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水戸地方裁判所 昭和34年(行)16号 判決 1964年2月18日

原告 宮田英行 外六名

被告 茨城県教育委員会

主文

一、原告宮田、同長岡、同中内、同竹山直七、同高沢の地位確認を求める訴および原告佐藤の損害賠償を求める訴を、いずれも却下する。

二、原告宮田、同長岡、同中内、同竹山直七、同高沢のその余の請求および原告竹山常代の請求を、いずれも棄却する。

三、訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

第一、請求の趣旨

一、原告宮田が茨城県下館小学校教諭、同長岡が同小学校助教諭、同中内が同県伊讃中学校教諭、同竹山直七が同中学校助教諭、同高沢が同県水戸第三中学校教諭の各地位を有することを確認する。

二、予備的申立

被告が原告宮田、同長岡、同中内、同竹山直七、同高沢に対して昭和二四年一二月六日付でなした免職処分は、無効であることを確認する。

三、被告は、原告佐藤健三に対し金五万円の支払をせよ。

四、被告が原告竹山常代に対して昭和二五年三月三一日付でなした休職処分は、無効であることを確認する。

五、訴訟費用は、被告の負担とする。

との判決を求める。

第二、請求の趣旨に対する答弁。

一、原告らの請求をいずれも棄却する。

二、訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求める。

第三、請求の原因

一、原告らの地位

(一)、原告宮田は茨城県下館小学校教諭、同長岡は同小学校助教諭、同中内は同県伊讃中学校教諭、同竹山直七は同中学校助教諭、同高沢は同県水戸第三中学校教諭、同竹山常代は同県伊讃中学校教諭であつた。

(二)、原告佐藤は、茨城県下館中学校教員であつた訴外亡佐藤純の実弟である。

二、免職処分および休職処分。(以下単に「本件各処分」という。)

(一)、昭和二四年一二月六日付懲戒免職処分

原告宮田、同長岡、同中内、同竹山直七、同高沢および訴外亡佐藤純ら六名は、昭和二四年一一月一一日被告から、「人事刷新要綱」(これは、被告が同年同月七日付で定めたもの。)に該当するものとして、翌一二日までに教員の地位を退職するよう勧告を受けたが、これを拒絶したところ、同年一二月六日付で、被告からいずれも懲戒免職の処分を受けた。

(二)、昭和二五年三月三一日付休職処分

原告竹山常代は、昭和二五年三月三〇日被告から前記「人事刷新要綱」に該当するものとして、翌三一日までに教員としての地位を退職するよう勧告を受けたが、これを拒絶したところ、同月三一日付で被告から休職の処分を受けた。

三、人事刷新要綱および該当事由

(一)、右退職勧告の基準となつた人事刷新要綱には、次のように規定されている。

(1)、関係法規にてらし好ましくないもの

(2)、本委員会の教育政策に添わないもの

(3)、教育公務員として体面を保てないもの

(4)、勤務不良で職責を全うし得ないもの

(5)、公の奉仕者として信望のないもの

(6)、言動が常規を逸し、教育上悪影響のあるもの

(7)、学校の秩序をみだすもの

(8)、学校経営に協力しないもの

(9)、教職員にして心身の能力が劣るもの

(二)、原告らの該当事由は、原告宮田につき1、2、4、6、7、8、同長岡につき1、2、4、6、8、同中内につき1、2、4、6、7、8、同竹山直七につき1、2、3、6、7、8、同高沢につき1、2、3、6、7、8とされている。

四、本件各処分の無効

本件各処分には、次のような違法があり、そのかしは重大かつ明白であつて、無効である。

(一)、実体上の理由を欠く違法

(1)、処分事由の不存在

被告が本件各処分の理由とする事実(第四、被告の答弁二に記載する。)は、原告らについては存在しない。右該当事実がないにもかかわらずなされた本件各処分は違法である。

(イ)、原告宮田について

授業時間数については、原告宮田は、昭和二四年当時、茨城県教職員組合の県の執行委員の地位にあつたため、授業の担当は学校長の了解により、小学校五年の算数だけを担当していた。これについては授業時間の補てんが行なわれていたから、授業に支障はなかつた。

遅参と無届欠勤については、同原告は登校すると組合の書記局へ行くならわしになつており、職員朝会に出る必要はなかつた。遅参というのは、右の職員朝会不参加を指していると思われるが、これについてそれまでに学校長から注意を受けたことはない。また、無断欠勤の事実はない。もし登校しない日があつたとすれば、それは出張である。また、組合の会合への出席の際は、電話または口頭の連絡でよいことになつていたので、その都度右の方法で連絡してある。

被告主張の休職処分後の行動は全く存在しない。

(ロ)、原告長岡について

被告の主張する事実はない。

(ハ)、原告中内について

被告の主張する事実はない。なお、無断欠勤(第四の二の(3)の(イ))について、同原告は、当時県教職員組合執行委員、真壁支部情報宣伝部長の地位にあり、かりに被告主張のような欠勤があるとしても、それは組合の業務のための出張である。また、同原告の所属する学校は、三分校(川島、東、西分校)に分れていて、各分校の距離はいずれも七キロメートル以上離れており、欠勤の届をするにも、校長に連絡することが困難であつた。この事実は校長も了解していた。

