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横浜地方裁判所小田原支部 昭和35年(わ)293号 判決 1968年10月14日

被告人 永田義一 外二名

主文

被告人玉木実および同相原夏男をそれぞれ罰金三、〇〇〇円に各処する。

右被告人両名において、右各罰金を完納することができないときは、金五〇〇円を一日に換算した期間当該被告人を労役場に留置する。

訴訟費用中、証人磯崎和吉(第二五、第二六回公判期日)、同高橋英昭(第三〇回公判期日)、同中条豊治(第三四、第三七、第三八回公判期日)、同小泉英彦(第四四、第四六回公判期日)、同高梨鷹司(第四五、第四六回公判期日)、同宮田亮(第四七回公判期日)、同川村千鶴子(第四七、第四八回公判期日)、同笠間生子(第四七、第四八回公判期日)、同土屋芳雄(第四七、第四八回公判期日)、同渡辺卓二(第五四回公判期日)、同石野実(第五七、第五八回公判期日)、同細川明(第五七、第五八回公判期日)に支給した分は、右被告人両名の連帯負担とする。

本件公訴事実中、被告人永田義一、同玉木実および同相原夏男に対する各窃盗の点については、右被告人三名はいずれも無罪。

理由

(被告人らの地位、経歴および本件傷害事件発生に至るまでの経緯等)

一、本件当時、被告人永田は神奈川県ハイヤータクシー労働組合(のちに「全国自動車交通労働組合連合会神奈川地方自動車交通労働組合」と改称された。)の書記長として神奈川県下の中小企業の組合結成や労働条件改善のため労働者らを指導していたもの、被告人玉木および同相原はともに大箱根自動車株式会社の自動車運転手で、被告人玉木は神奈川県ハイヤータクシー労働組合大箱根支部の支部長、被告人相原は同副支部長をしていたものである。

二、ところで、大箱根自動車株式会社(以下単に「会社」と略称する。)は、一般乗用旅客運送(ハイヤーと小田原駅構内タクシー)を営業の目的とする会社(資本金二〇〇万円)で、神奈川県足柄下郡箱根町宮の下四〇一番地に本店と宮の下営業所を、同町湯本六五三番地に湯本営業所を、同町強羅一、三〇〇番地に強羅営業所を、同町仙石原一〇五番地に仙石営業所を、小田原市所在日本国有鉄道小田原駅構内に小田原案内所を、なお、車輛修理ため、同郡箱根町宮城野小東一一〇番地に宮城野修理工場を持ち、営業用自動車一九台を所有し、本件当時、代表取締役高梨政雄(以下「高梨社長」と略称する。)以下役員を含み従業員は合計三四名であつて、そのうち、自動車運転手が二四名となつていた。右営業用自動車については、いずれもその所属営業所と担当運転手が定められていて、右各営業所および小田原案内所にはそれぞれその責任者と操車係がいて、各運転手は各責任者や各操車係の直接の指示等に従つて稼働し、稼働後はもよりの営業所に駐車して次の指示を待つことになつており、この指示によらず、又は会社に無断で右自動車を使用することは許されず、また、就労時間終了後は会社の指定してある場所に右自動車を格納又は駐車させておくことになつていた。なお、エンジンキーは各自動車とも三個宛あり、一個は本社で、一個は当該自動車の配置されている営業所で保管し、他の一個は自動車運転手が当日就労する際、当該操車係より受領してこれを使用し、終業の際は、宿直当番の場合は格別、必ず各操車係に返還して各営業所の鍵掛にかけておくことになつており、また、自動車検査証(以下「車検」と略称する。)は常時各営業用自動車に備えつけたダツシユ盤の中に入れてこれを保管していた。

