ないし第五号各証、乙第一八ないし第二二号各証ならびに証人床山福枝、若槻直、井草述郎、吾妻信江及び原被告本人の各供述を通じて、本件示談契約の結ばれる以前に、原被告間で、被告側の賠償責任の有無について争われた形跡は殆んどなく、主として示談金の額について折衝が行なわれた結果、結局合意に達するに至つた経過がうかゞわれるので、このように、被告側に責任があること一応争いがないものとして、示談契約が結ばれた以上、この契約が示談金額等に関する当事者の互譲によつて成立した和解契約であるという理由で、責任の有無に関する被告の錯誤の主張が禁じられるいわれはない。

もつとも、一夫の車と被害者との衝突の有無に関する挙証責任の所在についても、取引の安全を強調して、およそひとたび締結した契約の効力を否定するには、契約にあたり誤信したという事実の反対事実、即ち、本件でいえば、一夫が轢いたのではないという事実の積極的な証明がされなければならないとする立場もあり得るし、このような考えに立てば、本件の見方もおのずからちがつて来ようけれども、一の契約の効力を前提として他の取引関係が更に築かれてゆく商取引上の行為などの場合ならば格別、本件のように、不法行為を理由とするもので、その成否が当事者の人格的責任の有無とも関連するような法律行為についてまでこのような考え方をたやすく当てはめることはできない。即ち、少なくとも、本件契約の場合は、ひとたび契約を結んだからというだけの理由で、ほんらい法律上責任のないものにまで、賠償の責任を負わすわけにはゆかないのである。

四、原告は、更に、この錯誤につき表意者である被告側に重大な過失があると主張する。たしかに、一夫や被告の家族が自ら十分な調査もせずに、一夫の責任を認めて略式命令を確定させ、この示談契約まで結んだ後になつて錯誤を主張したことについては責むべき点がないとはいえないが、すでに認定した、本件契約の締結に至る一切の事情から見て、事柄の性質上、被告側が、幾分疑問はあつても、結局一夫が加害者であるという警察側の専門家の判断に一応従わざるを得なくなり、一方原告側がこの警察の判断に依拠して被告側の責任を厳しく追求したゝめ、やむなく示談契約を結ぶに至つた経過には無理からぬ点があるし、その後前記の投書により意を翻して履行を拒むに至つた経過をみても、あながち原告のいうように、刑事責任をのがれるために当初から計画的にしたものとも考えられないので、少なくとも、これをもつて、直ちに表意者たる被告に、民法第九五条但書にいう重大な過失があつたものとみなすことはできない。むろん、このような被告側の行動によつて、原告は、被告との示談の交渉や本件訴訟などのために少なからぬ費用をついやす結果になり、しかも、いまさら真犯人を探索することも事実上困難になつたわけで、原告がこれによつて蒙つた損害に対しては被告は少なくとも、徳義的な責任を免れ得ないと思うが、これによつて本件の法律的結論自体が左右されるものではない。この事故による原告側の被害に対する救済としては、自動車損害賠償保障法第七二条による政府補償の手続をすることによつて、これをはかるほかないであろう。

第三、結論

以上のとおりであるから、右のように無効な示談契約を前提とする原告の本訴請求はすべて理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 田辺公二)

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