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横浜地方裁判所 昭和63年(行ウ)24号 判決 1990年11月26日

原告

川崎玉喜

右訴訟代理人弁護士

川中洋典

第一事件被告

小田原市長

山橋敬一郎

右訴訟代理人弁護士

日下部長作

第二事件被告

神奈川県国民健康保険審査会

右代表者会長

手塚修平

右指定代理人

塩野茂

鈴木健一

神田敏史

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  第一事件被告小田原市長(以下「被告市長」という。)が昭和六三年九月三日別紙債権目録記載の原告の債権についてした差押処分(以下「本件処分」という。)を取り消す。

2  第二事件被告神奈川県国民健康保険審査会(以下「被告審査会」という。)が原告の審査請求につき平成元年二月三日付けでした裁決(以下「本件裁決」という。)を取り消す。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  本案前の答弁(被告市長)

1  原告の被告市長に対する訴えを却下する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

三  請求の趣旨に対する答弁

1  被告市長

(一) 原告の被告市長に対する請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

2  被告審査会

(一) 原告の被告審査会に対する請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  小田原市は、国民健康保険法の定めるところにより、国民健康保険を行うものであり、原告はその被保険者であったが、被告市長は、原告が国民健康保険料を滞納しているとして、昭和六三年九月三日本件処分を行った。

2  原告は、昭和六三年一〇月二一日、被告審査会に対して、本件処分につき審査請求を行ったところ、同被告は、平成元年二月三日、右審査請求を棄却する旨の本件裁決を行った。

3  本件処分は、次のとおり違法なものである。

(一) 小田原市は、国民健康保険法八一条に基づいて、国民健康保険事業に要する費用の負担につき小田原市国民健康保険条例(以下「本件条例」という。)を定め、被告市長がこれに基づいて国民健康保険料を徴収しているが、本件条例一五条の五は、被保険者に対する賦課金額の最高限度額を三九万円と定めている。

(二) ところで、国民健康保険制度は、国民全部が等しく医療の恩恵に浴するために設けられた制度であるから、原則的には、国民の拠出金をもって運用されるべきであり、かつ、その拠出金は国民が平等に負担すべきものである。

そして、平等負担とは、国民全部につき同一額の負担を意味するものではなく、社会的、経済的能力に応じて公平に負担すべきことを意味する。

しかるに、本件条例一五条の五は、被保険者の保険料の最高限度額を三九万円と定め、右平等原則に反して社会的、経済的強者を保護しているのであって、社会福祉の理念に反する。そして、国民健康保険制度が憲法二五条の趣旨を具現するものであり、右平等原則は憲法一四条の理念のもとに現実のものとしなければならないから、保険料の最高限度額を定める本件条例一五条の五は、限度額の大小に関係なく、憲法二五条、一四条に反することが明らかであって無効である。

(三) また、憲法二五条が立法府に裁量権を与え、かつ、国民健康保険制度において保険料の賦課限度額を定める必要があるとしても、右裁量権は無限定なものではないうえ、国民健康保険制度が憲法二五条の保障する国民の権利を現実のものとするために絶対不可欠なものであるから、右制度が「応益の原則」を無視できないとしても、保険料の賦課限度額制度を設けてその限度額を自由裁量で決定することはできない。

しかるに、本件条例一五条の五は、被保険者の応益範囲と保険料金額との合理的な関連性を考慮することなく、しかも、国民健康保険制度が社会福祉的配慮のもとに存在する制度であることを無視して、保険料の賦課限度額を三九万円と定めているのであって、右規定は憲法二五条の裁量の範囲を逸脱し、同法一四条に反し無効である。

(四) 本件条例は、国民健康保険法の規定による療養の給付並びに特定療養費及び療養費の支給に要する費用の総額の見込額から、当該療養の給付についての一部負担金の総額の見込額を控除した額の七五パーセント以内の金額を、被保険者に課する賦課金総額と定め(一〇条)、国の財政支出による補助を補完的なものとするとともに、賦課金額に一定の枠を定めているところ、保険料賦課金額について最高限度額を定める本件条例一五条の五が無効であるから、本件条例は、右規定のみならず、保険料金額算定に関する規定全部が無効となる。