三、ところで、会社には従来労働組合はなく、従業員らの賃金やボーナスが低かつたうえ、賃金についての給与体系が確立されておらず、給料の明細書の項目に絶えず増減があつたりなどして従業員らは給料袋を開けてみるまでは毎月給料がいくらになるのか、また、その給与がどのようにして計算された結果なのか全く不明であるというような状況のもとにあつた。その後昭和三五年七月ごろ、会社は従業員らに給与の点につき不満があることを知り、従来の所得より月平均約四、〇〇〇円賃上げになる新給与体系を作成し、同月末ごろ、これに基づき従業員らに賃金を支給したものの、被告人相原がこの体系による賃金は古くから勤務している自動車運転手には不利であるとして、さらに、その改善方を求め、会社取締役高梨末信らと交渉したが、その際、同人に対し、「賃金が貰える前にこれの計算ができたらノーベル賞ものだ。」と云つたことなどから両者口論になり、その結果同被告人は同年八月三日会社を退職した。ところが、そのころ、会社は従業員らになんらの連絡もしないで、一律一人当金五、〇〇〇円の夏季手当を支給したのであるが、多くの従業員らはこれを右手当の内払いと思つていたところ、その後その追加支給がないのと右給与問題についての不満、さらに、これに被告人相原の前記退職問題がからみ、労働条件改善のため労働組合結成の必要があると考えるようになり、同月六日被告人玉木らが中心となり、同郡足柄下郡箱根町宮の下所在食堂「みつよし」において、被告人相原を含む計一八名の従業員らとともに小田原地区労働組合協議会事務局次長伊藤喜代治や前記神奈川県ハイヤータクシー労働組合書記長被告人永田の指導を得て、神奈川県ハイヤータクシー労働組合大箱根支部(以下単に「組合」と略称する。)を結成するに至つた。発足当初の組合役員は、支部長被告人玉木、副支部長被告人相原、書記長渡辺卓二であり、組合事務所は同町大平台三八六番地旅館「玉木荘」こと玉木タカ方に置かれた。

四、組合結成後、被告人らは直ちに組合活動を開始すべく、同月七日朝、他の数名の組合員らとともに、前記湯本営業所において、会社側の高梨社長らに組合結成の通告をすると同時に、従業員らの待遇改善と被告人相原の復職を要求したところ、会社側はその復職は認めないが、待遇改善の点は考慮する旨答えた。そこで、被告人らはこの程度で団体交渉を止め、近くの観光会館に引き揚げ、同日午後同所において、収拾策を講ずるための組合大会を開催したのち、同日午後四時半ごろ、再び会社側と団体交渉を行なつたが、その際、会社側に対し(1) 基本給は現在支給中の金額に一律金五、五〇〇円を附加すること、(2) 夏期手当一人当金二万五、〇〇〇円(ただし、うち金五、〇〇〇円は受領済み)を支給すること、(3) 被告人相原の即時復職を認めることなどを文書で要求し、その回答を求めた。これに対し、会社側は、被告人相原の復職は認めるが右(1) (2) の項目については検討のうえ同月一〇日朝に回答する旨約し、さらに、今後通常通り就労するよう要求したので、組合側もこれを了承し、被告人らを含む組合員らはそれぞれ職場に復帰し就労した。その後、組合側では会社側との申し合せに従つて就労していたところ、同月一〇日午前八時ごろ、会社側より文書にて、(1) 基本給については現在支給中の金額に社内最古参加者を基準とし、勤続年数に応じ最高金五、五〇〇円より最低金五〇〇円迄の金額を附加する。(2) 夏季手当については社内最古参者にさらに金五、〇〇〇円とし、勤続年数に応じて支給する。(3) 被告人相原の件は白紙に戻し、その復職を認める等の回答を受けたが、前二者の件につき納得せず、この点につき、さらに会社側と交渉したもののまとまらず、団体交渉はいつたん打ち切られた。そして、同日午後組合側は再び会社側と団体交渉を開いた結果、会社側提案の歩合給、皆勤手当、家族手当、残業手当、交通費についてはこれを了解したものの、重要な要求である基本給と夏季手当についてはなお納得しがたい点があつたためこれを拒否した。そこで、この問題については、さらに同月一一日午前八時に右両者間で改めて協議することとなつたが、その際、右両者間に「労使ともその立場を認め、終始平常通りの営業状態を持続しつつ、誠意をもつて交渉する努力を行なう。」旨の確認書が作成され取り交された。なお、その際、高梨社長より組合側に対し、「明日の交渉委員は四、五名程度にし、他の者は平常通り仕事をしてくれ。しかし、今夜の宿直はしなくてもよい。」旨の指示があり、組合側もこれを了承した。組合側では右団体交渉終了後、同月一〇日午後六時ごろから前記玉木荘で組合大会を開催し、会社側との団体交渉の経過報告等があつたが、その際、前記伊藤の提案で「この際、万一のことを考え、スト権を確立していた方がよい。」との発言があり、組合員らはその必要はないものと考えたが念のためこれを議題として決定するとともに、この次ぎ行なわれる団体交渉には被告人玉木、同相原ほか二名が組合側の交渉委員として参加することとし、他の組合員は執行部より別段の指令あるまで就労することになった。なお、そのころ、被告人玉木から「高梨社長から今夜は宿直する必要はないといわれたが、当直者は宿直しよう。それ位の誠意は見せた方がいいんじやないか。」との発言があり、他の組合員もこれを了解し、宿直員は平常通り宿直することにした。

