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水戸地方裁判所 昭和29年(行)26号 判決 1956年3月22日

原告 栗原雄二郎

被告 茨城県知事

主文

被告が別紙目録記載の土地について、昭和二十三年七月二日を買収期日としてなした買収処分並に同日を売渡期日としてなした売渡処分はいずれも無効であることを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、当事者の申立

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する」との判決を求めた。

第二、当事者の主張

一、原告の請求原因

(一)  請求の趣旨記載の土地のうち、字北下一〇三番乃至一〇六番の四筆の土地は、もと栗原安兵衛の所有であつたところ、大正十五年四月二十九日同人の死亡により同人の養子栗原豊助が家督相続をし右土地の所有権を取得した。字北ヒシキ六三七番及び六三八番の二筆の土地は、大正の初め栗原安兵衛が小泉茂三郎から買戻約款附売買契約により買い受け、買戻期限内に買戻権の行使がなく、安兵衛はこれを大正九年三月十日豊助に贈与し同人の所有に帰した。なお登記は同日小泉茂三郎より豊助に所有権移転登記を経由した。字下川五一二番及び五一三番の二筆の土地は大正二年二月十三日栗原安平より豊助が買い受け同日その旨の所有権移転登記をなしたものである。

(二)  栗原豊助には長男安と次男好とがあつたが、親族協議の上昭和十六年五月好を分家させることになり、それに伴い、同月三日本件八筆の土地を豊助より好に贈与したので同人の所有となつたが、昭和十九年十二月六日好の死亡によりその長男である原告が家督相続をして本件八筆の土地の所有権を承継した。登記手続はおくれて昭和二十一年九月九日売買名義により豊助から直接原告に移転登記を経由した。

(三)  安飾村農地委員会(現在は出島村農業委員会、以下村農委と略称する)は、本件八筆の土地のうち、字北下一〇六番を除く七筆及び字北下一〇六番田六畝七歩なる土地について、昭和二十三年四月三十日自作農創設特別措置法第三条第一項第二号の規定に基き、栗原安兵衛を被買収者とし買収期日を同年七月二日とする買収計画を樹立し、縦覧期間を同年五月四日より同月十三日迄として公告した。村農委は右買収計画と同時に、右土地について売渡の相手方を別紙目録記載の字北下の四筆については飯塚豊雄、字北ヒシキの二筆については小泉正、字下川の二筆については栗原嘉也とそれぞれ定め売渡期日はいずれも同年七月二日として売渡計画を樹立し、買収計画と同期間を縦覧期間として公告した。右買収並に売渡計画は、その後茨城県農地委員会の承認を経たので、被告知事は昭和二十三年七月二日附買収令書並に売渡通知書を発行し、買収令書はその当時原告の代理人たる栗原安に交付し、売渡通知書はそれぞれ売渡の相手方である飯塚豊雄、小泉正、栗原嘉也にその当時交付し、以て買収並に売渡処分を了した。

(四)  しかしながら右買収並に売渡処分は次の理由により重大且つ明白な瑕疵を帯びた無効な行政処分である。即ち、

(1) 前記買収計画及びこれに基く買収処分において買収すべき土地のうち字北下一〇六番の土地について田六畝七歩と表示されているが、一〇六番の土地は田三畝七歩であり一〇六番田六畝七歩という土地は存在しない。それは原告所有の一〇六番田三畝七歩の土地を買収する趣旨かもしれないが、右の表示からすればそれは存在しない土地を買収することになり、乃至は買収の対象たる土地が明確を欠き内容不明確な行政処分ということに帰し、右一筆については買収処分は既に右の点において無効というべきである。なお六畝七歩の買収対価としては一〇六番田三畝七歩の賃貸価格によつて計算され表示されていることは認める。

(2) 仮りに右の点において当然無効とはならず字北下一〇六番田三畝七歩を買収するものであるとしても本件八筆の土地は前記買収計画並に買収期日当時は原告の所有に属するものであり、しかもその旨登記簿上も土地台帳上も明瞭になつているのにかゝわらず、これを栗原安兵衛の所有であるとして買収並に売渡処分をなしたものであるから、右は重大且つ明白な瑕疵を有する行政処分というべく、この点において結局本件八筆の土地全部についての買収処分は当然無効である。而して買収処分が当然無効なる以上、それが有効なることを前提とする売渡処分もまた当然無効のものというべきである。

よつて本件買収並に売渡処分の無効確認を求める。

二、被告の答弁

(一)  原告主張の(一)の事実は認める。

(二)  原告主張の(二)の事実中、豊助に長男安と次男好があつたこと、昭和十九年十二月六日好が死亡し原告が家督相続をしたこと、本件八筆の土地について原告主張のとおりの登記が経由されていることは認めるがその余の事実は否認する。

