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横浜地方裁判所川崎支部 昭和36年(ワ)138号 判決 1962年8月10日

判   決

川崎市浜町一丁目三十五番地

原告

照沼卯之太郎

右訴訟代理人弁護士

加藤外次

矢島惣平

武藤泰丸

川崎市浜町二丁目二六番地

被告

安川度一

右同所

被告

村松修一

右被告両名訴訟代理人弁護士

山内忠吉

右当事者間の標記事件について当裁判所は次の通り判決する。

主文

被告両名は原告に対し、各自、昭和三四年八月一日以降同年一〇月末日まで一ケ月金二、〇〇〇円、同年一一月一日以降同三六年二月八日まで一ケ月金五、五〇〇円、同年二月九日以降同三七年五月二六日までは一ケ月金七、九五〇円、同年五月二七日以降同年八月一〇日まで一ケ月金九、三五〇円の各割合による金員を支払え。

原告のその余の請求は棄却する。

訴訟費用は被告等の負担とする。

この判決は原告において各被告らに対し、各金三万円の担保を供するときは、それぞれ仮りに執行することができる。

事実

第一、当事者双方の求める裁判

一、原告訴訟代理人は「被告等両名は原告に対し各自昭和三四年八月一日以降同三六年二月八日までは一ケ月金五、五〇〇円、同年二月九日以降同三七年五月二六日までは一ケ月金七、九五〇円の同年五月二七日以降本件第一審判決言渡に至るまで一ケ月金九、三五〇円の各割合による金員を支払え。訴訟費用は被告等の負担とする。」旨の判決並びに仮執行の宣言を求めた。

二、被告等訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」旨の判決を求めた。

第二、請求の原因

一、原告は別紙目録記載(一)及び(二)の建物(以下本件建物(一)及び(二)と称する。)を所有するところ、被告安川に対し昭和二七年七月中本件建物(一)を、また被告村松に対し同年一〇月中本件建物(二)を、いずれも(1)家賃一ケ月三、〇〇〇円(2)毎月末日限持参払い(3)使用目的一階店舗用二階居住用(4)賃借期間は定めない旨の約旨で賃貸した。

二、ところで右建物の賃料額は前項賃貸借契約後昭和三一年三月中、当事者間の合意により夫々一ケ月金三、五〇〇円也に増額されたが、その後右建物に対する公租公課の負担増加、右各建物及び敷地価格の昂騰並びに近隣土地家屋の地代家賃の騰貴に伴い、右賃料は不相当になつたので、原告は左の通り被告等に対し家賃増額請求の意思表示をなし、何れも意思表示通りに増額せられた。

(一)  昭和三四年七月中口頭を以つて同年八月一日以降一ケ月当り金六、〇〇〇円宛に増額する旨の意思表示

(二)  昭和三六年二月九日到達の書面を以つて同日以降一ケ月当り金八、〇〇〇円宛に増額する旨の意思表示

(三)  昭和三七年五月二七日到達の書面を以つて同日以降一ケ月当り金九、三五〇円に増額する旨の意思表示

三、増額事由

(一)  すなわち本件家屋及びその敷地に対する公租公課の負担増加状況は次のとおりである。

(1) 本件建物について

本件建物を含む同町二六番木造瓦葺二階建店舗兼居宅建坪一階三八坪二合七勺二階二六坪五合二勺附属便所木造亜鉛葺平家建三坪店舗兼居宅木造瓦葺二階家建一階一三坪五合二階九坪の家屋の昭和二八年の固定資産税標準評価額は金九七六、五〇二円也であるが、昭和三六年度同評価額は一、一四三、八〇四円であるから約一割七分の評価増となり固定資産税もまた同率で増加しつゝある。

(2) 本件家屋敷地について

本件家屋の敷地たる川崎市浜町二丁目二六番宅地一二六坪八合三勺の昭和二八年度の固定資産税評価額は金一六七、四二〇円也であるが、昭和三六年度の同評価額は金三六四、七四七円であるから、約一一割二分の評価増となり固定資産税も亦同率で増加しつゝある。

(二)  本件家屋敷地を含むその近隣地価の値上り状況は次の通りである。

(1) 昭和二八年当時坪当り売買価額は平均六〇〇円程度のものであつたが昭和三六年当時にあつてはすくなくとも坪当り売買価額は平均約七〇、〇〇〇円を下らないものとなり一〇〇倍以上の著しい騰貴ぶりを示している。

