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横浜地方裁判所小田原支部 平成4年(ワ)73号 判決 1994年9月27日

原告

山本成雄

山本千恵子

原告ら訴訟代理人弁護士

横山國男

小島周一

芳野直子

補助参加人

有限会社本杉製綱所

右代表者代表取締役

本杉忠三

右訴訟代理人弁護士

山口元彦

被告

三六木工株式会社

右代表者代表取締役

落合公信

被告

落合公信

被告ら訴訟代理人弁護士

竹久保好勝

大南修平

被告ら訴訟復代理人弁護士

齋藤尚之

主文

一  被告らは、各自、原告山本成雄に対し、金一億五七五四万七八二九円及びこれに対する平成三年二月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、各自、原告山本千恵子に対し、金七七〇万円及びこれに対する平成三年二月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は被告らの負担とする。

五  この判決の第一項及び第二項は仮に執行することができる。

事実

第一  請求の趣旨

1  被告らは、各自、原告山本成雄に対し、金一億七六〇六万六〇七五円及びこれに対する平成三年二月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告らは、各自、原告山本千恵子に対し、金一一六九万円及びこれに対する平成三年二月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者の関係

被告三六木工株式会社(以下「被告会社」という。)は、立木の売買、製材及び木材の加工販売等を目的とする会社であり、被告落合公信(以下「被告落合」という。)は、被告会社の代表取締役である。

原告山本成雄(以下「原告成雄」という。)は、被告会社にトラック運転手として勤務していた者であり、原告山本千恵子「以下「原告千恵子」という。)は、原告成雄の妻である。

2  事故の発生

原告成雄は、平成三年二月九日午後三時一〇分ころ、神奈川県逗子市池子米軍住宅建設予定地内において、ワイヤーロープで束ねた重量約八五〇キログラムのチップ原木(以下「本件原木」という。)を、積載形トラッククレーン(移動式クレーン)を用いて、大型トラックに積み込む作業に従事中、玉掛けに使用していたワイヤーロープ(以下「本件ワイヤーロープ」という。)の一方の末端の環状部分が解けて、吊っていた本件原木が落下し、その原木のうちの一本がクレーンの運転操作をしていた原告成雄の頸部に当たり(右事故を、以下「本件事故」という。)、その結果、原告成雄は、頸椎脱臼骨折の傷害を負い、左上肢・両下肢完全麻痺、膀胱直腸障害等の障害等級第一級に該当する後遺障害(症状固定日平成三年五月二一日)が残った。

3  責任

(一)(1) 本件ワイヤーロープは、本件事故の数日前に被告落合が補助参加人(有限会社本杉製綱所)から購入した長さ約四メートル、直径約九ミリメートルの新品の台付け用ワイヤーロープ(物体を固定するために用いるワイヤーロープで、物体を吊り上げるために用いる玉掛け用ワイヤーロープとは異なる。)二〇本のうちの一本であり、その両端は、クレーンのフックを引っ掛けるために環状となっており(この環状部分は通常アイと呼ばれる)、このアイは、アイスプライスと呼ばれる方法で作られており、その末端部分は、折り返されて、編み込みが施されていたが、その編み込み部分の長さは、14.5センチメートルで、編み込みの方法は、後記の丸差しと呼ばれる方法によるものであった。

(2) 移動式クレーンの玉掛け用として使用されるワイヤーロープは、通常の場合であれば、編み込み部分の長さは、直径の三五倍はあり、しかもその編み込みの方法は、後記の半差しの方法によっているものである。

(3) ワイヤーロープは、線引き加工された継ぎ目のない鋼線(素線)を数本から数十本縒り合わせて子綱(ストランド)を作ったのち、この子綱を数本縒り合わせて作られるところ、このストランドをそのまま他のストランドの間に差し込んでいく編み方が丸差しと呼ばれ、これに対し、ストランドを構成する素線を半々に分け、片方を切って、残った素線の束を差し込んでいく編み方が半差しと呼ばれる方法であるが、クレーン等安全規則第二一九条によれば、移動式クレーンの玉掛け用具として使用するワイヤーロープのアイは、それがアイスプライスと呼ばれる方法によって作られる場合には、ワイヤーロープのすべてのストランドを三回以上編み込んだ後、それぞれのストランドの素線の半数の素線を切り、残された素線をさらに二回以上(すべてのストランドを四回以上編み込んだ場合は一回以上)編み込むものとされている。

(4) 原告成雄は、本件事故の際、重量約0.85トンの本件原木を一本吊りの方法で吊り上げていたところ、本件ワイヤーロープの一方の末端部分のアイが解けて、原木が落下したものであるが、一本吊りの方法で吊り上げる場合の本件ワイヤーロープの安全荷重は0.33トンであり、一本吊りは、荷が回転する恐れがあり、回転によってロープの縒りが戻って弱くなるため、原則として行ってはならない玉掛け方法である。