五、このようなことから、組合員らは二班に分れ、同夜それぞれ前記宮の下営業所および小田原案内所におもむいたのであるが、その際、のちに詳述するように、会社所有の営業用自動車の多くが所在不明になつていたうえ、会社側から就業禁止命令を受けたことなどから、組合側は、会社側が前記確認書の精神を踏みにじり、組合側に対し先制的ロツクアウトをかけてきたものと判断し、これに対抗し争議を組合側に有利に展開しようと考え、同日午後一一時ごろから同月一一日早朝にわたり、前記宮の下営業所から二台、前記宮城野修理工場から四台、前記仙石営業所とその附近から三台、合計九台の会社所有の営業用自動車を搬出し、これを組合側に確保するとともに、この旨を会社側に通告し、今後会社側と対等の立場で団体交渉をすることを明らかにした。

(罪となるべき事実)

このような過程を経て、昭和三五年八月一四日午後、被告人玉木および同相原は、他の組合員らとともに前記湯本営業所におもむき、同所において、会社側の高梨社長らに団体交渉を求めたが、会社側から満足すべき回答を得られず、団体交渉は物別れに終つてしまつた。そこで、被告人玉木および同相原は、同夜は同所に泊まろうと考え、渡辺卓二ほか数名の組合員とともに同所に寝具や身廻り品を持ち込んで夜を明かした。ところが、同月一五日午前八時ごろ、目を覚した被告人玉木および同相原は、他の数名の組合員とともに洗面のため同所を出るや、被告人らと一緒に同所に泊まつていた会社取締役高梨末信(当時二八才)が、右組合員らが再び同所に入るのを阻止しようとして椅子を同所入口扉付近に置いてこれに腰をかけ、足をあげて右入口を塞ぎ、右組合員らの入室を拒否する態度に出た。その後、ほどなく、洗面を済ませて同所に戻つてきた組合員沢田恭育、同渡辺卓二が同所に入ろうとしたところ、右末信が前記状態のまま、同人らの入室を拒否したため、これを知つた被告人玉木および同相原は憤激し、そのころ、同所入口において、他の数名の組合員とともに右末信を取り囲み、同人に対し、「中に入れろ。」「どけ。」などと怒鳴つたが、同人から、「これはおれの会社だから入つちやいけない。」と云われ、再び入室を拒否されるやや、被告人玉木および同相原がこもごも「おれだつて、ここの従業員だから入る権利はあるんだ。」「やつちまえ。」「構わないから引つ張り出してしまえ。」と怒号したところ、他の数名の組合員もこれに応じ、ここに被告人玉木および同相原は、ほか数名の組合員と共謀のうえ、そのころ、右末信が腰かけていた椅子ごと同人をその前後左右から抱え上げ、「わつしよわつしよ」とかけ声をかけながら、同人を同所入口から東側約七・四メートル先の道路中央付近まで抱え出したうえ、椅子もろとも同人を右道路上に放り出し、因つて、同人に対し、治療約一週間を要する右足関節部捻挫の傷害を負わせたものである。

(証拠の標目)<省略>

(法令の適用)

法律に照らすと、被告人玉木および同相原の判示各所為は、いずれも刑法二〇四条、罰金等臨時措置法二条、三条、刑法六〇条に各該当するところ、その所定刑中、いずれも罰金刑を選択し、その各金額の範囲内で、被告人玉木および同相原を罰金三、〇〇〇円に各処し、右被告人両名において右各罰金を完納することができないときは刑法一八条によりいずれも金五〇〇円を一日に換算した期間当該被告人を労役場に留置し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条を各適用して、主文掲記のとおり、右被告人両名の連帯負担とする。

(本件中、無罪部分についての判断)