したがって、被告は原告に対し、無効な本件条例の規定に基づいて保険料賦課決定を行い、これに基づいて本件処分を行ったことになるから、本件処分は違法である。

4  本件裁決は、十分な審理を尽くさずになされ、かつ、理由不備であるから違法である。

すなわち、

(一) 原告は、被告審査会に対する審査請求において、国民健康保険制度は国民の拠出金により運営され、その拠出金は国民の社会的経済的能力に応じて負担されるべきものであるにもかかわらず、本件条例一五条の五が拠出金の最高限度額を定めて社会的強者を保護しているから、右規定が憲法二五条、一四条に反していると主張するとともに、賦課限度金額の算定方法に裁量権の逸脱がある旨主張した。

これに対して、被告市長は、国民健康保険の性質や保険料の目的税的性格からすれば応益負担を原則とすべきであり、ただ相互共済、社会福祉の理念から応能負担の原則も考慮されるに過ぎない旨反論した。

しかるに、被告審査会は、過去数年間の保険財政の推移や、他の都道府県の状況等を具体的に審理することなく、原告の主張は理由がないとしたのであり、本件裁決には審理不尽の違法がある。

(二) 本件裁決は、原告の右主張について、保険料の賦課限度額を定めた規定が憲法に反しないばかりでなく、賦課限度額の算定方法も根拠法規の範囲を超えるものではなく、裁量権を逸脱していないと説示している。

しかし、本件裁決は、賦課限度額の算定方法につき準拠すべき法規の内容を明らかにしないばかりか、本件条例一五条の五が裁量の範囲内にあることについて、具体的、かつ、客観的な根拠を示していないのであって、本件裁決には理由不備の違法がある。

よって、本件処分及び本件裁決の取消を求める。

二  本案前の主張(被告市長)

原告は、国民健康保険制度を容認し、国民健康保険料の支払も当然のことと認めたうえ、本件訴訟において、本件処分自体の違法ではなく、本件処分の先行処分である保険料賦課決定処分の無効を主張する。

そのうえ、後に主張するとおり、原告は、保険料の最高限度額を定めた本件条例一五条の五の規定によって、保険料支払義務を軽減されている者であり、同規定が原告の権利・利益を害することはない。

したがって、原告が本件条例一五条の五の規定について無効を主張するのは、自己の利益ではなく経済的弱者の利益を図るためであって、原告には本件処分の取消訴訟を提起する法律上の利益がなく、本件訴えは原告適格を欠く違法な訴えである。

三  請求原因に対する認否

1  被告市長

(一) 請求原因1、2の各事実は認める。

(二) 同3のうち(一)の事実は認め、その余は争う。

2  被告審査会

(一) 請求原因1、2の各事実は認める。

(二) 同4については、(一)の事実中、原告及び被告市長が審査請求において原告主張のとおり主張したことは認め、その余は争う。

四  被告市長の主張

1  原告は、昭和四四年一〇月一日小田原市内に転居し、同月一四日から小田原市が行う国民健康保険の被保険者となった。

被告市長は、昭和六一年四月一五日、本件条例(昭和六二年三月二五日小田原市条例第六号による改正前のもの)に基づき、原告に対する昭和六一年度国民健康保険料の賦課額を一三二万三六〇四円と算定したうえ、本件条例(昭和六一年六月二〇日条例第三一号による改正前のもの)一五条の五所定の賦課限度額を超える九七万三六〇四円を控除した年間保険料を三五万円と決定し、同年四月分を二万九二四〇円、同年五月分ないし昭和六二年三月分を各二万九一六〇円とし、原告に対して別紙国民健康保険料賦課額等一覧表(以下「別紙一覧表」という。)の「納入通知書発送日」欄記載の日に通知した。

また、被告市長は、昭和六二年四月一五日、右同様に昭和六二年度についても、本件条例(昭和六三年三月三一日小田原市条例第一〇号による改正前のもの)一五条の五により、原告に対する年間保険料を三七万円と決定し、同年四月分を三万〇八七〇円、同年五月分ないし昭和六三年三月分を各三万〇八三〇円とし、さらに、昭和六三年度についても、昭和六三年四月一五日、本件条例一五条の五により原告に対する年間保険料を三九万円と決定し、同年四月分ないし昭和六四年三月分を各三万二五〇〇円とし、それぞれ原告に対して別表一覧表の「納入通知書発送日」欄記載の日に通知した。

