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横浜地方裁判所 昭和62年(ワ)2357号 判決 1990年5月10日

主文

一  被告は、原告に対し、七一万五九〇〇円及びうち六四万五九〇〇円に対する昭和六一年一二月三〇日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その四を原告の、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、三八九万〇五〇〇円及びうち三五四万〇五〇〇円に対する昭和六一年一二月三〇日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和六一年一二月三〇日午後二時四五分頃

(二) 場所 横浜市旭区市沢町四〇八番地先路上

(三) 加害車両 普通乗用自動車(横浜五四は四八一二、以下「被告車」という。)

運転者 被告

(四) 被害車両 普通乗用自動車(横浜五三せ七六一五、以下「原告車」という。)

運転者 原告

(五) 態様 被告は、被告車を運転し、原告車に後続して今井町(東)方向に進行中、原告車が前方渋滞のため停止したのに気づかず、被告車を原告車に追突させ、このため原告が負傷した。

2  責任原因

被告は、被告車の所有者であり、これを自己のため運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法三条本文により、原告が本件事故によって被った損害を賠償すべき義務がある。

3  原告の受傷状況

原告は、本件事故により、頸椎捻挫の傷害を受け、頸部痛、左手指シビレ、左眼部痛等の諸症状が持続し、昭和六一年一二月三〇日から昭和六二年六月三〇日まで佐藤病院に通院して治療を受けたほか同年五月五日から同年七月三〇日まで生体経絡現象研究所で鍼治療を受け、その後漸次症状が改善し、同年一一月一六日治癒した。

4  損害

(一) 休業損害 二〇六万四〇〇〇円

原告は、本件事故当時訴外株式会社柏屋(以下「訴外会社」という。)に勤務し、昭和六一年度の給与所得は五二〇万円(月額四三万三〇〇〇円)であったところ、本件事故により稼働できなくなったため、昭和六二年一月から四月までの給与は月額三五万円に減額され、更に同年五月以降は休職により無給となった。よって、原告の昭和六二年一月より同年八月末までの休業損害は二〇六万四〇〇〇円になる。

(二) 慰謝料 一〇〇万円

(三) 治療費 五万四〇〇〇円

原告は、昭和六二年五月五日から同年七月三〇日まで九回生体経絡現象研究所で治療を受け、一回あたり六〇〇〇円、合計五万四〇〇〇円の鍼治療費を支払った。

(四) 代替労力確保の費用 三九万七〇〇〇円

原告は、訴外会社より昭和六二年一月から四月まで給与の支払いを得ていたが、実際には働くことが出来なかったため、アルバイトを雇って自己の仕事を一部代替させた。右アルバイトに支払った費用は三九万七〇〇〇円である。

(五) 診断書代 二万五五〇〇円

(六) 弁護士費用 三五万円

原告は、本訴の提起・追行を原告訴訟代理人に委任し、弁護士着手金及び報酬として損害額の約一割の三五万円を支払うことを約した。

5  よって、原告は、被告に対し、前記損害額合計三八九万〇五〇〇円及びこれから弁護士費用三五万円を控除した三五四万〇五〇〇円に対する本件事故発生の日である昭和六一年一二月三〇日から支払い済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1及び2の各事実は認める。

2  同3の事実のうち、原告が本件事故により頸椎捻挫の傷害を受けたことは否認し、その余は不知。

本件事故で原告車に生じた物損の程度は五万五〇〇〇円にすぎず、しかも修理は車体本体には手を付けていないという軽微なものであり、その衝撃加速度などから考えても、この程度の衝撃では通常被追突車の乗員の身体に頸椎捻挫などの傷害を生じさせることはない。

仮に原告に頸椎捻挫の諸症状が生じているとしても、それは本件事故とは全く関係のない原因か、原告の心因的要因によるものである。原告は思い込みが強く、暗示にかかりやすい不安定な性格であり、愁訴が誇大的過大的になって、心因的に増幅されているのであって、かかる諸症状は本件事故と法的意味における因果関係はない。

3  同4について

(一) (一)の事実は否認する。原告には訴外会社から昭和六二年四月分までの給料が支給されており、その後無給になったとしても、それは原告が訴外会社とトラブルを起こして自ら退職したためであり本件事故との因果関係はない。

(二) (二)の事実は否認する。本件程度の軽微な衝突の場合、原告に多少の精神的肉体的苦痛が生じたとしても、未だ金銭をもって慰謝しなければならないほどのものとは考えられない。

(三) (三)の事実は不知。仮に原告がその主張のとおり支払ったとしても、本来治療の必要のないもの、或いは本件事故との因果関係のない症状によるものであり、治療費損害は生じない。

