大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所 昭和63年(ワ)1458号 判決 1990年4月26日

原告

鈴木昭子

被告

渡邉ジェフリー

ほか一名

主文

被告渡邉ジエフリーは、原告に対し、三五万一六四二円及びこれに対する昭和六三年六月二一日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告の被告渡邉ジエフリーに対するその余の請求及び被告渡邉桂子に対する請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決は、第一項につき、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、各自六三〇万九九九〇円及びこれに対する昭和六三年六月二一日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、直進してきた足踏式自転車と衝突して傷害を受けたとする右折中の原動機付自転車の運転者が、民法七〇九条等により足踏式自転車の運転者である当時一四歳の少年及びその母親に対し、損害賠償を請求した事件である。

一  争いのない事実

左記のような事故が発生した。

(一)  日時 昭和六〇年一二月一日午後六時ころ

(二)  場所 神奈川県綾瀬市寺尾本町三丁目九番二一号先交差点(以下「本件交差点」という。)

(三)  加害車 足踏式自転車

(四)  右運転者 被告渡邉ジエフリー(以下「被告ジエフリー」という。)

(五)  被害車 原動機付自転車(綾瀬市あ一四一〇)

(五)  被害者 原告

(六)  事故の態様 原告が原動機付自転車を運転して本件交差点を右折していたところ、対向車線から直進進行してきた被告ジエフリー運転の足踏式自転車に衝突された(以下「本件事故」という。)。

二  争点

被告らは、被告らの過失を争うほか、原告が受傷していないか、受傷していたとしても症状が重いのはおかしいこと、原告の運転も不適当であるとして、過失相殺すべきであると主張する。

第三争点に関する判断

一  過失責任

1  被告ジエフリーの過失責任及び過失相殺について判断する。

甲九号証の一、二、四から九まで、第一九号証の一から一五まで、第三〇号証の二八、三〇、三三、八四(後記措信しない部分を除く。)、八五(後記措信しない部分を除く。)、乙一号証から三号証まで、原告本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く。)及び弁論の全趣旨(原告提出の証拠は重複が多いので重複しているものについては一つのみ示した。)によれば、以下の事実が認められる。

(一) 本件交差点は、座間方面から長後方面に通じる主要地方県道四四号(通称藤沢座間厚木線)と小園方面に通じる市道がT字路に交差する交差点である。県道は、歩車道の区別があり、本件交差点から長後側に東名高速道路上を通過する陸橋がある。陸橋上は、車道と歩道が分離され、陸橋西側に幅員三・一メートルの歩道が設置され、自転車歩行者専用道路との標識が設置されている。県道の車道幅員は六・四メートルでセンターラインは白色の破線により区分されており、市道の幅員は六・六メートルで、歩車道の区別はない。本件交差点は、信号機が設置されておらず、交通整理がなされていない。路面はアスフアルト舗装がされており、平坦で、若干の勾配があつた。本件事故当時路面は乾燥しており、付近に照明灯はあつたが、比較的暗かつた。指定最高速度は時速四〇キロメートルに規制されている(別紙図面参照)。

被告ジエフリーは、足踏式自転車を運転して、無灯火のまま県道の車道上を長後方面から座間方面に向け進行し、本件交差点に差しかかり、そのまま直進進行したところ、座間方面から小園方面に右折してきた原告運転の原動機付自転車を発見し、急制動の措置を講じたが及ばず、足踏式自転車右前部を原告に衝突させた。

原告は、原動機付自転車を運転して県道を座間方面から長後方面に進行し、本件交差点を小園方面に右折したが、対向車線から直進進行してきた足踏式自転車に衝突され、原動機付自転車及び原告は転倒した。

以上の事実が認められ、甲二八号証、三〇号証の八四、八五、第三二号証、証人工藤清の証言、原告本人尋問の結果中、右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二) 右事実に徴すると、被告ジエフリーには、本件道路を進行するに当たり、自己が無灯火であり、かつ、自転車が進行するべき車線を走行してはいないのであるから、自己の存在が他車には認識しにくい状況にあることを認識し、進行方向に十分注意を払わなければならないのにこれを怠つて進行し、前方の安全確認が不十分であつた過失があり、民法七〇九条により、原告に損害が発生していれば、賠償する責任があるというべきである。

