大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

水戸地方裁判所 昭和33年(ワ)188号 判決 1977年2月17日

判決

昭和三三年(ワ)第一三六号事件本訴原告

昭和三三年(ワ)第二二六号事件反訴被告

藤岡博

右訴訟代理人弁護士

西迪雄

昭和三三年(ワ)第一三六号事件本訴原告補助参加人

昭和三三年(ワ)第一八八号事件本訴原告

昭和三四年(ワ)第九〇号事件反訴被告

右代表者法務大臣

福田一

右訴訟代理人弁護士

西迪雄

右指定代理人

伊藤瑩子

外一一名

昭和三三年(ワ)第一三六号事件本訴被告

昭和三三年(ワ)第二二六号事件反訴原告

昭和三三年(ワ)第一八八号事件本訴被告

昭和三四年(ワ)九〇号事件反訴原告

石塚力

右訴訟代理人弁護士

尾崎陞

渡辺良夫

風早八十二

池田真規

外二一六名

主文

第一  昭和三三年(ワ)第一三六号、同年(ワ)第二二六号事件について

1  被告(反訴原告)は、原告(反訴被告)藤岡博に対し、つぎの各登記の抹消登記手続をせよ。

(1)  別紙物件目録一記載の土地につき、水戸地方法務局小川出張所昭和三三年五月一九日受付六六四号をもつてなされた同日付売買による所有権移転登記

(2)  別紙物件目録四記載の土地につき、水戸地方法務局小川出張所昭和三三年五月一九日受付第六六五号をもつてなされた同日付停止条件付売買契約による停止条件付所有権移転仮登記

2 反訴原告(被告)の請求を棄却する。

3 訴訟費用は、本訴反訴を通じて被告(反訴原告)の負担とする。

第二  昭和三三年(ワ)第一八八号、同三四年(ワ)第九〇号事件について

1  別紙物件目録一ないし四記載の土地につき原告(反訴被告)国が所有権を有することを確認する。

2  被告(反訴原告)は、原告(反訴被告)国に対し、別紙物件目録二および三記載の土地につき、水戸地方法務局小川出張所昭和三三年五月一九日受付第六六五号をもつてなされた同日付停止条件付売買契約による停止条件付所有権移転仮登記の抹消登記手続をせよ。

3 反訴原告(被告)の請求を棄却する。

4 訴訟費用は、本訴反訴を通じて被告(反訴原告)の負担とする。

事実

(当事者の表示について)

(一)  昭和三三年(ワ)第一三六号本訴請求事件の原告、同年(ワ)第二二六号反訴請求事件の被告である藤岡博を、単に原告藤岡と称し、同年(ワ)第一三六号本訴請求事件の被告、同年(ワ)第二二六号反訴請求事件の原告である石塚力を、単に被告と称する。

(二)  昭和三三年(ワ)第一八八号本訴請求事件の原告、同三四年(ワ)第九〇号反訴請求事件の被告である国を、単に原告国と称し、昭和三三年(ワ)第一八八号本訴請求事件の被告、同三四年(ワ)第九〇号反訴請求事件の原告である石塚力を、単に被告と称する。

第一節  当事者の求めた裁判

第一款 昭和三三年(ワ)第一三六号本訴請求事件

同年(ワ)第二二六号反訴請求事件について

第一 昭和三三年(ワ)第一三六号本訴請求事件

(一) 原告藤岡

主文第一の第(1)項および第3項同旨。

(二) 被告

1 原告藤岡の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告藤岡の負担とする。

第二 昭和三三年(ワ)第二二六号反訴請求事件

(一) 被告

1 別紙物件目録一記載の土地につき被告が所有権を有することを確認する。

2 原告藤岡は被告に対しみぎの土地を明渡せ。

3 原告藤岡は被告に対し、別紙物件目録二ないし四記載の土地の所有権移転につき茨城県知事に許可申請手続をせよ。

4 訴訟費用は原告藤岡の負担とする。

5 第2項につき仮執行の宣言。

(二) 原告藤岡

主文第一の第2、第3項同旨。

第二款 昭和三三年(ワ)第一八八号本訴請求事件

同 三四年(ワ)第九〇号反訴請求事件について

第一 昭和三三年(ワ)第一八八号本訴請求事件

(一) 原告国

主文第二の第1、第2および第4項同旨。

(二) 被告

1 原告国の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告国の負担とする。

第二 昭和三四年(ワ)第九〇号反訴請求事件

(一) 被告

1 別紙物件目録第一記載の土地につき被告が所有権を有することを確認する。

2 原告国は被告に対し、つぎの各登記の抹消登記手続をせよ。

(1) 別紙物件目録二および三載記の土地につき

水戸地方法務局小川出張所昭和三三年七月一日受付第七七八号をもつてなされた同年六月二五日付売買による所有権移転登記

(2) 同目録四記載の土地につき

(イ) 水戸地方法務局小川出張所昭和三三年七月一日受付第七七七号をもつてなされた同年六月二五日付停止条件付売買契約による停止条件付所有権移転仮登記

(ロ) 同出張所昭和三三年一二月二六日受付第一三五四号をもつてなされた同年一一月二八日条件成就による所有権移転本登記

3 訴訟費用は原告国の負担とする。

(二) 原告国

主文第二の第3項同旨。

第二節  当事者の主張《省略》

理由

(当事者の表示について)

(一)  昭和三三年(ワ)第一三六号本訴請求事件の原告、同年(ワ)第二二六号反訴請求事件の被告、同年(ワ)第一八八号本訴請求事件ならびに昭和三四年(ワ)第九〇号反訴請求事件の訴外人である藤岡博を、以下原告藤岡と称する。

(二)  昭和三三年(ワ)第一八八号本訴請求事件の原告、昭和三四年(ワ)第九〇号反訴請求事件の被告、昭和三三年(ワ)第一三六号本訴請求事件の原告補助参加人、同年(ワ)第二二六号反訴請求事件の訴外人である国を、以下原告国と称する。

(三)  昭和三三年(ワ)第一三六号本訴請求事件ならびに同年(ワ)第一八八号本訴請求事件の被告、同年(ワ)第二二六号反訴請求事件ならびに昭和三四年(ワ)第九〇号反訴請求事件の原告である石塚力を、以下被告と称する。

第一原告藤岡、被告間の本件一ないし四の土地売買契約の締結とその解除について

一原告藤岡が被告に対し同原告の所有する本件一ないし四の土地を代金三〇六万円と定めて売渡す契約を結び、本件一の土地につき水戸地方法務局小川出張所昭和三三年五月一九日受付第六六四号をもつて同日付売買を原因とする所有権移転登記が、本件四の土地につき同出張所受付第六六五号をもつて同日付停止条件付売買契約を原因とする停止条件付所有権移転の仮登記が、それぞれ被告のため経由されるとともに、本件二および三の土地についても同日被告のため停止条件付所有権移転の仮登記が経由されたこと、被告が昭和三三年五月一九日前示仮登記が完了するまでに代金として手附金一〇万円を含め合計金一一〇万円を支払つたことおよび原告藤岡が被告に対し、同年六月一二日付翌一三日到達の内容証明郵便をもつて、残金一九六万円を同書面到達の日から一〇日以内に同原告方に持参支払うべき旨催告するとともに、みぎ期間内に支払をしない場合には期間の経過とともに売買契約を解除する旨の停止条件付契約解除の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。