(ニ)、原告竹山直七について

被告の主張する事実はない。

(ホ)、原告高沢について

被告の主張する事実はない。なお、昭和二四年一一月一一日の行動(第四の二の(5)の(ハ))は、被告に対し退職勧告の撤回を陳情したものである。

(ヘ)、原告竹山常代について

被告の主張する事実は存在しない。昭和二四年一一月一六日の件(第四の二の(6)の(イ))は、伊讃中学校で協議会がもたれ、出席者として意見を述べたにすぎない。同月一七日の会合(第四の二の(6)の(ロ))は、P、T、Aの有志が主催したもので、被告委員会へ生徒代表を派遣したのは、P、T、Aと生徒協議会が自発的に定めたものである。同月二八日の職員会議(第四の二の(6)の(ニ))では、時間割の必要から意見を述べたにすぎない。

(2)、思想信条を理由とする処分

本件各処分は、右のとおり処分理由がないのに、その当時の社会情勢、政治情勢から、日本共産党員またはその同調者と目される者を職場から追放することを計つたものである。これは、明らかに思想信条を理由としてなされた差別待遇である。労働基準法第三条、憲法第一九条、第一四条に違反する。本件各処分は無効である。

(3)、不当労働行為

本件各処分当時、原告宮田は茨城県教職員組合執行委員、同真壁支部書記長、同長岡は同支部青年委員、同中内は茨城県教職員組合県委員、真壁支部執行委員、同竹山直七は下館班青年部対策委員、同高沢は茨城県教職員組合前県委員、同前水戸支部執行委員、同竹山常代は下館班婦人部前委員であつた。いずれも組合活動の中核的存在として活ぱつな活動を行なつていたものである。被告の本件各処分は、これらの組合活動をきらつてなされたものであるから、不当労働行為である。本件各処分は無効である。

(二)、根拠法令を欠く違法

本件各処分は、官吏懲戒令(明治三二年勅令第六二号)第二条、第三条および官吏分限令(同年勅令第六二号)第一一条第一項第四号の準用によつている。しかし、後述のとおり、前者はすでに廃止されており、後者もすでに失効しており、いずれも準用の余地がない。本件各処分は、根拠法令を欠いているから、無効である。

(1)、官吏懲戒令について

教育公務員特例法(昭和二四年法律第一号)第三条によれば、公立学校の教員は地方公務員の身分を有するとされている。地方自治法附則第五条第一項には「都道府県の吏員に関しては、別に普通地方公共団体の職員に関して規定する法律が定められるまで、従前の都道府県の官吏又は待遇官吏に関する各相当規定を準用する。」と規定されている。一方、地方公務員である教員の懲戒に関する内容、手続を定めている地方公務員法は、昭和二五年一二月公布され、その後昭和二六年八月一三日施行になつている。

従つて、公立学校の教員の懲戒については、地方公務員法の施行までの期間は、地方自治法附則第五条第一項の規定の適用を受けるわけである。

ところが、この規定によつて公立学校の教員の懲戒に関して準用されるべき官吏懲戒令は、昭和二三年法律第二二二号国家公務員法の一部を改正する法律附則第一二条により、同年一二月三日(七月一日と記載してあるのは、誤記と認める。)限り廃止された。そして、廃止された法令を準用することは不可能であるから、同日以降地方公務員法施行までの間(約二年半以上)、公立学校教員に対し懲戒免職処分を行うべき何らの法律上の根拠もなかつた。本件懲戒免職処分(地方公務員法施行以前に行われた処分である。)は、法律上の根拠なくなされたものであるから、無効である。

(2)、官吏分限令について

地方公務員法の施行以前においては、前記地方自治法附則第五条第一項により、公立学校の教員の分限に関して、官吏分限令が準用される。

しかしながら、官吏分限令が本件各処分当時効力を有していたと解すべき法律上の根拠はない。本件休職処分は、法律上の根拠なくなされたものであるから、無効である。

(イ)、昭和二一年七月二一日、教員組合全国連盟(教全連)が結成され、同年一二月二三日、全日本教員組合協議会(全教協)が結成された。そして、全教協は昭和二二年三月八日、教全連は同月一一日、それぞれ文部大臣高橋誠一郎と労働協約を締結した。このうち全教協との協約第一一条は、教職員の任用、ひ免、賞罰等の原則的基準に関しては、文部大臣と全教協をもつて構成する人事委員会の審議を経なければならない。人事委員会の構成ならびに運営は、業務協議会の構成ならびに運営に準ずる。また、同第二一条は、全教協加盟都道府県組合が都道府県と左の基準を含む労働協約を締結することを至当と認め、都道府県に対し有効に勧奨するとしており、同条第三項で、都道府県は組合員をひ免、転勤するときおよびそれに関し文部大臣に上申するときは、事前に本人および都道府県組合に通知する。次の事項については、都道府県は、都道府県と都道府県組合をもつて構成する人事委員会の審議を経て、その決定を重視するとし、次の事項として、教職員の任用、ひ免、転勤をあげている。

この協約によつて教職員の人事を行うことについて、文部大臣は、同年三月一九日発学一二七号学校教育局長通達をもつて、都道府県知事に指示し、以後全国で実施された。都道府県ごとにまた都市ごとに、行政当局と組合によつて、人事委員会が組織され、人事に関する事項はすべて組合との協議を経て行なわれるようになつた。

右に述べた事項は、本件各処分当時もいぜんとして効力を有していた。この協約の規定は、まさに教職員の分限に関するものであるから、これに対して官吏分限令を準用する余地は存しない。