(5) 玉掛け作業は法定の資格者が行わなければならないにもかかわらず、被告会社は、法定の資格を有しない者に本件原木の玉掛け作業を行わせた。

(6) 原告成雄は、トラックの運転手として被告会社に雇用されていた者であるが、本件の作業時には、被告落合から頼まれて移動式クレーンの運転操作をしていたものであり、移動式クレーンの運転操作は、法定の教育を受けた者が行わなければならないにもかかわらず、被告会社は、法定の教育を受けていない原告成雄に移動式クレーンの運転操作を行わせた。

(二)(1) 被告会社は、原告成雄との雇用契約に基づき、その労働提供過程において、原告成雄の生命、身体、健康等に危害が及ばないようその安全に配慮する義務を負っているところ、その安全配慮義務を怠り、前記(一)記載のとおり、玉掛けに使用してはならない台付け用ロープを使用し、原則として行ってはならないとされている一本吊りの方法による玉掛けを行い、安全荷重を上回る本件原木の吊り上げに使用したほか、法定の資格を有しない者に玉掛け作業をさせたうえ、法定の教育を受けていない原告成雄に移動式クレーンの運転操作を行わせた結果、本件事故が発生したものであるから、被告会社には、債務不履行の規定に基づき、本件事故によって生じた損害を賠償する責任がある。

(2) 被告落合は、被告会社の代表者であり、本件事故当時、原木の積み込み作業の指揮、監督をしていた者であって、被告会社に右安全配慮義務を尽くさせることによって、原告成雄の生命、身体、健康等に危害が及ばないように注意すべき義務があるところ、本件事故は、前記のとおり、被告落合がその注意義務を怠った過失によって発生したものであるから、被告落合には、不法行為の規定に基づき、本件事故によって生じた損害を賠償する責任がある。

4  損害

(一) 原告成雄の損害

(1) 休業損害 一四七万八三〇一円

原告成雄は、本件事故前は五二九万円の年収を得ていたところ、本件事故による前記傷害のため、本件事故当日である平成三年二月九日から前記後遺障害の症状固定日である同年五月二一日までの一〇二日間稼働することができず、これにより次の計算式のとおり一四七万八三〇一円(一円未満切捨。以下同様。)の休業損害を蒙った。

529万÷365×102=147万8301

(2) 逸失利益 七八八一万〇九四九円

原告成雄は、昭和二六年九月九日生まれの男性であり、本件事故前は健康で被告会社に勤務して前記年収を得ていたから、本件事故に遇わなければ、症状固定時の三九歳から六七歳まで正常に稼働し、その間五二九万円を下らない額の年収を得られたはずであるところ、前記後遺障害のため労働能力を一〇〇パーセント喪失したから、右年収額を基礎とし、ライプニッツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、原告成雄の逸失利益の現価を算定すると、次の計算式のとおり七八八一万〇九四九円となる。

529万×1×14.8981=7881万0949

(3) 慰謝料

① 傷害慰謝料 二九八万円

原告は、本件事故による傷害のため、事故当日である平成三年二月九日から同年六月一四日まで湘南鎌倉病院に、同日から平成四年四月一一日まで大口リハビリテーション病院に、それぞれ入院して治療等を受けたのち、自宅で療養しているものであって、右傷害の内容、程度、入院日数等を勘案すると、その傷害に対する慰謝料は二九八万円が相当である。

② 後遺障害慰謝料 二五〇〇万円

原告成雄の前記の後遺障害の内容、程度によれば、その後遺障害に対する慰謝料は二五〇〇万円が相当である。

(4) 付添看護料 五二一九万二一〇三円

原告成雄は、常時付添看護を必要とする。付添看護料の日額を平成三年六月一四日から同年七月一三日までは八七四三円とし、その翌日以降は八二〇三円とし、将来の付添看護料については平均余命である三七年間に対応するライプニッツ係数16.7112を乗じると、以下のとおり付添看護料の合計は五二一九万二一〇三円となる。

① 平成三年六月一四日から同年七月一三日まで

二六万二二九〇円(一日八七四三円×三〇日)

② 平成三年七月一四日から平成四年二月二九日まで

一八九万四八九三円(一日八二〇三円×二三一日)

③ 将来の看護料 五〇〇三万四九二〇円

(年299万4095円×16.7112)

(5) 雑費

① 入院雑費 五〇万五二〇〇円

原告成雄は、前記傷害及び後遺障害により、平成三年二月九日から平成四年四月四日まで入院し、その間一日当たり一二〇〇円を下らない雑費を支出した。

(一日一二〇〇円×四二一日)

② 紙おむつ代 六四万〇六〇三円

原告成雄は、排便の際、紙おむつを使用している。紙おむつは一日二枚は必要であるが、三〇枚入り一五〇〇円である。

(ア) 平成三年二月九日から平成四年二月二九日まで

三万九〇〇〇円(一か月三〇〇〇円×一三か月)

(イ) 平成四年三月一日以降

六〇万一六〇三円(年3万6000円×16.7112)

③ タオル代 二一三万五三四四円

原告成雄は、排便後、臀部を拭き取るためにタオルを使用している。原告成雄には床ずれがあり、細菌の感染を防ぐため、タオルを使い捨てにしなければならず、一日二本程度の浴用タオルを消費しており、これに要する費用は一か月一万円を下らない。

(ア) 平成三年二月九日から平成四年二月二九日まで

一三万円(一か月一万円×一三か月)