本件公訴事実中、被告人三名に対する窃盗の点は、

第一、被告人永田および同玉木は、

一、昭和三五年八月一〇日午後一〇時半ごろ、同郡箱根町大平台六二四番地旅館「函山荘」において、高橋英昭、渡辺卓二、露木実および芝山透の組合員らと共謀のうえ、同日午後一一時ごろ、高橋、渡辺、露木、芝山が前記宮の下営業所におもむき、そのころ、まず、芝山が同所無蓋駐車場に駐車中の会社所有の営業用乗用自動車トヨペツトクラウン小型車一台(神五う九一二二号-以下「七号車」と略称する。価格金一三万円相当)の運転台に乗り込んでこれを運転し、渡辺、露木、高橋がその後部または横からこれを押し出して搬出し

二、同日午後一一時ごろ、同所付近の大平台バス停留所付近において、高橋、渡辺、露木、芝山、本多、中条、石野および斉藤の組合員と共謀のうえ、

(一)  同月一一日午前零時ごろ、前記宮城野修理工場において、同所に駐車中の会社所有の営業用乗用自動車トヨペツトクラウン小型車三台(神五あ五、二九三号、神五あ一、〇三四号、神五う九、九五三号-以下順次「二号車」「五号車」「九号車」と略称する。)およびシボレー普通車一台(神三あ七二八〇号-以下「二五号車」と略称する。)計四台(価格合計金一八六万円相当)を運転台横の三角窓をこじあけ、あるいはその客席の窓から手を中に差し入れるなどして運転台の扉を開き、渡辺、芝山 斉藤、石野が右各自動車運転台に乗り込んでこれらを運転し、他の組合員らが数名宛右各自動車の後部または横からこれを押し出して搬出し

(二)  同日午前二時ごろ、前記仙石営業所および付近の足柄下郡箱根町仙石原一〇六番地箱根町役場仙石原支所内ならびに同所仙石原郵便局横道路上において、格納または駐車中の会社所有の営業用乗用自動車トヨペツトクラウン小型車三台(神五え九四五二号、神五い九三六七号、神五い九三六八号-以下順次「二三号車」「六号車」「八号車」と略称する。価格合計金四九万五、〇〇〇円相当)を、運転台横の三角窓をこじ開け、あるいはその運転台の窓ガラスを押し下げるなどして運転台の扉を開き、中条、石野、斉藤が右各自動車運転台に乗り込んでこれらを運転し、他の組合員が数名宛で右各自動車の後部または横からこれらを押し出して搬出し

(三)  同日午前四時ごろ、前記宮の下営業所において、芝山が同所に格納中の会社所有の営業用乗用自動車トヨペツトクラウン小型車一台(神五あ二三〇八号-以下「三号車」と略称する。価格金一七万三、〇〇〇円相当)の運転台に乗り込んでこれを運転し、他の組合員が前同様の方法でこれを押し出して搬出し

て各窃取し

第二、被告人永田、同玉木および同相原は、同月二六日午後一一時ごろ、前記湯本営業所において、渡辺、露木、芝山、中条、石野、小笠原由智ほか五名の組合員および部外応援者三名と共謀のうえ、同月二七日午前一時二〇分ごろ、高橋、芝山、露木、小笠原および部外応援者一名が同郡橘町小竹四一四番地曾我保治方付近におもむき、そのころ、芝山が同所に駐車中の会社保管の普通乗用自動車トヨペツトクラウン小型車一台(以下「仮ナンバー車」と略称する。価格金一二万円相当)の運転台に乗り込んでこれを運転し、他の組合員がその後部または横からこれを押し出し搬出して窃取し

第三、被告人永田および同相原は、同月三〇日午後四時半ごろ、前記宮の下営業所前付近で、渡辺ほか数名の組合員と共謀のうえ、被告人相原および渡辺が、そのころ、右営業所において、就業のため待機していた同会社所有の営業用乗用自動車トヨペツトクラウン小型車一台(神五あ〇五三四号-以下「一七号車」と略称する。価格金四二万円相当)およびシボレー普通車(神五あ七三七九号-以下「二〇号車」と略称する。価格金九八万円相当)の各運転台にそれぞれ乗り込んでこれらを運転し、他の組合員らがその後部または横からこれを押し出し搬出して窃取し