(ロ)、実定法上も、昭和二三年法律第二二二号国家公務員法の一部を改正する法律附則第一二条により官吏懲戒委員会は廃止された。官吏分限令では、官吏の分限に関する事務をこの委員会に属せしめている。この委員会の廃止により、官吏の分限に関する事務の遂行は不能となつた。この面からみても、官吏分限令は失効している。

五、よつて、原告宮田、同長岡、同中内、同竹山直七、同高沢に対し被告のなした本件各懲戒免職処分は、いずれも無効である。右原告らは、いぜんとして、従前有していた教員の地位を有している。その地位の確認を、予備的に、本件各免職処分の無効確認を、求めるわけである。

また、原告竹山常代に対し被告がなした本件休職処分も、また無効である。本件休職処分の無効確認を求める。

六、原告佐藤の損害賠償請求

(一)、原告佐藤の実兄佐藤純は、前記のように違法に懲戒免職処分を受けた後、レツドパージ該当者のらく印を押され、世人からうとまれ、収入の道を断たれ、生活の貧困をきたし、昭和三一年九月三〇日、過労と貧困が原因で死亡した。

もし被告の違法な免職処分がなかつたら、このような貧困や死亡という結果は生じなかつたことは明らかである。同人の死と被告の右処分との間には因果関係がある。

そして、右違法な処分は、被告の故意または過失によるものということができる。被告の不法行為というべきである。佐藤純は、被告の右不法行為により、多大の損害を蒙つた。原告佐藤は、実兄佐藤純の死亡により、同人の有する損害賠償請求権を相続した。

(二)、原告佐藤は、被告の右不法行為により、弟として佐藤純の死亡に基ずく精神的損害を受けた。民法第七一一条の準用により、右精神的損害に対する慰藉料を請求する。

(三)、その額は、実兄の死亡という重大な結果、原告佐藤と佐藤純は二人兄弟で他に兄弟がないこと、原告佐藤は、本件免職処分当時、茨城県真壁郡協和村間中の佐藤純の住所に同居し、同一の家計のもとに生活し、ローカル新聞の記者としての自己の賃金が少かつたため、兄の佐藤純や父から若干の扶養を受けていたこと、佐藤純の死亡により、同人の妻が原告佐藤の妻となつていること、佐藤純が免職処分を受けた後は、原告佐藤も新聞記者をやめ、家事の手伝をして兄の扶養を行うようになつたこと、その他の事情をしんしやくするとその額は多大である。

(四)、原告佐藤は、被告に対し、その損害の内金五万円の支払を求める。

第四、請求原因に対する被告の答弁

一、請求原因第一項ないし第三項の各事実はいずれも認める。

二、請求原因第四項の(一)(実体上の理由を欠く違法)の主張は全部争う。

(一)、原告宮田、同長岡、同中内、同竹山直七、同高沢、同竹山常代および佐藤純らは、被告の制定した人事刷新要綱にてらして、勤務成績が悪く、また、教員として不適当と認められた。そこで官吏分限令第一一条第一項第四号を適用して休職を命ずるのが適当であると考えた。しかし一応任意退職を勧告した。右原告らがこれに応じなかつたため、休職を命じた。(右のうち原告竹山常代を除くその余の六名に対して、昭和二四年一一月一二日付で休職処分をした。)ところが、右六名については、さらに休職後の行動をも考え合わすと、官吏懲戒令第二条所定の懲戒事由に該当すると認められた。そこでいずれも懲戒免職処分をしたのである。従つて、本件各処分は、思想信条を理由としてなされたものではない。また、不当労働行為でもない。

(二)、本件各処分の事由

(1)、原告宮田について

(イ)、昭和二四年度六月から一一月一〇日までに七四時間の授業をすべきところ、わずかに二一時間の授業を行つただけである。

(ロ)、右期間中の出退勤成績

遅参が、六月、七月、九月にいずれも一〇回、一〇月に一三回、一一月に四回。

無断欠勤が、九月二一日と一〇月八日の二回

である。

(ハ)、休職処分後の行動

(a)、昭和二四年一一月一四日午前七時半ごろ、下館小学校六年の教室に侵入して、同校鈴木ちよ教諭が砂糖を横流ししたと記載したビラを児童にばらまいた。

(b)、同月二一日午後七時ごろ、下館町中央劇場で休職処分攻撃の演説をなし、場内の人々に救援カンパを要求した。

(2)、原告長岡について

(イ)、昭和二三年四月中、勤務校の教室で、同校教員木城敏雄に特定政党への入党を勧誘し、かつ、校内でその政党の主義綱領を宣伝した。

(ロ)、昭和二四年度に下館小学校四、五年の体操を担任していたが、四年生には四〇時間授業すべきところ、そのうち一六時間を、五年生には四一時間授業すべきところ、そのうち一七時間を、いずれも正当な事由なく授業しなかつた。

(ハ)、同年六月三〇日、九月九日および一〇月二九日に無断欠勤、七月九日には無断早退をした。

(ニ)、休職処分後の行動

(a)、昭和二四年一一月一八日朝学校に侵入し、全校生徒に体操の指導をし、校長に制止された。

(b)、同月一四日、学校に侵入して、各教室を歩き、教員に対し映画(ソ連映画の夕)入場券約三〇枚を押し売りした。

(3)、原告中内について

(イ)、無断欠勤が多く、出勤しても担当授業を怠ることが多い。すなわち、昭和二四年四月二三日、五月二八日、六月一一日、七月一一日、同月一六日、九月一〇日、一〇月一八日に、いずれも無断欠勤している。