本件土地は買収計画当時豊助の所有に属したものである。

(三)  原告主張の(三)の事実は認める。

(四)  本件買収並に売渡処分が無効であるとの点は否認する。

(1) 原告主張の(1)については、字北下一〇六番田六畝七歩と表示したのは、同番田三畝七歩を買収地として表示すべきを買収計画書及び買収令書に六畝七歩と誤記したものである。しかし右土地の買収対価については右三畝七歩についての賃貸価格である六円四十銭の四十倍である二百五十八円四十銭が記載されてあり、買収計画書及び買収令書上の記載からしても三畝七歩の誤記であることは了知しうるのであり、右誤記のために買収処分が無効となるべきいわれはない。

(2) 原告主張の(2)については、本件八筆の土地は買収計画当時登記簿上も台帳上も原告所有名義となつていたことは認めるが、実際は前述のとおりその当時栗原豊助の所有に属したものであり、村農委は豊助の属する世帯の代表者という趣旨で、栗原安兵衛を本件土地の所有者即ち買収の相手方として買収計画書に記載し、その結果買収令書にも同様に記載されるに至つたものである。かゝる場合は右所有者の表示は誤記として取扱わるべきもので、右誤記のために買収処分が当然無効となることはない。

仮りに原告主張のとおり本件八筆の土地が原告の所有に属したとしても、それは結局村農委及び被告知事において所有者の認定を誤つたものに外ならず、瑕疵ある行政処分としてもその瑕疵は明白なものではないから当然無効の行政処分とはならない。原告は本件土地が登記簿上原告の所有に属することが明らかであると主張するけれども、原告の所有権取得登記は事実は貸付地であるのを自作地ということにしてなしたものであるから、その登記は無効の登記というべく、かゝる場合に原告所有地として原告を被買収者としなかつたことのために買収処分が無効とせらるべき筋合でないことは明らかである。

第三、立証<省略>

理由

原告主張の請求原因事実中(一)については当事者間に争がない。そこで同(二)において原告の主張する、昭和十六年五月栗原豊助が栗原好に本件八筆の土地を贈与したとの点について判断する。成立に争のない甲第二号証証人栗原安(第一、二回)同折本泰秋の各証言、原告法定代理人栗原すいの尋問の結果を総合すれば、昭和八年にすいと結婚して豊助方に同居していた好は豊助の次男なので分家することになつていたが、好のために家を建て分家の生活の資産として耕作させる土地を分与することについて親族協議することになり、昭和十六年五月頃豊助方で同人及びその妻きち、長男安、次男好、長女久保田もと並びに親族長島与四郎等が集つて相談した結果、本件八筆の土地を分家の耕地として豊助より好に贈与する話合が成立したこと、昭和十六年五月三日附で好の分家の届出がされ、本家より二町ほど離れたところに家屋を建て好が別居し生計を別にすることになつたこと(その後も本家から種々生活面の援助はうけてはいたが)が認められる。即ち前記親族協議の際に本件八筆の土地をその時に好に贈与する旨の合意が豊助、好の間に成立したものというべきである。前記の証言及び供述によれば、前記贈与後も豊助所有当時より本件土地を小作していた飯塚豊雄、小泉正、栗原嘉也が耕作を継続しており、依然豊助方でその小作料を受領していたこと、また好の生前同人に移転登記がなされなかつたことが認められるが、前記証人栗原安(第一、二回)の証言及び原告法定代理人栗原すいの供述を総合すると、好は元来病弱であり、妻のすいが主として本家である安方より借りていた田三反数畝歩を耕作していたこと、そのため分家したからといつて早速前記土地を小作人から返してもらつて自作しなければならないような事情にはなかつたこと、一方安の方では耕地も相当持つているためすいに耕作の手伝をやらせもするが、好方のため肥料代その他経済的な面倒をみていた関係で、経済的には完全に分離独立し切つていない面があつたこと、このような事情のため、小作料も本家の方で主として豊助が従前どおり少作人から受領していたものであることが認められ、前記事実は必ずしも前段認定をくつがえすに足る十分な資料とはならないものと考える。

そして昭和十九年十二月六日栗原好が死亡し、原告が同人の家督相続をしたこと、昭和二十一年九月九日に豊助より直接原告に所有権移転登記手続を経由したことは被告も認めるところであるので、前記贈与の受贈者の相続人として原告が本件八筆の土地の所有権を取得したものであり、昭和二十一年九月にはその所有権者としての登記を了しているものといわなければならない。

つぎに原告主張の(三)の本件買収並に売渡手続の経過事実については当事者間に争がないので、さらに進んで(四)の本件買収並に売渡処分が違法であるとの原告の主張について判断する。

(四)の(1)について、本件買収計画及びこれに基く買収処分において買収すべき土地のうち字北下一〇六番の土地について田六畝七歩と表示されていること、及び字北下一〇六番の土地は田三畝七歩であることは被告も認めるところである。しかし買収計画書及び買収令書には一〇六番の土地の買収対価としては、一〇六番三畝七歩の賃貸価格六円四十六銭の四十倍(自創法第六条の一の第三項)の二百五十八円四十銭が記載されているという当事者間に争のない事実並に「三畝七歩」と「六畝七歩」とでは「七歩」の方や大字、小字名地番は一致しているのであるし、所有者の表示の点は他の土地と同一になつており、買収名宛人の方でも、右の表示が一〇六番田三畝七歩を指すものであることは容易に諒解し得るところというべく、これらの点よりみて、一〇六番田六畝七歩と買収計画書及び買収令書に記載されたのは一〇六番田三畝七歩の明白な表示上の誤謬であり、右誤記は買収処分の効力に影響を及ぼさないものというべきである。よつてこの点についての原告の主張は採用し得ないものである。