たものであるというのである。

よつて、審理するに、前記各証拠に第九回公判調書中の証人安藤勝美の供述記載、第四二回公判調書中の証人曾我保治の供述記載、曾我保治の検察官に対する供述調書(たゞし、調書中三葉目裏二行目から四葉目表三行目まで、五葉目裏二行目から一〇行目までの記載部分のみ)第四三回公判調書中の証人和田政一の供述記載、司法警察員押田健郎作成の同年一〇月二六日付(《実況見分の日時・同日自午後二時三〇分至午後三時二〇分》、たゞし、調書中、三、犯行当時の模様のうち、(一)(二)項全部を除く。)および司法巡査安藤勝美作成の各実況見分調書を総合すれば、右各公訴事実の外形的、客観的事実はこれを認めるに十分である。そして、この事実が、被告人らが会社の財物についてその占有を奪つたものとして窃盗罪の構成要件の一つたる他人の財物の奪取にあたることも明らかである。ところで、窃盗罪の成立には財物奪取のほか不法領得の意思を必要とするのであるが、被告人らおよび弁護人らは、本件当時、被告人らにはいずれも不法領得の意思がなかつた旨主張するので、以下順次この点につき判断することとする。

第一、昭和三五年八月一〇日および同月一一日の組合側の自動車搬出行為について、

一、前掲各証拠によると、露木実ほか数名の組合員は、同月一〇日前記玉木荘での組合大会終了後、同日午後九時過ぎごろ、当直勤務などのため前記宮の下営業所におもむいたところ、同所には通常八台位の会社所有の営業用自動車が駐車してあるのに、わずか二台しかなく、他の自動車の所在が不明になつており、しかも、右二台の自動車のダツシユ盤の中に車検がなかつたばかりかエンジンキーも所定の場所になかつた。さらに、これら組合員らは、高梨社長の息子高梨弥八より、社長の指示だから組合員は就労してはならない旨言渡され、その際、組合員細川明がその真偽を確かめるべく高梨社長に電話したところ、同人から特別の予約は断わるよう指示された。このような異状な事態に直面した右組合員らは、直ちに、この旨を前記玉木荘にいた被告人玉木に電話連絡したところ、同被告人は、前記函山荘に宿泊していた被告人永田と協議のうえ、右組合員らに右函山荘にくるよう指示してきた。そこで、右組合員らは直ちに右函山荘におもむき、右事態を被告人永田に報告したところ、被告人永田は被告人玉木ほか数名の組合員に対し、「これは会社の先制的ロツクアウトだ、これじや、もう争議は負けちやうから、とにかく車を確保しなくちや絶対駄目だ。」と云つて、会社側の行為を先制的ロツクアウトであると判断し、これに対抗するため、組合側において会社所有の営業用自動車を確保する以外にない旨申し述べたので、被告人玉木ほか数名の組合員もこれに賛同し、被告人玉木は連絡のため同所に残り、組合員のうち露木実、渡辺卓二、芝山透、高橋英昭が前記宮の下営業所に行き、会社所有の営業用自動車を搬出してくることになつた。しかしながら、このような突然の異状な事態の発生は、被告人永田および玉木を含む組合員らにとつては、全く予期し得なかつたものであり、時間的な余裕もないまま、会社側の先制的ロツクアウトに対抗するため、ともかくも、会社所有の自動車を確保するということしか念頭になく、これを確保したのち、どのように処置するかという相談は全くなされなかつたものである。

二、他方、前記玉木荘での組合大会終了後、被告人相原ほか数名の組合員は、同日午後一〇時ごろ、前記小田原案内所に立ち寄つたところ、当日朝その付近に一〇台位の会社所有の営業用自動車が駐車していたのに、そのときわずか一台位しかなく、他の自動車の所在が不明になつていた。しかも、被告人相原らは、同所操車係岡本衛次郎より、社長命令で組合員は自動車に乗つてはならない旨告げられ、異状な事態に驚いた。その後、まもなく、被告人相原は、同町大平台にいた被告人玉木から、緊急事態が発生したから直ちに大平台に来るようにとの電話連絡を受け、他の組合員らとともに他社の自動車に同乗して右大平台に行つたところ、同所函山荘前バス停留所付近で待つていた被告人玉木が、被告人相原らに向い、「宮の下に行つた連中も車に乗るなと云われた。これは会社のロツクアウトだから、こちらでも永田さんの指示で、団体交渉を有利にするため、会社の車を確保する。」「今、露木君や高橋君らが宮の下営業所に会社の車をとりに行つているが、うまく車がとれたら、これで他の営業所にある車をとりに行くんだ。」と発言し、被告人相原ら組合員もこれに賛成した。しかし、この場合においても、被告人玉木と右組合員らとの間には、前同様、単に会社側の先制的ロツクアウトに対抗して会社所有の営業用自動車を組合側で確保するということ以外なんらの意思連絡もなく、したがつて、これを確保したのち、どのように処置するかということは全く念頭になかつたものである。そして、丁度そのとき、同所に、露木実ら四名の組合員が前期宮の下営業所から七号車を確保してきたので、被告人玉木、斉藤辰雄、石野実、中条豊治、本多勇夫の組合員はこれに合流して会社所有の営業用自動車を確保すべく、七号車に同乗して各営業所を回ることになつた。