(ロ)、伊讃中学校教員永田実の採用について、校長に無断で公文書を作成し、内申手続をとつた。

(ハ)、休職処分後の行動

(a)、休職処分後、これを無視して、昭和二四年一一月二五日まで殆んど連日登校して、学校業務を妨害した。

(b)、同月一四日、伊讃中学校第一教場の職員に対して「我々の行動を妨害するものは、敵とみなして断固戦う。」と放言し、かつ、同日、中央教場で学校長が生徒に訓話した際、これを妨害して中止させた。

(4)、原告竹山直七について

(イ)、昭和二三年六月一八日から三日間、下館小学校裁縫室を許可を受けないで無理に使用し、茨城県西部地区共産党教員グループとして、党宣伝の紙芝居、指人形劇を上演した。

(ロ)、昭和二四年八月九日下館町における徳田球一の演説会に際し、同人著「生きる道は一つ」という冊子に演説会の入場券を添えて、教職員に押し売りした。

(ハ)、休職処分後の行動

(a)、休職処分後昭和二四年一一月二八日までほとんど連日登校して、授業の強行を企て、学校業務を妨害した。

(b)、同月一四日ごろから、中内武七救済の資金カンパとして、日ソ協会主催の同月二一日の映画会入場券を、教職員に売りつけた。

(c)、同じころ、校長の許可なく、伊讃中学名の学校通信を数回ほしいままに印刷し、父兄に配布した。その内容は、いずれも校長や被告委員会を中傷する記事をのせていた。

(d)、同月一四日学校における職員会議の席に侵入し、退去を拒否し、会議を不能ならしめた。

(5)、原告高沢について

(イ)、昭和二三年中、勤務校水戸第三中学校内で、武石、山本、小林の三教員に対し、共産党をおう歌して入党をすすめ、かつ、他の教員(柳橋フサ等)に党資金の寄付を求めた。

(ロ)、昭和二四年二月四日、P、T、A総会の席上で「学校の全職員が共産党に入ることをすすめる。」旨述べた。

(ハ)、同年一一月一一日退職勧告を受けた後、被告委員会事務局を訪れ、教育長および次長に「吉田内閣の首をぶつた切らねば、教育の復興は望めない。」旨述べた。

(ニ)、休職処分後の行動

同月一七日学校に侵入して、二年五組山本正女教諭の授業を妨害した。

(6)、原告竹山常代(旧姓石井常代)について

(イ)、昭和二四年一一月一六日、伊讃中学校第一教場で、原告中内、同竹山直七の留任運動をし、反対意見を持つ田口、杉山両教員に威迫を加えた。

(ロ)、同月一七日学校で執務時間中に、原告中内、同竹山直七の留任署名簿を作成し、かつ、同日、生徒協議会を職員室で開かせて、原告中内、原告竹山直七両名の処分反対のために、生徒代表を被告委員会に派遣することを指導した。

(ハ)、同月二八日休職中の原告竹山直七が登校して授業を強行した際、それを制止するため教室へ行こうとした校長の足を留めて、校長の行動を妨害したうえ、教室へ行つて、女生徒達に「竹山先生に教えてもらいたい。」旨発言するようせん動した。

(ニ)、同日職員会議において、授業の割当を定める際、休職中の原告中内、同竹山直七にも授業を担当させることを強硬に主張した。

(ホ)、同月二九日学校内で、校長の腕をとらえて、顔をつきつけ「校長は教育委員会の犬だ。」とののしつた。

(ヘ)、同年一二月八日、校長に対し、懲戒免職となつた原告中内に数学の授業を担任させることを強要した。

三、請求原因第四項の(二)(根拠法令を欠く違法)の主張中、本件各処分が、官吏分限令、官吏懲戒令に基づいてなされたことは認める。その余は全部争う。すなわち、官吏懲戒令は、原告ら主張のとおり、昭和二三年廃止されたが、これによりさきの昭和二二年五月三日に施行された地方自治法附則第五条第一項により「従前の都道府県の官吏又は待遇官吏に関する相当規定」の内容として、地方公務員法(昭和二五年法律第二六一号)が施行されるまで、効力を有していた。官吏懲戒令は、右にいわゆる「従前の都道府県の官吏又は待遇官吏に関する相当規定」の内容である。その後において、官吏に関して国家公務員法一部改正法律の施行に伴い、官吏懲戒令が廃止されたからといつて、地方自治法附則第五条第一項にいわゆる「別に普通地方公共団体の職員に関して規定する法律が定められるまで」(地方公務員法が、これに当る。)は、官吏懲戒令は、効力を持続していたものである。官吏分限令は、失効していない。

四、請求原因第六項(被告佐藤の損害賠償請求)中、佐藤純の死亡の事実は認める。同人に対する懲戒免職処分が違法であること、右処分と同人の死亡との間に因果関係のあること、右処分当時、同人と原告佐藤が同居し、同一の家計のもとに生活していたことは否認する。その余の事実は不知。

第五、抗弁(労働委員会における和解の成立)

