大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所 昭和59年(ワ)1355号 判決 1986年2月26日

原告

アラルコン・イマヌエル

右訴訟代理人弁護士

本多清二

被告

右代表者法務大臣

鈴木省吾

右指定代理人

立石健二

外五名

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告の被告に対する別表支給額欄記載の労働者災害補償保険療養補償給付支給額合計金三六万九六九六円の返還債務の存在しないことを確認する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

(本案前の答弁)

主文と同旨

(本案に対する答弁)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

原告は、訴外渡辺吉信(以下「渡辺」という。)の代理人として、川崎北労働基準監督署長に対し、労働者災害補償保険法(以下「法」という。)に基づく療養補償給付(以下「療養費」という。)として、別表請求の日付けに、施術料欄記載の金員(以下「本件施術料」という。)の支払を請求し、同表の支給年月日に支給額欄記載の金員(以下「本件療養費」という。)を受領したところ、同署長は、昭和五五年一月二九日付をもつて、同療養費合計三六万九六九六円の返納を命じ(以下「本件返納請求」という。)、更に歳入徴収官が督促状を発して督促してきた。

しかし、本件療養費は、既に渡辺についてその受領の効果が生じているので、原告にはこれが返納の義務はない。

よつて、原告は被告に対し、本件療養費を返還すべき債務のないことの確認を求める。

二  被告の本案前の主張

原告の本件請求は、渡辺に係る本件療養費につき、原告が受領委任を得て正当に受領したものであるとして、国に対して右療養費を返還すべき債務が不存在であることの確認を求めるというものである。

ところで、確認の訴えは、原告の権利又は法律的地位に現存する不安ないし危険を除去するために、判決によつて、右の権利関係の存否を確認することが必要かつ適切である場合に限つて認められるものである。しかして、被告は、原告に対し、今後本件療養費に係る本件返納請求を取り消し、以後これを請求しないこととしてその旨を昭和六〇年八月三一日原告に到達した神奈川県労働基準局長名義の昭和六〇年八月二七日付け文書をもつて通知した(以下「本件通知」という。)。すなわち、本件返納請求については、会計法上、いわゆる過年度収入に関するものであるところ、本件通知をなした神奈川県労働基準局長は、歳入徴収官たる支出官として、同返納請求についての可否を決定する権限を有している者である(会計法九条、予算決算及び会計令二七条一項)から、本件通知は、本件返納請求の取消について正当な権限を有する行政庁により原告に対する確定的な意思表示としてなされたものであつて、将来において被告が原告に対し、再び返納請求をする可能性があると解する余地はないものである。したがつて、本件療養費の返還に係る原告の法律上の地位の不安ないし危険は、既に将来にわたつて除去されたというべきである。

よつて、原告が本件訴えにつき確認の利益を有していないことは明らかであるというべきであるから、本件訴えは、却下を免れないものである。

三  本案前の主張に対する認否

1  本案前の主張の事実のうち、被告が原告に対し、被告主張の日時に神奈川県労働基準局長名義の昭和六〇年八月二七日付文書をもつて、今後本件療養費に係る本件返納請求を取り消し、以後これを請求しない旨を通知したことは認めるが、その余は争う。

2  被告は原告に対し、本件返納請求をする一方、渡辺に対し、本件に関する原告による療養費として、一三万八五八〇円の支給を決定し、右金員を同人に送金してきたものである。渡辺は、すでに原告を介して本件療養費を受領しているため、二重の支給を受ける理由がないとして、昭和五九年二月二日、普通為替証書で返納したが、同月六日その受領を拒否され、同年三月二日、横浜地方法務局川崎支局へ右金員を弁済供託し、現在に至つている。

このような状況のなかで、被告が何らの理由を付することなく一方的に本件返納請求を取り消したとしても、それがどのような法的根拠に基づいて取り消したものか、またそもそも本件返納請求というものを取り消すということがありうるか、その取り消しの法的性質はなにか、その取消事由は何かを明らかにしない以上、右取り消しによつて法律上再び返納請求を受けることがないと断定することもできない。

よつて、被告の主張は全く理由のないものである。

3  被告は原告に対し再三再四にわたり、本件療養費の返納請求を求めていたものであるにもかかわらず、本件訴訟が提起されるや何らの理由を付することなく一方的に本件返納請求を取り消し、もつて、原告の本件訴えの却下を求めることは、訴訟費用の関係などからいつて、信義誠実の原則に反するものである。

