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横浜地方裁判所 昭和62年(ワ)3550号 判決 1990年11月30日

原告

板橋進

右訴訟代理人弁護士

武井共夫

伊藤幹郎

岡田尚

星山輝男

飯田伸一

小島周一

坂本堤

被告

東京エコン建鉄株式会社

右代表者代表取締役

田中三蔵

被告

株式会社タカミ工業

右代表者代表取締役

高橋金二

右被告両名訴訟代理人弁護士

樋口俊二

鶴田岬

高野康彦

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し、各自、金二〇三七万三八五六円及びこれに対する昭和六三年一月二二日から支払いずみに至るまで年五分の割合の金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者等

被告東京エコン建鉄株式会社(以下「被告東京エコン」という)は、建設工事の請負等を目的とする株式会社であり、被告株式会社タカミ工業(以下、「被告タカミ」という)は、鉄骨の製作、取付工事等を目的とする株式会社である。

被告東京エコンは、訴外池田建設株式会社(以下「池田建設」という)が施主から請負った千葉県柏市内の岡田渋谷ビル新築工事のうち、鉄骨の加工、据付工事を池田建設から請負い、更に、被告タカミは、被告東京エコンから、右据付工事(以下「本件工事」という)のみを請負った。

原告は、加登組こと訴外門重雄(以下「訴外門」という)の組に属し、昭和五七年一〇月当時、本件工事に作業員として従事していた。

2  本件事故の発生

原告が、昭和五七年一〇月一一日、鉄骨組立途中の二階梁の上で、鉄骨に埋め込むボルトの段取り作業をしていたところ、訴外八十島昭司(以下、「八十島」という)が操作していたクレーンの吊り荷が原告の背中に衝突し、原告は約5.4メートル下に墜落して鉄骨に激突し、右腕、左脚骨折等の傷害を負った。

3  責任原因

(一) 債務不履行責任(安全配慮義務違反)

被告東京エコンは、同被告の製品である鉄骨を本件工事現場に持ち込んで、下請に組み立てさせていたのであり、被告タカミは、その専属的下請である八十島が、被告タカミのネームの入った作業服、ヘルメットを身に付け、対外的には被告タカミの作業主任として本件工事を指揮監督していたのであるから、被告らはいずれも本件工事現場を支配管理し、一方、原告は被告らの指揮監督の下に作業していたのであるから、被告らと原告との間には重畳的に労働契約ないし労働契約類似の関係が生じ、被告らは原告に対し安全配慮義務を負う。

八十島は被告らの安全配慮義務の履行補助者であるところ、本件事故は、八十島がわき見をしながらクレーン操作をした過失により惹起されたものである。

また、被告らは、右安全配慮義務の履行として、防網を張りあるいは安全帯を使用させるなど墜落防止の措置を講じるべきであったのにこれを怠ったため、本件事故が発生した。

したがって、被告らは、民法四一五条に基づき本件事故により原告が被った損害を賠償すべき義務がある。

(二) 不法行為責任(使用者責任)

本件事故は、八十島がわき見をしながらクレーン操作をした過失により惹起されたものであるところ、八十島は被告らの指揮監督のもとにクレーン操作をしていたのであるから、被告らはいずれも民法七一五条に基づき本件事故により原告が被った損害を賠償すべき義務がある。

4  損害

原告は本件事故の日から昭和五八年七月五日まで、千葉県柏市内の柏中央病院で入院治療を受け、翌六日から七沢障害交通リハビリテーション病院で入通院治療を受けたが、昭和五八年一二月二四日、池田建設、被告東京エコン及び被告タカミとの間で本件事故について和解契約を締結したので、本訴では右和解契約の範囲に含まれない後記損害について、賠償請求をする。

(一) 通院交通費一四万一六〇〇円

原告は本件事故による傷害の治療のため、昭和五九年一月六日から昭和六一年三月七日まで、五九回、七沢障害リハビリテーション病院に通院することを余儀なくされ、通院に要した交通費は一四万一六〇〇円であった。

(二) 慰謝料九四〇万円

原告は右のとおり通院治療を受け、昭和六一年三月七日に症状は固定したが、右肘関節の用廃、左下肢変形の、後遺障害等級表七級に相当する後遺障害が残り、右治療期間、後遺障害の内容を考慮すると、前記和解契約に含まれていない慰謝料の額は九四〇万円(傷害分一四〇万円、後遺障害分八〇〇万円)とするのが相当である。