一、昭和二五年一〇月三日地労委における和解

原告宮田、同長岡、同中内、同竹山直七、同高沢および佐藤純は、昭和二四年一一月一二日発令の休職処分および本件免職処分が不当労働行為であるとして、昭和二五年二月一四日、茨城県地方労働委員会に救済申立をなした。同地方労働委員会は九回にわたつて審問、証拠調をした後、同年九月一三日当事者双方に対し和解を勧告した。その結果、同年一〇月三日、同地方労働委員会において和解が成立し、

1、被告は右六名に解雇手当を追加支給する。

但し、追加支給の総額は金一〇万九〇三六円とする。

なお、各人別の支給額は別にこれを定める。

2、右六名は茨城県地方労働委員会および裁判所に係属中の一切の事案を取り下げる。

旨の協定が成立した。

二(一)、そして、右六名は、当時水戸地方裁判所に提訴していた同裁判所昭和二五年(行)第一七号休職および免職処分取消請求事件につき同年一〇月五日訴を取り下げ、同じころ、茨城県地方労働委員会に対する不当労働行為救済申立を取り下げた。

(二)、他方被告は、同年一一月六日、右協定に基く金員(任意退職の場合の退職手当の合計額金六万五六九六円に後記金四万三三四〇円を加えたもの。)を次のとおり支払つた。

1、原告宮田に対しては   金四万二七四四円

2、原告長岡に対しては   金  四三〇五円

3、原告中内に対しては   金四万六四九三円

4、原告竹山直七に対しては 金  二八七〇円

5、原告高沢に対しては   金  六一四四円

6、佐藤純に対しては    金  六四八〇円

三(一)、被告は、すでに右六名の免職処分当時、労働基準法第二〇条の解雇手当として、右六名の過去三ケ月間の平均収入日額の三〇日分、合計金四万三三四〇円を支給している。

(二)、これとは別に、前記任意退職の場合の退職手当の合計額に別途金四万三三四〇円(前項と同金額)をさらに支給することとしたものである。

四、ところで、右労働委員会における和解は、裁判上の和解と同一の効果を有するものではないが、その和解成立により、右六名は、本件免職処分が有効であることを承認し、かつ免職処分の無効を主張する実体的権利を抛棄し、労働委員会および裁判所に対し再度の提訴をしないことを確約したものである。しかも、その後長年月を経た今日(本訴提起までに、九年以上が経過している。)においては、禁反言の原則および信義則上からも、もはや本件各処分の無効を主張することは許されないものというべきである。

五、原告竹山常代も、本件休職処分が不当労働行為であるとして、昭和二五年四月二六日茨城県地方労働委員会に救済の申立をしていた。右六名の免職処分承認、和解成立と同時に、同原告も、自ら休職を承認し、被告との間に和解が成立した。同原告は、地方労働委員会に対する救済申立および被告委員会に係属していた不利益処分の審査請求を取り下げるにいたつた。右和解も前記六名の和解と一体をなし、同一の趣旨で和解をなしたものである。そして同原告は、休職期間一年の経過により自然退職し、同原告には法定の退職手当(金九九四〇円)および一時恩給(金四万八三〇〇円)を支給した。

第六、抗弁に対する原告の答弁

一、抗弁中、一および二の各事実は認める。

二、同三の事実中、(一)は否認し、(二)は認める。

三、同四および五の各事実は否認する。右協定は、単に一時的に争をやめる趣旨のものであるに過ぎない。

第七、再抗弁

被告主張の労働委員会における協定は、次の理由により無効であり、被告の抗弁は理由がない。

一、心裡留保による協定の無効

原告宮田、同長岡、同中内、同竹山直七、同高沢、佐藤純および原告竹山常代(同原告についてはかりに協定が成立したとしても)は、被告の違法な本件各処分により生活の途を断たれ、その日の生活にも困るような状態におち入り、また当時組合としても救援体制が整つておらず、示された協定案をのむ以外に方法はなく、やむなく協定に応じたものである。結局、右は真意に基くものではない。この事実は、当時の情況からみて、被告も知悉していたはずである。従つて、右協定は心裡留保により無効である。

二、違法な処分をそのまま認めるものであるから、無効

いかなる合意も、憲法や法律に違反することを内容とするものは許されない。ところが、右協定は、前記のとおり違憲違法な本件各処分をそのまま認めようとするものである。かかる協定は、無効である。協定の内容が、解雇処分の効力を争わないというものであつても、同様である。

三、窮迫状態に乗じてなされたものであるから、無効

右七名は、前記一に記載のとおりの困窮状態にあつた。このような状態の下でなお自己の権利を守つていくことは、はなはだ困難であり、不可能となつた。このときに協定案が示されたのである。右七名は、その協定案をのむより外に方法がなかつた。やむなく協定に応じたのである。この協定は、右七名のいちじるしい窮迫状態に乗じ不公正な条件のもとになされたものである。民法第九〇条に違反し無効である。

第八、再抗弁に対する答弁

再抗弁事実は全部否認する。

第九、立証<省略>

理由

その一、地位確認および損害賠償の訴についての判断。

一、地位確認の訴における、被告委員会の当事者能力の有無について。

(一)、当事者訴訟に属する。

原告宮田らが、それぞれその主張するとおりの公立学校の教員の地位を有することの確認を求める訴は、公立学校教員が地方公務員とされる(教育公務員特例法第三条)以上、地方公務員としての地位の確認の訴であることは明らかである。地方公務員の地位、身分の確認訴訟は、いわゆる公法上の法律関係に関する訴訟に当ると解すべきである。行政訴訟上、当事者訴訟に属するというべきである。