(2) 又同土地の昭和二八年当時の坪当り賃料額は平均約七円税度のものであつたが昭和三六年当時においては平均約七〇円程度となつてこれもまた一〇倍もの値上りを示している。

(三)  本件家屋所在地近隣の借家賃料の状況は次の通りである。

(1) 川崎市浜町二丁目二四番地所在一、木造瓦葺二階建店舗兼居宅の内一階建坪九坪(店舗三坪、住居六坪)、所有者勝山ヒデ子賃借人間の借家契約は昭和三三年八月権利金二〇〇、〇〇〇円、賃料一ケ月当り金八、〇〇〇円の約でなされて今日に至つている。

(2) 同所同番地所在同種家屋の内一階建坪九坪(店舗三坪、住居六坪)所有者勝山ヒデ子賃借人間の借家契約は昭和三三年八月権利金二〇〇、〇〇〇円、賃料一ケ月当り金二二、〇〇〇円でなされて今日に至つている。

(3) 同所二八番地所在木造瓦葺平家建店舗五坪五坪二合五勺(実際は事務所に使用中)は所有者荒木某と賃借人間で昭和三六年九月二九日保証金一〇〇、〇〇〇円也賃料一五、〇〇〇円也の約で借家契約がなされた現在に至つている実情にある。

(四)  右(1)(2)(3)の借家はいずれも本件家屋と同一地域、同一商店街通に並んで五軒おき位に存在し、本件家屋は右商店街どおりの中心部分に存する点からすれば、むしろ場所的利益、商店営業環境上右(1)(2)(3)の家屋より多くの経済的価値を有すると考えられる。

四、以上の事由により、本件建物(一)(二)の賃料はそれぞれ前記の時期以降、原告主張の額に増額された。しかるに被告等両名は正当な理由なく右各家賃増額を争い、何れも昭和三四年八月一日以降の家賃支払をなさない。

五、よつて原告は被告等両名に対し前二項所掲の各家賃支払請求権を有するものであるが、請求の趣旨記載の範囲内に於いてこれを請求することとして本訴申立に及んだ次第である。

第三、被告の答弁及び主張

一、原告主張の請求原因事実一のうち契約成立の日時を除き、その余は認める。被告安川の契約成立日は昭和二六年九月一四日であり被告村松の契約成立日は昭和二七年三月二六日である。同二及び三のうち本件建物(一)(二)の賃料が昭和三一年三月中一ケ月三、五〇〇円に増額されたこと、原告主張の日に原告主張の通りの増額請求の意思表示のなされたことは認め、その余は否認する。

二、本件家屋の賃料の増額請求は次の通りの本件賃貸借に特別事情があるため効力を生じない。すなわち

(一)  被告村松が原告と本件建物の契約をする時、原告は五年間で原告が支出した建築費を償却するため次の三案を同被告に示した。

A案 権利金一〇万円 敷金五万円 家賃三、〇〇〇円

B案 権利金一〇万円 敷金なし 家賃六、〇〇〇円

C案 権利金五万円  敷金なし 家賃九、〇〇〇円

(二)  被告村松はA案によつて原告と契約を結び権利金一〇万円敷金五万円を各支払つた。

(三)  被告安川は昭和二六年九月一四日契約したのであるが、当時その建物は未完成であつて便所もなく台所もないという状態であつた。そこで自分で台所を作り、便所も作るということで入居したので、権利金一〇万円だけを支払い、敷金は支払わなかつたが家賃は三、〇〇〇円と決つたのである。

(四)  昭和三一年二月原告は被告安川を相手方として川崎簡易裁判所に賃料値上の調停を申立たがその申立の趣旨は被告安川が敷金五万円を入れる場合は家賃四、五〇〇円に、敷金を入れない場合は家賃を六、〇〇〇円に値上げするよう調停を求めるというのであつたが、結局敷金を入れないで家賃を三、五〇〇円とすることで調停が成立した。

(五)  これらの経緯から明かなように被告らが支払つた権利金や敷金は、家賃の前払としての性質をもつているのであり、第一項のA、B、C案を検討すると権利金乃至敷金の五〇、〇〇〇円は長日月にわたる一ケ月三、〇〇〇円の家賃に相当する価値を有していることがわかる。即ち五万円の資本は月六分として一ケ月三、〇〇〇円の利息をうむがこれと同等の利益を原告は受けているのである。