二そこで、本件売買契約締結の日およびみぎ売買代金の支払時期につき判断する。

<証拠>を総合すると、昭和三三年五月一八日山西きよが原告藤岡と話し合つた結果、山西きよの息山西庸義が同原告から本件一ないし四の土地等を代金三一〇万円と定めて買い受けることとし、買主の点を除き後掲の売買契約書(甲第二号証)と同一内容の契約書を作成したうえ、手附金として金一〇万円が支払われたのであるが、翌一九日にいたり山西きよは、みぎ庸義は東京に遊学中の身であり農地の所有権移転につき農地法第三条による許可を得るについて支障があると判断した結果、きよの夫山西義雄の使用人である被告を買受人とすることとし、結局被告が同日本件一ないし四の土地等を買受けることを約し、ここに売買契約書、すなわち「農地法第三条による知事の許可を停止条件とする土地売買契約書」と題する書面(甲第二号証)を作成し、合意のうえ前示手附金一〇万円をみぎ売買契約の手附金としたものであることが肯認でき、証人山見きよ(第一、第二回)の証言中以上の認定に牴触する部分は前顕諸証拠に照らし信用できず、他にみぎの認定を左右するに足りる証拠は存在しない。

つぎに<証拠>を総合すると、前示売買契約の締結にあたり作成された売買契約書(甲第二号証)の第二項には「右不動産は知事の許可があつたとき所有権が移転するものとし買主に引渡しする 但し農地法第三条の許可有るまで買主に停止条件付所有権移転の仮登記をすること、売買代金は仮登記完了と同時に買主により売主に支払うこと」の記載が存することが肯認でき、<証拠>を総合すると、前示のように、本件一の土地につき所有権移転登記を、本件二ないし四の土地につき停止条件付所有権移転の仮登記を、各経由した昭和三三年五月一九日、山西きよは自宅において原告藤岡に対し、今日はこれだけ用意したが、残代金は何時でも支払うから来て欲しい旨述べて代金内金として金一〇〇万円を支払つていることが肯認でき<証拠>を総合すると、前示のように本件一ないし四の土地は被告において買受けたものであるところ、原告藤岡はじめその親藤岡二郎および弟末吉も、被告とは面識がなく、その資力につき知る由もなかつたので残代金を確実に支払つて貰えるかどうかにつき不安を抱き、前示原告藤岡ら三名は同月二〇きよ方に赴き、同人に対し、残代金の支払につき責任を持ちこれを書面によつて確認することを要請したところ、きよは、これに応じたがその際原告藤岡らに対し、それほど金が必要ならば、二、三日のうちに東京で金策のうえ支払う旨申向けている事実が肯認でき(以上の認定に牴触する証人山西きよの第一、第二回証言は前顕諸証拠に照らし信用できない。)、<証拠>を総合すると、昭和三三年六月五、六日ころ原告藤岡と藤岡末吉の両名が、同月上旬ころ船見音松と信戸與一郎の両名が、それぞれきよ方を訪れ同人の夫義雄に対し、残代金の支払を求めたところ、義雄はこの要求には応じなかつたが、その際代金の支払時期が到来していない旨の反論は全然行なつていないことが肯認でき<証拠判断略>、<証拠>を総合すると、山西義雄は昭和三三年六月中旬ころ山西きよから、原告藤岡から買受けた土地の代金支払のため必要につき小切手を作成して欲しい旨の依頼を受け金額一九六万円の小切手を作成して山西きよに交付したことが肯認でき<証拠判断略。>、<証拠>を総合すると、原告藤岡は昭和三三年六月一三日被告に対し、前示のように、被告が残代金の支払を遅滞していることを前提とする催告ならびに条件付契約解除の意思表示をしたところ、同月二三日山西きよは弁護士外山佳昌らとともに同原告方を訪れ、現金を持参したから受領するよう求めたのに対し、同原告は催告期間がきれている旨述べて受領を拒否したところ、外山弁護士は六法全書を繙いて同日が催告期間の最終日である旨反論したにとどまり、残代金債務につき履行遅滞の事実があつたかどうかの点については遂に言及するところがなかつたこと、および当日きよが同原告に対し前示小切手を差出したので、小切手については嘗つて見たことも取級つたこともない同原告が、現金でないから受取れない旨述べて受領を拒否したところ、外山弁護士は、小切手は現金と同じものであり、翌日にでも印章とともに銀行に持参すれば現金と引換えることができる旨説明したのち、結局みぎ小切手を受領した同原告から、きよは金一九六万円の頒収書(その宛先は明らかでない)を徴したことが肯認でき<証拠判断略>、<証拠>を総合すると、金額一九六万円の前示小切手が不渡になつたことを知つた山西きよは、原告藤岡に対し現金一九六万円を支払つてみぎ不渡小切手を取戻すため、昭和三三年六月三〇日同原告方を訪れ金一九六万円を現実に提供したことが肯認でき、さらに成立に争いのない甲第一号証の一ないし三ならびに弁論の全趣旨によれば、本件二ないし四の土地については、前示停止条件付所有権移転の仮登記に基づく本登記は未だ経由されないまま現在にいたつていることが肯認できる。

しこうして、以上に認定した事実と、<証拠>を総合すると、前示売買代金の支払時期については、本件二ないし四の土地(以上、本件三の土地の一部を除きいずれも現況農地)について農地法第三条による茨城県知事の許可を停止条件とする所有権移転の仮登記完了と同時に支払う旨約定したことが肯認でき、<証拠判断略>また<証拠>を総合すると、被告は昭和三三年五月一九日前示甲第二号証(土地売買契約書)を作成した際、原告藤岡に対し甲第三号証(誓約書)を差入れた事実を肯認できるところ、同書面には、前示売買代金の支払時期に関し前認定に牴触するものと解される趣旨の記載が存するけれども、当時みぎ誓約書の交付を受けた同原告は、この誓約書の記載事項に合意したものではなく、単に本件四の土地についての所有権移転の本登記手続は、本件一ないし三の土地に関する同様の登記手続に比し遅れることがあつても、売買代金は一括して前示仮登記終了と同時に支払を受けえられるものと考えて前示誓約書を受領したことは、原告藤岡博本人尋問の結果に徴し明らかであるから、<証拠判断略>。

三ところで、昭和三三年五月一九日被告のため、本件一の土地につき所有権移転登記が、本件二ないし四の土地につき停止条件付所有権移転の仮登記が、それぞれ経由されたこと、および当時被告が原告藤岡に対し支払つた売買代金は手附金を含め合計金一一〇万円にすぎなかつたことは、前掲のとおりであるから、以後被告は、売買残代金一九六万円の支払を遅滞したものといわなければならない。

四つぎに、原告藤岡が被告に対し、昭和三三年六月一二日付翌一三日到達の書面により、同書面到達の日から一〇日以内に残代金一九六万円を持参支払うべき旨催告するとともに、みぎ期間内に支払がないときは売買契約を解除する旨の条件付契約解除の意思表示をしたことは、前説示のとおり当事者間に争いがなく被告が前示催告期間内に残代金一九六万円を支払つた事実については、これを肯認するに足りる何等の証拠も存在しない。

五被告は、原告藤岡の行なつた契約解除の意思表示は、その全部または一部が無効である旨主張し、その理由につき縷説するので、以下順次検討を加える。

(一) 前示売買代金の支払に関する前認定の約定は、昭和三三年六月二三日当事者双方の合意により、「(イ) 原告藤岡が被告に対し同年七月二三日本件一の土地を同地上に存する建物を収去して明渡すのと引換に支払う。(ロ) 同日以前であつても、同原告において、みぎ明渡の準備のため代替地を購入し、または住居を移転するため資金を必要とする場合山西きよに申入れたときは同人は残代金の支払について協議し善処する。」という趣旨に変更された旨の主張について