(三) 後遺障害に伴う逸失利益三二六七万七一四八円

本件事故当時の原告の年収は三七九万五九九六円(原告の月額賃金は昭和五七年七月が三三万八〇〇〇円、八月が二八万六〇〇〇円、九月が三二万五〇〇〇円で、平均賃金月額は三一万六三三三円となる)で、労働能力喪失率は五六パーセント、就労可能年数は三〇年(原告は昭和二三年七月二日生まれで、症状固定の日は、昭和六一年三月七日であるから、六七才まで就労が可能とすると、就労可能年数は三〇年となる)であるから、中間利息をライプニッツ係数15.372を用いて控除すると、後遺障害による逸失利益の原価は三二六七万七一四八円となる。

5  損益相殺五八六万四〇四四円

原告は、労災保険の年金として、前記和解契約以降、昭和六一年三月七日から昭和六三年七月三一日まで月額一一万円、昭和六三年八月一日から平成二年四月末日まで月額一二万八三八二円、合計五八六万四〇四四円を受領した。

よって、原告は被告ら各自に対し、債務不履行または不法行為に基づき、損害合計額から損益相殺分を控除した二六八一万三一〇四円の内金二〇三七万三八五六円及びこれに対する本件事故の日ののちであり訴状送達の日の翌日である昭和六三年一月二二日から支払いずみに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

1  請求原因1(当事者等)の事実は認める。

2  請求原因2(本件事故の発生)の事実中、原告の傷害の部位、内容は不知、その余の事実は認める。

3  請求原因3(責任原因)の事実はすべて否認する。

(一) 八十島の過失行為と本件事故との間の因果関係の不存在

八十島に過失行為があったとしても、原告は、休憩するため、安全な柱の位置から、1.5メートル離れた梁中央部に急に飛び出したのであり、人の歩く速度が毎秒1.4メートルで、クレーンの旋回速度は毎分0.65回転であるから、八十島の過失行為と本件事故の発生との間には因果関係がない。

(二) 安全配慮義務違反について

本件工事は、池田建設を元請人、被告東京エコンを下請人、被告タカミを再下請人、八十島を再再下請人にし、更に、八十島が訴外門に協力を依頼して行われたものであって、原告と被告らとの間には何らの契約関係もない。したがって、被告らが、原告に対し安全配慮義務を負うのは、被告らが、事実上、作業方法、重機の運転、操作、工事の安全管理等工事全般について指揮監督をし、現場を支配している場合に限られるというべきであるところ、被告らには、このような現場支配はなかった。

即ち、本件工事は岡田渋谷ビル新築工事の一部であって、池田建設が現場に事務所を設け、所長、社員を常駐させ、工事全般の進行について指揮監督を行い、また、鉄骨の据付について具体的に作業を指揮していたのは八十島である。

被告東京エコンは、池田建設や八十島の具体的な連絡によりあらかじめ自社工場で製造された鉄骨部品を工場から現場に届けるだけで、鉄骨据付の具体的作業、工事全般の進行、管理については一切関与していない。

また、被告タカミは八十島にいわゆる丸投げという形で下請に出したに過ぎず、現実の工事の遂行の責任はすべて八十島が負うもので、被告タカミは工事前の打ち合わせのほかは、現場に一切人員を派遣する約束はなく、実際、現場に人員を派遣していない。

特に、クレーン操作についてみると、当初クレーン操作は、被告東京エコン、被告タカミの請負契約に含まれており、被告タカミが契約に従い移動式クレーンを調達したが、池田建設の誤りでそれが使用できず、池田建設が固定式のクレーンをその費用で調達することになり、池田建設がこれを調達したが、今度はオペレーターの確保ができず、被告とは関係なく、八十島が池田建設から直接クレーンの操作を請負ったものである。したがって、クレーン操作について、被告らは何らの指揮監督をしていないし、その権限もない。

また、防網、安全帯等の安全確保のための機材の調達、設置は、請負契約上池田建設の責任と負担に属することになっており、現実に安全管理に関することは、池田建設の現場所長により差配されていた。

(三) 使用者責任について

八十島と被告らとの間には雇用関係はないから、八十島の不法行為について被告らが使用者責任を負うのは、被告らが八十島に対し指揮監督権を有する場合であるが、被告らと八十島との関係は前記のようなものであり、特に、クレーン操作について、被告らは八十島に対し何ら指揮監督権を有していない。したがって、被告らは、使用者責任を負わない。