2  原告が昭和六一年八月分から昭和六三年七月分までの国民健康保険料合計七三万三二八〇円を滞納したので、被告市長は、原告に対し、別表一覧表の「納入通知書納入額」欄記載の金額につき、同表の「督促状を発した日」欄記載の日に督促状を発送し、昭和六三年八月には、さらに右期間の滞納額合計七三万三二八〇円につき最終催告を行ったが、納入されないため、同年九月三日本件処分を行った。

3  原告は、本件条例中の保険料賦課限度額の定めが憲法に反し、又は裁量権を逸脱したものであるから無効である旨主張するが、次のとおり、原告の主張は理由がない。

(一) 原告は、既に主張したとおり、本件条例中の保険料賦課限度額の定めにより保険料を減額されている者であって、右定めにより利益を受けているのであるから、右定めの無効を主張することは自己の法律上の利益に関係のない違法を主張することになり、行政事件訴訟法一〇条により許されない。

(二) 原告は、本件条例中の右定めが憲法二五条に反する旨主張するが、憲法二五条は、国権の作用に対して一定の目的を設定し、その実現のために積極的な発動を期待するというものであって、具体的にいかなる立法措置を講ずるかの選択決定は、立法府の広い裁量に委ねられている。そして、本件条例は、国民健康保険法所定の事項及び同法八一条により委任された事項を定めたものであり、本件条例一五条の五も、右裁量権に基づいて保険料の賦課限度額制度を定めたものであるから、憲法二五条に反しない。

(三) 原告は、本件条例が憲法一四条にも反する旨主張するが、国民健康保険は、保険理論に基づいて拠出する保険料と保険給付との総体的な対価関係を基本として、保険事故に対して保障する制度であるから、原則として応益負担とすべきであるものの、国民健康保険が加入を強制される社会保険であることや相互共済、社会福祉の理念から、応能原則を取り入れたものである。そうすると、国民健康保険の制度の趣旨、目的からみて、受益(保険給付)の程度をかけ離れた応能負担(保険料)が課せられると、かえって、平均保険給付額を著しく上廻る負担を強制することになって公平に反するのみならず、保険料徴収にも悪影響を及ぼし、ひいては制度や事業の円滑な発展を阻害する恐れがある。そのうえ、国民健康保険料の賦課総額が応能原則に基づく所得割総額・資産割総額と応益原則に基づく被保険者均等割総額・世帯別平等割総額に振り分けられているため、賦課限度額の適用により影響を受ける被保険者は、多額の所得を得ているか又は高額な資産を有する経済的強者に限られ、被保険者均等割及び世帯別平等割に基づいてしか保険料を負担しない経済的弱者には影響がない。

そして、本件条例は、他の社会保険の限度額等を勘案のうえ一定の賦課限度額を定め、かつ、社会的経済的情勢の変化に応じ、地方税法七〇三条の四第一七項所定の国民健康保険税の賦課限度額の改正にともなって条例を改正しているから、その限度額の定めは、合理的理由があり憲法一四条に反しない。

(四) 原告は、本件条例一五条の五が裁量権を逸脱して定められたもので、無効である旨主張する。

しかし、本件条例一五条の五は、国民健康保険料の賦課限度額に関して、昭和五六年四月一日から二六万円、昭和五七年四月一日から二七万円、昭和五九年四月一日から二八万円、昭和六〇年四月一日から三五万円、昭和六二年四月一日から三七万円、昭和六三年四月一日から三九万円、平成元年四月一日から四〇万円と改正しており、また、神奈川県各市の年度別保険料(税)の限度額は別表記載のとおりであり、さらに、小田原市の昭和六二年度の療養諸費が一人当たり七万四五一五円であるところ、一世帯当たりの居住者数が2.4人であることからして、保険料の賦課限度額を昭和六三年度において三九万円と定めることは妥当であって、右賦課限度額が裁量権を逸脱した金額であるとはいえない。

また、本件条例は、保険料算定方法について、厚生省の国民健康保険条例準則、地方税法の準拠して定められており、保険料賦課限度額の定めも、地方税法の国民健康保険税の限度額が改正される度に条例を改正しているのであるから、その金額は、国民の生活水準、物価や医療の現状、保険財政等の専門的技術的な政策的配慮のもとに定められており、立法府の裁量の範囲内である。