<証拠>を総合すると、昭和三三年五月一九日締結された前示売買契約においては、本件一ないし四の土地の引渡(本件一の土地については同地上建物の収去、明渡)の時期を、本件二ないし四の土地の所有権の移転につき茨城県知事の許可があつたときと定めていたところ、同年六月二三日にいたり、原告藤岡、被告の双方合意のうえ同年七月二三日限り引渡(明渡)すべきことに改訂したことが肯認できるが、この改訂に関連して、売買代金の支払時期に関する約定も被告の主張する内容に変更されたという事実については<証拠>を総合して認められるつぎの各事実、すなわち前述の引渡ないし明渡の時期を改訂するにあたり作成された念書(乙第八号証)の前文には「右当事者間における不動産売買につき昭和三三年五月一八日付売買契約書の契約条項につき左の通り当事者間で確認した。」旨の記載が存し、その第二項に前示引渡ないし明渡の時期の改訂が明記されているのにもかかわらず、右売買契約書に記載された売買代金の支払時期については何ら触れるところがない事実、および右念書の作成と機を同じうして原告藤岡に交付された金額一九六万円の前示小切手には振出日として昭和三三年六月二三日の記載があり、同年七月二三日と記載されていない事実と比較検討するとき、たやすく信用するわけにはいかないし、他に確証も存在しない。

(二) 前示売買契約書による被告の代金債務につき、山西きよが免責的に債務の引受をした旨の主張について

<証拠>を総合すると、山西きよは、前示売買契約の当初から代金はみずからの責任で支払う考えであり、現に昭和三三年五月一八日支払つた金一〇万円も、また翌一九日支払つた金一〇〇万円もすべて同人が支出したものであるところ、この金一〇〇万円を支払つた際、同原告から交付を受けた領収証にはその名宛人として被告の氏名が記載されていることが肯認でき、以上の事実と<証拠>を総合すると、山西きよは昭和三三年五月二〇日原告藤岡に対し、被告と連帯して代金を支払うことを約し、その旨を前示売買契約書に奥書したことが肯認できる。

しかしながら、被告が主張するように、山西きよが被告の代金債務について免責的に債務の引受をすることを原告藤岡との間で合意したという点については、これを肯認できる証拠は存在しない。

(三) 前示売買契約の目的物件のうち本件一の土地の代金は金一五万円であつて、他の目的物件の代金債務とは別個に成立した独立の債務であり、かりにみぎ売買契約に基づく金三〇六万円の代金債務が全体として一個の債務であつたとしても、本件一の土地の代金債務はそのうちの可分な一部であるところ、該債務は、被告が昭和三三年五月一九日支払つた金一〇〇万円のうち金一五万円をもつて弁済充当がなされ消滅しているゆえ、原告藤岡の行つた代金債務の不履行を前提とする契約解除の意思表示は、本件一の土地に関するかぎり無効である旨の主張について

みぎの主張は、前示売買契約において、本件一の土地の代金を金一五万円と約定したことを前提とするものであるが、明示にせよ黙示にせよさような内容の合意が成立したことを肯認できる証拠は存せず、かえつて<証拠>を総合すると、前示売買代金を取決める際、その交渉に立会つていた船見音松から、同人の息儀助がその所有土地を代金三一〇万円で国(防衛庁)に売渡したがその程度の金額ではどうかとの意見が出されたところ、儀助の耕作面積が同原告のそれと殆んど異同がないところから、この金三一〇万円を基準として本件一ないし四の土地全体を一括して代金三〇六万円と約定されたことが肯認でき、<証拠判断略>。

そうであるとすれば、被告の前示主張はその前提を欠くから、その余の点につき判断するまでもなく理由がない。

(四) 原告藤岡の行つた契約解除の意思表示が信義則に反し権利の濫用である旨の主張について

1 被告は、山西きよは前示売買契約に基づく代金債務の履行、ならびに原告藤岡の代替地の購入、住居の移転につき誠意をもつて尽力したきたのに対し、同原告が前示契約解除の意思表示をした当時、前示売買契約に基づく本件二ないし四の土地に関する所有権移転の本登記義務や本件一ないし四の土地の明渡義務を誠実に履行する意思はなかつた旨主張する。

しかしながら、前示売買契約に基づく代金債務の履行期は、本件二ないし四の土地につき条件付所有権移転の仮登記を経由したときと約定したこと、以上の各登記が昭和三三年五月一九日終了したのにかかわらず、同日までに被告が支払つた代金は手附金一〇万円を含め合計金一一〇万円にすぎなかつたことは、上来説示したところであつて、その結果、原告藤岡が被告に対し、催告ならびに条件付契約解除の意思表示をしたところ、被告および山西きよのいずれからも、みぎ催告期間内に残代金の支払がなされなかつたことは、原告藤岡博本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨に照らして明らかである。以上の事実から明らかなように、被告および山西きよが売買代金債務につき、債務の本旨に従い誠実にこれを履行しなかつた結果、原告藤岡が解除権を行使したにほかならない。

なお、<証拠>を総合すると、同原告の遠縁にあたる橋本勝が、同原告が本件土地を立退き他に移転して農地を継続するに必要な土地を購入するについて、時期の点は必ずしも明らかでないがその候補地をあげて仲介した事実が肯認できるのが、かりにこの橋本の斡旋が山西きよの依頼によるものであつたとしても、さようなことは、前示代金債務不履行を軽減するものではあるまい。

また原告藤岡が、売買契約に基づき同人の負担する被告主張の債務を履行する意思なくして契約解除の意思表示をしたという点については、これを肯認できる何らの証拠も存在しない。

2 被告は、前示売買契約の解除は、該売買によつて被告らが達成しようとした被告主張の企図、目的を挫折せしめる意図のもとに行われたものであり、他を害する目的に出た解除権の濫用である旨主張する。しかしながら、さような事実を肯認できる証拠は存在しないのみならず、かえつて、原告藤岡の行なつた売買契約の解除は、上来説示したように、一〇日の猶予期間を与えた催告とともに停止条件付解除の意思表示によるものであり、しかも、みぎ猶予期間の最終日である昭和三三年六月二三日、同原告は山西きよから、金額を金一九六万円とし、振出人を山西義雄とする前示小切手を受取つたのであるが、甲第五号証の一うち前示小切手要件記載部分、同号証の一のうち証人鬼沢康之の証言(第一回)と原告藤岡博本人尋問の結果を総合して成立を認める支払拒絶宣言の記載部分、同原告本人尋問の結果により成立を認める同号証の二および<証拠>を総合すれば、原告藤岡は、前示条件付契約解除の意思表示をする前後を通じ、山西きよは小川町の町長であり、その夫の山西義雄は小川町有数の米穀肥料商であることを承知しており、したがつて売買代金債務につき連帯債務を負う山西きよが前示残代金一九六万円を催告期間内に支払つてくれるものと期待し、さらに前示小切手も支払を受けえられるものと信じたからこそ、その交付を受け翌日支払のため呈示をしたものであつて、前示条件付契約解除の意思表示は、被告主張のような意図のもとになされたものでないことが肯認できる。

3 被告はさらに、原告藤岡の行つた売買契約解除の意思表示は、本件一の土地に関するかぎり信義則に反し解除権の濫用である旨主張し、その理由として、同原告は、本件一の土地の代金一五万円をはるかに超える金一一〇万円を既に受領しており、本件土地のうちみぎの土地を除くその余の三筆は国に売渡しその代金を取得することによつて、被告との間における本件土地四筆の売買契約の目的、すなわち他に住居を求めて農業を継続していくために必要な資金を取得する目的は達成できる状況にあつたことを挙げるので、この点につき検討を加える。

原告藤岡と被告との間の前示売買契約において、代金は、目的物件を一括して金三〇六万円と約定したものであり、本件一の土地につき金一五万円と定め、その余の土地代金と合算して金三〇六万円と約定したものでないことは、既に認定したとおりであるから、本件一の土地の価格を超える金額の支払があつたとしても、本件売買代金債務不履行の事実がある以上、原告藤岡の右契約解除が、信義則に反し権利の濫用として無効となるいわれはない。