(イ) 平成四年三月一日以降

二〇〇万五三四四円(年12万円×16.7112)

④ お茶代 三二〇万三〇一六円

原告成雄は、水分を多く取らなければ排尿することができず、利尿作用のある烏龍茶を常時飲用する必要があり、一日に缶入り烏龍茶(一缶一〇〇円)を五本程度は必要としている。

(ア) 平成三年二月九日から平成四年二月二九日まで

一九万五〇〇〇円(一か月一万五〇〇〇円×一三か月)

(イ) 平成四年三月一日以降

三〇〇万八〇一六円(年18万円×16.7112)

⑤ 車椅子代 六万六九六三円

原告成雄は、車椅子を購入し、これに六万六九六三円を要した。

⑥ 床ずれ防止ベッド等 一七二万八〇一二円

(ア) 原告成雄は、床ずれ防止用の寝返りベッド、エアーマット、リーディングテーブル、読書スタンドを購入し、これに七八万三八三〇円を要した。

(イ) 将来のマット代 九四万四一八二円

エアーマットは一個一一万三〇〇〇円であり、少なくとも二年に一回は買い換える必要があるから、一年当たりに要する金額五万六五〇〇円に平均余命三七年に対応するライプニッツ係数を乗じると九四万四一八二円となる。

(年5万6500円×16.7112)

⑦ リフト代 四〇万六八五〇円

原告成雄は、ベッドから車椅子などへ移動するのに必要なリフトを購入し、これに四〇万六八五〇円を要した。

⑧ 建物改装費 五七〇万八〇三三円

原告成雄は、自宅の浴室の改装等及びこれに伴う建物の増築を行い、これに少なくとも五七〇万八〇三三円を要した。

⑨ エアコン代 六二万八五〇〇円

原告成雄は、体温調節が自力でできないため、室温を一定の温度に保つ必要があり、そのためエアコンの購入設置費用として六二万八五〇〇円を要した。

⑩ 昇降機(電動リフター) 一九七万円

原告千恵子一人では原告成雄を抱え上げて入浴させることが困難であるため、原告成雄は、昇降機(電動リフター)を一四七万円で購入し、その取付費用五〇万円と合わせて一九七万円を要した。

(6) 医療費 一〇万六九八一円

原告成雄は、湘南鎌倉病院、大口リハビリテーション病院、東横浜病院、大口東総合病院に対し、医療費として合計一〇万六九八一円を支出した。

(7) 損害のてん補

① 被告らの一部弁済 六五二万三九一〇円

原告成雄は、被告会社から、平成三年二月から同年一〇月にかけて休業損害として三二二万円の支払を受けたが、原告成雄は、支給された労災保険給付金のうち一六九万六〇九〇円を被告会社に返還したので、被告会社から原告成雄に対しては、差引一五二万三九一〇円が一部弁済されたことになる。

また、右のほか原告成雄は、被告会社から、平成四年一月二九日付け合意書に基づき、五〇〇万円の一部弁済を受けた。

② 労災保険給付 一一五七万七六一二円

原告成雄は、本件事故による損害に対するてん補として、労災保険、国民年金保険及び厚生年金保険から合計一一五七万七六一二円の支給を受けた。

なお、原告成雄は、右のほかいわゆる特別支給金の支給を受けているが、これは損害のてん補を目的として支給されるものではなく、被害者の福祉を目的として支給されるものであるから、これを損害額から控除すべきではない。

(8) 弁護士費用 一六六〇万六七四二円

原告成雄は、原告ら訴訟代理人らに対し、弁護士費用として請求額の約一割に当たる一六六〇万六七四二円を支払う旨約した。

(二) 原告千恵子の損害

(1) 慰謝料 一〇〇〇万円

原告千恵子は、かけがいのない夫を第一級の後遺障害に至らしめられたもので、その怒りと心痛は計り知れないものであるうえ、特に、原告成雄の障害は、右手が若干動かせるのを除き、首から下が全く動かせない状態で、排尿、排便の世話や体温調節の世話など常時看護を要する状態が終生継続するものであるため、原告千恵子は、原告成雄からひとときも目を離せず、生涯、原告成雄の看護に生活を拘束され続けるものであって、これらの事情を考慮すると、夫である原告成雄の後遺障害によって蒙った原告千恵子の苦痛に対する慰謝料は一〇〇〇万円が相当である。

(2) 弁護士費用 一六九万円

原告千恵子は、原告ら訴訟代理人らに対し、弁護士費用として一六九万円を支払う旨約した。

5  よって、原告らは、被告ら各自に対し、本件事故に基づく損害賠償として、原告成雄において、一億七六〇六万六〇七五円及びこれに対する本件事故の日の翌日である平成三年二月一〇日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、原告千恵子において、一一六九万円及びこれに対する本件事故の日の翌日である平成三年二月一〇日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告らの主張

1  責任について

(一) ワイヤーロープのアイスプライスの編み込み部分の処理は、ワイヤーロープを反復して使用する際に傷ついたロープが切れ易くなることを防止するために行われるものであり、本件のように新品のロープを使用すれば、ロープが切れ易いという危険性は極めて少ないから、本件のロープのアイスプライスの編み込み部分の処理が安全配慮義務に違反するとの原告らの主張は失当である。