従つて、たとえ昭和三六年二月九日以降は一ケ月当り八、〇〇〇円の家賃が相当であるとする原告の主張が認められたとしても被告村松は家賃三、〇〇〇円の他に長日月にわたる家賃六、〇〇〇円に相当する価値のある権利金、敷金を既に支払済なのである。(A案とC案との比較)

又被告安川について言うならば同人は権利金一〇万円を支払つただけで敷金は支払わなかつたけれどもそれと同一の価値ある建築費を負担しているのであるから被告村松についていつたことがそのまま同人にも言い得る訳である。

(六)  更に原告は被告等が支払つた権利金、敷金、家賃で契約後五年間の内に建物の建築費を償却してしまつている。しかるに原告は本件建物の修理をこれまでやつたことがなく、修理はすべて被告等が自ら負担して行つてきた。

以上のとおりである。

三、なお原告の賃料増額請求は契約の安定性を害するおそれがあるから無効である。すなわち原告は昭和三四年七月に家賃増額を請求し後一年半を経過したにすぎない三六年二月九日に増額請求をなし、更にこれより一年三ケ月を経たにすぎない昭和三七年五月二七日にも増額請求をしている。このように短期間のうちになされた増額請求は契約の安定性を破ることはなはだしいものがあるから、借地法第一二条が特別の事情の存する時に於て例外的に地代の増額請求を許した精神に反するものである。

四、被告等は何れも昭和三四年八月末日八月分の賃料金三、五〇〇円を原告に提供したが原告は右賃料の受領を拒否したので同月分以降の賃料は横浜地方法務局川崎出張所に供託している。したがつて右賃料は弁済ずみである。

第四、被告の主張に対する原告の答弁並びに主張

一、被告主張二の事実中原告が五年間で建築費を償却する目的をもつていた事は否認し、その余は認める。同主張二の事実は認める。同三の事実のうち被告安川が本件建物(二)に入居した当時建物が未完成であつて便所もなく台所もない状態であつたことは否認する。同四の事実は認める。同五の事実中被告らがその主張の金額を供託していることは認める。

第五、証拠<省略>

理由

一、原告が本件(一)(二)の建物の所有権を有すること、原告は被告らに対し、それぞれ本件建物(一)(二)を、権利金金一〇万円(被告村松はこの外敷金金五万円の約)賃料一ケ月金三、〇〇〇円、毎月末日払の約旨で、使用目的は一階営業用店舗二階居住用として、期間の定めなく賃貸したことは当事者間に争いがなく、被告両名各本人尋問の結果によると被告安川の契約成立日は昭和二六年五月頃、被告村松の契約成立日は昭和二八年三月頃であり、爾来ここで被告安川は美容院を、被告村松は生菓子屋を営んでいることが認められる。

二、前記賃料額は昭和三一年三月中当事者の合意でそれぞれ金三、五〇〇円に増額されたこと、原告が被告両名に対し、昭和三四年七月中口頭をもつて同年八月一日以降の賃料を一ケ月金六、〇〇〇円に増額する旨の意思表示をなし、次いで、昭和三六年二月九日到達の書面で、同日以降の賃料を一ケ月金八、〇〇〇円に増額する旨の意思表示をなし、さらに昭和三七年五月二七日到達の書面を以つて、同日以降の賃料を一ケ月金九、三五〇円に増額する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。

三、よつて右各時期以降の賃料額はいくらをもつて相当とするかについて考える。

(一)  証人堀川五郎、大木貞治の各証言、原告及び被告ら各本人尋問の結果並びに鑑定人泉明男鑑定の結果を総合すると、本件建物(一)(二)は昭和二六年中に坪当り約三万円の単価をもつて建築せられた木造瓦葺二階建店舗兼居宅建坪三八坪二合七勺、二階二六坪五合二勺、附属木造亜鉛葺平家建便所三坪、同木造瓦葺二階建店舗兼居宅建坪一三坪五合二階九坪、七戸建二棟のーケツト風建物のうちの二戸であつて、階下六坪は店舗に、二階六畳一室は居住にそれぞれ使用され、水道及び便所は屋外にあつて七戸の共用となつており、用材及び工事施行の程度は普通木造建築の中にやゝ及ばない程度であること、右建物は川崎駅よりバスで約一〇分を要するバス停留場四ツ角附近の八米市道に面した商店街のほぼ中央に所在し、附近には約一〇〇軒の商店があるが繁華街という程ではなく、約三年前前記建物全体は川崎市の区劃整理により道路の巾を拡げるため、川崎市の負担において移動したことがあり、その接する市道は昭和三六年一二月舗装されたことが認められる。