4 以上に判断したとおり、被告が、信義則違反、解除権濫用の根拠として主張するところは、すべて理由がない。

第二原告国と原告藤岡間の本件一ないし四の土地売買契約の締結および原告国の債権者代位権行使と確認の利益について

一本件二および三の土地につき水戸地方法務局小川出張所昭和三三年七月一日受付第七七八号をもつて所有権移転登記が、本件四の土地につき、(1) 同出張所同年七月一日受付第七七七号をもつて停止条件付所有権移転の仮登記、(2) 同出張所同年一二月二六日受付第一三五四号をもつて所有権移転の本登記が、いずれも原告国のため経由されていることは当事者間に争いがない。

二以上の事実と、<証拠>を総合すると、原告国(防衛庁東京建設部長池口凌)は昭和三三年六月二五日原告藤岡から本件一ないし四の土地を、代金は、茨城県東茨城郡小川町百里字百里二〇八番の原野に関する採草補償金、同字二〇九番の防風林に関する立木伐採補償金、離作補償金ならびに家屋移転補償金を含め概算金二七〇万円とし、後日本件三の土地の一部である現況宅地部分を特定測量して確定する約束のもとに買受ける契約を結んだことが肯認でき、<証拠判断略>。

三<証拠>を総合すると、原告藤岡は、原告国(防衛庁東京建設部長池口凌)との間に前示売買契約を締結した際、本件一ないし四の土地につき制限物権その他の権利が存在するときは原告藤岡において消滅の手続をとり、その内容の円満な実現が妨げられることのない所有権を移転することを約したことが肯認でき、以上の認定を左右するに足りる証拠は存在しない。

そうであるとすれば、原告藤岡は原告国に対し、本件二および三の土地につき被告のため経由された第一の一所掲の水戸地方法務局小川出張所昭和三三年五月一九日受付第六六五号停止条件付所有権移転の仮登記の抹消登記を経由すべき債務を有するものというべきである。

四原告国が被告に対し、本件土地につき所有権確認の利益を有することは、以上に説示した事実関係に徴し、これを肯認することができる。

第三原告国の本件土地取得行為は、土地収用法に対する脱法行為であり、また実質的にも同法に違反する旨の主張について

一土地収用法(昭和二六年法律第二一九号)はその第三条において、土地を収用し使用することのできる事実を限定列挙しているから、その余の事業のために公用収用することは、法律上の根拠を欠き違法となることはいうまでもない。しかしながら同法には、脱法行為を問議すべき余地のある行為規範は、これを見出すことができない。のみならず、前示公用収用とは、特定の公共の利益となる事業の用に供するため、特定の財産権を、権利者の意思いかんにかかわらず強制的に取得することを意味する。したがつて、原告国の本件土地取得行為のように、当事者の合意に基づき財産権を取得することは、その目的が那辺にあろうとも、土地収用法は、これを、形式的にも、また実質的にも禁止するものでないことは明らかである。

二被告は、原告国が本件土地を含む航空自衛隊百里航空隊用地を買収するにあたり、百里基地の設置に反対する組織員に対して、警察や小川町当局とともに弾圧を加える一方、土地所有農民に対し権力的手段を用いて買収に応ずることを余儀なくさせたものであつて、強制収用に劣らない公権力の発動行使の結果、本件土地売買契約の成立をみるにいたつてたものというべく、したがつてみぎ契約は、実質的にみて現行土地収用法に違反する旨主張するので、以下検討を加えると、原告藤岡が、被告の主張するような弾圧とか権力的手段によつて、本件土地を原告国に売渡すことを余儀なくされたという点については、これを肯認するに足りる何らの証拠も存在しない。かえつて<証拠>を総合すると、つぎの事実が肯認でき、この認定を左右するに足りる証拠は存在しない。すなわち

昭和二九年ころ、茨城県東茨城郡小川町所在のいわゆる百里ケ原に航空自衛隊の基地を誘致する運動が、小川町長をはじめ同町議会の議員から起こり、原告藤岡の加入していた百里開拓農業協同組合の組合員の意見も賛否両論にわかれたが、原告藤岡は、当初から父二郎とともに反対の立場に立ち、昭和三一年ころ結成された百里基地反対期成同盟の一員として反対運動に参加していたのであるが、そのころから、前示組合の組合長をはじめ基地誘致に賛成する組合員は、逐次所有農地等を原告国(防衛庁)に売渡して立去つていき、昭和三三年ころには、入植以来原告藤岡と苦楽をともにしてきた組合員のうち、百里ケ原に踏みとどまる者も数えるほどまでに減少していつた。一方、防衛庁東京建設部は航空自衛隊百里航空隊の基地建設のため、測量、資材の搬入等建設工事にとりかかり、昭和三三年当時同工事は着々進捗していつた。以上の状況のもとで、同年三月ころ前示同盟に所属する農民らによつて、東京建設部の建設工事監督事務所が投石等による襲撃を受け、窓ガラスが破られるなどの事件が惹起されたのであるが、原告藤岡は、さような反対派農民の行動については当初から批判的見解をもつていた。以上のような経緯のもとで、同原告は、自分や家族の将来を考え、本件土地を売却処分したうえ他に農地を求めて移転することを決意し、前示百里基地反対期成同盟に所属する船見音松、信戸與一郎の斡旋により、みぎ同盟員とともに基地建設に対する反対運動を続けていた小川町愛町同志会の指導的地位に在つた前示山西きよと話合いをしたうえ、前叙のように本件土地を被告に売渡したのであるが、上来説示したような経緯のもとにこの売買契約が解除されたため、改めて原告国に対し本件土地を売渡す契約を締結した。

してみると、原告国の本件土地取得行為が、強制力を用いて行われたという点において実質的に土地収用法に違反する旨の被告の前記主張は、その前提を欠くものというべく、爾余の点につき判断をするまでもなく理由がない。

第四つぎに、被告は、本件訴訟において、原告藤岡が被告に対してなした本件土地売買契約解除の意思表示および原告国、同藤岡間の本件土地売買契約の締結が、憲法第九条に違反し、違憲無効のものである旨の主張を多角的な観点から縷説しているので、これらの被告の各主張に対し個別的判断を示すに先立ち、先ず、憲法第九条の解釈についての当裁判所の基本的見解を、以下に述べる。

一憲法第九条は、その第一項において「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを破棄する。」と規定し、さらにその第二項において「前項の目的を達するため、陸軍空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権はこれを認めない。」と規定している。

いうまでもなく、憲法は、その前文においても明らかなように、過去において政府が国民の意思を無視した結果戦争に導かれるに至つたため、日本国民が「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないようにすることを決意」して制定されたものであり、また、戦争が国民の有する基本的人権を甚だしく無視することになるばかりでなく、戦争の惨禍がすべての国民に又及ぶため、国民の意思によつて統制される政府を保障するところの国民主権の原則に立ち、さらに世界平和の樹立を望む世界各国の国民に率先して垂範すべき国民の決意と国際協調主義を宣明するとともに、われら日本国民は「平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと務めている国際社会において、名誉ある地位を占めたい」と願い、「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認」したのである。

このように、国民主権主義に立脚した日本国民が平和主義の見地に立つて制定したという憲法制定の趣旨、経過に鑑みると、憲法第九条第一項は、一体としての日本国民、具体的にはそれを代表して政治を行なうところの日本国政府(もし、同項にいう「日本国民」を個々の国民と解するときは、戦争放棄などを定めた同項の規定は全く無意味なものとなる。)が、国際紛争解決の手段としての戦争、武力による威嚇、武力の行使の放棄を宣言したものであり、同条第二項は、日本国政府がみぎ第一項の目的を達成するため戦力の不保持を宣言して交戦権を否定したものであるが、それとともに主権者たる国民が政府に対し、間接的に、第一項においてはみぎ第一項所定のごとき行為の禁止を命じ、第二項において戦力の保持を禁止し、交戦権の放棄を命じたものであることは明らかである。

