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横浜地方裁判所 昭和60年(わ)2819号 判決 1986年2月18日

被告人 石永哲 ほか一人

主文

被告人石永哲を懲役八月に、被告人近藤幸雄を懲役六月に処する。

被告人両名に対し未決勾留日数中各九〇日をそれぞれその刑に算入する。

訴訟費用は被告人両名の連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人両名は、暴力団博徒稲川会堀井一家上原組内長谷組組員であるが、横浜市戸塚区品濃町五四八番地一所在のパチンコ店『ニュー・グランド』の経営者が同組への経済的出捐をするいわゆる付き合いを断つたことから、同店に対するいやがらせのため、同店への景品納入業者である株式会社三光商会が同パチンコ店の筋向かいで恩田武志をして営ませているパチンコ遊技客からの景品買入の業務を妨害しようと共謀のうえ、昭和六〇年九月七日午後〇時三一分ころ、同町五三八番地九所在の右恩田武志方景品交換所に赴き、景品買入窓口のガラス戸を手荒く閉めたうえ、同日午後一時二五分ころまでの間、同所前歩道において、佇立し或いはうろつき、景品を交換するため同所に赴こうとする同店の遊技客二〇数名に対し、「換金は駄目だよ。」、「駄目だ。」などと語気荒く申し向けて追い返すなどして右恩田の景品買入の営業を不能ならしめ、もつて、威力を用いて右恩田の業務を妨害したものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、被告人らが妨害したとする被害者の本件景品買入の業務は『ぱちんこ屋』営業者らがその提供した賞品を買い取ることを禁止した風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律(以下「風営法」という。)二三条一項二号、四九条三項四号、及び同営業者らの遵守事項として「客に提供した賞品を第三者に対して客から買い取るよう勧誘し、又は援助する等の方法で賞品の買取りに関与しないこと」を規定した同法施行条例(昭和五九年神奈川県条例第四四号)八条三号に違反する違法なものなので、刑法二三四条の「業務」には含まれない旨主張するが、関係各証拠によれば、前記恩田はパチンコ店『ニュー・グランド』への景品納入業者である株式会社三光商会の代表者の依頼をうけ、同会社の計算のもと、右パチンコ店の遊技客が同店から景品として受け取つたネクタイ・ピンを一個当たり一〇〇〇円で、又コーヒー豆を一袋当たり二〇〇円で買い取つて同社に引き渡し、その報酬として同社から月額四〇万円を受け取る旨の契約をかわして本件業務に従事していたこと、右契約の締結には同パチンコ店の役員も関係していたこと、右のごとく装身具であるネクタイ・ピンを業として買い入れるなど景品買入の営業をするにつき古物営業法上の許可をえた形跡はないこと等の事実が認められ、以上によれば本件業務たる景品買入行為は風営法及び同法施行条例ないしは古物営業法等による規制の対象とされる余地のあるものといえる。

しかし、そもそも刑法二三四条の罪は人の業務を保護することによつて経済生活を保護しようとするもので、その保護法益にてらし、同条にいう業務は「事実上平穏に継続されている一定の業務」というべく、従つて反社会性の明らかな業務であれば格別、単に行政取締法規に違反する不適法な点があるからといつて直ちに刑法二三四条の保護の外におかれるものではないと解するのが正当である。なぜならば、業務上各種の行政取締法規に抵触するところがあるからといつて、当該業務を私人の妨害にさらさせることは、通常適法にかつ平穏に営んでいる各種業務の安全の保護に十分ではなく、他面、当該業務の取締法規違背の点は所定の法的手続に従つて処理されるべく、かつそれを以て取締目的は達するといえるからである。これを本件について検討するに、パチンコ店が関与するパチンコの景品買いに対しどの程度の法的規制をなすのかは、違法な賭博行為の未然防止、射幸的行為に対するその時々の社会的許容性の度合い等からする取締の必要性にてらしてなされるべき政策上の問題に属するもので、又古物営業に対する規制も同法所定の行政目的達成のためのものといえ、仮に風営法や同法施行条例並びに古物営業法上の取締規定に抵触するところがあつたとしても、ネクタイ・ピンやコーヒー豆を相当の価格で売買する行為はその行為自体反社会性が明らかなものともなしえない。従つて、本件業務も又刑法二三四条によつて保護される業務に含まれるものと解するのが相当である。

又、被告人らはもともとパチンコ店『ニュー・グランド』に対するいやがらせの目的のため本件行為に及んでいるのであり、本件が違法な実力行使として刑事処罰を免れないことは明白である。

よつて、弁護人の右主張は採用しない。

(累犯前科)

被告人近藤は、(一)昭和五七年一二月一四日静岡地方裁判所沼津支部において道路交通法違反、業務上過失傷害罪により禁錮八月に処せられ、同五八年七月四日右刑の執行を受け終わり、(二)その後犯した道路交通法違反罪により同五九年三月一九日同裁判所支部において懲役八月に処せられ、同年一一月七日右刑の執行を受け終わつたもので、右各事実は同被告人についての検察事務官作成の前科調書並びに判決謄本二通によりこれを認める。

(法令の適用)

被告人両名につき

罰条        刑法六〇条、二三四条、罰金等臨時措置法三条一項一号

刑種の選択     懲役刑

被告人近藤につき

累犯加重      刑法五九条、五六条一項・三項、五七条(三犯の加重)

被告人両名につき

未決勾留日数の算入 刑法二一条

訴訟費用の負担   刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条

(量刑事情)

被告人両名は、判示のとおり、パチンコの景品買入の業務を妨害したもので、パチンコ店の弱みに付け込んで、被告人らの属する暴力団との付き合いを断られたことに対するいやがらせをしようとの動機も卑劣であり、白昼公道上で敢行するとの犯行態様も大胆かつ悪質というべく、暴力団組員として威力を用いて営業の自由を妨げた刑責は軽視しえず、前科関係をみても罪質はやや異なるとはいえ被告人石は懲役刑の執行猶予中であり、又被告人近藤は懲役刑の執行を受け終えて一〇カ月後の再犯であつて、とりたてて憫諒すべき事情もなく、両名共懲役の実刑は免れないところと言わなければならない。

しかし、他方、前記のとおり、本件景品買入の業務自体、現金を景品とすることを禁止している風営法の罰則規定を事実上潜脱する虞れのあるものとして、同法ないし同法施行条例上の規制を受ける余地のある程度の業務であつたこと、用いた威力の程度及び妨害した時間も前判示の程度に止まつたこと、両名共本件犯行に対し一応反省の態度を示していること等の事情もあるので、その他本件は被告人石が主犯格であることや各被告人の果たした役割並びに生活状況等の諸事情をも総合斟酌のうえ、主文掲記の各刑を相当と認める。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 千葉勝郎)

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