最後に原告主張の(四)の(2)について考えてみるに、前記認定のとおり本件土地は買収計画当時原告の所有に属していたものであるから、まずこの点について豊助の所有であることを前提として豊助の属する世帯(しかも原告は豊助の世帯に属していないことも前記認定のとおりである)の代表者という趣旨で安兵衛を被買収者としたとの被告の主張はこゝにおける判断には何等の意味もない。

そこで本件土地について原告の所有を安兵衛の所有と認定してなした買収計画の瑕疵について考察するに、証人堀口家輝の証言によれば、村農委は土地台帳を写した名寄帳と、地主、小作人の双方より提出された一筆申告書と名寄帳にもとずいて作成した農地台帳とを基礎資料として買収計画を立案したことが認められるが、本件土地が土地台帳上原告の所有名義であつたことは被告の認めるところであり、それ故に名寄帳の本件土地の地主名義が原告であつたことが推認され、且つ成立に争のない乙第二号証の一及び証人堀口家輝の証言によれば本件土地は原告の所有名義で原告より申告書が提出されていることが認められる。さらに成立に争のない甲第三号証(村農委議事録)によれば本件買収計画を議決した昭和二十三年四月三十日の村農委の会議に際しても、「栗原雄二郎所有権移転農地について」の件として、本件土地が分家である原告方に分与されてありその旨の登記が遅延していたに過ぎず原告方の生活を維持するためこれを耕作する必要がある旨の発言が一委員よりなされ、右所有名義が既に原告雄二郎に移転していることについては、どの委員からも反駁が出ていないことが認められ、証人前野章、同堀口家輝の証言によつても、本件土地の所有権の帰属につき村農委において特に調査をした上原告の所有であることを否定したものでないことは明らかである。また前記認定のとおり原告は本家である豊助方と別居し生計を別にしていたものであり、なおこの事実は証人小泉正、同栗原武雄の各証言中でも認められるので右の事実はその近在においては極めて明白であつたことが認められる。

以上の各事実を総合すれば、本件買収計画樹立に際し、村農委は本件土地が原告の所有に属することを了知していたものというべく、又は原告が豊助や安と同居の親族の関係にないことをも了知していたか、或は少くとも右事実は当然に了知しうる事情にあつたのにかゝわらず敢てこれを豊助先代安兵衛の所有であるとして買収計画を樹立したのであるから、本件買収計画は重大且つ明白な瑕疵ある処分として無効といわざるを得ないのであり右計画に基いてなされた本件買収処分もまた当然無効の処分といわなければならない。

なお被告は、本件土地が原告の所有に属することは登記簿上に明記されていても、原告の所有権取得登記は事実は貸付地であるのを自作地ということにしてなしたものであるからその登記は無効であるので原告を所有者と認定しなかつたとしても本件買収処分は無効でないと主張し、成立に争のない甲第六乃至第十三号証によれば、本件八筆の土地の登記簿には原告の所有権取得登記の次の番にこれと同一日附の交付にかゝるものとして「栗原雄二郎のため昭和二十一年八月二十日自作農創設に基く安飾村農業会の申請に因り表示欄の土地は自作なることを登記す」と記載されていることが認められるが、前記認定のとおり本件土地は元来豊助より分家である好が耕作する目的のために即ち分家の自作地とするため贈与されたものであり、またそのために事業者である安飾村農業会が自作地である旨の地方長官の証明書を添付して前記自作地の登記を申請(昭和十三年七月勅令第五二七号自作地登記令第一条)したものであることは、該登記の記載及び前記証人栗原安の証言(第一、二回)を綜合して認め得るところである。尤も、右登記のなされた当時右土地の小作人等と原告との間に賃貸借契約の解約につき何らの話合も出きていなかつたことは右の証言からも認められるから、右の登記を問題にする余地がないとはいえないけれども、前に認定したような事実関係の下において、原告の所有権取得登記が無効であるとする理由はないものといわねばならない。しかも村農委としては本件土地の登記簿に前記自作地の登記があるために、原告の所有権取得登記が無効であるとし、これを無視して計画を樹立したものでないことは前記認定のとおりであるから、右被告の主張は採用しえないものである。

以上説明のような次第であるから、本件買収処分は当然無効であり従つて政府が本件八筆の土地について所有権を取得するいわれはなく、かかる土地についての本件売渡処分もまた当然無効である。よつて本件買収並に売渡処分の無効確認を求める原告の本訴請求はこれを正当として認容すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 多田貞治 広瀬友信 中野武男)

(目録省略)

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