二わが国は、独立国であつて他のいかなる主権主体に従属するものではないから、固有の自衛権、すなわち国家が、外部から緊急不正の侵害を受けた場合、自国を防衛するため実力をもつてこれを阻止し排除しうるところの国家の基本権を有することはいうまでもない。ところが、憲法第九条第一項は、国権の発動たる戦争、武力による威嚇、武力の行使は国際紛争を解決する手段としてはこれを放棄しているので、自衛のための戦争まで放棄されたかどうかが、先ず検討されなければならない。そもそも、みぎ同項は、文理上からも明らかなように、国権の発動たる戦争、武力による威嚇、武力の行使を、国際紛争を解決する手段として行われる場合に限定してこれを放棄したものであつて、自衛の目的を達成する手段としての戦争まで放棄したものではない。また、他に自衛権ないし自衛のための戦争を放棄する旨を定めた規定も存しない。むしろ、国家統治の根本を定めた憲法は、国としての理念を掲げ、国民の権利を保障し、その実現に努力すべきことを定めており、しかも、憲法前文第二項において、「われらの安全と生存」の「保持」を「決意」していることによつても明らかなように、憲法は、わが国の存立、わが国民の安全と生存を、その前提として当然に予定するところであるから、わが国の主権、国民の基本的人権の保障を全うするためには、これらの権利が侵害されまたは侵害されようとしている場合、これを阻止、排除しなければならないとするのが、憲法の基本的立場であるといわなければならない。憲法は、平和主義、国際協調主義の原則に立ち「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」のであるが、その趣旨とするところが、わが国が他国から緊急不正の侵害を受け存亡の危機にさらされた場合においても、なお自らは手を拱ねいて「われらの安全と生存」を挙げて「平和を愛する諸国民の公正と信義」に委ねることを決意したというものでないことは明らかである。けだし、わが国が加盟した国際連合による安全保障(国際連合憲章第三九条ないし第四二条)が未だ有効適切にその機能を発揮し得ない現下の国際情勢に照らし、国の安全と国民の生存が侵害された場合には、これを阻止、排除し、もつて「専制と隷従、圧迫と偏狭」を地上から除去することこそ、「正義と秩序を基調とする国際平和」(憲法第九条第一項)の実現に寄与するゆえんであり、かくして、はじめて「国際社会において名誉ある地位」を占めることができるからである。そうであれば、わが国は、外部からの不法な侵害に対し、この侵害を阻止、排除する権限を有するものというべきであり、その権限を行使するに当つてはその侵害を阻止、排除するに必要な限度において自衛の措置をとりうるものといわざるを得ないし、みぎの範囲における自衛の措置は、自衛権の作用として国際法上是認さるべきものであることも明らかである。このことは、国際連合憲章が、その第五一条において「この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。」と規定するところに照応するものである。

三憲法第九条第二項前段は、戦力の不保持を宣言しているが、このことは自衛のためにも戦力を保持することが許されないことを意味しているものかどうかが、次に検討を要する点である。同条第二項前段は「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。」と規定しているが、その第一項の趣旨との関連においてこれを合理的に解釈するならば、第一項の戦争放棄等の宣言を実質的に保障する目的のもとに設けられたもの、換言すれば、「前項の目的」とは第一項全体の趣旨を受けて侵略戦争と侵略的な武力による威嚇ないしその行使に供しうる一切の戦力の保持を禁止したものと解するのが相当であつて、みぎ第一項の「国際平和を誠実に希求」するとの趣旨のみを受けて戦力不保持の動機を示したものと解することは困難である。このような見解のもとにおいてこそ、憲法第六六条第二項の、いわゆる文民条項の合理的存在理由をみいだすことができるのである。

四また、同法第九条第二項後段は「国の交戦権は、これを認めない。」と規定しているので、自衛のための戦争も許されないのではないかとの疑問がないではない。しかし、みぎにいう「交戦権」とは、戦争の放棄を定めた第一項との関連において、さらには戦争の手段たる戦力の不保持を定めた第二項前段のあとを受けて規定されている点から考えてみても、「戦争をなす権利」と解する余地は存しないから、国際法上国が交戦国として認められている各種の権利であるといわざるをえない。従つて、わが国が外部からの武力攻撃に対し自衛権を行使して侵害を阻止、排除するための実力行動にでること自体は、なんら否認されるものではないのである。

五以上要するに、わが国が、外部から武力攻撃を受けた場合に、自衛のため必要な限度においてこれを阻止し排除するため自衛権を行使することおよびこの自衛権行使のため有効適切な防衛措置を予め組織、整備することは、憲法前文、第九条に違反するものではないというべきである。

第五原告国、同藤岡間の本件土地売買契約は、直接憲法第九条に違反するがゆえに無効である旨の主張について

原告国、同藤岡間の本件土地売買契約は、いうまでもなく私法上の契約にほかならず、かような私法上の法律行為を規律するものは、私法上の行為規範であるべきところ、憲法第九条は、前叙のように、日本国政府に対し、国際紛争解決の手段としての戦争、武力による威嚇、武力の行使、戦力の保持を禁止し、交戦権の放棄を命じたものであつて、国家統治体制の指標を定めた規範である。

してみれば、憲法第九条が、これと法域を異にする私法上の行為を直接規律しその効力を決するものでないことは明らかである。

第六憲法第九八条第一項にいう「国務に関するその他の行為」および同法第八一条にいう「処分」に関する被告の主張について

一憲法は、国法の体系的秩序の最高の位置に位し、他の一切の法令は、直接または間接に憲法の授権に基づいて成立し通用するのであるから、憲法が最も強い形式的効力を有し、他の法令その他の国務行為は形式上も実質上も憲法に矛盾することは許されない。憲法九八条第一項は、憲法の国法秩序における最高法規性という自明の理を再確認したものである。しこうして同条項が法律、命令、詔勅とともに「国務に関するその他の行為」を掲げて総括し、国法秩序の授権規範である憲法の条規に照らしその効力を問議する以上、国務に関するその他の行為」とは、少なくとも国権の作用ないし公権力作用と関係をもつ個別具体的な公法上の行為を指すものと解すべきであつて、原告国、同藤岡間の本件土地売買契約の締結のごとき私法上の行為にまで及ぶものでないことは明らかである。

ところで、前示条項は、憲法の最高法規性を形式上ないし論理的に保障するものであるが、しかしこの規定によつては、憲法の最高法規性を実現することはできない。これを実現し、憲法の最高法規性を実質的に保障するのが、憲法第八一条であるところ、同条にいう「処分」は、「規則」とともに、前示「国務に関するその他の行為」に照応するものであつて、個別的、具体的な法規範を定立する国家作用を指すものと解すべきであり、前示のような私法上の行為を含むものではない。

以上要するに、原告国、藤岡間の本件土地売買契約の締結が、憲法第九八条第一項にいう「国務に関するその他の行為」、および同法第八一条にいう「処分」に該当する旨の被告の主張は、しよせん失当というべきである。

二被告は、原告国が本件土地を含む航空自衛隊百里航空隊用地を買収するにあたり、百里基地の設置に反対する組織員に対して警察や小川町当局とともに弾圧を加える一方、土地所有農民に対し権力的手段を用いて買収に応ずることを余儀なくさせたものであり、したがつて原告国の本件土地取得行為は、公権力の行使の性格を有するから、憲法第九八条により同法第九条が直接適用される結果、無効たるを免れない旨主張する。しかしながら、原告藤岡が本件土地を原告国に売渡すにいたつた経緯は、既に認定したとおりであり、被告が主張するような弾圧とか権力手段によつて、原告藤岡が売買を余儀なくされたものでないことは明らかである。したがつて、被告の前記主張は、その前提を欠くのであつて、爾余の点につき判断をするまでもなく理由がない。

第七原告国、同藤岡間の本件土地売買契約は、防衛庁東京建設部長池口凌が、旧防衛庁設置法およびこれに基づく防衛庁付属機関組織規程により国の機関として、原告藤岡との間に締結したものであるが、いわゆる憲法前文、第九条に違反するから、みぎ売買契約は無効である旨の主張について