三、かくして、組合側は、公訴事実第一記載のとおり、同月一〇日深更から一一日早朝にかけて合計九台の会社所有の営業用自動車を確保したのであるが、前述のように、これら自動車の確保前、被告人永田、同玉木を含む組合員らの間にこれの確保後これをどのように処置するかという話し合いが全くなされていなかつたため、その後、各組合員は皆でこの件につき相談した結果、これを温泉荘付近あるいは函山荘付近に保管した方がよいということになつたので、確保してきた二号車、六号車、八号車、九号車、二三号車、二五号車を同町仙石原一二四五番地(通称温泉荘)岩井産業株式会社仙石寮横付近に、三号車、五号車、七号車を前記函山荘付近に駐車させてこれらを保管した。そして組合側は直ちに、同月一一日、被告人玉木名義の文書で高梨社長宛「会社側は車を他に持ち去つたり、乗務禁止の通告をなしているが、これは結局会社の組合に対する挑戦である。組合側では組合員の就労権を確保し、確認書の実行を会社に求めるため、九台の自動車を確保するが、会社が持ち去つた車を元の状態に戻すならば、組合は何時でも右九台の車を会社に返還する用意がある。」旨通告するとともに、真実返還する意思あることを明らかにするため、さきに確保した会社所有の営業用自動車九台を前記強羅営業所前に並べて会社側の態度を持つこととした。しかるに、その後会社側と組合側との団体交渉は、両者対立のまゝ、なんらの進展もみせなかつたが、この間、組合側は、会社側より再三右自動車の返還要求を受けたものの、会社側が誠意をもつて団体交渉に応じなかつたことなどから、この要求に応じなかつた。

以上の事実が認められ、これを左右するに足る証拠はない。

これら認定の事実に照らすと、会社側が組合側に対し先制的ロツクアウトをかけてきたかどうか必ずしも明らかではないが、被告人永田および同玉木を含む組合員らとしては、会社側が前記確認書の趣旨にしたがい、団体交渉を円満に進めるものと考えていた矢先、突然、前記宮の下営業所および小田原案内所での異状な事態に直面したものであるから、これを会社側の先制的ロツクアウトだと判断したとしても無理からぬところであり、これに対抗するために、とにもかくにも組合側に会社所有の営業用自動車を確保しなければならないと考え、前記九台の自動車を無断搬出するに至つたものである。そして、右組合員らは、直ちにこれを自己の所有物と同様視して、その経済的用法に従つて、これを利用または処分しようというのではなく、争議が解決するまで一時これを組合側に保管する意思を有していたに過ぎず、争議が解決すれば直ちにこれを会社側に返還する意思であつたものと解することができる。したがつて、被告人永田および同玉木を含む組合員らの九台の前記自動車の搬出行為は、いずれも不法領得の意思を欠くから窃盗罪を構成しないものと判断せざるを得ない。