五  被告市長の主張に対する認否

1  被告市長の主張1の事実中、原告が昭和四四年一〇月一日小田原市内に転居し、同月一四日から小田原市が行う国民健康保険の被保険者となったことは認め、その余の事実は知らない。

2  同2の事実中、被告主張の保険料が納入されていないこと、被告が保険処分を行ったことは認め、その余の事実は否認する。

3  同3は争う。

六  被告審査会の主張

1  本件裁決の経緯

(一) 原告は、被告市長に対して、本件処分につき昭和六三年一〇月二一日付け異議申立書を提出し、同月二二日受理されたが、同年一二月六日右意議申立書の補正書を同被告に提出し、審査請求の形態を整えた。

そこで、被告市長が昭和六三年一二月七日被告審査会に対して右異議申立書及び補正書を送付し、被告審査会がこれを収受した。

右異議申立書の内容は、被保険者に対しての保険料の賦課限度額を定める本件条例一五条の五は、社会的強者を保護する悪平等の規定であって、憲法二五条、一四条に反すると主張して、本件主張の取消を求めるものであった。

(二) 被告審査会は、被告市長に対して右異議申立書及び補正書を送付し、弁明書の提出を求めたところ、昭和六三年一二月二三日弁明書の提出を受けた。

弁明の内容は、本件条例一五条の五は、国民健康保険法八一条所定の委任事項について政策的合理的配慮のもとに条例化したものであって、立法府の裁量の範囲を逸脱したものではなく、憲法二五条、一四条に違反するものでないと主張し、原告の審査請求を棄却するよう求めるものであった。

(三) 被告審査会は、昭和六三年一二月二六日、原告に対して右弁明書の副本を送付するとともに反論書の提出を求めたところ、平成元年一月一八日原告から意見書が提出された。

意見書の内容は、本件処分及びそれに至る事実経過を認めたうえ、弁明書において引用された裁判例を根拠に原告独自の賦課限度額設定方法を主張し、かつ、右設定方法と異なる賦課限度額の定めが裁量の範囲を越えるものと反論し、さらに、過去数年間の保険財政の推移、他の都道府県の状況等を具体的に示して立法裁量の範囲内であることを主張するよう求めるものであった。

(四) 被告審査会は、平成元年二月三日審査を行って、原告の審査請求を棄却することにし、同月七日原告及び被告市長に本件裁決書の謄本を送付した。

本件裁決書の内容は、国民健康保険の保険料が目的税的性格を有することから、被保険者の受益との関連において、応能負担の原則には一定の限界を設けるべきであり、しかも、このような観点から、国民健康保険条例の指導基準である国民健康保険条例準則が賦課限度額を定めるように指導しているうえ、他の社会保険の負担等においても賦課限度額の規定があり、さらに、賦課限度額の規定を含めて保険料の賦課徴収に関する諸事項が国民健康保険法八一条により保険者の条例に委任され、本件条例も、右委任された事項について、国民健康保険条例準則及び地方税法中国民健康保険税に関する規定に準拠して立法府の裁量の範囲内で適法に条例化されているから、本件条例一五条の五が憲法二五条、一四条に反しないというものであった。

2  原告は、被告審査会が過去数年間の保険財政の推移や、他の都道府県の状況等を具体的に審理しなかったから、本件裁決には審理不尽の違法がある旨主張する。

しかしながら、原告は、その審査請求において、保険料の最高限度額を定める本件条例一五条の五が、その額の大小に関係なく、およそ憲法二五条、一四条に反することを、本件処分の違法事由として主張していたのであり、右主張は法解釈の問題であって、具体的事実の有無を審理する必要はなく、また、本件条例一五条の五が賦課限度額の設定に関して立法裁量を逸脱している旨の主張は、原告が被告市長の弁明書に対する反論として行ったものであり、審査請求の根幹をなす主張とは認められないから、本件裁決に審理不尽の違法はない。

3  原告は、また、本件裁決に理由不備の違法もある旨主張する。

しかし、前項のとおり、原告は、本件条例一五条の五が憲法二五条、一四条に反すると主張して被告審査会に審査請求を行ったのであり、本件裁決が本件条例一五条の五を憲法二五条、一四条に反するものでないと判断し、これを記載している以上、理由不備の違法はない。