一防衛庁東京建設部長池口凌が、国の機関として原告藤岡との間に本件土地売買契約を締結したことは、前掲のとおりであるが、みぎ東京建設部長が国の機関として該契約を締結する権限は、国家行政組織法第三条第二項第四項、当時施行の防衛庁設置法(昭和三三年法律第一六三号による改正(第五次改正)にかかる防衛庁設置法(以下旧設設置法という。))第五条第三号第三五条、昭和二九年六月三〇日総理府令第三九号防衛庁付属機関組織規程第四三条ないし第四五条に基づくものであることは明らかである。

二そこで旧防衛庁設置法ならびに当時施行の自衛隊法(昭和三三年法律第一六四号による改正(第五次改正)にかかる自衛隊法(以下旧自衛隊法という。))が、はたして憲法前文、第九条に違反する違憲の法律であるかどうかについて、以下検討をすすめる。

(一) 旧防衛庁設置法によれば、防衛庁は国家行政組織法第三条第二項第四項の規定に基づいて置かれる総理府の外局であり(第二条)、その長である防衛庁長官は国務太臣をもつて充て、その任務は、わが国の平和と独立を守り、国の安全を保つことを目的とし、これがため、旧自衛隊法第二条第二項から第四項までに規定する陸上自衛隊、海上自衛隊、航空自衛隊を管理し、および運営し、ならびにこれに関する事務を行なうほか、調達庁設置法第三条所定の事務を行ない(第四条)、その権限としては、直接侵略および間接侵略に対しわが国を防衛し、わが国の平和と独立を守り、国の安全を保つため行動すること(第五条第一三号)、公共の秩序を維持するため特別の必要がある場合において行動すること(同条第一五号)、海上における人命若くは財産の保護または治安の維持のため特別の必要がある場合において行動すること(同条第一五号)、天災地変その他の災害に際して、人命または財産の保護のため必要がある場合において行動すること(同条第一六号)、領空侵犯に対する措置を講ずること(同条第一八号)等の二二項目にわたる権限のほか、法律に基づき防衛庁に付与された権限を有する。そして防衛庁の職員(長官、政務次官、調達庁の職員を除く。)は同時に自衛隊の職員であるが(旧自衛隊法第二条第五項)、その定員は二四万二、七一七人とし、そのうち自衛官の定数は、陸上自衛隊は一七万人、海上自衛隊は二万五四四一人、航空自衛隊は二万六、六二五人のほか、統合幕僚会議に所属する陸上自衛官、海上自衛官、航空自衛官を加え総計二二万二、一〇二人とする(第七条)。防衛庁長官は、内閣総理大臣の指揮監督のもとに、庁務を統括し、所部の職員を任免し、かつその服務についてこれを統督する(第三条第二項)。また組織をみると、内部部局としては、長官官房のほか、防衛局、教育局、人事局、衛生局、経理局、装備局の六局が置かれ(第一〇条)、官房長および局長はその所掌事務に関し、(1) 陸上自衛隊、海上自衛隊または航空自衛隊に関する各般の方針および基本的な実施計画の作成について長官の行なう陸上幕僚長、海上幕僚長または航空幕僚長に対する指示 (2) 陸上自衛隊、海上自衛隊または航空自衛隊に関する事項に関して陸上幕僚長、海上幕僚長または航空幕僚長の作成した方針および基本的な実施計画について長官の行なう承認 (3) 統合幕僚会議の所掌する事項について長官の行なう指示または承認 (4) 陸上自衛隊、海上自衛隊または航空自衛隊に関し長官の行なう一般的監督 について長官を補佐する(第二〇条)。また本庁に陸上、海上、航空の各幕僚監部が設置され、陸上、海上、航空各自衛隊について、それぞれ (1) 防衛および警備に関する計画の立案 (2) 教育、訓練、行動、編成、装備、配置、情報経理、調達、補給等の計画の立案 (3) 隊務の能率的運営の調査、研究 (4) 陸上、海上、航空自衛隊の部隊および機関の管理、運営の調整 (5) 長官の定めた方針または計画の執行に関すること等を所掌し(第二一条、第二三条)、各幕僚監部の長である幕僚長は、長官の指揮監督を受け、幕僚監部の事務を掌理する(第二二条)。さらに本庁に議長および陸上、海上、航空各幕僚長をもつて組織する統合幕僚会議が設置され(第二五条、第二七条)、 (1) 統合防衛計画の作成および(幕僚監部の作成する防衛計画の調整 (2) 統合後方補給計画の作成および幕僚監部の作成する後方補給計画の調整 (3) 統合訓練計画の方針の作成および幕僚監部の作成する訓練計画の方針の調整 (4) 出動時における自衛隊に対する指揮命令の統合調整 (5) 防衛に関する情報の収集および調査 (6) その他長官の命じた事項、以上の事項について長官を補佐し(第二六条)、議長は専任とし自衛官をもつて充て、会務を総理する(第二七条)。

国防に関する重要事項を審議する機関として、内閣に国防会議が置かれ、国防の基本方針、防衛計画の大綱、同計画に関連する産業等の調整計画の大綱、防衛出動の可否、その他内閣総理大臣が必要と認める国防に関する重要事項につき審議の上内閣総理大臣に答申し(第四二条)、同会議は、議長である内閣総理大臣および議員である内閣法第九条により指定された国務大臣、外務大臣、大蔵大臣、防衛庁長官、経済企画庁長官で組織され、議長が会務を総理する(第四三条、国防会議の構成等に関する法律第三条、第四条)。

(二) また旧自衛隊法は、自衛隊の任務、自衛隊の部隊の組織および編成、自衛隊の行動および権限、隊員の身分取扱等を定めているが(第一条)、

1 自衛隊とは、防衛庁長官、防衛政務次官、防衛庁の事務次官および参事官、防衛庁本庁の内部部局、統合幕僚会議および付属機関ならびに陸上、海上、航空各自衛隊を含み、陸上、海上、航空各自衛隊は、各幕僚監部ならびに各幕僚長の監督を受ける部隊および機関を含む(第二条)。以上の自衛隊の任務は、「わが国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、直接侵略及び間接侵略に対しわが国を防衛することを主たる任務とし、必要に応じ、公共の秩序の維持に当る」にあり、陸上自衛隊は主として陸において、海上自衛隊は主として海において、航空自衛隊は主として空においてそれぞれ行動する任務を有する(第三条)。そして内閣総理大臣は、内閣を代表して自衛隊の最高の指揮監督権を有し(第七条)、防衛庁長官は、内閣総理大臣の指揮監督を受け、自衛隊の隊務を統括するが、陸上、海上、航空各幕僚長の監督を受ける部隊および機関に対する指揮監督は、それぞれ当該幕僚長を通じて行なう(第八条)。陸上、海上、航空各幕僚長は、長官の指揮監督を受け、それぞれ陸上、海上、航空各自衛隊の隊務および所部の隊員の服務を監督するとともに、以上各自衛隊の隊務に関しそれぞれ最高の専門的助言者として長官を補佐し、かつそれぞれの部隊等に対する長官の命令を執行する(第九条)。

2 つぎに陸上、海上、航空各自衛隊の部隊の組織、編成等についてみる。

(1) 陸上自衛隊の部隊は、方面隊、管区隊、混成団その他の長官直轄部隊とし、方面隊は方面総監部および管区隊、混成団その他の直轄部隊から、管区隊は管区総監部および連隊その他の直轄部隊から、混成団は混成団本部および連隊その他の直轄部隊から成り(第一〇条)、方面隊の長である方面総監は、長官の指揮監督のもとに方面隊の隊務を統括し(第一一条)、管区隊の長である管区総監は、長官の指揮監督のもとに管区隊の隊務を統括し、混成団の長である混成団長は、長官の指揮監督のもとに混成団の隊務を統括し、方面隊、管区隊および混成団以外の部隊の長は、長官の定めるところにより、上官の指揮監督のもとに当該部隊の隊務を統括する(第一二条、第一二条の二、第一四条)。方面隊は北部、西部の二方面隊、管区隊は第一ないし第六の六管区隊、混成団は第七ないし第一〇の四混成団とする(第一三条)。

