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横浜地方裁判所小田原支部 昭和53年(ワ)136号 判決 1980年12月16日

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自原告に対し、金四〇六万六、六〇三円及びこれに対する昭和五一年三月三〇日より支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告箱根登山鉄道株式会社(以下被告会社という。)は、バス、電車による交通事業を営み、被告湯山誠一郎(以下被告湯山という。)は、同社にバス運転手として雇傭されている者である。

2  原告は、昭和五一年三月二九日午前一〇時二〇分頃、神奈川県足柄下郡箱根町大平台二五四番地国道一号線大曲りにおいて、被告会社が所有し、被告湯山の運転するバス(事業用大型乗用車相模こ九九〇号)に乗車中、急カーブにさしかかつた際に、被告湯山が予告なく急に右ハンドルを切つて右折したため、バス前部の乗車口ステツプに逆さに頭から転倒した。

3  原告は、右転倒の際、頭部打撲、右鎖骨複雑骨接の傷害を負い、その治療のため本件訴提起時も通院を続けている。

4  被告らの責任

(一) 被告湯山は、バス運転手として、乗客を安全に運送する業務上の注意義務があり、当時座席は満員であり立席にも乗客が殆んど立込んでいた状態にあつたのであるから、急カーブにさしかかつた際には、十分事前に乗客に予告し、スピードを減じ、しかる後ゆるやかに転回する等の注意義務があるところ、これを怠り、スピードを減じることなく、ハンドルを急に切つた過失があり、そのため原告を転倒させて前記の傷害を負せた。

(二) 被告会社は、前記2掲記の自動車を業務用に使用し、これを自己のために運行の用に供している。

(三) また、被告会社は、被告湯山を使用して自己の営む旅客運送業務を執行中、被告湯山の前記(一)記載の過失により、原告に対して後記の損害を与えた。

(四) 原告と被告会社との間には、原告が前示バスに乗車した時点において、原告を宮の下より小田原まで運送する旨の運送契約が締結され、被告会社は原告を安全に運送する義務があるのにこれを怠り、運送途中において原告に対し後記の損害を与えた。

5  損害

(一) 原告は、本件交通事故により受傷した前記3掲記の傷害の治療のために次の費用を要した。

(1) 交通費、入院の雑費等 金四〇万七、三八三円

(2) 下部温泉治療 金四万一、七二〇円

(3) 付添人(後上まゆみ)手当 金四三万七、五〇〇円

(4) 付添人(斎藤順子)手当 金二四万円

(二) 原告は、本件事故当時亀屋食品株式会社に勤務して一カ月手当金一九万円を得ていたが、事故後稼動できなくなつて、右手当は金一三万円に減額されており、昭和五一年四月より昭和五三年三月までの二四カ月間一カ月金六万円の減収となり、この休業損害は金一四四万円となる。

(三) 事故後身体の不調状態が継続し、不眠症で無理がきかなくなり、著しい精神的打撃を受けており、これを慰藉するには金一〇〇万円が相当である。

(四) 弁護士費用金五〇万円

6  従つて、原告は被告会社に対しては、使用者責任または自動車損害賠償保障法三条本文もしくは運送契約上の債務不履行に基づき、被告湯山に対しては、不法行為に基づき、前記5記載の金額の合計金四〇六万六、六〇三円の損害金並びにこれに対する本件事故の翌日である昭和五一年三月三〇日より支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1掲記の事実は認める。

2  同2掲記の事実のうち、原告が原告主張の日時、場所において被告湯山運転の被告会社バスに乗車中、同バスが右折したこと及び原告がバス前部の乗車口ステツプに転倒し、傷害を負つたことは認め、その余は争う。

3  同3掲記の事実のうち、通院を継続しているとの点は不知。その余の事実は認める。

4  同4(一)ないし(三)は争う。同4(四)掲記の事実のうち、被告会社と原告との間に運送契約が存したことは認め、その余は争う。

5  同(一)、(二)掲記の事実は不知。同5(三)、(四)は争う。

6  同6は争う。

三  被告の主張及び抗弁

1  被告湯山の無過失

(一) 本件事故が発生した被告会社のバスは、湖尻を出発点とし小田原駅を終点とする定期バスで、本件事故現場の前後の路線中には幾重にも折れ曲つた道路が続き、原告が乗車した足柄下郡箱根町木賀九七三番地先通称木賀の里停留所から本件事故現場までは約二・八キロメートルあり、進行方向に対し下り勾配の道路で、多数のカーブが存在する。