七  被告審査会の主張に対する認否

1  被告審査会の主張1の事実は認める。

2  同2、3は争う。

第三  証拠<省略>

理由

(被告市長に対する請求について)

一被告市長の本案前の主張について

1  被告市長は、本件訴訟において、原告は、本件処分自体の違法を主張せず、本件処分の先行処分たる保険料賦課決定処分の無効のみを主張するに過ぎないから、本件処分の取消訴訟を提起すべき法律上の利益がなく、原告適格を欠く旨主張する。

しかしながら、自己の債権を差押えられた原告が、その差押処分の取消を請求しているのであるから、原告に当事者適格があることはいうまでもない。のみならず、原告が、先行処分たる保険料賦課決定処分が無効であり、したがって、原告の保険料債務が発生していないことを主張することにより、ひいてはその保険料徴収のためになされた差押処分たる本件処分が違法であることを主張し、その取消を請求していることは、その主張自体によって明らかであるから、被告市長の右主張は理由がない。

2  被告市長は、また、先行処分たる保険料賦課決定処分の無効事由として、原告は本件条例一五条の五の違憲無効を主張するが、原告自身、同条の規定により、支払うべき保険料の額を軽減されているのであるから、自己の法律上の利益に関係のない違法を主張することはできないとも主張する。そして、原告が右規定により支払うべき保険料の額を軽減されていることは、後に認定するとおりである。

しかしながら、原告が本訴においてかかる主張をなしうるか否かは、実体判断においてこれを斟酌することが許されるか否かの問題であって、仮にこれが許されないからといって、訴えを不適法ならしめるものではないから、被告市長のこの点の主張も失当である。

二本案に対する判断

1  請求原因1(本件処分)、同2(本件裁決)の事実は、当事者間に争いがない。

2  被告市長の主張1、2について

(一) 被告市長の主張1の事実のうち、原告が昭和四四年一〇月一日小田原市内に転居し、同月一四日から小田原市が行う国民健康保険の被保険者となったことは、当事者間に争いがなく、その余の事実は、<証拠>により認められ、この認定に反する証拠はない。

(二) 被告市長の主張2の事実のうち、被告主張の保険料が納入されていないこと、被告が本件処分を行ったことは当事者間に争いがなく、その余の事実は、前記(一)において認定した事実と<証拠>とにより認められ、この認定に反する証拠はない。

3  本件処分の適格性について

(一) 原告は、本件条例一五条の五の規定が違憲無効であることを理由に、先行処分たる保険料賦課決定処分には重大かつ明白な瑕疵があって無効であるから、これを前提とする本件処分は違法である旨主張する。しかしながら、前記2において確定した事実によれば、右条例の規定が憲法に違反せず、有効な規定であるかぎり、本件処分は適法なものということができる。そこで、右条例の規定が憲法に違反し、無効であるか否かについて検討することとする。

(二)  原告は、まず、本件条例一五条の五の規定は、保険料の最高限度を定め、多額の所得又は資産を有する者を有利に取扱っている点において、限度額の大小にかかわりなく、既に憲法二五条、一四条に違反する旨主張する。

しかしながら、国民健康保険法は、国民健康保険の健全な運営を確保し、もって社会保障及び国民保健の向上に寄与することを目的とするものであって、憲法二五条の趣旨を具体化するものというべきところ、憲法二五条は、国権の作用に対して一定の目的を設定し、その実現のために積極的な発動を期待するものであって、具体的にいかなる立法措置を講ずるかは、広く立法府の裁量に委ねているものと解され、国民健康保険における保険料の賦課についても、その最高限度額を定めることを否定することまで含意するものとみるべき根拠は見出しえないから、右条例の規定をもって、憲法二五条に違反するものということはできない。

また、国民健康保険における保険料の負担については、それが強制加入の社会保険であることや、相扶共済・社会福祉の理念から、応能負担の原則を無視することはできないが、他方、それが保険理論に基づく医療保険であることから、保険料と保険給付の対応関係にも配慮した応益負担の原則によるべきことも、また当然であり、この関係で、受益(保険給付)の程度からかけ離れた応能負担に一定の限界を設けるため、保険料に最高限度額を定めることには、合理的な理由があるから、前記条例の規定をもって、憲法一四条に違反するということもできない。