(二)、当事者訴訟における、当事者能力について。

(1)、当事者訴訟における当事者能力については、法律上別段の規定は存在しない。従つて、民事訴訟法の規定が適用されると解すべきである(行政事件訴訟法第七条参照。)。

(2)、行政庁の処分の取消を求める訴訟および行政庁の処分の無効確認を求める訴訟については、行政庁に被告能力、適格が認められる。当事者訴訟においても同様の結論を採るべき実質上の理由は全くない。

二、損害賠償の訴における、被告委員会の当事者能力の有無について。

損害賠償の訴が、純然たる民事訴訟事件であることはいうまでもない。たとえ行政事件訴訟法第四五条のような規定があつたにしても、この理くつに変りはない。損害賠償の訴における行政庁の当事者能力は、民事訴訟法によつて処理すべきであることも、当然である。

三、民事訴訟法において、被告委員会に当事者能力が認められるか。

(一)、地位確認の訴および損害賠償の訴における、被告委員会の当事者能力は、いずれも民事訴訟法によつて処理すべき事項である。民事訴訟法では、実体法上権利義務の主体となる能力のないものは、原則として、当事者能力を有しないのである。

(二)、本件において被告とされている茨城県教育委員会は、いわゆる県費負担教職員の任免権者(地方教育行政の組織及び運営に関する法律第三七条)として、本件各処分をなしたものではある。しかし、被告委員会は、実体法上の権利義務の主体となり得るものではない。単に茨城県の一機関にすぎない。民事訴訟法上、当事者能力を有しない。従つて、被告委員会に対する本件地位確認および損害賠償の訴は、すでにこの点において不適法であるから、いずれも却下すべきである。

(三)、なお、本件地位確認請求訴訟についていえば、茨城県または所属市町村(そのうちいずれか)という権利義務の主体を相手に訴を提起すれば足りるものと考えるので、一言つけ加える。(教育公務員特例法第三条、地方自治法第二条第八項・別表第二、二の(二七)および地方教育行政の組織及び運営に関する法律第三七条、市町村立学校職員給与負担法第一条参照。)

その二、懲戒免職処分および休職処分の無効確認の訴についての判断。

第一、本件各処分の経過。

一、原告宮田、同長岡、同中内、同竹山直七、同高沢、同竹山常代ら六名の地位、身分、同原告らに対する本件各処分の内容に関する請求原因第一項の(一)、第二項および第三項の各事実は、いずれも当事者間に争がない。

二、成立に争のない甲第一号証の四、同号証の七、乙第三号証ならびに証人小島凱、同佐藤睦治の各証言および原告宮田、同長岡、同中内、同竹山直七、同高沢、同竹山常代の各本人尋問の結果を総合すると、

(1)、原告宮田、同中内は、被告から学校長を通じて退職勧告を受けるや、勧告が不当であることを非難しながらも、このような腐敗した教育界に留る必要はない旨記載した退職願を出した。被告側から退職理由の記載の訂正を求められたが、結局退職を拒否した。

(2)、同原告らは、当初から退職の拒否を主張していた原告長岡、同竹山直七、同高沢および訴外佐藤純らとともに、官吏分限令第一一条第一項第四号、人事刷新要綱に該当するとして、昭和二四年一一月一二日付休職処分に付された。

(3)、右原告らは、以後茨城県教職員組合の支援のもとに、本件の、昭和二四年一二月六日付懲戒免職処分およびその以前になされた前記休職処分反対の運動をなし、被告委員会に対する審査請求、茨城県地方労働委員会に対する救済申立の外に、水戸地方裁判所に対し、休職および免職処分取消請求訴訟(同裁判所昭和二五年(行)第一七号)を提起した。

(4)、原告竹山常代も、退職勧告を受けるや、「個人的な事情から退職するのではなく、退職勧告を受けたので退職する。」旨の退職願を提出したが、退職理由の記載の訂正を求められ、結局退職を拒否し、昭和二五年三月三一日付休職処分を受けるに至つた

事実を認めることができる。他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

第二、判断の順序。

原告ら六名は、前記昭和二四年一二月六日付各懲戒免職処分および昭和二五年三月三一日付休職処分(以下本件各処分という。)が無効であると主張する。その点の判断に入る前に、後記のとおり、本件各処分については、その後地方労働委員会における不当労働行為事件における審問の過程で和解が成立したことその他特別の事情が存在するので、まず、これについて判断するのが相当であると考える。

第三、昭和二五年一〇月三日の和解について。

一、当事者間に争のない事実。

<1>昭和二五年一〇月三日地方労働委員会において、被告主張のとおりの協定が成立したこと、これに基いて、<2>原告宮田ら六名は、被告主張のとおり、裁判所、地方労働委員会に係属中の訴、救済申立を取り下げたこと、<3>被告は、その主張するとおり、任意退職の場合の退職手当にプラスアルフアー(四万三三四〇円)した、合計金一〇万九〇三六円を支給したことは、いずれも当事者間に争がない。