四  本案についての認否

請求の原因事実のうち、原告が渡辺の代理人として療養費を請求したことは否認し、原告が原告主張の金員を受領したこと及び川崎北労働基準監督署長が、原告主張の日付で本件返納請求をし、歳入徴収官の督促状を発して督促したことは認め、その余は争う。

五  被告の主張

1  本件の事実経過は、以下のとおりである。

(一) 渡辺は、昭和五三年六月六日、川崎市中原区上平間一七〇〇所在の有限会社鈴木清工務店の従業員として同工務店作業所内において作業中、右膝部を負傷したため、直ちに柔道整復師である原告の経営する西寺尾接骨院において原告の診察を受けたところ、右膝部捻挫と判明し、以後同接骨院に通院して原告の施術を受けた。その結果、渡辺は原告に対し、本件施術料の支払債務を負うに至つた。

(二) 渡辺は、別表「請求の日付け」欄記載の各日付けで、本件施術料について、いずれも原告を介し本件療養費の請求をしたが、右各請求の際、原告との間で、本件療養費の受領方を原告に委任し、併せて、原告が受領する本件療養費をもつて、渡辺の原告に対する本件施術料支払債務に充当する旨を約した。

(三) 川崎北労働基準監督署長は、渡辺から本件療養費の各請求を受け、別表の「支給年月日」欄記載の各年月日に本件療養費を、それぞれ支給する旨の処分をし(以下「本件支給処分」という。)、これらをいずれも原告に支払つた。

2  しかし、右支払は、<労働者災害補償保険>法一二条の五第二項の規定に照らし、疑義があるので、川崎北労働基準監督署長は、本件支給処分を取り消し、原告に対し本件返納請求をしたが、その後、神奈川県労働基準局長が原告に対し、右請求を取り消し、以後本件返納請求をしない旨の本件通知をしたのである。

六  被告の主張に対する認否

1(一)  被告の主張1項(一)の事実は認める。

(二)  同項(二)の事実は認める。なお、原告は、本件療養費の請求についても、渡辺から委任されていたものである。

(三)  同項(三)の事実は認める。

2  同2項のうち、法一二条の五第二項の規定に照らし本件療養費の支払に疑義があることは争う。

第三  証拠<省略>

理由

一被告は、原告が本件訴えにつき確認の利益を有していない旨主張するので、先ず、この点につき判断する。

川崎北労働基準監督署長が原告に対し、本件返納請求をしたが、神奈川県労働基準局長が原告に対し、昭和六〇年八月二七日付書面をもつて本件返納請求を取り消し、以後、これを請求しない旨を通知し、同通知が同月三一日原告に到達したことは当事者間に争いがない。

本件返納請求は、過年度の支出済となつた歳出の返納に関するものであるが、神奈川県労働基準局長は歳入徴収官たる支出官(会計法四条の二第一項、九条、予算決算及び会計令二七条一項)として、右返納について調査し、これを決定する権限を有する(同令二八条)のであるから、同局長のした本件通知は本件返納請求の効力を失わしめ、被告が原告に対し本件療養費の返還を請求しないことを告知した効力を有するものということができる。

そうすると、原告が被告から本件療養費の返還を求められるという不安は最早存在しないことが明らかであるから、原告は被告に対し、本訴をもつて本件療養費の返還債務の不存在の確認を求める利益はないものといわざるを得ない。

(なお、原告は、被告が、一方的に、本件通知をしたことを主張して本件訴えの却下を求めることは信義則に反する旨主張するが、被告が原告の不安を積極的に解消したことをもつて、これが直ちに信義則に反するものということができないことは明らかである。)

二よつて、本件訴えは不適法であるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官古館清吾 裁判官橋本昇二 裁判官足立謙三)

別表

順号

請求の日付け

施術料

支給年月日

支給額

1

54.5.30

53.11. 1~54. 2.28

21万9636円

54. 6. 8

施術料に同じ

2

54. 8. 8

54. 7. 1~54. 7.31

4万8756円

54. 8.29

同上

3

54. 9. 8

54. 8. 1~54. 8.31

4万7808円

54. 9.13

同上

4

54. 9.29

54. 9. 1~54. 9.30

5万3496円

54.10. 5

同上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例