(二) 被告落合は、本件ワイヤーロープを補助参加人から購入する際、荷を吊り上げるために使用することを示して、補助参加人の代表者本杉忠三(以下「本杉」という。)にロープの選定をしてもらったのである。仮に、被告落合が本件ロープの購入の際、「台付け」と指定したとしても、本杉は、被告会社のような林業に関係してきた業者が玉掛け用ロープを「台付け」と呼んでいることを承知しており、本件ロープが玉掛けに使用されることを認識していたのである。したがって、被告落合は、本件ロープは本件作業に適する法定の要件を満たすロープであると認識しており、結果的に本件ロープが法定の要件を満たさないロープであったとしても、被告らの認識外のことであって、被告らとしては、なしうる注意義務を尽くしているものである。

したがって、仮に被告らに責任があるとしても、販売店に選定してもらった本件ロープが法定の要件を満たすロープであると軽信した点にのみ責任が生じるにすぎないから、他方で、本件ロープの使用方法を認識しながら、本件ロープが玉掛けに適さないことを説明せずに本件ロープを販売した補助参加人の責任の方が遥に大きいというべきである。

(三) 労働安全衛生規則第五〇〇条は、「事業者は、機械集材装置又は運材索道の次の表の上欄に掲げる索については、その用途に応じて、安全係数が同表の下欄に掲げる値以上であるワイヤロープを使用しなければならない。」として、台付け索は4.0、荷吊り索は6.0と規定しており、ロープの安全係数が定められているだけであって、ロープの種類を区別しているわけではない。したがって、本件作業時に玉掛け索を使用しなければならなかったと断定することはできない。

(四) 一般に、一本吊りよりも二本吊りの方が吊り荷が安定するように思われているが、それは三メートル以上の長いロープを使用した場合であって、本件のように二メートル未満の短いロープを使用した場合は、二本吊りにすると各ロープの撚り戻りの反発力が大きく、逆に安定を欠いて危険になるため、本件のような短いロープを使用する場合には一本吊りをすることが常識とされている。

そして、玉掛け作業の中には原則として一本吊りをする玉掛けも存在する。例えば、パイプなどの場合には、円の中心線上で長さの中央に重心があるため、「軽量物や長さがあまり長くないパイプでは、その中央部をエンドレス・ロープの一本吊りとする。」ことが原則となっている。

被告らは、本件で吊り上げていた原木が大部分は直径一六ないし二〇センチメートル、長さ一九〇ないし二一〇センチメートルの比較的円筒形に近いものであったことから、右の例に近いものとして一本吊り作業を行ったのである。

本件ロープのアイが抜けたのは、結果的に荷重に耐えられなかったものと推測できるが、一本吊りによるロープの縒り戻り等から本件事故が発生したのではないから、一本吊りを行ったことによって責任が生じるものではない。

(五) 一トン未満の重量の物を吊り上げる場合には玉掛け技能士の資格を有する者が行う必要はない。クレーン等安全規則第二二二条では、吊り上げた荷重一トン未満のクレーンを運転させる者に特別の教育を義務付けているのであり、本件作業においては、玉掛け資格は必要ない。

(六) 被告らは、従業員が入社した際に、研修を施すほか、不定期に研修会を実施しており、平素から従業員に対する安全配慮に留意していた。

(七) 原告成雄は、被告会社に入社した際、トラックの運転だけではなく、本件のような積込み作業があった場合にはこれを行うことを承知して、被告会社との間で雇用契約を締結したのであり、被告落合に頼まれて本件積込み作業に従事していたのではない。

また、本件作業のようなクレーンの操作をする者については、特別の教育を行うことが義務付けられているが、右教育のうち、学科教育は別として、本件作業に直接関連する「クレーン等の玉掛け」、「クレーン等の運転のための合図」等の実技教育については、被告らは、十分に作業実施者に施してきている。

殊に原告成雄については、右特別教育に比べて余りあるほどの実技を行ってきており、本件作業などについて精通していたのであるから、原告成雄が法定の教育を受けていないとはいえない。

2  過失相殺の抗弁

本件事故は、クレーンで原木を吊り上げてトラックに乗せる作業の一三回目に発生したものであり、一二回目までは順調に作業が進行していたのであるから、本件事故は、原告成雄の玉掛けの仕方が悪かったか、又はクレーンの操作に無理があったためバランスが崩れて荷重が加わったことによって発生したものと考えられる。本件のように危険な作業を行うにあたっては、原告成雄においても、その危険性を十分に認識したうえで、原木の束ね、クレーン操作等を行うべき注意義務があるところ、原告成雄がその注意義務を怠ったため本件事故が発生したのであるから、本件においては、五割の過失相殺がなされるべきである。

3  損害のてん補について

原告成雄は、労災保険法に基づく給付として、障害補償年金(年金額三二四万〇四〇〇円)、障害特別年金(年金額六二万六〇〇〇円)、国民年金、厚生年金として、障害特別支給金(一時金三四二万円)、障害厚生年金(年金額一二二万五二〇〇円)、障害基礎年金(年金額九〇万六六〇〇円)を受給することとなったから、これらについて、既払分はもとより、将来支給される金額を、本件の損害額から控除すべきである。