(三) また、本件事故発生につき、原告にも本件道路を右折するにつき、自車が対向車線から進行してくる車両の進路を塞ぐ形になるのであるから、対向車線の車両の有無を十分に確認すべきであつたのに、これを怠つた過失があるものである。

2  被告桂子

原告は、被告ジエフリーは、本件事故当時一四歳であり、通常は責任能力があると思料されるが、被告桂子は、親権者であり、本件事故の原因となつた足踏式自転車を買い与え、真冬暗くなる時間まで放任し、かつ、無灯火で運転するのを見逃していたための事故であり、被告桂子は、足踏式自転車の前照灯の電球が切れていたのを特に注意しなかつたものであるから、被告桂子は民法七一四条を類推し、あるいは、民法七〇九条により被告ジエフリーに対する監督責任違背による責任がある旨主張するが、その事実の存否はともかくとして、被告ジエフリーに責任能力がある以上、被告桂子に民法七一四条の監督責任が生じることはなく、また、前記事実からでは、被告桂子に民法七〇九条の過失責任が生じるべき監督責任があるともいえず、他に右を認めるに足りる証拠もなく、被告桂子に損害賠償責任は生じないものというほかない。原告指摘の最判昭和四九年三月二二日民集二八巻二号三四七頁は、本件とは事案を全く異にし、先例とはならない。

二  原告の治療状況

1  原告は、本件事故により、左肩・右胸・腰部・左膝挫傷の傷害を受け、昭和六〇年一二月三日から昭和六二年四月二〇日まで医療法人社団柏綾会綾瀬厚生病院に通院し、(実通院日数一二七日)、治療を受けたが、その間、体全体の痛みがひどく、天気、季節の変わり目は、特に悪く、結局完治せず、前同日症状固定し、左大腿から下腿にかけて知覚異常が残存し、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)施行令二条別表後遺障害別等級表一四級に相当する後遺障害が残つた旨主張する。

2  しかし、甲五号証から七号証まで、三〇号証の四五、第三六号証、原告本人尋問の結果によれば、右の通院自体は認められるものの、次のように本件事故との相当因果関係に疑問がある。

甲四号証、甲三〇号証の四六、第三六号証によれば、以下の事実が認められる。

原告は、原動機付自転車のために千代田火災海上保険株式会社(以下「千代田火災」という。)との間で自動車保険を締結していたところ、本件事故により、右の傷害保険を受領できることとなつた。そのためか、通院状況が昭和六一年一二月九回、昭和六一年一月三回、二月三回、三月二回と比較的通院期間がまばらであつたのであるが、保険金請求期間間際の四月一四回、五月二四回と極めて多くなり(事故後半年以内に実際に通院した日数につき一日あたり二〇〇〇円が支払われる。)、このような通院実日数の変動は余り例のあることではない。また、原告は、千代田火災に対し、本件事故による後遺障害の傷害保険金の支払いも要求し、千代田火災厚木センターに何度も訪れ、千代田火災が認められないという返答をすると、大声で怒鳴り散らしたりした。本件事故による傷害が比較的早い時期遅くとも昭和六一年三月末日ころまでには左膝部痛に対する理学療法になり、それが延々と継続されているが、それは、原告の愁訴のみで、医師自身がその愁訴の真偽を証明することはできない旨、警察の照会に対し、回答している。

以上の事実が認められる。

右事実及び本件訴訟に顕れた諸般の事情を徴すると、本件事故と相当因果関係がある通院は、警察が認定した事故後二週間(甲三〇号証の八九)ということまではできないものの、前記のように、昭和六一年四月以降の頻繁な通院は疑問があり、結局理学療法が開始されたと見られる同年四月から二ケ月を経過した同年五月末日までを本件事故と相当因果関係がある通院と見るのが相当である。また、原告の主張する後遺障害も、診断の結果は、原告の愁訴のみであり、本件訴訟における諸般の事情に鑑みると、存在しているということはできないものというほかない。