第二、同年八月二七日の組合側の自動車搬出行為について、

前掲各証拠によると、会社側と組合側との争議は一向に解決のきざしをみせないうち、同月二五日に至つたが、会社側ではその日から一七号車と二〇号車を使用して営業を開始するとともに、廃車して他に売却方を依頼していた仮ナンバー車の返還を受け、右二台の自動車を組合員らによつて持ち去られるのを防止するため、小田原市役所から試運転用臨時運行許可を貰つたうえ、非組合員曾我保治がこれを運転し、その許可目的に反し、右二台の自動車を追尾する等して警戒用に使用していた。その後まもなくこのことを知つた組合側は、早速同月二六日文書にて高梨社長宛「会社側は不正車両の運行を行ない、しかも、組合員の就労を拒否して非組合員をもつて営業を行なつているが、これは明らかに組合員に対する差別待遇であり不当労働行為であるから、組合は就労権を確保するため、会社の不当行為に対し断乎たる行動にでる。」旨通告し、さらに、同日午後一一時ごろ、前記湯本営業所において、被告人永田、同玉木および同相原が組合員一〇数名に対し、「会社側では非組合員を使つて営業を始めているが、これを阻止するため会社が使用している自動車を組合側で持出してこよう。不正車両を確保しこれを会社の不正行為の証拠品としよう。」と呼びかけたところ、右組合員らもこれに賛同し、出席者を三班に分けてこれを手分けして探してくることとなつた。かくして、翌二七日午前一時過ぎごろ、組合員高橋英昭らの班が、前記曾我保治方付近路上にさしかゝつた際、同所に同人が会社の依頼により保管して駐車していた仮ナンバー車を発見したので、直ちにこれを無断搬出し前記湯本営業所まで運行してきた。そこで、組合側では、右搬出後、同日直ちに、文書で高梨社長宛「会社では、以前登録番号神五い九三六八号を修理中、その登録番号標を取り外し、廃車された仮ナンバー車にこれを取り付けて営業をした事実があるので、仮ナンバー車はその証拠物件として関係官庁に提出するため組合で保管し横浜に回送した。」旨通告するとともに同月二八日仮ナンバー車を不正行為の証拠として横浜市所在の陸運事務所まで運行していつた。その後組合側は会社側より仮ナンバー車の返還要求を受けたが、会社側が不正行為をしないとの保証が得られなかつたことなどから、これに応じなかつた。

以上の事実が認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。

右認定の事実によれば、被告人永田、同玉木および同相原らの仮ナンバー車の無断搬出は、会社が不正車両たる仮ナンバー車を使用してスト破りをしようとしているので、これを証拠品として確保しようとする意思のもとになされたものであつて、前同様これを自己の所有物として、その経済的用法に従い利用または処分しようとする意思に基くものではなく、会社側が不正行為などをせず真面目に団体交渉に応じたならば直ちにこれを会社側に返還する意思であつたと認められる。したがつて、被告人永田、同玉木および同相原らの右所為はこの場合においても不法領得の意思を欠くものといわなければならない。

第三、同月三〇日の組合側の自動車搬出行為について、

前掲各証拠によると、会社側と組合側との団体交渉はその後も進陟せず、組合員らも収入の道がないのでアルバイトなどをしながら生活を支えていたが、そのうち、同月下旬ごろ、会社内部に大箱根自動車労働組合(以下「第二組合」と略称する。)が結成されるや、会社側は第一組合員らの切り崩しを図るとともに、第二組合所属の組合員を使用して本格的に営業を開始し出した。そこで、この状況を知つた組合員らは、このまゝの状態が続けば、争議は益々長びくばかりでなく、組合員らの生活も苦境におちいり、組合側の立場が極めて不利になると考えていた矢先、同月三〇日たまたま第二組合員曾我保治が一七号車を、同和田政一が二〇号車をそれぞれ運転して、前記湯本営業所前を通つていつたのを認めたので、被告人永田および同相原は、前記のような考えから、他の組合員らに対し、「組合側で会社の車を確保しよう。そうしなければ、争議が長びき組合側が負けてしまう。」などと云つて、会社の営業用自動車を確保することを提案したところ、他の組合員らもこれに賛成したので、公訴事実第三記載のとおり、右組合員らとともに、前記宮の下営業所から一七号車と二〇号車を、会社側の意に反して、同町大平台まで搬出したものである。なお、前同様、被告人永田、同相原らの間には、右搬出に先出ち、右二台の自動車を確保後これをどのように処置するかについてはなんらの相談もなされなかつた。右搬出後、組合側は、同日直ちに文書で高梨社長宛「二台の車は、組合が八月一〇日の確認書に基き就労するため保管していたが、会社より就労の指示があれば、いつでも直ちに移動できる準備を整えこれを保管しつゝ待機する。」旨通告し、会社側が組合員らの就労を認め、誠意をもつて団体交渉に応ずれば、直ちに、これを会社側に返還する意思を有することを明らかにした。