(二) 当日被告湯山による付近道路の運転速度は、直線において時速約二〇キロメートルであり、カーブにおいては急な下り勾配のため速度を相当減速しなければ曲り切れず、また立つたままの乗客もいたことから、速度をほとんど時速一〇キロメートル以下に減速して運転していた。

2  原告の過失

(一) 本件バスは補助席を含む座席定員五七名の定期バスで、本件事故当時の乗車人員は五四名であつたところ、原告は前記木賀の里停留所において乗車後、座席が満員であつたためバスの運転席後部にある鉄製パイプにつかまつて立つたまま乗車していた。

(二) 原告が乗車後事故現場へ至る途中の大平台停留所において停車した際、被告湯山が原告に対し後方へ移動するよう申入れたが、原告はこれを拒絶したため、被告湯山はやむを得ずそのまま同停留所を発車した。

(三) 本件バスの運行している道路の状況は前述のとおりであつて、乗客としては右の道路状況及び自己の身体機能に応じた安全確保の方法を講ずるべきものであるところ、本件事故は原告がこれを怠つたために発生したものである。

3  被告会社の免責

(一) 前記1、2掲記のとおり被告湯山に過失なく、原告に過失がある。

(二) 被告会社は、自動車運行につき乗客の安全確保に関する運転手の教育を含めて注意を怠つておらず、又本件自動車の構造上の次陥、機能の障害の有無と本件事故とは無関係である。

4  原告は、本件事故に関し、被告会社より金九六万一、八〇五円の、自動車損害賠償責任保険から金一五七万円の各支払を受けており、右の限度で損害は填補されている。

5  (仮定抗弁)

仮に、被告らに本件事故につき損害賠償義務があるとしても、原告にも本件事故につき重大な過失があるので過失相殺されるべきである。

四  被告の主張及び抗弁に対する認否

1  被告の主張及び抗弁1(一)掲記の事実は認め、同1(二)掲記の事実は否認する。

2  同2(一)掲記の事実のうち、事故当時の乗車人員の点は否認し、その余の事実は認める。同2(二)掲記の事実は認めるが、原告が後方へ移動しなかつたのは、バス内が身動きできないほど混んでいたためであり、原告は被告湯山に対し、他の乗客を後方に詰めるよう注意して欲しい旨述べたが、被告湯山はこれに応じなかつたためである。同2(三)は争う。

3  同3掲記の事実は否認する。

4  同4掲記の事実は認める。

5  同5は争う。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因一1掲記の事実は当事者間に争いがなく、同一2、3各掲記の事実中、原告が、原告主張の日時、場所において、被告湯山運転の被告会社バスに乗車し、同バスが右折した際にバス前部の乗車口ステツプに転倒して負傷した点も当事者間に争いがない。

二  右事故について被告湯山の過失の有無を検討するに、いわゆる乗合バスの運行について運転者は、乗客の安全に十分の注意を払う必要があり、特に座席に座れずに立つている乗客がある場合には、急制動や左右の転把によつてこれら乗客が転倒する危険を避けるために、予め注意を与え、またできる限り減速する等して衝撃を軽減するよう運転すべき注意義務があるというべきである。

1  本件事故の発生した際の運転状況を見るに、被告湯山本人尋問の結果中に、本件事故現場にさしかかる前は毎時三〇ないし三五キロメートルの速度であり、本件事故現場であるカーブにおいては毎時一〇ないし二〇キロメートルであつた旨の供述があるが、これは成立に争いのない甲第四号証によれば、事故現場は、道路の外縁が半径約一七メートルの半円をなすいわゆるヘアピンカーブであり、かつ、バスの進路に向つて一〇〇分の七の下り急勾配であること及びバスは全長一〇メートルを超える大型であることが認められるので、相当減速しなければ曲り切れないことが推認されることに照らして措信することができる。さらに、被告湯山本人尋問の結果及び証人石井宏子、同江口まり子の各証言によれば、同被告はバスの運転歴一七年の経験を有し、またしばしば本件事故現場を通るバス路線を利用している同証人らも特に平常と異なつた運転とは感じていないことが認められ、原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信し難い。