三  補助参加人の主張

被告らは、被告落合が補助参加人から本件ロープを購入する際、荷を吊り上げるために使用することを説明したうえ購入した旨主張するが、右のような事実はなく、被告落合は、本杉に対し、単に「台付けワイヤーを二〇本下さい。」などと言っただけである。

また、被告らは、「本杉は、被告会社のような林業関係の業者が玉掛け用ロープを「台付け」と呼んでいることを知っていたから、被告落合が本件ロープを玉掛けに使用することを知っていた」旨主張するが、本杉は、単に一般論として林業関係業者が玉掛け用ロープについても「台付け」と呼んでいることを知っていただけであって、具体的に本件ロープが玉掛けに使用されることを知っていたわけではない。

したがって、被告落合が本件ロープを購入する際、本杉に対し、荷を吊り上げるために使用することを説明し、これに適するロープの選定を依頼したにもかかわらず、本杉は、本件ロープは台付け用のロープであって玉掛けに使用するには適さない旨を説明しないまま、これを販売したから、本件事故発生の責任は補助参加人にある旨の被告らの主張は根拠がない。

理由

一  請求原因1及び2の各事実は、当事者間に争いがない。

二  責任について判断する。

1  請求原因3(一)(1)の事実中、本件ワイヤーロープの編み込み部分の長さ及び編み込みの方法を除く事実、同(3)の事実、同(4)の事実中、原告成雄が本件事故の際重量約0.85トンの本件原木を一本吊りの方法で吊り上げていたところ、本件ワイヤーロープの一方の末端部分のアイ(環状部分)が解けて原木が落下したこと、同(6)の事実中、原告成雄がトラックの運転手として被告会社に雇用されていた者であり、本件作業時には移動式クレーンの運転操作をしていたこと、移動式クレーンの運転操作は法定の教育を受けた者が行わなければならないこと、同(二)(1)の事実中、被告会社が原告ら主張の内容の安全配慮義務を負っていること、一本吊りの方法による玉掛けが行われたこと、原告成雄が移動式クレーンの運転操作中本件事故が発生したこと、同(2)の事実中、被告落合が被告会社の代表者であることは、いずれも当事者間に争いがない。

2  甲第一九、第二〇号証、第二七号証ないし第四〇号証、第四四、第四五、第四七、第四九号証、乙第三号証及び原告成雄、被告兼被告会社代表者各本人尋問の結果によれば、以下の事実が認められる。

(一)  被告落合は、本件ワイヤーロープを補助参加人から購入する際、台付け用ワイヤーロープと指定して購入したが、被告落合は、長年紙の原料となるチップ原木の運搬に携わってきた者であり、台付け用ワイヤーロープと玉掛け用ワイヤーロープの性能及び用途の違いを十分に認識しうる経験を有していた。

(二)  本件ワイヤーロープのアイの編み込み部分の長さは、約14.5センチメートルで、ロープの直径約0.9センチメートルの約一六倍にすぎず、編み込みの方法は、丸差しで五回編み込む方法によるものであった。

(三)  移動式クレーンの玉掛け用として使用されるワイヤーロープは、通常の場合であれば、編み込み部分の長さは、ロープの直径の三五倍はあり、しかもその編み込みの方法は、丸差しをしたうえ、さらに半差しを行う方法によっているものである。

(四)  本件事故の際に行われた玉掛けの方法は、地面に置いたロープの上に原木を積み、ロープの一端のアイの中に他端のロープを通して原木を括り、アイの中に通した方のロープの先端のアイをクレーンのフックに引っ掛けるという方法による一本吊りであって、このような一本吊りの方法で吊り上げる場合の本件ワイヤーロープの安全荷重は約0.33トンである。

(五)  右のように、玉掛けに使用してはならない台付け用の本件ワイヤーロープを玉掛けに使用し、右の一本吊りの場合の安全荷重約0.33トンを超える重量約0.85トンの本件原木を吊り上げたため、本件ワイヤーロープのアイの編み込み部分が荷重に耐えきれずに解けた結果、本件事故が発生した。

(六)  本件原木の玉掛け作業をした者は、被告会社の従業員である落合信一及び被告会社から頼まれて本件事故当日原木の積込み作業に従事していた山中茂であった。吊り上げ荷重が一トン以上の移動式クレーンの玉掛け業務は、法定の資格を有する者が行わなければならないにもかかわらず、右落合信一及び山中茂は、右の法定の資格を有していなかった。

(七)  移動式クレーンの運転操作は、法定の特別の教育を受けた者が行わなければならないにもかかわらず、本件の移動式クレーンの運転操作を行っていた原告成雄は、右の法定の教育を受けていなかった。

(八)  被告落合は、被告会社の代表者として、本件作業の現場において、従業員の指揮、監督に当たっていた者であり、本件の玉掛け作業は法定の資格を有する者が行う必要があること及び落合信一、山中茂の両名が右の資格を有していないことを認識し、また、移動式クレーンの運転操作は前記の法定の教育を受けた者が行う必要があること及び原告成雄が右の教育を受けていないことを認識していながら、右のように各作業員に玉掛け作業、クレーンの運転操作を行わせていた。