(2) 海上自衛隊の部隊は、自衛艦隊、地方隊、練習隊郡その他の長官直轄部隊とし、自衛艦隊は、自衛艦隊司令部および護衛隊群、掃海隊群その他の直轄部隊から成り、地方隊は、地方総監部および護衛隊、警戒隊、掃海隊、基地隊、航空隊その他の直轄部隊から成り、練習隊群は練習隊群司令部および練習隊その他の直轄部隊から成る(第一五条)。自衛艦隊の長である自衛艦隊司令、地方隊の長である地方総監、練習隊群の長である練習隊群司令は、いずれも長官の指揮監督のもとにそれぞれの隊務を統括し、自衛艦隊、地方隊、練習隊群以外の部隊の長は、長官の定めるところにより、上官の指揮監督のもとに当該部隊の隊務を統括する(第一六条ないし第一八条)。地方隊は、横須賀、舞鶴、大湊、佐世保および呉の五地方隊とする(第一九条)。

(3) 航空自衛隊の部隊は、航空総隊、航空団、管制教育団その他の長官直轄部隊とし、航空総隊は、航空総隊司令部および航空方面隊その他の直轄部隊から成り、航空団は、航空団司令部および飛行隊その他の直轄部隊から成り、管制教育団は、管制教育団司令部および教育群その他の直轄部隊から成る(第二〇条)。航空総隊の長である航空総隊司令、航空団の長である航空団司令、管制教育団の長である管制教育団司令は、いずれも長官の指揮監督のもとにそれぞれの隊務を統括し、航空方面隊の長である航空方面隊司令は、航空総隊司令の指揮監督のもとに航空方面隊の隊務を統括し、航空総隊、航空方面隊、航空団および管制教育団以外の部隊の長は、長官の定めるところにより、上官の指揮監督のもとに当該部隊の隊務を統括する(第二〇条の二ないし同条の六)。航空方面隊は、北部、中部の二方面隊とし、航空団は、第一ないし第四および輸送の五航空団とする(第二一条)。

(4) 以上のほかに、陸上、海上、航空各自衛隊の機関として、学校、補給処、病院、地方連絡部が置かれ、学校においては、隊員に対しその職務を遂行するに必要な知識および技能を修得させるための教育訓練を行なうとともに、それぞれ各種部隊の運用等に関する調査研究を行ない、補給処においては、自衛隊の需品、火器、弾薬、車両、航空機、施設器材、通信器材、衛生器材等の調達、保管、補給または整備およびこれらに関する調査研究を行なう(第二四条ないし第二六条)。

(5) 自衛隊員の定数については、さきに説示したとおりであるが、そのほかに防衛招集命令により招集された場合自衛官となつて勤務する予備自衛官の員数は、一万五、〇〇〇人とする(第七〇条、第七六条、第六六条)。

3 さらに自衛隊の防衛出動についてみる。

内閣総理大臣は、外部からの武力攻撃に際して、わが国を防衛するため必要があると認める場合には、国会の承認を得て、自衛隊の全部または一部の出動を命ずることができる。ただし、特に緊急の必要がある場合には、国会の承認を得ないで出動を命ずることができるが、この場合には、内閣総理大臣は、直ちに、これにつき国会の承認を求めることを要する。そしてみぎ国会の承認を得ることなく出動を命じた場合において不承認の議決があつたとき、または出動の必要がなくなつたときは、直ちに、自衛隊の撤収を命ずることを要する(第七六条)。そして自衛隊は、その任務の遂行に必要な武器を保有することができ(第八七条)、前示の防衛出動を命ぜられた自衛隊は、わが国を防衛するため、必要な武力を行使することができる。そして武力行使に際しては、国際の法規および慣例によるべき場合にあつてはこれを遵守し、かつ、事態に応じ合理的に必要と判断される限度をこえてはならないものとされている(第八八条)。

三以上にみてきたように、わが国の平和と独立は守り、国の安全を保つことを目的とし、旧自衛隊法によりその任務、組織、編成、指揮系統および行動等が定められた陸上、海上、航空各自衛隊を管理し、および運営し、ならびにこれに関する事務を行なうことを任務とする防衛庁の設置、およびその組織、権限等を定め、あわせて国防会議の設置等を定めた旧防衛庁設置法が、はたして被告の主張するように憲法前文、第九条に違反するものかどうかの違憲審査の問題につき検討をする。

(一) 日本国憲法は、立法、行政、司法の三権分立を確立し、司法権はすべて裁判所に帰属させ(第七六条第一項)、裁判所法は、裁判所は一切の法律上の争訟を裁判する権限を有するものと定め(第三条一項)、民事、刑事のみならず、行政事件についても概括的に司法裁判所の管轄に属するものとし、さらに憲法第八一条は、裁判所は一切の法律、命令、規則または処分につき違憲立法審査権を有するものと定めた。以上の結果、具体的事件において、国家行為は、法律上の争訟となるかぎり、すべて裁判所の司法的統制に服することとなつたのである。

しかしながら、憲法第八一条の定める違憲立法審査権といえども、あくまでも司法権の作用として認められたにとどまり、司法権は万能であるとはいえず、一定の限界があることを認めざるをえない。憲法の三権分立の主眼は、国権を分離し独立の機関に担当させるとともに、三権相互の抑制と均衡を基礎とする協働により統一的国家意思は決定しようとするものであつて、一つの権力が他の権力を完全に支配し制約することは認められず、その基盤には、国民主権の根本原理が存在するのである。

たとえば、直接国家統治の基本に触れる高度に政治性のある国家行為は、たとえ法律上の争訟となりこれに対する法的判断が法律上可能である場合においても、さような国家行為は、政治責任の担い手でない裁判所の訴訟手続によつて解決されるべきでなく、事柄の性質上、国民に対して政治責任を負う内閣または国会の権限に留保され、最終的には国民の批判と監視のもとに解決されるのを適当とするのであつて、憲法は以上を否定し去つているものとは解されない。

この司法権に対する制約は、結局三権分立の原理に由来し当該国家行為の高度の政治性、裁判所の司法機関としての本来の役割、裁判に必然的に随伴する手続上の制約等にかんがみ、明文の規定は欠くが、わが憲法上の司法権ならびに司法裁判所の本質に内在する制約であると解すべきである。

したがつて前示のような国家行為が違憲であるかどうかの法的判断は、具体的事件についての法保障的機能を果すべき使命を有する司法裁判所の審査には、原則として親しまない性質のものであり、したがつて一見極めて明白に違憲無効であると認められないかぎりは、司法裁判所の審査権の範囲に属しないものというべきである。

(二) ところで、旧防衛庁設置法、旧自衛隊法は国会の立法作用に基づくものであるところ、上来説示した諸規定から明らかなように、わが国の平和と独立を守り、国の安全を保つことを目的とし、直接侵略、間接侵略に対しわが国を防衛するため、防衛行政組織を設け、武力を保持し、これを対外的に行使することを根幹とするものである。しこうして一国の防衛問題は、その国の存立の基礎にかかわる問題であり、国家統治の基本に関する政策決定の問題である。すなわち、わが国が上来説示した自衛権行使のために保持すべき実力組織をいかなる程度のものとすべきかの政策決定は、流動する国際環境、国際情勢ならびに科学技術の進歩等諸般の事情を、将来の展望をも含めて総合的に考慮し、かつわが国の国力、国情に照らして決定すべき問題であり、必然的に高度の政治的、技術的、専門的判断が要求されるものと解すべきである。したがつて昭和三三年当時施行せられた旧防衛庁設置法、旧自衛隊法の規定する自衛隊が、自衛のため必要とされる限度を超え憲法第九条第二項にいう「戦力」に該当するかどうかの法的判断は、原則として司法裁判所の審査に親しまない性質のものであり、一見極めて明白に違憲無効であると認められないかぎり、司法審査の対象とはなりえないのであつて、それは一欠的には、前示二法の立法行為者であり、直接国民に対して政治責任を負う国会の判断に委ねられるべきものであり、終局的には主権者である国民の批判を受けるべきものである。