以上の事実が認められ、これを左右するに足る証拠はない。

右認定の事実に徴すると、この場合の被告人永田および同相原ら組合側の前記自動車の確保も、もつぱら、会社側の第二組合員を使用してのスト破りと争議の長期化を防ぐ意思のもとになされたものであつて、これ以上にこれを自己の所有物としてその経済的用法に従がい利用または処分しようとしたものではなく、会社側が組合員らの就労を認めるなどして誠意をもつて団体交渉に臨むならば、直ちに、これを会社側に返還する意思であつたことも明らかである。したがつて、被告人永田および同相原らの前記所為は、前同様、いずれも不法領得の意思を欠いているから、窃盗罪を構成しないものといわざるを得ない。

第四、もつとも、検察官は、被告人らの会社所有の前記一二台の営業用自動車の搬出行為が前記認定のような目的であつたとしても、被告人らにおいて、これの搬出後、これを利用して営業行為をしたこと、長距離を走行したことなどに照らすと、被告人らは本件当時不法領得の意思を有していたことを行動をもつて示したものである旨主張する。

なるほど前掲各証拠に証人松島文二、同佐藤馨、同青柳芳昭、同三浦利男および同佐藤三郎の当公判廷における各供述、第九回公判調書中の証人堀田安夫、同土屋吾一郎、同杉原兵吾、同森下聖一および同田辺建治の各供述記載、司法警察員押田健郎作成の同年一〇月二六日付(《実況見分の日時、同日自午前一〇時二〇分至午前一一時二〇分》、たゞし、調書中三、犯行当時の模様のうち(一)項全部を除く。)、同日付(《実況見分の日時・同日自午前九時〇分至午前九時四〇分》、たゞし、調書中、三、当時の模様のうち(一)項全部を除く。)、同月二五日付(《実況見分の日時・同日自午後四時〇分至午後四時五〇分》、たゞし、調書中、三、当時の模様のうち、(一)(二)項全部を除く。)および同田辺建治作成の各実況見分調書、同土屋吾一郎、同杉原兵吾および同森下聖一作成の各検証調書、同堀田安夫作成の「写真撮影報告」と題する書面(たゞし、書面中、四、状況のうち1項全部を除く。)、押収してある運転日報三〇枚(昭和三八年押第三号の3ないし5)、始業点検票二枚(同号の6)、金銭出納簿一冊(同号の10)を総合すれば、前記仙石営業所から搬出された二三号車は、その後同年八月二一日ごろ、組合員本多勇夫が被告人らの了解を得てこれを運転し、営業として客を湯本から小涌園まで乗車させ、運行料金七二〇円を徴したこと、また、前記一二台の自動車は、搬出後、湯本を経て横浜に、あるいは強羅-大観山-亀ケ崎園-強羅-三島等を経て横浜に運行され、この間かなりの距離を走行していることなどが認められる。

ところで、他方、検察官は、本件窃盗は、「自動車を搬出したことをもつて既遂になる。」旨を述べている(第二回公判期日)から、本件窃盗の訴因につき、被告人らに不法領得の意思があつたか否かは、前記一二台の自動車を各搬出した当時、被告人らがいかなる意思を有していたかを基準として判断すべく、もし、被告人らにおいて、その当時右のような行動をとる意思を合せ有していた場合には検察官主張のように、被告人らに不法領得の意思があつたものと認定しうる余地がある。しかしながら、すでに認定のとおり、その当時、被告人らとしては、右のような行動をとることまでは全く予定していなかつたものであり、さらに、前掲各証拠によると、被告人らによるこれらの行動は、被告人らの右搬出当時の意思とは全く別個な、その後の新たな組合員らの意思に基づいてなされたものであることが明らかである。したがつて、前記各搬出後の被告人らによるこれらの行動は、窃盗行為の面からみれば、これに伴う単純な事後行為として、窃盗罪を構成しないものといわなければならない。

第五、結局、本件公訴事実中、被告人永田、同玉木および同相原に対する窃盗の点については、いずれも犯罪の証明がなかつたことに帰着するので、刑事訴訟法三三六条を各適用して被告人三名に対してはいずれも無罪の言渡しをすることとする。

そこで、主文のとおり判決する。

(裁判官 平岡省平 青山惟通 松本朝光)

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