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横浜地方裁判所川崎支部 昭和45年(ワ)324号 判決 1971年5月25日

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

(一)原告の申立

(ア)被告五名は、原告に対し、各自金七八、八四四円及びこれに対する昭和四四年九月八日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(イ)訴訟費用は、被告らの負担とする。

との判決並に仮執行の宣言を求める。

(二)被告らの申立

主文同旨の判決を求める。

第二、当事者間に争のない事実

(一)原告は、昭和四三年一一月二二日訴外中沢保勇に対し、乗用自動車一台(登録番号横浜5や8546)を代金六八一、八六〇円で売渡し、これを月賦で支払を受ける約束であつたところ、昭和四四年三月分までの合計金二五二、九八〇円の支払を受けたが、同年四月分以降の残代金四二八、八八〇円の支払を受けていない。

(二)保勇は、昭和四四年一月一六日交通事故で即日死亡し、単独相続人である同人の父訴外中沢英一郎は相続の限定承認をした。そこで原告は、英一郎に対し、前記自動車の残代金のうち、昭和四四年四月分及び五月分各一五、〇〇〇円、六月分五七、九六〇円、七月分一五、〇〇〇円計一〇二、九六〇円及びこれに対する各弁済期(毎月二八日)の翌日以降完済に至るまで日歩一〇銭の割合による約定遅延損害金を二〇日以内に支払うべく、もし支払わないときは、何らの通告をまたず、期日未到来の月賦金全部につき期限の利益を失わせる旨、また右期限の利益を失つた残債金三二五、九二〇円についても期限の利益喪失の翌日から完済に至るまで日歩一〇銭の割合による遅延損害金の支払を請求する旨の意思表示をなし、右意思表示は昭和四四年八月一七日に英一郎に到達したが、英一郎は二〇日以内に支払わなかつたので、前記未済金四二八、八八〇円全額について一時に支払うべき義務が発生した。

(三)英一郎は、その後亡保勇の相続財産の清算手続をなし、昭和四四年一二月八日その配当による弁済として金三四、六五六円を原告に交付したので、原告は、これを未済残元本四二八、八八〇円の一部に充当し、未済残元本は金三九四、二二四円となつた。

(四)保勇は、生前訴外千代田火災海上保険株式会社との間に、自己を被保険者とする交通事故傷害保険契約を結んでいたので、同人の死亡により、その相続人英一郎が保険金四、八七五、〇〇〇円を受取ることになつたが、英一郎もまた昭和四五年一月二五日死亡し、被告五名が共同相続人としてその債権債務を共同相続(相続分各五分の一宛)し、同年五月一日右保険金を受領した。

(五)保勇が前記保険会社と前記保険契約を締結するに際し、被保険者である保勇が死亡した場合の保険金受取人の指定をしていなかつた。そして右保険契約の内容をなす同会社の交通事故傷害保険普通保険約款第四条には「当会社は、被保険者が第一条の傷害を被り、その直接の結果として、被害の日から一八〇日以内に死亡したときは、保険金額の全額を保険金受取人もしくは保険金受取人の指定のないときは、被保険者の相続人に支払います。」と規定されている。保険会社は右約定に従い、被保険者保勇の相続人英一郎の相続人である被告らに保険金を支払つたものである。

第三、争点

(一)原告の主張

(ア)保勇が保険金受取人を指定しなかつたのであるから、本件保険契約は、いわゆる自己のためにする保険契約であつて、いわゆる他人のためにする保険契約ではない。従つて、保険事故発生の場合、保険金は当然保勇が受取ることになるところたまたま同人が死亡したため、同人の相続人である英一郎が受取ることになつたにすぎない。すなわち、右保険金請求権は、一旦保勇に帰属し、その相続財産として相続人英一郎に相続され、更に被告らに共同相続されたものである。

しかるに、英一郎は、善意か悪意か知らないが、限定承認後相続財産目録を作成するに当り、前記保険金(請求権)を財産目録に記載しなかつた。従つて、英一郎は、右保険金をもつて相続債権者に対し弁済をしない限り、相続債務支払の責任を解除されないのに、その責任を果さないで、限定承認清算手続を終了したと称し、間もなく死亡したのであるから、英一郎の共同相続人である被告らにおいて、相続分に応じ、相続債権者である原告に対し、その弁済の責に任ずべきは明らかである。

(イ)よつて、原告は、被告五名に対し、前記売掛残代金三九四、二二四円の五分の一に当る金七八、八四四円宛及びこれに対する前記英一郎が原告の催告に従わなかつたため期限の利益を喪失した日の翌日以後である昭和四四年九月八日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(二)被告らの主張

本件保険金(請求権)は、前記普通保険約款第四条の規定により、被保険者保男の相続人である英一郎が固有の権利として取得し、保男の相続財産に属するものではない。そして、単独相続人で限定承認をした英一郎は、相続財産について適法な清算手続を行い、確定した相続債権者二名(原告はその一人)に対し、それぞれその相続債権額に応じた配当(原告に対しては債権額四二八、八八〇円に対し配当金三四、六五六円)をなし、昭和四四年一二月八日清算手続を結了した。従つて、英一郎としては、右相続財産以外に原告に対して何らの責任を負うべき理由はなく、英一郎の共同相続人である被告らにおいても同様であるから、原告の請求には応じられない。なお、交通事故傷害保険は、被保険者の交通事故による傷害等の損害を補償することが主目的であつて、他人にこの種の被害を与えた場合にその被害者救済を主たる目的とする自動車損害賠償保険とは、その趣旨を異にするものである。

第四、立証関係(省略)

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