二、地方労働委員会における右協定成立のいきさつ、右協定の性格。

(一)、成立に争のない乙第一、第五、第六号証および証人大野増造、同柳田正夫、同小島凱、同佐藤睦治の各証言を総合すれば、

(1)、原告宮田ら六名の地方労働委員会に対する不当労働行為救済申立の救済内容は、

<1>、昭和二四年一一月一二日発令の休職処分および本件懲戒免職処分を即時取り消すこと。

<2>、昭和二四年一一月一二日以降原状回復に至るまでの給料諸手当を支給すること。

<3>、処分に伴う損害の賠償をすること

というにあつた。

(2)、被告側は、これに対して右処分は不当労働行為ではないと争い、昭和二五年九月一三日公益委員会議において、和解の勧告を行うと決まるまでの間、九回の審問期日に相当数の証人調を施行された。

(3)、和解勧告案

(イ)地方労働委員会から示された和解勧告案によると、

<1>、右原告らは、労働委員会に対する救済申立および裁判所に対する一切の提訴を取り下げる。

<2>、被告は、右原告らに対し退職金を支給する

という内容であつた。

(ロ)地方労働委員会側の意向としては、「退職金」という語句からも明らかなとおり、被告側において、懲戒解雇処分を取り消して、依願退職ということにして、依願退職金を支給したらとの希望であつた。

(4)、和解勧告案に対する、双方の見解、立場

(イ)、被告側の見解

被告は、依願退職を認めることは、どうしてもできないと強く反対した。懲戒免職処分を認めた上での話であるならば、和解金として、依願退職の場合の退職金相当額を支給してもよいとの見解であつた。

(ロ)、原告らの見解

右原告らは、解雇手当、退職手当という名目の違いよりは、その金額を問題にしており、「一時争を中止するだけである。後日争う権利を留保する。」というような言動は全く示していなかつた。

(5)、協定の成立

(イ)、昭和二五年一〇月三日、地方労働委員会において

成立した前記協定についていえは、<1>その協定書の冒頭に、「双方は、つぎのとおり協定し、今次紛議を円満解決する。」という語句が明示されており、<2>和解勧告案と異る点として、「退職金を支給する」という辞句の代りに、「解雇手当を追加支給する」という表現が用いられており、<3>追加支給金額において、被告側が、依願退職の場合の退職手当以上に、後記金四万三三四〇円だけ加算することを譲歩している。

(ロ)、右表現の違いは、単なる辞句の違いというよりは、被告の意向がそのまま取り入れられたものである。すなわち、「依願退職を認めるわけにはいかない。懲戒免職処分を前提として、さきに支給してある労働基準法第二〇条の解雇手当の追加支給という形式で、依願退職の場合の退職金並の金員を支給する。」という被告の意向に基いて、わざわざこの言葉が用いられた。もつとも、被告は、その代償として、追加支給金額の点で、金四万三三四〇円を加算支給することを譲歩していることは、前項に記載のとおりである。

(6)、協定内容の実施

(イ)、右原告らの、訴、救済申立の取下、被告の合計一〇万九〇三六円の支給は、前記のとおりである。

(ロ)、右金員の内訳は、つぎのとおりである。

<1>、被告は、すでに右六名の免職処分当時、労働基準法第二〇条の解雇手当として、右六名の過去三ケ月間の平均収入日額の三〇日分、合計金四万三三四〇円を支給(供託)していた。

<2>、これとは別に、前記依願退職の場合の退職手当(合計金六万五六九六円)に、別途前項と同金額(合計金四万三三四〇円)(被告が譲歩したもの)を含めたものが、右金一〇万九〇三六円になる事実を認めることができる。

(二)、証人鷺和夫、同村井幸江、同鈴木紹、同竹山晋一郎の各証言および原告宮田、同長岡、同中内、同竹山直七、同高沢の各本人尋問の結果中、右認定に反する部分はそのまま信用できない。他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(三)、協定の性格。

右認定事実および当事者間に争のない前記事実を総合すれば、

(1)、昭和二五年一〇月三日地方労働委員会において成立した協定は、その性質が和解であることは、明らかである。

(2)、地方労働委員会におけるこの和解は、本件各処分に関する、当時係争中の訴訟事件、救済申立事件は、もう争わない、取り下げるという内容であることは、和解内容自体から明らかである。

(3)、この和解は、これだけの意味に解するのは相当でない。すなわち、形式上は、依願退職を認めたものではない。懲戒解雇処分が前提となつている。しかし内容的には、依願退職の場合の退職金と同額の金員(その外に、合計金四万三三四〇円が加算されてさえいる。)が支給されている点からいつても、実質的には依願退職の承認であると理解して差支えない。

三、原告竹山常代についての和解。

(一)、前記第三の二の(一)に記載の各証拠および原告竹山常代の本人尋問の結果の一部に弁論の全趣旨を総合すると、

(1)、原告宮田らの和解成立とともに、これと一体となつて、原告竹山常代の不当労働行為救済申立事件も地方労働委員会において和解が成立した。

(2)、同原告は、これに基づいて地方労働委員会に対する救済申立および被告に対する不利益処分審査の請求を取り下げた。

(3)、同原告は、休職期間中給与の三分の一を支給されるとともに、一年の休職期間の経過により当然退職の扱いとなり、法定の退職手当および一時恩給を受領した

ことを認定できる。原告竹山常代の本人尋問の結果中、右認定に反する部分は信用し難い。他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