(四) (四)ないし(六)の各事実は不知。

第三  証拠<省略>

理由

一  請求原因1(事故の発生)及び2(責任原因)の各事実は当事者間に争いがない。従って、被告は、本件事故によって原告が被った損害を賠償すべき責任がある。

二  そこで原告の受傷状況について判断する。

1  <証拠>によれば、原告(昭和七年三月一三日生)は、本件事故直後に首に痛みを感じ、自らタクシーでかかりつけの佐藤病院に赴いて診察を受け、交通事故で後方から追突されたとして頸の痛みを訴えたこと、昭和六二年一月二日に左手指の痺れ、首の痛みを訴え、同月五日には、左側頸部が重いこと、左指先と左第四、第五指の痺れ、左眼瞼がはれぼったいことを訴え、同病院は、頸椎捻挫の病名で、同日より約三週間の通院加療を要する見込みである旨診断したこと、しかし、原告は、佐藤病院に同年五月二九日まで約五か月の間、合計九〇回にわたり通院し、鎮痛剤、湿布薬の投与、星状神経痛ブロック、理学療法による治療を受け、同日、症状の進展性が認められないとして治療を打ち切られたこと、原告は、他に同年五月五日から同年七月三〇日まで九回にわたり鍼灸師による鍼治療を受けたこと、その後症状が自然に軽快して同年一一月一六日に佐藤病院において治癒と診断されたこと、原告の自覚症状としては頸部痛、左手指痺れ及び左眼部痛等があり、他覚的所見として管腔がやや狭く、肩筋肉の緊張及び瞼下垂による頸部交感神経の異常が認められたこと、原告は過去昭和五八年六月二一日、昭和六一年一月一四日の二回にわたって交通事故による頸椎捻挫の傷害を受け、同病院で当初の診断を上回る期間の治療を受けたことがあったが、いずれも治癒し、症状の落ち着きが見られたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定の事実からすれば、原告の右諸症状を一概に詐病ということはできず、また過去二回にわたる頸椎捻挫も治癒して落ち着きが見られるというのであるから、その再発ということもできない。そして、原告には事故後の受診当初から頸椎捻挫に伴う愁訴があった点に鑑みれば、原告の傷害は本件事故によって生じたものというべきであり、かかる認定に反する<証拠>の記載部分の鑑定の基礎資料が充分でなく、にわかに信用することが出来ない。

2  しかし、<証拠>によれば、本件事故により原告車に生じた損傷は、リヤー・バンパーが全体的に押し込まれ凹損しているにすぎず、車体本体には板金修理等の必要もなかったことが認められ、右認定に反する証拠はなく、右事実によると、本件事故により原告の身体にそれほど強い衝撃が加えられたとは考えられないこと、また、前に認定したとおり、原告が過去二回にわたって交通事故による頸椎捻挫の受傷をしていることや、その年齢及び計三回にわたる頸椎捻挫の治療期間がいずれも当初の診断と比べて相当長きにわたっていること、本件事故による治療も医師の治療が中止された後急速に快方に向かって治癒したこと等を合わせ考えると、原告の傷害は、本件事故のみによって生じたものというよりは、原告自身の性格による心因反応も相伴って発現したものと見るのが相当である。

3  従って、原告に生じた損害の全てを被告に帰せしめるべきではなく、後述のように、損害の公平的分担の見地から民法七二二条所定の過失相殺法理を類推適用して被告の負担の軽減を図るのが妥当である。

三  よって、原告の被った損害について検討する。

1  休業損害

<証拠>によれば、原告は本件事故当時、訴外会社の横浜支店長の職に在り、得意先の接待交際や拡張、苦情処理等の仕事に従事して、昭和六一年度は、月給・賞与を含めて年間五二〇万円の給与所得があったこと、原告は、昭和六二年一月から四月までは月額三五万円の給料を受けていたこと、右月給額は事故従前と変わらなかったこと、同年五月からは無給となったが、それは会社の経営事情が思わしくなく同年五月以降の給料分を保険から受給するべく促される等し、原告が会社の冷遇に憤慨して会社を飛び出したことによるものであること、原告は多少の無理はしながらも、通院等のやりくりをしながら同年五月初旬まで実際に仕事をしていたこと、医師の同年五月八日時点の診断では六月より仕事が可能とされていること等の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

以上の事実によれば、原告は本件事故による受傷後も訴外会社から従前どおりの給与の支払いを受けていたのであり、また退社により無給となったのは原告と訴外会社との感情的トラブルによるものであって、原告のいう休業損害はいずれも本件事故とは相当因果関係がなく、認めることが出来ない。

2  慰謝料

前記通院加療状況に鑑み、それによる精神的苦痛を慰謝すべき額は、六〇万円をもって相当と認める。

3  治療費

<証拠>によれば、原告は、昭和六二年五月五日から同年七月三〇日まで生体経絡現象研究所で一回六〇〇〇円の鍼治療を九回受け、計五万四〇〇〇円を支払ったことが認められ、右認定に反する証拠はない。

4  代替労力確保の費用

<証拠>によれば、原告は本件受傷により自動車の運転が出来ず、仕事に支障を来したため、受傷後昭和六二年三月末まで自己の出損で井上良介ほかのアルバイト要員を雇って代わりに自動車を運転させ、自己は助手席に乗り得意先回りの仕事をしていたこと、右費用として合計三九万七〇〇〇円を支出したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

しかるところ、訴外会社の経営状態や原告の社内における立場を考慮すると、原告がかようにしてアルバイト要員を雇って自己がなすべき自動車の運転を代替させることも止むを得ない処置と認められるから、代替労力確保の費用計三九万七〇〇〇円は、本件事故と相当因果関係のある損害ということができる。

5  診断書代

<証拠>によれば、原告は佐藤病院に対し、本件受傷の診察の文書代として二万五五〇〇円を支払っている事実が認められ、右支出は、本件事故と相当因果関係のある損害と認められる。

6  まとめと減額

以上、損害合計額は、一〇七万六五〇〇円となるところ、前記のとおり、原告の精神的肉体的素因が大きく損害を増大させたことは否定できないから、過失相殺法理を類推適用して四〇パーセントの減額をすると、六四万五九〇〇円となる。

7  弁護士費用

弁論の全趣旨によると、原告は本訴の提起・追行を弁護士に委任し、相当額の費用を負担しているものと認められるところ、それに要する費用のうち七万円の限度で本件事故と相当因果関係のある損害と認める。

四  以上の次第であるから、原告の本訴請求は、被告に対し、七一万五九〇〇円及びこれから弁護士費用を控除した六四万五九〇〇円に対する本件事故発生の日である昭和六一年一二月三〇日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 木下重康)

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