3 右の事実によれば、被告会社は、原告成雄との雇用契約に基づき、その労働提供過程において、原告成雄の生命、身体、健康等に危害が及ばないようその安全に配慮する義務を負っているところ、その安全配慮義務を怠り、玉掛けに使用してはならない台付け用の本件ワイヤーロープを玉掛けに使用し、安全荷重を上回る本件原木の吊り上げ作業を行わせたため、本件ワイヤーロープのアイの編み込み部分が本件原木の荷重に耐えきれずに解けた結果、本件事故が発生したものであるから、被告会社には、債務不履行の規定に基づき、本件事故によって生じた損害を賠償する責任があり、また、被告落合は、被告会社の代表者であり、本件事故当時、原木の積み込み作業の指揮、監督をしていた者として、被告会社に右安全配慮義務を尽くさせるよう注意すべき義務があるのに、これを怠った結果本件事故が発生したものであるから、被告落合には、不法行為の規定に基づき、本件事故によって生じた損害を賠償する責任がある。

三  過失相殺の抗弁について

本件事故が玉掛けに使用してはならない台付け用ワイヤーロープを玉掛けに使用し、安全荷重を超える本件原木を吊り上げたため、アイの編み込み部分が荷重に耐えきれずに解けた結果発生したものであることは前記のとおりであり、原告成雄は本件原木の玉掛け作業をしていないし、原告成雄のクレーンの運転操作に事故の原因があったわけではないから、原告成雄に本件事故の発生について過失があったと認めることはできない。

したがって、被告らの過失相殺の抗弁は理由がない。

四  損害について判断する。

1  原告成雄の損害

(一)  休業損害 一四七万八三〇一円

甲第一、第四号証によれば、原告成雄は、本件事故前の平成二年一一月一日から平成三年一月三一日までの間(九二日間)に一一四万七五〇〇円の給与(諸手当てを含む)の支給を受け、また、賞与として平成元年の夏に三三万円、同年の冬に三三万円、平成二年の冬に三七万円の支給を受けていたことが認められる。右の事実によれば、平成二年の夏の賞与の額については直接の証拠がないものの、同年の冬の賞与(三七万円)と同程度の額の賞与の支給を受けていたものと推認することができる。右認定の給与及び賞与によれば、原告成雄は、五二九万円を下らない額の年収を得ていたものと認めることができる。

原告成雄、原告千恵子各本人尋問の結果によれば、原告成雄は、本件事故による前記傷害のため、本件事故当日である平成三年二月九日から前記後遺障害の症状固定日である同年五月二一日までの一〇二日間稼働することができなかったことが認められるから、その休業損害は、次の計算式のとおり一四七万八三〇一円となる。

529万÷365×102=147万8301

(二)  逸失利益 七八八一万〇九四九円

争いがない後遺障害等級、甲第四九号証及び原告成雄本人尋問の結果によれば、原告成雄は、昭和二六年九月九日生の男性であり、本件事故前は健康であったところ、本件事故による後遺障害により労働能力を一〇〇パーセント喪失したことが認められ、本件事故に遇わなければ、症状固定時の三九歳から六七歳まで正常に稼働し、その間五二九万円を下らない額の年収を得られたはずであるから、右年収額を基礎とし、ライプニッツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、原告成雄の逸失利益の現価を算定すると、次の計算式のとおり七八八一万〇九四九円となる。

529万×1×14.8981=7881万0949

(三)  慰謝料

(1) 傷害慰謝料 一六〇万円

甲第一一号証の一ないし二七、第四二号証及び原告成雄、原告千恵子各本人尋問の結果によれば、原告成雄は、本件事故による前記傷害及び後遺障害のため、事故当日である平成三年二月九日から同年六月一四日まで湘南鎌倉病院に、同日から平成四年四月一一日まで大口リハビリテーション病院に(但し、平成三年八月四日から同月七日までは脳神経外科東横浜病院に、同年一〇月上旬ころは大口東総合病院にそれぞれ入院)、それぞれ入院して治療等を受けたのち、自宅で療養していることが認められ、右傷害の内容、程度、症状固定までの入院日数(一〇二日)等を勘案すると、その傷害に対する慰謝料は一六〇万円が相当と認められる。

(2) 後遺障害慰謝料 二五〇〇万円

前記の原告成雄の後遺障害の内容、程度、特に原告成雄の障害は重篤であることを勘案すると、その後遺障害に対する慰謝料は二五〇〇万円が相当と認められる。

(四)  付添看護料 四三〇九万七二二九円

原告成雄、原告千恵子各本人尋問の結果によれば、原告成雄は、その後遺障害のため、常時付添看護を必要とする状態が終生継続すること、これまで妻である原告千恵子が原告成雄の付添看護に当たってきたが、その付添看護の内容は、排尿、排便、入浴の世話、床ずれの防止、低温火傷の防止等、多岐にわたるもので、ほとんど目が離せない状況であることが認められる。右の事実によれば、原告成雄に対する付添看護料は一日当たり七〇〇〇円と認めるのが相当であり、原告成雄の請求する平成三年六月一四日(同日時点で原告成雄は三九歳)以降の付添看護料について、一年当たりの付添看護料を二五五万五〇〇〇円(七〇〇〇円×三六五日)とし、平成三年簡易生命表による四二歳(口頭弁論終結時点で原告成雄は四二歳)男子の平均余命は35.81年であるから、三九歳から七七歳までの三八年間に対応するライプニッツ係数16.8678を乗じると、付添看護料の合計は四三〇九万七二二九円となる。