しこうして、旧防衛庁設置法ならびに旧自衛隊法に定める昭和三三年当時の自衛隊は、既に通観した諸要素に照らし、憲法第九条第二項にいう「戦力」、すなわち侵略的戦争遂行能力を有する人的、物的組織体に該当することが、一見明白であると断ずることはできないであろう。

(三) さようなわけで、旧防衛庁設置法ならびに旧自衛隊法が、憲法前文、第九条に違反するかどうかの判断は、統治行為に関する判断であり、裁判所の司法審査の対象とはなりえないものであるから、みぎ二法を違憲無効と断ずることはできないものというべきである。

四被告は現実に存する自衛隊の目的、組織、編成、装備等その実態が、憲法第九条第二項にいう軍隊であり、かつ反民主主義的、反人権的性格を有するものであるから、かかる違憲な自衛隊の管理、運営等を任務とする防衛庁の設置を規定した旧防衛庁設置法も憲法に違反する旨主張する。

しかしながら、昭和三三年当時における自衛隊の目的、組織、編成、装備さらには性格を含め、その実態が、憲法第九条第二項にいう「戦力」、すなわち侵略的戦争遂行能力を有する人的、物的組織体に該当することが、一見して明白であるということはできないのみならず、当裁判所において取調べた一切の証拠によるも極めて明白であると断ずることはできない。のみならず、その実態いかんは、旧防衛二法を執行する内閣の行政運用の結果にほかならず、その結果が、かりに違憲であつたとしても、その基礎となつた前示二法が、そのゆえに違憲無効となるいわれはない。したがつて被告のみぎ主張はしよせん理由がない。

五以上要するに、防衛庁東京建設部長池口凌は、国家行政組織法第三条第二項四項、旧防衛庁設置法第五条第三号第三五条、昭和二九年六月三〇日総理府令第三九号防衛庁付属機関組織規程第四三条ないし第四五条に基づき原告国の機関として、本件土地売買契約を締結する権限を有していたものというべきであり、該売買契約は、この点につき被告の主張するような無効原因は存しないものというべきである。

第八本件土地の売買契約は、防衛庁東京建設部長と原告藤岡が、原告国に航空自衛隊の軍事基地建設用地を取得させるために締結されたもので、憲法第九条が禁止した事項を実行したこととなるから、同法第九九条に違反し、無効である旨の主張について

憲法第九九条は、国政運用の衝にある公務員に対し、憲法遵守。擁護義務を明示しているのであるが、この公務員に対する憲法への忠誠と護憲の要請は、道義的な要請であり、倫理的性格を有するにとどまるものと解すべきである。したがつて、同条が、公務員ないし私人が行なつた個別具体的な私法上の行為の効力を規制するものでないことは明らかであろう。

第九原告藤岡が被告に対してなした本件土地売買契約解除の意思表示および原告国、同藤岡間の本件土地売買契約の締結が、民法第九〇条によつて無効であるとの主張について

一被告は、みぎ各法律行為は自衛隊の存在を前提とする航空自衛隊の軍事施設の設置を目的ないし動機とするものであるから、戦力の保持を禁止した憲法の基本的秩序に違反し民法第九〇条にいわゆる公序良俗に反して無効である旨主張する。そこで、先ずこの点について検討する。

わが国が外部から武力攻撃を受けた場合、自衛のため必要な限度において自衛権を行使しうること、この自衛権行使のため有効適切な防衛措置を予め組織、整備しうること、かような見地に立つて制定された旧防衛庁設置法および旧自衛隊法によつて定められた昭和三三年当時の自衛隊が、憲法第九条第二項にいう「戦力」に該当することが、一見明白であるということはできず、また、前示旧防衛二法を執行する内閣の行政運用の結果である当時の自衛隊の組織、編成、装備等がみぎの「戦力」に該当することが、一見極めて明白であると断じえないことは、上来説示したとおりである。

してみると、原告藤岡が被告に対してなした本件土地売買契約解除の意思表示および原告国、同藤岡間の本件土地売買契約の締結が、航空自衛隊の軍事施設の設置を目的ないし動機とするものであつたとしても、民法第九〇条にいわゆる公序良浴に違反し無効であるということはできない。

二つぎに、被告は、原告らの前示各法律行為は前示航空自衛隊の軍事施設を設置する目的のもとになされたものであるが、その目的において基本的人権たる平和的生存権を侵害するものであるから、民法第九〇条にいわゆる公序良俗に違反し、無効である旨主張するので、以下この点について検討する。

(一) 国家統治の根本を定めた憲法は、いうまでもなく、わが国の敗戦とポツダム宣言の受諾を契機として制定されたものであるが、前示のごとき制定の趣旨、憲法の基本的立場とその立場においてとるべき基本原理ないし根本理念については、その前文においてこれを明らかにしており、被告の主張する平和的生存権についても、憲法前文第二項の触れるところである。

(二) そこで、憲法前文第二項について、これを検討する。同項は「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するものであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」と規定している。これは前文第一項において、憲法制定の目的として宣言した諸国民との協和による成果と自由のもたらす恵沢の確保および政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないようにするとの決意、換言すれば平和主義の達成と自由主義の確保を日本国民の平和への希求としてとらえ、これを志向して、第二項の第一段においては日本国民の安全と生存の保持という決意、第二段においては専制と隷従、圧迫と偏狭を除去して国際社会において名誉ある地位を占めたいという願望、第三段において恐怖と欠乏から免かれて平和のうちに生存する権利を有することの確認を述べ、さらに前文第三項においてみぎ平和への希求を普遍的な政治道徳の立場から国の対外施策に生かすべき理念として表明している。

(三) しこうして、憲法は、みぎの平和主義と国際協調主義の見地に立ち、その第九条において戦争の放棄等を規定し、第九八条第二項において「日本国民が締結した条約及び確立された国際法規」の誠実な遵守義務を規定しているけれども、憲法前文第二項に規定する平和の内容については、本文各条項によつて具体化されているのみならず、前文においても具体的、個別的に規定されているわけでもない。むしろ、前文第一項において平和主義の達成を憲法制定の目的として宣言している点からみても、また、前文第三項、さらに同第四項の規定に照らしてみても、平和をもつて政治における崇高な指導理念ないし目的としたにとどまるものといわざるをえないのである。すなわち、憲法前文第二項は、形式上憲法の一部を構成するが、憲法本文各条項がみぎのごとき理念ないし目的に従つて解釈さるべきであるという、本文各条項の解釈基準を明らかにしているものと解さざるをえないのである。

(四) してみると、憲法前文第二項にいう「平和のうちに生存する権利」は、その内容が抽象的なものであつて具体的、個別的に定立されたところの裁判規範と認めることはできないから、これを根拠として平和的生存権なる権利を認めることはできない。

(五) したがつて、原告らの前示各法律行為は平和的生存権を侵害するものであるから公序良俗に反して民法第九〇条によつて無効である旨の被告の主張は、爾余の点につき判断するまでもなくその前提において失当たるを免れない。

第一結語

以上のとおりであるから、原告藤岡および原告国の被告に対する本訴各請求は、いずれも理由があるからこれを認容し、被告の原告藤岡および原告国に対する反訴各請求は、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(石崎政男 長久保武 佐藤精孝)

物件目録<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例