(三) 原告は、また、本件条例一五条の五の規定が保険料の最高限度額を三九万円と定めた点をとらえて、市議会に認められた立法裁量の範囲を逸脱するものであり無効であると主張する。

しかしながら、国民健康保険制度を法定するにあたり、立法府に広範な裁量が認められていることは、既に説示したとおりであるところ、国民健康保険法八一条は、賦課額、料率、賦課期日、納期、減額賦課その他保険料の賦課及び徴収等に関する事項を一般的に条例に委任しており、本件条例一五条の五の規定は、これに基づいて、保険料の最高限度額を三九万円と定めたものである。したがって、右条例の規定が立法裁量の範囲を逸脱し無効であるというためには、かかる主張をする者において、裁量の範囲を逸脱したものと認めるべき具体的根拠を主張立証しなければならないものと解すべきところ、原告は、かかる主張立証をしていない。のみならず、被告市長が主張する諸事情を考慮すれば、右条例の規定は、裁量の範囲を逸脱して定められたものということはできない。

別表

神奈川県各市の年度別保険料(税)の限度額

元.11.9調

年度別

昭和61年度

昭和62年度

昭和63年度

備考

保険者別

横浜市

350,000

370,000

390,000

川崎市

320,000

340,000

360,000

横須賀市

350,000

350,000

350,000

平塚市

370,000

370,000

390,000

鎌倉市

370,000

390,000

400,000

藤沢市

310,000

350,000

370,000

小田原市

350,000

370,000

390,000

茅ヶ崎市

370,000

390,000

400,000

逗子市

370,000

390,000

400,000

相模原市

330,000

360,000

360,000

三浦市

350,000

370,000

370,000

秦野市

370,000

390,000

400,000

厚木市

370,000

390,000

400,000

大和市

370,000

390,000

400,000

伊勢原市

370,000

390,000

400,000

海老名市

370,000

370,000

390,000

座間市

370,000

390,000

400,000

南足柄市

370,000

390,000

400,000

綾瀬市

370,000

390,000

400,000

保険料……10市  保険税……9市

(被告審査会に対する請求について)

一被告審査会の主張1の事実は、当事者間に争いがない。

二そこで、本件裁量につき原告が主張する違法事由について検討する。

1  審理不尽の違法について

原告は、被告審査会において、過去数年間の保険財政の推移や、他の都道府県の状況等を具体的に審理しなかった点につき、審理を十分に尽さなかった違法があると主張する。

しかしながら、国民健康保険制度において保険料の最高限度額を定めること自体が、憲法二五条、一四条に違反すると解すべきか否かは、法解釈の問題であり、また、本件条例一五条の五が保険料の最高限度額を三九万円と定めたことにつき、立法裁量の範囲を逸脱した違法があるか否かに関しては、原告において、これを肯定すべき具体的根拠を主張立証しないばかりでなく、加えて、被告市長の主張する諸事情を考慮すれば、過去数年間の保険財政の推移や、他の都道府県の状況等を検討するまでもなく、右条例の規定が裁量の範囲を逸脱して定められたものということはできないのであるから、被告審査会においてこれらの点を具体的に審理しなかったからといって、審理を尽さなかった違法があるということはできない。

2  理由不備の違法について

原告は、また、本件裁決が、賦課限度額の算定方法につき準拠すべき法規の具体的内容を明らかにせず、本件条例一五条の五が裁量の範囲内にあることにつき、具体的かつ客観的な根拠を示していないから、理由不備の違法があると主張する。

しかしながら、本件裁決書を全体としてみれば、本件条例一五条の五の規定が立法裁量の範囲内にあると解すべき理由を優に読み取ることができるから、原告主張の各点につき具体的かつ客観的な内容及び根拠を示していないからといって、理由不備の違法があるということはできない。

(結論)

よって、原告の請求はいずれも理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官佐久間重吉 裁判官辻次郎 裁判官伊藤敏孝)

別紙債権目録

債権者 原告

債務者 足柄信用金庫栢山支店

債権の内容 普通預金(口座番号<略>)四一万九〇〇〇円の払戻請求権及びこれに対する昭和六三年九月三日までの約定利息支払請求権

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