(二)  原告と被告村松との本件各賃貸借契約締結に際し、契約の条件として原告は(A)権利金一〇万円、敷金五万円、賃料一ケ月金三、〇〇〇円、(B)権利金一〇万円敷金なし、賃料一ケ月金六、〇〇〇円、(C)権利金五万円敷金なし、賃料一ケ月九、〇〇〇円の三つの案を提示してその選択に任せ、被告村松はA案を選び、その約旨で賃貸借契約を結んだこと、昭和三一年二月原告は被告安川を相手方として川崎簡易裁判所に賃料値上の調停を申立たがその申立の趣旨は被告安川が敷金五万円を入れるときは賃料を一ケ月金四、五〇〇円に、敷金を入れないときは賃料一ケ月金六、〇〇〇円に、値上げする旨の調停を求めるというにあつたことは当事者間に争いがなく、被告村松本人尋問の結果によると、原告は被告村松に対しても賃料値上げの調停申立をなし、右調停において原告の値上げの主張に対し、被告らは拒否して譲らず、各当事者双方とも金五〇〇円の値上げには不満であつたが、紛争を回避する趣旨で五〇〇円の値上について調停期日において合意が成立したものであることが認められる。

(三)  成立に争いのない甲第六ないし八号証、証人照沼政子の証言により成立を認められる甲第九号証、及び証人照沼政子の証言、原告本人尋問の結果、によると本件建物全体の固定資産税評価額は昭和二八年度九七万六、五〇二円、昭和三六年度一一四万三、八〇四円、右建物の敷地の評価額は昭和二八年度一六万七、四二〇円、昭和三六年度三六万四、七四七円であること、本件建物と同じ通りに面し、本件建物より歩いて一、二分の同町二丁目二六番地に所在する勝山某所有の九坪(店舗三坪住居六坪)の家屋は賃借人美浜某が昭和三三年八月権利金二〇万円、賃料一ケ月八、〇〇〇円で賃借し、その隣にある同番地所在同人所有九坪二合(店舗三坪その他住居)も賃借人坪井某が同じ頃同じ条件で賃借し、その後坪数をいくらか増して賃料一ケ月金一万五、〇〇〇円となつたこと、本件建物より二分位の同町二丁目二八番地所在荒木某所有の五坪二合五勺の事務所は、賃借人に昭和三六年九月保証金一〇万円賃料一ケ月金一万五、〇〇〇円で賃貸されており、商店街における位置は本件建物の場所と大差ないことが認められる。

以上(一)ないし(三)に認定の事実と当裁判所に顕著な昭和三〇年頃から川崎市において土地建物価格の昂騰が特に顕著になつたこと、及び原告本人尋問の結果により成立を認められる甲第五号証及び原告本人尋問の結果並びに鑑定人泉明男の鑑定の結果を総合すると前記一ケ月金三、五〇〇円の賃料は昭和三四年八月一日当時不相当となり、賃料相当額は一ケ月金五、五〇〇円、昭和三六年二月九日当時の賃料相当額は一ケ月金七、九五〇円、昭和三七年五月二七日当時の賃料相当額は金九、三五〇円であることが認められる。

しかして家賃の増額について相当額以上の額を表示してその請求をした場合にもその請求は無効となるものではなく、相当額を限度として増額の効果を生ずるものと解するのが相当であるから、本件建物(一)(二)の賃料につきなされた前認定の各意思表示は右の限度において効力を生じたものというべきである。