(五)  諸雑費

(1) 入院雑費 四九万四九三九円

原告成雄が、本件事故による前記傷害及び後遺障害のため、事故当日である平成三年二月九日から同年六月一四日まで湘南鎌倉病院に、同日から平成四年四月一一日まで大口リハビリテーション病院に(但し、平成三年八月四日から同月七日までは脳神経外科東横浜病院に、同年一〇月上旬ころは大口東総合病院にそれぞれ入院)、それぞれ入院して治療等を受けたことは前記認定のとおりであり、右の事実によれば、原告成雄は、右入院期間(四二八日)中、一日当たり一二〇〇円を下らない額の入院雑費を支出したことを推認することができる。そして、右入院雑費のうち症状固定日(平成三年五月二一日)以後の分については後遺障害による損害として中間利息を控除すべきであるから、原告成雄の入院雑費の損害は、平成三年二月九日から同年五月二一日まで一〇二日間の入院雑費一二万二四〇〇円と、平成三年五月二二日から平成四年四月一一日まで三二六日間の入院雑費三九万一二〇〇円に一年に対応するライプニッツ係数0.9523を乗じた三七万二五三九円との合計四九万四九三九円となる。

(2) 紙おむつ代 六一万七三〇〇円

甲第五号証及び原告千恵子本人尋問の結果によれば、原告成雄は、排便処理のため紙おむつを使用しており、その購入費用は、一か月当たり三〇〇〇円を下らないことが認められる。

したがって、原告成雄の紙おむつ代の損害は、症状固定日である平成三年五月二一日までの損害額一万〇〇六〇円(年三万六〇〇〇円÷三六五日×一〇二日)と平成三年五月二二日以降の損害額六〇万七二四〇円(年3万6000円×16.8678)との合計六一万七三〇〇円となる。

(3) タオル代 二〇五万七六七〇円

原告成雄、原告千恵子各本人尋問の結果によれば、原告成雄は、排便後、臀部を拭き取るためにタオルを使用しているが、原告成雄には床ずれがあり、細菌の感染を防ぐため、タオルを使い捨てにしなければならず、一日二本程度の浴用タオルを消費しており、これに要する費用は一か月一万円を下らないことが認められる。

したがって、原告成雄のタオル代の損害は、症状固定日である平成三年五月二一日までの損害額三万三五三四円(年一二万円÷三六五日×一〇二日)と平成三年五月二二日以降の損害額二〇二万四一三六円(年12万円×16.8678)との合計二〇五万七六七〇円となる。

(4) お茶代 一八七万七六二四円

原告千恵子本人尋問の結果によれば、原告成雄は、排尿を促進するため、利尿作用のある烏龍茶を一日1.5リットル程度飲用しており、これに要する費用は一日当たり三〇〇円を下らないことが認められる。

したがって、原告成雄のお茶代の損害は、症状固定日である平成三年五月二一日までの損害額三万〇六〇〇円(一日三〇〇円×一〇二日)と平成三年五月二二日以降の損害額一八四万七〇二四円(年10万9500円×16.8678)との合計一八七万七六二四円となる。

(5) 車椅子代 六万六九六三円

甲第六号証によれば、原告成雄は、車椅子を購入し、これに六万六九六三円を要したことが認められる。

(6) 床ずれ防止ベッド等 一七二万八〇一二円

甲第七号証及び原告千恵子本人尋問の結果によれば、原告成雄は、床ずれ防止用の寝返りベッド、エアーマット、リーディングテーブル、読書スタンドを購入し、これに七八万三八三〇円を要したこと、エアーマットは一個一一万三〇〇〇円であり、少なくとも二年に一回は買い換える必要があることが認められる。

したがって、エアーマットの買い換えについて、一年当たりに要する金額五万六五〇〇円に平均余命三八年に対応するライプニッツ係数(16.8678)を乗じると九五万三〇三〇円となるから、これについて原告成雄の請求する九四万四一八二円は、これを損害と認めることができる。

(7) リフト代 四〇万六八五〇円

甲第八号証及び原告千恵子本人尋問の結果によれば、原告成雄は、ベッドから車椅子などへ移動するために必要なリフトを購入し、これに四〇万六八五〇円を要したことが認められる。

(8) 建物改装費 五七〇万八〇三三円

甲第九号証及び原告千恵子本人尋問の結果によれば、原告成雄は、自宅の浴室の改装等及びこれに伴う建物の増築を行い、これに少なくとも五七〇万八〇三三円を要したことが認められる。