4  請求原因4(損害)の事実は知らない。

三  被告らの抗弁

1  和解契約

仮に、本件事故により、被告らの原告に対する損害賠償義務が発生したとしても、原告と被告ら及び池田建設との間で、昭和五八年一二月二四日、本件事故について、被告ら及び池田建設が原告に対し、合計二五〇万円を支払い、原告は以後どのような事態になろうとも、一切、損害賠償請求をしない旨の和解契約が締結されたから、右損害賠償義務はすべて消滅した。

2  消滅時効

仮に、被告らに損害賠償義務が発生したとしても、本件事故は昭和五七年一〇月一一日に発生し、原告はそのときに損害及び加害者を知り、以後三年が経過したから、不法行為に基づく請求権については消滅時効が完成した。

被告らは、昭和六三年三月二五日の本訴第二回口頭弁論期日において、右消滅時効を援用する旨の意思表示をした。

3  過失相殺

仮に、被告らに損害賠償義務があったとしても、本件事故については原告にも過失がある。

即ち、原告は休憩中、梁の上を移動していた際、クレーンの吊り荷に接触したのであるが、本来、梁の上で鉄骨の組立作業に従事する者は、クレーンの操作中、柱付近に退避して吊り荷との接触を回避すべき義務があり、また、梁の上を移動する際には、クレーンが操作中であるか否か、操作中であれば、自分の移動方向に危険が及ばないかどうか、安全を確認したうえで移動を開始する義務があるのに、これを怠って漫然梁の上を移動したのである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実中、和解契約の締結は認めるが、その余の事実は否認する。

右和解契約締結当時、原告の傷害は昭和五九年四月ころには、後遺障害を残さずに治癒すると考えられていたのであるから、本訴で請求している昭和五九年以降の通院、後遺障害に伴う損害は右和解契約の範囲外のものである。

2  抗弁2の事実中、本件事故発生の日は認め、時効援用の事実は明らかに争わないが、その余の事実は否認する。

原告が本訴請求にかかる損害賠償請求権の発生を知ったのは、本件事故による傷害の症状が固定した昭和六一年三月七日であるから、時効の起算日は同日になる。

3  抗弁3の事実は否認する。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1(当事者等)の事実は当事者間に争いがない。

二請求原因2(本件事故の発生)の事実中、原告が鉄骨組立中の二階梁の上でボルトの段取り作業をしていたところ、八十島の操作していたクレーンの吊り荷が原告の背中に衝突して、原告が約5.4メートル下に墜落したことは当事者間に争いがなく、また、原告が右墜落により右腕、左脚骨折の傷害を負ったことは、<証拠>により認めることができる。

三請求原因3(責任原因)について検討する。

池田建設が千葉県柏市内の岡田渋谷ビル新築工事を施主から請負い、そのうち、鉄骨の加工、据付工事を被告東京エコンに請負わせ、更に、被告タカミが被告東京エコンから据付工事(本件工事)のみを請負ったこと、原告が右据付工事に従事中本件事故が発生し、原告が傷害を負ったことは前記のとおりであり、また、原告にクレーンの吊り荷を衝突させた八十島が被告タカミから本件工事を請負ったこと、八十島が本件工事のため訴外門に依頼し、同人から賃金を受けていた原告が本件工事に従事したことは、<証拠>によって認めことができ、これに反する証拠はない。

ところで、工事の請負人が、工事に従事してはいるが直接の被傭者でない、下請ないし再下請あるいはそれ以下の下請の従業員に対して安全配慮義務を負うのは、請負人が契約上の地位に基づいて工事の現場を支配し、事実上右従業員が右請負人の指揮監督の下で作業に従事しているという関係にある場合に限られるというべきである。

工事の請負人は、工事に請負人として参加することにより利益を上げる者ではあるが、単に利益を享受するということだけから信義則上当然に工事に従事するすべての者に対し安全配慮義務を負うということはできず、契約上の地位により工事の進行、施設の管理、作業員に対する指揮監督をするなど現場支配があってはじめて、他の者とは異なり、指揮監督下で工事に従事する者に対し、その生命、身体、健康等の安全について配慮すべき債務を負担すると言えるようになるからである。

また、請負人が下請負人の不法行為について使用者責任を負うのは、請負人が下請負人に対し指揮監督をし、実質的に両者間に使用関係のある場合であるというべきである。

そこで、検討するに、前記確定の事実関係及び前掲各証拠によれば、以下の事実が認められる。

1  池田建設は岡田渋谷ビルの新築工事全体を請負い、右工事の現場には現場事務所を設け、所長以下数名の従業員を常駐させていた。

2  池田建設から鉄骨の加工、据付を請負った被告東京エコンは、そのうち据付工事を被告タカミに請負わせ、自らは、自社工場で鉄骨を加工、製作し本件工事の現場まで搬入するところまでを担当し、以後は、被告タカミから据付を請負った八十島が、池田建設の現場所長の指揮監督の下、原告を含む訴外門の組に属する四名の作業員を使って、本件工事を進めた。