四、しかるに被告らは当事者間に存在する特殊事情を斟酌するときは、賃料増額の効力を生じたとすることは不当である旨主張するからこの点について考えてみる。

(一)  当事者間に契約成立の際金一〇万円の権利金が授受されたことは前記記定のとおりである。

ところで、通常店舗賃貸借の権利金には場所的利益享受に対する対価、すなわち、のれん代に該当するものと、家賃の一時払的性格を有するものとがあり、通常店舗の賃貸借において、前記いずれの性質のものにおいても権利金の定めのあるときは権利金の定めのない時に比し、比較的低い賃料が定められる慣行のあることは公知の事実である。従つて、一応権利金の約定はその性格が前記いずれの場合に該当するかは別としても、賃料額の決定に影響しこれを低く決定させる特殊事情ということができよう。

然して権利金と相関的に賃料が定められた期間の定めのある賃貸借契約の当事者の意思は、多くの場合その期間内、賃料値上をしないことを(従つて期間後の値上げは差支えない)約するにあるものと推測しうるであろう。しかしながら、期間の定めのない場合においては、権利金の約定をした当事者の意思を賃貸借の継続するかぎり賃料値上をしない特約をしたものとまで推測することは無理があろう。むしろこの場合は、賃貸借契約成立後相当期間を経過した後、経済事情の変動があつたときには絶対賃料の増額をなし得ないとすることが必ずしも公平の原則に添うものとはいえない場合のあることも予想されるので、権利金の授受という賃料額決定に影響すべき特殊事情も、公平の見地から契約成立後相当期間とみられる時日を経過したときは、将来の賃料額決定に影響する程度は次第に減少するものと解すべきである。

然るときは昭和三四年当時、本件契約成立後被告村松は六年、被告安川は八年を昭年三一年合意改訂後は被告両名とも約三年を経過した以上、前記認定のような最近の経済情勢及び諸般の事情に照すと相当期間の経過があつたといえるから、契約の当初に権利金が授受されたからといつてその事のみをもつては賃料増額を妨げる事由とはなし難いというべきである。

なおその後の経済事情の変動が前記認定のとおりである以上値上の意思表示があい次いで行われたからといつて必ずしも不当とはいえない。

(二)  被告村松が契約成立に際し、原告に対し敷金五万円を支払つたことは前記認定のとおりである。ところで、敷金は特段の事情なきかぎり、賃貸借契約終了の際賃借人の賃料債務不履行があつたときこれと相殺し残金を返還する約旨のもとに支払われるもので借家人の債務不履行に対する担保的意味において授受されるものと解されるから、敷金授受がなされたとしても賃料の決定とは直接の関係がないし、敷金返還までの利息を考慮しても、この程度の金額では値上にさしたる影響はないと解するのを相当とする。

(三)  被告安川が本件建物を賃借する当時本件建物は未完成であつて、被告安川の負担において表の戸を備えつけたりしたこと及び被告らが自己の費用で多少の修理をしたことは認められるけれども、この程度では経済事情の変動による値上を許さない事由ありとはいえず、本件建物の価値の昂騰が被告安川の修理によるとか、修理のための被告安川の支払が相当な額に及んだかどうかについてはこれを認めることのできる確たる証拠がないから、ほかに賃料の増額をもつて賃借人に対し不公平というに足る事由を認め得ない。

五、しかして、原告の未払賃料請求部分について、被告は昭和三四年八月以降供託していることは当事者間に争いがないが、成立に争いのない甲第三、四号証によると被告は昭和三四年八月以降一〇月末日までの賃料について、毎月金三、五〇〇円を提供したが原告は受領を拒絶したので、昭和三四年八月以降一〇月末日まで一ク月金三、五〇〇円の割合による賃料を弁済供託したことが認められるほか、その後の賃料については提供の事実も何時まで供託したかもはつきりしないので、供託金額を控除することはできない。

六、よつて、被告らは原告に対し、名目、昭和三四年八月一日以降同年一〇月末日までは一ケ月金二、〇〇〇円、同年一一月一日以降昭和三六年二月八日までは一ケ月金五、五〇〇円、同年二月九日以降昭和三七年五月二六日までは一ケ月金七、九五〇円、昭和三七年五月二七日以降本判決言渡の日であること明らかな同年八月一〇日までは一ケ月金九、三五〇を支払う義務があるものというべく、よつて原告の請求はこの限度において正当として認容し、その余の請求は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九二条第九三条第一項本文を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項をそれぞれ適用し、主文のとおり判決する。

横浜地方裁判所川崎支部

裁判官 野 田 愛 子

物件目録<省略>

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