2  被告湯山本人尋問の結果によれば、本件事故現場にさしかかつた際、特に急カーブがあるから注意するようにという予告はしていないことが認められるが、成立に争いのない乙第二号証、同第三号証の一ないし三及び証人石井宏子、同江口まり子、同勝俣義満の各証言及び被告湯山本人尋問の結果によれば、本件バス路線中原告の乗車した木賀の里停留所から本件事故現場に至る区間は、山道で多数のカーブが連続して存在し、途中の宮の下停留所を過ぎたところで録音テープによつてカーブが続くので注意するようにとの放送が流されることになつており、右の録音テープは各停留所の案内と一体になつていることから乗合いバスの運行には不可欠のものであつて、特に録音テープが故障した等の事情が認められない本件にあつては、右の放送が行われたと推認され、原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信し難い。

以上の事実によれば、道路状況に応じた危険の予告はあらかじめなされており、被告湯山の運転にも過失は認められない。

三  次に、原告の過失の有無を検討するに、バスの乗客としては、バスが一般道路上を走行する交通機関であつて、しばしば急制動や左右の転把をするものであることから、道路の状況や各自の身体等の状況に応じて安全確保の方法を講ずべき注意義務があるところ、証人石井宏子、同江口まり子の各証言及び被告湯山本人尋問の結果によれば、原告が本件バスに乗車した際には、座席は全て先客が占め、通路部分にも乗客が立つていたこと、原告は運転席の後に立つていたこと、原告と同じ停留所から乗つた原告の同行者はバスの後部の方へ入つていたこと、本件事故現場の直前の停留所において被告湯山は原告に対しバスの後部へ入るよう注意したにもかかわらず、原告はその場を動かなかつたこと、同停留所から乗車した者が原告のいた位置よりも後の方へ進んでいることの各事実が認められ、これに前記のごとき本件バス路線の道路の状況は容易に認識し得ることを併せ考えると、原告は、被告湯山の注意を無視し、また、移動が可能であつたのにもかかわらず、より安全な後方へ移動せず、万一転倒した場合には重篤な傷害を負う可能性の高い乗車口ステツプ近くにおり、しかも、前記二1において認定したとおり、被告湯山は乗客に対し特に危険な運転をしていないのに、原告が転倒したことからみると、運転席後部にあるパイプ等の設備にしつかりとつかまつていなかつたことが推認され、安全保持の注意義務を怠つていたと言わざるを得ない。

四  運転者である被告湯山が本件バスの運行に関し注意を怠らなかつたことは前記二において認定したとおりであり、証人水上芳一の証言及び被告湯山本人尋問の結果によれば、被告会社はバス運転手に対し定期的に研修を実施し、また、始業前には同社の運行管理者による車両の点検及び運転手に対する注意がなされていることが認められ、被告会社において本件バスの運行に関し注意を怠つていなかつたと言うことができ、また前掲甲第四号証及び被告湯山本人尋問の結果によれば、本件バスに構造上の欠陥及び機能上の障害は存在しなかつたことが認められる。

五  したがつて、本件事故につき被告湯山に不法行為に基づく損害賠償義務は認められず、またこれを前提とする被告会社の使用者責任も否定される。また前記認定の事実によれば被告会社は本件バスを自己のため運行の用に供していた者と認められるが、前記二、三、四掲記のとおり自動車損害賠償保障法三条但書の免責事由が認められ、さらに、原告と被告会社との間には旅客運送契約が締結されていたことは当事者間に争いがないが、前記のごとく、被告会社及び被告湯山において注意義務を怠つていないことが認められ、被告会社は運送契約上の責任を負うものではない。

六  よつて、その余の点につき判断するまでもなく、原告の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用については民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石垣光雄 人見泰碩 栗田健一)

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