被告らは、本件工事を請負うにあたって、池田建設の現場事務所で打ち合わせを一回したほかは、被告東京エコンの従業員が鉄骨を搬入する以外、本件工事現場に従業員を派遣することはなかった。

3  被告タカミは、被告東京エコンから代金二六〇万円ないし三〇〇万円で本件工事を請負い、そこから一〇万円程度差し引いた代金で八十島に本件工事を下請負させた。

被告タカミと八十島は、本件事故の一年位前から付き合いのある同業者で、互いに仕事を回す関係にあったが、八十島が被告タカミから仕事を請負うことが多く、昭和五八年一月分の八十島から被告タカミに対する請求は六四四万円余となっている。

被告タカミは本件事故当時従業員が三〇名位の会社で、八十島は、通常四、五名の従業員を使って仕事をしていた者であるが、八十島は本件工事の現場では、被告タカミのネームの入った作業服、ヘルメットを身に付け、また、本件工事では、スパナ、ハンマー等の工具の足りない分は、被告タカミのものを使用していた。

4  当初、池田建設と被告東京エコン、被告東京エコンと被告タカミとの間の請負契約の中に、クレーン及びオペレーターの調達が含まれており、右契約に基づき、現実に移動式クレーンが現場に運び込まれたが、移動式のものでは予定された鉄骨を引き上げられず、しかも、それが池田建設の過誤によるものであることが判明したため、以後、クレーンの調達は池田建設がその費用ですることになった。

池田建設は、一か月ほどかけて固定式クレーン(本件事故時のクレーン)を設置したが、オペレーターが調達できなかったため、被告タカミにクレーンのオペレーターを手配するよう依頼した。しかし、被告タカミでもオペレーターを見付けることができなかったため、池田建設は、被告東京エコンも被告タカミも通さず、直接八十島にクレーンの操作を依頼し、八十島に対しオペレーターの報酬を支払った。

5  被告東京エコンと池田建設との請負契約には、足場、防網等安全施設の設置は含まれておらず、右両名の間では、池田建設が元請けとしてこれらを用意するとの了解があった。

以上が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば、本件工事の現場には、池田建設が元請として現場事務所を置いたうえ、所長以下従業員を常駐させ、八十島が右現場所長の指揮監督の下、原告を含む訴外門配下の作業員を使って本件工事を進め、足場、防網等の安全施設の設置についても池田建設が責任を負うことになっていたのであり、一方、被告東京エコンは、事実上鉄骨の製作、搬入のみを担当し、現実に本件工事の現場に従業員を派遣せず、また、被告タカミも一〇万円程度の利鞘を取って本件工事を八十島に回しただけで、作業員も監督者も派遣していなかったのであるから、本件工事は池田建設と八十島が現場を支配し、その指揮監督のもと原告ら作業員が作業に従事していたのであって、被告らが現場を支配し、八十島あるいは原告らに対する指揮監督権を行使することはなかったというべきである。

確かに、被告タカミについては、前記認定のとおり、八十島が同被告の仕事を請負うことが多く、本件工事でも同被告所有の工具を一部使用し、更には、同被告のネームの入った作業服、ヘルメットを身に付けていたなど、八十島が被告タカミの専属的下請で同被告の指揮監督を受けて本件工事をしていたことを窺わせる事情が存在するが、被告タカミと八十島は同業者で互いに仕事を回しあっていた関係にたっていたこと、八十島が固定式クレーンの操作をするに至った経緯その他前記認定の事実関係に照らすと、右のような事情から直ちに八十島が被告タカミの指揮監督を受けて本件工事をしていたと認めることはできず、他に、これを認めるに足りる証拠はない。

してみると、被告らは、本件工事について、原告に対し安全配慮義務を負うべき立場にはなく、また、八十島の不法行為について使用者責任を負うべき立場にもないというべきである。

四以上によれば、被告らが、原告に対し安全配慮義務を負い、八十島の使用者としての立場を有することを前提とする本訴各請求はその余の点に付いて判断するまでもなく理由がないことに帰するから、いずれもこれを棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官山本博)

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