(9) エアコン代 六二万八五〇〇円

甲第一〇号証及び原告千恵子本人尋問の結果によれば、原告成雄は、体温調節が自力でできないため、室温を一定の温度に保つ必要があり、そのためエアコンの購入設置費用として六二万八五〇〇円を要したことが認められる。

(10) 昇降機(電動リフター) 一九七万円

甲第五二号証及び原告千恵子本人尋問の結果によれば、原告千恵子一人では原告成雄を抱え上げて入浴させることが困難であるため、原告成雄は、昇降機(電動リフター)を購入設置し、その購入費用として一四七万円、取付工事費用として少なくとも五〇万円を要したことが認められる。

(六)  医療費 一〇万六九八一円

甲第一一号証の一ないし二七によれば、原告成雄は、湘南鎌倉病院、大口リハビリテーション病院、東横浜病院、大口東総合病院に対し、医療費として合計一〇万六九八一円を支出したことが認められる。

(七)  損害のてん補 合計一八一〇万一五二二円

(1) 被告らの一部弁済 六五二万三九一〇円

原告成雄が、被告会社から、平成三年二月から同年一〇月にかけて休業損害として三二二万円の支払を受けたが、支給された労災保険給付金のうち一六九万六〇九〇円を被告会社に返還したこと、右のほか原告成雄が、被告会社から、平成四年一月二九日付け合意書に基づき、五〇〇万円の一部弁済を受けたことは、当事者間に争いがない。

したがって、被告会社から原告成雄に対しては、差引六五二万三九一〇円が一部弁済されたことになる。

(2) 労災保険給付 一一五七万七六一二円

原告成雄が、本件事故による損害に対するてん補として、労災保険、国民年金保険及び厚生年金保険から合計一一五七万七六一二円の支給を受けたことは、当事者間に争いがない。

なお、原告成雄は、右のほかいわゆる特別支給金の支給を受けているが、これは損害のてん補を目的として支給されるものではなく、被害者の福祉を目的として支給されるものであるから、これを損害額から控除するのは相当でない。

また、被告は、将来支給される労災保険金等を損害額から控除すべきである旨主張する。

しかしながら、安全配慮義務違反あるいは不法行為に基づく損害賠償制度は、被害者に生じた現実の損害を金銭的に評価し、加害者にこれを賠償させることにより、被害者が蒙った不利益を補てんして、安全配慮義務違反あるいは不法行為がなかったときの状態に回復させることを目的とするものであるから、被害者が労災保険等から補償を受けることとなった場合であっても、損害額から控除すべき範囲は、被害者に生じた損害が現実に補てんされたということができる範囲に限られるべきであり、右の観点からすると、将来支給されることが予定されている労災保険金を控除するのは相当でなく、既に支給された労災保険金のほかには、支給されることが確定した金額についてのみ控除するのが相当であるが、本件においては、右確定した金額を認定するに足りる証拠がないから、これを控除することはできない。

(3) 前記の損害額の合計一億六五六四万九三五一円から右損害のてん補額を控除すると、残損害額は一億四七五四万七八二九円となる。

(八)  弁護士費用 一〇〇〇万円

弁論の全趣旨によれば、原告成雄は、被告らから損害額の任意の弁済を受けられないため、原告ら訴訟代理人らに本件訴訟の提起と追行を委任し、その費用及び報酬を支払うことを約したことが認められるところ、前記認容額、本件訴訟の難易等を勘案すると、本件事故と因果関係のある弁護士費用は一〇〇〇万円が相当と認められる。

2  原告千恵子の損害

(一)  慰謝料 七〇〇万円

原告成雄、原告千恵子各本人尋問の結果によれば、原告千恵子は、かけがえのない夫を第一級の後遺障害に至らしめられたもので、その怒りと心痛は計り知れないものであるうえ、特に、原告成雄の障害は、死亡にも比肩すべき重篤なもので、右手が若干動かせるのを除き、首から下が全く動かせない状態で、排尿、排便の世話や体温調節の世話など常時看護を要する状態が終生継続するものであるため、原告千恵子は、原告成雄の看護に生活を拘束され続けるであろうことが認められ、これらの事情を考慮すると、夫である原告成雄の後遺障害によって蒙った原告千恵子の苦痛に対する慰謝料は七〇〇万円が相当と認められる。

(二)  弁護士費用 七〇万円

弁論の全趣旨によれば、原告千恵子は、被告らから損害額の任意の弁済を受けられないため、原告ら訴訟代理人らに本件訴訟の提起と追行を委任し、その費用及び報酬を支払うことを約したことが認められるところ、前記認容額、本件訴訟の難易等を勘案すると、本件事故と因果関係のある弁護士費用は七〇万円が相当と認められる。

五  よって、原告らの被告らに対する本訴請求は、本件事故による損害賠償として、原告成雄において、被告ら各自に対し、一億五七五四万七八二九円及びこれに対する本件事故の日の翌日である平成三年二月一〇日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金、原告千恵子において、被告ら各自に対し、七七〇万円及びこれに対する同じく平成三年二月一〇日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める限度で理由があるから、右限度で認容し、その余は理由がないから棄却することとする。

(裁判長裁判官田中昌弘 裁判官松井賢徳 裁判官小林和明)

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