三  損害額

原告は、次のとおり損害を被つた。

1  治療費(請求額八万〇七六〇円) 二万九四六〇円

甲二二号証の一、二及び原告本人尋問の結果の結果によれば、前記のように本件事故と相当因果関係がある原告の本件事故の日から昭和六一年五月末日までの治療費は右金額となる。

2  通院交通費(請求額二万六〇三〇円) 四九五〇円

甲三六号証によれば、原告の本件事故の日から昭和六一年五月末日までの通院実日数は、五五日であり、甲二三号証の一及び原告本人尋問の結果によれば、一回あたりの通院交通費は、原動機付自転車のガソリン代の九〇円であるから、右の限度で交通費を認めると右金額となる(タクシー代は疑問があり認めない。)。

3  医師等に対する謝礼(請求額二万五〇〇〇円) 〇円

前記程度の治療経過では、医師に対する謝礼を認めるほどのものではない。

4  温泉療養費(請求額五四〇〇円) 〇円

右については、右療養が必要であるとする原告本人尋問の結果は措信できず、他に本件事故と相当因果関係があると認めるに足りる証拠はない。

5  通院雑費(請求額五万円) 〇円

原告の右費目については、内容が明確ではなく認めるに足りない。

6  修理費(請求額一万五四三〇円) 一万一六〇〇円

甲一三号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、原動機付自転車の修理費として右金額が必要であることが認められる。

7  休業損害(請求額二八一万一三三六円)二四万七二七五円

甲八号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故当時橋本美容室に勤務し、事故前三ケ月の間五〇万〇〇八〇円(日額五四九五円)の収入を得ていたが、本件事故により休業を余儀なくされたことが認められる。しかし、前記のような通院状況であれば(昭和六一年一月以降三月までは、月二、三回程度である。)、昭和六〇年一二月いつぱいはともかく、それ以降就業できなかつたということはできず、その後の通院状況の不自然さも考え合わせると、昭和六〇年一二月の一ケ月にその後欠勤を余儀なくされた日も若干あるということができるから、合計四五日程度は、本件事故との相当因果関係がある休業を余儀なくされたということができるものとするのが相当であろう。そして、右期間中、前記収入を得ることができなくなつたのであるから、次の計算式のとおりの休業損害を受けたものということができる。

(計算式)

五四九五円×四五日=二四万七二七五円

8  逸失利益(請求額二七万六一二四円) 〇円

前記のように、原告には後遺障害がないのであるから、逸失利益は存しない。

9  傷害慰藉料(請求額一五五万円) 三五万円

原告の通院状況その他本件訴訟に顕れた諸般の事情に鑑みると、前記傷害により、原告が通院したことにより受けた精神的苦痛を慰藉するためには右金額が相当である。

10  後遺障害慰藉料(請求額九〇万円) 〇円

前記のように、原告には後遺障害がないのであるから、後遺障害慰藉料は存しない。

小計 六四万三二八五円

11  過失相殺

前記のように、原告にも本件事故発生について過失があり、その過失は決して小さくなく、双方の過失を勘案すると、原告には五〇パーセントの、過失があるとするのが相当であるから、右損害から右割合による金額を減額する(円未満切捨て)。

小計 三二万一六四二円

12  損害の填補

被告らは、三一万円の控除を主張するが、前記のように、右は、原告が原動機付自転車のために加入していた千代田火災海上保険株式会社の自動車保険による傷害保険の支払いであるから、損害控除の対象とはならず、理由がない。

13  弁護士費用(請求額五七万円) 三万円

弁論の全趣旨によれば、原告は、被告ジエフリーが任意に右損害の支払いをしないために、その賠償請求をするため、原告代理人に対し、本件訴訟の提起及びその遂行を依頼したことが認められるが、本件訴訟の認容額、審理の経過、その他諸般の事情に鑑みると、そのうち右金額を被告ジエフリーが負担するのが相当である。

合計(請求額六三〇万九九九〇円) 三五万一六四二円

(裁判官 宮川博史)

別紙〔略〕

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例