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水戸地方裁判所 昭和27年(行)16号 判決 1955年1月25日

原告 鈴木茂助

被告 竹原村農業委員会

主文

竹原村農地委員会が売渡の時期を昭和二十二年七月二日、売渡の相手方を訴外金子なつとし、茨城県東茨城郡竹原村大字大谷字並木新田下四八四番田二反三畝十七歩につき樹立した売渡計画は無効であることを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求原因として

「一、被告委員会の前身竹原村農地委員会は、訴外青柳新兵衛所有の主文記載の農地につき、昭和二十二年五月三十日自作農創設特別措置法第三条第一項第一号を買収の根拠法条とし、買収の時期を同年七月二日とする買収計画を樹立した上縦覧期間を同年六月一日より十日間と定めて公告し、次いで昭和二十三年五月二十四日右土地につき売渡の相手方を訴外金子なつ、売渡の時期を昭和二十二年七月二日とする売渡計画を樹立し、縦覧期間を五月二十五日より十日間と定めて公告をした。

二、然しながら、右の売渡計画には次のような違法が存し、右計画は当然無効たるを免れない。

(一)  右金子なつから買受の申込がなかつたのに同人を売渡の相手方と定めた違法が存する。

(二)  同訴外人は前記農地につき買受の資格を欠いていたのに、同訴外人を売渡の相手方と定めた違法がある。即ち右農地は元金子なつの亡夫文次郎において前記青柳新兵衛から賃借小作していたが、右文次郎死亡の翌年即ち昭和十八年度から原告が金子なつよりこれを転借し更にその当時、原告、金子なつ、青柳新兵衛の三者間における話合によつて、金子なつ、青柳新兵衛間の右賃貸借を合意解除し、そして原告が直接右青柳からこれを賃借するに至つたものである。その後原告は昭和二十一年頃右土地の約半分(四つに区切つた地域の各東側半分)を訴外高栖寅一に転貸し、爾来両名において昭和二十六年四月までこれが耕作を継続してきた。従つて買収の時期即ち昭和二十二年七月二日当時における右農地の耕作者として第一順位の売渡の相手方たる地位にあつた者は、金子なつでなく、原告と高栖の両名であり、又昭和二十年十一月二十三日現在における耕作者は原告のみである。而も右両名は売渡計画樹立前将来とも耕作を継続するつもりで書面(原告の分は昭和二十二年六月一日付)を以て各自の耕作面積に相当する部分の土地につき買受の申込をしているのであるから、金子なつは売渡の相手方たる資格を取得する余地もなく、結局なつは右土地につき全く買受の資格を欠いていたものである。

かようなわけで前記売渡計画は当然無効たるを免れないから、これが確認を求めるため本訴請求に及んだ」

と述べ、

被告の主張事実に対し

「原告、金子なつ間の転貸借に被告主張のような期限が付されていたとの点、原告が買受の申込を撤回したとの点はいずれも争う。(一)仮になつが口頭による買受の申込をしたとしても、買受の申込は書面を以てなすべきこと法の明定するところであるから、その法意に照らし口頭による買受の申込は無効であり、このような違法は延いては売渡計画をも無効ならしめるに十分である。(二)被告は売渡の相手方につき選定を誤つたにすぎないと主張するけれども、買受資格者が買受の申込をしているのにこれを無視し、買受の申込もせずかつて耕作したことがあるにすぎない無資格者を売渡の相手方とするが如きは故意に自作農創設特別措置法施行令の定める売渡の相手方を曲げて選定するものであつて、かゝる計画は当然無効たるべきものといわなければならない。」と述べた。

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する旨の判決を求め、答弁として、

「原告主張の一の事実は認める。同二(一)の事実中、なつが買受の申込をしなかつたとの点は争う。なつは売渡計画樹立前口頭を以て買受の申込をしたものである。仮に買受申込の事実がなかつたとしても、この程度の違法は売渡計画を当然無効ならしめるものではない。同二(二)の事実中本件土地が原告主張のように元なつの亡夫文次郎の賃借小作するところであつたこと、昭和十七年頃右文次郎が死亡し、昭和十八年度からなつが右土地を原告に転貸したこと及び原告がその主張のように買受の申込をなしたこと(但し計画樹立前右申込は撤回された)はいずれも認める。然しながら

(一)  元来本件農地は原告主張のようになつの亡夫文次郎において耕作してきたところ、昭和十七年頃右文次郎が死亡して農耕に手不足を来し、なつは自ら耕作の業務を営むことができない状況に立ち至つたので、止むなくなつの子が成長し農耕に従事できるようになるまでとの期限を付して昭和十八年度から原告に一時転貸するに至つたものであつて、竹原村農地委員会としては、近い将来なつが耕作するものと認め、又それを相当とする事情が存すると認めてなつを売渡の相手方と定めたのであり、かゝる場合においてなつに買受資格なしとするのは相当でない。原告は、なつと地主青柳との賃貸借は合意解除され、原告が直接青柳より賃借した旨主張するけれども、そのような事実はない。