(二)、原告竹山常代についての和解の性格。

この和解も、原告宮田らについての和解と一体をなしていることからいつて、後者について述べたことと同じように考えてよい。すなわち、この和解は、当時地方労働委員会に係属中の不当労働行為救済申立事件等を取り下げるという内容だけにとどまらない。昭和二五年三月三一日付の本件休職処分を、認めてもうその効力を争わないという合意を含んだものであると理解して差支えない。

四、心裡留保による和解の無効の主張について。

(一)、原告らは、本件和解が自己の真意によらないでなされた旨および被告において右事実を知つていた旨主張する。

(二)、証人鷺和夫、同村井幸江、同鈴木紹、同竹山晋一郎の各証言および原告宮田、同長岡、同中内、同竹山直七、同高沢の各本人尋問の結果中、右の点に関する部分はそのまま信用できず、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

(三)、仮りに、原告らが、その主張のとおり、本件各処分により生活の途を断たれ、その日の生活にも困るような状態におち入り、また当時組合としても救援体制が整つておらず、示された和解案をのむ以外に方法はなく、やむなく和解に応じたものであつたにしても、このような事情は、和解に応ずるに至つた動機にすぎないものである。内心の意思の欠缺とは、別個の事柄であるというべきである。

(四)、原告らのこの主張は理由はない。

五、違法違憲な処分をそのまま認めるものであるから、和解が無効であるとの主張について。

地方労働委員会の救済手続において、当事者双方の間に、本件各処分が不当労働行為であるかどうかについて争があつたからこそ、前記のとおり、本件和解が、あのような内容で成立したわけである。仮りに、本件各処分が、不当労働行為として行われた無効な処分であるとしたならば、この和解によつて、無効な処分が事実上是認される結果になるという議論もできそうに見える。しかしながら、そうではない。この和解は、無効な本件各処分自体を有効ならしめる趣旨のものでないことは、前記のとおりである。本件各処分の効力に争があつたからこそ、実質的には依願退職の承認という内容で、右各処分の効力の争に終止符が打たれたのである。そして、このような和解が無効であるとは、とうてい考えられない。原告らの主張は、理由がないというべきである。

六、窮迫状態に乗じてなしたものであるから、和解が無効であるとの主張について。

(一)、成立に争のない乙第六号証ならびに証人小島凱、同佐藤睦治、同大野増造、同柳田正夫、同鷺和夫、同村井幸江、同鈴木紹、同竹山晋一郎の各証言および原告宮田、同長岡、同中内、同竹山直七、同高沢の各本人尋問の結果を総合すると、

茨城県教職員組合は、救援規定をもうけ、原告らを支援しようとしたが、資金の集りが悪く、原告らにわずかに一ケ月分の生活費にあたる程度のものしか支給できなかつたこと、原告らの生活状態は、原告宮田、同中内らは行商、原告長岡は養鶏、行商、謄写版の原紙切り、原告竹山直七は塾経営、原告高沢は行商、広告とりを経て会社就職、原告竹山常代はミシン内職などをそれぞれしており、いずれも当時の悪化した経済状勢の下で、苦しい生活を続けて来ていたこと、なかでも原告中内の困窮はかなりひどいものであつた

事実を認めることができる。

(二)、しかしながら、他方前記各証拠を総合すれば、右和解は、茨城県地方労働委員会において和解が勧告され、原告らにおいて組合側とも協議のうえ、前記のとおり勧告案と実質的に同一の線で円満妥結したことが認められる。

(三)、このような過程をへて成立した本件和解は、原告らの前記生活の困窮状態を考慮しても、未だこれを目して、窮迫状態に乗じてなされたものであるとは、到底認めるに足りない。他に右認定を覆えして原告らの主張を認めるに足りる証拠はない。本件和解が公序良俗に反する旨の原告らの主張は採用できない。

第四、懲戒免職処分および休職処分無効確認請求訴訟の成否について。

一、以上のとおり、

(1)、原告ら六名は、本件懲戒免職処分および休職処分が不当労働行為であるとして、茨城県地方労働委員会に対して救済申立をしていたところ、同委員会において和解が成立して、右不当労働行為救済申立事件が円満終了したこと。

(2)、右和解の内容として取り決められていた、原告らの裁判所に対する提訴の取下、任意退職の場合の退職手当に相当する額の授受(但し、原告竹山常代を除く。)が、滞りなく行われていること。

(3)、右和解は、表現形式こそ懲戒解雇処分を前提としているけれども、実質的にみると、依願退職の承認と理解できること。

(4)、原告竹山常代についての和解も、同原告は、本件休職処分を、認めてもうその効力を争わないという合意を含むものと理解できること。

(5)、原告竹山常代は、休職期間中給与の三分の一を異議なく受領し、一年の休職期間満了とともに法定の退職手当、一時恩給を同じく異議なく受領していること。

(6)、その他、右和解の成立に至るいきさつ。

(7)、昭和三四年一一月の本訴提起

本件処分について効力が争われないまま日時が経過したところ、九ケ年以上の後である昭和三四年一一月一一日に至り本件訴が提起(この点については記録上明らかである。)された。

二、以上の事実を総合するとき、このような事情のもとにおいては、原告らは、もはや本件各処分に対してその効力を争い無効を主張することは信義則上許されないと解すべきである。本件各懲戒免職処分および休職処分無効確認請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

三、結論。

よつて、本件各懲戒免職処分および休職処分の無効確認請求は、いずれも理由がないから、これを棄却する。訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 横地正義 古沢博 吉本俊雄)

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