(二)  仮に一時転貸地たるの要件を欠き、従つてなつが買受資格を有していなかつたとしてもそれはなつに対する売渡の計画が売渡の相手方の選定を誤つたものとして取り消さるゝ原因となるは格別、これを当然無効たらしめるものではない。」と述べた。

(立証省略)

理由

原告主張の一の買収、売渡の経過事実は当事者間争いのないところである。よつて本件売渡計画につき原告主張のようにこれを無効とすべき原因が存するか否かについて検討することとする。

本件農地がもと訴外青柳新兵衛の所有であり、訴外金子なつの夫文次郎が青柳より賃借小作していたところ、文次郎が昭和十七年に死亡し昭和十八年に、なつから右土地を原告に賃貸したことは当事者間に争がない。そして証人鈴木源蔵、同金子なつ(一部)同高栖寅一の各証言を合せ考えると、なつは昭和十七年前記のように夫文次郎に死なれ、子女五人をかゝえ手不足のため、人手ができるまでということで原告に本件農地を転貸したのであるが、原告は昭和二十一年中、本件農地を四分したその各東側約半分を訴外高栖寅一に転貸し、昭和二十六年四月まで右約半分ずつを原告と高栖がそれぞれ耕作していたことが認められる。(原告主張のように青柳、金子間の賃貸借が解除せられ、原告と青柳間に直接賃貸借契約が締結されたことを認めるに足る証拠はない。)してみれば本件土地についての買収の期日たる昭和二十二年七月二日当時本件土地を耕作していたものは原告と高栖の両名であり、原告は当時右耕作地を含め田畑約九反五畝を耕作していたものであり、前記なつとの転貸借は自作農創設特別措置法施行令第十七条第五号所定の事由による一時転貸借とは認められず、又前記金子証人の証言によつてもその転貸借は相当の期間にわたるものであることが予想される事情の下になされたこと、買収期日におけるなつ方の稼働人員としては未だ本件田の耕作をもなし得べき状況になかつたことがうかゞわれるのであるから、原告は買収期日における耕作者として本件土地の約半分については第一順位の買受資格者であり、同人が買受の申込をするかぎり、金子なつは右原告の耕作部分につき、買受資格者たり得ないものといわねばならない。たゞ高栖証人の証言と成立に争のない甲第四号証を合せ考えると、高栖寅一は元来大工職を本業とし、横浜市において戦災にあい石岡市(当時石岡町)に疎開したが、食糧補給のため本件田の一部を原告より転借し耕作していたに止まり他に耕作地はなく、いわば生活のため一時の方便として耕作していたものに外ならず、昭和二十六年四月に再び横浜市に引き揚げたものであるから、本件売渡計画樹立当時においても自作農として農業に精進する見込ある者とはいえない事情にあつたものと認むべく、同人の耕作地域については金子なつも、買受申込をするかぎり、買受資格者たり得たわけである。

ところで、成立に争のない甲第五号証・同第七号証の一、二・証人鈴木源蔵の証言を合せ考えると、原告は本件売渡計画の樹立される前昭和二十二年六月一日本件田のうち自己の耕作地域につき、竹原村農地委員会に買受申込書を提出し買受申請をしたが、金子なつは買受申込をしなかつたことが認められる。証人金子なつ、同桜井武平、同小野間一男の証言中なつから買受申込がなされた趣旨の部分は右甲第七号証の一と対比し信用しがたい。他になつから買受申込がなされたものとして扱うに足る事実の存したことについても何らの立証がなく、又被告主張のように原告の買受申込が後に撤回されたことを認むべき何らの証拠もない。

してみれば本件売渡計画は全然買受申込のなされなかつた金子なつを売渡の相手方としたものであり、原告の耕作部分については買受資格者たる原告から買受申込のなされているのを無視して樹立されたものであり、重大且つ明白な瑕疵あるものというべきである。

そして、原告は本件土地全部につき転借権を有していたものであるし、原告と高栖とが耕作していた地域の分け方は検証の結果によつてもわかるように複雑で、その境についても明確を欠くものあり〔なお改めて売渡手続をするとすれば(農地法第三十六条第一項第一号・同法施行法第五条第一項参照)昭和二十六年五月原告と金子なつとの間に一旦示談が成立したことがあり、その後本件土地を二分し原告と金子なつとが耕作している事実が斟酌せらるべき関係にある。〕原告としては本件売渡計画の全部につき無効確認の利益を有するものと認むべく、よつて本訴請求はその理由あるものとして認容し、訴訟費用につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 多田貞治 中久喜俊世 石崎政男)

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